- 番号リスト
01 四番目の弟
暗闇に包まれた公園で、赤毛の少年は一人だった
歳は12歳に相当する。
「はぁ……」
ベンチに身を沈め、俯いている少年――エリオ・モンディアルは溜め息をついている。
その表情からは普段の強さや凛々しさは一切感じられず、絶望した表情を浮かべながらコンクリートの地面を見つめる。
もう、今にも泣き出しそうなくらい意気消沈していた。もしも今の彼に拳銃を渡したら一片の躊躇もせず自分の頭を打ち抜くだろう。
普通なら相棒――ストラーダが何か励ましの言葉をかけてくれるのかもしれないが、あいにく今は整備中で手元になかった。
いや、仮にあったとしても今の自分相手なら容赦なく罵倒するだろうから、むしろ無くて良かったのかもしれない。
「何であんな事しちゃったんだろ……」
長きに渡って共に戦ってきたパートナー、キャロ・ル・ルシエに対する自分の行いを後悔しながらぽつりと呟く。
感情任せにならず、向こうのことをちゃんと考えれば何事もなく終わってた――
いや、そもそも始まらなかったのかもしれない。
でもそれは起こってしまった。
数時間前に遡る――
『エリオ君の分からず屋!』
『キャロこそ、自分勝手すぎるんだよ!』
それは自然保護隊の仕事が終わったときの出来事だった。
エリオとキャロの二人は口論をし、間には怒号が飛び交っていた
何故そこに至ったかはもう思い出せない。
普段の二人からは想像出来ないかもしれないが、彼らもそろそろ思春期
きっと感情が出やすくなってるのだろう。
『キャロはいつもそうだよ、だいだいこの間だって……!』
『エリオ君こそ、いっつもあれは駄目これは駄目って……!』
『あれはキャロがもっと我慢をすれば……!』
互いの激昂が収まる気配が一向に見られない。
キャロの愛龍フリードリヒ――通称フリードは仲裁に入ろうとは思っているがどういう風にやればいいのか分からず、オロオロと困惑しているだけだった。
ヒートアップする内にキャロから出たその一言がきっかけとなってしまった。
『よく分かったわ』
『え?』
『エリオ君って人が本当は威張りたいだけの人って事がよく分かったの』
キャロは普段の彼女からは想像出来ないくらいに冷たい声を出し、軽蔑の目で見つめる。若気の至りでこんな心ない言葉を吐いてしまったのかもしれない。
その途端、エリオの中で何かが切れ視界が赤く染まった――
数秒経ってからだった、エリオが我を取り戻したのは
目の前にあったのは、頬に手を添えて床に膝をつきながら涙を流すキャロ
そして握り拳を作りながら震える自分の右手、微かに痺れを感じる。
この時、自分が何をしたのか理解するのに時間は必要なかった。
『キ、キャロ……その……』
エリオは自分の行いに対する謝罪の言葉をかけようとしたが、キャロは逃げるように走り去っていき、追いかけるようにフリードも飛んでいった。
追いかけることも出来ず、これ以上一言も発することも出来ず、ただ茫然自失と立ちつくすしか出来なかった。
あれから逃げ出すように夜の街を彷徨い、気がつくと公園のベンチに座っていた。
共に戦い、励まし合い、助け合ったパートナーを感情任せに殴りつけた罪悪感で心が張り裂けそうになり、涙が出そうになった。
あの後キャロに謝ろうとしたが、会おうとした途端フリードから炎を吐かれた。主人を殴りつけたから当然かもしれない。
卑怯者と成り下がった自分に自然保護隊、いや時空管理局にいる資格はない。
「僕は……最悪だ……」
「最悪は、最高なんだよお坊ちゃん」
暗い顔で呟いていると、不意に冷たい声が聞こえる
顔を上げると靴の音と共に三人の男が現れ、エリオの周りを囲む。
「お前はいいよなぁ……」
左袖のない黒いコートに奇妙な装飾品を身に着けるリーダー格の男――矢車想は両腕を組みながら仏頂面で呟く。
その格好と表情からは異様な雰囲気と存在感を放っている。
「全くだ、俺ももう一度青春をやり直してみたい……」
矢車と似たような格好をしている二人目の男は、頬に傷跡が見える
その男――影山瞬はエリオの顔を羨ましげに見ながら言う。
「君は俺だ……そのブロウクンハートは俺も知っている……」
他の二人とは異なりクラシックなスーツを着こなし、シルクハットを被る三人目の男――神代剣は悲哀の目でエリオを見つめる。
三人ともエリオより身長が高く、年齢は20代前半に見える。
矢車と影山の格好はこのミッドチルダではあまり見られないものだ、不良のファッションでもあり得ない。
その二人と比べると剣の格好はまだまともな部類に入るかもしれないが、端から見れば奇妙なことには変わりはない。
そんな三人をエリオはぽかんと見つめるだけだった。
「お前随分いい顔してるな、俺達と一緒に地獄に堕ちよう……」
矢車がエリオに顔を近づけながら言うが、無言で困惑の表情を浮かべるしかできなかった。
「俺もかつて自分がワームだと知り、ミサキーヌを悲しませ、カ・ガーミンを傷つけてしまったときはこうだった……君とはいい兄弟になれそうだ」
「闇の世界ってのは結構楽しいよ? お前も来いよ」
楽しげな声をあげる剣に続いて、影山は誘いの言葉を投げかける
だがエリオは言葉を失うだけだった。
機動六課に所属していた頃も異性の同僚から対応に困る行動を多々されたが、それがマシに思えるくらいだった。
「お前は大切な存在を傷つけ、怖くなって逃げ出した……違うか?」
心の中を見透かされたような矢車の発言に対し、エリオは動揺する
何故こんな見ず知らずの変人にそれが分かるのか彼には理解不能だった。
「……もういいですか?」
ようやく開いた口からは、明らかな拒絶しか出なかった
動揺を誤魔化すように声を低くし、三人を睨み付ける。
「大体、あなた達は僕に何の用があるんですか?」
自分の心を覗かれてるようで苛立ちを覚えているのか、眉が歪む。
すると三人は地面に這いつくばり、自分の顔を擦り付けるという信じられない行為を始めた。
「地べたを這いずり回ってこそ、見える光があるんだ……」
「兄貴は教えてくれた、闇の住民は地べたを這いずり回るのがふさわしいって……」
「俺は、地べたを這いずり回ることにおいても頂点に立つ男だ……」
その行為に、エリオは唖然とした
何故今の対応でこんな行動が出来るのか皆目見当がつかない。
これ以上こんな人達に関わるべきではない。本能で感じた彼はすぐさまその場を立ち去った。
正直な話、今あった出来事に関する記憶を全て消し去ってしまいたいくらいだ。
「お前も一緒に……」
矢車は顔を上げるが、既にエリオの姿はそこには無かった
当然を言えば当然だ。怪しげな格好、理解不能な言動に奇行、余程の変人でなければこんな人間に関わろうとは思わないだろう。
冷たい風が吹く音が公園に広がる。
「兄貴……逃げられちゃったね……」
「ブラザー……どうしてなんだ……」
三人は立ち上がる。
残念そうな表情を浮かべる影山と剣とは裏腹に、矢車は邪悪な笑みを浮かべながらぽつりと呟く。
「あいつの瞳には闇が見える、俺と同じ……あるいはそれ以上の地獄を見たか……」
矢車の呟きに対し、他の二人は怪訝の表情を浮かべるしかできなかった。
「闇の世界の住民はまた一人増える、それもすぐにな……」
エリオは人気のない夜道を歩いているが、特にあてがあるというわけではない
ただ先程の変人三人組のことを忘れたい思いで、ひたすら歩き続ける。
足を進めている内に、見覚えのある二つのシルエットが目に飛び込んできた。
一人は桃色の髪に、幼いながらも何処か強さを感じさせる表情。先程自分が感情任せに殴りつけたパートナー、キャロだった。
いつもはそばにいるはずの愛龍フリードは何故か見当たらない。
もう一人は輝くような艶が出る金髪、男性全てを魅了させてしまうような容姿
次元航行部隊執務官であり、自分を孤独から救い出した恩師でもあるフェイト・T・ハラウオンだった。
二人はエリオの元へ向かう。
「キャロにフェイトさん……?」
「話はキャロから聞いた」
フェイトのその一言で、エリオは真っ青になった
そしてすぐさまキャロに顔を向ける。
「キャロ……ごめん! 僕が自分勝手なせいで――」
言葉を最後まで続けることが出来ず、途中で途切れてしまう
あまりのことに何が起こったのか分からなかった。
「あなたには失望したわ……」
気がつくと頬に痛みを感じる
自分はフェイトに叩かれたという事実を受け入れるのに数秒かかった。
「キャロを殴っておきながら平気で逃げ出すような子だったなんて……最低ね」
「エリオ君って本当はこんな卑怯者だったんだ……見損なったわ」
二人の表情からは普段の優しさや暖かさは一切感じられず、冷ややかな目でエリオに言う。
まるで2年前に起こったJS事件で戦った人造生命体――ナンバーズのそれに似ている。
いや、ナンバーズでもここまで冷たくできるかどうか。
エリオは呆然とそれを聞いていたが、何を言っているのか理解出来ず体が粟立っていく。
そしてどこからか昆虫のサナギを連想させる緑色の怪物――サリスワームが姿を現す。
それは聞く者全てに生理的不快感を与えるような鳴き声を発しながら、エリオの周りを囲む。その数は計5体。
「フェイトさん、これは……!?」
「もうあなたなんかいらないわ、変わりなんていくらでもいるし」
その一言を終えると、サリスワームは左手の爪を使いエリオの胸部を引き裂く
制服と皮膚は切り裂かれ、切断面からは血液が噴出する。
絶叫の声を発する暇もなく後頭部から激痛が走り、汚いコンクリートに叩き付けられる。
苦しんでいる間に数発の蹴りを打ち込まれ、足で顔を踏みつけられもした。
やがて胸ぐらを捕まれ、壁に叩き付けられる。そこからまた殴られ、蹴られる。
無論、抵抗しようとしたが力の差は歴然で、ましてやストラーダを持たない今の彼に手段など無かった。
嫌だ、助けて――
助けを求めるようにキャロとフェイトを見つめるが、二人はまるで害虫でも見るような目で眺める。
「あなたみたいな出来損ない、引き取らなければ良かったわ……」
恩師と信じていた人間のその言葉によって、エリオは目の前が見えなくなった。
かつて親と信じていた人間から見捨てられ、冷たい牢獄に閉じこめられた時と似たような絶望感が彼を襲う
両腕を鎖で縛り付けられ、人として最低限の権利すら与えられず、ただの実験動物としてしか扱われなかった日々
地獄のような光景がフラッシュバックとなって頭の中を駆け巡っていく。
果てしない暴行の中でエリオは抵抗、いや生きる気力を失い欠けていた。
このまま闇の中へと溶けてしまいたい――
その途端、こちらへと近づく足音が聞こえる。
エリオはその方向を振り向いた。
「待ってたぜ、新しい兄弟」
闇の中から冷たい声が聞こえる
左袖のない黒いコート、独特な装飾品、腰に巻いた金属質のベルト
それは先程エリオの前に現れた奇妙な三人組のリーダー、矢車想だ。
矢車はコートを揺らしながらエリオに群がるサリスワームの集団を蹴りで追い払い、地面に叩き付ける。
「お前も笑え、笑えよ……」
エリオの顔を見下ろす矢車は仏頂面で呟く。
そして何処からかそれはやって来た。
バッタを連想させる形をした緑色の機械――ホッパーゼクターはまるで己の意志を持つかのように飛び跳ね、矢車はそれを掴み取る。
「変身」
『Hensin』
矢車はホッパーゼクターを腰に巻いたベルトに装着する。エコーの強い電子音が発せられ、その体はヒヒイロノカネに包まれる
やがてそれは形となり、アーマーとして形成される。
『Change Kick Hopper』
そこに立つのは人ではなく異形に分類されるもの、しかし醜悪で嫌悪感を抱くような異形ではない。
三本角を持つ緑の仮面に赤い両眼、緑を基調としたアーマー、左足のアンカージャッキ
かつてワームと戦う為に生み出され、地獄から蘇った戦士――仮面ライダーキックホッパーがそこに立っていた。
その姿を見たサリスワーム達はほんの一瞬だが、まるで天敵でも見たかのように怯む。
そしてキャロとフェイトの体は妖しげな光に包まれ、人のそれでは無くなった。
ドロドロと表面が溶け出し、中から現れたのはサリスワームとはまた別の醜悪な肉体を持つ怪物だった
蜘蛛を連想させる顔付きに両肩に生えた蜘蛛の足、発達した筋肉、髑髏のマークが彫られている両手の盾。
二人はアラクネアワームへと姿を変える。
「今、誰か俺を笑ったな?」
キックホッパーとなった矢車は両腕をだらりと下げながら、目の前の怪物達に向け足を進める。
5体のサリスワームは立ち塞がり攻撃を仕掛けるが全て足で受けとめられ、逆にカウンターの蹴りを食らってしまう。
それでもワームの爪は次々と襲いかかってくるが、避けながら確実に一撃を与えている。
一見乱暴でいい加減な蹴りに見えるが、一切の無駄が無く調和が取れていて、洗練された戦士のそれに近い。
よろけるサリスワームの背後からキャロが姿を変えたそれ――アラクネアワーム フラバスとフェイトが姿を変えたそれ――アラクネアワーム ルボアの腕から糸が放たれる。
しかしキックホッパーは難なくそれを避け、距離を詰めていく。
やがて攻撃の間合いに入り、二匹のアラクネアワームに強烈な蹴りを与える。
「ライダージャンプ」
『Rider Jump』
ホッパーゼクターの脚部、ゼクターレバーをタイフーンを基点に動かし、電子音が発せられる。
それと同時にキックホッパーは流れる力を左足に集中させる。
全身の神経、体を巡る血液の流れ。
全てを左足に込め、空中に跳躍する。
「ライダーキック」
『Rider Kick』
ゼクターレバーを元の位置に戻すとタキオン粒子がキックホッパーの左足に流れ込む。
急降下で必殺技――ライダーキックをアラクネアワーム フラバスに浴びせた。
その反動を利用し、再び空高く舞い上がり空中で向きを変え、蹴りの一撃をサリスワーム達に浴びせる。
この動作を数回繰り返す。キックホッパーの着地と同時に衝撃を受けたワーム達は爆発し、緑色の炎と消える。
全方位からの爆風を浴びながら、たった一匹残ったアラクネアワーム ルボアと対峙する。
「お前か、俺のこと笑ったのは」
『Rider Jump』
キックホッパーは呟くのと同時にゼクターレバーを動かし、天高く跳躍する。
『Rider Kick』
再びゼクターレバーを元の位置に戻し、急降下で必殺の蹴りをアラクネアワーム ルボアに浴びせる。
強烈な一撃の反動を利用し着地する。ワームはふらふらと後ずさり、爆発四散して消え果てた。
炎に背を向けたキックホッパーのベルトからホッパーゼクターが離れ、それと同時にアーマーを構成するヒヒイロノカネは消滅し、矢車の姿を現した。
エリオは糸が切れた人形のようにぐったりと壁に寄り掛かっている。
その瞳からは涙が流れ、一切の輝きが感じられない。亡霊と呼ばれても不思議ではないくらいに、生気を失っている。
耳元で矢車は優しく囁く。
「やっぱいい顔してるな、俺達と一緒に地獄に堕ちよう……?」
今にも壊れてしまいそうな少年の頬に、指の感触がそっと包み込まれる。
「僕は一体……何を信じれば……」
矢車はエリオの手に何かを握らせる
黄色いブレスレットのようなもので、何かを填めるような穴が見える。
エリオは矢車と目線が合った。
「お前、俺の弟になれ」
男は一人、少年を背負っている
その男――矢車想はどこか満足げな表情を浮かべながら細い路地裏を進んでいる。
「これから何処に行くんですか……?」
「大丈夫だ、俺達がそばにいる……」
矢車は少年――エリオ・モンディアルの疑問に答えない代わりに、優しげな声で呟く
そして目の前の暗闇から二人の男が姿を現した。
「兄貴、また一人兄弟が増えるんだね」
「我が弟よ……俺達と一緒ならどんな地獄でも歩いていけるさ……」
現れた二人――影山瞬と神代剣が待ち望んだものを手に入れたような表情で、エリオの顔を覗き込む。
「俺達四人で歩いていこう、永遠の暗闇の中へ……」
矢車の後をついて行くように他の二人も歩を進める
やがて4人の姿は暗闇と一体化するように消えていった――
最終更新:2008年09月15日 21:15