◆◆◆



男は、目を覚ました。
起き上がって周囲を見回せば、清潔なベッドに横たわる自分と医務室らしき設備の整った部屋。
―――どういうことであるか?

記憶を思い起こす。
手のかかる上官の少女と狩人の少年を逃がす時間を稼ぐために、自分は"昇華"した。
そこからの記憶はおぼろげだが、たしか群がる"屍の兵"を片っ端から切り捨てているうちに大規模な鍾乳洞の崩落が起き、自分は降り注ぐ岩盤に飲み込まれたのだと思う。

その後どうなったかは自分には分からないが、こうしてベッドに寝かされていたという事は、救助されたという事なのだろうか?
それでは納得できない違和感があった。その正体は簡単な事だ。
この医務室―――設備がとても優れているのだ。ラトロアの施療院では―――否、自分が身を置いていた世界では考えられないほどに進んだ医療機器が置かれている。
むしろ自分が生まれ育った世界に近いものだ。
いつの間にかソリダーテ大陸から元の世界に帰ったわけでもないはずだ。それを為そうした男を止めるために自分は戦ったのだから。
では、この状況は何だ?

「……ここは何処であるか?」



リリカルパンプキン  一話『仮面がないのである』



とりあえずベッドから降りようとするが、節々に痛みが走る。
体を見れば全身が包帯に包まれていた。肉体を改造された男でもこれで動くのは少々厳しい。
そして、今更のように自分にとって最も重要な変化が気づく。
そう。『仮面』が、いつどのような時でも被り続けていた『カボチャの被り物』が頭に無かったのである。
落盤の衝撃で外れるか、壊れるかしてしまったのだろうか?

「なんという事だ……。我は見知らぬ場所にいる上に、カボチャまでも失ってしまったのであるか……」

いや、諦めるのは早い。もしかしたら治療を施される際に誰かに外されただけかも知れない。
カボチャを捜索するために、痛みに耐え立ち上がった瞬間、医務室の扉が開き一人の女性が入ってきた。

「あぁ、良かった目が覚めたんですね。意識の混濁などはありませんか?」

医者と思しき女性の問いに男は首を振る。

「問題は無いのである。
 ところで、かカボチャの被り物をご存知ないかね? 我が被っていたはずのものなのである。
それともう一つ。ここは何処であるか? 見たところラトロアなどでは無いようであるが」
「カボチャ……? いえ、心当たりは無いですね。あなたをここへ運び込んだ時には、そんな物は被っていませんでした。
それと、ラトロアという場所も知りませんね。服装などを見た限りでは多分、あなたは次元漂流者じゃないかって話でしたけど……」

次元漂流者という単語は気にはなったが、彼にとって重要だったのはそこでは無かった。
己の顔も同然だった『カボチャ』が無いという事実は男を痛烈に打ちのめした。
別の人生を歩む時こそ外すと覚悟はしていたが、不慮の事態でそれを失うなど……。
―――否。むしろ頃合だったのかもしれぬな……
と、彼が諦め混じりに事実を受け止めているうちに女医が呼んだのか、医務室に新たに金髪の女性がやって来た。

「初めまして、フェイト・T・ハラオウンといいます。
 重傷で倒れていたあなたをここに連れてきたので、一応…保護責任者という事になるので、あなたの身元などを確認させてもらいます」

そうして尋ねられたのは、まず名前。

「我の名は……」

そこで一瞬考え込む。これまで名乗ってきた『パンプキン』という名は、被り物が無い以上名乗るわけにはいかない。魂の名であるそれは、被り物と共にあるからこそだ。
生まれ持った名も無理だ。その名を名乗るのは被り物を外す事ができてから、と考えていたのだ。今はまだ名乗る覚悟ができていない。
折衷案として、昔呼ばれることが多かった愛称を言うことにする。

「我は、故あって名乗るわけにはいかないのである。故に愛称として、パンタと呼んで頂きたい」
「……そう、ですか。ではパンタさん、あなたが何故路上に倒れていたのか分かりますか? 服装などが中世的だったこともあわせて」
「うむ、それについては我にもわからぬ。元はラトロアという場所に居たのだが、目が覚めたらここにいたのである。我の方こそ説明して欲しい」



やはり、男性―――パンタは次元漂流者らしい。
彼はフェイトが自分の車で六課に戻る途中の路上で、重傷で倒れていたのを発見された。
その傷はかなり深く、早急に処置しないと危ないと判断し、近づいていた六課に運び込んだのだ。
幸い命には別状はなかったものの、男の体を調べた結果、少なからず肉体の改造の痕跡があり詳しく調べるために聖王協会の病院へ搬送された。
そして、三日ほど眠っていた男は先ほど目を覚まし、今フェイトの事情聴取を受けているのだが、
―――変な人だなぁ
最初の感想はそれだった。見た目は温和そうな中年の男だったのだが、口を開いてみれば奇妙に芝居がかった口調だ。普通なら引くのだろうが、男の声や身振りのせいか何故か様になっていた。
突然別の世界に迷い込んだ割に混乱は薄いようだが、次元世界や管理局について順序立てて丁寧に説明する。
改造を受けた体を事についてなども聴きたかったが、とりあえず彼に事態を受け止めさせる時間が必要だと考え、フェイトは部屋を辞し必要な手続きのために六課のオフィスへ戻った。



パンタは説明された自分の状況について考える。
まず、自分は『また』異世界に迷い込んだようだ。どうにも奇妙な悪運には苦笑するしかない。
とはいえ、その体験のお陰で、次元世界については簡単に受け入れられた。
管理局という組織がそこを自由に行動している事についても同様だ。自分たちの世界でも異世界の遺物"魔術師の軸"を研究していたし、
シャジールの民が"御柱"を制御していたから、どこかの世界で異世界を渡り歩くことを可能にしてもおかしくはあるまい、と。
逆に驚いたのは"魔法"。自分の世界では御伽噺と同義の言葉は、この世界では確固とした理論のもとにある技術らしい。
―――教授が知ったら、興味を示しそうであるな。
屈強な外見に似合わぬ理知的な雰囲気の仲間を思い出し、ふと微笑む。

フェイトの話では、自分のような迷い人は元の世界が分かりさえすれば、幾つかの処置を施した上で帰ることもできるらしい。
その辺りは、この後も行う事情聴取の際に聞かせて欲しいという事だったが、
―――どうしたものであるかな……。
生まれた世界ではなく、自分たちが迷い込んだ世界に心残りが無いではなかった。
世界の危機については問題ないだろう。かの若き王子であれば必ず成し遂げると、パンタは考える。それより、仲間たちの事が気になった。
―――教授は大丈夫なはずであるが、イリスとエンジュやシア、カトルはうまく逃げおおせたのであろうか?
なにかと気掛かりだった上官は、エンジュがいれば大丈夫だろうか? カトルは最期に為すべきを成せたのか?
自分がいなくとも、彼らはやっていけると確信しているが、存外気になるものだった。

―――いずれにせよ、フェイト執務官にはもう少し詳しく話を聞かなくていかんのである
まだ体は癒えきっていない。もう少し休ませるべきだろうと、もう一度ベッドに横になる。
そして、まどろみ、ぼやけ始めた意識で彼は思う。
―――カボチャが無いのでは、子供らに『王様』の芸は見せられぬなぁ……








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最終更新:2008年12月01日 01:30