果て無く広がる闇の運河に、無限に散らばる光の粒。
天の光は全て星……否!
――激震!
宇宙が衝撃に震える毎に、虚空を彩る星明りが一つずつ消えていく。
――爆砕!
星の光が潰える度に、幾千幾万幾億もの生命の炎が掻き消される。
無限の虚無を紅蓮の炎が染め上げ、母なる星の海を闘争の嵐が蹂躙していく。
天の光は全て敵……そう、そこは戦場だった。
――夢を見ていた。
爆音轟き爆炎燃え盛る戦場、血と涙と敵意に染まり混沌と戦闘因果に支配された星の海を、〝彼女〟は鋼の巨人になって駆け抜けていた。
蝙蝠に似た墨染の両翼を羽撃かせ、圧倒的な暴力を以て次々と敵を屠る、禍々しい漆黒の巨人……その姿はさながら、御伽噺から抜き出した悪魔そのもの。
だが、足りない。
無量大数とも言える圧倒的な物量を誇る「敵」はどれだけ破壊しても減少の気配すらも見せず、逆にその苛烈な攻撃の前に〝彼女〟の身体は加速度的に傷ついていく。
それは巨人の頭部コクピットに座る少女、〝彼女〟の「主」も同様だった。
戦闘に次ぐ戦闘で蓄積した疲労は目元の隈に色濃く現れ、ツインテールに結い上げた長い髪は艶を失い色褪せている。
額の汗を拭えば手の甲にこびりついた生乾きの血が白い肌を赤く汚し、純白の装束を汚す無数の赤い染みはどれが誰の血痕であったかも既に判別出来ない。
自らの乗る機体と同じく、少女もまた満身創痍だった。
しかし、それでも少女は諦めない、立ち止まらない。
『報告。左脇腹部破損、鏡面装甲剥離。動力ラインに異常発生、AMF及び対物フィールド出力低下』
「まだ問題ないよ、もうちょっと我慢して」
『イエス、ユアハイネス』
通信ウィンドウに映る少女が淡々と告げる損傷報告に、「主」は躊躇なく戦闘続行を選択した。
両手の操縦桿を固く握り締め、〝第二の自分〟とも言える刃金の巨人を駆り、少女は全力全開で戦い続ける。
その不屈の心に〝彼女〟もまた応える、「主」が諦めない限り〝彼女〟もまた戦い続ける。
この鋼鉄の身が朽ち果てるその時まで、今度こそ「主」を護り続ける。
それが〝彼女〟の誓いだった。
――そんな、夢を見ていた。
そこはどこまでも荒涼としていた。
砂の海に埋もれかけた街の骸は廃墟というよりも遺跡に近く、ざらついた風からは何の〝臭い〟も感じられない。
ミッドチルダ――宇宙の螺旋構造が解明されるよりも遥か昔、星の海がまだ「次元世界」と呼ばれていた頃、繁栄の絶頂にあったという〝世界〟。
その在りし日の首都、かつてはクラナガンと呼ばれていた大都市……ここはそのなれの果てである。
「……かつて次元世界一と謳われた都も、今では見る影も無いな」
眼下に広がる街の死骸を横目に一瞥し、男は小さく呟いた。
前後左右は廃墟の山、東西南北は朽ちた街……吐息混じりに紡がれた男の独白には、何の感慨も感傷も含まれていない。
当然だ、男はこの〝世界〟とは何の関係も無いのだから。
何の接点も無く、故に何の思い入れも無いただの廃墟に、心が動く筈も無い。
それに――、
(警告。戦闘中の注意力の散漫は致命的、気合いの入れ直しを推奨)
「煩い古本、貴様は少し黙っていろ!」
(訂正を要求、私は古本ではない)
頭の中に響く「声」に苛立ったように舌打ちし、男は操縦桿を押し込んだ。
男の操縦に合わせて、人の頭部に似た飾りを頭頂部につけた純白のカスタムガンメン――エンキの刀が敵を両断する。
――そもそも戦闘中に、呑気に「戦場に残る面影」に思いを馳せている暇など無い。
破壊された敵が爆破四散し、黒煙が一瞬エンキの視界を覆い隠す。
その隙を衝くように黒煙の霞を切り裂き、新たな敵がエンキに襲い掛かった。
反応の遅れたエンキの腹部に、敵の触手が槍のように突き刺さる。
「がぁっ!?」
シャッターを貫通してコクピットに侵入した触手が男の身体を突ら抜き、飛び散る計器の破片が容赦なく肌に突き刺さる。
人間――否、大抵の生物は即死するであろう致命傷だった。
おびただしい量の鮮血を口から吐き出しながら、男は一瞬身体を大きく痙攣させる……が、
「ふん……俺も随分と平和ボケしたものだな」
自嘲するような呟きと共に、次の瞬間には何事もなかったかのように操縦桿を握り直していた。
エンキの頭頂部を飾る兜、その更に尖端に装着されたリング状の装飾に光が集束する。
「エンキィィィイ、サンッ、アタァァァーーーック!!」
男の咆哮と共にリングに集束していた光が弾け、破壊的な光の奔流が撃ち出された。
撃ち出された破壊光線は触手越しにエンキと繋がる敵を一瞬で蒸発消滅させ、地上の廃墟に巨大なクレーターを作り出す。
『ヴィラルさん!』
『大丈夫ですか!?』
「ギミーにダリーか」
通信機から響く狼狽えた声に、ヴィラルと呼ばれた男は機体を反転させた。
エンキの背中に高速で近づく、頭と胸に一つずつ顔を持つ真紅のガンメン――グレンラガン、ヴィラルにとって色々と因縁の深い機体だった。
通信ウィンドウに映る赤い髪の青年と薄桃色の髪の女性、ギミーとダリーを一瞥し、ヴィラルは鼻を鳴らす。
「俺を誰だと思っている? この程度の傷などどうということはない、シモンの拳の方が余程痛かった」
『そーいう問題じゃないでしょう……』
腹部に突き刺さった触手を平然と引き抜くエンキの姿に、ギミーは顔を引き攣らせ、ダリーは頭痛を堪えるように額に手を当てた。
ヴィラルの頭の中に、再び「声」が響く。
(結論。……馬鹿ばっか?)
「煩いと言っている……リインフォース」
憮然と鼻を鳴らすヴィラルの〝中〟で、リインフォースと呼ばれた少女がくすりと笑った。
――夢を見ていた。
夢の中で〝彼女〟は一本の杖となり、「主」の手に握られ無限の蒼穹を翔けていた。
轟々と吹きつける凍てついた風が、刃のように肌に突き刺さる。
捲れ返りそうになるスカートを片手で押さえ、乱れ絡まる色素の薄い髪を鬱陶しそうに掻き上げながら、「主」は虚空を踏み締めた。
「ブラスターシステム、リミット1リリース!」
《Blaster set》
(イエス、ユアハイネス。リンカ―コア活性化、出力120%)
凛とした声が大空に響き渡り、翼を広げた鳥のようにも、龍の頭のようにも見える三つの刃金が「主」の周囲に顕現する。
まるで槍のように攻撃的な「主」の杖、その頭部を模した黄金色の刃金の羽根――無線式遠隔操作型移動砲台、ブラスタービット。
自由自在に動く最大四基の移動端末と、手元のデバイス本体の合計五つの砲台を駆使した全方位からの波状砲撃、それがブラスタービットの「正しい使い方」である。
だが、この少女の選択は違った。
右手に握る杖を左手に持ち替え、周囲を飛ぶブラスタービットの一つをプロテクターのように右手首に装着する。
更に残りの二基も「主」の左右の足首へとそれぞれ納まり、足元からは虹色に輝く光の道――かつて憧れた人から受け継いだ魔法、ウィングロードが展開された。
バチリ、と足元から電光が迸らせ、足首に装着したブラスタービットのスラスターから噴射炎の翼を広げながら、「主」は光の道を滑走する。
本来、空戦型の「主」には足場など必要ない、動きを制限されてしまうという意味では寧ろ邪魔だと言っても過言ではない。
しかしこの「技」には、今の少女には鞘が必要なのだ……抜き身の刀を居合という形で最大限に加速させる、滑走路としての鞘が必要なのだ。
帯のような魔法陣が「主」の右手首を円環状に取り巻き、激烈な輝きと共に回転を始める。
右手首に装着されたブラスタービットから一対の光の翼が展開され、機体中央を飾る赤い宝石が鋭く煌めく。
流星のように「主」の拳に集束する光の粒子が、加速度的にその輝きを増していき……そして、それは解き放たれた。
「ディバインバスター!!」
怒号と共に撃ち出された「主」の拳が、巨大な敵を文字通り叩き潰した。
更に少女の勢いは止まることを知らず、次々と敵を屠りながら虚空を突き進んでいく。
その様はまさに、魔弾と呼ぶに相応しい。
撃ち抜かれた敵が次々と爆発し、空を紅蓮色に染める中、「主」の右腕が一瞬痙攣を起こした。
「っ……!」
痛みを堪えるように表情を歪ませ、「主」は反射的に右腕を押さえる。
純白のバリアジャケットの袖口からは、赤い雫が滴り落ちていた。
《Master……》
(警告。右前腕を中心に各所で筋繊維断裂、神経にも異常発生)、
「平気……ブラスター1はこのまま維持、一気に片付けるよ」
心配そうに声を上げる〝彼女〟を一瞥し、頭の中に響く「声」を無視して、「主」は杖を構え直した。
ブラスターシステム――それは限界を超えた力を与える代わりに、術者とデバイスの命を削る諸刃の剣。
しかし「主」は、その禁断の力を使うことに躊躇しない、大切な人達を護る為に、大好きな人達を傷つけないために。
そのために己が傷つくことをこの少女は厭わない、平気で自身を切り売りする。
いつもそうだ、この少女は常に生き急いでいる……それが〝彼女〟には堪らなく歯痒かった。
――そんな、夢を見ていた。
螺旋族とアンチスパイラルとの永い闘争に終止符が打たれてから十年、銀河の星々は地球を中心に共存の道を歩み始めた。
しかし同じ螺旋族とは言え、星が――種族が違えば考え方も違う。
地球螺旋族代表ロシウ大統領の提案した銀河螺旋会議も調整が難航し、開催の目途すらも立っていない。
全宇宙が一つに纏まるには、未だ多くの時間を必要としている。
だが進展が全く無かった訳ではない……地球の主導する和平政策とは別に、それぞれの種族自体も積極的な交流を独自に行い、それによる新たな発見も数多く存在する。
その一つにロシウ大統領の故郷、アダイ村に伝わる聖典の解析解読が挙げられる。
地球に現存するあらゆる古代言語と比較しても該当する文字はなく、「誰かの悪ふざけ」とロシウに評された謎の古文書。
しかしベルカの民と呼ばれる少数民族と接触した結果、事態は思わぬ方向に転がることとなった。
ベルカの民の信仰する宗教〝聖王教会〟に伝わる古代ベルカ語と聖典に記された文字が合致、文書の解読に成功した。
解読した文書に依ると、この聖典はただの書物ではなく、デバイスと呼ばれる古代の高度演算装置であったらしい。
聖典に記述された情報は旧世代螺旋の戦士とアンチスパイラルとの戦いの記録と、「魔法」と呼ばれるプログラム。
しかし後者の起動にはリンカーコアと呼ばれる特殊な器官を必要とするらしく、その発生は遺伝に左右されず完全なランダムだとのことである。
政府は聖典起動の適正者――つまりリンカ―コアの保有者――を見つけ出すべく、住所不定市民を含む首都カミナシティ全居住者を対象に一斉検査を行った。
しかしその結果は壊滅的……人間・獣人問わずその結果は悉く陰性、確認されたリンカ―コア保有者は皆無だった。
ただ一人、〝人間でも獣人でもないモノ〟を除いて……。
それが――、
「――俺という訳か」
「知人曰く、現実とはいつも〝こんな筈じゃなかった〟ことばかりとのこと。腹を括ることを推奨、または諦めることを提案。私としても甚だ不本意」
事のあらましを思い返し深々と息を吐くヴィラルの肩の上で、少女もまた頬杖をつき吐息を零していた。
それは奇妙な光景だった。
一見すれば、ヴィラルが肩の上に人形を乗せ、まるで人間相手のように話しかけているという不気味な光景に映るだろう。
しかしその「人形」は人間のように喋り、動き、挙句の果てには空まで飛び、更には極めて淡白とはいえ喜怒哀楽の感情表現まで一応可能としている。
かつてヴィラルは螺旋王の遺伝子データを基礎とした生体コンピューター〝ロージェノム・ヘッド〟を目にしたことがある。
しかしあれよりもこの小さな少女の方が――本人達の性格の差異もあるだろうが――ある意味遥かに人間らしい。
管制人格――聖典の起動と同時にヴィラル達の前に現れた少女は、己の存在をそう定義した。
その正体はプログラムによって肉体を構成する仮想生命であり、使用者と融合して聖典起動の補助や魔法の出力調整などが彼女の主な役目だという。
少女曰く、彼女とヴィラルの相性は最悪を通り越して壊滅的らしい。
ヴィラルの保有するヴィラルのリンカ―コアは人工的なものであり、その性質は極めて不安定。
融合――ユニゾンというらしい――自体は可能ではあるものの、聖典に記述された魔法の行使は絶望的であるとのことである。
「しかし他に代替手段が存在しない以上、貴方を仮ユーザーとして登録するしかない。認めたくないものだな、若さ故の過ちというものは」
「……後半は無視するが、それは貴様の都合だろう。古本の妖怪風情が調子に乗るな」
淡白な癖に傲慢な少女の態度に業を煮やしたようにヴィラルは低い声で呻き、瞳孔の縦に裂けた獣の双眸で少女を睨みつけた。
ヴィラルの物言いが気に障ったのか、少女も顔を上げ憮然と言い返す。
「訂正を要求、私は古本ではない。私にだって名前はある……祝福の風リインフォースⅢという、先代から受け継いだ素敵な名前が」
そう言って誇らしそうに小さな胸を張るリインフォースⅢ、その仕草がヴィラルの琴線に触れた。
そして、大舌戦が始まった。
まるで理性のタガが外れたかのように2人は互いに火に油を注ぎ合い、売り言葉と買い言葉の応酬は加速度的に白熱しエスカレートしていく。
完全に二人だけの世界に入り込み、口論に熱中するヴィラルとリインフォースⅢは、周りのブリッジクルーが生温い目で自分達を眺めていることに気付いていない。
月軌道上、超銀河ダイグレン級戦艦型ガンメン〝超銀河ダイグレン〟中央ブリッジ。
ミッドチルダ調査隊出航一時間前の、二人のやりとりだった。
――夢を見ていた。
夢の中で〝彼女〟は一粒の宝石となり、〝力〟の象徴である金色の『鍵』と共に「主」の胸元を飾っていた。
「アースラが、はやてちゃんが墜ちた……?」
宇宙での戦いに一応の目途が立ち、久方振りに地上に戻った「主」を待っていたのは、そんな非情な現実だった。
第二の我が家とも言える思い出の艦が、大切な友の乗る刃金の方舟が、撃墜された。
飛ぶ、翔ぶ……友の収容された病院を目指して、「主」はひたすら空を駆ける。
飛行許可など取っていない、それが違法であることも十分解っている。
だが罰ならば後で幾らでも受ける、今はただ……友の顔が見たかった。
病院が見えた……減速もそこそこに無理矢理着陸、蹴破るような勢いで自動扉を潜り抜け、バリアジャケットを着たまま玄関を走り横切る。
マナーなど気にしている余裕は無かった、怒られたならば後で謝ろう。
エレベーターを待つ時間すらもじれったく、非常階段を駆け上がる、それすらも歯痒くまた飛行魔法を使う。
すれ違う他の患者や見舞客を撥ねかけながら廊下を駆け抜け、そして「主」は遂に、目的の病室へと辿り着いた。
八神はやて――扉に張られたマグネット式の表札には、友の名前が確かに書かれている。
信じたくなかった、認めたくなかった、だけど現実は残酷に冷酷に目の前に座している。
ごくり……「主」の喉を鳴らす音が聴こえる。
震える指先でドアノブを握り締め、「主」は意を決したように扉を開け放った。
小さな個室だった。
小物棚の上には見舞い品と思われる小さな鉢植えの花が置かれ、窓から吹き込む風が白いカーテンを揺らしている。
食事台の上には書類が山のように積まれ、そしてその向こう、病室中央に置かれたベッドの上には――、
「あー、久し振りやなぁ。おかえり、帰ってたんやね」
身体のあちこちに包帯を巻き、幾つもの点滴に繋がれながらも、〝彼女〟の記録と寸分違わぬ笑顔で「主」を迎える友の姿があった。
「はやてちゃん……!」
泣き出しそうな叫びと共に胸の中に飛び込む「主」を、友は優しく抱き締めた。
「はやてちゃんが、アースラの皆が墜ちたって聞いて……わたし、居ても立ってもいられなくて……でも何も出来なくて、ただここに駆けつけることしか出来なくて……!」
「うん、うん……心配かけてごめんなぁ……」
入院衣を掴みながら幼子のように泣きじゃくる「主」を愛おしそうに見下ろしながら、友は優しくその頭を撫でる。
「シャマルもザフィーラも、シャーリーもグリフィスくんも皆生きとる。皆怪我して、死んでもーた人もおるけど、それも最小限に留められたと自負出来る。
ウチもほら、無事……とは言えへんけど、でもちゃんと二本脚で元気に生きとる。リインが護ってくれたから、命を懸けて護ってくれたから……」
その時になって「主」は漸く、常に友の傍らにいた――友と文字通り一心同体の、小さな小さな友人の姿の見えないことに気付いた。
「ねぇ、はやてちゃん……リインは?」
震える声で尋ねる「主」に友は一瞬哀しそうに目を伏せ、小物棚の引き出しを開けた。
引き出しの中から取り出された友の手の中に握られていたのは、細い鎖に繋がれた金色の……砕けた剣十字型のペンダントだった。
「リインな、お姉ちゃんのところへいってもーた……」
淋しそうに紡がれた友の言葉……その瞬間、「主」は全てを理解した。
大切な人を喪ったことに、もう二度と大好きな人に会えないことに。
真昼の病院の片隅にある、小さな小さな病室に、少女の慟哭が響き渡った。
――そんな、夢を見ていた。
不死の獣人ヴィラル、生命の理を超えたこの男には幾つもの顔がある。
十七年前――螺旋王が地上に君臨し、人間達がまだ地下で暮らしていた頃、ヴィラルは人類掃討軍極東方面部隊長として地上に出た人間を相手に戦っていた。
十年前――地上が螺旋王の支配から解放され、人間と獣人の共存する新しい社会秩序が構築された時代には、反政府ゲリラとして新政府軍に牙を剥いた。
そしてアンチスパイラルの宣戦布告の後、ヴィラルは何の因果か宿敵グレンラガンのパイロットとなり、人類解放軍大グレン団の一員として銀河の果ての最終決戦に臨んだ。
居場所を変え、立場を換えながらもヴィラルは常に戦い続けてきた、それはこの男の「戦士」としての顔の顕れなのだろう。
しかしヴィラルはもう一つの側面、別の「役目」も背負っている。
それは「語り部」としての使命――十七年前、不死の肉体と共に螺旋王ロージェノムによって与え刻まれた第二の自分。
永遠を生き、人間の行く末を見届ける、それが今のヴィラルの存在意義だった。
故にこれは必然だったのかもしれない……ヴィラルが古の語り部リインフォースⅢと出会い、かつての人間達の足跡を辿る次元の旅に出ることは。
「リーロンを筆頭とした技術科学局の精鋭スタッフ、ベルカから派遣された調査チーム、グラパール一個中隊に、母艦として超銀河ダイグレン。
そして調査隊の旗機として、グレンラガン……全て貴方に預けます、ヴィラル・スクライア」
地球圏最高権力者直々の言葉に、ヴィラルはぴくりと眉を震わせた。
スクライア、それはヴィラルの獣人としての種族名である。
十数年前、当時発足したばかりの新政府は、人口把握のためにその最初の政策として地球上の全人間及び獣人の戸籍登録を義務化した。
その際データベースの系統化のため、人間は出身集落名、獣人は種族名を苗字として適用したのだ。
ヴィラルの場合はリス(スクアーロ)を素体とした獣人であり、種族名の「スクライア」はそのアナグラムだと推察される。
――閑話休題。
聖典の解読と管制人格リィンフォースⅢの目覚めにより旧螺旋族の興亡を識る手掛かりを掴んだ地球政府は、当時の次元世界の中心地ミッドチルダへの調査隊派遣を決定した。
調査隊の責任者には現在確認されている唯一のリンカ―コア所有者であり、また元人類掃討軍部隊長として豊富な指揮官経験を持つヴィラル・スクライアを抜擢、全権を委ねた。
「グレンラガンも持って行くのか? 超銀河ダイグレンといい、高々旧跡の調査任務に些か大袈裟になり過ぎていないか?」
ロシウの挙げた最後の名前に、ヴィラルは難色を示すように眉を寄せた。
超銀河ダイグレンは地球圏最大最強の戦艦型ガンメン、グレンラガンは地球人類の象徴……軽々しく宇宙に持ち出せる程、これらのガンメンの価値は軽くはない。
もっとも超銀河ダイグレンの方は、ワープ装置を搭載した地球圏唯一の艦という側面もあるため、仕方の無いことではあるかも知れないが。
しかしヴィラルの懸念にロシウは首を振り、「旧跡の調査任務だからこそですよ」と口にした。
ロシウは続ける。
「今この宇宙はバラバラになったパズルのような状態です。しかしかつて全てのピースは一つに組み合い、次元世界という大きな絵を描き出していたんです。
我々は彼らのことを識らなければならない、彼らから多くのことを学ばねばならない。銀河を再び一つに纏め上げ、我々自身の新たな絵を創るために。
そのためにも、グレンラガンは貴方方の旅に同行しなければならない。我々が本気であることを全銀河に知らしめるためにも」
「……政治的措置というやつか」
ロシウの理屈にヴィラルは憮然と鼻を鳴らした。
この男の措置はこの惑星全土を統治する為政者としても、また全銀河の星々と渡り合う地球代表としても当然の行動であるかもしれない。
理解は出来る、しかし納得は到底出来るものではない。
かつて幾度となく刃を交えた宿敵であり、また共に戦った戦友でもあるこの機体を政治の道具にするなど、ヴィラルのガンメン乗りとしての矜持が許容出来るものではなかった。
ヴィラルの瞳が険を帯びる……が、
「その提案の受理を推奨、貸してくれると言うのならば大人しく借りて行くべき」
思わぬ時に思わぬ場所から、ロシウへの援護射撃が入った。
「貴様は黙っていろ、古本」
「訂正を要求、私は古本ではなくリインフォースⅢ」
マフラーの中から顔を出す小さな少女――リインフォースⅢを、ヴィラルは忌々しそうな眼で睨め下ろす。
そもそもこの小娘が出てきたせいで、自分は厄介事を背負わされる羽目になったのだ。
眼光鋭く見下ろすヴィラルの殺気を何食わぬ顔で受け流しながら、リインフォースⅢはロシウを見上げる。
「彼の地に放置された無人兵器の中に、未だ動く機体がしている可能性は極めて高い。
ミッドチルダは元々対アンチスパイラル戦の先鋒、グラパールのみでの対処は困難と予測」
自己完結したように「うむうむ」と一人頷くリインフォースⅢ、その言葉にロシウはふと首を傾げた。
「リインさん、いつグレンラガンやグラパールのスペックをご覧になったんですか?」
ロシウの疑問に虚を衝かれたように目を瞬かせたリインフォースⅢは、しかし次の瞬間、
「私に識らないものはない。ビバノウレッジ」
偉そうに胸を張りながらそうのたまった。
予想外の返答に唖然とする二人を他所リインフォースⅢはふわりと空中に浮き上がり、
「スクライアは次元世界時代、遺跡発掘者の一族が冠した姓、現在を生きながらどこまでも過去を掘り進み続けた者達の名。
彼らと同じ名を持つ貴方が、彼の一族の真似事に駆り出される……これもまた一つの因果だと、リィンフォースⅢは個人的に推測」
そう言って一瞬ヴィラルを振り返った後、そのままどこかへと飛び去った。
置き去りにされた男二人、その片割れロシウが真剣な表情で眉を寄せ……、
「……どうでも良いことかも知れないが、確かビバは古代フランス語で、ノウレッジは古代英国語だったような……?」
「本当にどうでも良い蘊蓄だな」
重箱の隅を突くような大統領のツッコミを、ヴィラルは一言で切り捨てた。
――夢を見ていた。
夢の中で〝彼女〟は再び巨人となり、「主」の少女と共に戦場を飛んでいた。
「ツインデビルバットブレイズ!!」
蝙蝠に似た背中の黒翼を取り外し、双剣のように左右それぞれの手に握り敵を斬り裂く。
更に柄の先端を連結させ、V字型に合体させた黒翼の双剣を、〝彼女〟はブーメランのように投擲した。
「フルドリルライズ・プラズマスマッシャー!!」
怒号と共に〝彼女〟の全身から無数のドリルが突き出し、撃ち放たれる雷撃の嵐が周囲の敵を焼滅させる。
そして――、
「ギガドリルブレェェェーーーイク!!」
右腕と融合一体化した巨大なドリルが、立ち塞がる敵を片っ端から喰らい尽くしていく。
殺す、戮す、誅す、劉す!
引き裂く、叩き潰す、焼き尽くす、消し飛ばす!
倒す、屠る、そして殺し尽くす!
戦術など関係ない、戦法などどうでも良い……ただこの眼に映る全ての敵を、殺して、戮して、真っ青な空を取り戻す!!
今の〝彼女〟は――そして「主」も――まさに悪魔そのものだった。
荒れ狂う激情のままに戦場を蹂躙し、ただひたすらに殺戮を繰り返す。
人間性の欠片も感じられないその凶悪な戦い方には、理性など一切存在していない……その姿はまるで獣、その様はまさに狂戦士。
だが、そのような無謀がいつまでも続く道理が無い。
ただ我武者羅に暴れるだけの非効率的な攻撃は、無駄弾を生み、雑な動きに繋がり、格好の隙を敵に与える。
雨のように容赦なく降り注ぐ敵の猛攻に〝彼女〟の翼は折れ、腕は千切れ、脚は吹き飛び、まるで蜘蛛の巣を張るように亀裂が全身の装甲を侵食していく。
『右腕及び左脚喪失、背面スラスター機能停止。魔力炉に損傷発生、エネルギー出力30%低下。機体の損傷過多、これ以上の戦闘は危険と判断』
「まだだよ! まだやれる、まだ終われない!!」
通信ウィンドウに映る少女の後ろ向きな提案を一喝し、「主」はモニターを埋め尽くす敵の軍勢を睨みつけた。
「アースラの皆の方がもっと痛かった! はやてちゃんの方がもっと苦しかった! リインの方がもっと辛かった!!」
コクピットに轟く「主」の咆哮に応えるように、コンソール中央にある渦巻き状のゲージが勢い良く回る。
眩い光が〝彼女〟の機体内部から溢れ出し、次の瞬間、満身創痍だった刃金の身体は新品同様の状態にまで修復されていた。
「ほら、ね……まだいける、でしょ……?」
荒い呼吸を繰り返しながら薄い笑みを顔面に貼りつけ、「主」はパイロットシートに深々と背中を預けた。
その顔には疲労の色がありありと浮かび、白い肌には脂汗が浮いている。
「わたしを、誰だと思ってるの……?」
そう言って狂ったように哂いながら、「主」は操縦桿を握り直した。
休憩は終わり……さぁ、蹂躙と殺戮の幕を再び開けよう。
「主」の狂気が伝染したかのように、〝彼女〟の鋼の肢体が不気味に軋む。
その時、
『……マイスター。初めに言っておく、私の拳はかぁなーり痛い』
怒気を孕んだ低い声と共に足元の床に突如風穴が開き、仄かに輝く光の球体が弾丸のように飛び出した。
魔力弾――否、飛び出したのは小さな少女だ、魔導の光を全身に纏い宙に浮く、まるで妖精のように小さな少女だ。
「リ、リイン……?」
狼狽えたような声を上げる「主」にリインと呼ばれた妖精の少女はゆっくりと近寄り、次の瞬間、固く握った拳で「主」の頬を殴り飛ばした。
「敢えて言おう、マイスター。今の貴女はカスであると!」
突然の事態に愕然と目を見開く「主」を正面から睨みつけ、妖精は冷然と口を開いた。
「リインフォースⅡは死んだ、もういない。しかし彼女の遺志はこのリインフォースⅢの魂に、心は貴女達の思い出の中に、今でもしっかりと生き続けている。
泣いても笑っても日はまた昇る。終わる昨日を振り返るのは良い、始まる明日を待ち焦がれるのも構わない。
しかし過去と未来だけに囚われて、今を犠牲にすることは絶対に許さない。貴女は今ここにいる、貴女は今ここで生きている……それを忘れないで」
「リイン……」
淡々と語る小さな少女――リインフォースⅢの言葉を、「主」はただ呆然と聞き入っていた。
激情を抑え込んでいるのか、小さな肩……その向こうに、かつて出会い、全力全開でぶつかり合い、そして憧れた人の背中を「主」は見た。
「うん、そうだね……わたしが間違ってた、また間違えてた」
操縦桿を両手を緩め、「主」は柔らかく微笑んだ。
「頭に血が昇って、わたしが誰なのかわたし自身が忘れてた。ありがとう、リイン……」
そう言って素直に頭を下げる「主」に、妖精は照れたようにそっぽを向く。
「別に……分かれば良い」
頬を赤く染めながらぶっきらぼうに告げる妖精に、「主」は思わず吹き出した。
くすくすと笑う「主」に釣られるように、妖精もまた小さく笑う。
笑い合う「主」と妖精を、〝彼女〟はただ黙って見守っていた。
「主」の過ちを殴って正す肉体と、「主」の捻じれ歪んだ心とぶつかり合う心を持ったあの妖精の少女に、少しだけ嫉妬しながら。
その時、けたたましい警報がコクピットに突如響き渡った。
ロックオンされた……瞠目する「主」と妖精が顔を上げた瞬間、360度全方位から降り注ぐ敵の砲撃の雨がモニターを白く染め上げ――、
――そこで、夢は途切れた。
天元突破リリカルなのはSpiral
外伝「そんな、優しい夢を見ていた」(続)
最終更新:2008年09月14日 07:28