「彼とルーテシア達を会わせてはいけない」

無駄な物はおろか物自体が殆どない研究室の中央で、集めたデータを解析していたスカリエッティは白衣から伸びた腕を、指先をせわしなく動かしながら、傍らの美女に言った。
青紫の髪に、金色の瞳。彼の特徴を色濃く受け継いだ最初の作品"ウーノ"は冷めた目で創造主を見つめた。
光太郎を変身させてから更に数日が過ぎていた。

今度こそ光太郎の、クライシス帝国の改造人間と同等以上の性能のデータをスカリエッティは熱心に行っている。
今日も朝から光太郎に変身してもらい、その場でジャンプさせたり走ってもらったり、あるいはこの世界の武器を使わせてみたりと、様々な実験が行われた。

「それは、光太郎が知ったら暴れだすからでしょうか?」
「暴れる? いやいや、」

長年の助手の言葉を鼻で笑い、スカリエッティは両腕を広げ、天井へと手を伸ばした。
スカリエッティの指示で、無機質な光源から太陽光と同じ成分の光を放つ物へと変えられた―光をスカリエッティは仰いだ。

「彼のことだ。我々を皆殺しにするかもしれない」

愉しそうに言うスカリエッティに困惑を表に出したウーノは、手元に表示される画面へと目を落とした。
もうドクターの悪い言い方をすれば変態趣味には慣れていたが、スカリエッティがなぜそんなに嬉しそうに言うのかが理解できない。

「ドクター、一つお伺いしてもよろしいですか?」
「なんだい?」
「ドクターが、どうしてそんなに喜んでおられるのか私には分かりかねますわ」

取得したデータを解析するスカリエッティの傍らでデータの整理などを行っていたウーノはその殆ど全てのデータを見ることができた。
いや、数値に変えて見る必要もないほど記録された黒曜石を思わせる外皮を纏う怪物は圧倒的だった。
記録された光太郎=RXの姿は意外なほどスマートだ。
バッタをモチーフにしたらしい高身長かつ、鎧の様な外皮を持つ手足は長くて、一見細身に見える。
だが光太郎は単純な早さだけを言っても、ウーノの妹の一人であるトーレのISに迫る数値を早さで走り抜け、外皮もディエチの砲撃を受けても意に返さない耐久力を持ち…何より恐ろしいまでの破壊力を内に秘めていた。

はっきり言ってしまうと、現状のウーノ達では正面からでは相手にならないほどだと一目で分かる。
辛うじて単純な早さでは姉妹の中では最速のトーレが上回っているが、トーレは遠距離よりも接近戦を得意とする。
接近すれば、光太郎はトーレをカウンターで粉々にしてしまうだろう。
そんな手合いだということをスカリエッティが理解していないはずはないのだが、光太郎の変身した姿を見てからスカリエッティはウーノの目から見ても異常なほど機嫌が良かった。

今も、鼻で笑う直前、スカリエッティはウーノが質問したこと自体が変なことだとでも思っているのか、目を丸くしていた。
光へと手を伸ばすのを止めたスカリエッティは喜悦で輝く目を変身した光太郎の姿が映るモニターへと転じた。

「私は自然と科学が融合しているモノにグッと来るのさ。光太郎に施された改造は自然に対する畏敬の念を感じる…」

そう言って、スカリエッティは困惑するウーノを見た。

「私と方向性に違いはあるが……彼の製作者には私と同じ愛を感じずにはいられない」
「私は彼のようにされなくて大変感謝していますわ」
「おや? それは残念だ。彼を参考に変身機能を新たに加えようかと思っていたのだが」
「絶対やめてください。流石のあの子達も泣いてしまいますわ」

ふむ…と呟いてスカリエッティは肩を竦めた。
変身途中の、醜悪な姿を見ているにも関わらず、スカリエッティはウーノ達が嫌がるとは露とも考えていなかったらしい。
スカリエッティの様子からそれを感じ取ったウーノは、青白くなって体を硬直させた。
これまで聞いたことがなかった、うっとりとうわ言めいて聞こえる創造主の口調に困惑から戻りつつあるウーノの顔は、胸中から噴出した嫌悪感に覆われていた。

冗談ではない…!
最良の味方となるか、最悪の敵となるか。
それまで、ウーノは光太郎との関係はそのどちらにするか最終的な判断は下していなかった。
だがそのスカリエッティの態度を見て、ウーノは光太郎を敵とすることを心に決めた。

「ドクター、やはり…彼を処分することを進言します」
「ほぅ…何故だね」
「危険すぎます。彼は決してドクターと相容れないタイプの人間です」
「それがいいんじゃないか!」そうだからこそ焦がれているのだと言わんばかりに、スカリエッティは芝居がかった口調でいい、熱い視線を映像に映る黒いバッタ男に向けた。

スカリエッティはウーノの考えを全く気付こうともせずに、楽しそうに研究に戻っていた。
光太郎にデバイスを持たせてみたらどうなるか真剣に考えているらしく取得したデータを整理しながら、魔導師の杖『デバイス』の設計図を引いていく。
高価なパーツを惜しげもなく使おうとしているスカリエッティに、ウーノの表情は曇っていく。
対照的な表情で作業を進めていたスカリエッティの手がまた停止した。

「あぁそうだ。ウーノ、スポンサーにお願いしていたプロモが届いたのだが…光太郎は今どこかな?」
「クアットロからの報告によれば、トレーニング中です」
「ほぅ…?」

興味深げにスカリエッティが言うと、間をおかずにウーノが光太郎がいる部屋を幾つか表示させた。
光太郎は動きやすい、スカリエッティがナンバーズ用に開発した服と同じ素材で作った肌着と羞恥心に負けてズボンを履いている。
腕立て伏せをする光太郎の背中には、先日光太郎が戦ったカプセル型の機動兵器が本来は敵を捕縛する為の魔法、バインドで括り付けられていた。
更にその上で…足を組んだクアットロがあくびをしているのを見てスカリエッティは少し噴出した。

その傍では、チンクがルームランナーの上で走っていたり、任務を与えていなかったウェンディも光太郎の様子を口を開けて眺めているようだ。

「ドクターも一緒になさいますか?」
「いやいや、遠慮しておこう」

そこは元々は、スカリエッティがウーノに対して持つ幾つかの不満点の最たるものを具現化した部屋だった。
研究をする為の場所とはいえ、スカリエッティは生身の人間。
使わなければ衰えていく肉体を維持すること、ストレスの解消等運動を行った方が良いというのが彼女の考えで、その為にいつの間にか作られてしまった。
スケジュールにも加えられ、スカリエッティもその部屋には週3回は通わされている。
自分が使っているものと同じ機械を使っているとは思えない速さで動いているルームランナーを極力見ないようにしながら、スカリエッティは光太郎の様子を観察し始めた。

 *

ウーノが仮面ライダーになった妹達の姿を想像し拳を握り締めていた頃。
光太郎はチンクと、何故かその日はクアットロにまで付き添われながら体を動かしていた。
ついでに体を動かしていたチンクは、光太郎の上に乗った機動兵器の更に上で足を組むクアットロに片方が眼帯に閉ざされ一つしかない目を向けた。

「…お前がいるなんて珍しいな」
「私も嫌だったんだけどぉ、ウーノ姉様にお願いされちゃって…一緒に監視しなさいって」
「監視…?」

クアットロは顎で自分の下。黙々と腕立て伏せをする光太郎を示す。
自分の能力が疑われたような気がして、チンクは不満げな顔を見せた。

「私一人では不十分だと…いや、すまない。これは姉上に直接尋ねることだな」

はぁ、とチンクはため息をつくと走るのを止めた。
姉達の会話を他所に、ウェンディは黙々と姉の下で腕を曲げ伸ばしする光太郎に声をかけた。

「光太郎さん。ちょっと質問があるッス」
「…なん、だい?」

顎から汗を落としながら、光太郎は少し苦しげな顔をウェンディに向けた。
ウェンディはその横に行って屈むと好奇心で光る目をして、光太郎に聞いた。

「光太郎さんって全身改造された改造人間なんッスよね? 体鍛えて意味あるんッスか?」

ウェンディも強化され、機械を埋め込まれた肉体を持っているが、鍛えることは出来る。
だが、光太郎の肉体はスカリエッティの技術とは完全に異なる技術で全身を改造されていると、ウェンディは聞かされていた。
創造主の言葉を無条件に信じてはいたが、先日それを怪物の姿になるという信じられない方法で見せ付けられ、ウェンディは光太郎に興味を持つようになっていた。

「確かに、俺の筋肉は人口的なものだ。だけど、…鍛えれば鍛えるほど、強くしなやかになる」

命を懸けた特訓を行い、改造された肉体に設定された限界を超え戦い続ける先輩達の姿を思い浮かべながら光太郎は答えた。
返事を返した光太郎は自分の上に乗ったクアットロに呼びかける。

「クアットロ! ありがとう、そろそろ降りてくれ!」
「はぁい」

詰まらなさそうに返事をし、クアットロが光太郎の背中から飛び降りる。
バインドも解除され、自由になった機動兵器が退いてから、光太郎は立ち上がった。
光太郎を極力見ないようにしながら、クアットロが提案する。
ウーノの言いつけでかれこれ何時間かつき合わされていたクアットロはうんざりしているようだった。

「じゃあそろそろお風呂にでも…」
「それなら、先に行っててくれないか。俺はもう少し体を動かしておきたい」
「まだやる気なの?」

汚いものでも見るように眼を細めるクアットロに頷き、光太郎は離れていく。

「ああ」

トーレ達が模擬戦闘も行えるよう広く取られた部屋の隅に、申し訳程度に置かれていたスカリエッティ用の運動器具から離れ構えを取る。
うんざりした顔のクアットロを無視して、空手を基にした型を光太郎は黙々となぞっていく。
ウーノからの言いつけで、一時間以上前に同じ事をするのを見ていたクアットロは心底疲れたようにため息をついた。

「ウェンディちゃん、貴方代わってくれないかしら?」
「クアットロ。自分が嫌な仕事を妹に押し付けるなんて、感心しないぞ」
「いいッスよチンク姉。あたしもまだここにいるッスから」
「そうよね! 本当ウェンディちゃんはいい子で助かるわ」

仕事を押し付けて、晴れ晴れとした顔で部屋を出て行くクアットロをチンクは不満げな顔で見送り、ウェンディに謝る。

「すまないな」
「あたしはノーヴェみたいに光太郎さんが苦手って事もないッスから。何ならチンク姉も休憩してきていいッスよ?」

妹からの提案にチンクは困ったように眉を寄せた。

「姉が妹に仕事を押し付けるわけにはいかないさ…ノーヴェは光太郎が苦手なのか?」
「んー? なんか、顔赤くしてどっか行っちゃったッス」
「変だな…二人の間に何かあったか?」

釈然としない返事にチンクは首を傾げた。
チンクはできれば光太郎と姉妹達が仲良くなればいいと思っていた。
漂流者であり、自分の意思とは関係なく改造された人間である光太郎にチンクは同情しているからだ。
世話をする内に情が移ったといわれればそれまでだが、創造主であるスカリエッティも好意的な態度を見せていることだし、このまま自発的にここにのこるようになればよいと思ってた。

「さあ…? あたしにはよくわかんないッス」

これ以上は本人に尋ねるしかないらしい。
チンクはそれ以上深く尋ねはしなかった。

教育を担当したノーヴェのことはある程度は理解しているつもりだった。
だから変身した姿が生理的に受け付けないらしいクアットロとは違うと断言することは出来たが…思い当たる節はなかった。
スカリエッティから世話役と監視役を命じられ、姉妹達の中では光太郎と最も長く一緒にいるが、二人は余り顔を会わせたこともない。

「私の知らないところで何かあったとも思えないが…」

呟いてチンクは考え込む。
ノーヴェも光太郎も周りが普段考えているよりもデリケートなところがある。
特に光太郎は、戦っていた時に何かあったのか、一人になると思いつめたような顔でジッとしているらしい。
彼女が姉のウーノから聞いている話では、光太郎の方も持っている情報を全て打ち明けたわけではないので詳しくはわからないが。

加えて、光太郎に与えられている彼女達の情報は極僅かだ。
まだ管理世界の一般的な事柄についても知らない光太郎に教えても仕方がないと言うこともあるが、スカリエッティが自分の楽しみとして口止めをしている。
それらのせいで軽い行き違いがあったのかもしれない、とチンクは考えた。

「チンク姉、どうかしたッスか?」
「スマン、考え事をしていた」

チンクは慌てて首を振ると、呼吸を整えている光太郎に呼びかける。

「光太郎ッもういいか!」
「え? あ、ああ…」
「ではもう行くぞ」

チンクはそう言うと二人に背中を向けて歩き出す。
ウェンディもその後に続いて歩き出し、三人は風呂場へ足を向けた。

「二人は先に行っててくれないか? 俺はそれより先に何か飲みに「洗浄してこい」
「べ、別にいいだろ。風呂は寝る前にでも…「ちょっと臭うッス」

二人から冷たく言われ、光太郎は顔を顰めて黙り込む。
確かに汗はかいているのはわかるが流した水分を補給しい光太郎は、納得の行かない顔で後に続いた。
姉のウーノが放っておいたら研究室に篭りっぱなしのスカリエッティの衛生管理に手を焼く様を見て過ごしてきたせいか二人は存外に綺麗好きで、この手の話で譲ることはないからだった。
特に目印もない殺風景な通路を三人は無言で歩いていく。

『光太郎、少しいいかね』
「なんだ? 悪いが今日はもう実験に付き合うのは勘弁してくれよ」

無言で風呂場に向かうのに、辟易していた光太郎は警戒心から表情を引き締めて足を止めた。
目の前に現れた画面の中でクアットロそっくりの笑みを浮かべたスカリエッティは言う。
先を歩いていた二人も足を止めて、スカリエッティの言葉を待った。

『君に見せたいものがあるんだ。後で私の部屋に来てくれ』
「……わかった。すぐに行く」

頷く光太郎にチンクとウェンディは揃って咎めるような目をした。
誤魔化すような笑顔を作る光太郎に、スカリエッティも一人満足そうに頷き、通信を切る。
だが、切れたと思った瞬間、新たな通信画面が光太郎の目の前に開く。
今度は、スカリエッティではなく、同じ部屋にいたウーノからだった。
ウーノはすぐには何も言わず、光太郎の服装と妹達の顔を見てから口を開いた。

『光太郎。貴方、今まで運動をしていたはずですけど、お風呂は?』

答えをわかっていて尋ねるウーノの口調は冷たいものだった。

「…今からだ」
『わかりました』

ばつが悪そうに言う光太郎に、ウーノはため息をついて言う。

『では一時間後にこちらに来てください。ドクター、それでも構いませんね?』
『ん? あ…う、む。構わないよ?』
『では後ほど。飲み物を用意してお待ちしていますわ』

一方的に話を進めてウーノは通信を切った。
姉の手際に、チンクが感心したように頷いているのを見て光太郎は少し肩を落とした。
それを見たクアットロが鼻で笑い、改めて歩き出す。

程なくして着いた風呂場では、ウーノにより脱衣所には新しい服が用意されていた。
恐らくは入浴後の飲み物も脱衣所の隅に設置された冷蔵庫の中に入っているのだろう。
無頓着なスカリエッティの為に調べられ、普通に発注するわけにも行かずに機械の手で作られた無駄に広い浴場で光太郎はため息混じりに服を脱いでいった。

流石に男湯と女湯を分けてはいなかったが、小さな銭湯程度の広さはある風呂場から上がってくる湯気と聞こえてくる水の流れる音に急かされ、タオル片手に歩き出す。
この後、待たせているナンバーズの二人も入るのだろうと、(物によって洗い方が違うらしい)複数の自動洗濯機に脱いだ服を分けて投げ込んだ光太郎は、風呂場に入っていった。

だが源泉掛け流しの湯船には向かわず、十二、三個ほど並んだシャワーの一つへとその足は向けられた。その後ろで、扉が閉まる音がする。
今後増えていくナンバーズが全員同時に入る事態も考慮された湯船は広く、光太郎は少し落ち着かない。
待たせているのだからと、光太郎はシャワーだけを浴びて、引き返していく。

しかし、勝手に閉じられた扉は開かない。鍵が掛けられたのか?
破壊するわけにも行かず光太郎は途方にくれる。
だが破壊したり、変身して通り抜けるような気にもなれない…光太郎は諦めて源泉溢れる湯船へと向かった。
パシャパシャと微かに硫黄の臭いがするお湯が跳ねた。
湯に浸かり、頭にタオルを乗せる。思わずまた、ため息が出た。

「まぁ、仕方ないよな…」
「そうだね。裸の付き合いと行こうじゃないか」

ぼやく声に返事が返され、扉が開く。
全裸のスカリエッティがタオルも持たずに現れた。
何も返す気にならない光太郎が黙っていると、薄ら笑いを浮かべたスカリエッティは同じようにシャワーを浴びて、「ウーノがうるさくてね」と髪と体を丹念に洗ってから光太郎の隣に入ってきた。

「待つよりもこの方が早いと思ってね」

スカリエッティは悪戯っぽく笑って言うと、湯船に体を持たれかけた。
そして、思い出したように光太郎に冷えたペットボトルを一つ渡す。

「飲むといい。外にいたチンクからだ」
「すまん」

素直に礼をいい、受け取った光太郎はペットボトルの中身を一気に飲み干す。
喉を通っていく液体は、レモンの匂いと地球で飲んだスポーツドリンクと似通った味がした。
飲んだ瞬間スカリエッティがニヤリとしたせいで、成分には不安が残るが懐かしい味だった。

「ふぅ…生き返るな」
「ふむ…君は生きるのに水を必要とするのかね?」
「ん? どうかな? 変身している間は太陽の光があればどうにでもなるが…」
「ほぅ…それは素晴らしい機能だね。私も再現してみたいものだが」

スカリエッティは感嘆の声を上げて視線を宙へと彷徨わせる。

「…今日そう言ったらウーノには全否定されてしまったよ」
「当たり前だ!」

声の調子を落として言うスカリエッティに光太郎は苦笑を返し、真剣な目をして己の掌を見つめる。
お湯でふやけた手。空手の練習で皮が厚くなり、ごつごつとした手にBLACKの、RXの指を幻視する。
険しい表情で拳を握り締める光太郎をスカリエッティは頭にタオルを載せながら眺める。

「彼女達を作るのも、俺は感心しない「光太郎、それについてはこれを見てくれたまえ」
「これは…?」
「君が信頼できる人物だとわかったのでね…」

光太郎の言葉を遮るようにスカリエッティがお湯を零しながら合図をする。
すると、どこかでウーノが見ていたのか、壁の一角が突然モニターへと姿を変えて、映像が流れ始めた。

「私の仕事を、君に明かそう!」

彼の円形の研究室の一角を占める程無駄に大きいモニターよりは少し小さい画面には少女の姿が映った。

「これが私が生み出され、スポンサーがついた理由だ。実は…管理局の優秀な魔導師が不手際を起こした例は少なくない…!! 人手不足だからと犯罪者さえも勧誘し、優秀な才能の持ち主だからまだ幼い少年少女を局員として働かせるのだから当然の結果だろうね」

スカリエッティの言葉に、光太郎は愕然とした。

「馬鹿な…そんな酷い話が許されるのか!」
「この子も当時まだ小学生だったそうだ」

まだ学生…つまりは子供をこんな災害現場に送るなんて…「おのれ、管理局…!」
湧き上がる怒りに突き動かされそう呟く光太郎。
その台詞に噴出しそうになるのを堪えながら、スカリエッティは説明を続ける。

「フ、フフフ。人手不足だ。大局的にと言えば許されるのが現状なのさ。実際、見てもらえばわかるが力量はある」

そう言ってスカリエッティが合図を送るとその少女が白いバリアジャケットを着て、桜色のビームを放ち敵を粉砕していく姿が映し出される。
子供を利用することに怒りに震える光太郎の目の前で、強力な魔法が幾つもの事件を解決していく…光太郎は直ぐには言葉が出なかった。

「凄まじい力だろう? 私は彼女らの力を借りなければならない現状や、頻繁にこんな状況に陥る現場を嘆くスポンサーからの依頼を受けて戦闘機人計画に協力しているのさ。ウーノ達の力は、慢性的な人員不足に陥っている管理局には必要な力というわけだ」
「そう、だったのか…」

嫌な予感はしたものの、光太郎は掠れた声で呟く。
小学生のような少年少女らが、笑顔の大人達にに見送られて危険な現場へ向かう姿は現実感が薄く、光太郎にとっては異世界に来て以来最大の衝撃だった。
熱い湯に浸かる体の芯が、冷えきっていく。

「もう少しで、もう2、3年も時間をかければ完全に運用できる所までこぎ着けることが出来るだろうねぇ。だが…」

呆然とする光太郎を嬉しそうに眺めた後、スカリエッティは芝居がかった仕草で嘆いた。
映像には、都合よく事件に巻き込まれ運ばれていく負傷者の姿が映っていた。

「だがこんな彼女らにはもう任せておけないのでね。そろそろ我々も動かなければならないと常々感じているのだよ」
「…何が言いたい?」
「私に協力してはもらえないかね? 私の戦闘機人ではまだまだ心元なくてね。君が協力してくれると非常に助かるんだが…」

またウーノに合図を送り、映像の中から施設の壁をぶち抜いて目的を完遂する幼い魔導師の姿が映し出される。
拳を握り締める光太郎の腕に浮かび上がっていく血管を見て、スカリエッティは細かい所まで違和感のない擬態をさせる『クライシススゲー』と内心感嘆した。
実際は地球―made in ゴルゴム製が太陽の光を浴びて自己魔改造したものなのだが。
気を落ち着けようと深く深呼吸した光太郎は、湯に浸かりなおして思い悩み眉間に皺を寄せた顔でスカリエッティを見た。

「俺は…この世界の事には関りたくないと思っている。今の話にしても、元の世界に帰るつもりの俺が、片手間に関わっていい話しじゃないだろう?」

体を抱えるように、光太郎は自分の考えを再考しようと流れ続ける映像へと再び目をやった。
返事は嘘に近かった。
拝み倒され、実験に付き合っておいて今更と取られるのを嫌い、もっともらしいことを言ったに過ぎない。

光太郎の心は、今はまだ戦いに赴く事が出来るような状態まで立ち直る事が出来ないでいた。
子供が戦っている姿を見せられても、こちらの慣習だと言って逃れようとするまでに…否定的な言い方をするならば、弱くなっていた。
光太郎の心情を汲み取ることができないスカリエッティは、そんな光太郎を鼻で笑った。

「私はそうは思わないがね…まぁ気が変わったら協力してくれたまえ」
「ああ…」

光太郎が今言った理由が断った本当の理由ではないことだけは理解したスカリエッティは、肩を竦めて風呂場から出て行く。
シャワーで汗を流し、コーヒー牛乳を腰に片手を当てて飲み干すスカリエッティを深刻な顔をしたまま光太郎は見送った。

風呂上りの一杯もせずに悩み始めた光太郎を見てスカリエッティは笑い、飲み干した瓶を置いて風呂場を出て行く。
残された光太郎は、痺れを切らして脱衣所に進入してきたトーレにいい加減にしろと叩き出されるまで悩み続けていた。

今光太郎が見せられた映像は、当然ある程度印象操作した映像に差し替えられている。
勿論スカリエッティもこんな子供だましで光太郎が完全に騙されるとも思えなかったが…戦闘機人を作っている理由などは嘘ではないし、RXキックを顔面に叩き込まれるようなことにはならないだろうと踏んでいた。
光太郎には行く当てもないのだから時間は十分にあると考えていたのだ。
デバイスを用意して『改造人間も魔導師の適性があるのか?』など試して見たいことは山ほどあり、スカリエッティの方から手放すことなどありはしないのだから。

だが、スカリエッティのその実験は結局行われることはなかった。
デバイスの完成を見る事もなく、一週間後。光太郎はスカリエッティの元から去った…

二人の間に諍いが起こったのではない。
光太郎の待遇はスカリエッティらしからぬ厚遇だったし、光太郎も基本的には協力的だった。
ナンバーズの何人かとも、より仲良くなろうとしていた。
だがちょうど一週間たったその日…日が沈み、太陽の光が完全に消えたのを確認したかのようなタイミングで、事件が起きた。

光太郎はその時一人で空港にいた。
自分の抱えていたトランクから瞬間的に発生した凄まじい熱量に身を焼かれ、叫び声をあげて彼は膝を突いた。

クライシス帝国とゴルゴム。二つの戦いの中で受けた攻撃とは種類の異なる力、魔力が…深いダメージを負おうとしている光太郎の体を強制的に変身させ、一瞬遅れて放たれたキングストーンの輝きが、光太郎を保護する。

変身を遂げた光太郎の体は、自分を消滅させようとする魔力衝撃波にも耐え切り、回復を促していく。
変身前に受けたダメージから片膝をついていた光太郎は、地面についた己の黒とオレンジ色の手の異変に気付いた。
トランクを抱えていた指が消滅している。体も焼け爛れていた…だがキングストーンに秘められた再生能力によってそれも癒えていく。
周囲の物質が消滅していく最中を、失われたはずの指が伸びて容易くかきむしった。
破壊的なエネルギーを放つトランクの中身、巨大な宝石のように見えるロストロギア『レリック』が、秘められたエネルギーを一瞬で使い切り消失する。

そのお陰で、光太郎は少しだけ落ち着きを取り戻した。

片膝をついた状態で変身を遂げた光太郎の真っ赤な複眼から、赤い腺が一本涙のように金属の質感を持つ頬を伝っていた。
体を覆っている皮膚はRXのものではない。耐熱・耐衝撃性に優れた金属質の装甲、ロボフォームがロボット然としたラインを作り出していた。
黒とオレンジ色を基調とした、『悲しみの王子』ロボライダーの姿だった。
RXでは体を襲う耐え切れないと感じたのか…この惨状を本能的に感じ取った光太郎の嘆きがこの姿を取らせたのかは、光太郎自身にもわからなかった。
キングストーンに秘められた力が必要になる程のエネルギー衝撃波は、周囲の光景を一変させていた。
光太郎の周囲だけが綺麗にえぐり取られ、円形の窪みになっていた。
どういう理屈なのか想像もつかないが、エネルギーの殆どは暴走したレリックの周囲10メートル程に集束していたようだ。
だがその分、光太郎が受領することを頼まれたロストロギアのエネルギーは一定の空間に存在した物質を根こそぎ消滅させていた。
その余波でさえ、大規模な火災を一瞬で引き起こしす程で、溶け固まった床や壁が辺りを包む炎に照らされて煌めいている…
所々、人の影の形に黒ずんだ跡が残り、外周で炎の中に、炭化した人の像が崩れ沈んでいくのが見えた。

光太郎はもう一度叫んでいた。
自分が預かったトランクの中身が暴走する瞬間に自分の周りにいた人々の姿が脳裏に浮かび上がり、光太郎を苛んでいた。
その間にも余波が生じさせた火災は燃え広がり、さらに拡大していく…ロボライダーの体には何の影響もない火災に巻き込まれ、苦しむ人々の声が光太郎の叫びを止めた。

「アクロバッター! ライドロンッ!」

クロノに預けた相棒の名を叫び、光太郎…ロボライダーは立ち上がる。そして声に向かって走り出した。
炎を吹き飛ばし、ひび割れた床を踏み砕く勢いでまだ生き残っている人々の下へとロボライダーは急いだ。

ライドロンとアクロバッターが、自分の下へと向かってくるのを感じる。
アクロバッターは、光太郎の変身に応じてロボイザーへと姿を変えてロボライダーの下へと辿り着こうとしていた。

不思議だったが惨状を見る限り、10メートルも離れていれば一瞬で消し炭にされるようなことはないらしい。
拳の風圧で炎を消し飛ばし、壁を破壊して光太郎は人々の救助を行っていく。

(何故こんなことが起きた?)

救助に専念しようとする光太郎の頭には疑問符が浮かび続けていた。
受け取ったトランクは厳重に封印されているという話だったはずだ。
そう、共に受け取りに来ていたクアットロは言っていた。

(突然暴走を起こすような代物なのか?)

そのクアットロの存在が今空港内に感じられないのは、彼女が死んでしまったからなのか?
それでもおかしくないはずだ。
だが、光太郎はどうしてもそう考える事ができなかった。
最後の生存者である改造人間の姉妹をライドロンに乗せて送り出し、一人火災の中に残った光太郎の頭には嫌な考えが浮かび上がろうとしていた。

ことの始まりはウーノだった。
彼女に頼まれ、ロストロギアを受け取る為に光太郎はクアットロと一緒にこの空港にやってきた。
彼女等のことが、どうしても引っかかる。

ロボライダーの姿のまま、現場に一人残された光太郎は救助に向かう間とは似ても似つかないおぼつかない足取りで歩き出した。
頭の中は、この件を頼みに来た二人の姿と彼女等に対する疑いで占められていた。

『光太郎。一つお願いがあります』

スカリエッティの研究に協力した光太郎の前に、ウーノがクアットロだけを連れて現れた。
ウーノから頼まれたらしいクアットロが、渋々と言った様子で言う。

『ウーノ姉さまの頼みよ。私とある空港まで荷物を受け取りに行ってくださらない?』
『いいぜ。でも二人がそんな頼みをしてくるなんて珍しいな』

普段なら通信で済ませるような内容を伝えにわざわざやってきた二人に、内心首を傾げたが…光太郎は二つ返事で引き受けた。
そうして、笑顔を見せた光太郎と顔を引きつらせたクアットロは二人でこの空港にやってきて、空港はレリックの暴走により火の海に包まれた。

証拠はない。
だが、ゴルゴムが起こした事件に関わった際の直感と同程度の確信を持って、光太郎は彼女等の仕業だと確信していた。

回想する光太郎は、強制的に自分の体を冷凍しようとする力を感じ、我に返った。
誰かが使った大規模魔法が、考えに耽っていた光太郎ごと辺り一帯を急速に冷却していく。
自分のいる区画も含め、燃え上がる空港の幾つかの区画が凍り付いていくのを、光太郎は呆然と眺めた。

光太郎の超感覚は、誰がそれを行ったのかを光太郎に正確に感じ取らせていた。

まだ学生の枠を出ない女の子が一人、杖を振るった体勢のまま浮かんでいた。
その周りに数名の大人の魔導師もいたが、彼らでないこと位はわかる…

先日、管理局へ怒りを覚える原因となった少年兵に自分の不始末の後処理までさせている。
ロボライダーとなった肉体になんら影響のない程度の環境であることは変わらないというのに、見上げていた光太郎は冷凍され…炎が遠ざかったせいか更に冷静さを取り戻していく。
超感覚が捉え続けている空港内の惨状が、よりクリアになって光太郎の心を揺さぶった。
苛立ちに、自己嫌悪と行き場のない怒り。
あるいは悔恨に…複雑な感情に全身を震わせながら、光太郎は表情の変わらない仮面の内で己の間抜けさを呪った。

真相を確かめなければならない。

ウーノ達に嵌められたのか?

彼女らと共に過ごした時間が、彼女らを疑う光太郎自分を咎めたが…まずはそれを確かめなければならない。

その様子を感じ取ったのか、壁をぶち抜いてロボイザーが光太郎の前で停止する…未だ半分以上の区画が勢いよく燃え盛るミッドチルダ臨海第八空港から、ロボイザーが光太郎と乗せて走り出した。
ロボイザーが静かに音速を超え、闇夜を駆け抜けていく。
不思議なことが起こっているのか、巻き起こる衝撃波で周囲に傷跡を残すこともなくその姿は何処へと消えた。

だが、光太郎がスカリエッティの研究所にたどり着いた時既に、身の危険を感じたスカリエッティも事態が掴めないまま姿を消していた。

そうして後には、もぬけの殻となったスカリエッティの研究所の壊滅と膨大な被害者。
救助された者達の記憶に、マスクド・ライダーの姿が残った。

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最終更新:2010年01月26日 23:20