背中に気をつけろ。ためらわず撃て。
弾を切らすな。ドラゴンには絶対、関わるな。
        ――ストリートの警句

Lyrical in the Shadow
 第1話「ウィザーズ・ストライク!」中編
  ~留まるべきか行くべきか~



 虚空に向かって何かを報告した後、ゴートさんはソファに倒れこんだ。
 「石に躓いただけで死神の腕の中」……ひどい冗談だと思ったけど、そんな事を言えたのも、実際に傷を見るまでだった。防弾チョッキを無理やり脱がせて、応急手当をしようとしたけど、私の手に負えない事はすぐに解った。
 マシンガンで撃ち抜かれたのであろう右脇腹は、まさにズタズタだった。
 止め処なく流れる血が、そのたびごとに青くなるゴートさんの顔が、私に、いやな言葉を連想させる。「もう、助からないんじゃないか」と……
 その時ほど、治癒魔法を覚えておかなかったことを後悔した事はない。ユーノ君に教えてもらう事は出来たはずなんだ。たとえ適性がなくても、救える命が、打ち砕ける悲しみがもっと増えたはずなんだ。
 だけど、嘆いてばかりもいられない。今目の前に、消えようとしている命があるのだから。持てる技術の全てを使って、この命を永らえさせなくてはいけない。
 幸い、応急処置用のキットがあったから、止血するぐらいなら差支えがなかった。むしろ、キットについていたコンピュータによるナビゲートが、処置をしやすくしてくれた。
 ヴィヴィオに手伝ってもらいながら止血を施すと、彼は、2階に連れて行くように指示した。曰く、そのほうが対処しやすい、と。
 おそらく、次の襲撃の事を考えているのだろう。この家には、階段は1つしかなかったから、そこを守りきれば助かる可能性はある。ただ……篭城戦になった事は否めない。
 彼が助かるかどうかは、時間との勝負だ、と言うのに。
 私の焦燥を知ってか知らずか、報告を終え身体を休めた彼は、心配そうに見つめるヴィヴィオの頭を撫でながら、私に声をかけた。
「確か……高町なのは、だったな」
「……はい」
「……ここまでやってくれたんだ。お前が何処に雇われたのか、という事は、今は聞かないでおこう」
「……ありがとうございます」
 やっぱり、まだ疑ってるみたい。当然と言えば当然かもしれないけど、ちょっと残念だ。
「しかし、変な名前だな。もしかして……」
 私はむっとした。お父さんとお母さんからもらった、大切な名前だ。馬鹿にされてうれしいはずがない。
 でも、彼が続けた言葉が、私を驚愕の淵へと突き落とした。
「同郷か?」

 咎められたときの違和感だけじゃない。応急処置のキットを使っていたときも、なんとなく感じていた。それがこの瞬間、確信へと変わった。
 日本語で話しかけられたことによって。
 ミッドチルダ語に近い言葉だったから、そんなに気に止めていなかった。だけど、私の本来の感覚なら、「ミッドチルダ語が英語に近い言葉」のはずなのだ。その上でかけられた、完全な日本語。
 やっぱりここは、間違いなく「地球」なんだ。私の知らない、でも、私の故郷の「地球」。
「それじゃ、あなたも……日本の方なんですか?」
 恐る恐る尋ねた。私の知らない地球なら、日本と言う名前じゃないかもしれない。だけど……
「まぁな。今はこんなところまで左遷(とば)されたがな」
 そう言って、ゴートさんは自嘲の笑みを浮かべた。
「お前さんも、こんなところにいるのには訳があるんだろうが……娘を巻き込むのは感心せんな」
「いえ、事故にあってしまったみたいで……」
「なのはママのおうちに行くところだったんだよ」
 あまり本当の事は言えない。第一、「異次元から来ました」なんて言っても信じてもらえないだろうし、もし信じてくれたとしても、下手に話が大きくなっては困る。
 あまり好きじゃないけど、ごまかすしかない。
「そいつは災難だったな。
 ……そういえば、旦那さんは?」
 少し聞きにくそうに尋ねてきた。確かに、母娘だけだったら気にはなるだろうけど、もしもの事を考えると、少し勇気がいるかもしれない。
 だけど、私は結婚していない。ヴィヴィオの保護責任者として、言い換えれば、ヴィヴィオを養子として引き取ったんだ。そしてそれを、ヴィヴィオ本人も喜んでくれた。
 視線を動かすと、ヴィヴィオと目があった。ただそれだけだけど、「母親」としての想いがあふれてくる。だからこそ、誇りを持って全てを告げ
「フェイトママの事?」
 時間が止まりました。

 ゴートさんが訝しげにこちらを見てくる。上から下へ、そして再び上へ。それこそ、嘗めるように。
 多分、今の一言ですごい誤解をしたんだろう。うん。断定して良いぐらいに。
「なのは……もしかしてお前……」
「いえっ! 私は女ですよ?!」
「じゃぁ、その『フェイト』ってやつぁ……」
「違いますっ! 幼馴染の女の子で、一緒に住んでるだけなんです!」
「……女同士で『結婚』……?」
「してませんっ! 結婚から離れて下さいっ!
 私はヴィヴィオの保護責任者として引き取っていて、フェイトちゃんはその後見人なんですっ!」
 はぁ~……はぁ~……はぁ~……
 ……なんでこんな事説明するだけで、息を切らさなきゃならないんだろ……
「まぁ、その……なんだ。落ち着け。
 確かに、まだ若いのに、よくこんな子供を持てたなぁ、とか、幾つの時に生んだ子なんだ、とか思っていたが……」
「……もういいです……」
 ……誰のせいだと思ってるんですか……あぁ、でも、きっかけはヴィヴィオか……無邪気だから、余計にたちが悪いな。
「それよりも、反撃の手を考えておく必要があるな」
 ……そうでした。
「でも、ここに逃げ込んだ事は、解らないんじゃないでしょうか?」
 ゴートさんを襲った人たちがどうなったかは知らないけど、私たちを襲った人たちは気絶していた。もし気がついたとしても、その場からいなくなった私たちを追跡するのは、簡単じゃないと思うけど……
「どうかね。足跡やら血痕やらの大盤振る舞いだ。優秀な猟犬なら、すぐに見つけるだろうさ」
 そういえば、そんな事を気にしている余裕もなかった。飛んでいれば問題はなかったかもしれないけど……
 でも、ヴィヴィオはまだ魔法をうまく制御できない(出力調整が苦手らしい)。となると、二人をいっぺんに運ぶか、一人ずつのピストン輸送という二者択一になる。
 となると、「どちらも出来ない」という結論に達してしまう。後者は言わずもがな。前者でも、ゴートさんの傷に障る事は容易に想像できる。
 少々悔やまれるけど、いつまでも悩んでいるわけにはいかない。脅威は目の前に、しかも確実に存在しているのだから。

「そうだとしたら、何で襲ってこないんでしょう?」
 嵐の前の静けさ、とでもいうのか。ここが知られている、と仮定すると、この休息の時間が逆に怖くなる。
「訳の解らん、怪しげな術使いがいるんだ。容易には襲ってこんさ」
 怪しげ……ですか。
「でも、魔法使いなら、他にもいるはずじゃ?」
 襲撃者の言葉から、その事は想像出来ていた。どれくらい居るのかは解らないけど、遠い世界の人間でもない。その程度には居るはずなんだ。
「確かにな。俺だって、何人かは見たことがある。だがな……
 あんな派手な術を使う奴は、それこそトリッド・アニメぐらいでしか見たことない」
 鋭い視線が、私を貫いた。人の本質まで見抜くような、そんな視線だった。
 だけど、その視線が急に和らいだ。
「もっとも、今はお前さんに頼るしかない状況だ。どんな魔法使いだろうと、贅沢は言ってられん。
 それに、お前さんの存在が鬼札(ジョーカー)になっている事も確実だ。足手まといがいても、早々手はだせんだろう」
 そう言いながら脇腹を押さえ、自嘲気味に笑う。
 そうだ。今はヴィヴィオだけじゃなく、ゴートさんも守らなくてはならない。そうなると、早めに手を打ったほうが良いけど……
「……あまり時間を与えると、不利になるんじゃないですか?」
 後手に廻る事の不利益は、JS事件でもいやというほど味わった。あんな思いは、2度としたくない。
 だけどゴートさんは、あきれたように鼻で笑った。
「有利になる拠点を手に入れた以上、下手に動くほうが危険だ。
 それに、相手は早くても夕方までは来ない。援軍も呼んであるし、今はあわてる必要はない」
 ……え?
「……なんでそんな事言い切れるんですか?」
 今はまだお昼を少しまわった程度。「夕方まで」となると、それなりの時間がある。いつ襲われたって、おかしくないはずだ。
「そう難しいことじゃない」
 本当に、大した事じゃない風に、ゴートさんは説明する。
「俺たちを追うことが無駄なら、これ以上の襲撃はない。
 逆に必要なら、襲ってくるだろうが……相手の拠点からここまで、それだけの距離がある、と言うだけだ」
 ……なるほど。
「援軍については? いつごろくるのか、解りますか?」
「さて、な。こちらは早くても夜、と言ったところかな。もっと遅くなる可能性も高いが」
「それじゃ、ここを切り抜けた後はどうするんですか?」
「向こうに、そこまで事を大きくする必要があるかどうか、と言ったところか。
 もっとも、そんな事をしている暇はなくなると思うがね」
 にやり、と笑う。弱々しいけど、いやらしい笑い方だ。
「……1つ訊いても良いですか?」
 どうにも、気になる事がある。
「何で、追われてるんですか?」
 そう。それが解らないと、いつまでも襲われることを警戒しなくてはいけない。
 だけど、そんなこっちの心配を知ってか知らずか、ゴートさんは変わらぬ笑みを浮かべたまま、
「俺がお前の魔法について訊いたか?」
 ……そうだ。それがこちらの負い……あれ?
「……それは、私があなたの手当てをしたのと引き換え、という事で話がついていたはずですけど?」
「……覚えていたか」
 残念そうに呟く。
 ……もしかして、なにも言わなかったら、そのままなし崩しでうやむやにされたのでは? まったく、油断もすきもない、と言うか……
「だが、いい男には、何がしかの秘密があるものだ」
 ……どうやら、教えてもらえそうにないです……

 事態が変わったのは、日が暮れてしばらく経ってからの事だった。
 ゴートさんの元に届いた通信。それは、援軍がもうじき来る、というものだった。
「と言っても、シアトルからこの山中だからな。ピザのデリバリーほど早くはない」
 そんな冗談が出てくるぐらい、気持ちに余裕が出てきた。……って、
「シアトルですか?!」
 あのアメリカの?
 ここが「私の知らない地球」とは言え、またも懐かしい名前が出た事に、驚きを隠しきれなかった。英語で話している事は解ったけど、まさかアメリカだったなんて。
「……それで、どれくらいで来るんですか?」
 動揺したままだから、声が少し硬くなってしまった。だけど、ゴートさんは、それに気付かないように、
「……そうだな……1、2時間、と言ったところか」
 すんなりと教えてくれた。
「だが、同時に悪い知らせもある」
「……え?」
 ……まさか……
「……さっきからどうも、監視カメラに写る人影があるな。どうやら、さっき襲撃して来た奴らみたいだが……
 ……止めを刺さなかったのか?」
 心臓が跳ね上がる。それは、戦闘魔導師として活動してきた私にとっても、あまりにも非現実的な事で……
 実際、あれだけ大事となったJS事件でも、被疑者側の死者は2名――ナンバーズの2番、ドゥーエと騎士ゼストだけで……局員との戦闘によって死亡したのは、ゼストさんだけだった。
 ゼストさんを手にかけた局員――シグナムさんは、その事を気に病んでいた。「介錯をする以外にも、手はあったかもしれない」と。闘えた事を喜び、勝った事を誇りに思いながらも、その重さも感じていた。
 だけど、それをゴートさんは、忘れ物がないか尋ねるのと同じくらいに、あまりにも自然に訊いて来た。あまりに軽く、いっそ酷薄とも言えるくらいに。多少の感覚の違いはあると思っていたけど、まさか、ここまでなんて……
「……私は……そういう闘い方はしません」
「……ずいぶんと甘いものだな」
 呆れたように、ゴートさんは呟いた。だけど、
「だが、それがスタイルなら、貫けばいい。何処までもな」
 にやり、と笑いながらの後押しに、私は目が点になった。殺すことにためらいがないはずなのに、殺さないことも許容する。懐が広い、とでもいうのだろうか?
「だが、俺なら殺す。そのほうが、後腐れないからな。
 それと、殺さないなら、追跡されないようにすることだ。後々面倒になる」
「……解りました」
 つまりは、「自分が対処する前に何とかしろ」と言うこと。それと……「お前に任せる」ということだろう。
 実際、まともに動けるのは私しかいない。だから、私が対処する事自体は、大して問題ない。あるとすれば、何処でどうするのか、という事になる。
「それじゃ、ちょっと準備してきますので。
 ヴィヴィオ、ちょっと待っててね」
「うんっ!」
 絶対の信頼からくる笑顔。その心地よさに、思わず顔がほころぶ。
 だけど、今はこの暖かさに浸っているときじゃない。廊下に出た私は、今後のプランについて考え始めた。

 まずやるべきなのは、相手の確認。それから、迎撃のポイントを設定。相手をこの家に入れないように――最低でも、2階に上げないように対処法を考えなくてはならない。
 だけど、はっきりいって、この家を一人で守るのは不可能だ。さっきみたいに閃光弾での目くらましと、マシンガンでの攻撃となると、身動きがとれなくなる。その隙に、ほかの人に動かれたら……それで終わりだ。
「となると、やっぱり……」
 そのまま階段を下りて、玄関に続く廊下を見渡す。
 初めて見たときには、奇異に感じたこの構造。階段を廊下の一番奥に、しかも、玄関とは反対向きに造るなんて、動線に無駄があるんじゃないか。そう思った。
 でも、防衛側に視点を置くと、実に守りやすい配置だ。階段を下りたところに陣を敷けば、玄関からいくつかの部屋の扉まで、一望の下に出来る。
 最終防衛ラインにするための配置。ここはまさに、そういうにふさわしい場所だ。問題は、壁抜きをやられると全てがひっくり返されることと……この配置故に、これ以上の撤退が出来ないことぐらい。
 でも、それを今考えても仕方がない。後は、相手の姿が確認出来れば……
 部屋の1つに入り、中を確認する。
 大きめの窓があるリビングだけど、あらゆる家具が、窓からの動線を邪魔している。窓にも、ブラインド代わりに蔦を這わせたフェンスが留めてある。ちらっ、と見た感じでは、他の部屋もそうだった。
 とりあえず、外を確認して見る。だけど、当然と言っていいのか、相手の姿は見えない。
「レイジングハート、監視カメラの映像を見れる?」
『I try』
 ……でも、いくらレイジングハートでも、こっちの機器に接続できるのかな?
『Since it's not a registered user, it cannot access. It's necessary to hack more』
 ……出来るんだ。でも、
「……さすがにハッキングは問題だよね」
『I think so』
 今は、いつ襲撃されてもおかしくないような状況だ。そんな神経が張り詰めている状況でハッキングなんてやったら、こちらが襲撃者と勘違いされかねない。
 ゴートさんに頼めばいいのかもしれないけど、「コムリンクがない」という事にしている以上、下手な頼み方をすれば、また疑われる事になる。……相変わらず、コムリンクがなんなのかは知らないけど。
 となると、やはり……
「エリアサーチ、頼める?」
『Area Search』
 レイジングハートの声と共に、私の周りにサーチャーが形成される。だけど、壁を越える事は出来ないから、窓を開けないといけない。
「出来る限り、見つからないようにしないとね」
『All right』
 もし見つかって壊されたとしたら、監視が難しくなる。そうならないように、注意しなくてはならない。
 少し窓を開けてあげると、いつもは勢い良く飛び出して行くサーチャーも、今回ばかりは地面を這うように飛んでいく。後は相手を見つけ出し、監視を続けて襲撃に備えればいい。
 とは言え、サーチャーが見つける前に来られては、元も子もない。隠密性を重視した以上、たとえ近くにいたとしても、時間はそれなりにかかる。
 いつ襲われるか判らない恐怖と緊張。それに支配されたまま、私は階段に腰を下ろした。

『Area Search successful』
 そんな声が響いたのは、数十分が経った後だった。
『Coordinates are specific. Distance calculated』
 派手に動かさなかった分、ずいぶんと時間がかかってしまった。だけど、その間に襲撃がなかったのは幸いだ。これならまだ、いくらでも手が打てる。
『Calculation was completed. They are in north-northwest and 200m』
「200メートルか……」
 近いとはいえないけど、決して遠いともいえない距離。その気になれば、いつでも攻撃に出れる距離だ。
「レイジングハート、映像を出して。
 それと、空いてるサーチャーを家の周りに配置。庇とかの影に隠れるようにね」
『All right.』
 目の前に展開されたディスプレイに映し出されたのは、6人の人影。先ほどの二人に加え、増援の4人。内一人は、車の中で待機中。とは言え……かなり厳しい。
 一瞬、打って出ようかとも思ったけど、即座に打ち消した。あの数だと、私が得意とする足を止めての撃ち合いなんて、出来るとは思えない。こちらが足を止めた瞬間に、他の人が動くだろう。そうなれば……終わりだ。
 ディバインバスターなら、うまくすれば一撃だろうけど、途中には幾つかの障害物(主に樹)がある。それらを撃ち抜けば有利になるだろうけど、おそらく管理外であるこの世界で、そこまで問題を大きくして良いのか。……多分、だめだろう。
 となるとやはり、ここでの迎撃という事に
 不意に、サーチャーからの映像が途切れた。
 ――まずい。気付かれた。
「レイジングハート、映像を他のサーチャーからの物に」
 即座に、家の周囲に配置したサーチャーからの映像に切り替わる。庇の下、蔦の陰、プランターの隙間。それらの映像の中から、彼らの影を探す。
 ――いた。樹に隠れながら、こっちに近づいている。
 でも、この家の周りには隠れられるような物がない。そして構造上、迅速に行える突入地点は限定される。
 襲撃者の一人が、「仕方がない」とでも言うように首を振り、玄関を指差す。そして、扉の脇に2人、離れて3人、いつでも突入できるように構える。
 だけどそれはこちらも同じ。バスターモードのレイジングハートを左手に構え、右手を添える。
「レイジングハート、カードリッジロード」
『All right. Load cartridge』
 ガガンッ、という撃発と共に、体の中で、魔力が爆発しそうなくらいあふれだすのが分かる。その魔力に指向性を与え、形を持つ力として、発動のための呪文を唱える。
「ディバイィィィン……」
 扉の脇の一人が、手榴弾を取り出す。光が収束し、いつでも撃てる様になる。扉に手をかける。そして……
「バスターーーーッ!!」
 轟音と共に、閃光を解き放つ! それは廊下を駆け抜け、周りの壁ごと扉を撃ち抜き、その先にいた襲撃者を飲み込む!
 普通なら、この一撃で終わるだろう。だけど、油断するわけにはいかない。なにが起こるか分からな
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
 ヴィヴィオッ?!
 だけど、そちらに向かう事が出来なかった。目の前に転がってきた手榴弾が、それを許さなかった。
「くっ!」
 とっさにラウンドシールドを張る。そして、
 轟音と焦熱が、辺りを支配した。

 防御力には自信がある。マシンガンの射撃にも、オートガードだけで耐えれた。それを今度は、より強固なラウンドシールドで行ったんだ。絶対に破られるはずがない。そう思っていた。
 事実、ラウンドシールドは健在で、私もダメージはない。少なくとも、肉体的には。
 心が折れそうになった。強大な音に。肌を焼く熱に。腕に伝わった衝撃に。そして……目の前に広がる惨状に。
 それは、ただ破壊だけを齎した。そこにある物を焼き、薙ぎ払い、砕いていく。
 壁も、床も、無事なところなんてなかった。黒く焦げ、打ち砕かれ、それとして機能しなくなっていた。
 もし、ラウンドシールドを使っていなかったら。もし、なにも考えずにヴィヴィオの元に向かっていたら。果たして私は……生きていたのだろうか?
 あまりにも純粋な殺意に、私は恐怖した。それは、この世界で初めて銃撃を受けたときよりも、防御魔法が強固だった分、そして、受けた衝撃が大きかった分、より大きかった。
 私の魔法も、相手には同じように恐怖を与えたのかもしれない。だけど、倒す気で放った魔法と、斃す気で投げられた手榴弾とでは、使い手に差が出たのだろうか? 相手は冷静に動き、私は動揺してしまっている。
 人を殺せるっていうのは、そんなに強い事なの?
 そんな思いが、私の中を駆け巡る。それは鎖となって、身体を縛り付けていく。
 だけど、私の状況など無視して事態は動く。
 マシンガンによる射撃。それが容赦なく、私の足を止める。
 それはあまりにも冷徹で、酷薄で。破られる事はないと分かっていても、一度恐怖に蝕まれた心は、身体を動かすことを拒否して……
(それがスタイルなら、貫けばいい。何処までもな)
 不意に、ゴートさんの言葉が浮かぶ。私を「甘い」と評しながら、それを認めてくれた。
 言われたときは、よく解らなかった。だけど、今はなんとなく解る。
 この世界では通用しないのかもしれない。夢を見すぎているのかもしれない。だけど、誰も殺さずに制圧する。それが私のやり方(スタイル)なんだ。だから……
 それを貫き通すっ!
 だいたい、そんな強さを手に入れて、誰が喜んでくれるのだろう? フェイトちゃんも、はやてちゃんも、ユーノ君も、他のみんなも、悲しむか怒るか、どちらかに決まっている。
 それに、ヴィヴィオ。そんな血塗られた手で抱きしめて、喜んでくれるわけがない。私だって、心が安らぐわけがない。そんなのは……絶対に嫌だっ!
 落ちかけた視線を、前に向ける。そこには、仲間の援護を受けながら、前進してくる襲撃者の姿が。
 同時に、シールドから伝わる違和感。少しずつだけど……弱まってる?!
 ……このぉっ!
「アクセルシューター!」
『Accel Shooter』
 レイジングハートの声と共に、カードリッジを2発ロード。シールドを強化しながら、限界に近い20個の魔力球を浮かべる。それを、
「シュートッ!」
 解き放つ!
 障害を避け、銃弾を躱し、狙い通りに命中
 不意に、魔力が散らされたのが分かった。
 AMF……じゃない。魔力の結合が邪魔させるんじゃなく、形成された魔法そのものが破壊される感じ。むしろ、バリアブレイクのような……
 それを攻撃魔法にも使えるっていうの?!
 私たちからすれば、あまりにも常識はずれだ。でも、相手はそれが出来る。多分、シールドからくる違和感も、それの応用……もしくは、正規の使い方か。
 幸いなのは、一撃で壊れないこと。魔力を注ぎ込み続ければ、シールドを維持する事は出来る。攻撃でも、少しずつダメージを与える事は出来る。実際、相手はダメージが蓄積しているようで、狙いが甘くなってきている。だけど……
 さっきのヴィヴィオの悲鳴。なにがあったのかは解らないけど、こんなところで足止めされてる場合じゃないのに! それなのに、持久戦を強いられるなんて!
 こうなったら……攻撃に全てを注ぎ込む!
 その分、シールドの維持に問題が出る。弱くなっても強化出来ないわけだから、下手をすれば砕かれる可能性もある。だけど、このまま持久戦をやるぐらいなら、捨て身でも早急に終わらせる!
[なのはママ!]
 突然、ヴィヴィオからの念話がつながる。
[ヴィヴィオ! 大丈夫?!]
[うん! ……なんかよく解らないけど、大丈夫になったから!]
 ……本当によく解ってないんだろうけど、ヴィヴィオに迫っていた脅威は去った、ということか。
 そのとき、ふと気付いた。襲撃者の一人が、なぜかひどく慌てている事を。
[だからママ、そっちの手伝いに……]
[大丈夫だよ、ヴィヴィオ]
 可能な限り、優しく伝える。だけど……逆転のカードを手に入れてしまったみたいで、むしろ、嬉しささえこもってしまったかもしれない。
[相手が強いから、ちょっと時間がかかるかもしれないけど]
「アクセルシューター」
 カードリッジをロード。今度は……さっきよりも多い24個。
[怪我1つなく戻るから]
「シュートッ!」
 再び、魔力球を解き放つ!しかも、今度はさっきと違い、前進してきた四人には牽制程度。そのほとんどを……さっき慌てた人にぶつける!
 多分、彼がリーダーだ。そして、どうやったかは知らないけど、2階に侵入させた仲間との挟み撃ちをしようとした。だけど、なぜか解らないけど、それが失敗。そのせいで慌ててしまったのだろう。
 作戦が失敗してしまったのは、可哀想に思う。だけど、だからと言って手加減する言われはない。こっちからすれば、これはチャンスなんだ。生かさないわけにはいかない。
 さっきと同じように、威力が弱まっていく。だけど、牽制程度ならともかく、仕留めるために襲い掛かったそれを、完全に殺しきれるとは思えない。いや、出来るはずがない!
 魔力球が相手に襲い掛かる。それが当たった瞬間、呻き声と共に体が傾ぎ……踏み止まる! 倒せなかった?!
 冷や汗が背中を伝う。カードリッジは、装填しただけ使ってしまっている。マガジンを交換しないと、次がない。
 襲撃者も、リーダーはともかく、他の人の行動速度が尋常じゃない。何処にいても全員が狙われると分かったからか、前進していた人も扉を盾にして止まっているし、後ろの人も移動していない。それが唯一の救いともいうべきか。
 カードリッジを装填している間、シールドを維持し続ける事が出来るか……相手の魔法打消し能力との勝負。どの道、装填しないことにはこちらが不利になる。
 相手の能力がシールドを弱め、銃弾がそれを削っていく。衝撃が腕を震わせ、騒音が耳を刺激する。その中を私は、出来る限りの速さで使い切ったマガジンを捨て、新たなマガジンを装填。そして
 一陣の風が、全てを薙ぎ倒した。

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最終更新:2008年10月05日 06:59