【シャドウラン】(名詞)
 非合法、あるいは、それに近い計画を実行するために行われる一連の活動
        『ワールドワイド・ワードウォッチ』2070年版より

Lyrical in the Shadow
 第1話「ウィザーズ・ストライク!」前編
  ~始まり方は人それぞれ~



 その報告を聞いたとき、私が最初にとった行動は、日付を確認する事やった。
 せやけど、よぅ考えたら、ミッドチルダにエイプリルフールみたいな風習はあらへん。せやから、わざわざ嘘の報告を持ってきた、という事はなさそうや。
 という事は冗談か、と思ったけど、報告に来たのが、誰であろうグリフィス君。冗談でこないな報告をするとは思えん。それでも、確認せずにはおられへんかった。
「……それ、本当なん?」
「はい。間違いありません」
 いつものように振舞ってはおるけど、表情は硬いし、身体も声も震えとる。やっぱり、相当ショックなんやろうなぁ……
 ……などと言ってる私自身、グリフィス君の報告を理解すると共に、その重大さも解ってきた。単に、それを理解したくなかったから、脳が拒否反応を起こしとったんやろう。
 それもそのはず。信じられへん事やし、信じたくもない事や。拒否反応起こしたって、仕方がないやろう。

 なのはちゃんとヴィヴィオが、転送中の事故によって行方不明になったなんて。

 ……正直、それから後の事はよぅ覚えとらん。気付いたときには、スターズとライトニングのメンバー全員を会議室に集め、さらにはクロノ君とユーノ君とカリム、挙句の果てには三提督とのホットラインをつないどった。
 ……まぁ、その後の一悶着は、今となってはいい思い出や。現状を説明したら、いきなり飛び出そうとする人はおるし、この世の終わりみたいに絶望する人はおるし。宥めすかして発破かけて、何とか落ち着かせてから今後の行動について話し合って。
「……なんでこんなに時間かかったんやろ?」
「はやてちゃんが大事にするからですよ」
 うん、リィンにすらあきれられとる。
 確かに、なのはちゃんが行方不明になった、と言う連絡を受けたのが朝の内のはずやのに、今はもうお外は真っ暗やし。会議やら連絡やらで、結構時間たっとったんやなぁ。
 ……なんていっとる場合やないな。これ以外の事件がなかったからよかったものの、もしあったらと思うと、1日を無駄にしたのはかなり問題がある。
 しかし……
「まさか、こんな事が起こるなんてなぁ……」
 そもそもの原因は、転送の仕方と次元震にあった。

 もともと、地球――第97管理外世界に行く艦がなかったため、近くの次元まで向かう艦に便乗させてもらい、長距離転送をする、という計画やった。これ自体は、今まで何度もあったし、問題のある事やあらへん。問題は、転送中に近くで次元震が発生した事や。
 転送魔法と行っても、一瞬で送り込めるわけやなく、長距離となればそれなりに時間がかかる。その間に次元震が近くで発生してしまった。
 もちろん、次元震は次元崩壊にもつながる危険なものやから、常時チェックはしとる。ただ、極小規模で突発的なものまでは、さすがに予測しにくいらしい。今回のも、その程度の規模やったそうな。
 とは言え、次元震であることには変わりない。そのせいで、転送の座標に狂いが出たらしい。
「……いくらなんでも、運悪過ぎやろ……」
「……そうは思いますけど、みんなの前では言わないほうがいいですよ?」
 ……あかんなぁ。リィンにまでたしなめられるようになっては。
「でも、何処に行っちゃったんでしょうね?」
 ……一番の問題は、やっぱそこやな。
「まぁ、六課の運用期間中に見つかってくれるといいんやけどな」
 一刻も早く、と言うのが本音や。せやけど、いくらなんでもわがままが過ぎる事ぐらいわかっとる。せやから、最大に譲歩して、この期間内に見つかる事を期待したいんや。
「運用期間中やったら、何かあっても、六課で助けにいける。それに……」
「? ほかにもあるですか?」
 不思議そうな顔をするリィンの頭をくしゃくしゃと撫でる。「きゃっ」と驚いた声を上げるけど、むしろうれしそうにしとるリィンに、その理由を述べた。
「なのはちゃんたちが帰ってきたときのお祝いパーティー、開きやすいやろ?」
「……はいですっ!」
 リィンが無邪気に笑う。
 もちろん、そんな簡単に見つかるとは思ってへん。せやけど、無限書庫の司書長、ユーノ君が、過去の事例を探ってくれとる。それに、次元震によって座標がどれだけずれたのか、本局の方でも解析してくれとる。今は、この結果を待つしかない。
 だからこそ、守らなあかんのや。「なのはちゃんがいなかったから問題が出た」ではなく、「なのはちゃんがいなくても何とかなった」って言えんと、絶対に気にする。なのはちゃんはそんな娘や。
「……よし! さっさと書類片付けて、明日のために寝よか」
「了解したですっ!」
 明日も早いしな。そんな事を考えながら、書類に目を通し始めた。



 長い転送魔法の効果を抜けると、そこは、見知らぬ森の中でした。
「……あれ?」
「ここがなのはママの故郷なの?」
 興味津々でヴィヴィオが聞いてくる。でも、私の記憶とはあまりに違うここが、本当に地球なのかも怪しい。
 転送先として使わせてもらっているすずかちゃんの家の庭でない事は、辺りを見たときに解った。山の中みたいに地面は傾いてるし、遠くから銃声が聞こえる。
 木についてはそんなに詳しくないけど、すずかちゃんの家にあったような木じゃないのは解る。それに、お城みたいなすずかちゃんの家もないし……
 ……銃声?!
「ママ、向こうの方でパンパン音がしてるよ?」
「うん。誰かが闘ってるみたいだね」
 自然、声が硬くなる。ヴィヴィオだけでも守らないと……そんな思いのせいか、ヴィヴィオを抱き寄せる手に力がこもる。
「……大丈夫だよね」
 そんなヴィヴィオの声に、思わず視線を下ろす。そこには、絶対の信頼を寄せる笑顔があった。
「ママ、強いもん」
「……そうだね。ありがと、ヴィヴィオ」
 思わず笑顔がこぼれる。クシャリ、と頭を撫でてあげると、気持ちよさそうに笑ってくれる。
 この笑顔があれば大丈夫だ。ここが何処であろうと関係ない。局のみんなが見つけてくれるまで、なんとしても生き残って見せる。そして、ヴィヴィオと二人で、あのクラナガンに戻るんだ。
 そのためにやらなければいけない事は……
「レイジングハート、セットアップ」
『Standby, Ready』
 桃色の魔力光に包まれ、バリアジャケットを展開する。防御力の低いアグレッサーモードだけど、ピストルの弾ぐらいなら止めれるはず。魔導師がいる世界なのか、いたとして、使っても大丈夫なのか解らない以上、これだけでも用意しておく必要がある。
 後は、レイジングハートにここの情報を検索してもらって、どんな世界なのか、何処に居るのかを調べ、生きていくための方法を考えないといけない。
 そんな決意と共に、顔を上げ
 銃を突きつけた男の人がその言葉を発したのは、そのときだった。
「……コスプレ?」
 ……なんと言いますか……
 二人の赤い服を来た男の人が、こちらに銃を突きつけているのは解る。ただ、ピストルなんて物じゃなく、マシンガン(……だったかな?)だったのが誤算だ。威力は多分、ピストルの比じゃないはず。
 それよりも、いぶかしげな顔をして発した言葉が「コスプレ」って……そりゃ、確かにこんな格好を地球でしてたら、そういわれても仕方がないのかもしれないけど……って、
 もしかして、ここは地球?
 だとしたら、魔法は使えない。バリアジャケットだけでマシンガンの弾を止めれるのだろうか? はっきり言ってしまえば、そんなものは試したくもない。
 そんな時、後ろにいた人が忠告した。
「さっきの光がこいつだとしたら、魔法使いの可能性がある。気をつけろ」
 魔法使い……という事は、ここでは魔法が使える、という事? でも、地球には魔法使いはいない。いたとしても、私みたいに公開されていない存在だから、忠告に出てくるという事はない。
 という事は、やはり地球じゃない、と言うことだろうか? だんだん混乱して来た。
「……とにかく、コムリンクをパッシブモードにしろ。それと、貴様がここにいる理由は?」
 今度は、解らない単語が出てきた。「コムリンク」っていったい? 「モードを変更しろ」っていう事は、機械類だとは思うけど……
「それより、あなたたちはいったい……?」
 ヴィヴィオを背中に隠しながら、尋ねてみた。この世界の人間じゃない事を知られるかもしれない、という恐怖感が、とっさのごまかしにつながったんだけど……
 相手の表情が変わったのを見た時、後悔に変わった。
 明らかに失敗した。殺気にあふれているのに気付いてしまったから。
 「コムリンクがない」と言うのが、ここまで問題になるとは思わなかった。まさか、そんな重要なものだったなんて……でも、もう遅い。
「答える義務はない。それに……」
 ひどく冷たい声。冷静に、冷酷に、冷徹に、その言葉を発した。
「我々はここにはいない」
「!」
『Protection』
 タタタンッ! タタタンッ!
 それは一瞬の出来事だった。銃撃よりほんの僅かに早くかざしたレイジングハートが、その意を取ってプロテクションを張ってくれた。そのおかげで、銃撃を防ぐことは出来たけど……
「くぅっ!」
 思わず呻き声がもれる。やはり、マシンガンだけあって攻撃力は大きい。シールドの方が堅かったかもしれないけど……後ろにヴィヴィオがいる事を考えると、半球状に防御する事が出来るプロテクションの方が安全だ。
「レイジングハート、アクセルシューター!」
『All right. Accel Shooter』
 カードリッジの撃発音と共に、プロテクションの周りに、魔力の光が灯る。私が得意とする誘導型の射撃魔法、アクセルシューター。それが12発。この森の中でも、この数なら余裕を持って扱える。
「む?」
 二人は怪訝そうな顔をしながら、木の陰に身を隠す。その状態から、さらに射撃。
 ……いや、後ろの人が、銃撃の合間に何かを投げつけるのが見えた。それは、放物線を描き、プロテクションに当た……
 閃光が走った。
「なっ!」
「きゃぁっ!」
 閃光弾っ?!
 それと共に、銃撃が激しさを増す。プロテクションが悲鳴を上げる! いつまで持つか判らないっ!
「シュートッ!」
 白く染まった視界の、頼りにならない目測と記憶を元に、相手の位置まで魔力球を誘導していく! だけど……銃撃は止まないっ!
「レイジングハート、もう一度っ!」
 ガガンッ!
 撃発と共に、再び魔力球が生まれる。そして、
「シュートッ!」
 今度は、もう少し広めにっ! 当たったかどうかの確証はない。だから!
「もう一度っ!」
『Master. Please settle down, master!』
 三度、アクセルシューターを放とうとする私に、レイジングハートが静止を呼びかける。
『……The enemy fainted』
 その声に、ようやく我に返る。そのとき初めて、視界が暗いのに気付いた。
 ……目を閉じていた。呼吸も荒い。アクセルシューターを撃つ前にあった余裕なんて、何処にもなかった。
 閃光で目が見えなくなった事なら、以前にも経験はある。プロテクションを破られるかもしれないという危機感も、何度かあった。命の危険を感じた事だって、一度や二度ではない。
 でも、そのほとんどは訓練で、実戦であったとしても全てがばらばらだった。それに、たとえ実戦であったとしても、話し合えれば分かり合える。そんな期待もあった。
 ……今回はそれらが一度に訪れ、期待なんて何処にもなかった。あったのは、ただ作業のように人を殺そうとする殺意だけ。その恐怖が、私の思考を奪い去っていたのだ。
「あ……」
 瞼を開ける。まだ焼付きはあるけど、状況を確認するぐらいは出来る。
 倒れていたのだ。二人とも。私は、それにさらに追い討ちをかけようとしていた。非殺傷設定だったから、死ぬような事はない。だけど、悲しみを撃ちぬくためにあるはずの魔法で、人を傷つけた。その上で、追い討ちをかけようとした。その事実が、私を苦しめた。
『Don't worry. Their lives are not in danger although there are some injuries』
「……ありがと、レイジングハート」
 レイジングハートが慰めてくれる。多少の怪我はあるけど、気絶しているだけだと。だけど……それでも、自分を許せそうになかった。
「ママ、大丈夫?」
 ヴィヴィオが心配そうに声をかけてきた。
 ……そうだ。この娘がいるんだ。ここでくじけているわけにはいかない。
「うん。大丈夫だよ。ありがとね、ヴィヴィオ」
 頭を撫でてあげる。完全とはいかないけど、少しは安心してくれたようだ。
 とにかく、気持ちを切り替えよう。まず、この世界の事を検索。位置の確認。救難信号の発信。そして、生活基盤の確保。……なかなか厄介だ。
「どうやら、敵の敵さんみたいだな」
 その声が響いたのは、これからのプランで頭がいっぱいのときだった。

「なに鳩豆な顔してんだ? あんだけ派手に闘(や)りゃ、誰だって気付くぜ」
 木に寄りかかった男の人が、話しかけてきた。だけど……
 苦しそうなしゃべり方に、荒くなっている呼吸。そして、抑えた右の脇腹からは赤い物が、額には脂汗が滲んでいる。
「怪我してるんですかっ?!」
「なぁに、んなこたどうでもいい。それより……
 お前さんの名前と所属を教えてもらおうか。どうやら、コムがないみたいだから、口頭でな」
 口調と雰囲気が変わった。まるで、さっきの人たちみたいに。違いがあるとすれば、いきなり撃ってこないことだけ。
 ……多分、答えないと手当てをしようともしないだろう。という事は、答えないと、あの人を殺してしまうことに……
「……高町なのは。所属は、ありません。
それより、怪我の手当」
「SINレスの一般人なんか、いねぇぞ。何処に雇われたのか、ちゃんと言ってもらおうか」
 私の言葉をさえぎって、銃口をこちらに向けながら言った。
「本当なんですっ! 事故でここにきてしまっただけで、誰かに雇われたりなんかしてませんっ!」
「それよりおじさんっ! 怪我を治してよっ!」
「おじ……」
 涙目のヴィヴィオの訴えに、さすがに動きが止まったようだ。しばらくヴィヴィオと睨み合ったあと、ため息と共に銃を下ろした。
「……『泣く子と地頭にゃ』って言うが、まさか、こんなときに思い知るとはなぁ……
 まぁいい。こんなところで立ち話もなんだ。ついて来い」
 そう言って、歩いていこうとする。……って、
「大丈夫なんですか?」
 明らかにそんなはずないのに、思わず聞いてしまった。
「んなわけあるか。どてっ腹に風穴開いてんだぞ。躓いただけで死神の腕の中さ」
 なんて事ないかのように、不吉な事を言う。
「じゃぁ、せめて応急処置だけでもっ!」
「……生憎、苦手なんだよ、そういうのは」
「それなら、私がっ!」
「こんな所で、時間を費やしてるわけにはいかないんだ。
 少し行った所にセーフハウスがある。そこでなら、少しは休めるさ。応急処置のキットもあるしな」
 そんな事を言いながら、ふらふらと歩いていく。
 ……確かに、応急処置をするといっても、手元に何か道具があるわけじゃない。それなら、道具があるところまで行った方がいいのかもしれない。だから……
「っ!……おい。そんな事してると、汚れるぞ」
 私は、肩を貸してあげる事にした。ヴィヴィオは、後ろから傷口を押さえているようだ。
 確かに汚れるかもしれないけど、そんな事は気にならない。だから、
「かまいません。それより、あなたの名前を伺ってませんよ?」
 にっこりと笑ってあげると、バツの悪そうな顔でしたうちをした。そして、呟くように、
「……ゴートだ」
 名乗ってもらえた事が、嬉しかった。



 この世界には、さまざまな人間がいる。だからこそ、相手の事を知るためにも、どのような人間なのかを区別する事は、ある意味、とても重要なことだ。
 一番簡単なのは、種族で分けることだろう(ドラゴンだって人間さ。グールはさすがに取り消されたが)。次いで性別。人種で区別するのも、廃れているとは言え、有効だ。
 国籍、宗教、政治的観念は、今なお諍いの火種として現役を誇っている(そしておそらくは、生涯現役だろう)。民族やら部族やらも同様。人間は「学習する生き物」だそうだが、本当かね?
 職業や趣味と言うのも、グループを作る理由としてはよくあるものだ。好きな女優について一晩語り明かすことが出来れば、ほかの奴らとは、確実に一線を画す事が出来る。良いか悪いかは別として。
 俺たちみたいな仕事をしている奴らにとって、「なにが出来るのか」は重要だ。自分に出来ない事をほかの奴に頼むのは、決して恥じゃない。自身の生存率を高めるために、「誰がなにを得意としているのか」を把握する事は重要なのだ。
 だが、俺から言わせてもらえば、そんな分け方よりも重要なものがある。すなわち……運が良いか悪いか、だ。どんな奴だって、幸運の女神のキスには敵わない。同様に、不運の使者の抱擁に捕まれば、どんな目にあってもおかしくはない。
「ねぇ、アレン」
 週末のシアトル。いきつけのバーで、美女を侍らせ、グラスを傾ける俺は……
「急ぎの仕事があるんだけど、やってくれるわよね」
 ……運が悪いほうに違いない……

 とは言え、防音処理のされたコンパートメントに呼ばれたときから、こうなる事は予想していた。幾ら俺でも、そこまでぼんくらではない。その呼び出しがこの美女――レイチェルからのものであれば、なおさらだ。だが……ささやかな抵抗ぐらいは許されるだろう?
「なぁ、俺は酒を飲みに来たんだが……」
「でも、あなたにしか頼めないのよ。お願い、解って」
 すがるような目で頼み込んでくる。
 ……どうでもいいが、その「あなた(ダーリン)」って言うのはやめてくれ。そういう関係は、俺がローン・スターを辞めてこっちに来たときに終わったはずだ。しかも、元婚約者から女房気取りに格上げしやがって。
 しかし困った事に、こちらには積極的に断る理由がない。強いて言えば、「数少ない楽しみ」を邪魔されることぐらいだが……
「それに、そろそろ懐が寂しくなるんじゃない?」
 ……把握済みですか、そうですか。
 ここ2週間ほど、仕事が「まったく」なかったのが一番の問題だ。そうでなければ、断れたかもしれないのに。
「はぁ……それで、今度はいったいなにをやらせようって言うんだ?」
 ため息と共に、最後まで残った抵抗心をはき捨て、先を促す。人として何か大切な物をなくした気もするが、あえて無視した。
「簡単に言うと、人命救助よ」
「……そいつは、レスキューの仕事じゃないか? もしくは、ドク・ワゴンに頼んだほうが良いと思うが」
 災害救助隊か民間武装救助隊か、と言う程度の違いしかない。もっとも、レイチェルの会社の仕事で後者が必要になった場合は、自社の警備部隊なり何なりが動いてもいいはずだが、あえて聞かない。あまり深入りしたくない、と言うのが本音だが。
「救助が必要な人はね、1週間前にミュンヘンからロンドンに帰ってきてるの」
 ……ここはシアトルなんだが……いやな予感しかしないな、やはり。
「本来は一ヶ月の出張だったはずなんだけど、書類にミスがあってね。しかも、それに気付いたのが、今朝って言うお粗末っぷり」
[なるほど]
「直属の上司が、出張が終わったはずなのに来ないから、って連絡を入れなかったら、もしかすると……」
 ……ちょっと待て。

 俺はすかさず、電源を落としたはずのコムリンクに目をやる。だが、無情にも電源ランプはついたまま。つまり……
「ランドール! またハッキングしやがったなっ!」
「あら? それがあなたたちのスタイルじゃなかったの?」
 んなモン、スタイルにしたつもりはねぇっ!
[ファイアウォールが大した事なかったからね。難しいことじゃないさ]
 くっそぉ、つい3日前に管理者用パスワードを変更したばかりだって言うのに。なんで俺のコムリンクなのに、管理者権限が俺にないんだ?
 俺は大きなため息をついた。同時に、現状の全てを認める事にした。気分は楽になったが、人としては失ったものが大きい気がする。それすらも諦めたが。
「で、そのシアトルにいないはずの社員を救出に行ってくれ、って事か?」
「ごめんね、こっちの尻拭いで。でも、公式に救助に向かう事が出来ないのよ」
 まぁ、企業がよくやる手ではある。関係ないところへ出張させておいて、一時的に与えた偽造SINでランをやる。失敗しても、それは社員ではなく、「本当の社員」は出張先で事故死、と言うわけだ。
 だが、その書類に不備があれば? そんな状況で失敗したら? 下手をすれば、正規のSINを探し当てられ、攻撃の材料を与える事になってしまう。それだけは、避けねばならないわけだ。
 だが、そこでふと気付いた事がある。いや、むしろ「気付いてしまった」事がある。
「……何かミスったのか? そいつは」
「……『連絡を取った』、って言ったでしょ? それで、警備員に見つかったらしいわ」
 ……間抜けな話だな、おい。まぁ、8時間の時差があっては、そんな事も起き得るわけだが。
「それともう一つ、『一ヶ月』って言うのは、ちょっと長すぎるんじゃないのか?」
 たいていは、1週間か、長くても2週間と言ったところだ。それなのに一ヶ月と言うのは、あまりに長い。
「相手は、末端とは言え、レンラク系列だしね。物理的に進入する必要もあったから、その準備期間も含めて、長めにしておいたのよ」
 ……おい。
「……レンラク系列の警備員って、もしかして、『赤備え』じゃないだろうな」
 レンラクが誇る私兵――軍隊にして警備部隊の「レッド・サムライ」(「赤備え」は隠語だ)。はっきり言って、相手にしたくない奴らの一つである。
「……少なくとも、本隊はいないはずよ。『新人研修』に来ている可能性はあるけど」
 逃げたくなって来た。
[それで、その人はどうなってるの?]
 そうだな、それは重要だ。
「まさか、捕まってる、って言う事はないよな?」
「何とかセーフハウスには逃げ込めたそうよ。途中で、妙な親子連れを拾ったそうだけど」
「親子連れ?」
「何でも、手助けしてくれたそうよ」
[スパイでもなんでもなく?]
「そこまでは解らないわ。相当な甘ちゃんではあるみたいだけど」
[他人事とは思えないね]
 誰の事を言ってんだ? おい。
 だがまぁ、敵でないなら、とりあえず無視するか。
「それで、要救助者の名前は?」
「コードネームは『マスク・ザ・レッド』。日本人で男性」
「……変わった名前だな……」
「知らないわよ。日本のアニメキャラクターからとったらしいけど」
「……となると、ランドールの領域かな?」
[僕だって、70年前のロボットアニメは専門外だよ]
 ……十分じゃねぇか、おい。
 まぁ、そんな話はおいておくとして。
「あと問題になりそうなのは……火力か」
 下手をすればレッド・サムライを相手にする事を考えると、うちの娘っこ――ガンスリンガーのフェイ・ニャンだけでは、少々心許ない。物理的よりも、むしろ精神的に。
「黒ひげさんに頼んでもいいかな?」
「かまわないわ。その辺りは、あなたに任せるから」
 うれしい言葉だね。
 ともあれ、黒ひげさんに連絡を取ってみる。数回のコール音のあと、一人のドワーフの顔が、眼鏡のウィンドウに映し出される。
「おう、俺だ」
「あぁ、黒ひげさん? 以前世話になったアレンですけど……」
「……おかけになった電話番号は、現在使われておりません」
「……さすがに2回目はどうかと思いますよ、それ」
 まぁ、なんだかんだで「解ってくれる人」だからいいんだけど……
 そんなこんなで、報酬の交渉まで済ませれば、後は仕事(ビズ)の時間。さっさと終わらせて、晩酌の続きと洒落込もう。

 だが、このランが数ヶ月の激動につながると思い知ったのは、後の事だった……

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最終更新:2008年10月05日 07:02