【7】開放への鐘鳴 DIAPASON
ヴァレー基地を見るのはたかだか36時間ぶりのハズなのに、ずいぶんと懐かしい気がする。
もう二度と見ることができなくなった景色かもしれないと考えると、
冬山の寒々しい空に轟音が響く殺風景な空軍基地でもどこか温かい居場所のようにも思えた。
そんな感慨を抱きつつ、ヘリから直接担架に乗せられたなのはは、そのまま医療室に直行させられた。
少しばかり苦すぎた過去の経験から、医者の指示には素直に従うに限ると知っているので、
なのはとしても医療チームの命令に逆らうつもりはない。
「なのは!」
遠くから響く音があった。
なのはにとって聞き覚えのある、そしてホッとする気分にさせてくれる大切な人のものだった。
キャノピーが跳ね上がったと同時にF-20タイガーシャークから飛び降り、
装具を外す時間すら惜しんでフェイトが走り寄ってきた。
「フェイトちゃん?」
「なのは!大丈夫? 怪我は? どこか痛む? 頭打ってない?ボケてない?」
「色々あったけど、大丈夫だよ。全然平気! ちょっと疲れたけどね」
相変わらず、自分自身の問題に関して、なのはは嘘が下手なのは変わらないな…
フェイトはそう思う。
それでもフェイトは この場はなのはの嘘を素直に受け容れた。
担架に横たわるなのはは幻術によるフェイクシルエットでない。本当に無事に帰ってきたのだ。
そして、どれほど過酷な経験をしていたとしても命に別状はないことは揺るぎようのない事実だ。
親友に対しても素直になれないで無理を隠そうとしているあたりは、如何にもなのはの性格らしいといえばらしいが、
フェイトにとっては同時に少し寂しい気もする。
救難ヘリに同乗していた看護兵の一見乱暴、だが実は的確な緊急処置で、
脱臼しかかっていたなのはの肩は奇麗に治り、3日後には病室から開放された。
なのはは軍医から開放されるとその足でピクシーの元に向った。
そしてただ、一言。
「迷惑かけてゴメンなさい」
頭を下げる。
面白くもなさそうにオーシアの雑誌をめくりながら、なのはを一瞥するピクシーだったが、
無愛想加減は普段よりもいっそう磨きがかかっていた。
歴戦の凄腕傭兵の雰囲気は、エース級魔導師にもない独特のものだった。
「無事でなによりだ。サイファー」
「あら? 心配してくれてたんだ?」
「ずいぶんな言い草だな。当たり前だろう」
途端に剣呑な雰囲気は霧散してしまい、なのははつい気を許してしまったが、
ピクシーは容赦なかった。
「自分のミスで撃墜された間抜けですよ? 私は」
「そうだ。このドアホウの大間抜け、バカ、素人、ボケナス、報酬ドロボー、無能者」
ピクシーは冷たい表情に戻ったが口調は熱く、遠慮なく、思い切りなのはを罵倒する。
「・・・・」
さすがに傭兵にしても戦闘機パイロットとしても一枚上手のピクシーの言葉だけあって
なのはも黙って叱責の言葉を受け容れる。
ピクシーはフッと表情を緩めて続ける。
「だが、撃墜されても生き延びる奴はいる。そういう奴は賞賛すべき間抜けだ」
「・・・・・・まさか褒められるとは・・・思いませんでした」
ボロカスに馬鹿にされながらも賞賛されるとは、さすがに苦笑交じりの返事をするしかない。
「"Dead man talks no tales"」
「何ですか?それ」
「傭兵の癖に知らないのか?『死人に口無し』だ。試験にはでるから覚えておけ」
死んだ奴には何の権利も無い。
ピクシーはなのはが撃墜されても死地から還ってきた事を傭兵の真価として評価していた。
「二度とこんな失敗はしないよ」
「当たり前だ! そうそう何度も繰り返されてたまるか!」
堪らず、毒づいた後になのはを再び罵倒しようとして、
ふと、ピクシーは東のユージア大陸にはどんなにベイルアウトしても
必ず生還してくる伝説的な戦闘機乗りがいるとの噂を思い出した。
「もう済んだ事だ。これで終わりだ・・・・・・俺はお前の保護者じゃない。ウィングマンだ。ところで次の機体は決めたのか?」
幸か不幸か、機種更新という点で考えれば、なのはがF-4Eファントムを失ったのは、
将来を考えると、良いきっかけだったともピクシーは思っていた。
折角の腕を活かしきれていない。もっと馴染んで手足の一部となるまでの時間を
考えると、より高性能な機種に移行するべきだ。
「う~ん、まだ、決めてないんですが、私って思うに長射程を大火力で圧倒するような機体が性にあってるんじゃないかな?」
「何故に疑問形で聞く?・・・・俺が知るかよ! そんな事」
片手をヒラヒラとふって突き放す。あれこれ口出ししたところで意味が無い。
知り合って短い期間にも関わらず、ピクシーは自分の考えを貫き通す相棒、
高町=サイファー=なのはの性格をほぼ正しくに把握していた。
あの時の情景が頭の中をフラッシュバックする。
死を覚悟した過酷な経験だったのに、何故か思い出すのは自分が襲われている時ではなく、
最後の敵兵に銃弾をぶち込んだ時のことだった。
予備役のベルカ軍兵士と、捕虜にされていたオーシア空挺部隊の若い兵士。
私はまだ死ぬことができない。
命を譲ってくれたオーシアの兵士が納得できる生き方をする必要がある。
PPP♪ PPP♪ PPP♪
不意に内線電話の電子音が鳴る。我に返ったなのはは慌てて受話器を持ち上げた。
「サイファー?」
「私ですが」
電話をかけてきた声の主は復帰にむけてリハビリに励むなのはに何かと世話をやいてくれた駐在所長だった。
「もうじき仕上がる予定だ。体調はどうだ?」
「ありがとうございます。全く問題ありませんよ」
「では30分後に。G4格納庫で待っているぞ」
なのはは更衣室で新しく誂えたパイロットスーツを着込み、準備を整えた。
そして外へ通じるドアを開ける。
少しずつ気力が満ち、漲ってくるのを感じる。
格納庫の奥の暗くなった陰には一羽の猛禽が羽を休めていた。
F-14Dスーパートムキャット。
大型制空戦闘機で格闘戦に加え、長距離の索敵と攻撃が可能なこの機体は
なのはの魔法戦闘スタイルをそのまま戦闘機に置き換えた特徴を備えていた。
純白の塗装に青い縁取りのストライプは相変わらずなのはの搭乗機であると主張している。
H格納庫では駐在所長の他にフェイトとシグナムが一緒に待っていた。
「なのは・・・」
「フェイトちゃん」
「新しい翼だね」
「うん。新しいもっと強い翼。私はまだ負ける訳にはいかないんだ」
駐在所長は複雑な表情でスーパートムキャットを眺めた。
この機体をオーシアから調達してきたのは彼だが、より格闘戦能力の高い機体を選ぶよう
アドバイスを聞き入れてもらえなかったことが心配だった。
自分の魔法戦での戦闘スタイルをそのまま活かせるような機体選びを主張するなのはに押し切られた格好だが、
その拘りがこの先どう転ぶかわかったものではない。
「テスト飛行でしょ。模擬空戦、つきあうよ」
「うん!ありがとう フェイトちゃん」
「私も一緒に上がろう。構わないな?」
「シグナムさんまで・・・」
「長距離攻撃は位置取り争いとタイミングで決める一瞬の勝負だ。だが、
この世界の戦闘機のドッグファイトには不確定要素があまりにも多すぎる」
動きの俊敏さにかけては名高いF-20タイガーシャークと格闘戦に特化したMiG29フルクラムが相手では
F-14Dスーパートムキャットには難しい間合いの模擬戦になるだろう。
「是非、おねがいします!」
結局、模擬戦はなのは対フェイト・シグナムというハンデ戦で、なのはの5戦0勝5敗だった。
元々機動力に優れた2機に、フェイトとシグナムという中近距離レンジを得意とする相手では、
今回初めての機体に搭乗するなのはに勝ち目は薄い。それでもなのはは満足そうだった。
模擬戦とはいえ、敗北の中にこそ学ぶべきことがある。となのはは厳しい表情に似合わない明るい口調で語った。
「さぁて、模擬戦の再検討、すぐにしなきゃね」
なのはは汗を流すべくフェイト、シグナムと共にシャワー室に向かった。
3人が並んで後姿を立ち去る姿を眺めている者達がいた。
遅れて格納庫にやってきたはやて、シャマル、そしてピクシーだった。
「ピクシーはどう思います?」
「俺はナンパ師じゃないんで、女性の心理は一度も読めたことがないが」
「ま~た、またまた。このニヒルぶっちゃって、このスケベ妖精」
「そういうお前さんはオヤジマニアだな。メビウス」
先の作戦で臨時のペアを組んで以来、はやてはピクシーをおちょくることが多い。
「空戦ではよくわかりませんけど、変わったと思いますよ」
はやてとピクシーだけでは漫才になる予感を嗅ぎ取り、シャマルがはやての問いに答える。
「相変わらず強いと思うで? まぁ、さすがに今日は全敗やったけどな」
「そうですね。なのはちゃん。空に上がればとても強い子ですけど、復帰初めての空でしたからね」
「それに私達に隠して無理しがちなトコロがあるからな。まだ体調も万全でないんかもしれんなぁ」
フェイトと同じように、はやてもなのはが我慢を隠そうとする性格をよく知っていた。
そのやりとりを横目で眺めていたピクシーは駐在所長を視線を交し合った。
無言の連帯が成立する。なのはを「男の立場」から支えてやる必要がありそうだ。
152 名前:NANOHA COMBAT ZERO ◆Y0DG7nGjbg [sage] 投稿日:2008/07/12(土) 22:03:45 ID:tEIksNvi
照明を落とされた室内は戦争に赴く者達の緊張感と静寂に包まれていた。
スクリーンにAXE&HAMMER社のプレゼンテーションソフトが起動し、
画面を映し出すと同時にスピーカーから静かな、しかし威厳のある声が流れた。
「首都ディレクタス解放戦備は整った。
これにより ウスティオ空軍第6航空師団による首都奪還作戦任務の遂行を発令。
続いて 作戦詳細を令達する。」
冒頭の声の主である基地司令の宣言を受け、正規軍の作戦参謀がレーザーポインターを手に壇上に上がる。
「ディレクタスは 5つに分かれた地域行政区域で構成されている。
この5区域には各所強力な兵器が配備されており全体で ベルカのウスティオ方面軍司令部を形成している。
今作戦の敵部隊殲滅はウスティオ全土の解放と同義であり 我々の命運を分ける戦いでもある。
敵勢力は主に地上軍を中心に展開。
未確認だが 周辺には強力な航空部隊が配備されているとの情報もある。
ディレクタスを解放すべく、
ベルカ軍を殲滅せよ。全力を尽くすのだ!」
「おい、サイファー」
「なんですか ピクシー?」
ガルム隊の2人はブリーフィング中にヒソヒソ声で声を交わしあった。
「この作戦じゃ、対地攻撃がメインだぞ」
「ああ、私達より適任の仲間がいるからその辺はみんなに任せます」
「お前の狙いは こないだの戦闘の相手か?」
「何でもゲルプ隊とかいうエース部隊らしいですが、絶対出てきますよ。それに対応できる隊が必要でしょ?」
「今回、地上目標は捨てる・・・と?」
「首都ディレクタス開放作戦ということでウスティオ正規軍のパイロット連中も含めてみんな気合入りまくってますからね。
だって・・ほら、どの隊も対地攻撃装備ばかりじゃないですか」
同僚の指摘にピクシーは降参の仕草を見せた。
「お前さんがそこまで野心的だとは思わなかったよ」
「は?」
これは完全にピクシーの勘違いというか思い込みだった。
傭兵としての損得勘定、収支でいうなら、ディレクタスのベルカ地上軍を叩くほうが儲けは少ないがリスクも少なくて安全だ。
だが、敵エースとの対空戦闘となるとハイリスクな割に報酬には見合わない。
ただ、強敵を倒せば自らの傭兵としての商品価値を高める「営業活動」にはなる。
ピクシーほどのランクの傭兵ともなれば名前は世界中の軍関係者に知れ渡っているが、
サイファーこと高町なのはは凄腕だが、傭兵としての知名度はそれこそ皆無だ。
ウスティオ首都開放という誰もが注目する作戦の中で敵エース部隊を落とせる実力を見せ付ければ
この戦争が終わっても仕事のオファーは少なくないだろう。
「並の腕の敵で慌てるほどの下手糞はこの基地にはいないでしょう?皆、その程度なら自分の面倒は見れますよ。ただ、問題は・・・」
「敵エース部隊という事だな」
「そういうことです」
「いずれにせよガルムの1番機はお前だ。なのは。オレはその2番機であり、お前について行く。それで文句ないだろ?」
「ありがとうございます。 ラリー」
「ガルム2は1番機を厳しく選ぶんだ。だがその代わり、一度認めた奴は絶対守ってやる」
ピクシー(妖精)というよりもガルム(冥界の番犬)と呼ぶに相応しい獰猛だが頼れる微笑だった。
名前で呼ばれたことにちょっと驚き、ピクシーへの返事へも意識して名前で返す。
やはり名前で呼ばれるというのは嬉しいものだ。
ついに、満を持したウスティオ軍の首都奪還作戦が始まった。
大規模な作戦だけあってオーシア軍がディレクタス奪回に先んじて、他方面へ派手に陽動作戦を行っていた。
その間隙を縫って奇襲をかけることになっており、
それだけにヴァレー基地の空軍戦力を一気に叩きつける作戦が取られていた。
《イーグルアイより各隊へ。ベルカ軍をディレクタスから追い出すぞ》
対地攻撃兵装を抱えた戦闘機部隊が次々とウスティオ首都圏の空に飛び込んだ。
すぐさま迎撃がウステティオ戦闘機を手荒く出迎え、先陣をきっていたF-16の4機編隊に集中的な対空砲とミサイルがあびせられた。
あっという間に全機が叩き落された。
その直後に続いていた同じくF-16の別編隊はもう少し首都に近いところまで迫ったが、やはり濃密で正確な対空砲火で撃墜され、
市街地に轟音と共に巨大な爆発に変貌させれていた。
さすがに占領した敵国首都に駐留させている部隊だけあって迎撃も激しい。
2つの部隊が戦果をあげることなく犠牲になったが、その隙に別方向から進入した部隊が首都圏中心部に迫る。
<みんなヤル気まんまんやね>
はやて達のマジシャン隊はレーダー妨害電波の雲の中に隠れていた。
<首都開放だしね。それだけ士気があがってるんだよ>
<でも、犠牲は少なくなさそうですよ>
シャマルは不安そうな様子を隠そうとはしなかった。
<我が身を投げ打ってでも戦う価値がある。と、いうことだ>
シグナムは自分自身の形成している核としての騎士の誇りと忠誠の対象を想いながら古くからの同僚に応えた。
<そうやねぇ。この国の人間やったら命を賭ける価値がある戦いと思うのは当然やなぁ>
<でも、私達が生死を賭ける戦いではないと?>
<シャマル。常に生死を賭ける覚悟は必要だぞ>
<すいませ~ん・・・>
烈火の将らしく戦いに望む姿勢は手厳しい。
<そう思ってしまうのも無理ないかもな、私達は異世界から来た魔導師で、卑怯で一方的な戦いをやってるワケやしな!ソコんとこは自覚せんとな>
<そうだよね。私達はこの世界では本来、存在してはいけない存在なんだ>
フェイトはこの世界での戦いが激しくなってくることに不安を抱いていた。
それはこの管理外世界には存在してないはずの管理局魔導師が、戦果を積み上げていくにつれ、
この戦争全体に影響力を与えることになるのではないかとの恐れだった。
世界を護る筈の存在が、世界の将来に介入する行為になりかねない。
戦争が目的ではない。
あくまで危険なロストロギアの改修の手段としての戦争だ。
《イーグルアイより、第3波、突入せよ》
《もうそんな頃合か、思ったより早いな》
《マジシャン隊よりイーグルアイへ、了解した。これより攻撃態勢に移る》
はやては時空管理局の特別捜査官からウスティオ空軍のマジシャン隊指揮官へと瞬時に立場を切り替えた。
はやて、フェイト、シグナムそしてシャマルの4名で編成されている
ウスティオ空軍第6航空師団第86"マジシャン"戦闘隊ははやてのMiG31フォックスハウンドを先頭に
ディレクタス第3行政区に陣取るベルカ軍地上部隊を痛撃した。
建物が込み入っている都心にも関わらず、高層ビルの森の中に機体を潜り込ませ、
ピンポイントで精密な外科手術のようにディレクタスに巣食うベルカ軍の腫瘍を潰していく。
<くぅぅぅ!・・・っと・・・はぁ~ あぶない あぶない!>
<はやてちゃん! ちょっと危険すぎですよぉ>
フェイトのタイガーシャーク、シグナムのフルクラム、シャマルのトーネードは巧みに障害物を避けながら華麗な飛行で攻撃を続けていたが、
唯一はやてとリィンⅡが操るフォックスハウンドが苦戦していた。
ついさっきは旋回ではらみすぎ、そのままビルの側壁に機体の腹から激突するところだった。
<リィン? もうちょい過渡領域の反応を滑らかにできんか?>
<できます。けど、今度はパワーが必要以上に出すぎると思うです>
<その辺はまぁコッチで何とかしよ。・・・で、いけるんやな?>
<はい!>
多少旋回性が犠牲になったものの、フォックスハウンドが猛烈な速度で駆け抜けた。
《マジシャン1よりイーグルアイへ。手術は無事成功、繰り返す。首都南部の腫瘍は全て摘出成功》
《よくやったマジシャン隊、第5波攻撃隊の援護に廻れ》
ディレクタス地上では市民が一斉に、だがベルカ軍には知られずに、行動を起こし始めていた。
環境保護団体の女が化学工場の経営者と一緒に銃を抱えて走り抜ける。
与党議員はビル屋上で狩猟用ライフルを構え、野党支持者は隣で双眼鏡を抱えていた。
粗暴な前科者として白眼視されていたアル中親爺はウスティオ情報機関の手足となって情報を集めている。
「通信と輸送関連の施設、機材、人員に狙いを絞るんだ」
蜂起に備え、ディレクタスが占領された後も首都に潜伏していた
ウスティオ陸軍特殊部隊の隊員達が抵抗組織を有機的なものにまとめあげていた。
これから軍隊の神経系と循環器系ともいえる通信と輸送に対して襲い掛かるのだ。
市民の多くは素人だったが既に地の利、人の和を得ており、あとは天の時を待つだけだった。
そして、ヴァレー基地の戦闘機部隊が奇襲をしかけたことで遂に天の時が至った。
これまで従順だとおもわれていたディレクタス市民の蜂起をうけて、ベルカ軍は浮き足立った。
《何だ お前達は!民間人が出てくるな!》
《 命令に従え!危険だと言ってるんだ!》
陸軍の兵士は治安維持と占領施策の面から民間人に対する接し方を十分に教育をうけているが、
民間人が組織だって巧妙に抵抗してくる事態に対処できるほど訓練されてはいなかった。
《ここは俺達の街だ!ベルカは出て行け》
抵抗は綿密に計算されており、シュプレヒコールをあげ、罵声はあびせるが、
投石や火炎瓶といった表面的な示威行動は行わず、通りを平和的に行進するだけ、それだけでベルカ軍を威圧する。
あちこちで市民が築いたバリケードで補給トラックのコンボイが道を塞がれ、立ち往生し始めた。
戦車なら用意に突破できる障害も装輪のトラックでは乗り越えることも不可能だ
《畜生、彼等が大人しかったのは兵士の監視の目を騙す為だったのだ!》
ディレクタス市民がベルカ軍の占領を従順な家畜のように受け容れていたのはこうした流通網への護衛を薄くさせるのが真の目的だった。
《何が起きているんだ 何だ お前達! 民間人は退避を や やめろ!》
《第84監視哨 応答せよ!どうした おい! 応答せ・・・》
静かに火がついた抵抗は一気に爆発的な勢いで燃え広がった。
《市民の抵抗を排除せよ!》
民間人に向けて発砲するというのは、誇り高い兵士がするような事ではない。
唾棄すべき犬以下の仕事だ。だが、命令であれば従うしかない。
誰にとっての幸運だろうか、彼等に下された任務は抽象的な「排除」という言葉で誤魔化されていた。
《全く・・具体的な命令を出されずに助かったぜ》
《何を暢気なこと言ってやがる!? おかげで俺たちが・・・うわっ!》
地上では物資を乗せたトラックがウスティオ市民の違法駐車で立ち往生し、ベルカ軍が設けた光ファイバー網はあちこちで寸断されていた。
そして空から戦闘部隊に対して攻撃が降り注ぐ。状況は加速度的にウスティオ有利に傾いてゆく。
市民の抵抗運動は市街地北部と西部に集中するよう計算されていた。
ヴァレー基地の戦闘機隊が攻撃を中央区と南部に集中させているにもかかわらず、
ベルカ軍は増援や物資を北部、西部地区からの派遣が困難になっていた。
《俺達の街に戻すんだ!俺達の手で!》
地の利では地元の市民に敵うはずもない。ある商業地区では架橋工兵部隊が群集にとりこかまれ、身動きとれなくなっていた。
《鐘楼を確保したぞ!》
《自由の鐘を響かせるんだ! 街中に聞えるように!》
《街中に響かせろ!俺達の自由の証だ!》
完全に勢いづき、興奮した群集がなだれ込み、鐘を鳴らしはじめる。
《何の音だ? 鐘の音? 》
《何で鐘が鳴っている?どこのバカだ! 鐘楼は封鎖してあるはずだ!》
鐘の低い響きは日が沈みかけた首都ディレクタスに鳴り響いた。
《民衆の力が これほどに膨れ上がるとは……味方につけられなかった時点で負けていたか……
街道の30km地点まで一旦後退。混乱の収束を図る》
あるベルカ軍の歩兵指揮官が独断で後退を始めた。
指揮官自身は一旦後退が恒久的後退になると感じていたが、立場上、おいそれと口にできることではない。
《街は連合軍に落ちた。動ける者から 退路を開け!臨時混成でも構わん、再編成を実施、直ちに反転攻勢を!》
方面軍司令官の乗ったヘリがベルカ本国方向でウスティオ機に撃墜されたという情報を知った歩兵指揮官
は部下の中隊長達の狂信的な戦闘指揮にくらべて、はるかに現実的で冷静だった。
《もはや手遅れだ。我々は負けたのだ。》
《こちらイーグルアイ、市民蜂起は成功、町は開放・・・れた・・・だ》
イーグルアイの言葉は最後まで聞き取ることが出来なかった。
オープン回線で歓声をあげている大馬鹿者が何人かいるが、イーグルアイも含めて誰も注意しようとはしなかった。
<やったね はやてちゃん>
<うん、そうやな。 この国の人たちには嬉しいニュースやろな>
シャマルの呼びかけに対し、思念通話で交わすはやての声のトーンは決して嬉しそうではなかった。
<主 何をお考えですか?>
とっさに雰囲気を読んだシグナムが問いかける
<ん? これで戦争は終わってくれるんかな? ってな>
はやての声の調子は沈んだままであることにフェイトも気がついた。
<で、それは八神特別捜査官殿の予測ですか?>
<予測やない、終わってくれたらエエな~っていう願望や。ハラオウン執務官殿>
はやては苦笑交じりに、そして何故か恥ずかしそうに答えた。
首都開放が確認されるまでマジシャン隊は編隊をフィンガーチップに組みなおし、周辺区域の警戒に当たっていた。
《作戦中の各隊へ これより首都開放作戦第2段階を実施する。敵戦力を削り取れ!》
《了解!》
戦意に溢れ、勢いづいたヴァレー基地の戦闘機の何機かが撤退してゆく街道上のベルカ軍の車列に襲い掛かった。
爆発と黒煙が帯状に連なり、兵器と人が纏めて黒焦げの塊に変貌して燃えていた。
《ザマーミロ! ベルカの強盗共め!》
《二度とウスティオに入ってくるんじゃねー 思い知ったか!》
ウスティオ空軍出身者の声は過激で容赦ないものだった。
散発的な抵抗をする部隊に彼等は機銃掃射を加え、徹底的に退却中のベルカ軍部隊を蹂躙していった。
<ひどい・・・>
その様子を上空から眺めたフェイトは言葉に詰まっていた。
<戦闘というには一方的やな>
はやての声も深く沈んでいる。
<はやてちゃん 止めさせる事はできないの?>
シャマルの声は些か以上に引き攣っていた。
<出来ないわ>
<どうして?フェイトちゃん!>
割って入ったフェイトにシャマルが食って掛かる。
<あの攻撃を食い止めたらどうなると思う?>
<死ななくても良い人達が助かるわ!>
<……どうやって?>
<えっ?>
<あれほどの集中的な物理的攻撃を純粋魔力だけで食い止めることができると思いますか?>
<そ、それはっ・・・・>
<よしんば出来たとして、ウスティオに潜入している私たちの能力に対する疑念をもたれたらどうする?>
<それに、・・・もう終わっている>
戦闘というより虐殺だとの感想は口にせず、シグナムがぼそりを呟くのを聞いて、
シャマルが辺りを見回すと武装を使い果たしたのか、悠々と帰頭するウスティオ正規空軍の戦闘機の姿が見えた。
《イーグルアイよりマジシャン隊、続いてベルカ地上部隊掃討に入れ》
一瞬、電撃のように張り詰めた緊張が無線越しに伝わってきた。
だが、はやてはゆっくりとした口調で、だが断固とした強い意思を込めて、返信をおこなった。
《マジシャン1よりイーグルアイ、攻撃は不可能、我が隊は既に対地攻撃可能な武装を全て射耗、繰り返す 対地攻撃不可能》
《・・・・・・・・・・・・了解、マジシャン隊は任務終了、帰頭せよ》
はやての回答は嘘だった。はやて自身も含め、フェイトもシグナムも機銃には十分な残弾を残していた。
それが彼女達の立場でできる小さな抵抗だった。
イーグルアイの短い沈黙に含まれていたものは何だろうかと考えると、
今後の立ち回り方についても少し考える必要があると思案するフェイトだった。
最終更新:2008年08月22日 20:49