生き残れたんなら、たぶんうまくやったのさ
――――JKW、フリーランサー
Lyrical in the Shadow
第1話「ウィザーズ・ストライク!」後編
~それは最悪の出会いだった~
[……ちょっとまずいかもしれないよ]
目的地まであと数分、と言ったところで、不意に、黒ひげさんのブルドックに乗っているランドールから通信が来た。
「どうした、ランドール」
[セーフハウスのシステムを、誰かがハッキングしてるみたいだ]
それはランドールも同じだ、とは思ったが、茶化していい事態じゃない。ハッキングをされているという事は、アタックチームは、すぐにでも突入可能、と言うことだろう。
「それじゃ、飛ばすよ」
『譲ちゃんは先行してくれ。こっちの速度(あし)じゃ、どうやっても追いつけん』
同じ事を感じたのだろう。隣でフェイが運転するパトロール1と、後ろにいるブルドックが、スピードを上げる。
だが、どちらも装甲付きとは言え、パトカーと輸送用バンだ。黒ひげさんの技能をもってしても、この差を埋めるのは難しいのだろう。
だが、とりあえずやらなくてはいけないのは……
「ランドール。そのハッカーを落とせるか?」
[やって見るよ]
確か、コムリンク破壊用だけでなく、殺傷系のプログラムも持っていたはずだ。ハッカーを落とす事が出来れば、相手の脅威はかなり減る。よしんばだめだったとしても、その後のサポートに支障をきたす事はまちがいない。
……まぁ、だめだった時、というのは、ランドールが危険にさらされたとき、ということなのだが……奴のことだ。無事に逃げおおせてくれるさ。
「それで、アレンはなにやるの?」
何処となく楽しそうに(いや、恐らく楽しいのだろう)フェイが尋ねる。とは言ってもなぁ……
「今の状況で、俺になにが出来るって言うんだ?」
「先行してみてきたら? アストラルから」
なんて事言い出すんだ、この娘は。
確かに、その手はある。だがそれは、状況がまったく分からない時にこそ、真価を発揮する。
ランドールのハッキングにより、セーフハウス内の状況がある程度分かっている今、どれほどの意味があるのか。
とは言え、アタックチームの状況が分かってないんだよなぁ……えぇい、くそっ!
「それじゃ、身体は頼むぞ」
「りょーかい」
フェイの声を合図に、俺は、意識を切り替えた。もう一つの世界――アストラル界(プレーン)の扉を開くために。
そこをもっとも簡単に説明すれば、「生命の光にあふれる世界」だ。
物理界と平行に存在するこの次元界(プレーン)は、命ある物の光――いわゆるオーラによって輝いている。逆に、命のない物は灰色にくすみ、輪郭もぼやけている。
この世界を知覚出来るのは、魔法使い以外にもいる。その中には、魔力に覚醒していない者さえいる、という。
だが、その先――アストラル界に己を投射できるのは、俺達のような魔法使いだけだ。
己の精神を肉体から解き放ち、アストラル界に投射する。そうする事で、物理界のあらゆる制約にとらわれることなく、自由に動き回る事が出来るのだ。
だが、問題もある。物理界とアストラル界の壁が「硬い」ため、互いが互いに影響を与えることが出来ないのだ――幾つかの例外を除いて。そのために、孤立無援で闘うか、指をくわえて見ているかのどちらかになる事もある。
とは言え、こちらに来たからには覚悟を決めるしかない。俺は車をすり抜け、記憶を頼りにレッドさんがいるはずのセーフハウスへと向かう。そのスピードは、車なんかよりもはるかに速い。本当に「あっという間」だ。
とりあえず、近くに来たところで木々のオーラに隠れ、あたりを観察して見る。
セーフハウスとはよく言ったもので、本来ありえないはずの光にあふれている。窓に取り付けられた格子に巻きつく蔦だけでなく、壁までもが光っているのだ。しかもただのオーラではなく、こちら側に存在する事を示す光り方だ。
まぁ、この家の役割から、あれがなんなのかは想像がつく。「覚醒ツタ」のブラインドと、「二元性バクテリア」を封入した壁。そんなところだろう。
こいつらがいわゆる「物理界とアストラル界に同時に影響を与える例外」――俗に「二元生物」と呼ばれるものだ。たかが植物とバクテリアだが、これだけでアストラルからの進入は面倒になる。
とりあえず、アストラルからの警備を確認した俺は、周りにいるはずの人影を探す。そして出てきたのは、6つの人影。
内4つは、オーラが極端に薄い。それはつまり、サイバーウェアなどによって身体改造を行っている――いわゆる「サムライ」達だ、ということだ。それが4人……この時点で厄介だな。今の俺には関係ないとはいえ。
1つはまったく逆に、光にあふれている。しかもそれは、俺と同じ魔法使いのオーラだ。しかも、こんなところまで出張るという事は、恐らく戦闘魔法のエキスパート。魔法の助けとなる収束具の類を持っていないことが、救いだと言っていいだろう。
最後の1つは……はっきり言って、「人」と言いたくない奴だ。何せそいつは、逆巻く炎をまとったトカゲ――恐らくもなにも、火の精霊だろう。古式ゆかしきサラマンダー、というわけだ。
……帰りたくなったな、おい。
とは言え、ここまできた以上、逃げ出すわけにもいかない。精霊がいる以上、奴の相手は俺がするしかないんだし、その分、サムライ相手にがんばってもらおう。フェイあたりは喜んでやりそうだが。
と、馬鹿な事を考えているうちに、あちらさんはなにやら相談を始めたようだ。恐らく、厄介な防衛能力を持つこの屋敷に、どうすれば良いのか対策を練っているのだろう。
しばらくの後、1人が諦めたように首を横に振って、玄関前に集まる。正面からの襲撃か。あまり得策とはいえないだろうが、それだけ、搦め手からではここの攻略が難しい、ということだろう。
さて、こちらものんびり構えている場合ではなくなったな。とりあえず、奴らをせかしておくか。
といっても、一旦戻っていては時間がかかる。ここは1つ、奉仕精霊――ウォッチャーにでも伝言を頼むとしよう。
俺はすばやく、召喚のための術式を組み上げる。そして、俺の呼びかけに応え、それが目の前ににじみ出てきた。
「……あ゛~? 何の用ッスか、ご主人」
……なんでこんなんなんだよ……
だからと言って、誰を呼ぶのか選べない以上、諦めるしかないんだよなぁ、くそぉっ!
「あ~、伝言をだな……」
「でんごん~? んなことのために呼んだんッスかぁ?」
「……とにかく、静かに聞け」
「それが頼みごとッスか」
こっいっつっはぁ~ッ!!
思わず叫びだしそうになるのを、懸命にこらえる。距離はあるとは言え、万一にでも向こうの精霊に聞かれたら、こっちの身がやばい。
確認のために向こうを見るが、ありがたい事に、こちらに対しての動きはない。だが、いつでも突入しそ
桃色の閃光が奔った。
その奔流は扉を壊しただけでなく、その前に集結していたアタックチームを飲み込み、森の中へと消えていった。
…………なんだ、あれは?
魔法か? 魔法なのかっ?! あんな馬鹿げた魔法、見た事も聞いた事もないぞっ!
どこかのアニメのビーム砲じゃあるまいに、あんなものが存在していいのか? そもそも、あれが魔法だとしたら、どんな魔力を持ってるんだ、あれを使った奴は。
恐らく、間接攻撃魔法の一種なんだろうが、さすがにあんな魔法では、喰らった方を心配してしまうな……
そんな恐怖の閃光が納まったあと、そこにいたのは……倒れる事のなかった4人と1匹。さすがに、魔法使いは耐え切れなかったらしい。呪文対抗は間に合ったのだろうが、それだけの高威力だったのだろう。
こちらにいる精霊はともかく、サムライ4人は、よく耐えられたものだ。やはり、普段からの鍛え方が違う、と言うことか。あ、でも、魔法使いも起き上がるな。本当に倒れただけか。
だが、あまり呆けてもいられない。何せ、精霊が今しがた出来た穴から突入したのだから。
……って、まずいっ!
「フェイに伝えろっ! 『パーティーが始まった』ってなっ!」
「え~、んなこと伝えるんっスかぁ? しゃーないですねぇ」
……なんかもう一言言ってやりたいが、今はそれをBGMにして会場に向かう。はっきり言って、精霊が動いた事が、一番の脅威なのだから。
なにせ、アストラル界にいる奴には、物理界の障害など、一切関係ないのだ。もちろん、攻撃だって意味がない。もっとも、物理界から見えないのだから、攻撃のしようがないのだが。
そもそも、精霊の本体はアストラル界にいる――いわゆる「アストラル体」なのだ。「物質化」と言って、物理界に出る事も出来るが、その時でも、魔力のない攻撃はほとんど効かない。そして、レッドさんは魔力をもっていないと聞く。
となれば、精霊のやる事は簡単だ。全ての障害をアストラル界で通過し、レッドさんの目の前で物質化する。そうすれば、いつの間にか炎に包まれて終わり、と言うわけだ。
それを防げるのは、今現在、奴の動向を把握している俺しかいない。戦闘が得意とは言えない俺からすれば、はっきり言って損な役周りだ。だが、そんな事も言ってられない。これは仕事なんだ。
……人間、ある程度は諦めが大切なんだ。
泣きたくなるのを堪え、アタックチームをすり抜けた俺は、玄関に開いた穴から中へ入る。そこから続く廊下の先には、先ほどの術を使ったのであろう魔法使いが1人。
……って、あれは本当に魔法だったのか……何か、自信を無くすな……
だが、問題となる精霊がいない。やはり、一目散にレッドさんのところへ向かったのだろうか。となると……
「きゃぁぁぁぁぁっ!」
上から聞こえてくる悲鳴。やはり2階かっ!
すかさず天井をすり抜け、2階へと躍り出る。するとそこには、物質化した火の精霊と、怪我をしているのか、身動きがとれなさそうな男(恐らくレッドさん)が。
そして、その男を守るように障壁を張る少女の姿があった。
その少女のオーラから伝わってくるのは、恐怖と使命感。こんなものがいきなり現れ、攻撃して来たのならば、当然だろう。それでも障壁を張った事は、驚嘆に値する。
そのおかげで、レッドさんらしき人物を守ることが出来たし――なにより、俺にとってきわめて有利な状況になった。
それは、精霊が物質化しているという事。
物質界とアストラル界は、相互に影響を与える事が出来ない。だが、それには例外がある。
それが、物質界とアストラル界の両方に、「同時に」存在している事。具体的に言ってしまえば、この家のセキュリティにもあった、覚醒ツタや二元性バクテリアのような、いわゆる二元生物がそれである。
他にも、物質界に影響を与えられるようになったアストラル体――つまりは、目の前にいる物質化した精霊もそれに当たる。
俺は、この幸運に感謝した。今の今まで気付かれなかった事。そして、精霊が物質化していた事。反動が怖いが、今は気にしない。
すかさず、術の公式を組み上げる。神経に過負荷を与え、衰弱させる術、《喪神破/スタン・ボルト》。その公式に魔力を与え、視線に乗せて目標――火の精霊に送る。この一撃で落ちるよう、切実に願いながら。
精霊が衝撃で震えた。ようやくこちらに気付いたようだ。振り向きざまに、その牙で喰らいつきにかかる。
だが、さっきの呪文が効いたのか、その動きは緩慢だ。いくら戦闘が苦手だと言っても、こんなものを喰らうほどじゃない。
炎の牙を躱したところに、今度は爪が振りかぶられる。だが、こちらがアストラル界にいて、そちらが物理界に影響されている事を忘れてもらっては困る。
肉体の軛から解き放たれた魔法使いの速さ、忘れたわけではあるまい!
すかさず、2発目の喪神破を組み上げる。そして、それは精霊に当たり……拡散して消えた。……って、あれぇ?!
振り上げられた爪が、無情にも振り下ろされる。しかも、今度はかなりやばい!
「うぉあっ!」
思わず上がった悲鳴と共に、後ろに下がってそれを何とか躱した俺は、3発目をぶち込んだ。今度はちゃんと発動し……短い咆哮と共に、精霊の姿が掻き消えた。
何とか墜とせた。だが、その喜びに浸っている場合じゃない。下では、まだ戦闘が続いているのだ。俺はすばやく床をすり抜ける。
ちらりと廊下の奥を見ると、魔法使いが障壁を張っているのが解った。それを破れず、四苦八苦しているようだが……ちょっと待て。
アタックチームが使っているのは、恐らくSMGだろう。それを完全に防ぎきる障壁なんて、どうやったら張れるんだ?!
あの魔法使い、ほかっておいても大丈夫なんじゃないか?
ちらりとそんな事を考えたが、成り行き上、そうもいくまい。とにかく、今は肉体に戻ろう。そう思いながら、俺は外へ出る。
ちょうどその時、フェイの車が姿を現した。嬉々迫るオーラをまといながら。
「サミー4にウィズ1! 廊下奥にV1、2階に2!
それから、止まれっ!」
肉体に戻って開口一番、俺はそう叫んだ。
だが、世の中と言うものは無情である。
「奇襲に速さは重要だよ」
エンジンがさらに唸り、シートに押し付けられる感覚が強くなる。って、加速したぁ?!
正面にいたサムライが、SMGを撃ってきた。フェイはハンドルをひねって躱そうとするが……頼むから、俺の方を敵に向けるなっ! しかも躱せてないっ!
「おわぁっ!」
すぐ脇から聞こえる鉄のドラムに思わず悲鳴をあげながら、俺はこれを作ったクライスラー-ニッサンに感謝した。まったく、良くぞここまで頑丈に作ってくれた。装甲はへこみはしたが、中にまでは飛び込んでこないのだから。
だが問題は、この妨害でもフェイは止まらないと言うことだ。
エンジンの咆哮と共に大きくなる、ブラインド付の大窓。俺は、この先に起きる事を予感しながらも、叫ばずにはいられなかった。
「止めろぉぉぉっ!!」
「とっか~んっ!」
ブラインドがひしゃげ、ガラスが砕ける音を聞きながら、俺は考えた。
フェイがこの暴挙を控えるのと、俺が慣れるのと、どちらが「進歩した」と言えるのだろうかと。
車はそのまま部屋に飛び込み、家具を跳ね飛ばし、遮蔽をとっていたサムライごと扉を突き破り、廊下の向かいの壁にめり込んだところで、ようやく止まった。
あまりの事に、銃声もが一瞬止まった。その隙をついてフェイは飛び出し(よかったな、廊下が広くて)、腰の両側に下げたホルスターから、愛用のヘビーピストル、マンハンターを引き抜く。
銃声と共に二つの方向に向かって――すなわち、つぶされたサムライと魔法使いに向かって、炸薬入りの鉛を吐き出した。それが二つの命への止めとなり、同時に、銃撃戦の再開のベルを鳴らす。
そして、フェイが叫んだ。
「香港警察だぁっ! 手を挙げろぉっ!」
いや、違うだろ。
呆れながら出ようとして、寸前で思い止まった。何せ、こちらは玄関側。つまり……こちらに向かって銃口が光っているのだ。開けたとたんに蜂の巣になるのは必至だ。
仕方なく、車窓から敵の位置を確認する。手前の扉を遮蔽に1人、玄関に2人、か。ならば、とりあえず……
と、その時、手前の扉に隠れたサムライが、こちらを確認しようと顔をのぞかせたところに、偶然目があった。
だが、ロマンスが生まれる事はない。愛の言葉の変わりにプレゼントするのは、本日4発目の喪神破だ。
見えざる魔力が相手の中で炸裂し、その衝撃に小さく震える。そしてそのまま、崩れ落ちるように倒れ、手から銃……ではなく、手榴弾が零れ落ちる。
……あれ?
轟音と爆風が、辺りを嘗め尽くした。
遮蔽の向こう側にいる敵を倒すのに、手榴弾やグレネードはきわめて有効だ。まして、このような廊下では、壁が壊れずに衝撃を反射する事すらある。
敵を一網打尽にするには、有効な手段である。
だからこそ、サムライは銃弾を引き付け、後方の魔法使いやハッカーが狙われないように、前線を構築する。チーム全体の生存率を高めるため、自らを死地に置くからこそ、「サムライ」と呼ばれるのだ。
衝撃に揺さぶられる車内で、俺はそんなとりとめの無い事を思い出していた。確かあれは、ローンスター時代だったような……
まぁ、そんな事を考えていても、現実逃避以外の何物でもない。ただ単に、「手榴弾によって1人死んだ」。それだけだ。
殺す気が無かったのに殺してしまったのは、少々胸が痛むが……殺るか殺られるかの状況だ。知り合いが死ぬより、随分とましだ。
……まぁなんだ。俺が言うのもなんだが……「運が悪かった」と言う事だな、うん。
「今のは凄かったね!」
むしろ「歓喜の声」と言った方がいい声を、フェイがあげた。その間にも銃撃は続き、また1人が倒れる。
あと1人か。さすがにそろそろ、向こうも撤退だろう。だが……
更なる銃声が外から聞こえ、最後のサムライが倒れた。
『よぉ、大丈夫だったか?』
そんなスピーカー越しの声と共に、その猛獣が姿を現す。
ホワイトナイトと言う名のLMGの牙をもった、四足獣を模した黒ひげさんのドローン、ドーベルマンだ。
「えぇ、何とか。
そちらのお嬢さんは?」
俺は車から出ながら、奥にいた女性に声をかけた。
まだ若い、日本人らしい少女……なのか?(日本人は若く見える、と言うしな)栗色の髪をツインテールにして、白を基調にしたジャケットを着ている。
だが、一番目を引いたのは、その杖だ。
魔力を使う行為を助ける、収束具のようだが……あんなでかいんじゃ、扱いにくいだろうに。だいたい、あのマガジンらしい装飾はなんだ? 製作者のセンスを疑うな。
「……大丈夫ですけど……誰なんですか、あなたたちは?」
警戒を滲ませながら、その少女(と言う事にしておこう)は尋ねた。……あぁ。
「そういえば、名乗ってなかったな。とりあえず……
フェイ、車をどけろ。いつまでもここにあったんじゃ、邪魔だ」
「はいはい。すぐに退けるよ」
そう面倒くさそうに言って、フェイは車を下げる。これで多少は落ち着いて話が……
「! ガジェット?!」
……はぁ?
そもそも、車が飛び込んできたときから、混乱しっぱなしだった。
でも、それは当然かもしれない。目の前に車が飛び込んできて、冷静でいられる人間なんて、どれほどいるのだろうか。
しかも、その車から飛び出してきたのが、地球にはいないはずの人だから、なおさらだ。
シグナムさんよりも大きな、筋肉質の体。尖った耳。下顎から伸びた牙。ミッドチルダでも、あまりお目にかからない。そんな体格をした女性だ。
そんな人が、発砲してから「香港警察だ」なんて言うから、余計に混乱して……
だって、「発砲してから」だよ? 警告するなら、発砲する前にしようよ。しかも、ここはアメリカだよ? いくらなんでも、香港警察は出てこないんじゃない? 確かにこの人、中国系みたいだけど……
何とか気を取り直し、魔法を使おうとしたところに、手榴弾が再び爆発。車とシールドがあったから、衝撃は大した事なかったけど、その音に一瞬、身が竦んでしまった。
そうやって、手を出すタイミングを悉く失ったせいで、気付いたら、銃撃戦は終わってしまっていた。
『よぉ、大丈夫だったか?』
そんな時に聞こえた、スピーカー越しのような声。でも、誰がしゃべっているのかは、車と女性の陰になっているせいで、よく解らない。
「えぇ、何とか。
そちらのお嬢さんは?」
そういって車から出てきたのは、彫りの深い白人男性だった。どこか茫洋としているが、探るような眼光が私を……と言うより、レイジングハートを射抜いた。
「……大丈夫ですけど……誰なんですか、あなたたちは?」
思わず、警戒してしまう。結果としては助けてくれたのだから、お礼を言うべきなのかもしれない。だけど、どうしても、それをためらってしまう。
あの銃撃戦の終わり方は、皆殺しのはずだから。
この位置からじゃ、全部は見えないけど、多分、そうなのだろう。
ゴートさんは「援軍がくる」と言ったけど、もしこの人たちがそうじゃなかったら……闘う相手が変わっただけだ。
私の後ろにいるゴートさん、そして、ヴィヴィオのためにも、引くわけにはいかないのだから。
「そういえば、名乗ってなかったな。とりあえず……
フェイ、車をどけろ。いつまでもここにあったんじゃ、邪魔だ」
「はいはい。すぐに退けるよ」
そう言って、フェイと呼ばれた女性が車を動かす。そして、その車の陰から現れた、3人目の声の主。
「! ガジェット?!」
その姿を見たとき、思わず声が出てしまった。
ヴィータちゃんがゆりかごの中で見たって言う、Ⅳ型と命名された、他脚型のガジェット。記録映像で見たあの機体ほど鋭角的なフォルムじゃないけど、どこか似ている機体。
私の緊張が高まる中、当の2人――白人男性とガジェットは、不思議そうに顔を見合わせた。
「……『ガジェット』って言うほど、目新しいものでしたっけ?」
『戦闘用ドローンだからな。一般には出回らんから、そっちからすれば目新しいかも知れんが……
少なくとも、電化製品では無いぞ』
そんな会話の内容から、互いの認識に齟齬がある事に気付く。「ガジェット」の意味が、私とあの人たち(もしくは、この世界)では違うのだろう。
[ママッ!]
ちょうどその時、ヴィヴィオからの念話が入った。
[ヴィヴィオ! どうしたの?!]
[ゴートさんが、下におりようとしてる!]
えっ!
いくらなんでも、この人たちが誰なのか分からない状況で会わせるのは、問題が……
「……どうかしたのか?」
と、急に黙り込んだ私に、訝しげに尋ねてきた。
「いえ、それより……あなたたちは誰なんですか?!」
ごまかすように、話を元に戻そうとする。声を少し荒げてしまったけど、これ以上に体裁を整える余裕が無い。
「……あぁ、そうだな。
こっちにいる人の救援に来たんだが……会えるかな?」
そういって、上を指す。……って……
「……ゴートさんの言ってた『援軍』ですか?」
「……『ゴート』?」
『別人か? 確か、『レッド』と名乗っているはずじゃなかったか?』
まさか、違うっ?!
「いや、俺で当たってるよ」
そういって階段から降りてきたのは、ゴートさんとヴィヴィオ。……って、
「ゴートさん! 動いちゃ……」
「いや、いい。
それより、あんたたちが援軍なんだろ、ブルー?」
駆け寄ろうとする私を手で制して、ゴートさんは、何事も無いように、あの男性に話しかける。
……って、「ブルー」って?
「えぇ。……え~っと……『飛騨から助けに来ました』」
……飛騨?
えぇ……と……合言葉……なんだろうか? ……向こうの人も、ちょっと困惑してるけど。でも、ゴートさんは納得してるみたいだし……
とりあえず、援軍……でいいのかな?
「ゴートさん、これは……?」
思わず、尋ねてしまう。
『……あ~、つまり、だ。
その小娘の言った『ゴート』っていうのは、偽名だ、って事だな』
「もちろん、『マスク・ザ・レッド』もそうだがね」
納得したようなドローンの主に、苦笑しながらゴートさんは言った。
……って……
「なんでそんな事をっ!」
「……敵か見方か判らん状況で、本名を名乗るなんて、出来るわけないだろう?」
今度は、呆れたように言った。
「あぁ、それで『スケープ・ゴート』からですか」
「咄嗟だったからな。とは言え、悪くないだろ?」
なんだか、私だけ取り残されてるみたい……
「……なのはママ、どういう事?」
あぁ、取り残されてるのがもう1人。
そんな私達をちらりと見てから、あの男の人が話し始めた。
「とりあえず、黒ひげさん。車をもってきて、レッドさんを乗せて貰えませんかね。
あの2人は、俺と一緒に、フェイのに乗せますんで」
『そりゃかまわんが、依頼を受けたのはお前だろ? お前がこっちに乗らなくて良いのか?』
「……あの車にけが人は乗せれませんよ。主に運転手のせいで」
「ほほぅ、それは悪かったね」
そう言ってきたのは、先ほど車に乗って行った女性だった。威嚇するような、獰猛な笑みを浮かべているけど、目が笑っている。
だからだろうか、男性はそれに怯まず、言葉を続ける。
「ランドールには、もう一仕事してもらわないといけないですから、こっちに乗せるわけにもいかないんですよ。
それこそ、気付いたらどうなっている事か」
……「フェイ」と呼ばれるこの女性の運転は、そんなに酷いのだろうか……
「それに、2人に聞いておきたい事もあるもんで」
そういって私を見たその目は……
再び、探るような光を湛えていた。
「あぁ、燃やしておいてかまわんそうだ。……うん、頼む。
さて……と。まずは礼を言っておかんとな。
あんたがレッドさんを守ってくれたおかげで、こっちの仕事も何とか成功だ。ありがとう」
「あ……はい……」
フェイさんの車の中、誰かとの通信を終えた男性が優しげに話しかけてくれるけど、私は、居心地の悪さを感じていた。
何せ、パトカーである。しかも、家に飛び込んだせいで、フロントはぐしゃぐしゃ。横には弾痕まである。
……どう見たって「いわくつき」のパトカーに乗ってくつろげる人が、目の前の2人以外にいるのなら、見てみたい。
「でも、もう少し依頼が早ければ、簡単だったんじゃない?」
「それは向こうの都合だからな。こっちじゃ関与できん。
なんにせよ、あんたにもそれ相応の礼金を払わなきゃならんと思うんだが……コムリンクはアクティブにしないのか?」
そう訊かれたとき、ドキッ、とした。何せ、未だに「コムリンク」が何なのか、知らないのだ。とりあえず……
「……今は……持ってないんです」
「……まぁ、あんなごたごたがあったからな。なくしててもしかたがない、か」
……うん。何とかごまかせたみたい。
「……それじゃぁ、あんたが何者なのか、教えてもらえるかな。
あぁ、ちなみに俺は、アレン・ブラッカイマー。しがない探偵だ」
私の方を振り返りながら、彼――アレンさんは、そう言った。
「あたしはフェイニャン(飛娘)。香港警察だよ」
車を運転しながら、フェイさんが続ける。……って。
「さらっと嘘をつくな、さらっと」
呆れながら、アレンさんが突っ込む。やっぱりと言うかなんと言うか、警察ではないみたい。
「Boo。でも、探偵なのは間違いないんだけどね」
ちょっと拗ねたように言った。でも……ごめんなさい、正直言って、可愛くないです。
「んで、あんたは?」
再びこっちを見て、アレンさんが尋ねた。
私は戸惑った。ゴートさん、(いや、レッドさんか)みたいに、また偽名を使われているのかもしれないから、警戒した方がいいはず。だけど、ちゃんと名乗ったほうがいい。そんな思いが、どうしても消えない。
……うん、ちゃんと名乗ろう。
「私は高町なのは。こちらはヴィヴィオ。私の娘です」
「高町ヴィヴィオです」
ちょっとおどおどしながら、ヴィヴィオが続いた。
慣れない状況の連続で、緊張しているんだろう。安心させようと、きゅっと抱き寄せてあげる。
「そうか。
……それで、なのは。なんであんなところに居たんだ?」
アレンさんは、三度私を見つめ、尋ねてきた。とは言え……
「何処から話せばいいのか……」
簡単に言ってしまえば、ミッドチルダから地球へ向かう際の転送事故のせいだ。
地球とは別の次元世界ミッドチルダには、私の現在の職場「古代遺物管理部機動六課」がある。だから、普段はそっちで生活してるんだけど、今回は、ヴィヴィオの紹介も兼ねて、里帰りをしよう、という事になった。
そこで、近くまで行く次元航行船に乗せてもらい、近付いた所で、長距離の次元転送をしてもらったんだけど……着いたら、まったく知らない世界だし、いきなり、あんな戦闘に巻き込まれるし……
「……まっ! なのはママッ!」
……と、そこまでいったところで、ヴィヴィオに引っ張られている事に気付いた。
「ん……あ、どうしたの、ヴィヴィオ?」
すごく慌ててるけど、何かあったんだろうか?
「そんな事まで言っちゃっていいの?!」
切羽詰った表情で、そんな事を言ってくる。でも……そんな事?
私は、さっきまで自分が「言っていた」事を思い返して見る。そして……ぞっとした。
私……なんて事をっ!
その話を聞いたとき、ただの妄想だと割り切りたかった。
「……アレン、あの『なのは』ってのが言ってること、本当なの?」
フェイが、訝しげに訊いてくる。まぁ、言いたい事は分かるが……
「生憎、言ってる事が本当かどうかを『知る』事は、俺には出来ん」
確かに、《真偽分析/アナライズ・トゥルース》と言う呪文はある。しかし、俺はその呪文式を知らない。
とは言え、
「知る事は出来んが、あっちの『ヴィヴィオ』って娘の言う事を考えると、本当なんだろうな」
でなければ、あそこまで慌てる事は無いだろう。何より、あんな子供に、あんな演技が出来るとも思えない。
まぁ、その高町親子はと言うと、こっちを相当警戒しているのだが。
「あの……今言った事は……」
「魔法で何とかなら無いの?」
なのはの言葉を遮り、フェイが訊いてくる。……って、あのなぁ……
「魔法を使った結果があれだ」
使ったのは、《感化/インフルエンス》。簡単に言ってしまえば、催眠術をかける呪文だ。もちろん、普段なら、使った事さえ打ち明けないものだが……
「! いつ使ったんですかっ?!」
ヴィヴィオを庇うように抱きかかえながら、なのはが睨んでくる。まぁ、そうしたくなる気持ちは解るが……
「いつ……って言われてもなぁ……」
「目と目があった瞬間だよね」
……何処のラブソングの歌詞だ、それは? あながち間違っていないのが、余計に腹が立つのだが。
「まぁ、お前さんの言う『ミッドチルダ』じゃどうかは知らんが、こっちの魔法使いは、視認出来れば魔法をかけれる、と言うことだ」
そこまで言って、アストラルから見た時にあった、あの奇妙な光景を思い出す。
「それに、あんな派手な魔法陣も出ない」
そう、あの障壁を張っていたときに、なのはの足元にあったあの魔法陣。あんなものを見せる様式を、俺は聞いた事が無かった。
だが、なのはの言う別の次元世界――こっちで言う上位次元界(メタ・プレーン)なら、有るのかもしれない。
「それじゃ、いつ魔法を使ったのか、分からないじゃないですか!」
非難するような声が響く。あぁ、もう!
「あぁ、そうだよ。だから『覗き見野郎』って蔑まれるんだ、魔法使いは」
つい、不貞腐れてしまう。こっちだって、こんな使い方が気持ちいいわけじゃない。不審な相手だからこそ、わざわざ使ったんだ。
「でもさ、手の内を明かしたって事がどういう事か、考えてみたら?」
フェイ、いい事言った。
「……それじゃ、信用してもいいんですか?」
さっきより幾分和らいだ様子で、なのはは尋ねてきた。とは言え、信用できるかと言われると、難しいと思うが……
「そういうのとは縁の無いのが、シャドウランナーだよ」
フェイ、悪い事言ってる。って言うか、余計警戒されるような事言うなよ!
俺は思わず、胃のあたりを押さえた。さっきからキリキリと痛んでるんだ。勘弁してくれ。
「あ~、とにかく、だ」
何とか話題を変えようと、俺は必死に頭を回した。
「なのはの言っている事が本当だとすると、俺たちは、『ありえないこと』を目撃している事になる。下手に企業に知られれば、どうなるか解らん」
「そうなの?」
事の重大さに気付いてないのか、フェイが気楽に訊いてくる。
「なのは、さっき『転送魔法』って言ったよな。そいつは、メジャーなのか?」
「……あまり使われませんけど、存在自体だけなら……」
なのはは警戒したままだが、質問にだけは答えてくれた。
「だがな、こっちの魔法じゃ、それが使えない。そして、それが出来れば、莫大な利益を生む可能性がある。
金儲け至上主義の企業が、目を付けないわけ無いだろう?」
「時空連続体を改変できない」……それは、魔術の基本法則の1つだ。時間も空間も、「操作できるはずが無い」のだ。
「それに、なのはの言う『次元世界』と、俺たちの言う『上位次元界』が同じと仮定すると、さらにとんでもない事になる。
次元間を物理的に移動するなんて、『絶対に不可能』なんだからな」
「アストラル界と物理界の境界は越えられない」……これは、上位次元界に対してもそうだ。だが、この法則を無視できる魔法を、なのはたちはもっている事になる。
「つまり、こっちの世界で出来ないような事が出来る、って事は、下手をすれば『研究材料』としてみられる可能性がある、と言うことだ」
「なっ……!」
事の重大さにようやく気付いたのか、なのはが驚きの声をあげる。なんとも暢気な、と思わなくも無いが、今までの「当たり前」が、いきなり「非常識」になるのだから、思考が追いつかないのも仕方がないだろう。
「それじゃ、なのはたちをどうするの?」
……まぁ、フェイの疑問ももっともだ。とりあえずは……
「ここまで知ってしまった以上、企業に知られてモルモットにされるのを見るのは、忍びないしなぁ……」
「相変わらず、甘いね」
からかうように言ってくるフェイに、「うるさい」と一言返しておき、俺は続ける。
「とりあえず、俺たちには緘口令を敷こう。で、なのはたちは、あまり魔法を使わないようにしてだな……
そういえば、その杖も、向こうの世界の収束具なんだろ? あまり見せびらかすなよ?」
とは言っても、窓からはみ出さなきゃ車に乗せれないような物を、どうやったら隠せると言うのだろうか。まぁ、無茶な注文かもしれないが……
「……解りました。
レイジングハート、待機状態に戻って」
『All right. Jacket off』
なのはが杖に向かってそう言うと、返答の後、光の粒子に分解され、赤い宝玉のついたペンダントになる。しかも、ジャケットも輝いたかと思うと、何処にでもありそうな服に変わった……って……
「……魔法って、便利だね……」
「あそこまで便利なのは、こっちにはねーよ」
もはや、驚愕を通り越して、呆れるしかない。
服はまだ分からなくは無い。確か《仕立て/ファッション》とか言う魔法があったはずだ。
だが、杖はまったく理解不能だ。あんなに小さくなるわけ無いだろ! しかも、しゃべったぞ!
「と……とにかく、だ。その……レイジングハート、って言ったっけ? それも、他の奴に取られないように、注意しろよ」
『It's reliable. Since there is no mind used in addition to a master』
「マスター以外に使われる気は無い」、ね。ははっ。
俺、謎の物体と会話しちゃったよ。
でもまぁ、バーチャル・パーソンで架空の人間と会話してる奴らもいるんだ。この程度、大丈夫だよな、うん。
俺は何とか精神を落ち着かせようとして、早くレイチェルに報告しよう、と心に誓った。
酒が飲みたい。その欲望を、一秒でも早く満たすために……
「……浮気は男の甲斐性、って言うけどね」
開口一番、レイチェルは俺に向かってそう言った。その顔は……すごく優しい笑顔だった。
……逆に怖いんですが……
「いや、そもそも浮気とか言う以前にだな……」
「なのはさんにヴィヴィオちゃん……でしたっけ。コムリンクの件は、よろしければ、こちらで用意しますが」
……無視されたよ……
「いえ、それでしたら、アレンさんが……」
「まぁ、愛人の一人ぐらい養えないようでは、男として問題がありますからね」
だからその笑顔怖いって!
「あの、私とアレンさんは、そんな関係じゃ……」
「……ママ、『愛人』って?」
「えっ、……いや、それは……」
「ヴィヴィオちゃん、人には『知るべき時』っていうのがあるの。解るわね」
「……ぁい」
そんな小さい娘をビビらせんなよ! あ~ぁ、涙目になっちゃってるよ。
「でも、そうすると、報酬なのですが……」
「あ~、それなら、俺が一度預かってだな……」
「……手を付けないようにね」
……俺、そんなに信用無かったっけ?
何で成功の報告なのに、こんなに神経に悪い状況になったんだ? 俺も泣きたくなってきたよ……
今日は呑んだくれよう。そう心に誓った俺に、とどめとばかりにレイチェルは提案(という名の命令)をしたのだった。
「とりあえず、しばらくはアレンのところに住まわせてもらうといいでしょう。
大丈夫ですよ。何せ……私のダーリンですから」
最終更新:2008年11月09日 00:54