「敵、完全に沈黙しました」
その報告を受けたクロノは安堵の溜息と共に艦長席に深く腰掛けた。
まったく想定していなかった事態ではあったが、なのはとヴィータの奮闘のおかげで、無事に殉職者を出すことなく本局に戻る事ができそうだ。
(それにしてもあのAMF搭載型の機械兵器、いったい何だったんだ?今回の魔力反応と何か関係が?第一、あの遺跡にあんな物がある筈がない。
間違いなく、外部からの介入によるものだ。だとしたら、一体何の為に襲撃してきたんだ?管理局に喧嘩を売るのが目的なら、僕達が生還できないようにする為にもっと多く送りこんでくる筈だ。
いや、管理局を唯の実験相手に選んだだけだとしたら?)
疑問は次々に湧いてくる。
その疑問に答えを出すには・・・
(まずは調査だな。だが、今すぐという訳にはいかないな。遺跡内部にあれがいる可能性もあるんだ。ここは一度報告してから、増援を待つのが得策か・・・)
そうやってクロノが今後の方針を考えていると
「はい、クロノ君お疲れ様」
補佐のエイミィがコーヒーを持ってやって来た。
「ありがとう、エイミィ」
「なーに、これくらいお安い御用だよ。それよりも、一体何だったんだろうね、あれ。さっき、データバンクにアクセスして調べてきてみたんだけど、全くのアンノウン。どこでも確認されてないね」
「だろうな。分かっているのはAMFを搭載してるってことくらいだ」
「あれ?そういえば、なのはちゃん達が捕まえたって言ってた男の子は?」
「いや、なのは達によれば次元漂流者らしい。だから無関係の可能性が高い。かといって、シロと決め付けるにはまだ早いんだが・・・」
クロノはそう言いながら、レイヴンとシャドーの画像をエイミィに見せた。
「うっわー。可愛げのない顔してるね~。こりゃ、昔のクロノ君といい勝負だわ」
「・・・悪かったな、無愛想で」
「もー、そんなに拗ねないの!ハラオウン艦長!」
苦笑しながらクロノの背中をはたくエイミィ。
「でもよかったよ、一人も殉職者がでなくて。ホント、なのはちゃんとヴィータちゃんには感謝だね」
「そうだな。正直、あの二人がいなかったら結構危なかった」
「うんうん。あれ?そういえば、肝心のお二人さんは?」
「連絡がとれない。あの二人に限って、万が一なんてことはないと思うが・・・」
そう言いながらも、クロノは嫌な胸騒ぎを覚えていた。
最後に繋がりかけたヴィータとの通信。
あの時、ヴィータの声が必死だった様に聞こえたのだ。
(万が一なんてない。ない筈だ・・・!)
だが、万が一の事を考えて行動するのも艦長の仕事である。
「エイミィ、急いでなのは達との通信の復旧を頼む。それと、医療室に連絡。大怪我をした奴はいないらしいが、念のため、空きのベッドを5つ程確保するように伝えてくれ」
「了解。それじゃ、私も持ち場に戻るね」
同時刻、遺跡周辺では、機械兵器の残骸の回収が行われていた。
しかし、戦闘直後であることに加え、雪がちらつく程の寒さのおかげで、作業は遅々として進んでいなかった。
そんな中、C班所属の一般隊員がやる気なさげに作業を行っていた。
「うー、寒ぃ寒ぃ。早く、アースラに戻りたいぜ」
「そーだな。大体、何だったんよこの機械兵器は」
「んな事俺に聞くな。それを考えんのは、ハラオウン艦長や高町隊長の仕事さ」
「違えねぇ」
「しかし、あれだ。高町隊長やヴィータ副隊。あの人ら、マジで人間か?って思っちまうぜ、ホント」
「あー、分かる分かる。俺らがあんなに苦戦してたのにあっという間に薙ぎ払っていくんだもんな。正直、あれは次元が違いすぎるわ」
「あれで俺らより年下なんだもんなぁ。末恐ろしいったら、ありゃしねえぜ」
「全くだ。・・・ん!?おい、あれ!」
と、タバコをふかしていた隊員の一人が空のある一点を指差した。
そこには・・・
「おーおー、噂をすればヴィータ副隊長・・・。ん!?高町隊長はどうしたんだ?」
「つーか、一緒にいんのはあの飛竜とガキじゃねえか!!」
事態を飲み込めないまま二人の目の前に、ヴィータとシャドーは降り立った。
「ヴィータ副隊長!ご無事でし・・・」
「敬礼はいい!!そんな事より、アースラと連絡できるか!?それと本隊の位置は!?」
慌てながら上官に対して敬礼をとろうとする二人を怒鳴りつけるヴィータ。
何故、彼女がこんな態度をとるのか全く呑み込めない彼らは、目を白黒させるばかりで質問に返答することすらすっかり忘れてしまっていた。
そんな二人の様子をみて焦りを募らせたヴィータが再び怒鳴ろうと一歩踏み出す。
しかし、レイヴンが機先を制するようにヴィータより早く口を開いていた。
「高町なのはが大怪我を負った。応急手当は済ませたんだが、意識不明のままだ。このままだと命に関わる。今、移送中だ」
「「・・・!!」」
レイヴンの言葉を信じられずにヴィータを見返すジョンとウィリアム。
しかし、否定の言葉は返ってくることはなかった。
「事実だ!それより急げ!早く本隊と合流したい!」
「り、了解しました!本隊は現在ポイントX0Y5にいます!おい、連絡を・・・」
「アースラ聞こえますか?こちらポイントX10・・・・」
叱責され、我を取り戻した隊員たちが即座に行動を開始する。
それを苛立たしげに見据えると、ヴィータは再び飛び立っていった。
Another View (Raven)
いつの間にか雪は止んでいた。
しかし、気温は低いままだ。
(消耗してなければいいんだが・・・)
応急手当から既に10分が経過しており、体が冷えてきていても不思議ではない。
先程合流した隊員の話によれば、本隊はここからさらに10分程の場所にいるらしい。
怪我の具合を考えれば、正直ギリギリだ。
(問題は、治癒魔法とやらがどのくらい効果があるかってとこだな・・・。まあ、俺が考えても事態は変わらないんだが)
そんな事を考えながら空を見上げる。
惑星Zi(ズィー)と違い、月は一つしかでていないが、綺麗な夜空だ。
“あのオーガノイドの研究が終わったら、みんなでピクニックに行こう”
ふいに死んだ父の言葉が思い出された。
そういえば、あの日も今日の様な星の瞬く夜空だった。
「・・・」
次々に嫌な事ばかり思い出す。
―――自分の駆るジェノザウラーが惜敗し、右手に消えない傷跡を残したあの日
―――シャドーが度重なる戦闘の度に無理を重ね、終に赤熱化し、行動を停止したあの日
―――デススティンガーに無様にも敗北した、あの日
そのいずれの日も、雲一つ無い、月の綺麗な夜ではなかっただろうか?
(感傷だな。情けない)
苦笑する。
そんなことは唯の偶然に過ぎない。
今夜が晴れているからといって、高町なのはが必ず死ぬわけがないのだ。
だが、このままでは彼女が危ないのも確かである。
と、そこまで考えてレイヴンは自嘲的な笑みを浮かべた。
(何を考えているんだか・・・。彼女が生きようが死のうが俺の知ったことじゃあないだろう)
だが、自分がこの異世界で行動していくにあたって、恩を売っておくにこしたことはないのもまた事実。
その為には、彼女に助かってもらった方が都合がいい。
(結局、俺の本質は変わっていないってことなのか)
Another View End (Raven)
いつまで経っても見えてこない本隊にヴィータの焦りは、最高潮に達していた。
実際には、まだ2分程しか経過していない。
しかし、今のヴィータには1分が1時間にも1日にも感じられた。
(くそっ!まだなのかよ!もたもたすれば、それだけなのはがヤバクなるってのに!)
後ろを見やるヴィータ。
そこには翼を広げ、ヴィータの最高飛行速度に遅れることなく追従してくるシャドーがいた。
そして、その中には未だに意識不明のなのはがいる筈だ。
彼女の状態を思い、焦りとは別に後悔の念がヴィータに芽生える。
(くそ!もっと私が注意してればあんなことには!いや、それより、なのはの不調に何で気付けなかったんだ!)
ヴィータは、速度を落とさぬままに自分を責め始めた。
(第一、予兆はあったじゃないか!あんなに消極的ななのはは初めてだったろ!なんであの時に注意しなかったんだチクショウ!)
そこまで考えてヴィータはあることに気が付いた。
そういえば、レイヴンはなのはの不調に気付いていた様なことを言っていなかったか?
“今一番気を付けなければいけないのは、お前だ”
そう、確かこう言っていた筈だ。
不安を紛らわせる為もあったが、ヴィータはレイヴンに思わず尋ねていた。
「おい!レイヴン!」
「何だ?」
「お前、確かなのはの不調に気付いたようなこと言ってたよな?一番気を付けなくちゃいけねえってよ」
「・・・ああ、言ったがそれがどうした?」
「何でなのはの状態が分かったんだよ?初対面だろ?」
「・・・」
沈黙するレイヴン。
しかし、彼の表情を見たヴィータは地雷を踏んでしまったと悟った。
なぜなら、どこまでも無表情になっていたからだ。
「い、いや。答えたくねーんならそれでいい。別に無理して話さなくても・・・」
「お前と同じさ」
「いい・・・え?」
「俺も今回と似たような経験があってな。あんな思いは二度としたくないからなのか、それ以来他人の不調には敏感になった」
「・・・」
「それだけだ。・・・おい、あれが本隊じゃないのか」
レイヴンがある地点を指差す。
そこには大勢の隊員が行き来しており、テントまで張られていた。
ヴィータとシャドーの姿を認めたのか、担架をもった隊員が向かってくる。
それを見て一安心したヴィータが先程のことを謝ろうとレイヴンに向き直った。
「ん?どうした?」
「・・・悪かったな、変な事聞いてよ」
「気にするな。俺は気にしていない」
「・・・」
「急ぐぞ、もたもたするな」
「ああ、分かってるよ!」
レイヴンとヴィータが本隊と合流するほんの数分前、クロノはアースラの艦長室で彼の母でもあり、総務統括官でもあるリンディ・ハラオウンと通信を行っていた。
内容は勿論、なのはの負傷についてである。
「というわけで、本局医療班へ通達を。待機レヴェル3でお願いします」
「分かりました。すぐに手配します」
一見すると、とても親子とは思えないほど両者の会話は淡々としていた。
しかし、それは内心の動揺を必死に押し殺していることの表れでもある。
「それと高町なのはの親族への連絡を。最悪の場合も考えなければなりません」
「それは私が直接伺いましょう。・・・それはそうとクロノ?」
今まで見せていた総務統括官としての顔を消し、母としての表情になったリンディはクロノを柔らかく諭すような口調になって言った。
「今回の事はあなたの責任ではないわ。だからそう自分を責めるのはよしなさい」
「そんな事は・・・!」
「顔を見ればわかるわよ。“自分も現場に行っていれば”っといったところね。でもクロノ、今回のあなたの判断は決して間違っていないわ。私があなたの立場でもそうしていたに違いないもの」
「ですが・・・」
「過ぎたことを悔やんでも仕方がないわ。今は出来ることをするしかないのよ。だから、冷静になって。試しにこれからするべき事を言ってごらんなさい」
「・・・なのはを収容したらすぐに医療室に運ばせて、応急処置。後に本局へ転送」
「その後は?」
「武装隊の連中も動揺しているでしょうし、今日は引き上げさせます。事後調査は日を改めて行うことにします。むしろ重要なのは、ヴィータと一緒にいる、次元漂流者と思しき人物のほうです。今回の襲撃事件と何らかの関わりがないか、事情を聞くべきです」
「正解よ。でも、事情聴取はあなたがする必要はないわ」
「え?」
「あなたもなのはさんのことが心配でしょ?尋問に関しては、こちらから一人、執務官を送るから、あなたも本局に戻っていらっしゃい」
「母さん・・・」
「むしろフェイトやはやてさん達への連絡を頼めるかしら?さっきも言ったと思うけど、私はこれから高町さんのお宅に直接向かうから」
「分かりました。では・・・」
「落ち着いて行動するのよ、クロノ」
通信画面が消える。
途端、クロノは大きく溜息を吐いた。
リンディと会話していて疲れたというわけではない。
むしろ、今から本格的に心が疲れることをしなくてはならないのだ。
(ふう、フェイトやはやて達に何て言えばいいんだ)
もっともストレスのかかる仕事―――親族への直接連絡―――はリンディが行ってくれるとはいえ、義妹や親友へなのはの負傷を伝えるのも充分に堪える仕事である。
だからといって投げ出すわけにはいかない。
これは他の誰でもない、アースラ艦長クロノ・ハラオウンがやらなければならないことなのだから。
(ああ、本当に世界はこんな筈じゃないことばっかりだ)
最終更新:2008年11月10日 20:09