【6】地上に這う絶望 後半
こんな奴らにいいように弄ばれ、殺されるぐらいなら・・・・いっそ・・・
泥沼に沈みこんだなのはの心の枷が外れた。
ここで死ぬ運命なら、死に方ぐらいは私の望みどおりでありたい。
それに、ほんの少しでも希望の光が見えるなら全てを賭けてもいい。
途端にふっ、と、屈辱も苦しみも些細なことに感じられ、不思議なことに
身体の奥がむず痒く熱くなるのを我慢することがバカバカしくなった。
感じるままの痴態を晒すのもまるで気にならない。
「ああああっん! ふぁ・・あああ」
「ずいぶん濡れているな 締まりのない穴だぜ」
さきほどまでの抵抗していた態度が一変したことで、男達の自尊心が
くすぐられた。抵抗されるのを無理矢理に弄ぶのは、獣欲を満足させるが、
抵抗していた女が快感に絶えられなくなってくる様を見せられると
ついつい自分のテクニックに自惚れてしまう
「可愛い顔でいい反応してるじゃねぇか・・・惜しいな」
細い声であげて啼きながらも、
心の枷が外れたなのはは頭の奥で、魔導師として冷静さを回復していた。
結果がどう転ぼうと、この屈辱も今だけの我慢
枯葉のベッドの中に身体を落とし、ゆっくりと時間をかけ、
もつれ合いながら体勢を少しずつ動かした。
男を上に乗られたまま、随分と動き回り、ようやく
なのはの背中に落とした9mmオートマチックが触れた感触があった。
小さく無骨な冷たい鉄の塊は何とも頼もしい。
相棒がRHでないのはちょっと残念だが、これから人生最期となるかもしれない闘いに臨む。
いや、自分の命をチップにした大ギャンブルか?
生死にかかわる危険をガン無視して体内に残る最期の魔力をかき集る。振り絞る。
なのはの両足を高く持ち上げ、
湿り気を帯びた茂みの奥を突いている男の表情が一瞬消えた。
いきなり中空にピンク色の光の槍が生じ、男のたくましい背中に突き刺さり、胸側に突き抜ける。
「ぐはっ・・・!?」
光の槍は先端に白やピンクや茶色い様々な臓物まとわりつかせ、
真っ赤な血をあたりに撒き散らした。
すっかり風通しのよくなった自らの胴体を見てたっぷり5秒ほどかけて驚愕の表情になった男は、
やがて驚愕にかわって、後悔と恐怖の表情を浮かべながら後ろの地面に倒れこんだ。
夢中で上の洞窟に武器をねじ込んで2度目の攻撃をしている男が戦友の異変に気がついて振り返った。
「どうしたんだ? おい?」
血まみれになりながら倒れている戦友の姿に驚き、思わず押さえつけていたなのは腕を一瞬だけ離した。
狙っていた隙はそれだった。
脱臼しかかっている右肩の激痛を無視して枯葉を被った銃に手を伸ばす。
必死の想いで銃を掴む。グリップにくっついていた尖った砂利が掌に刺さって鋭い痛みが走った。
「クソっ、畜生!!」
状況を理解したらしく、男が傍らに放り出していた自身の拳銃を取ろうと膝立ちの状態から無理やり横に倒れこんで腕を伸ばして銃のグリップ掴んだ。
右手親指でセーフティ解除。ハンマーを起こす。照星と照門をターゲットに合わせ、引き金を絞る。
「「「「Pam! Pam! Pam! Pam!」」」」
2つの銃から併せて4回の銃声が鳴り響く。
「ぐぁああああああっ! 痛ぇぇえええええ・・・」
男の放った1発目はあらぬ方向に逸れ、2発目の銃弾はなのはの腕を掠めていた。
一方なのはの銃弾は2発とも、男の腹に当たっていた。
あと一人!
「このぉ 舐めやがって!」
最後の3人目の敵は途中乱入してきた曹長だった。
だが完璧な奇襲反撃で機先を制されたこともあり拳銃を持つなのはの動きのほうが早かった。
なのははこのギャンブルに勝った!との手応えを得た。
だが、引き金をしぼることができなかった
曹長は狡猾にも捕虜にして転がしてあったオーシア兵士の後ろに隠れ、
大型の軍用ナイフをその首筋に突きつける。
敵ならば躊躇せず倒すなのはも、
さすがに盾にされている味方兵士を見殺しにしてまで敵を倒すことはできなかった。
「銃を捨てろ! さもなくばコイツを殺す!」
「ぐぁあああああ!?あああああっ!」
全く警告無しで捕虜となっていたオーシア兵士の耳がそぎ落とされる。
なのはの中で燃え上がった最期の反撃の心が燃え尽きそうになる。
絶望の淵が見えた。
これまでか・・・やっぱり、私ココで死ぬんだ。
隙無く銃を構えていた手の力が徐々に抜け、銃口が下がって行く。
<俺ごと・・・・撃て・・・>
なのはの中に思念通話で呼びかける声があった。
意外な驚きで声の主と思われる人物を凝視する。
<この声、あなた、あなたなの?>
<2人とも助かるのは無理そうだが、君にならまだ生き残るチャンスがある。俺ごと撃つんだ>
ボコボコに歪んだ幼い顔の兵士が激痛に耐えながら、血塗れの顔をあげてなのはに微笑んだ。
絶望の地獄の中で見出した生存へのチャンスは、厳しい試練を課するものだった。
<そんな事できるわけないじゃない!>
<誰一人護れないまま、ここで殺されるよりはずっといい>
<必死で抵抗して。その隙に私が撃つ!>
人質の盾に完全に隠れながらベルカ陸軍曹長は傍らの杉の大木に立てかけてある自分の銃の
ところへ少しずつ移動しようとしていた。
得物がナイフではなく銃に持ち帰られたら生き残るチャンスはそこで摘み取られる。
<無理だな。俺はもう助からない>
<どうしてそんな事を言うの!?>
<そうか、君からは見えないんだな・・・俺、背中から刺されてるんだ。もう長くない>
強敵であれば、全力全壊でぶつかっていけば良い。シンプルだ。
だが、味方を殺すなんて一度も経験したことはない。
<勘違いするな。俺はせめてだれか一人でも護って死にたい。どうせ斃れるなら誰も護れないよりはいい。撃って、生きる道を手に入れてくれ・・・頼む>
名前も知らない若いオーシア兵士の顔に穏やかだが決意に溢れた瞳があった。
管理局では影で魔王だとか悪魔だとか呼ばれるなのはもさすがに動揺する。
「撃てよ この、臆病者!」
最期を振り絞って叫んだ兵士の声がなのはの心を動かし、銃を握る手の人差し指を少しだけ動かした。
Pam!
まさか撃ってくるとは思わず、胸に銃弾を受けた痛みで転げまわっている曹長の手首を
たたきつけるように蹴りつけ、ナイフをけりとばす。
グギンッ!
「ぎゃぁぁあああああああ」
そのまま嫌な音を立てて両手を粉砕する。男にもはや反撃手段は残されていなかった。
なのはは土と枯葉に薄汚れた傷だらけのままで立っていた。汚れた長い茶髪が風で乱れる。
捻挫した足の痛みに脱臼しかかっている右肩、さきほどまでの陵辱で顎がはずれそうな疲労感に下腹部を包む激痛、
ボロボロの状態でしかも自分が屋外で半裸であることを全く意に介せず、銃を保持しなおした。
恥ずかしいなどという感情は今はそれこそ別次元の彼方にまで吹き飛んでなくなっている。
頭の中はどうやって復讐を果たすかしかない。
足元のふらつきはそのままだったが、なのはの目に宿った光は生きのびる術を探そうとする人間の眼の光ではなく、復讐の神の眼を有していた。
弾が掠った傷の痛みはまるで感じていない。
ぶざまな格好で痛みを堪えている曹長が泣きじゃくっていた。
「悪かった。頼む・・・・助けてくれ。君には大変すまない事をした。」
なのはは完全に表情を消していた。
極めて大きな感情の爆発に対しては顔の筋肉もどうすればよいのかわからないらしい。
「『助けて』?・・・その言葉、正しい意味を知らない人が他人に使うのは駄目だと思うよ」
なのはは復讐の神の眼光からは想像もつかないほど穏やかなで、どこか悲しげな口調で宣告した。
「た・・助けてくれ・・・後生だ・・・お願いだ・・・」
「貴方は・・・自分がしたことを判ってるの」
「俺が悪いんじゃない。だいいち俺は本当の軍人じゃない。」
「制服を着て、ベルカの旗の下で私達と戦ってるんでしょ? 立派に軍人よ」
「ふ、普段は、ち、小さな会社で・・・徴兵されて、銃さえ持てば何でもできると思い込んでいたんだ。だから・・・」
「ほら、そうやって自分自身を罰することができない。罪に相応しい罰をうけて頂戴」
直径9mmの鉛をした殺意が念入りに3発放たれ、
男の頭部に超高速で進入し、反対側へ突き抜けた。
頭の中身の半分近くをあたりに撒き散らしつつ、
地面に倒れた男は数回痙攣したまま、二度と動かなくなった。
なのはに撃たれたオーシア空挺部隊の兵士は既に事切れていた。
傷だらけの体を気にせず名前も知らない若い兵士の亡骸を力一杯抱きしめる。
自らの手で殺した命の恩人は血で汚れた顔をしていた。
頬を優しく撫で、少しでもキレイに拭き、長く深いキスを交わした。
心の底から優しい。愛情を尽くしたキスだった。
「ごめんなさい。 そして、ありがとう・・・」
彼の首に掛けられたDOGタグを1枚引きちぎる。
ようやく冷静さを取りもどしたなのはは、少し考えて僅かに身体にくっついているパイロットスーツを脱いだ。というより引きちぎった。
傍らに脱ぎ捨ててあるベルカ軍の戦闘服を頂戴することにする。
自分を襲うために脱ぎ捨てられた男の服を着るというのは何とも屈辱的なものだったが、
一面では、裸でみっともない人生の終焉のサマを晒す死人へ鞭打つという後ろ暗い復讐の歓喜で、
二つの感情は互いに打ち消しあった。
男性用であまりにもサイズが合わなかったが、致し方ない。
服のポケットを探ると嬉しい驚きがあった。赤い宝石のように輝く戦友。
「レイジングハート?こんなところに居たんだ! よかった」
「Thank You. Master I also looking for you 」
続いて別のポケットから手帳が出てきた。
なのはの直感が警鐘を鳴らす。
読むと後悔する。読んではいけない。
私を襲ってきた屑、そして私が命を奪った。
名前も知らないこの男がどういった人物か・・・・いや、知らないほうが良い。
知ってはこの先、背負うものができてしまう。
手帳の中身を観てしまいたい誘惑、
この場に捨てて清算してしまいたい誘惑。
手帳の表紙をじっと見つめ、思案した。
兵士越しに敵を撃った時と同じく2つから決断を選択することの重さに襲われていた。
寂しく疲れた笑いを浮かべつつ、なのはは決断した。
長い思考の末、なのはは自身が人生を終わらせた男に対して自分なりの責任を取ることにした。
屑みたいな男であっても。
この手で倒した者としての責任を感じていた。
手帳には何枚かの写真があった。男と奥さんと思われる女性に子供達3人の5人家族。
膝の上に一番したの子供を乗せた男は穏やかだが頼もしい男らしさに溢れていた。
何処かのオープンテラスのカフェで撮影されたものらしい。
どこにでもある幸せそうな家族の肖像。ベルカ陸軍予備役の男は普段は善良な一市民として生活していたに違いない。
なのはにとって写真の中の男は個人的に斃さねばならない敵だった。殺さなければ殺されていた。
この手で直接・・・・
そう、これは正当防衛行為。戦場での婦女暴行は極刑。捕虜虐待でも量刑は変わらない。
間違った事だとは思わない。それにあの場で撃つ以外の選択なんてなかった。
法律も社会も誰もが私を支持してくれるだろう。
だが、誰もが持つ胸の奥に秘める悪と折り合いをつけて生きていけるわけではない。
そして確実なのは
すくなくとも写真の中の遺族にとって私は倒されなければならない仇敵ということだ。
この子達や奥さんがナイフや銃を持って私の前に現れたら、どうする?
返り討ちにする自信は皆無だった。
戦争中となれば狂気が人を支配する。
「これが・・・・戦争・・・」
不意に硝煙の刺激的な臭いと血の鉄っぽい臭いがなのはの鼻腔を刺激した。
突然、爆発する感情をそのまま銃を持つ右手人差し指へ伝える。
「うわああああああああああああああ」
連続する銃声が鳴り響き、森の中に吸い込まれていった。
どうしようもなく涙がでた。襲われた時の涙とは違って、
なぜ泣かなければいけないのかわからないのに、涙が止まらない。
弾を撃ちつくした銃を地面に叩きつけ、幼児のように身体を丸めて泣きじゃくる。
今日の出来事は忘れることはないだろう。
森に本格的な夕闇が下りてきた。
いっそ、自分自身も闇の中にとけてしまいたい・・・。
ぎりぎりの地獄から生き延びたという安心感と絶望感が奇妙に同居したまま眠りおちた。
最終更新:2008年01月18日 20:50