――夢を見ていた。
夢の中で、〝彼女〟は傷ついた宝石の身体を仄暗い水の底に横たえ、まどろみの中を揺蕩いながら傷を癒していた。
ガラスの壁の向こうで、「主」が険しい顔で〝彼女〟を見下ろしている。
咄嗟に口を開こうとした〝彼女〟は、しかし自分が何を言いたいのかが解らないことに気付いた。
AIへの過負荷が余程激しかったのか、思考の言語化機能にバグが生じている。
それでも何かを口にしようとしたが、肝心の声が出て来ないことに愕然とした。
尋常でないダメージだった、一体どれだけ乱暴な運用をされればこれ程の傷を負うのか思いつきもしない。
一体何があったのか、なぜ自分は今ここにいるのか、それさえも〝彼女〟は思い出せなかった……損傷が記憶野にまで及んでいるのかもしれない。
中枢システムのシャットダウンし、再び闇の中に堕ちていく〝彼女〟の意識の最後の一欠片が、小さくなっていく「主」の背中を認識した。
置いて往かないで……遠ざかる影に必死に呼びかける〝彼女〟の声無き叫びが、「主」に届くことは無かった。
――そして、闇が全てを塗り潰す。
闇よりもなお黒々とした影が、夜天を蠢き這い回る。
その数、まさに無量大数。
双子月の表面にはまるで人の顔のような不気味な陰が浮き上がり、その「口」から掌に顔を張りつけた手首が、踵や足の裏に顔を埋め込んだ足首が、際限なく吐き出される。
敵は多元進化確率生命体反螺旋艦載機、パダ級とハスタグライ級――かつて大グレン団の漢達を苦しめた、アンチスパイラルの無人兵器。
ガンメンサイズに縮小されたその怨敵が今、時を越え次元を超えて再び地球人類の前に姿を現したのだ。
人類殲滅システム――かつて銀河を制圧したアンチスパイラルが、螺旋生命体を根絶やしにするべく星々に配備した破滅の玉手箱。
ミッドチルダ滅亡により日の目を見ることなく眠り続け、この無人の惑星ごと忘れ去られていた負の遺産。
それが超銀河ダイグレンという螺旋力の塊の出現により、永い眠りから解き放たれた。
探索艇の地上降下直後を狙った敵の襲撃にグラパール隊の指揮系統は混乱、無限とも言える敵の物量もあり危機的状況に陥っていた。
減らない敵、散っていく僚機……新兵達は未知の強敵に恐怖し、十年前の最終決戦を生き抜いた歴戦の豪傑達は記憶の奥に刻まれたトラウマに苦しめられる。
探索艇との通信は途絶え、ヴィラル達の護衛として地上に降りたグレンラガンとも連絡が取れない。
アークグレンラガン級スペースガンメンも積んでいない、また新規に造るような時間も無い。
まるで出口の無い迷宮に迷い込んだかのような救いの無い絶対的絶望が、伝染病のように刃金の軍勢を侵し蝕んでいく。
だが……恐怖に屈しない強く真っ直ぐな心を持った者も、胸に一本芯を通した者も、確かに存在した。
『あぁーっ、もう! うじゃうじゃゾロゾロとひっきりなしに……こいつら台所裏の黒いゴキかい!?』
通信ウィンドウの向こうで憤慨する少女、超銀河ダイグレンの管制として今回の旅について来た幼馴染のふくれっ面に、少年は不謹慎とは解っていながらも苦笑を隠せなかった。
『む……ナキム、今ウチのこと笑ったやろ? 馬鹿な奴やなー思いながら嘲笑に嗤ったやろ?』
「いや、マオシャ……「嘲笑」と「嗤う」は意味が重複してると思うんだけど?」
『重箱の隅つつく前にまず謝罪か否定しろや、この馬鹿ナキム!!』
スピーカーを壊さんばかりの勢いでがなり立てる幼馴染に、ナキムと呼ばれた少年は思わず両手で耳を押さえる。
その時、動きを止めた少年の機体――超電導ライフルを背負ったグラパールに、敵の群れが殺到した。
ハスタグライ級の五本指から放たれる光線が、パダ級の踵の発射口から吐き出されるミサイルが、グラパールに迫る。
『ナキム!?』
「大丈夫」
青ざめた顔で悲鳴を上げるマオシャに穏やかに笑い返し、ナキムは全方位から迫り来る敵の攻撃を真っ直ぐに見据えた。
授業のおさらいをしようか……左右の操縦桿を握り直すナキムの、まだ幼さの残る横顔には、相変わらず笑みが浮かんでいる。
だがその笑顔は幼馴染に向けたそれとは全く真逆の、獣のように獰猛で、刃物のように鋭く研ぎ澄まされた戦士の顔だった。
バックパックに背負った超伝導ライフルを引き抜き、少年のグラパールが宇宙を翔ける。
「一つ、大勢で人を虐めない」
雨のように降り注ぐ光線とミサイルの隙間を掻い潜り、すれ違いざまに螺旋弾を敵の鼻面に零距離から撃ち込む。
「二つ、人に銃を向けない」
スラスターを全開に噴かして敵に肉薄、逆手に翻した超伝導ライフルの銃床を槍のように敵の装甲に突き立てる。
「三つ、友達は大切に。無暗やたらと喧嘩しない」
超電導ライフルを再び正面に構え直し、ナキムはスコープを覗き込んだ。
二時の方向に孤立した味方がいる……ナキムは小さく息を吸い込み、吐息と共にトリガーを連続で引く。
金属の軋み擦れる音がコクピットに響き渡る、その数……三回。
超電導ライフルの銃口が三度光を放ち、撃ち出された螺旋弾が味方を襲う敵機の背中に吸い込まれ……そして撃ち抜いた。
「――ただし、」
射撃モードを「自動掃射」に切り替え、グラパールは超電導ライフルの弾倉を交換した。
身の丈を超える長銃を全身で支え、自動照準は解除……目視で十分、味方に当たりさえしなければそれで良し。
「一度決めたからには徹底的に、己の意地を貫き通す!」
怒号と共にナキムはトリガーを引き絞り――瞬間、身を揺るがす程の激しい震動と衝撃がグラパールを襲った。
フルオートで怒涛の如く吐き出される無数の螺旋弾が次々と敵を打ち砕き、喰い破り、容赦なく蹂躙する。
グラパールの腕の中で獣のように暴れ回る超伝導ライフルを、ナキムは必死に抑え込んでいた。
再装填した螺旋弾を全弾撃ち尽くすまで僅か数秒、しかし少年にとっては無限に等しい時間だった。
「――復習、終わり」
全弾撃ち尽くし、沈黙する超伝導ライフルをだらりと下ろし、ナキムは荒い息を吐きながらひとりごちた。
モニタースクリーンを見渡してみれば、一面に広がる星の海……だが、どれが地球であるのかは分からない。
随分と遠くまで来てしまった……モニタースクリーンから視線を落とし、ナキムは淋しそうに小さく笑った。
「今度のテストは満点確実かな……ヨマコ先生」
この満天の光のどれかにある故郷、そこで今も教鞭を執る恩師に、ナキムは独り思いを馳せる。
少年の呟きは、天に満ちる無限の光の中に溶けて消えた。
「はぁ!? またブラスタービット壊したんか?」
素頓狂な声を上げて背後を振り返る栗色の髪の女性に、車椅子を押す少女がばつの悪そうな顔で視線を逸らした。
「うん、今度は本体ごと……こう、中から何か生まれるみたいな勢いで、バキって――」
後半は開き直ったように身振りを交えながら状況を説明する少女に、車椅子の女性――八神はやては呆れたように嘆息を漏らす。
「……毎回術者より先にデバイスが音を上げるやなんて、一体どんだけ馬鹿魔力してんねん」
「やー、それ程でも……」
「褒めてへん、褒めてへん」
そんな馬鹿なやりとりを続けながら、少女ははやての車椅子を押して、管理局本局の広々とした廊下をゆっくりと進んでいく。
穏やかな時間だった。
ここ十数ヶ月は味わった記憶のない――そして最近はその感覚すらも忘れかけていた――のどかで平和な時間だった。
少女のデバイスは現在メンテナンスルームで修理中、ガンメンも格納庫で解体整備中である。
愛機を駆り敵陣に斬り込むか、愛杖を片手に砲撃を連発するしか能のないと豪語する少女は、その両方を取り上げられた今、久々に与えられた休暇を持て余していた。
自慢出来るようなことではないが、これまでの短い人生の大半を戦いに傾けていた少女は、一般的な余暇の過ごし方――正しい暇の潰し方というものを全く知らない。
途方に暮れる少女を見かねたはやては、自身の息抜きも兼ねて彼女を散歩に連れ出した。
そして、今に至る。
「グリフィスくんな、今度XV級新造艦の艦長やることになったんや。
名前はアースラⅡ、伝説の不沈艦アースラに肖って名付けたんやて。何や照れるわぁ。
エリオ達ライトニング隊も、クラウディアからそっちに移ることになっとる」
「へぇ」
「今年の公開陳述会、質量兵器の一部解禁とB級以上の管理外世界の管理世界への昇格が焦点になりそうや。
前者はガンメン、ちゅー限りなくグレーゾーンな兵器を主力にしてる時点で今更な気もするけどな。
当日の会場や街の警備はスターズ隊に頼もうか思うてる。ラゼンガンにも出張って貰うことになるかも知れへん」
「考えとく」
「来月頭には第97管理外世界のお偉いさん方との秘密会談、こっちの全権はクロノくんで、ウチも参加することになっとる。
議題は螺旋力関連の技術提供と地球の管理世界昇格、それを見返りに連合軍への参加と次元星戦参戦の要請。
こっちの都合で地球を巻き込むのはちと辛いけど、割り切らなあかんよね。地球出身者として、今回の悪巧みは絶対に成功させるで」
「頑張って」
一方的に喋るはやてに生返事を返しながら、少女は数ヶ月前の病室での会話を思い返していた。
XV級次元戦艦アースラの撃墜から数ヶ月が経過した。
重傷を負ったアースラクルーの殆どが職場復帰を果たし、新たな配属先で日々奮闘しているらしい。
しかし中には、その時に負った傷が元で退役や内勤への転属を余儀なくされたものも少なからず存在した。
目の前の女性――元アースラ艦長、八神はやてもその一人である。
アースラ最期の闘いとなったあの日、不沈艦が沈む最後のあの時、はやては敵の攻撃を生身で受け止め、クルーが脱出する時間を稼いだ。
艦全体を覆う巨大な防御陣を展開し、全方位から降り注ぐ敵の猛攻を耐え抜いた。
しかしその無茶によりはやての守護騎士の一人、融合騎リインフォースⅡは消滅、はやて自身も二度と空を飛べない身体になった。
わがままを押し通し、余りにも重い代償を背負わされる……世の中とは本当に、〝こんな筈じゃなかった〟現実に満ち溢れている。
退院後、管理局に復帰したはやては現場を引退、内勤職員として現場の仲間達をサポートする道を選んだ。
それが彼女にとって幸せであるか否かは少女には解らない、しかし過酷な運命に屈することなく今の己の持つ全力全開で戦い続ける道を選んだはやてを、少女は尊敬している。
だがら自分ははやての代わりに、はやてから翼と大切な家族を奪った奴等を徹底的に殺し尽くす……左右で色の違う少女の瞳の奥で、暗い炎が燃えていた。
エンキの光線が虚空を斬り裂き、グレンラガンのドリルが蒼穹を貫く。
その度に破壊された敵が爆破四散し、紅蓮の炎が空を鮮やかに染め上げた。
しかし空を覆う敵の軍勢は、一向に数を減らす様子を見せない。
「くっ、次から次へと……こうも数が多いと流石に面倒だな」
(回答。ガジェット・ドローンは〝ゆりかご〟内部の製造プラントで随時製造・補充される仕組み)
疲れの滲んだ声で呟くヴィラルの〝中〟で、ユニゾンしたリインフォースⅢが口を開く。
「聖王のゆりかご……あの顔無しのデカブツか」
リインフォースⅢの応答に、ヴィラルはクラナガン跡の中央に横たわる黄金色の巨大な方舟――次元戦艦〝聖王のゆりかご〟を見下ろした。
どこにも顔の見当たらない奇妙な艦から次々と吐き出される、楕円や球体をモチーフとした艦載兵器、ガジェット・ドローン。
火力自体は大した脅威ではないが、スピンバリアー弾を無効化するバリアは並大抵の攻撃では刀の切っ先もドリルの先端すらも通らぬ鉄壁。
必殺技の連発にエンキとグレンラガンは疲弊し、劣勢とまではいかないが厳しい戦いを強いられていた。
ミッドチルダの衛星軌道上に超転移した超銀河ダイグレンを待っていたものは、地球によく似た美しい惑星と、天上を廻る二つの月。
そして螺旋反応を察知し偽装解除した人類殲滅システムと、テリトリーへの侵入者を認め再起動した〝ゆりかご〟の自動迎撃システムによる二重の歓迎だった。
〝ゆりかご〟の苛烈な対空砲撃によりヴィラル達の降下に誤差が生じ、グレンラガンとは合流出来たが探索艇の消息は未だ不明。
敵襲を警戒し、ガンメンを出撃させた状態で大気圏突入したのが逆に仇となったのだ。
ミッドチルダ螺旋族とアンチスパイラル、敵対していた二つの勢力の遺した置き土産が、今はまるで共闘するかのように宇宙から地上から調査隊を追い詰める。
グラパール隊が軌道上でアンチスパイラルの残党を相手に奮戦するその頃、地上に降りたヴィラル達もまた孤独な戦いを続けていた。
「あのデカブツを何とかするのが先決か……グレンラガン、あのデカブツと合体して艦体の制御を掌握しろ。アレが止まればガジェットも止まる」
『了解』
ヴィラルの指示に通信ウィンドウに映る赤い髪の青年――ギミーが首肯し、グレンラガンが右腕のギガドリルを構える。
だが、その時、
『光速螺旋転移反応を感知! 二人とも気をつけて、何かがここに超転移して来る。大きさは……ダイグレン級!!』
薄桃色の髪の女性、ダリーの警告に、ヴィラルとギミーの顔に緊張が走った。
次の瞬間、ガラスが割れるような音と共に空間が歪み、まるで山岳のように巨大な影が姿を現す。
『うそ、だろ……?』
『あれは、まさか……!』
ギミーとダリーの愕然とした声が、通信機から流れ出る。
二人の動揺は当然のものだろう……かく言うヴィラル自身も、あまりの衝撃に声すらも出ない有様なのだから。
髑髏を思わせる不気味な顔、まるでハンマーのような左腕、そして大地を穿ちその巨体を支えるドリル状の両脚。
それはまるで――否、大きさこそ〝あれ〟に比べて遥かに小さいものの、その姿はまさに、
「テッペリン、だと……!?」
ヴィラル達獣人のかつての根城にして生まれ故郷、螺旋王ロージェノムの居城。
人間達はデカブツと呼び、獣人達は王都と讃えるアークグレンラガン級超巨大ガンメン、テッペリンそのものだった。
(警告。あれは墓守、〝ゆりかご〟を守護する独立支援ユニット)
「あれもあの顔無しの防御システムだと言うのか」
リインフォースⅢの報告に、ヴィラルは苦々しそうに舌打ちした。
たとえよく似た別物だと理性では解っていても、本能がこの巨大ガンメンに刃を向けることを拒絶している。
だがヴィラルを余所に、重厚な駆動音を轟かせながらテッペリンもどきが動き出した。
長い戦いになりそうだな……腹を括るヴィラルの〝中〟で、リインフォースⅢも表情を引き締める。
第二ラウンドの火蓋が、切って落とされた。
思い出すのは無限の大空、どこまでも続き広がる風と雲と光の世界。
魔力色の絵具を持ち寄り、三人で挑んだ蒼穹のキャンパス……だけど完成した「絵」は、いつの間にか涙で滲んでいた。
大空を舞い踊る四基の刃金の鳥――ブラスタービットを周囲に従え、少女は手の中の愛杖をくるくると回す……その左右にはもう一つずつ、別の誰かの影があった。
右手に漆黒の戦斧を携える黄金色の髪の女性と、騎士杖を右手に握り左手に魔導書を抱えた白金色の髪の女性。
どちらも少女にとって掛け替えの無い大切な存在であり、右手に握られる魔杖の〝かつての主〟も、親友として絶対の信頼を置いていた者達。
「スターズ1、中距離火砲支援……とゆーか一番槍、いきまーす!!」
緊張感に欠ける名乗りと共に少女が虚空を踏み締め、まるで長銃でも扱うかのように杖を水平に構えた。
足元に虹色の魔法陣が展開され、光の粒子が杖の先端に集束する。
「エクセリオンバスター」
まるで龍が火炎を噴くかのように魔杖の先端から光の奔流が撃ち放たれ、雲の壁を突き破りながら真っ直ぐに蒼穹を貫いた。
空を突き進む少女の砲撃を追うように、続いて黄金色の髪の女性が動いた。
砲撃の軌跡をなぞるように高速で敵陣に突入し、掌から雷撃の槍が無数に撃ち出す。
「行って、ブラスタービット」
少女の指示を受けた魔杖の分身――ブラスタービットが敵陣に突入し、変則的な軌道でバラバラに飛びながら確実に敵を撃ち落としていく。
更に四基のブラスタービットを制御しながら、少女は魔杖本体からも魔力弾を撃ち続ける。
「おー、大したもんやなぁー」
黄金色の女性の動きを妨げることなく、五つの砲台を駆使して巧みな援護を行う少女の技量に、傍らで呪文構築中の白金色の髪の女性が感嘆したように声を上げる。
「砲撃魔法は高町家のお家芸だから。これ位出来なきゃ、ママに顔向け出来ないよ」
「でもなのはちゃん家て確か剣道家やったよね、鉄砲は専門外ちゅーか寧ろ御法度ちゃうんか?」
無関心を装うように素っ気なく、しかし照れたように頬を緩ませながら応える少女に、白金色の女性は悪戯っぽい笑みを浮かべてツッコミを入れる。
ぴしりという擬音でも聞こえてきそうな程に見事に固まる少女に小さく笑みを零し、白金色の女性は呪文の最終段階に入った。
「詠唱完了……二人とも準備はええかぁ?」
白金色の女性の音頭を受けて黄金色の女性が飛び退くように敵群から距離を開け、少女もまた気を引き締めるように杖を握り直した。
「響け終焉の笛、ラグナロク……」
白金色の女性の前面に正三角形の、足元に円形の魔法陣が展開され、魔力の粒子を集束させながらゆっくりと回転を始める。
「雷光一閃、プラズマザンバー……」
黄金色の女性の周囲に金色の光の球体が顕現し、戦斧から変形した大剣の刀身に電光が迸る。
「スターライト・エクセリオン……」
呼び戻した四基のブラスタービット、そして手元の杖それぞれの前面に一枚ずつ、合計五枚の魔法陣を展開し、少女が魔力を充填する。
ビシリ……許容量を遥かに超える過剰な魔力供給に、魔杖の表面に亀裂が入った。
泣き叫ぶ愛杖の悲鳴を全身で聴きながら、それでも少女は力を籠め続ける。
そして――、
限界を超えた魔力負荷に耐えきれなくなったブラスタービットが、音を立てて爆ぜ砕け散り、
「「「トリプルブレイカー!!!」」」
怒号と共に撃ち出された三色の破壊の光が、敵の群れを跡形も無く消し飛ばした。
「……何や、懐かしいなぁ」
敵を一掃し、静寂を取り戻した空を見渡しながら、感慨深そうに呟く白金色の女性に、少女は「え?」と顔を上げた。
「うん……昔を思い出す」
懐かしそうな声で同意する黄金色の女性に、少女は困惑の色を強める。
「ウチとフェイトちゃんと、そしてなのはちゃんと……三人一緒の空なんて、きっともう無理やって諦めてた」
「ずっと三人一緒だと思ってた子供の頃、三人揃えば何でも出来るって信じてたあの頃……ちょっとだけ、思い出しちゃった」
少しだけ淋しそうに、しかしどこか嬉しそうに笑う二人に、少女に心境は複雑だった。
この二人の眼は自分を反射しているが、決して自分を〝見て〟はいない、
自分を通して、他の誰かを見ている。
その〝誰か〟は、少女にとっても大切な人で、大好きだった人で、ずっと胸の中で生きている強い人。
魂の半分を分かち合う、大切で大好きな憧れの人……だけどそれは決して自分では、少女その人ではない。
「ヴィヴィオはなのはによく似てるよ」
金色の女性、少女にとっては第二の母親とも言える優しい人の、何気ない一言。
決定的な科白だった。
ずっと追い掛けている背中と重ねられる、そのこと自体は悪い気分ではない。
だけど自分の中の、喪ってしまった人の面影だけに目を奪われ、肝心の自分自身を見てくれないのは淋しかった。
手をのばせば誰かの温もりを感じられる場所にいながら、それでも少女は孤独だった。
零れた涙は、晴天を滑り落ちるたった一粒の雨となり、無限の蒼穹の中に消えていった。
それは涙の味のするセピア色の思い出、三人で飛んだ最初で最後の空の記憶だった。
テッペリンもどきの戦艦級巨大ガンメン――墓守の機械仕掛けの双眸に光が灯り、圧倒的な熱量を孕む光の奔流がエンキとグレンラガンへと撃ち放たれる。
迫り来る敵の光線にエンキは鋼鉄の楯を、グレンラガンはドリルの傘をそれぞれ広げ……次の瞬間、二体の背中をガジェットの光線やミサイルが突如襲った。
テッペリンもどき参戦のインパクトで押され、その存在をすっかり忘れていた本来の敵の不意打ちに体勢を崩したエンキ達を、墓守の光線が正面から直撃する。
「がぁっ!?」
『うわっ!!』『きゃあ!!』
苦悶の悲鳴を上げながら吹き飛ばされる二体に追い討ちを掛けるように墓守がハンマー状の左腕を持ち上げ、そして勢い良く振り下ろした。
速度を増しながら迫り来る墓守のハンマー、視界一面を覆い隠すその巨大な「天井」を見上げ、エンキが頭頂部のリングに光を灯し、グレンラガンが右腕のギガドリルを構える。
エンキのリングが光る、煌めく、照り輝く。
グレンラガンのドリルが回る、周る、廻る。
身の丈の何倍にも膨張巨大化したグレンラガンのドリルが唸りを上げ、激烈な輝きを宿したエンキのリングの中心で光が弾ける。
そして――、
「エンキ・サン・アタック!!」
『『ギガドリルブレイク!!』』
気合いと共に同時に撃ち放たれたエンキの砲撃とグレンラガンの突撃が、ハンマーの天井を粉砕した。
「『俺達を誰だと――』」
爆発する墓守の左腕を背景に決め台詞を口にするヴィラルとギミー、だが二人の言葉は、横合いから鳴り響く風切り音によって掻き消された。
黒煙を突き破り、鋼鉄の三本指が二体のガンメンに迫る……あれは、墓守の右腕!
咄嗟に回避行動に移るエンキとグレンラガンだが、二体を取り囲むように隙間なく密集したガジェット達が壁のように逃げ場を塞ぐ。
横薙ぎに振り抜かれる墓守の巨大な右手が三本指を大きく広げ、進路上のガジェットを無慈悲に巻き込みながら二体に肉薄し――、
(報告。光速螺旋転移反応を確認、探索艇とパターン一致)
冷静に告げられるリインフォースⅢの報告と共に、ガジェットの壁をこじ開けながら二体の傍から突き出された〝もう一本の巨大な右腕〟が、墓守の右手を掴み引き千切った。
『おまたせ! ダイグレン、定刻通りにただ今到着よ!!』
「完全無欠の大遅刻だ!!」
通信ウィンドウに表示された厚化粧の男――リーロンの上げた名乗りに、ヴィラルは反射的に怒鳴り返した。
モニタースクリーンの側面を占領する、艦に手足を取り付けたような姿の巨大ガンメン――ダイグレン級戦艦ガンメン〝ダイグレン〟、二体と共に地上に降下し、そして消息を絶っていた探索艇である。
敵の増援を感知し、墓守が新たな動きを見せた。
髑髏を彷彿とさせる胴体部の顔が大口を開け、舌のように口内から突き出したカタパルトから艦載機が弾丸のように撃ち出される。
次々と発進するガンメン達、それらもまたヴィラル達にとって見覚えのある機体ばかりだった。
まるで毬栗のように鋭い突起に覆われたガンメン、キングキタン。
猿を模した顔に飛蝗のような脚のガンメン、キッドナックル。
バズーカ砲を背負った飛蝗型ガンメン、アインザー。
隣り合わせに繋がる双つの顔それぞれの口の中から腕を生やしたガンメン、ツインボークン。
頭頂部に髷型の飾りのある、ずんぐりとした体躯のガンメン、モーショーグン。
まるで兎の耳のような長い両腕をだらりと下ろした、ほっそりとした体躯のガンメン、ソーゾーシン。
かつて救世主シモンの駆るグレンラガンと共に地上を奪還し、十年前の最終決戦で隔絶宇宙に散った大グレン団のガンメン達が勢揃いしていた。
刃のように鋭利な手足を持つガンメン、ビャコウ。
目玉のような紋様の描かれた翼を両肩から生やしたガンメン、セイルーン。
まるで甲羅のように巨大な顔を逆さに背負ったガンメン、ゲンバー。
両足の爪で球形のバーニアユニットを握った飛行用ガンメン、シュザック。
十七年前、地上奪還のために戦う大グレン団を苦しめ、そしてグレンラガンのドリルに倒された人類掃討軍幹部のガンメン達が集結していた。
『あらあら、まるで同窓会ね』
「……いや、寧ろ夢か冥府の棺の中にでも迷い込んだような気分だな」
リーロンの皮肉に、ヴィラルはどこか開き直ったような面持ちで鼻を鳴らす。
墓守の口の奥から最後の艦載機、八重歯の鋭い真紅のガンメンが撃ち出された。
ギャンザ――かつて、それがあの機体の名前だった。
まだヴィラルが人類掃討軍として部隊を率いていた頃、小隊長機として螺旋王から賜ったカスタムガンメン。
しかし地上に出た人間達に鹵獲され、ギャンザは新しい名前と姿を得て生まれ変わった。
獣人からガンメンを奪った漢の率いる軍団の名を冠した真紅のガンメン、地上奪還の旗印。
その名は――、
「――なぁ、グレン」
ヴィラルの眼光が、モニタースクリーンに映る宿敵を射抜いた。
もしも、今この世界が夢であるならば……それは飛びきりの悪夢だろう。
「――ィオ? ……ヴィオ!」
「……へ?」
はやての声に、少女はふと我に返った。
手前の車椅子に視線を落としてみれば、はやてが心配そうな顔で自分を見上げていた。
「何や怖い顔しとるけど、どっか調子悪いんか?」
「え!? い、いや……別にそんなことないよ?」
慌てて取り繕う少女にそれ以上の追及をすることなく、はやては目の前の自動扉に視線を移した。
鋲で打たれた金属製の表札にはメンテナンスルームと書かれている、いつの間にかフロアを一周していたようだ。
「ちょーど良かった、ちぃとここに用事があったんや」
そう言って自力で車椅子の車輪を回しながら自動扉を潜り、メンテナンスルームの中に消えていくはやての背中を、少女は慌てて追いかけた。
少女のデバイスの完全修復には、もう少しだけ時間が必要らしかった。
修復ポッドに入れられた赤い宝玉を一瞥し、少女は先行するはやてを追って薄暗い部屋の中を足早に進んでいく。
メンテナンスルーム最奥部に設けられた小さな部屋、管理局の擁する一人の天才に宛がわれた個人的な工房が、はやての目的地だった。
「おや?」
客人の来訪に部屋の奥で機材を弄る白衣を着た黒髪の少年――この工房の若き支配者が、作業する手を止めて二人を振り返った。
眼鏡の奥から覗く金色の双眸が、電灯の光を受けて煌めく。
「これはこれは……ようこそ、はやて部隊長殿。そしてごきげんよう、愛しい聖王陛下――いや、今は螺旋王と呼ぶべきかな?」
仰々しい仕草で一礼する白衣の少年に、少女は聖王という単語に一瞬不愉快そうに表情を歪め、はやては苦笑しながら口を開く。
「こんにちは、スカリエッティ。首尾の方はどうや?」
「上々だ、君の案件は実に素晴らしかった……」
早速話の本題に入るはやてに、スカリエッティと呼ばれた少年はそう言って氷のような笑みを浮かべる。
「融合騎を一から創り上げるというのは、この身に刷り込まれたオリジナルの記憶を含めても初めての経験でね、中々楽しい工作の時間だったよ。
ちょうど今し方最終調整が済んだところだ、そういう意味でも君達は実にタイミング良くやって来た。完成した品はほら……あそこだ」
スカリエッティが指差した先――工房の中央に設置された作業机の上には、見覚えのある剣十字型のペンダントと、見慣れない大冊が置かれていた。
人工皮製の表紙に四本の角を生やした目玉のような趣味の悪い装飾の施された真新しい大冊は、恐らく魔導書型デバイスだろう。
そしてその傍らに置かれたペンダント、細い鎖に繋がれたあの金色の剣十字は――、
「はやてちゃん、それって……」
驚愕に目を見開きながら剣十字を指差す少女の言葉を黙殺し、はやては机上のペンダントを拾い上げた。
「待望のご対面やで……リイン」
はやての呟きに応えるように掌の中の剣十字が淡い光を放ち、まるで御伽噺の中の妖精のように小さな少女が顕現する。
これは、何かの夢だろうか……はやての掌の上に浮かぶ妖精の少女を映す己の双眸を、彼女を認識する己の脳神経を、少女は本気で疑った。
腰まで届く銀色の髪、横顔から見える大空のように澄んだ蒼い左眼――リインフォースⅡだ、リインフォースⅡがそこにいる。
容姿は死んだ筈の少女の友人、消えた筈のはやての家族が、しかし目に前で元気に動いて、飛んで、そしてはやてと喋っている!
今、ここに生きている……。
「リイン……」
呆然と呟く少女の声に反応したように、リインフォースⅡらしき少女が顔を向ける。
まるで鏡合わせのように喪った友人と瓜二つの顔に、しかし一つだけリインフォースⅡと違うところを少女は見つけた。
右眼だ――リインフォースⅡの右眼は左眼と同じ空色だったが、この少女の右眼は夕焼けのように紅い。
オッドアイ、自分と同じ……大好きな人の面影に混ざる自分との意外な共通項に驚きながら、少女は目の前の妖精が、消えた友人とは似て非なる存在であることを思い知った。
その時、リインフォースⅡによく似た少女が口を開いた。
少女の二色の瞳を真っ直ぐに見上げ、
「おはようございます、マイスターヴィヴィオ。私はリインフォースⅢ、貴方の楯」
はっきりと、そう口にした。
鳴り響く銃声が大気を振るわせ、轟く砲哮が大地を揺らす。
『うぅぅぅおおおおおおおおおおおおぉっ!!』
ギミーの気合いを共にグレンラガンの全身から無数のドリルが突出し、鼠花火のように不規則な軌道を描きながら四方八方に撃ち出される。
降り注ぐドリルの豪雨を掻い潜ったガンメン達の前に、白い影が立ち塞がる……エンキだ。
『死人は死人らしく土の中で眠っていろ!!』
ヴィラルの怒号と共に大口を開けたエンキの体内から幾つもの銃器が迫り出し、撃ち放たれた無数のミサイルが無人機の軍勢を呑み込んだ。
荒涼とした死と静寂の世界は、すでにその面影すらも消え失せていた。
吹き抜ける風は硝煙の香りに侵され、砂の海は鉄屑と鉛玉の山に埋もれている。
絶え間無く飛び交う銃弾の大群はまるで異常発生した蟲のように蒼穹を覆い隠し、ミサイルが雲のように空を流れ、光線が雨のように地上に降り注ぐ。
それはまるで宴だった。
埃塗れのおもちゃ箱から掘り起こされた絡操仕掛けのホスト共と、聖域に土足で踏み込んだ招かれざるゲスト達が全力全開でぶつかり合う、破壊と殺戮の宴だった。
襲い来る凶弾の猛威を耐え抜き、ガンメン軍団がガジェットを従えエンキ達に襲い掛かった。
数えきれない程の銃弾が、ミサイルが、光線が、たった二体の脅威を墜とす為だけに惜しみなく撃ち込まれる。
だが過剰苛烈とも言える敵の攻撃は、しかし一発とてエンキ達に届きはしなかった。
まるで天地が逆転したかのように地上から空へと降り注ぐ鋼の雨――ダイグレンの対空砲火による弾幕のカーテンが、撃ち込まれる敵の砲撃を相殺していた。
ダイグレン前面に搭載された九門の主砲、更に両肩と腰回りに設置された副砲が合計三十四門、その全てが一斉に火を噴き、空を覆うガジェットの軍勢を薙ぎ払う。
ずん……ダイグレンが一歩足を踏み出す度に、その圧倒的な質量に大地が震える。
周期的に地を揺るがすその律動は次第にその頻度を上げていき、止まぬ地鳴りに呑まれるように廃墟が次々と崩れ落ちていく。
ダイグレンは走っていた。
全身の砲門から休みなく砲弾を吐き出しながら、山岳を思わせるその巨体からは想像もつかぬ俊敏さで地を駆けていた。
『ホウチョウアンカー!!』
怒号と共に突き出されたダイグレンの舳先、まるで包丁のように鋭く幅広い衝角が、凶刃の如く墓守に迫る。
十七年前、四天王シトマンドラの駆るカスタムガンメンをその母艦ごと両断し、テッペリンの左腕を砕いてみせたダイグレンの包丁が、墓守の巨体を串刺しにした――否!
「……やるわね」
ダイグレンの艦橋がどよめきに包まれる中、リーロンが戦慄にも似た笑みと共に賞賛の言葉を呟く。
山をも切り裂くダイグレンの包丁を、墓守は食らいつくように上下の顎門で挟み受け止めていた。
包丁の表面に細かな亀裂が広がり、音を立てて砕け散る。
噛み砕かれた……物理的な意味でも精神的にもブリッジが衝撃に揺れる中、リーロンの双眸が不敵に光った。
「ミニサイズになっても、流石はあのテッペリンと言ったところかしら……でもね!」
コンソールを操作するリーロンの指先が流れるようにパネルを這い回り、入力された信号が光の速さで中枢システムに到達する。
瞬間、巨塔のようなダイグレンの両脚が大地を踏み締め、腰の捻りと共に振り出された鋼の拳が風切り音を轟かせながら墓守の左頬に突き刺さる。
体重の乗った見事な右ストレートだった。
だが墓守も負けてはいない……仰け反る身体を立て直し、途中から千切れた右腕をロケットのように垂直に打ち上げる。
カウンターで繰り出された墓守のアッパーカットがダイグレンの鼻面を抉り、真紅の巨体が破片を撒き散らしながら斜めに傾く。
踏鞴を踏み、倒れそうになる艦体を立て直したダイグレンが、両腕を矛のように墓守へと突き出した。
ダイグレンの貫手に正面から応じるように、墓守もまた壊れた両腕を正面に振り出す。
まるで力比べでもするかのように互いの手と手を正面から組み合う二体の戦艦級巨大ガンメン、そのパワーは拮抗し、互いに押しも引きも出来ぬ膠着状態に陥っていた。
だが、それで良い……リーロンの唇が薄く吊り上がる。
邪魔な墓守の動きは止めた、これで本命の〝ゆりかご〟に近付ける。
「オッケーよ、二人共! 遠慮なく征っちゃいなさい!!」
リーロンの発破に応えるように紅蓮色の閃光が空を貫き、墓守の脇を抜いて〝ゆりかご〟へと一直線に迫る。
『『グレンラガンインパクト!!』』
ギミーとダリーの怒号と共にグレンラガンの下半身がドリルに変わり、唸りを上げて高速回転しながら〝ゆりかご〟の巨大な艦体に深々と突き刺さった。
ドリルを通じて二人の気合いの力、螺旋力が〝ゆりかご〟の中に流し込まれる。
グレンラガン――正確にはその中枢であるラガン――には、合体したメカを支配する特殊機能が搭載されている。
その力は搭乗者の螺旋力に比例し、理論上では如何なる巨大なマシンであっても支配することが可能と言える。
保護プログラムの壁を次々と突破し、ラガンは順調に〝ゆりかご〟の制御システムを制圧していく。
猛毒のように〝ゆりかご〟を侵食する螺旋力が、遂に制御中枢に辿り着き――瞬間、まるで拒絶されるかのようにグレンラガンの機体が〝ゆりかご〟から弾き出された。
「そんな、ラガンの支配に打ち勝った……!?」
「こんなこと、初めてだよ……」
グレンラガンの二つのコクピットそれぞれの中で、ギミーとダリーが愕然と呟く。
ラガンの支配を撥ね退ける程の強力な〝ゆりかご〟の自己防衛プログラム……一瞬の接触ではあったが、そこには〝意思〟のようなものさえ感じられた。
もう一度だ……再びドリルを構えるグレンラガンの周囲を、墓守のガンメン軍団が取り囲む。
エンキ達の一斉射撃やダイグレンの集中砲火をまともに受け、ボロボロになりながらも未だに動き続ける鋼の巨人達は、まさに黄泉から迷い出た亡者と呼ぶに相応しい。
「こいつら……!」
邪魔な障害を纏めて薙ぎ払うべく、ギミーは操縦桿を握る両手に力を籠めた。
迸る螺旋力が血流のようにグレンラガンの全身を回り巡り、右腕のギガドリルに集束する。
「ギガドリル――」
ギガドリルを構え、必殺の一撃を放とうとするグレンラガンの前に、その時一体のガンメンが立ち塞がった。
他のカスタムガンメン達よりも一回り大きな体躯に、隣り合う双頭の口内から一本ずつ腕を生やした異形のガンメン――ツインボークン。
「あ……」
操縦桿を握る両手から――否、ギミーの全身から力が抜けていく。
記憶の蓋がこじ開けられ、溢れ出す思い出の濁流に意識が流され呑み込まれていく。
思い出すのは十年前、隔絶宇宙での敵艦隊との戦い……圧倒的な戦力差に母艦に逃げ帰ることしか出来なかった仲間達、絶望的な戦いを挑み笑いながら死んでいった先輩達。
そして傷ついた自分達二人を最後まで護り抜き、敵の砲撃の中に散っていった双子のガンメン乗り。
思い出してしまう、蘇ってしまう……彼らの最期の言葉が、自分達に託された彼らの遺志が。
――ギミー、ダリーを守れ。
――生きろよ、俺達の分も。
今でも耳の奥ではっきりと響く彼らの遺言、その科白の何と重いことか。
「ジョーガン、バリンボォ……」
両手が操縦桿から滑り落ち、コンソールの螺旋力ゲージが急速に落ちていく。
駄目だ……モニタースクリーンに映るツインボークンから視線を逸らし、ギミーは掌で顔を覆った。
たとえ偽物と解っていても、自分はジョーガン達と、大グレン団の皆と戦うことは出来ない。
完全に戦意を喪失し、ラガンのコクピットで力無く項垂れるギミー、その思いはグレンのパイロットシートに座るダリーも同じだった。
まるで電池の切れた玩具のように沈黙するグレンラガンを、ガンメン達の砲撃の光が呑み込んだ。
天元突破リリカルなのはSpiral
外伝「そんな、優しい夢を見ていた」(続)
最終更新:2008年09月14日 07:34