魔法少女リリカルなのはStrikerS――legend of EDF――"mission11『光と嵐と異邦人(中編)』"

――新暦七十五年 五月十三日 十三時十四分 機動六課司令室――

 はやてが到着したとき、司令室は混乱の渦中にあった。
室内にはスタッフの怒声や罵声が響き渡り、六課の活躍を映し出すはずのモニターは、一つ残らず砂嵐となり耳障りな雑音を奏でている。
雑音の中に、時折声のようなものが紛れ込むが、通信状態が酷すぎるせいで内容はさっぱりわからない。
「こ……ライ……し……りみ……を……る……」
「こちら本部、もう一度繰り返してください」
「ほ……い……り……じょ……を……」
「ライトニング1……ですか? よく、聞こえません、もう一度」
「ほん……えて……ふ……ゃ……い……」
「ああもう妨害酷すぎ! もう一度お願いします!」
 雑音混じりの通信に、機動六課通信主任兼メカニック、シャリオ・フィニーノ一等陸士が苛立たしい声を上げている。
アルト・クラエッタ二等陸士も舌打ち混じりに操作盤へ指を走らせ、ルキノ・リリエ二等陸士は半ば涙目になりつつも、諦めることなく現地へ通信を送っていた。
誰もがはやてが来たことに気付いてない。それほどまでに状況が緊迫してるということだろう。

「ずいぶん遅かったですね、八神部隊長」
 その中でただ一人、はやてに気付いた者がいた。
真面目という言葉をそのまま具現化したような、理知的な風貌を持つメガネをかけた青年。
機動六課部隊長補佐、グリフィス・ロウラン准陸尉だ。
「遅なってゴメンな。それでグリフィス君、現在の状況は?」
「最悪です。敵からと思しき電子妨害により通信機能はほぼ壊滅、スターズ、ライトニング両隊とも、現地観測隊とも連絡が取れない状況にあります」
「こっちのECCMはどうなってん?」
「全く効果がありません。恐らく、敵のECMには管理局の知るどの世界のものとも違う未知の技術が使用されていると思われます」
「そんな……だったら、ほんまはしたくないけど他の部隊に応援要請を。念の為に本局とアンノウン対策本部にも通信送って」
「とっくにやってますよ。しかし地上部隊は機動力の問題で、一番近い部隊でも到着に最低三十分はかかるそうです。
 本局も地上の事は地上で解決しろと。対策本部は所属艦隊が謎の大型球体と接触したらしく、そちらの対応に追われて応援は送れないとのことです」
「なんやそれ……」
 あまりの状況に、はやては頭を抱えて自身のデスクに突っ伏した。
はやては最初から全てがうまくいくとは思っていなかった。新人達はこれが初陣だから、少しは苦戦するだろうとは予想していた。
しかし、これはどういうことだ。
敵のECMに全く対応できずにロングアーチは実質的に機能を停止、通信機能は壊滅状態。
なのは達も敵の猛攻を受けている可能性が高く、おまけに周囲の部隊は誰も救援を送ってくれそうにない。
まだ彼女等は初陣だぞ。なのに、初っ端から敗戦を喫してしまうのか? こんなところで、自分は大事な部下を死なせてしまうのか……。

「部隊長、副隊長達に、『ヴォルケンリッター』に大至急連絡を取りましょう」
 はやての様子を見かねたように、グリフィスが意見を具申した。
「念のために交替部隊にも召集をかけておきます。それと、後見人の方々にも連絡を。状況によっては、リミッター解除を申請します。よろしいですね?」
 はやては静かに頷いた。
 管理局の部隊には戦力の均一化を図るために戦力上限が設けられている。
それを守りつつ、六課の戦力を充実させるために隊長陣には『リミッター』と呼ばれる能力制限が施されていた。
『リミッター』を解除することが出来るのは後見人の三人のみ、しかも回数制限もある。
出来るだけ使いたくない手段だが、このまま行くと、機動六課は本来の力を出せずに一方的に蹂躙され、殲滅されることになる。
仲間が助かる可能性が少しでもあるならば、はやてはどんな事でもするつもりだった。

「そやな、そうしよう。あと念のために指揮交代の準備もよろしく。状況次第ではわたしも出る」

――

 列車の中は異様な静けさに包まれていた。
照明のほとんどが砕け散り、唯一の明かりは薄暗い非常灯のみだ。
車内の壁には少なくない数の銃痕、斬痕、レーザー痕、その全てが、ここで激しい戦いがあったことを如実に語っていた。
おそらく、車内に侵入したガジェットがここにいた陸士達に襲いかかったのだろう。
そして、応戦はしたが歯が立たなかった陸士達は、これはいかんと列車を放棄して一人残らず逃げ出したのだろう。
その証拠に、列車に陸士の姿は見当たらず、車内には今直多くのガジェットが存在した。

 しかし、ガジェットの様子がどうもおかしい。
二人が目の前を通りすぎても、機体を叩いてみても何の反応もせず、全く動かない。
まるで彫刻か置き物にでもなったかのように、ぽつんと突っ立っているだけだ。
何かの罠かもしれないと警戒はしているが、今のところは何かが起こる気配は無い。
陸士達が撤退前に何かをしていったのだろうか? それとも、自分達には知らされていない、列車の貨物の影響だろうか?
それとも、何らか妨害電波か魔法が発生しているんだろうか……まあ、なんにせよ動かないならそれにこしたことは無い。

「空の連中もこいつらみたいだったら楽でよかったのに、ねえスバル、あんたもそう思わない?」
 二人のうち、先頭を行くティアナは微かに笑って後ろにいる相棒スバルにそう言った。
しかしスバルは俯いたまま「そだね……」と生返事をしただけだった。
普段の明るく活発な彼女からは考えられないことだ。まあ、その理由は簡単に想像できるが……。
「ねえティア、大丈夫なのかな」
「大丈夫って、何が?」
「わかってるくせに……ヴァイス陸曹のこと」
 やっぱりそのことか。ティアナは顔をしかめて足を止めた。
「あの時脱出してなかったよね、だったらヘリと一緒に落ちて怪我して動けなくなって、ひょっとしたら、陸曹はもう……」
 スバルはそれ以上何も口に出す事は無かった。
ティアナも何を言わず、ただ黙ってスバルの顔を見詰める。
やがて、ティアナはもうその話しはしたくない、とでも言うように顔を背け、一言も喋らずに前に進み始めた。

 スバルとティアナは六課配属前は災害担当部でコンビを組んでいた。
だからこそ、二人はヘリ墜落時の搭乗員死亡率がどれだけ高いかをよく知っている。
もう、ヴァイスの命は尽きているのかもしれない。
生きていたとしても、致命的な傷を負って死にかけているのかもしれない。
前者なら諦めるしかないが、後者だったら今すぐ救助し治療をすれば助かる可能性は大いにある。
ヴァイスも機動六課の大切な仲間なのだ。出来れば今すぐ助けに戻りたい。スバルはそう思っているのだろう。
それはティアナとて同じだ。しかし、それは出来ない。
航空優勢が確保出来ていない状況で外に出ることなど出来るはずも無く、それ以前に列車はすでにヘリが墜落した地点を通りすぎている。
なにより、任務を放棄し助けに行ったら、何の為にヴァイスは犠牲になったのだ。
ここで戻ってしまえば、墜落するとわかっていても、己を捨てて六課を守った彼の思いを裏切ることになってしまう。
二人がヴァイスの為に出来ることは、ヘリの事は気にせず任務に全力を尽くすこと。
そう思っているからこそ、ティアナは任務に集中するため極力ヴァイスのことは考えないように努めているのだ。
スバルもそれをわかっているから、心配はしても助けに行くとは言い出さないのだろう。

 ティアナは二丁拳銃型デバイス『クロスミラージュ』を構えて次の扉を開けた。
この車両も、ガジェットが突っ立っている以外はなんの異常は無い。
それでも二人はいたる所に目を配り、ガジェットの影に隠れながら忍び足で前進する。
車両の中ほどまで進んだものの、攻撃の兆候はどこにも見当たらない。

 と、思ったそのとき、車両の端で何かが動いた。
薄暗くてよく見えなかったが、それが人の形をしていることだけはわかっていた。
降下チームは貨物室をはさみ込む形で降下した。
スターズは後方に、ライトニングは前方に、だからここでかち合うことはありえない。大きさからしてリインでもない。
スバルはちゃんと自分の隣にいる。だとしたら!

 それを確信した途端、ティアナはスバルを思いきり突き飛ばして横ざまに飛びのいた。
人影の手の部分がきらりと光る。
直後、激しい銃撃音と共に曳光弾がばら撒かれ、ガジェットが紙細工のように次々と引き裂かれていく。
ティアナの上にガジェットの残骸がぱらぱらと降り注ぐ。
やはり敵だった。床に伏せたまま、ティアナはクロスミラージュの銃口を上げる。
だが、その先にはもう誰もいない。銃撃も止んでいる。
体勢を立て直すなら今のうち。スバルに声をかけようとしたその時、殺気を感知し銃口をそちらに向けようとした。
反応が一瞬遅かった。敵を捕捉する直前、側頭部に大岩をぶつけられたような衝撃を感じた。
ティアナの体が宙を舞う。目の前が真っ白になる。スバルが何かを叫んでいるが、もうなにも聞こえない。
やがて、体の感覚全てが無くなり、ティアナの意識は霞みのように消え去った。

――

「ティアアアアアアアアアアアッ!」
 突然ティアナに突き飛ばされたスバル。
彼女が起き上がり際に見たものは、敵に頭を蹴り飛ばされて壁に叩きつけられたティアナの姿だった。
スバルはうつ伏せに倒れ込んだティアナに駆け寄った。
頭から血を流して動かない彼女の様子に絶望感が走りかけたが、喉元に手を当ててみると、しっかりと脈を感じ取ることができた。
呼吸も安定している。折れている骨もなさそうだ。脳震盪を起こして気絶してるだけのようだった。
意識の無いティアナを静かに横たえ、スバルは相棒を傷付けられた怒りを込めて背後の敵に向かい合った。

「へぇ、まだそんな目ができんのな。仲間やられたからビビってると思ってんだけど」
 スバルをあざ笑った敵は兵士の姿をしていた。
兵士の体を包んでいるのは真紅のボディアーマー。
顔は黒色のヘルメットと、同色のバイザーのせいでわからない。
中でも特徴的なのは兵士の武装だった。
右手に装着した金属製の大型手甲と両足のローラーブレード型の装備は、スバルのデバイス『リボルバーナックル』と『マッハキャリバー』に酷似している。
これはただの偶然なのだろうか、それとも……

「あなたが……あなたがこの事件の犯人なの?」
 敵は手甲のマガジンを取り替えてから、にやりと唇を歪めた。
「それがどうかしたのかよ」
「空であたし達を襲ったのも……ヴァイス陸曹を堕としたのも……」
 敵は一瞬何かを考えるように腕を組んで俯き、
「だったら、お前はアタシをどうすんだ?」と肩を竦めて見せた。
 やっぱりこいつだったのか。ヴァイス陸曹を、皆を傷付けた犯人は。
スバルの怒りがいっそう激しく燃えさかる。
彼女は自分のことでは滅多に怒らない。だが、仲間の事なら話は別だ。
ティアナを傷付けた敵。ヴァイス陸曹を殺したかもしれない忌むべき敵。
絶対に許すことは出来ない。この敵はあたしが倒す。あたしが皆の仇を取るんだ!

「そんなの決まってるよ」
 自身の怒りを総動員して、兵士を睨みつけながら彼女は『シューティングアーツ』の基本姿勢をとる。
「貴女を、倒す」
「アタシを……倒す? ふぅん」
 敵は拳をぎゅっと握り締め、スバルと同じように両腕を正面に構えた。
「面白れぇ、やれるもんならやってみろぉ!」
 何かに弾かれたように兵士は全力で突っ込んできた。
常人では対応出来ぬほどの弾丸の如き突撃。スバルは避けずに真正面から受けてたつ。
凄まじい力のぶつかり合いに震える車内。
二人は同じように弾き飛ばされ、同じように壁に叩きつけられた。
スバルと敵は、同時に跳躍して再び拳と蹴りを繰り出した。

 二人の戦い方は全く同じだった。
『マッハキャリバー』で壁を駆ければ敵もローラーブレードで追撃をかけてくる。
光の道を作る魔法『ウイングロード』を使えば、敵も同じように光の道を作って襲ってくる。
体術だって『シューティングアーツ』そのものだ。
装備も同じ、戦い方も同じ、違うのは姿形のみ。
まるで二人は実の姉妹のようだ。
しかし、スバルには姉のギンガ・ナカジマ以外に姉妹はいないはず。だったら、こいつは一体何だ。
頭に浮かんだ疑問をスバルは無理矢理振り払った。
今は余計なことは考えるな。こいつが誰であれ、今は自分の敵でしかない。
敵が一体何者なのか。そんなことはこいつを逮捕してからゆっくりと聞き出せばいいことだ。

「チッ……」
 敵は微かに舌打ちすると、後ろに飛んで距離を取る。
「させないッ!」
 スバルは吠えるように叫んで猛然と攻め立てた。
二人に明確な差があるとすれば、それは手甲に付いている重火器の存在だろう。
あれは間違いなく質量兵器、しかもガジェットを軽々と引き裂くほどの威力を持っている。
いくらスバルが『常人よりも頑丈』だと言っても直撃すれば只ではすまない。
勝敗の鍵は接近戦にあり、重要なのは相手に撃たせないことだ。

「リボルバアアアアアアアアアアッッ――」
 ナックルスピナーが高速回転。リボルバーナックルに魔力を纏い、 
「シュゥゥゥゥゥゥゥゥトッ!」
 気迫と共に衝撃波を撃ち出した。
敵はそれをまともに食らい、吹き飛んだ。衝撃波は勢い余り、敵の真後ろにあった扉をも粉々に砕いた。
機を逃さず、スバルはナックルに魔力を圧縮、敵に飛びかかった。
打撃魔法、ナックルダスター。
非殺傷と言えどもこれを食らって平気な者はまずいない。
「これで、終わりだ!」
 振り下ろされた拳の先、敵は真横に転がり打撃を避ける。
そのまま起き上がり際に繰り出した蹴りが、スバルの横顔をとらえた。
今度はスバルが吹き飛ぶ番だった。敵の追撃はない。敵は踵を返して、距離を取っていた。
車両の連結部分で立ち止まり、敵はスバル再び睨み合う。
敵は右手で腹をおさえ、ぜーぜーと肩で息をして。
起き上がりかけのスバルは跪くような姿勢で。

「お前、中々強いな。アタシと似てんのはカッコだけじゃないってか?」
「当たり前でしょ、なのはさんの訓練毎日受けてるんだから」
「なのは、あの高町なのは、か。そりゃ、どうりで強いわけだ」
 敵は静かに笑い出す。痛みのせいか、ほとんど声にはなっていない。
「けどな――」
 そして敵が顔をあげ、苛立ちに満ちた金色の双眸でスバルを睨む。
「こっちだって毎朝毎晩、あいつに鍛えられてるわけじゃねえんだよぉ!」
 それが再開のゴングであった。
拳が唸り、魔法と曳光弾が二人の間を交差する。
矢継ぎ早に繰り出される攻撃はスバルを砕けた扉の向こうに吹き飛ばし、今度は敵も容赦なく追撃をしかけてくる。
激しい戦いの余波は列車の連結部分をも破壊した。
ティアナの乗った車両が徐々に本体から離れていく。
しかしスバルは気付かない。気付いたところでどうにか出来るものでもない。
実力の拮抗した終わりの見えない肉弾戦。
だが、戦いの終わりは、予期せぬ形で、唐突にやってきた。

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最終更新:2008年11月05日 22:31