リリカルVSプレデター (中篇)
「これは……一体なんだ……」
武装局員の一人が、目の前に広がっている光景にそんな言葉を漏らした。
彼ら武装隊は武装強盗団を追って廃棄都市区画の一角のビルに踏み込んだのだが、そこで彼らを待ち受けていたのは銃弾や砲火の歓迎ではなかった。
漂うのは凄まじい血と臓腑の臭気、目に映るのは闇夜の中でも鮮やかな鮮血の赤。武装隊が交戦する筈だった敵はそのすべからくが無残な屍肉に変わり果てていた。
周囲には銃をメチャクチャに乱射した跡が残っており、激しい戦いが繰り広げられたと容易く想像される。
この惨状に“仲間割れ”という言葉が武装局員の脳裏を駆ける、彼らは周囲を警戒しつつ死んだ犯人達に近づいた。
そして修羅場に慣れた彼らは一つの点に気が付く。
「おい……この死体……」
「ああ、おかしいな……」
おかしな点、それは倒れた犯人達の傷だった。
死んでいる者達の身体の傷は、そのほとんどが銃創ではなかった。あるいは身体を切断され、あるいは大穴を開けられ、そのどれもが彼らの知る銃弾による傷ではない。
そしてさらに大きな疑問が頭を過ぎる。
見たところ死んでいる人間の数は軽く20~30人以上はいる、なのに敵の死体は影も形もないのだ。
これだけの武装した者達が戦って、相手は一人の死傷者も出していないのか? そんな事は常識的に考えてありえない。
この武装強盗団が相応の手強さを有していた事は、追跡してきた彼らが一番良く分かっていた。
だからこそ、この惨状が信じられなかった。
「……誰がこんな事を?」
悪魔か死神か、こんな所業を成し遂げる相手が人間とは想像もできない。思わず彼らの脳裏に人ならざる怪物が過ぎる。
そしてそれはあながち間違ってはいなかった、少なくともこの惨殺を起こした主は人類ではないのだから。
彼らが形容し難い戦慄を感じていると、そこへ場に似合わぬ澄んだ声が響いた。
『こちらシグナム、そっちはどうだクルーガー?』
「隊長……脅かさないでください」
『脅かす? お前らの肝はそれほど小さくあるまい。で、首尾はどうだ?』
「それが……なんと説明したら良いか……」
目の前の惨状、見知らぬ第三者に確保する筈だった犯人達が惨殺されているなど、どう説明すれば良いか分からなかった。
この現状をどう彼女に伝えるか、幾らか思案する。そんな時だった、自分のバリアジャケットの上に付いた赤に気付いたのは。
三つの点が三角形を形作る光の点が自分の身体の上を這っていた、それが照準を定める為のレーザーサイトという照準装置だと理解した時には全てが遅かった。
次の瞬間、轟音と共に彼の胸から真っ赤な花火が炸裂、内臓を血潮と共に盛大に撒き散らしながら胸に大穴が開けられた。
「がぁっ……ぶはぁっ!」
彼は口から断末魔の叫びと血反吐を吐き散らし、胴に詰まった内臓を半分近く吹き飛ばす程の凄まじい衝撃で倒れ伏す。
倒れ行く中で彼の視界はこちらにレーザーサイトを向ける陽炎のような空気の揺らぎを見た、それが最後の映像として網膜に焼きついた後にはただ死の闇が広がる。
闇に飲まれた彼の意識は彼岸へと旅立つ、絶命に至るまでにそれほど時間はかからなかった。
『どうした!? 何かあったのか!?』
突然叫びと共に通信を絶った部下へシグナムが声を荒げるが返事が返ってくる事はない、ある筈がない。
死者はただ沈黙を守るしかないのだから。
武装隊の最初の一人を狩られた後、場には絶叫と爆音そして肉が爆ぜ飛ぶ音や刃で刻まれる音が響き渡った。
△
「どうした!? おい、応答しろ!!」
最期に絶叫を残して突如として切られた部下との通信にシグナムが声を上げるが応答はない。
彼女の胸中に何か冷たい感触が沸きあがってくる、それは激戦や危機を前に必ず訪れる第六感だった。
何か得体の知れない危険が喉元に迫っている、確信めいた予感が烈火の将の心に過ぎる。
彼女は飛行魔法の速度をあげて部下達が向かった廃ビルを視認した。
そして視界に入った瞬間、ビルから凄まじい爆発が巻き起こる。
巨大な爆炎を上げながら外壁を貫通した光が空を駆けた。魔力反応は感じない、犯人の有した銃火器だろうか?
風から漂うイオン臭、ビルのコンクリート壁が硝子化するまで溶けるほどの超高温、少なくともシグナムの知る銃にあんなモノは存在しない。
あえて言うなら理論上制作可能なプラズマ砲だろうか、しかしそんな武器が流通しているなどと言う話は聞いた事が無いし、あったとしても今自分の部隊が追っている犯人達がそんな物を有している可能性は限りなく低いだろう。
確かな事は、今ここにまったく未知の得物を手にした第三者が介入している可能性があるという事だった。
シグナムは真紅の月が昇る空を見上げ、自分よりも高い高度を飛ぶヘリに通信を送った。
「ヴァイス、今のを見たか?」
『ええ、どうも敵さん厄介な得物持ってるみたいっすねぇ』
「お前は適当な場所でヘリを下ろせ、それではアレの良い的だ」
『了解。向こうの射程も分かりませんからね』
ヴァイスは簡潔に返事を返すと、手頃なビルに向かってヘリを着陸させに行く。
彼が降下するのを見守ると、シグナムは今一度向き直って目標ポイントに飛んだ。
先ほどまでビルの外壁を貫いていた光はもう止んでいる、戦闘が終わったのかそれとも膠着状態に陥ったか。
どちらにせよシグナムの心に油断は無い、闘争を司る全神経・全思考を研ぎ澄まし、愛剣を握り締めて彼女は仲間の下へと急いだ。
接近するにつれて低空飛行に移行し、射撃の的にならぬよう注意する。
そして、ヴァイスが射角を有利に取れるビルの上からこちらをカバーしている事を確認すると一気にビルの中へ飛び込む。
そこで彼女を待ち受けていたのは地獄のような光景だった。
「嘘……だろう?」
思わずそんな言葉がシグナムの唇から零れ落ちる。
それは、烈火の将・剣の騎士の二つ名を持つ彼女らしからぬ気の抜けた声だった。
だが無理も無い、そこに広がる凄惨な光景、惨殺された部下の屍を前にすれば如何に歴戦のベルカ騎士とて動揺くらい生まれる。
追跡していた強盗の死体の中に混じって倒れているのはバリアジャケットを着装しデバイスを手にした首都航空隊の武装局員達の骸。
ある者は胴に大穴を開けられ、ある者は首を切断され身体を切り刻まれている。
見るも無残な部下達の変わり果てた姿にシグナムは手にした愛剣レヴァンティンの柄を痛いほど握り締めた。
そんな時、屍の山の向こうから弱弱しい声が響いた。
「ごふっ……た、隊長……」
「来てくれたんですね……」
「くっ……ご無事ですか」
振り向けば、そこには血の海の中で傷を負いながらも一命を取り留めていた数人の武装隊員がいた。
「お前たち、大丈夫か!?」
「はい……なんとか……」
「生きてます」
シグナムは息のあった部下達へと駆け寄る、彼らは身体に無数の裂傷を刻まれてはいるがかろうじて致命傷になるほど深くは無いらしい。
周囲への警戒はそのままに、彼女は息も絶え絶えになった部下の一人を抱き起こした。
「これは一体何があった? 相手は一体何者だ?」
「分かりません……突然攻撃されて……見た事もない武器でした……」
魔力を使わない質量兵器、防御障壁をガラス細工のように粉砕する程の威力を持つプラズマ砲・追尾性能を有し斬首台(ギロチン)のように易々と人体を切断する円形ナイフによる攻撃。
そして光学迷彩を駆使して神出鬼没に襲い来る異形の刃はさながら死神。その悪魔染みた猛攻に、数多の修羅場を潜り抜けた武装局員もその多くが命を散らした。
次々と武装隊の魔道師を屠った未知の敵、絶体絶命の状況だったがそんな時そこへ強盗団の銃撃が乱入。
するとその暴威は標的を武装隊から銃器を手にした犯罪者へと変更したらしく、今度は彼らと死のチェイスを始めた。
と、いうのが生き残った隊員の語る事の経緯だった。どうやらその未知の敵は局員も犯罪者も無差別に殺戮しているらしい。
今頃はシグナム達が追っていた犯罪者を血祭りに上げているのだろう。
語り終えた隊員は、先ほどの殺戮劇の様子を思い出したのかそれとも傷口からの出血の為か、少しばかり顔を青ざめさせていた。
「光学迷彩にプラズマ砲か……少なくとも我々が追っていた奴らとは別口のようだな」
「ええ、自分もそう思います」
部下の言葉にシグナムは状況を考察する。
当初の捕縛対象は既に大半が殺されているだろう、部下からも死傷者が出ている現状では任務の継続は不可能だった。
その時、またさきほどのプラズマ砲の轟音が響き渡る。衝撃にビルが揺れ、天井からチリが落ちる。
音と振動からしてこの広大な廃棄都市区画のどこか、それほど遠くない場所のようだ。
あの未知の怪物はまだここで戦闘を行っている、つまり犯人達は幾らか生きているらしい。
この事実にシグナムは意を決し、生き残った部下達に名令を下した。
「お前達は一度引け。後続の部隊と合流し速やかに撤退、本部に応援要請を出せ」
「了解しました」
「しかし、隊長はどうなさるのですか?」
「私は追跡を続ける」
「そ、そんな……いくらなんでも無茶ですよ」
「私の腕を知らん訳ではあるまい。それとも私が負けるとでも思うか?」
狼狽する部下にシグナムは闘志に満ち溢れた不敵な笑みを浴びせる。
こんな独断先行は本来するべきでないがここで引く烈火の将ではない。
相手が誰であろうが部下の命を奪われた上に捕縛対象が虐殺されるのをむざむざ黙って見ているなど騎士の名がすたると言うものだ。
「分かりました……どうかご無事で」
「お前達もな」
シグナムの言葉に部下は不承不承に頷くと、踵を返して撤退していった。
これでこの場に残ったのはシグナムとヴァイスに逃走中の犯人達そしてまだ見ぬ狩人だけ。
血の河と屍の山が織り成す広大で混沌とした一つの狩場に、狩人と騎士の二人の戦士が揃った。
△
「ちきしょう! ちきしょう!! ちきしょう!!!」
そう喚きながら、男は夜闇の支配する廃ビルの中を駆けていた。
彼の全身は血まみれで、至る所から血潮を滴らせている。それはあるいは自身の傷から流したものであり、あるいは仲間の返り血。
十分に練った計画、だが成功する筈だった銀行強盗は上手くいかず管理局の追撃を受け、その上訳の分からない化け物にまで出くわす始末だ。
仲間のほとんどはあの化け物、透明な怪物に殺され手にした銃はとっくに弾切れ、さながら悪夢のような状況に男はひたすら悪態を吐く。
「糞っ! 糞っ!! どうしてこんな事になんだ!? 本当なら今頃札束の上で酒と女を楽しんでる筈だろ? それがこんな……糞ったれが!!」
逃げ惑いながら口汚く運命を罵る、今男にできるのはそれくらいだった。
男のダミ声はこんな静寂に包まれたビルの中で良く響く、それは狩人の追跡を引き寄せる効果しかないが今の彼に冷静な判断などできはしない。
そして、光学迷彩で闇に姿を隠した狩人は喚く男を赤外線サーモグラフィで観察しつつ狩り方を思案していた。
肩に装着したプラズマ・キャノンで仕留めるか、腕部に装着したリストブレードで刻むか、今日はまだ使っていない伸縮式の槍スピアで串刺すか、携帯している武器は多く選択肢は無数にある。
狩りの醍醐味、獲物を屠る瞬間に想いを馳せて狩人は武器の選択を吟味した。
相手は遁走を重ねる下種ではある、しかし今まで自分の手を逃れて生き延びた事は賞賛に値する事だ。
出来れば首を無傷で手に入れてハンティングトロフィーとして飾りたいと思う。
自然とキャノンの使用は否定される、そして狩人は腰に括りつけた武装の一つに手を伸ばした。
それは円形をした一見するとフリスビーのような物だった、だが握る為に中央にあるグリップや外周に設けられた恐ろしく鋭利な刃からそんな可愛いオモチャで無い事を伺える。
レイザー・ディスク、使用者の任意操作とAI操作により標的を切り刻む恐るべき刃の円盤。
狩人はフェイスヘルメットが記憶した周囲の地形と目標への軌道を計算し、手にした刃を投げ放った。
鋭利な刃が空気を切り裂く鋭い音が響き、レイザー・ディスクが目標の首を切り落とさんと迫る。
相手はこちらの攻撃になど気付いていない、いや、もし気付いていたとしても哀れな獲物に抗う術などありはしなかった。
あとほんの数瞬、瞬きする間に獲物の首が宙を舞う。
そんな時だった、肉を切り裂く音でなく硬質な金属音が響いたのは。
淡い緑色の魔力で形成された弾丸、高速直射式の狙撃が宙を飛ぶレイザー・ディスクを砕いたのだ。
飛来するディスクを狙撃して撃ち落す、信じられぬ精密射撃である。
狩人はフェイスヘルメットのカメラシステムを射線の先に合わせてズーム、赤外線サーモグラフィによって狙撃銃らしき武装を持った男の像が現れた。
「姐さん! 犯人確保頼みます!」
狙撃手ヴァイス・グランセニックはディスクの飛んできた方向に乱射しながらそう吼えた。
それは決して精密な狙撃と呼べるものではなかったが、弾幕を張り敵の動きを殺すのも射手の勤めである。
彼の弾幕の中を一つの影、鮮やかな緋色の髪を揺らした美しき女騎士、烈火の将シグナムが駆けた。
シグナムは血でドロドロに汚れた犯人の襟元を掴むとその場で思い切り引き倒す。アスファルトとキスした男は突然の事に素っ頓狂な悲鳴を上げて痛がった。
「ふぎゃあ! い、いてえ……」
「命があるだけありがたいと思え!」
烈火の将は凛然とした声で男に怒鳴りつけると、即座に彼が手にしていた銃を叩き落し両腕を拘束した。
こんな状況でも確保すべき犯人への対処法は忘れない。
両腕の自由を奪われた男が呻くがそんな事を気にする余裕はなかった。シグナムは男を遮蔽物に成りうる頑強そうな柱の影まで引きずっていく。
「おい、お前以外の者はどうした!? まだどこかで隠れているのか!?」
「ほ、他のヤツは皆死んじまったよぉ……残ってんのは俺だけだ……それより早くここから逃がしてくれ! このままじゃアイツに殺されちまうよぉ~」
地べたに転がった男は鼻水と小水を垂れ流しながら、シグナムに向かって情けない声で懇願した。
シグナムは、ぎゃぎゃあとうるさく喚き尿のアンモニア臭を漂わせる男に、眉間にシワを寄せて不快そうな顔をする。
「静かにしろ! それよりアイツは何者だ? サーチ魔法にもかからん上にあの武器……聞いた事も無い、お前の組織と関係があるのか!?」
「知らねえ! 俺は何も知らねえよ……本当だ、信じてくれぇ」
男の言葉に嘘は無かった。死の淵、命の瀬戸際で自分を完全に欺ける程の者はそうはいない。
やはり敵は完全に自分達の追っていた事件とは関係の無い第三者である、その確証を得てシグナムは相手の戦闘理由を予想する。
ヤツは何かの為に戦っているのではない、戦う為に戦っているのだ。
無差別に殺す対象を求める怪物、そんな相手に交渉など無意味だろう、意思疎通とて可能か怪しい。
「ヴァイス、そこから相手は見えるか?」
『見えません、奴(やっこ)さんの光学迷彩随分高性能みたいっすよ……ストームレイダーのナイトビジョン(暗視装置)じゃなかなか見つからねえ……』
ヴァイス愛用の狙撃銃型デバイス“ストームレイダー”、そのスコープは単なる光学照準装置ではない。
局の管制や他の魔道師のデバイスとリンクして周囲の映像やセンサーと組み合わせて索敵を行う事も出来る優れものだ。
夜間や暗所での戦闘を想定して可視光線を増幅する暗視装置、いわゆるスターライト・スコープとしての能力も有している。
それらをもってしても未知の敵は発見できなかった。
「クソ……さっさと顔出しやがれ……」
いつまでも見えぬ敵に苛立ち、ヴァイスは誰にも聞こえぬ悪態を吐きながらスコープ越しにビルの中を探す。
いくら光学迷彩と言っても完璧に像を消し尽くす事は不可能であり、揺らぐ陽炎のような姿を肉眼で確認することができるのだ。
狙撃手はそれを血眼で捜す。だが彼がいくら必至になったところで見つかる訳などない。
何故なら……
彼の背後にその狩人の陽炎が迫っていたのだから。
音を聞いた、何か獣が口の中でくぐもった唸り声を漏らすような音。
ヴァイスはスコープから目を離して振り返る、するとそこには陽炎のような“何か”が立っていた。
像が揺らぐその姿、まさしく光学迷彩で姿を隠した未知の敵である。
そして、ヴァイスは自分の胸に照準を合わせた三つのレーザーサイトの赤い光点に気が付く。
身体の上を舌なめずりするレーザーの意味、すなわち相手の射撃攻撃が発射されるという事だ。
ヴァイスは防御力に富む障壁を張る事などできない。彼にできるのは、ただ正確に精密に目標を狙い撃つ事だけ。
ヤツが撃つプラズマ砲を防げる筈などない、ならば彼の選択肢は限られていた。
「ちっきしょう!!」
そう叫ぶと同時にヴァイスは迷わず振り向き、今までストームレイダーを寝かせていたビルの外壁に足をかけて盛大に飛び出した。
向かう先はビルの外の十数メートル下の地面、下手をすれば骨折するがあのプラズマ砲を喰らうよりは百倍マシだ。
ヴァイスがビルから飛び降りた刹那、爆音と共に彼が一秒前まで立っていた場所がプラズマ砲で吹っ飛ぶ。
あと少しタイミングが遅れれば死んでいた、そう肝を冷やしながら空中でストームレイダーを一度待機状態に戻すと、迫り来るむき出しの地面に上手く足を向ける。
接地と同時に魔力で強化した足で五点回転着地法を行い衝撃を逃がしながら着地、そして即座にストームレイダーを再びデバイスモードに戻してビルの屋上に狙いを定めた。
「姐さん! 上だ!!」
ヴァイスがそう叫んだ瞬間、炎を纏った巨大な刃の蛇がビルの屋上を薙ぎ払った。
炎蛇の名はレヴァンティン、カートリッジをロードし連結刃となった刀身が凄まじい魔力を込めて、魔剣が狩人を狩らんと宙を駆ける。
爆音と共に標的となったビルの屋上が吹き飛び、砕け散ったコンクリートと鮮やかな炎が夜の空を舞い踊った。
“飛竜一閃”、無数の節を有する変幻自在の連結刃と化したシグナムの愛剣レヴァンティンの繰り出す絶技である。
シグナムは敵のいた場所を焼き潰すと、手首を返してしなる灼熱の鞭を元の長剣に戻した。
「ヴァイス、無事か?」
「ええ、ちょいと足にキテますけどなんとか……それはともかく、奴さんは仕留められましたか?」
「いや、手応えが無かった。寸前で避けられたようだ」
手のレヴァンティンの刀身を見つめながらシグナムはそう漏らした。その刃には蛍光色をした緑色の液体が付着している。
それが何なのか、彼女には分からなかった。だがそれこそは狩人、別の世界ではプレデターと呼ばれる異星種族の血液だった。
シグナムはレヴァンティンに付着した異様な色の血を拭いながら、拘束した犯人を指差してヴァイスに言葉をかける。
「ヴァイス、お前もそいつをヘリで護送しろ。せっかく逮捕したのが死なれては敵わん」
「ちょ! “俺は”って、姐さんはどうすんですか?」
「私は残ってヤツの相手をする」
「そ、そんな……」
相手はあまりに未知の上、単身残り戦うなど沙汰の外である。だがここで引くなど騎士の矜持にかけて出来ない。
部下を殺され、ここまで翻弄されて黙って引くなど守護騎士の将としてシグナム自身が許さなかった。
彼女一人を残して行くことにヴァイスが食い下がる、強靭なる騎士といえど女一人を残すのは男として忍びないのだろう。
だがそんな彼をシグナムは一喝した。
「良いから言うことを聞け! これは命令だぞ!」
「……了解しました」
不承不承に頷くと、ヴァイスは拘束された犯人を担いでヘリまでの退路を駆け出した。
だが途中で彼は立ち止まり、振り返ると不安そうな顔で口を開く。
「姐さん……ちゃんと生きて帰ってくださいね」
普段は陽気なヴァイスから出たとは思えないほど力ない言葉、それだけ彼がシグナムの身を案じているのだろう。
烈火の将は部下のこの言葉に対し、不敵な笑みと自信に満ちた言葉で返した。
「私を誰だと思っている?」
彼女のこの言葉に、ヴァイスはただ無言で一度頷くとそのまま去って行く。烈火の将、シグナムにここまで言われて彼女を信じぬ訳にはいかなかった。
こうして、一つの猟場で狩人と騎士、一対一の死闘の火蓋は切って落とされた。
続く。
最終更新:2008年09月18日 21:36