港湾地区の入り口に一台の車が止まった。
車から降りたのは、ひょろりとした中年の男。その温和そうな顔は、長めの金髪で少し見えづらものとなっている。
男は走り去っていく自分を乗せてくれた車に、ひらひらと手を振って歩き出す。
傷も癒え病院を退院したパンタは、フェイトに呼び出されたのだ。
―――何事であろうか?
管理局にとって違法であるらしい肉体の改造や、別世界に迷い込んだ状況については既に説明した。

科学が発達した結果星の命を食い潰し、少ない資源を巡って戦争の絶えなかった生まれ故郷の事。
より優秀な兵士を、という要求の果てに生み出された肉体改造技術。
兵士であった自分はそれによって、人間本来の性能を遥かに超えた身体能力を与えられたという事。
上官を殺害した少女を追って、古代の遺物である"魔術師の軸"の向こうの別世界―――ミッドチルダに迷い込む前に居た世界に辿り着き、そこでそれなりに長い間生活していた事。
世界の危機をもたらし、恐らくは自分が『また』世界を超える原因だと思える"死の神霊"については、あえて説明しなかった。
"魔術師の軸"、それにシャジールの民が制御していた"御柱"について、かなり詳しく尋ねられた。どうやらロストロギアと呼ばれる物と関係あるらしい。
その説明を聞く限り、"死の神霊"についてまで話せば、自分のいた世界にまで管理局は乗り出す―――そう考えたからだ。

自分からすれば、嘘は無いくともかなり穴の多い話だったのだが、フェイトが不審に思った様子は無かった。
―――おお、そういえば、まだ元の世界に帰るか否かの返事がまだであったな
その事で呼ばれたのだろう。そう考え、パンタは教えられた道に従って機動六課へ向かう。

だがフェイトは、現在別の仕事で手が離せないそうで、一時間ほど待って欲しいという事だった。
もともと約束の時間より早く着いてしまい、待つつもりだったので問題は無い。詳しい事は知らないが、やはり執務官という仕事は忙しいものだそうだ。
暇を潰すつもりでパンタは、六課の周囲のちょっとした庭を散歩している。海に近いわりには随分と緑が生い茂っていた。
そうして周囲を見渡しながら歩いていると、疲労しきった三人の少女と一人の少年に出会う。

「あれ? あなた、どちらさまですか?」
「うむ。我はパンタという者である。汝らはここの局員であるか?」

はい、と答える彼らは、それなりに高いらしい地位の割に、随分と若いフェイトに輪を掛けて若かったが、
―――イリスやシアと似たようなものであるな
と、納得する。
まとめ役らしい橙の髪を二つに纏めた少女が、代表して尋ねてきた。

「あ、あなた、もしかして、この間フェイトさんが運び込んできた怪我人ですか?」
「その時の記憶は無いのであるが、そう聞いておるな。汝らにも世話を掛けたやも知れぬ」
「あ、いえ。私たちは何もしてませんよ、処置したのはシャマル先生ですから。凄い怪我でしたけど、大丈夫だったみたいですね」
「お陰様で、健康そのものであるな。今日は色々と話さねばならぬ事があるらしく、フェイト執務官に呼び出されたのである」
「そうなんですか。それじゃ、私たちは失礼します」
「うむ。さらばである」

随分変な喋り方の人だねー、などと自分の事を話している彼らと別れ、パンタは散歩を続けた。



リリカルパンプキン二話   『働かざる者、食うべからずである』



次元漂流者は管理局によって保護され、本人の希望で元の世界に帰される。
それが発見されている世界ならば話はそれだけで済む。
だが、パンタのように未発見と思われる世界からの迷い人の場合、少々話が違ってくる。
いつまで保護していればいいのか分からないのだ。本局の調査部隊が次々に新たな世界を発見しているとはいえ、それが目当ての世界とは限らない。
そうして長期間、人間の面倒を見るというのは意外と金がかかる。
故に管理局は、保護した未発見世界からの次元漂流者に、労働を斡旋する場合がある。
要は、食っていく金は自分で稼げ、というわけだ。

パンタは成人の男性であり、更には肉体の改造によって人並みはずれた身体能力を有しているから、充分に、職を世話する条件に当てはまるのだ。
既にフェイトの手元には幾つかの業種の書類があり、彼の適正や希望でそれらを紹介するつもりだ。
―――けど、雇う所あるかな?
少々失礼な話だが、何せあの言動だ。大仰で芝居がかった口調の上に、何回か話して分かった事だが、どうにも人をからかう癖があるらしい。
素なのかとも思ったのだが、ある程度意図的にやっているようで、慣れないと苦労しそうだ。
職を世話する、と言っても雇う側の意向は当然尊重されるべきだし、彼が元の世界に帰る事を希望するなら、突然辞める事もあるわけで、必然的に選択肢は絞られる。
頭を悩ませていると、
「失礼するのである」
と、パンタがオフィスにやって来た。

「パンタさん、すみません。こっちから呼びつけておいて約束の時間を過ぎちゃって……」
「忙しいのであれば仕方あるまい。我は暇であるし、全く問題ないのである。
 して、今日は何用であるか?」
「今まで聞いていませんでしたが、まず元の世界、あなたの場合は二つの内のどちらかという事になりますが……戻りたいですか?」
「ふむ……戻れるのであれば、当然戻る事を希望するのである。生まれ故郷の方ではなく、我が迷い込んだ方の世界に、である。少々、気掛かりな者たちがおるのでな」
「そうですか、分かりました。パンタさんの居た世界はまだ、管理局にも発見されていないので、すぐに戻れるわけじゃないですけどね」

既に充分考えていたのであろう、彼の答えは淀みなかった。
フェイトは続けて、職についての話を出す。

「管理局では長期間保護される事になる次元漂流者には、仕事を勧める事があるんですけど……」
「自分で食べてゆけ、というわけであるな。『働かざる者、食うべからず』当然の事であろう。
 我としても汝に服まで世話されるのは、些か心苦しいものである」

彼の着ていた服は、血まみれだったので処分された。そうでなくとも中世風のあの服では、問題があったのだろうが。そうして彼には、服を一着も無い事になった。
病院に居る間は病院の入院着で良かったのだが、退院するのに着替えが必要という事で、フェイトが彼の服を買ったのだ。
別に経費で済む話だったのだが、彼は気にしていたらしい。

「職業はいくつか選択できるんですけど、パンタさんの希望とか、得意な事はどうですか?」
「ふむ。……戦い以外に得手としていた事は、子供の扱いであろうか。
本職の手品師などから見れば、大した芸ではないであろうが、ラトロアでは子供らを相手に大道芸人の真似事をして、なかなか人気を博したものである」

子供の扱い―――そういった業種は書類の中には無かった。
だが、彼女には心当たりがあった。
機動六課の部隊長たる十年来の親友との世間話で、教会の経営する学校の職員が足りないとか、そんな話を聞いた記憶。
念話を繋げる。

『はやて? 今、大丈夫?』
『なんやー、フェイトちゃん? 私今書類の山脈と格闘中なんやけどー。まぁ、ちょーっとぐらいなら大丈夫かなー。どないしたん?』
『この間、聖王教会の方で職員が足りないって話、してたでしょ? 多分、一人紹介できるんだけど』
『パンタっていう、次元漂流者さんか? 別にカリムに話通すぐらいかまわんけど、まず私にその人会わせてな。信用できへん人紹介したら、カリムに叱られてまうわ』
『わかった。今そっち行くね』

『待っとるでー』という言葉を脳裏に、フェイトはパンタに笑顔を向けた。

「まだ分かりませんけど、仕事見つかったかも知れませんよ?」



機動六課・部隊長室―――
はやてとリインフォースは、やってきた二人を迎えた。

「あんたがパンタさんかー。今ちょっと書類が散らかっとるけど、堪忍な?」
「初めましてである、はやて部隊長」

そこでリインに気づいたのか、パンタは首を傾げた。

「はて? 妖精が見えるとは、我はおかしくなったのであるか?」
「リインは妖精じゃありませんっ! ユニゾンデバイスです!」
「ユニゾンデバイス、というのが何かは分からぬが、随分可愛らしい妖精であるな」

むきになるリインを見かねて、はやては横から声を掛ける。

「別にその子は幻覚でもなんでもあらへんよ。ちゃんとした現実や」
「おぉ、おぉ、流石は魔法の世界。妖精が実在するとは驚きである」
「だからリインは妖精じゃ―――!」

まぁまぁ、となだめて本題に移る。
書類の山をさっさと片付けたいのだ。

「私の知り合いに、聖王教会の人間がおるんやけど、そこで学校とか孤児院の管理とか警備とか、まぁ色々する人間がおらんっちゅう話があってな」

管理だけならともかく、警備となるとそれなりに腕の立つ人間が必要になるのだが、魔導士などは別の部署の人間だ。
警備員を雇った事もあるのだが、そういった業種の人間は概ね強面で、子供と互いに慣れないのでうまくいかないらしい。

「ま、当然いきなり採用っちゅうわけにはいかんし、一応私の知り合いに顔見せするけどな」
「うむ、我のような余所者でなくとも、当たり前の対応であろう。いつ会えるのであるか?」
「まずはこの忌々しい書類を片付けなあかんなぁ。少し待ってくれへんか?」
「我は暇ゆえ、いつでも構わぬ。汝の好きにするがよい」

そう言い残して、パンタは隊長室から退出した。





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最終更新:2008年12月01日 01:34