魔法少女リリカルなのはStrikerS――legend of EDF――"mission11『光と嵐と異邦人(前編)』"

――新暦七十五年 五月十三日 十三時〇八分 ミッドチルダ西部山岳地帯――

 鬱蒼と生い茂った森林の上空を、エイのような形状の戦闘機が二十四機。それぞれ三機編隊を組んで真っ直ぐに進撃していた。
戦闘機の名は『ガジェットⅡ型』スカリエッティが開発した空戦用のガジェットだ。
彼等の任務は輸送列車上空の航空優勢の確保。この任務はさほど困難なものではないはずだった。
何と言ってもⅡ型は機動力が高く、並の空戦魔導師なら軽く一蹴出来るとされている。
それに加え、地上本部の航空隊はほとんどがクラナガンに移動しており、護衛がいる可能性は全く無い。
一足先に出撃した戦闘機人とガジェット達も、すでに車両の制圧に成功していることだろう。
後は彼等が合流し、目的の物資をアジトへ安全に送り届けるだけ。
それで全ては終わる。何の損害も出さずに無事任務は終了する……はずだったのだ。

 その予想はあまりにも甘すぎた。
順調に飛行していたⅡ型の電子視界が、突然飴細工のように歪み始めた。
歪み、波うち、ノイズが走り、砂嵐となって、やがて全面真っ白に染まって何も見えなくなる。
ECM(電子妨害)だ。すぐさまⅡ型はECCM(対電子妨害)を起動した。
しかし何の効果も現われず、視界はずっと白いまま。レーダーも、通信機能も全く機能していない。
有人機だったら、目視で飛行も空戦も出来ただろう。だけどⅡ型は無人機だ。操縦者なんているわけない。
カメラもレーダー類もAMFも使えぬ今のⅡ型は、目を潰され、耳をもがれた全盲者と同じ状態だ。
そんなⅡ型に出来ること。それは機体を直進させることだけだった。
だから彼等は気付かなかった。編隊の上空に黒い靄が現われたことに。その中から銀色の戦闘艇が群れを成して現われたことに。

――勝敗は初撃で決した。

戦闘艇が放った無数のレーザーバルカンが、Ⅱ型の編隊目掛けて豪雨のように降り注いだ。
胴体、翼、エンジン。Ⅱ型のありとあらゆる所に無慈悲な雨が突き刺さる。
全身を貫かれて爆散する機体。翼を叩き折られてきりもみ状態で墜落する機体。
エンジンを撃ちぬかれ、黒煙を引きながらゆっくりと堕ちていく機体。
赤き弾幕は止むことなく、至るところ轟音が響き、光と炎の雲が現われては消えていく。
回避も出来ない。何が起こっているかもわからない。Ⅱ型は真っ直ぐ飛行し、黙ってスクラップになっていくだけだ。
一方的な攻撃は十数秒続いた。Ⅱ型は抵抗も出来ずに一機残らず叩き落された。
敵機殲滅完了。しかし、すでに戦闘艇は次の獲物を見つけ出していた。
戦闘艇はⅡ型が向かっていた方向へ機首を向け、遥か前方を進軍する飛行物体をズームアップする。
彼等の電子脳に映し出された物、それは、まるで段ボール箱にプロペラをくっつけたかのような不恰好なヘリの姿だった。

―― 

(怖い……)
 キャビンに設置された折畳椅子に腰掛けながら、機動六課ライトニング分隊所属キャロ・ル・ルシエ三等陸士は静かに震えていた。
体の震えは何とか止められた。だけど、両手の震えはどうやっても止められない。
握り締めた拳を開くと、じっとりと汗ばんでいる。
キャロは俯き、もう一度両手を強く握って震えを抑えようとした。震えは少し弱くなった。
こんなところ誰かに見られていなければいが。彼女は狭く無機質な機内をそっと見回した。

 キャロの隣に座っている赤毛の少年、ライトニング分隊所属エリオ・モンディアル三等陸士は気付いた様子はない。
彼の隣では、キャロより一六、七歳くらいのツインテールの女性が眉間に皺寄せ金属製のカードを見詰めていた。
機動六課スターズ分隊所属ティアナ・ランスター二等陸士だ。金属製のカードは出撃前に配られた彼女のデバイスだろう。
一番隅に座っているのはスターズ分隊所属スバル・ナカジマ二等陸士。
そして、キャロ達の目の前では、スターズ分隊隊長高町なのは一等空尉がただ黙って座っていた。
亜麻色の長髪をサイドアップにした、十九歳の女性士官だ。
彼女は機動六課に異動する前は戦技教導隊に所属しており、六課では新人四人の教官を務めている。
魔導師としての能力も極めて高く、エース・オブ・エースの異名に恥じない力を持った歴戦の戦士だった。
なのははよそ見をすることも無駄口を叩くこともなく、戦いの開始を待っているかのように腕を組んでじっと目を瞑っている。
キャロの顔ほどの大きさの小人。はやて部隊長のユニゾンデバイス、リインフォースⅡ空曹長も無言で宙に浮いている。
出撃前の緊張感が辺りに漂い、誰かが誰かを気にかけている様子はない。
幸いな事に彼女の震えに気付いた仲間は一人もいないようだ。

「キュクルー?」
 いや、一匹だけいた。若干湿った桃色の髪に鼻先を摺り寄せる小さな白竜。
キャロの使役竜フリードリヒ、通称『フリード』だ。
(大丈夫だよ……)
 僅かに震えが残る腕で、キャロはそっとフリードを抱きしめた。
フリードは嫌がることなく少女の腕の中に納まり目を細める。
この竜は卵の頃からキャロが育ててきた、故郷から追放されるときも一緒だった、唯一無二の相棒だ。
そんなフリードだからこそ、彼女の不安を敏感に感じ取ってしまったようだった。

 キャロはミッドチルダの人間ではない。第六管理世界アルザス地方の少数民族『ル・ルシエ』の出身だ。
普通だったら、管理局に入局することもなく僻地でひっそりと暮らしているはずの少女。
それがなぜこんなヘリに乗って戦地へ赴くことになったのか。
理由は簡単。故郷から追放されてしまったからだ。
追放の原因はキャロの力にある。
幼くして白銀の飛龍を従え、黒き火龍の加護受け、数種類だけだが補助系魔法も自由に扱える。
その実力は『ル・ルシエ』の人間はおろか、管理局の魔導師とも対等以上に渡り合えるほどのものだった。
しかし、どんな力にも必ず欠点がある。それがキャロの運命を決定付けてしまうことになった。
その欠点とは『能力の制御が出来ないこと』である。
どんなに強い力も制御が出来ねば意味がない。ましてやキャロの使役龍は龍族の中でも上位に位置する白龍と黒龍だ。
例えるなら、キャロはいつ暴発するかわからない核爆弾のようなもの。
暴走などしようものなら、少数民族の『ル・ルシエ』など一溜りもなく壊滅しかねない。

 族長の本当の目的は、キャロへの間接的な死刑だったのだろう。
どんな能力を持っていたとしても、キャロは年端もゆかぬ少女なのだ。
日々の糧を得る方法も知らなければ、自然の中を一人で生き抜く知恵もなく、里から街への道もわからない。
よしんば街へ辿りつけたとしても、行く当てがあるはずもなく、仕事を得る方法も知るわけが無い。
所詮、子供は大人の加護が無ければ生きていけない脆弱な存在だ。そんなことがわからないほど大人は馬鹿ではない。
恐らく、族長はこう考えていたのではないだろうか。

『里の外へ放り出せばいずれどこかでのたれ死ぬ。里にとって一番の脅威を自分の手を汚さずに排除できる』と。

 だけど、キャロは死なずにここでこうして生きている。
幾多の偶然と幸運が重なって得た居場所。機動六課で生きている。
優しくしてくれる保護者。初めて得た同年代のパートナー。
普通の少女として接してくれる、家族同然……とは言えないが、それでも大切な六課の仲間達。
幼くして故郷を追い出されたキャロにとって、機動六課は掛け替えのない『居場所』なのだ。

 だからこそ、キャロは戦うことを……『全力』を出すことを必要以上に恐れていた。
もし、力を制御できずにフリードと『黒龍』が暴走してしまったら。
もし、自分のせいで仲間達を傷付けてしまったら。
もし、自分の居場所を自分の手で壊してしまったら。
そう思うと、もうダメだった。怖くて怖くてとてもじゃないが戦えない。
六課を追い出されたら、自分はもうおしまいだ。
追い出されなくとも、里にいたときと同じに扱いをされるだろう。
大人からは畏怖されて、子供からも疎まれていた、孤独だったあの頃と同じように。
竜召還は危険な力、人を傷付ける怖い力、大切なものを破壊する、忌むべき力……。

「どうかしたの? 顔色が悪いみたいだけど、まだ緊張してるの?」
 キャロの思考は突然掛かった声によって遮られた。
顔を上げると、なのはが心配そうな面持でキャロをじっと見ていた。
「いえ……なんでもありません。気にしないで下さい」
 キャロは無理矢理笑みを作ってなのはに答えた。なのははにこりと笑った。
「大丈夫だよ、そんなに緊張しなくても。ね、ちょっと周りを見てみようか」
 言われるままにキャロはヘリの中を見回した。
左を向くとフリードと、右を向くと六課の仲間達と目が合った。
視線を前に向けると、なのはがいる。これから共に戦地へ赴き、生死を分かちあうことになる仲間達だ。
「ね、今のキャロは一人じゃないんだよ。たとえ離れていても通信で繋がってる。ピンチの時には助け合えるし、
 危なくなってもすぐに助けに行けるから、キャロが心配してることは起きないと思う」
 考えが読まれていた? なのはは立ちあがると、僅かに困惑するキャロへ近付き、両頬にそっと手を添えた。
「それにキャロの力は怖い力なんかじゃなくって、皆を守ってあげられる、優しくて強い力なんだから。
 出撃するとき言ったみたいに、自分に自身をもって思いっきり――」

 そのとき、ガンッと何かがぶつかったような衝撃と揺れがヘリを襲った。
始めの揺れはよろける程度で、なのはも「みっともない所を見られちゃった」と苦笑する余裕もあった。
だが、揺れは、二度、三度と強くなり、四度目には、一瞬の浮遊感と共にヘリがほとんど横倒しとなった。
新人達は座席から放り出され、一人残らず反対側の壁に叩きつけられた。
スバルは垂直同然となった床を転げ落ち、ティアナは悲鳴と共に窓に頭を打ちつけた。
窓が強化ガラスじゃなかったら、破片で血みどろになって死んでいただろう。
無事だったのは浮遊しているリインⅡと、とっさに天井の手摺を掴んだなのはのみだ。

 何が起こったのだろう? ヘリの床に伏せつつも、キャロは手をつき立ちあがろうとした。
そのたびヘリは左へ右へと大きく揺れ、足下をすくわれ、額を、背中を床に打ち付ける。
嵐の中の小船のように揺れ動く様は、何かから逃げ惑っているようにも思えた。
ガジェットだったら本部から連絡が入ってくるはずだ。だったらなにから逃げている……?

 ふと、キャロは丸窓の外を銀色の何かが通りすぎるのが見えた。
何かが反射する光に目を細め、揺れに翻弄されながらもキャロは床を這って窓に近付き、一瞬息を呑んだ。
長鼻を連想させる縦長の胴体。両脇につけられたアンテナ状の物体は大耳のようであり、太陽光を反射し銀色に光り輝いている。
大きさは、キャロ達か乗っているヘリと比べても見劣りしないほどに大きい。
主翼やエンジンの類はどこにも見当たらず、巨体をどうやって飛ばしているかは全くわからない。
それは、機械仕掛けの象の如き、禍禍しき虚空の悪魔。それが群れを成してヘリを取り囲んでいる。
これは、新型のガジェットなのだろうか……?
戦闘艇が驚愕しているキャロに機首を向け、その先端が赤く輝き――

「――っ! 危ない!」
 なのはがキャロに飛びつき、床に押し倒した。
キャロの視界が真っ赤に染まり、熱い光が顔面数センチ手前を通りすぎる。
それが戦闘艇からの攻撃だと気付くのに、それほど時間はかからなかった。
危なかった。もしなのはが助けてくれなかったら、今ごろレーザーで頭を吹っ飛ばされていただろう。
「大丈夫? どこも怪我してないよね?」
 心配そうななのはの声もキャロには届かない。
彼女の思考は、機体に空いた弾痕と、焼け焦げた前髪の匂いに支配されている。
キャロの体を簡単にチェックし、怪我がないことを確認したなのはは僅かに顔を上げて新人達に叫んだ。

「いい! なにがあっても床に伏せて、絶対に顔を上げちゃダメ! 今立ちあがったら……死ぬよ!」

――死ぬ

 その言葉を訊いた瞬間、キャロは初めて、自身が戦場にいることを実感した。
あの銀色の物体が自分を殺そうとしている。
丸腰の輸送ヘリを取り囲み、自分をどうやって殺すかを考え、殺意を持って襲いかかってくる。
旅の途中、空腹で倒れそうになったことがあった。野犬の群れに襲われたこともあった。暴漢に捕まりかけ、命からがら逃げ延びたこともあった。
しかしキャロは、自分が死ぬと思ったことは一度も無かったし、実際死ぬこともなかった。
今は違う。少し顔を上げるだけで、もう一度銃撃が貫通しただけで、呆気なく自分の人生は終わるのだ。
怖かった。先程までとは比べものにならない恐怖が小さな体を蝕んでいく。
理性などでは制御できない本能的な死の恐怖。わずか十歳の少女がそんなものに耐えられるわけがない。

 そのとき、聞き覚えのある唸り声がキャロの耳に届いた。
唸りを上げているのはフリードだった。
キャロの腕の中に納まりながらも赤き双眸を爛々と輝かせ、牙を噛み締め弾痕の向こうを睨み添えている。
怒りと闘争心に満ちたフリードの形相。そこには可愛げある小龍の面影はどこにもない。
あのときと同じだ。
野犬の群れに襲われた時と、暴漢に拉致されそうになった時と、力を見せろと管理局に戦いを強要された時と。
フリードが怒りの唸りを上げるとき、それはフリードが暴走するときだ!

「ダメッ!」
 キャロはフリードをきつくきつく抱きしめた。
それはさっきまでの優しい抱擁ではなく、怒れる白龍を暴走させまいとする、己が身を使った拘束だった。
死ぬのは怖い、かといって力を使えば確実にフリードが暴走する。
にっちもさっちも行かないこの状況。
脳裏に浮かぶのは彼女の恩人、自身を救ってくれた『彼女』の姿。
今ここにはいない、ここに向かっているであろう『彼女』に向けて、キャロは心の中で助けを求めつづけた。
(助けて、助けて――フェイトさん)

――

「……くそッ!」
 ヘリのパイロット、ヴァイス・グランセニック陸曹は声を漏らし、操縦桿をぐいっと真横に倒した。
旋回行動に入ったヘリの真横を赤いレーザーがすりぬける。
間一髪、しかし一息ついてる暇はない。
難を逃れたヘリに向かって、全方向から凄まじい数の火箭が襲いかかる。
そのたびにヴァイスは操縦桿を倒し、フットペダルを踏み込み、弾幕を巧みにすりぬける。
まるで全身に目がついているのでは、と思わせるほどの機動力。
その機動にも限界はあり、赤い雨はヘリが避けられる限界を遥かに上回っている。
かわしきれない何発かが機体を確実に傷付けていく。

『今の攻撃でヘリの損傷度が三十%を超えました。このままでは墜落してしまいます』
「言われなくてもわかってる!」
 ヘリに搭載された自身のデバイス、ストームレイダーにヴァイスは声を荒げて応じた。
(わかってる、わかってんだよそんなこと)
 執拗に放たれるレーザーを避けながらヴァイスは呻いた。
(やっぱ無茶だったんだ、輸送ヘリを護衛も無しに出撃させるなんて……このままじゃなのはさん達を守りきれない!)
 今はまだ致命傷は受けていない、だが、それが今だけであることをヴァイスは十分理解していた。
JF704式ヘリコプターは武装隊を中心に配備されている最新型の輸送ヘリで、不恰好な形状からは想像できないほどの高い運動性を持っている。
しかし、それはあくまでも『輸送ヘリとしては』の話。
固定武装は無く、二十機以上の戦闘艇を相手にしては勝ち目なんてあるわけがない。
初撃をよけられたことすら奇跡に近いのだ。
(せめて副隊長達が護衛に付いてくれていたら……ライトニング1との合流がもう少し早かったら……)
 ヴァイスは本部との回線を開き、絶叫混じりの声で通信を送った。

「本部! こちらは敵の激しい攻撃にあい進軍は極めて困難、ライトニング1の到着はまだか!」
 機動六課本部の答えは――
「こちら本部、通信状態が悪くて良く聞こえません、もう一度繰り返してください」
 ヴァイスは憎憎しげに舌打ちした。
さっきから本部はずっとこの調子だ。
電子妨害があることは真っ白に染まったレーダーサイトを見ればよくわかる。
だけど通信はノイズが入ることなくはっきりと聞こえる。どこも悪いところなんてないじゃないか。本部は俺達を見殺しにするつもりか!

 いっそ、ここは命令を無視して撤退するべきか。
無理だ。すぐに追いつかれてまた包囲されるだけだ。それ以前に、自分は逃げる気などまったくない。
だったら、なのはをヘリから出撃させて戦闘艇を追い払ってもらうか。
それもダメだ。今のなのはには『リミッター』が掛かっていて全力が出せない。
何機かは倒せるだろうが、一人だけならいずれは数に押し潰されてしまうだろう。

「いったいどうすれば……」
 悔しさと怒りを噛み締めヴァイスが呟いたそのとき、今までとは違う大きな衝撃がヘリを大きく揺さぶった。
ヴァイスはとっさに操縦桿を握り締め、墜落しかけたヘリをなんとか制御した。
「くっ! ストームレイダー今のはどこに当たった!」
『キャビンを貫通しました。直撃です』
「なんだと!?」
 キャビンにはなのはと新人四人が乗っている。ヴァイスは肉片となった五人と二匹を想像し、顔を青ざめた。
「いい! なにがあっても床に伏せて、絶対に顔を上げちゃダメ! 今立ちあがったら……死ぬよ!」
 ヴァイスの心配は杞憂だった。幸いなのはは無事だった。今の言葉から新人達も無事だろう。
どうやら最悪の事態は回避されたようだ……それがいつまでもつかはわからないが。

「畜生……」
 ヴァイスの両目はヘリの周りを乱舞する戦闘艇を睨みつけている。
睨みで人を殺せたら、十人は殺せそうなほどの凄まじい形相だ。
「畜生、畜生畜生畜生畜生畜生……ッ!」
 ヘリを嬲りものにする戦闘艇への怒り、自分達を見殺しにせんとする本部への怒り、なにも出来ない自分自身への怒り。
ありとあらゆることへの怒りがヴァイスの中で渦を捲き、呪詛にも似た呻きとなって洩れていく。
気が付くと、ヴァイスは本部に向けて吠えるような大声で叫んでいた。
「ライトニング1はいずこにありや、いずこにありや! 全次元は知らんと欲す!」
 叫び終えた途端、再びヘリに衝撃が炸裂した。
操縦桿にかじりついても機体は思ったように動かない。視界の端に金属の残骸が落ちていくのが見えた。
ローターを損傷したのだ。エンジンにも攻撃を受けたのか、駆動音が不順になり、ガリガリと不気味な音を奏でている。

 一機の戦闘艇が機首を翻して今度は真正面から向かってきた。
回避しようにも機体の制御がきかず、向かい合う形で二機は距離を詰めていく。
「ダメだ、やられる!」
 俺はここで死ぬのか? こんな所で、『妹』への償いもまだなのに、呆気なく死んでいくのか?
死はすぐ目の前にある。生ある者を地獄へ引き摺り込む、機械仕掛けの空飛ぶ死神が。
戦闘艇の機首が赤く閃き、ヴァイスに向けてレーザーを放とうとする。
「これまでか……」
 ヴァイスの心が絶望に支配されていく。だが、天はまだ機動六課を見捨ててはいなかった。

 蒼き空から、無数の黄色い魔導弾が猛烈な勢いで降り注いだ。
射撃体勢を取っていた戦闘艇は咄嗟に回避行動を取る。金色の影が逆落としに突っ込んできて下へと飛び過ぎた。
直後、戦闘艇は真っ二つに切り裂かれ、爆散。
戦闘艇を切り裂いた影はそのまま急上昇。青色吐息のヘリの上空で、デバイスを構えて仁王立ち。
ヴァイスは、雷のようなその姿を半ば呆然と見守っていた。
風にたなびく金色のツインテール、軍服のようなBJ、金色の刀身を持った黒き大鎌状のデバイス、そして、目にもとまらぬ高速戦闘機動。
間違いない、彼女こそが、ヴァイスが待ち焦がれていた救いの主!

「遅くなりました。ライトニング1、フェイト・T・ハラオウン、これより貴機を援護します」

「待ってましたあ!」
 思わず歓声を上げるヴァイス。気が付けば、目的の輸送列車は目の前だ。
高度は下がる一方だが、それに比例して速度はどんどん上がっていく。
これならすぐに追いつけそうだが、上空に長く留まるのは不可能だろう。それなら……

「ライトニング1、しばらくの間ヘリに敵を近付けないで下さい。出来ますかい!?」
「大丈夫。でも、そっちの状態が……」
「こっちのことは気にしないで下さい。俺にもまだやれることはあるんッスよ」
 気をつけて。そう言い残すとフェイトはデバイス、バルデッシュ・アサルトの刀身を輝かせ、突貫した。
戦闘艇も標的をフェイトに変更。すぐさま激しい空中戦が展開される。
轟く爆音、膨れ上がる火球、交差するレーザーと魔導弾、金色に輝くバルデッシュの残像。
もはやヘリに向かってくる敵機はなく、列車の上空は開けっぱなしになっていた。

「新人共! 今からハッチ開けるから電車の上についたらすぐに飛び降りろ! なのはさんはフェイトさんと一緒に空を抑えてください!」
 なのはからは「まかせて」新人の内三人からは「はい」「わかりました」と勇ましい返事が返ってくる。
なぜかキャロからは返事がなかったが気にしている余裕はない。
『メインハッチ、オーヴァー』
 ハッチも損傷していたのか、ギリギリと壊れそうな音を立ててゆっくりと開いていく。
エンジンは停止寸前、ローターもいつ千切れ飛んでもおかしくなく、黒煙の量も次第に多くなっていく。墜落するのも時間の問題だ。

「まだだ、まだ壊れるな……」
 操縦桿を必死の形相で握り締め、額に脂汗を流しながらヴァイスは死にかけの愛機に呟いた。
「もう少しだけ、もう少しだけ頑張ってくれ。もうちょっとだけ耐えてくれ!」
 列車の上空に到達した。ヴァイスは「今だ!」と叫び、目一杯操縦桿を引いて少しでも長く空に留まろうとする。
空にいられた時間はわずか五秒。仲間は全員飛び出した。
列車を通りすぎれば地面に向かって落ちるだけ。高度を落としすぎた。脱出する時間は残されていない。
ヴァイスに見えるのは、視野の大半を占める一面の緑色。
出来ることは、訪れる破滅を覚悟し、歯を食いしばること。

「くっそぉ!」
 黒煙の線を引きながら、ヴァイスのヘリは樹木の海へ突っ込んだ。
機体がひしゃげ、テールがへし折れ、木々を切り裂くローターが一枚二枚、土や木片と一緒に吹っ飛んでいく。
四方からの衝撃がヴァイスを猛烈に揺さぶる。
計器盤に頭を突っ込みかけ、砕けた強化ガラスが体に突き刺さるのを感じ、ヴァイスは意識を失った。

 再び意識を取り戻したとき、ヘリの様子はがらりと変わっていた。
眼前の計器盤は砕け散り、火花を散らして雑音を垂れ流す。折れた樹木がキャノピーを付きぬけヴァイスのすぐ隣に突き刺さっている。
匂ってくるのは、漏れ出した燃料の匂いと電子機器が焼ききれるきな臭い悪臭。
感覚の失せかけている体は痛みすら感じず、右手は完全にへし折れたのか、動かそうとしてもぴくりとも動かない。
両足は変形した操縦席に邪魔されて見えないが、見えたとしてもあまり良い状態ではないだろう。
まともに動かせるのは左腕だけだ。それを使って頭に触れると、ぬるぬるした液体でべっとりと濡れていた。

「な……だよ……こ……れ……」
 口を開くと、腹の底からこみ上げてきたものがごぼりと泡を立てて計器盤を真っ黒に染め上げた。
「く……そ……な……で……おれ……が……じょう……ん……じゃね……ぞ……ったく……よぉ……」
 ヴァイスは頭から流れる血流を拭うことなく、座席の残骸に力なく持たれかかった。
半分になった視界。徐々に白く染まっていく景色。そこに、まだはっきりと見えるものがある。
それは、空を彩る無数の光弾と爆炎。列車が走っていたであろう青き線路。

(そうだ……)
 ヴァイスは傷だらけの顔に力を込め、笑顔を浮かべた。
それは敗残者が浮かべる卑屈な笑みではない。勝者が作る屈託の無い笑顔だ。
俺はここで終わるかもしれない。だが仲間達はまだ生きている。
なのはもフェイトも新人達も、それぞれの戦場で戦っている。
機動六課が生き残っている限り、俺の敗北は訪れない。そして、彼女達なら必ずやってのけるだろう。
『妹』を傷付け、罪を償うこともせずに逃げ出した臆病者。そんな男が得ることの出来た、ただ一つの勝利だ。

(ああ……こうなるんだったら『妹』と……ラグナと仲直りしとくんだったな……)
 頭に浮かんだ未練を振り払い、ヴァイスは左拳を突き上げ絶叫した
「俺がこんなに痛い思いしたんだ、おめーらぜってー勝ってこい!」
 ヴァイスはもう一度赤い濁流を口から噴き出し、がっくりと前のめりに崩れ落ちた。
「あとは……たの……ん……だ……ぜ……」
 その言葉を最後に、ヴァイスの意識は白い闇の中へと沈み込んでいった。

To be Continued. "mission11『光と嵐と異邦人(中編)』"

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最終更新:2008年10月23日 22:59