「お前も俺のこと馬鹿にしてるんだろ……笑えよ、あ?」

キックホッパーの仮面の下で、矢車はフェイトを初めとする数名の管理局員に凄まじい殺気を放っていた。
地獄の悪魔を連想させるような恐ろしく低い声に、赤い両眼から放たれる恐怖。
フェイトはおろか、同行していたギンガやティアナは知らなかった。
これほどまでに冷たい声を出せる存在がいることを、これほどまでの恐怖を放つ存在がいることを。
彼女たちは足を竦み上がらないようにするのに必死だった。
ザビーの仮面で隠されていて見えないが、キックホッパーの傍らに立つエリオもその殺気に背筋が凍りそうになっていた。
ドレイクとサソードがこの異様な視線に平常心を保つことが出来ていた。しかしドレイクの方は仮面の下ではほんの僅かだが、脂汗が染み出てくる。
そんな彼らとは対象的に、その殺気を感じ取ったパンチホッパーは仮面の下で歓喜の表情を浮かべている。
彼がキックホッパーに抱いている感情は絶対なる信頼と羨望だった。自分のように人あらざる存在を受け入れてくれる唯一の光。
目の前の気取った集団が持つ光とは訳が違っていた。向こうからすれば自分など敵に過ぎない。
ならばそんな光など汚してしまえばいい、むしろこちらから願い下げだ。

「どうせ俺なんて……」

右手を握りしめながらキックホッパーは己に宿らせる負の感情を全て、左足に込めていく。
そしてキックホッパーは恐怖と動揺に支配されかけているフェイトの元に駆け寄り、回し蹴りを繰り出した。
しかしそれはフェイトの肉体を傷つけるには及ばず、ヒヒイロノカネと光の刃がぶつかり合う鋭い金属音が響き、火花を散らすのみだった。
咄嗟に自分に降りかかる危機を察知したフェイトは、黄金の大剣――バルディッシュ ザンバーフォームで受けとめることに成功する。
その途端、彼女は目の前の出来事を疑い始めた。
バルディッシュは自信の威力とフェイトの魔力によって鋼鉄をも軽く切断する威力を持ち、JS事件を初めとする数々の危機を共に乗り越えてきた相棒だ。
現にたった今、市街地で暴れ回った異形の怪物達の皮膚も難なく切り裂くことが出来た。
しかし突如現れ、自分たちと共に戦ってくれた目の前のアーマー――仮面ライダーキックホッパーの左足は何事もなかったかのように、バルディッシュを押している。
あの勢いでバルディッシュを蹴りつけたら足が切断されてしまうはず。

「ちょっと待って下さい、私はあなたと戦いたいのではありません!」

焦りが生じつつもフェイトは何とか冷静さを保ち、キックホッパーに制止を投げかける。
しかし両眼が放つ殺意が止まる気配はない。
フェイトは体勢を立て直そうと両腕に力を込める。
それはただの蹴りのはずなのにとてつもない重圧が殺気を乗せて、彼女とバルディッシュに襲いかかってくる。
賢明に押し切ろうとするが、想像を遙かに上回るキックホッパーの凄まじい力にはびくともしない。
少しでも気を抜いてしまえば弾き飛ばされてしまいそうだった。
この状況を見てフェイトが危険と察知したティアナ、ギンガ、ドレイクの三人はキックホッパーを止めようと駆け寄るが、その道をパンチホッパーにより塞がれてしまう。

「兄貴の邪魔はさせないよ」

パンチホッパーはその仮面の下で邪悪な笑みを浮かべると、その拳をギンガに目掛けて放つ。
本能でその一撃を危険と察知した彼女は、反射的に身を屈めた。しかし完全に避けることは出来ず頬を掠めてしまう。
続けるようにパンチホッパーはがら空きの懐を左手のストレートで叩き込む。

「うっ……!」

それを受けたギンガの体は吹き飛ばされてしまい、コンクリートの地面に叩き付けられてしまう。
予想以上の力で、体の芯にまで痛みが響く。
しかし何とか苦痛を堪えて立ち上がり、体勢を立て直す。
それを見たパンチホッパーはギンガの元に歩み寄り、続けるように拳を振るう。しかし彼女はそれを紙一重の差で避けながら距離を空ける。
ギンガは望んでいないが、向こうからは明らかに敵意が感じられる。
やむを得ないので彼女はシューティングアーツの構えを取り、パンチホッパーに拳を振るった。
一方で、ティアナとドレイクはサソードの前に立っていた。

「そこをどけ、邪魔をするなら撃つ」
「ほう、この俺に楯突くとはいい度胸だ……来るがいい!」

ドレイクとサソードは互いの武器を突きつける。
ドレイクは利き腕である右腕でグリップを力強く握り、サソードの仮面に狙いを付ける。それには一寸の迷いもぶれも無かった。
対するサソードもドレイクの喉元に向けて、右手に持つ己の刀を構えている。
サソードが一歩、また一歩とドレイクに近づいた。
それに続くかのようにドレイクも一歩、また一歩と背後に下がっていく。
ドレイクは本来、銃を用いて戦う遠距離型の戦闘を得意とするライダーだ。故に、刀を持って戦う近距離戦闘スタイルのサソードとは相性が悪い。
サソードはそれを知ってか、ドレイクとは距離を詰めていく。いや詰めざるを得なかった。
もしもドレイクから距離を離されてしまっては、遠距離攻撃を持たないサソードにはあっけなくその弾丸の餌食になってしまう。
唯一の対抗手段がライダースラッシュの衝撃波だろうが、それではチャージの最中に攻撃を受けるに違いない。
彼らからはそれぞれの武器を含めて全体が、一つの武器になっているような緊張感が漂っていた。

「二人とも、止め――!」

戦いに繋がることを察知したティアナは制止の声を放とうとするが、それはあっけなくかき消されてしまった。
原因はただ一つ、ドレイクが放った一発の発砲音だった。
戦いのゴングとなり、二人の間に溜まっていた闘争本能が一気に吹き出す原因となったその弾丸は、サソードの右肩ギリギリを狙って撃ち出した物だ。
しかしその瞬間、サソードが構えている刀身がすっと動き、ドレイクの照準と重なった。
それに何の反応も示さないまま、ドレイクは続けて引き金を絞った。数発の弾丸はサソードの刀身に鋭い音を鳴らしながら当たり、砕け散りながら後ろに跳び去った。
そこからサソードはドレイクの元に駆けだし、刀を右肩に振るう。しかし直前でドレイクにはひらりと避けられてしまい、空振りに終わる。
だが続けるように左下から右上に、逆袈裟に切り上げた。刃がグリップを握るドレイクの右手に当たり、そこから叩き落とされてしまう。

「ッ!?」

ドレイクは仮面の下で苦悶の表情を浮かべるのに続くようにサソードは再び刃を振るう。
だがドレイクは軽く全身をずらし、すっと一撃を避けた。その勢いのまま、コンクリートの地面に落ちたドレイクグリップを拾う。
そこから引き金を引いて放たれる弾丸は、サソードの胸部に当たり怯ませる。

「だから、止めて下さい!」

ティアナは言うが、二人が止まる気配は一向に見られない。
この三つの戦いを、仮面の下でエリオは一筋の汗を流しながら苦しげに顔を歪めてながら静観するしかできなかった。
どうすればいい?
目の前では自分の恩師を初めとする時空管理局の仲間達とワームの暴行から自分を救い、『兄弟』として受け入れてくれた三人が戦っている。
フェイト達を助ける為に、兄弟達を止める。そうすれば、時空管理局に事情を説明して彼らを元の世界に帰すことが出来る。
しかしそれでは彼らの意思を無視してしまうことになってしまう。自分たちには今の境遇が相応しいと常日頃語っている。
だがそれをねじ曲げることが彼らにとって幸せを掴むきっかけになるはずだ。
いや、それでも――――

「お前、俺の兄弟を笑った奴だな」
「え?」

唐突に聞こえた二つの声に、ザビーは振り向く。
そこには片足立ちになっているキックホッパーの左足と、フェイトのバルディッシュが押し合いが続いていた。
特殊金属ヒヒイロノカネで作られたアーマーと、魔力で構成された刃という二つの力は絶妙なバランスで拮抗している。
そんな中、フェイトはキックホッパーの突然の一言で訝しげな表情を浮かべていた。

「俺のことも笑ってもらおうか……?」
「なっ……!?」

その刹那、フェイトは再び背筋が凍り付くかのような感覚に襲われてしまう。
この世の全てを呪うような溜め息を吐きながら出す声に、恐怖という感情が全身の神経と細胞に刻まれていった。
それは魔道師として数多の戦いを潜り抜けてきたフェイトも例外ではなく、彼女の精神を震え上がらせていく。
間近で見る両眼からは相変わらず殺気を放つ。
いやそれだけではなく、今度は猛吹雪をも軽く上回る冷たさをその視線に宿らせていた。
暗闇の底から光を持つ者全てに対する怨み、嘲笑、憎悪、憤怒――
その体には暗闇が覆われ、アーマーの下には人ではなく死神が潜んでいるかのような錯覚に襲われてしまった。
それでもフェイトは壊れないように自我を保っていたが、恐怖を前に思わず力を緩めてしまう。
このままでは押し負ける。
そう危惧した彼女は渾身の力を込めて左足を打ち払い、後退していった。
対するキックホッパーはバランスを崩してふらついてしまうが、すぐに体勢を立て直す。

「クッ……!」

長年の経験から、キックホッパーは目の前にいる金髪の女が徒者ではないと察知する。
その目からはかつてザビーの資格者となり、ZECT精鋭部隊――シャドウの隊長として部隊を率いていた自分に似ている。
彼女の身長に匹敵、あるいは上回る黄金の大剣を軽々と持てることを考えると相当の実力者であり、未知の戦闘能力を所有している可能性が高い。
長期戦に持ち込むのは得策ではない。
そう判断したキックホッパーはタイフーンを基点に右手でゼクターレバーを動かし、その言葉を呟いた。

「ライダージャンプ……!」
『Rider Jump』

ホッパーゼクターから音程の高い電子音が発せられると、キックホッパーは左足を屈めた。
それを見たザビーは仮面の下でぎょっとした表情を浮かべ、頬に冷や汗が伝わる。
この行為の意味は、キックホッパーの必殺技――ライダーキックのエネルギー充填だ。
エリオの記憶に刻まれているその威力は自身のライダースティング、パンチホッパーのライダーパンチ、サソードのライダースラッシュと同じく驚異的なものだ。
恐らく威力の面ではその辺の魔道師が使う魔法に匹敵、あるいは上回るだろう。
何せ強靱なワームの肉体をも難なく粉砕することが出来てしまうくらいだ。いくらバリアジャケットに包まれているとはいえ無事ですむとは思えない。
防御魔法を使うという手もあるが技が技だ。破壊されてしまう可能性を否定することは出来なかった。

「あ、あ……」

危ない。
未来を予測したザビーはすぐさまフェイトの元に駆け寄り、跳ぶ直前だったキックホッパーの前で大の字で立ち塞がった。

「何……?」

キックホッパーは呟いた。
同時にパンチホッパーとギンガ、ドレイクとサソードとティアナはそれぞれ動きを止め、ザビーに視線を移す。
自らの盾になるようなザビーを見て、フェイトはぽかんとした表情を浮かべるしかできなかった。

「お前、何のつもりだ!?」

パンチホッパーは憤怒の念を抱き、大声でザビーに怒鳴り出す。
そしてキックホッパーは溜息を漏らし、曲げていた足を伸ばした。

「帰るぞ、お前ら」

その言葉と共にキックホッパーは管理局員達に背を向け、その場を去ろうとする。
それについて行くようにサソードもドレイクに一瞥すると、歩き出す。
残るパンチホッパーはザビーの元に駆け寄ると、仮面の下から鬼のような目で睨み付ける。

「来い、後で話がある」

その一言を終えると、すぐさまパンチホッパーはキックホッパーとサソードの元へ歩き出した。
ザビーは安堵の溜息をつくと、振り向くことのないまま三人のライダーと同じように市街地を去っていく。

「待ってください!」

ザビーにはフェイトの声が聞こえるが、彼はそれを聞いていない。
四人のライダーはクロックアップを用いて、その場から姿を消した。

――あなたみたいな出来損ない、引き取らなければ良かったわ……

矢車達と出会った日に聞いた中傷が、今でもエリオの中に突き刺さっている。
あれはフェイトが言った言葉ではなく、フェイトに擬態した悪質なワームの言葉だ。
フェイトがあんな言葉を使うはずがないと、頭では分かっている。でも無理だ。
もしかしたら本当にフェイトは自分の事を失望し、嫌気を起こしているかもしれない。
顔を見せたらきっと、拒絶の表情と言葉を自分に投げつけるだろう。
そんなのは見たくもないし、聞きたくもなかった。



06 行き着く先は闇



太陽の光が照らされる高層ビルの屋上で、ビショップとドゥーエは互いの顔を見合わせていた。
市街地で繰り広げられていたライダーと魔導師の抗戦があっさりと終わり、四人のライダーが去っていくのを見て、下界の出来事に対する関心があっさりと消えてしまった。

「しかしまあ、ミッドチルダというこの世界の技術は実に興味深い……」

ビショップは感嘆の声を上げながら、ドゥーエの顔を見つめる。

「魔導師達が使うデバイスという兵器、あのザビー資格者を生み出したプロジェクト・F、常人を超える能力を持つ戦闘機人の技術、そして次元世界移動……どれも素晴らしいの一言です」
「あなた方も我々に協力するのなら、それら全てをこちらで提供しますが?」
「ご厚意、感謝致します……しかしその件に関する答えをまだキングは出しておりません」

ドゥーエは自らの口元に手を当てて上品な微笑みを浮かべるのに対し、ビショップは冷淡に答える。
それでも、普段のように相手を敬う態度は忘れてはいない。しかしその内心が見えているドゥーエにはただ苛立たせるだけだった。
目の前の種族、ファンガイアは自分を伝って内部に進入し技術を盗み出そうとしているに違いない。その為に位の高いビショップをパイプ役として送り込んだ……
最もそれはワームとて同じ事、ビショップと似たような理由で自分がパイプとして選ばれたのだが。

「先程も申したように、現時点で我々が出来ることは戦力の貸与。その見返りとしてあなた方ワームが次元世界移動の扉の提供……これで合致しているはずでしょう?」
「存じております」
「それ以上の要望を受け入れられるほど、我々ファンガイアはワームを信頼していません……申し訳ありませんが」

ドゥーエの金色に輝く長髪が風で揺れる中、ビショップは答弁する。
そして自らの眼鏡の角度を直しながら冷淡な声で、告げた。

「……最も、そちらで製造しているレジェンドルガのデータを提供するのなら、恐らくキングは出向いてくれるでしょう」

耳にした途端、笑顔を浮かべていたはずのドゥーエの眉が僅かに歪む。
その対応でビショップは確信し、内心で笑みを浮かべた。

「遙か太古の時代に存在し、人間の悲鳴をこの上ない嗜好とする種族……過去に多くの同胞が手を焼かされましたよ。キングによって封印されたから事なきを得ましたが」
「何のことを言ってるのでしょうか」
「ですがその真価を発揮させるには、王の存在が不可欠です……ロードの存在が」

ドゥーエの声など構いもせずに、ビショップは語り続ける。
地の底から聞こえるようなその声は、内面にどす黒い威圧感を宿らせていた。
やがて語りを終えると、ドゥーエはくすくすと笑い始めた。

「その程度のこと、私達が知らないとでも思ってるのですか?」
「まああなた方の技術なら、その問題も簡単に解決させてしまいそうですがね」
「お褒め頂き光栄です、でも……」

瞬間、ビショップの目前に三本の爪が突きつけられた。
ドゥーエは自らの固有武器――ピアッシングネイルをほんの一瞬で右手に装着し、殺気を漲らせている。
伸縮自在のこの爪にほんの少しでも力を込めれば、その額を突き破るなど容易なことだった。
ドゥーエの表情には先程までの慈愛など欠片もなく、見る者全てを威迫させてしまうような凄みがあった。
しかしそれを目前にされたビショップは微塵も怯まずに、呆れたような溜息をつく。

「あまり私達を甘く見ない方が良いですよ? その気になればあなた方ファンガイアを絶滅させるなんて容易いことです」
「随分と直接的ですね、あなたらしくもない」
「深いところにまで踏み込もうとすると、それなりの報いを受けることを頭に叩き込んで下さい。でないとここで協定が決裂するでしょうから」
「ご忠告感謝致しましょう、ですが……」

その刹那、ドゥーエとビショップの間に一陣の風が吹き、鋼鉄が破壊される音が鳴り響く。それはビショップに突きつけられるピアッシングネイルを粉砕し、ただの破片へと変化している音だった。
あまりにも唐突すぎる出来事に、ドゥーエは思わず後ずさりながら右手を押さえ込む。
そして彼女は苦悶の表情を浮かべ、ビショップを睨み付ける。しかしその手に握られている物を見て、目を瞠った。

「そのような行動をとるのなら、私もそれに応じた行動を取らせて頂きます」
「それをどうやって入手したのですか?」
「ネイティブの恩恵を受けているのはワームやライダーだけではありません。我々ファンガイアにも施しがあり、授かった……それだけの事」

怪訝な表情を浮かべるドゥーエを無視するようにビショップは右手に収めている物を見せつけ、語り続ける。
人工的に作られた雰囲気が漂うそれはカブト虫の形状を持ち、黒い輝きを放っている。
その機械の名はダークカブトゼクター。
ネイティブが行っていたマスクドライダー計画の試作器として作られ、このゼクターを元に数々のライダーが生み出された。
これ自身もライダーとしての高い戦闘機能を持ち、それはカブトに匹敵する。

「まあ、それはそれとして私としたことが失礼致しました……無礼な行為に及んだことをお許し下さい」

その言葉を終えるとビショップは自らの手からダークカブトゼクターを離し、頭を垂れる。
するとダークカブトゼクターは意志を持つかのように宙に浮かんだ末、空の彼方へと消えていった。

「あれを見せてもよろしかったのですか? 私がドクターに報告してしまうのかもしれませんよ」
「ご自由に。私もレジェンドルガの製造計画について知ることが出来ましたから」

ビショップは悠然たる面持ちを構えながらドゥーエに言う。
ドゥーエからは憤怒の感情は消え失せており、先程のような慈悲深い笑顔を取り戻している。その内面には大いなる残虐さを窺わせていることを、ビショップは知っている。
しかしそんなことを気にしたところで、何か意味があるわけではない。

「……キングへの報告もありますので、私は失礼させて頂きます」

軽く頭を下げながらぽつりと呟くと、ビショップはドゥーエの脇を通り過ぎていった。
微笑むドゥーエはそれを見送ることはせず、床に散らばったピアッシングネイルの残骸を見つめる。
ビショップがその場から離れた事を察知すると、喉を鳴らしていく。

「まさかダークカブトがファンガイアの手の中にあったとは……どうやら、あちらとはまだまだつき合いが長くなりそうね……」

ドゥーエは呟くが、それが誰かに届くことはない。
時空管理局の魔導師、ZECTの生み出した仮面ライダー、ワーム、ファンガイアが戦いを繰り広げていた市街地を見下ろせるビルの屋上で、彼女は一人だった。



華々しい戦勝感や、人々を守った自分を誇る気持ちなど、彼らは持ち合わせていない。
エリオ、矢車、影山、剣の四人は市街地での戦いを潜り抜けた後、クロックアップシステムを用いてクラナガン郊外に生い茂る森林地帯へと帰投していた。
幾千の星に照らされるミッドチルダの夜空の元に、四人はいる。影山がエリオの襟首を掴み、強引に引きつけた。

「モンディアル、お前一体どういうつもりだ?」

今にも感情を爆発させそうな影山の瞳はエリオの瞳を睨み付けている。
彼らの表情は、それぞれ異なるものだった。
沈んだ顔付きのエリオ。エリオの矢車に対する行為に憤慨する影山。普段の影山からは見られない態度に困惑する剣。
唯一矢車だけがいつも通りの無愛想な表情で腕を組み、その様子を眺めていた。

「すみません……」
「すみませんじゃない、何で兄貴の邪魔をしたのか聞いてるんだ!」

影山は激昂しながら襟首を強く締めるが、エリオは言わなかった。
沈鬱な表情を浮かべたまま、エリオは自らの視線をそらしてしまう。
それが反抗的に見えたのか影山の眉がピクリと跳ね上がり、襟首を突き飛ばす。
エリオは勢いよく地面に倒れ込んだ。

「いい度胸だ、お前がそのつもりならこっちにも――」

影山が一歩前に踏み出すと同時に、その道を塞ぐかのように横から片腕が飛び出してくる。
そこには自らの左腕を伸ばしながら、首を横に振る剣がいた。

「兄さん、落ち着いてくれ」
「何で止める? こんな奴庇う必要なんて無いだろ」

この状況に危機感を覚えた剣は影山を宥めようとするが、止まる気配はない。

「兄貴もだ、何でこいつを追い出さないの!? 命の恩人の兄貴を裏切ろうとしたんだよ!」

影山は続けるように矢車に抗議する。
エリオは思う。恐らく矢車はフェイトへの攻撃を邪魔した自分を恨んでいるに違いない。
けど、彼女の危機を救うことが出来たから後悔はしていない。もしあそこで動かなかったらきっと矢車はフェイトへの攻撃を止めなかっただろう。
どんな罰でも甘んじて受けるつもりだ。

「ククク……ハハハハハハハ………!」

エリオが覚悟を決めた途端、矢車は突如として高らかに笑い始める。
実に愉快そうな笑みを浮かべながらエリオの顔を覗き込み、手を差し伸ばしてきた。

「兄弟、お前面白いな。気に入ったぜ?」

一瞬、エリオは何を言われたのか理解出来なかった。
あまりにも予想し得なかった言葉と対応に、エリオはぽかんとした表情を浮かべてしまう。
咎めるどころか、まるで矢車はエリオの行為を評価しているようだった。

「何言ってるのさ、兄貴!? こいつは――」
「裏切りってのはな、最高の暗闇だ……」

影山の言葉を遮るかのように矢車は呟く。

「相棒、お前だってそうだったろ? 裏切って、裏切られた末に闇に堕ちた……違うか?」

影山はばつの悪い表情を浮かべて、黙り込んだ。
矢車の言葉と影山の対応が何を意味しているのか。そして何故矢車は自分を受け入れるのかが、エリオには理解することが出来なかった。
ふとエリオは矢車が伸ばす腕を掴んだ。その身体はゆっくりと引っ張られて、立ち上がった。

「矢車さん、一ついいですか」
「何故あの女を襲ったか……だろ?」

自らの心を見透かされたような静かな声に、エリオはぎょっとした表情で黙り込む。

「俺も笑って貰おうと思った……それだけだ」
「一体どういう意味ですか?」
「さあな」

その一言を終えた矢車はエリオを見て、ゆっくりとその手を離す。
そう言われても、エリオには理解することが出来なかった。
やがてその後、矢車が影山を宥めることによって事態は一応の収束を見せる。
それによって影山の納得がいくことはなかったが、怒りは収まった。
数分経った頃、剣は矢車と影山の二人が森林へと戻った際を見計らってエリオに話しかけた。

「モンディ・アール、大丈夫か?」

エリオは無言で振り返る。
剣は笑顔を浮かべているが、それとは対極的にエリオは未だに表情が沈んでいたままだ。

「心配事があるのなら、何でも言ってくれ。俺は相談においても頂点に立つ男だ」
「いえ、別に何でもありません……」

エリオは笑いながら言うがそれは幽かなもので、一切の暖かみが感じられない。
剣にはそれがかつて正体を知り、自暴自棄になってしまった自分自身に見えてしまう。そういえば、エリオが心の底から笑っている顔など見た記憶がない。
もしや市街地でワームとの戦いに勝利した際、キックホッパーと戦ったあの金髪の女がエリオを不安定にしているのではないか。
あの女はエリオにとって特別な存在なのかもしれない。
そう剣は推測している。
だからといって何かが出来るというわけではない。それでも言葉を続ける。

「元気を出せ、影山兄さんならもう怒っていない」
「あ、そうですか」
「辛かったり、困ったことがあればすぐに言うがいい。この俺が何でも聞いてやろう」
「ありがとうございます……」

ゆっくりと、良き兄であることを心がけるような優しい声をかける。しかしエリオの表情が晴れることはない。
無理かもしれないが、彼には笑顔でいて欲しい。
自分はかつて大切な親友や恋人、更には正体を知りながらも尽くしてくれたじいやすらも裏切り、悲しませてしまった。
矢車や影山と違ってエリオには自分の正体を言っていないから、恐らくは知らないだろう。
所詮自分は彼を騙しているに過ぎない。それでも全てが終わるまでは心の奥深くにあるワームの本能を押さえて、戦うつもりだ。
だけどもし、エリオが自分の正体を知ったら憎悪の念を抱くかもしれない。
それでも一向に構わない、卑劣なワームである自分には相応しい末路だろう。
だがそれまではワームと戦い、弟であるエリオのことを精一杯に守るつもりだ。

「モンディ・アールよ」
「何ですか?」
「星が綺麗だな……」

ふと、エリオに声をかけた剣は平穏な夜空を見上げる。
そこには二つの満月と、数え切れないほどの星が瞬いていた――


06 終わり


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最終更新:2009年03月06日 14:33