乾ききり、荒れた荒野を転がる光太郎を数条の熱線が追いかける。
光太郎が飛び去った地面を焼く熱線は、変身していない光太郎の体を容易く貫く威力がある。
その威力を光太郎は既に自身の身を持って体験していた。
だが二度に渡る戦いを潜り抜けた光太郎光太郎の表情は冷静だった。

スカリエッティの所に来た当初は簡単な能力チェックに過ぎなかった。
だが徐々にそれは実戦的な色合いを強めていった。
そのことを指摘する光太郎に、スカリエッティは『クライシス帝国の改造人間が何かの間違いで見つかってしまった時のために、実験に協力してほしい』
早々に光太郎の体を調べても無駄だと判断したスカリエッティは、指摘に対して逆に光太郎にそう頼んで来た。

光太郎は最初、それを断っていた。
未だに光太郎は、戦いで支払った犠牲の重さから立ち直ることが出来ていない。
それにスカリエッティが持ち出した理由は如何にも苦しく、スカリエッティの方も単に光太郎の力を見たいだけなのだと言う本心を隠そうとしなかった。
だが、ウーノ達を使い何度も頼み込んでこられると…光太郎は無碍に断る事が出来なかった。
そうして、光太郎はスカリエッティの実験に付き合うこととなり、開始してから数分が経過していた。

既に光太郎は負傷している。
実験開始直後に、反応が遅れ数本の熱線が光太郎の体を貫いていた。
まだ精神的に参ったままの光太郎は、体の動きまで鈍っていたのだ。
お陰で先日新調された光太郎の真っ白だったシャツは、無残な姿を晒している。
確実に改造されているのに、普通の人間と同じように擬態した血液が溢れ、シャツは赤黒く染まり、血を吸った砂が乾いて貼り付いて元の姿を取り戻すのは不可能であろう。

だが光太郎の心身は、一時的に本来の姿を取り戻そうとしていた。

髪と服に入り込む砂を零しながら光太郎は転がり、横に飛び土煙の中を走り抜けていく。
そうして、一度に放たれる数と次が放たれるまでの間隔を計るふりをする。

光太郎は視線を四方へ世話しなく動かしながら、迷っていた。

(このまま素直に協力していていいのか?)

機動兵器を排除する為に動き始めた光太郎の脳裏に、急にそんな考えが湧き上がっていた。
ただの建前に過ぎないが、グランシス帝国の改造人間が現れた時の為にデータが欲しいという事情は、光太郎にも分からないでもない。
という事は、この姿で戦って見せても彼らがクライシス帝国と戦う時に必要なデータは全く集まらないことになる。

むしろ、無い方がいい位だと言ってもいいだろう。
だが、自分から相手を裏切ることに罪悪感も感じても、それでも光太郎はまだ変身する気にはならなかった。

一見友好的ななスカリエッティが信用できない。
たかがそれだけのことが、変身をするかどうかの判断を決めかねさせていた。
その間にも機械兵器のアームケーブルが伸び、先端に付いたアンカーが風を切って襲い掛かってくる。

光太郎は、人間の姿のまま勝負を決めることを決断した。
倒すだけなら変身するまでもない…光太郎は機械兵器との距離を確実に詰め、唯一の武器である拳を突き出す。
改造される前に習い覚えた空手の突きは、熱線を放とうとしていた機体正面の黄色い、センサー状のパーツを貫き通す。

戸惑うことを知らぬ異世界の機械兵器は尚も反撃に転じた獲物を殺すべく射線を確保しようと移動していく。
それに応じて、光太郎も拳に貫かれ壊れかけた機械兵器を盾に動き回る。
光太郎はゆっくり二体目を撃破しにかかった。

…そんな光太郎を、検査の場合と同じくスカリエッティはモニター越しに観察していた。

「見たまえ、(初めて見る皆達の為に説明するが)彼が例の検査不可能なクライシス帝国の改造人間だ」
「ドクターでも無理だったんですか?」
「ああ、素晴らしい隠蔽技術だ。手を尽くしてみたが、困ったものだよ。まるで普通の人間のようだ」

困っているどころか実に楽しそうに言うスカリエッティに、複雑な顔でモニターを見つめていたチンクが尋ねた。

「ドクター、彼のスペックは?」
「君達よりは全体的に高めだが、それだけだな。ISもない…まぁこれだけのステルス能力はそれだけで価値があるがね」

何人かはそれを聞いて内心首を傾げた。
彼女らの目には、光太郎は彼女らの生みの親がわざわざ姉妹を集めて見物するほどの物ではないように映っていた。
浮かんだ疑問をウーノが口に出そうとした瞬間新たに一つ、大きな通信画面が開いた。
光太郎の映るモニターと同じく、砂埃の舞う荒野を背景にしてクアットロが顔を出す。

「えー? ドクター、みんな呼び出しておいてそれだけなんですかぁ~?」

話を聞いていたらしく、クアットロはおどけた仕草で口元を手で隠す。
彼女が愛用する伊達メガネのレンズが強い日差しを反射し、スカリエッティ達からはその表情は窺えなかった。
だが詰まらなさそうな言葉の端々でクアットロが嘲笑っているのは明白だった。

「キモッ!!、IS無しで許されるのは人造魔導師までよねぇー。ねぇチンクちゃん、あなたもそう思わない?」

嫌らしい笑みを手で隠したクアットロはガジェットの放つ熱線をかわし、距離を詰めて殴り壊す光太郎を嘲う。
ガジェットを素手で倒す程度の能力はあるようだが、異世界の改造人間である光太郎を彼女は見下していた。
ISもなくガジェットとの距離を詰め、的確にガジェットの急所を拳で貫き一機撃破するしかない光太郎を実に楽しそうに見ている。

「クロスレンジの能力は高い」

一つしかない目でその動きを眺めていたチンクは冷静な口調で姉に返事を返す。
返事を聞いたクアットロはチンクに含みのある笑みを一瞬向けた。
それに顔を顰め、チンクはナンバー3トーレへと目で意見を求める。
ナンバーズの実戦リーダーであるトーレは実戦経験も多く、光太郎の能力を正確に評価できる。
自分に同意してくれるはずと期待しての行為だったが、トーレは素っ気無い口調で「だがそれだけだな」と答えた。
身体能力で上回るものがあろうと、彼女らのISと比べられる程の物には彼女には見えなかった。

「皆、結論を急いではいけないな。次はもっと大量にだして見よう。どのくらいいけるか試して見ようじゃないか」

そう言って、スカリエッティは会話を止めると多数のガジェットを光太郎の側へ送り出す。

だがそれから…ガジェットと格闘を行う光太郎を見て10分もすると、スカリエッティの顔からは笑みが消えていた。
光太郎の戦い方は近接戦闘を行うナンバーズの参考にはなるかもしれないが、そんなもの見せられても研究者であるスカリエッティが面白いはずも無い。

数を増やし逃げ回るだけになっても、光太郎はどこからか武装を出すわけでもない。
光太郎の焦りの無さも気に入らなかった。
光太郎は傷を負っているが、そんな状況であってもスカリエッティの素人目にも動じた様子は微塵も感じられなかった。

「フム、期待はずれだったかな…」

スカリエッティの呟きが光太郎と彼の作り出したガジェットが生み出す騒音に紛れて消えた。

あの眼差し。
(ちょっと勘が鋭すぎるが)お人好しの間抜けな青年が向けてくる、スカリエッティ達を見るあの眼差しはモニターの中でも何ら変わりない。
その目の奥にある輝きも…あの、黒い瞳の奥で時折光る火花も変わりはない。

信頼するウーノにさえ言っていない(最もウーノはウーノ独自のスカリエッティ観察眼によって何か気付いているのかもしれないが)、
今はまだスカリエッティだけが気付いている閃光に、スカリエッティは科学者らしくもなく、何か神秘的で、とてつもなく危険なものを直感的に感じた。
それだけでなく、その直感を理由もなく信じていた。

スカリエッティがその火花に気付いたのは、光太郎の体を隅々まで検査し何もわからないでいる時だった。

光太郎の持つ雰囲気、その一挙手一投足。
光太郎の肉体が、素人はおろかスカリエッティの目にも普通の人間の細胞の一つ、血液の一滴にしか見えないサンプルが、何かを。
何かを、異端だが紛れも無い天才であるスカリエッティに訴えかけ、スカリエッティに何度も何度も見直させていた。
そんなある日、スカリエッティは検査を行った後光太郎に幾つかの質問を行った。その一つに答える光太郎と目が合った瞬間だった。

その瞬間、研究の為に訪れたある世界での体験で味わった感覚が去来した。
全く気象を気にせず出かけたせいで、偶然皆既日食を体験した時のような、言い表せない感情が稲妻となってスカリエッティの体を突き抜けたのだ。

光太郎は何か切り札を隠し持っている―スカリエッティはその感覚の原因をそう考えた。

だが今、実験開始直後は激しく燃えるきらめきに、わけもなく胸を躍らせていたスカリエッティはモニターを見上げて拍子抜けしていた。
日曜の朝テレビの前である番組が始まるのを待つ子供と大差ない気持ちで、古代ベルカの機械兵器を基に作り出したカプセル型の機械兵器と戦う光太郎を見始めただけに落胆は大きかった。

クライシスの改造人間達と同等以上の光太郎の戦闘データを得たいというのは事実だが、そんなのは、ただのつまらない作業だ。
機械兵器と対峙させれば、隠している何かを見られるのではないかと期待したからナンバーズを集めてみたが、これではただ泥臭いだけ。
必死に戦う様が美しいとか言う輩もいるらしいが、スカリエッティにそんな趣味は無かった。

ため息混じりにデータも大体取り終え、光太郎の肉体のスペックは計り終えたのを確認したスカリエッティは、今はどうすれば面白いデータが取れるか、この落胆が薄まるかを考え始める。
こんな下らないデータを得る為に無駄な時間を過ごしたのかと、多少苛立ちも沸いていた。
だが、この程度の危機では切り札を隠し通すつもりなのかもしれない…リスクはあるがスカリエッティは、破棄も止むなしと決定した。

「これ以上やらせても意味がない………」

計りながら作成していたスペック表をざっと眺め、彼は光太郎から少し離れた場所で待機している娘達を見る。

「ディエチ、君のイノーメスカノンで彼を狙撃してくれないか?」
「ドクターったらひっどぉーぃい!もう壊しちゃう気なんですかぁ!?」

頼んだディエチより先にクアットロが砂に塗れながら無邪気に笑う。
嗜虐心に輝いた目は、クアットロのいる場所から微かに見える小さな点へと向けられた。

「まだ巻き込むけど…?」

そしてモニターの枠の外で、砂に塗れながら待機していたナンバー10 ディエチの声が返ってきた。
念には念をと、スカリエッティの指示でクアットロと隠れていたディエチは、目の中に埋め込まれた機械を作動させ照準を合わせていた。
レーダーや電子システムさえも惑わすクアットロのIS、シルバーカーテンで姿を隠し光太郎の動きを観察していたディエチは消極的だった。
ロングヘアーを後ろで縛った頭を振り、髪の毛に入り込んだ砂を振り払う。
茶化すクアットロと平然と先日まで愛想良く会話をした相手を撃てと言うスカリエッティに、微かに表情が歪んでいた。

「構わないさ。それはそれでイノーメスカノンの良いデータになる。もういいからさっさと片付けてしまってくれ」

笑みを浮かべたスカリエッティは戦い続ける光太郎へと、表情とは裏腹に感情のない視線を送っていた。
そんなスカリエッティを見たディエチは即座に横に置いていた固有武装『イノーメスカノン』を手に取った。
大きな無反動砲のようなそれを抱え、狙撃体勢を作る間に微かに表情に出ていた不満はすっかりとなりを潜めていた。

だが、姉妹達の中でディエチと組むことが多いクアットロは、騙されている光太郎を狙撃することにディエチが納得していないことに気付き、「お馬鹿なディエチちゃん」と小さく零した。
幸いその呟きも、イノーメスカノンの駆動音に紛れてディエチの耳には入らなかった。

優秀な狙撃手であり、つい今しがたまでゆっくりと観察していたディエチには、相変わらず機械兵器群と格闘を繰り返す光太郎を狙撃することは容易いことだった。

クライシス帝国の怪人が流れ着いた時の為のデータ取りなんて適当な言葉に騙され、葬り去られようとする光太郎に同情が募るが…この距離なら、光太郎は何も気付かず気付いた時にはイノーメスカノンのエネルギー弾に潰されている。
それが不幸中の幸いかもしれないと彼女は考えた。

ディエチの先天固有技能『ヘヴィバレル』がディエチのエネルギーを変換していく。
そして精神を研ぎ澄まし、遠くに映る小さな的へと照準を合わせた彼女は、不意に光太郎と目が合った。
驚いたものの、ディエチは構わず引き金を引く。赤い光の束がイノーメスカノンから発射された。

狙い違わず、エネルギー弾は光太郎に着弾し、ガジェット達も巻き添えにして大きな爆発を起こす。

「ふふふ、証拠隠滅まで完了よね」
「…黙って。まだ生きてる」

ディエチは警戒を解かず、着弾点を睨みつける。
脳裏に自分をはっきりと見ていた光太郎の目が焼きつき、自分でも気付かぬ内に微かに青くなるディエチと、妹の臆病な態度に呆れるクアットロの視線の先で着弾地点の煙が晴れていく。

「あっらー…なんだかもっとキモくなってなぁ~い? ドクター、どうしましょうか?」

唖然としてクアットロが言う。
煙の中で光る感情の感じられぬ赤い目が、ディエチを見つめていた。
やがて…近くにいたガジェットを破片も残さず粉微塵にし、離れていたガジェットの破片が散らばる荒地に立ち上っていた煙の殆どが消える。

姿が完全に見えた。

『っクっクっクッ…はは、はははははははは!!』

スカリエッティの笑い声が響く。
煙が晴れた砂埃舞う大地に光太郎の姿は無い。
光太郎の立っていた場所には、光さえ飲み込むような黒い…バッタに似たフォルムを持つ長身の怪人が立っていた。
黒い体に深い緑色の腿と二の腕…そして、胸に刻まれた紋章「R……X?」男の全く損傷の無い四肢が微かに蠢き、残っていた煙が薙ぎ払われる。
煙が完全に晴れたお陰で、体中が煤け、着弾したらしい部分の色が微かに変化しているのが見えた。

だが、恐らくは損傷の為に色が変化したその部分も見る間に美しい緑色へ戻っていく。

あれ?っとディエチが自分の目を疑い瞬きをする。
だが何度瞬きをしても緑色の皮膚にはもう、傷一つ見当たらなかった。

『はははははははは! ウーノ! 光太郎に回線を開いてくれ。二人には聞こえないようにね』

自分に聞こえないようになどと言うスカリエッティにディエチは抗議したが、スカリエッティは鼻歌を歌いだしそうな上機嫌さで光太郎に通信を開いた。
画面に映った光太郎は、整った顔立ちをした青年ではなく…黒い肌赤く輝く昆虫そっくりの複眼が映った。
触覚もついているのを見て本格的だなと、スカリエッティがほぅ、と興味深げに呟いた。

『光太郎。新たな目標として試作機を出したんだが、見えるかい?』
『…見えないが、居場所はわかる』

満面の笑みのまま、スカリエッティはさも申し訳ないといった態度を装おうとして謝罪を口にした。

『あぁすまない…!どうやら暴走してしまったらしい。破壊してくれ』…ディエチには聞かせずに交わす言葉に、ナンバーズ達の表情も青褪める。
『……お前の作った戦闘機人じゃないのか』
『いやいや心配はいらない。人型だが、さっきまでの機械兵器と何も変わらないことは私が保証しよう』

チンクらと同じような存在ではないのかと気にする光太郎とそれでも問題ないと考えるスカリエッティ。
二人の視線が交差した。

『本当だな?』
『こんな嘘をつく必要などないだろう?』…スカリエッティは通信を切り、勢いよく白衣を翻して振り向いた。

『よし、これでRX?の攻撃データを得られるぞ。ウーノ準備はいいかね?』と彼は上機嫌に言った。

その間ずっとバッタ怪人は、ディエチを見ていた…
通信が切れたのと時を同じくして―ゆっくりと近づき始めていた怪人は、何も言わず走り出す。
ただ走っているだけのようだが、速度はそこいらの魔導師の飛行呪文や車よりも速い。土煙をあげながら、大きくなっていく標的からディエチは目を逸らした。
何も知らないディエチが慌ててスカリエッティに尋ねた。

「え? ド、ドクター…ど、どうするの!?」
『ん?…え?……ああ、! そうだね。近頃流行の管理局のエースオブエースを見習って、全力全壊というのはどうかな?』

スカリエッティ自身はやけに素早い赤い複眼の怪人に迫られて無いからか、ディエチの耳にはドクターの声は寧ろ先程までより楽しそうに聞こえた。
だが彼女らにはそれまで、スカリエッティの言動に疑念を持ったりすることもなければ、反対することもなかった。
彼女は素直に大砲を構えなおした。
長距離から狙撃を行ったお陰で、チャージする時間はある…しかし、距離を詰めてくるバッタ怪人から受ける本能的な恐怖にディエチの精神力は減衰していた。
そんなディエチに生理的に受け付けないのか、視線を逸らしたクアットロが言う。

「ディエチちゃん、急がないと取って食べられちゃうわよぉ。ドクターの仰るとおり、全力全開でさっさと壊しちゃいましょう?」
「う、うん」

スカリエッティの命令と嫌悪感たっぷりのクアットロの声に背中を押されたディエチは素直に照準を合わせ、もう一度引き金を引く。
着弾…だが、だがすぐにバッタ男は煙の中から無傷で出てきた。

いやよく見ると、着弾した部分が煤けているしどことなく怒っているような気がした。
二度目の砲撃で二人の位置を掴んだのかその足は真っ直ぐディエチへと向かっていた。

「ちょ、ちょっとドクター!? これって本当にAランク並の威力出てるんですかぁ!?」

ヒステリックに叫ぶ姉に、生みの親は安全な場所で小躍りしながら視線を向けようともしなかった。

「うん、それは間違い『勿論それは間違いない。改良の余地はあるが測定データもちゃんとそれに見合う値を示しているよ。ほぅ…先ほどよりもダメージは少ないようだが、もしかしてもう耐久力が増したのかな? ウーノ、データは取っているだろうね』
『勿論ですわ』

迫ってくるバッタ男を見た瞬間から恐怖に駆られていたディエチは、暢気な創造主達の会話を聞いてイノーメスカノンを投げ捨てた。
一番上の姉の口調がどこか得意げだったのが腹立たしかったが、そんな余裕はディエチにはなかった。
迫り来る得体の知れない存在への恐怖が、スカリエッティに作り出された彼女の体を支配し、飛行能力のないディエチは飛行能力を持つクアットロの体へとしがみ付いた。
『二人とも逃げろ! 姉が行くまでなんとか生き延びるんだ!』

我に返った姉の一人が何か叫んでいるのが耳に届き、クアットロの体が宙に浮いた。

『おお、! 足も速い…皆、ここを見てくれ。時速にして約300にまで到達したぞ』

大砲を捨て、その場を放棄したディエチは姉に言われるまでも無く全速力で走り出していた。
だが、バッタ男はもっと速く…二人の移動に気付いたのか鮮血の色に光る複眼が、空へと舞い上がった二人に向けられていた。

「ド、ドクター!? 助けてくださいッ!!」
『フフフ、いいぞ!! 面白くなってきた。これならいくら調べても中身がわからないのも頷ける…映像から再度データを検証しなおそうじゃないか!』

二人がスカリエッティの笑い声に絶望し、バッタ男が追いついた瞬間…バッタ男の前に通信画面が開いた。

『待ってくれ光太郎! すまない、今のはちょっとしたドクターの悪ふざけなんだ』

モニターに映っているのはチンクだった。
その背後に腹を押さえて、くの字になって床に転がるスカリエッティと、介抱するウーノの姿が見えたが誰も気にしなかった。

「ふざけるなッ、変身してなかったら怪我じゃすまないところだったぞ!」

スカリエッティや世話役のチンクも初めて聞く怒声に、妹思いなナンバーズから一撃食らって床に転がっていたスカリエッティは満面の笑みで光太郎を見上げた。

『変『悪かった。それについては謝ろう、本当にすまない…ドクター、貴方からも謝ってください』
『あぁそうだね、すまない。君の反射神経もチェックしたくてね。だからせめて弱い設定にしておいたんだが、必要なかったかな? 君のその姿について教えておいてくれれば、他のやり方もあったんだけどねぇ…?』

好奇心に胸を満たされ、恐怖や相手に対する配慮などどこかに置き忘れてしまった創造主を見てナンバーズ達は皆「これが無ければ…」と零した。

ディエチも思わず、「光太郎さん、嘘です。信じちゃダメです。」と目で訴えかけた程だ。
だが当の光太郎は、「全く、もう少し考えてくれ」と不満を零すだけだった。

迎えをやる。
そういわれた光太郎達は、多少気まずい空気を残しながら、砂塵の舞う荒野に暫く残されることになった。

光太郎は何も言わず、変身を解くこともない。
自分が襲いかかろうとしていた二人から目を放し、照りつける太陽と雲ひとつ見えない空を見つめていた。
空の色は緑がかっていて、ここが地球ではないことを光太郎に突きつけていた。

光太郎は気にしていない風を装おうとしながら、内心冷や汗をかいていた。
嫌な予感は消えてはいない。
裏づけとなる客観的な理由はないが、スカリエッティに変身した姿を晒したのは間違いだったのではないか…と感じている。
だが実際、生身なら今の砲撃は耐えられなかった。

変身させられたせいでこの姿のデータも奴は取りたがるだろう。
協力することは約束したのだから、最初から見せるのが筋だったのだろう。
だが…嫌な予感がする。

それに以前の光太郎なら、もっとダメージを追っていたのではないかと思う。
狙われている事に気付きそのエネルギー弾がかなりの高エネルギーである事を察知した時、"不思議なこと"が起こったのかもしれない。
以前はもっともっと追い詰められなければ、こんなことはなかった。

(俺の体は、魔法に対して神経質になっているのか?)

胸に浮かんだその考えは、スカリエッティへの追求を弱めていた。

(それに撃たれる直前…スカリエッティ達の声が聞こえたような?)

念話の存在を知らない光太郎は不思議がりながら宙へ浮かぶ二人の足元へと向かっていく。
二人を光太郎が殺そうとしているに気にも留めないとは、光太郎は考えなかった。

ここに連れてこられた時のように、転送魔法によってスカリエッティの研究所へと戻るなら二人と一緒にだろうと近寄ってきた光太郎に…悲鳴が上がった。
宙に浮かぶクアットロは黒い物体を発見したかのように頬を引きつらせて離れていく。

それに気付いた光太郎は無言で足を止める。
RXの姿になっているせいだとはわかったが、新調した服は駄目になってしまった光太郎は変身を解除することもできない。
迎えを待つ間、三人の間にはより気まずい空気が流れていた。

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最終更新:2010年01月26日 23:11