巨大隕石落下。
人間の姿を装う性質を持ち、社会に紛れ込む生命体――ワーム。
ミッドチルダで使用させている如何なる技術とも異なる体系で開発された兵器――マスクドライダーシステム。
機密組織ZECT。
それらの事実全てが何一つの例外なく、時空管理局を震撼させた。
風間大介による自身の世界で経験した出来事の証言により、管理局上層部は地上本部にて対応の議論に追われていた。
その議論には風間大介は当然のこと、現場に居合わせていたティアナ・ランスター執務官、フェイト・T・ハラウオン執務官までもが同席している。
結果、一つの結論を導き出した。連日ミッドチルダに多発している皆既日食と共に発生する次元震動、それによりワームはミッドチルダに渡った。
何者かが裏で彼らを操り、この世界で暗躍している可能性も充分にある。
続いて、市街地で管理局員を襲った四体のマスクドライダーに関しては様々な意見が巡っていた。
風間大介によると、彼らも自身が元いた世界でワームと戦うために強大な戦闘力を誇っている。
ワームと同じく危険と判断する者、彼らをワーム対応の為に捜索して入局させようとする者、正体の分からない現時点では静観して今後の動向によって判断するべきだと主張する者。
理由はそれぞれはっきりしていた。
片や、管理局員を襲撃するような武装勢力を放置していては、実害を受けるという宣言。片や、彼らの内一人がフェイト執務官を庇う行動を見せたから結論には早いという宣言。
平行線を巡る中、ここにいる誰もが否定することの出来ない可能性が一つだけあった。
そのような特異な性質を持つ生物は既に管理局内部に進入しており、我々を嘲笑っているという可能性が。
永遠に続くと思われる束縛から解放されたとき、大介は深い安堵の溜息をついた。
議論が終わるのに、実に一時間近くの時間を要した。
それでも対策案は出ておらず、次回までに具体的な案を出すことが嫌でも課せられることになってしまう。
幸い、次元遭難者である彼には対抗案や議論の参加も課せられてはいなかった。もしそのような事を命じられるようなことがあったら苦痛以外の何者でもない。
椅子に座ることによって膠着した全身の関節を軽いストレッチで解した大介は、地上本部の廊下をティアナ・ランスターと二人で歩いていた。
「すみません、会議に付き合わせてしまって……」
「ランスターさんが気を悪くすることはありません、俺は大丈夫ですよ」
横に歩いているティアナの謝罪を大介は優しい微笑みで返し、温和に遮る。
それは女性に対する彼なりの心遣いかもしれない。
「それに、風は気まぐれ……好きな場所に吹くこともあれば、一ヶ所に留まることもあります」
ティアナの顔を覗きながら、大介は告げる。
この人がいて良かった。彼は心底そう思うようになる。
ワームとの戦いによる徒労感も癒せていない中で、あのような会議に参加させられた。密閉された空間に閉じこめられたような息苦しさに襲われるように錯覚した。
そんな中でティアナとフェイトが参加していたことが彼にとって唯一の救いだった。彼女達の存在は言うならば、掃き溜めに鶴という言葉が実に相応しい。
大介の言葉にティアナはきょとんとしたような顔を浮かべるが、気を取り直すように口を開く。
「風間さん、貴方は元いた世界であのワームって奴らと戦っていたのですよね」
「ええ、あいつらは俺のいた世界で好き勝手に暴れてましたよ。全滅したと思ってましたが、まさかこんな所にいたとは……」
「出来ることなら、後で奴らについてもっと詳しく聞かせてくれないでしょうか」
「構いませんが、そこまでワームに関して詳しくありませんよ? 俺がしてきたことなんて襲いかかってきたあいつらと戦ってきただけですし」
「それでも知りたいんです、お願いします」
真摯な瞳を大介に見せるようにティアナは語る。
そんな彼女の顔を大介は笑顔のまま見つめ、それを了承した。
数多の星々が輝く夜空の元で、一組の男女がベンチに腰掛けていた。
人通りの少ないその公園は穏やかな風によって冷えており、嫌でも肌寒さを感じてしまう。
しかしそこにいる二人は違った。白い息を吐く彼らは身体を寄せ合うことで、体温を上昇させていた。
青年――ユーノ・スクライアは愛しげに隣に座る女性――高町なのはの顔を見つめた。
仕事上の関係で滅多に会えない二人だったが、ユーノがなのはと連絡を取ったことにより彼らはこの場所にいる。
「ユーノ君、話って何?」
噴水の音が一帯に響く中で、なのはは口を開いた。
沈黙の中で広がる心地よい音と目の前に座る女性の存在によって、ユーノはなかなか言葉が出せないでいた。
暗闇を照らす街灯の明かりと噴水の音がどこか幻想的だったが、今の彼には余韻に浸る余裕を持ち合わせていない。
心臓の鼓動が高鳴りながらも、ユーノはようやく口を開いた。
「いや、最近どうしてるかなって思って……ほら、教導官の仕事って大変そうだから」
「大丈夫、仕事は上手くいってるし私はこの通り元気だから」
「そうなんだ……良かった」
それだけの言葉を出すと、二人の間に沈黙が広がる。
明るい笑みを浮かべるなのはに答えるようにユーノも穏やかに笑うが、そこで止まってしまう。
なのはの瞳を覗けば覗くほど血液の流れは激しさを増し、嫌でも体が温まっていく。
気持ちが落ち着かない中で、彼は再び口を開く。
「そういえばさ、最近ヴィヴィオの様子はどうなの? この前会ったときは元気そうだったけど」
「もう相変わらず、元気すぎて困るぐらい。今日だって友達の家にお泊まりに行く準備をするのにとっても張り切ってたから」
「そうなんだ。考えてみればヴィヴィオも大きくなったよ……初めて見たときはあんなに小さかったのに」
「こうして考えると、時間が経つのってあっという間なんだな……まるで夢みたい」
そう呟くと、なのはは星と満月が輝く夜空を見上げた。
それはまるでこれまで歩いてきた道と、経験してきた過去を回想していくようだった。
ユーノにはなのはのそんな表情が、どこか寂しげな雰囲気を宿らせているかのように見えてしまう。
「あははは……私、ユーノ君に話したいことがいっぱいあったはずなのに……それが出てこないや……何でだろ」
彼女は小さく微笑みながらユーノの顔を見つめながら、優しい声を投げかける。
それはとても愛おしく、とても儚いものに見えた。
ユーノはそれを聞いていた。いや聞かなければならなかった。
そして彼の中で、ようやく決意が芽生えた。
「なのはっ!」
ユーノは勢いよくベンチから立ち上がると、なのはの両手を握りしめる。
雪のように白く輝いていたそれは、外気によって冷たくなっていた。
突然の出来事になのははぽかんとした表情を浮かべる。
「ユーノ君……?」
「僕は君が好きだっ!」
「えっ……!?」
なのははユーノの告白に驚きの声を上げながら、顔を真っ赤にしていた。
当然かもしれない。二人は幼なじみという関係であって、恋人の関係ではない。
何事にも順序が存在する。物事を行うにはその積み重ねが重要だ、彼の告白はそれを無視したものと呼んでも過言ではない。
確かに彼らは長年のつき合いによって関係が深く、共に笑い、共に励まし合ったことが何度もあった。
しかし、恋愛という意味で好きと問われてしまったら答えに詰まってしまう。
いつの間にか彼らの間には静寂が生まれ、ユーノの中で後悔の気持ちが芽生え始める。
あまりの緊張で本来ならば聞こえるはずの噴水の音まで、彼の耳には入っていなかった。
そんな状態で先に口を動かしたのは赤面になっているなのはからだった。
「ユーノ君、それって……」
「こ、これは冗談じゃなくて……えっと、その………」
なのはの言葉によってユーノはようやく言葉を出すことが出来たが、しどろもどろとなっていた。
それでも彼は決意を固め、言葉を続ける。
「ぼ、僕は気付いたんだ……僕自身の気持ちに………君の事が……その……」
ユーノの言葉一つ一つを聞くごとに、なのはは胸を高鳴らせていく。
彼は両手に力を込めながら思いを告げた。
「なのはの事が……好きなんだって………」
ユーノは顔を赤くしながらも全ての思いを告げた。
それと同時に彼らの間に再び静寂が生まれ、あらゆる時間が止まったかのように錯覚させる。
無意味に時間だけが過ぎるとなのはの手を握るユーノの力が緩み、こぼれ落ちるかのように離れていった。
「ユーノ君……」
なのはの一言によってユーノはハッとなった。
するとその途端に彼の顔はまるで茹で蛸のように赤みを増していく。
「な、なのはっ! これは別に……えっと……その……やっぱり何でもないんだ!」
我に返ったユーノは慌てふためきながらも言葉を繋ぐ。
「せっかく時間を作ってもらったのに変なこと言ってごめん! 今言ったことは全部忘れてっ!」
その一言を終えると、ユーノはなのはから顔を背けていった。
彼の中で様々な感情が溢れては、自己嫌悪に陥ってしまう。もはや隣にいる女性の顔を見ることも出来なくなっていた。
自分の言ったことはただなのはを困惑させてしまうだけではないのか。
もしかしたらなのはは自分のことを失望してしまうのではないか。
今すぐこの場から消えてしまいたい。
「ユーノ君」
「え?」
不意にユーノの耳になのはの声が流れ込んできた。
俯いていた彼が顔を上げると、その唇は唐突に塞がれた。その目前には瞳を閉じたなのはが映っている。
ほんの数秒間、その状態が続くとなのはの顔が穏やかに離れていった。
「えへへ……奪っちゃった」
その言葉によってようやくユーノは起こった出来事を把握した。
勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、なのはは続ける。
「ユーノ君、私とっても嬉しい……ユーノ君がそう思ってくれたなんて……」
ユーノは頬の緩んだなのはの顔をジッと見つめていた。
照れくさそうに頬を赤らめながら言う彼女の瞳は、水晶のように透き通っているように見える。
「私も思うことあったの、ユーノ君のこと……こんな私だけど、お願いしても……」
なのはがそこから先を言うことはなかった。
気がついたときには抱きしめられていたからだ。頬と頬が擦れ合い、鼻と鼻が触れ合う。
そこから互いの瞳を見つめ合い、その瞬間に動揺する。
まるで鏡の役割を果たすかのようななのはの瞳には、目の前の女性を見とれるあまりに間抜け面を晒しているユーノが映っている。
「なのは、本当に……良いんだよね」
「馬鹿……答えなんていらないでしょ?」
優しく微笑みと共に出されたその言葉によって、ユーノの心は完膚無きまでに打ちのめされた。
彼女と一緒にこれからを生きていこう。彼女を悲しませるようなことはしない。彼女の笑顔を一日でも絶やすことはしない。
そう決意を固め、胸に叩き込む。
自然に二人の目線が重なる。なのははゆっくりと瞼を閉じてゆく。
その意味を瞬時に察したユーノは同じように瞼を閉じながら顔を近づける。
二人の全身に今までに感じたことのない様な情熱が走り出す。
ユーノは自らの唇をなのはのそれに強く重ねた。
「……なのは、もう一つ言いたいことがあるけどいい?」
「何? ユーノ君」
「僕達の出番、これが最初で最後らしいよ……?」
「…………え?」
二人の出番はこれが最初で最後なんです
最後ったら最後
お二方はとりあえず、ヴィヴィオと三人で末永くお幸せに
07 紛い物
深々と生い茂る緑の森。そこは例え真冬だろうと決して緑が絶えることがない。
大昔から現在に至るまでの長い時間によって培われてきた樹木の大海に、一筋の日光が差し込んでいた。
その光の中で、たった一人神代剣は苦悶の表情を浮かべていた。
彼の目は鮮血のように赤く染まりだし、紅蓮の炎で焼かれるような熱が全身を駆け巡っていく。
それが何を意味するのかは彼は知っていた。
また、いつものあれか。一体何度この現象を繰り返しただろう。
やがてそれに呼応するかのように、地の底から聞こえてくるような不気味な声が彼の頭の中を駆け巡っていく。
――何故、人間を襲わない……あの三人を殺さない……それが俺の本心だろう?
不規則的に駆け巡るその声は、彼のもう一つの心だった。
それはワームでありながら同族であるワームを殺す剣を非難する声であり、
ライダーとして戦うとき、闘争心が刺激されるのと同時に心の底から沸き上がってくる。
剣はいつもその意思と戦ってきた、いつもその意思を押さえ込んでいた。
しかしそれも限界に近づいていく。
――その心は所詮紛い物、本当の俺は人間を殺したくてたまらない……俺に殺させろ……
「黙れ……」
――イクサと名乗るあの白いライダーやドレイクを襲ったときにはもうお前は俺の本能に負けていた。分かっただろう、あれが俺の本当の姿だと……何故それを否定する?
「黙れと言っている……!」
――折角命を取り戻したんだぞ、何故今更ワームと戦う? 本能のまま楽に生きればいいだろうが
「俺は償いにおいても頂点に立つ男……これ以上貴様の思い通りにはさせん……」
――お前が頂点に立ったのは最低においてだろう? 俺はそろそろお前を消す。あの人間共と一緒にな
「俺はもう貴様に負けん………ミサキーヌ、じいや、そして我が友カ・ガーミンは俺が人間として生きることが出来ると信じてくれた。みんなの願いを少しでも果たすことが俺の使命だ……」
心の底から湧き上がる邪念に語る剣の頬からは止めどないほどの脂汗が流れ、地面に染み込ませる。
彼の目に映る辺りの風景が歪みだし、やがて地面に両膝を付けてしまう。
ふと、剣は顔を上げる。すると目の前に飛び込んできた存在によって、一層その表情が憎しみで歪んでいった。
それが真実か幻かどうかは定かではない。しかし剣の目には確かに映っていた。
ほんの一日たりとも忘れることの無かった憎しみの対象であり、自己嫌悪の象徴。
そして、自身の戦う理由であることを証明する存在。
――俺がお前の代わりになればこの苦しみから解放される、何故それを選ばない……? ノブレス・オブリージュとやらか? 下らん
それは人でなく異形に分類される姿を持ち、苦しみに抗う剣を侮蔑するかのように見下げていた。
西洋の騎士が着る甲冑を連想させる銀色の外骨格に全身が覆われ、瞳も眼球もなく、両腕には巨大なかぎ爪がある。
その内面には憎悪と高慢を宿らせていることを、剣が見逃すことはない。
かつて剣の姉――神代美香を殺し、剣自身の命を奪った末に『神代剣』の皮を被り、数多くの悲しみを生んだ自分自身の忌むべき本来の姿――スコルピオワームがそこに立っていた。
現れたスコルピオワームは右腕の巨大なかぎ爪を剣の喉元に突きつけている。
――かつてお前自身を殺したお前が高貴なる精神とは笑わせる。そういえば、エリオ・モンディアルといったな……?
スコルピオワームが挑発するかのように出した名前。
それが剣に届かないはずが無く、その顔に強張りが増していく。
――本当の俺を隠し続けておいて弟を守る良き兄とはな……卑劣においても頂点に立つ男だな
「卑怯者だろうと何だろうと……俺は貴様らワームから彼を守る、貴様に彼を殺させない……!」
――ご立派な物だな、俺がお前から出てくるのも時間の問題だぞ?
「ならば、俺が貴様を抑えれば良いだけのこと……!」
その一言と共に、剣は震える手で傍らに置いてあるサソードヤイバーを握る。そして勢いよく自らの左腕に刃を突き刺した。
剣の腕から血が吹き上がり、辺りの地面を赤く染める。
「……ッ!」
左腕の傷は熱を持ち、剣は激痛に苦しむ。しかしその途端に目の前に映るスコルピオワームの姿が霧のように薄れていき、周りの歪みが消えていく。
サソードヤイバーを引き抜き、地面に突き刺す。血の流れが勢いを増していく中で、彼は目の前の嫌悪すべき怪物を睨み付ける。
――そうやって誤魔化し続けるのならば好きにするといい。だが忘れるな、お前が犯した罪は永遠に消えることはない、永遠に許されることはない……未来永劫苦しみ続けろ……
その一言を終えると、幻のようにゆらゆらとスコルピオワームの姿は消えていった。
それと同時に全身を駆け巡る灼熱の苦痛も消えていき、腕の傷も消滅している。
剣はふと空を見上げる。そこには穏やかな青天と、眩いほどの太陽の輝きが存在していた。
しかし彼はその道を歩むつもりなど毛頭無い、歩むことなど出来ない。人あらざる存在である自分にそんな資格など無いからだ。
「今更許しを乞う気など無い。俺は俺として、貴様らワームと戦い続ける……」
サソードヤイバーを片手に呟きながら立ち上がり、刃を振るう。それは自分自身への戒めの言葉だった。
あの日、平和に暮らしていた薔薇を愛でる女性と彼の弟である青年。その幸せを踏みにじり、汚れきった自分。
贖罪。それは彼の決意を一寸たりとも歪ませることのない魔法の言葉だ。この異国の地に現れたワームを倒すのはワームである自分の使命。
「そろそろ戻らないとな、みんなが心配する……」
自嘲するような笑みを浮かべながら、彼は太陽に背くかのように歩みを進める。
小鳥の囀りと穏やかな風の音が聞こえる木々の中に残っていたのは、辺りに漂う噎せ返るような血の匂いとその中心にある血だまりだけ。
それは神代剣という人間が己の中に潜む怪物に抗った証であることを証明する、唯一の物だった。
鴎が飛び交うクラナガン沿岸地域の倉庫街には、潮風の香りが漂っていた。
人気の無いその場所にはいくつかのコンテナが打ち捨てられたままになっている。しかし使われなくなってから日が浅いのか、内部はそれほど寂れてはいない。
現に港付近には僅かながらの船舶が止まっており、ごく希に人の手がかかることを示している。
その室内で、貨物の間を駆け抜けるように黒い背広を着た小太りの男性が一人、恐怖の表情を浮かべながら走り抜けていた。しかし終点に辿り着いた途端、その足を止めてしまう。
彼の目の前にはコンテナの山がそびえ立ち、塔のように積み重なっていたからだ。
やがて彼の背後から足音が近づいてくる。その足音の正体である怪物を見て、男がコンテナにもたれかかりながら腰を抜かした。
醜悪な緑色の発達した筋肉、二枚の巨大な羽、ミミズクを連想させる醜悪な顔付き、左手に付属されている巨大な爪。
その異形――レブラワームの表面が怪しく光り出すと、途端にボコボコと身体の形を歪ませる。怪物は自らの能力を使い、自身の姿を今まさに命を奪おうとする男のそれに変えていった。
異常な光景を目の当たりにした男は声にならない叫びを上げながら後退るが、コンテナに背中をぶつけるだけで現状を変える要因にはならない。
姿を変えた怪物は三日月型に口を歪ませながら一歩一歩と足を進めていく。しかし唐突にその背中に激痛が走り、足を止めてしまう。
右斜め後ろを振り向き始めるのと同時に、何かが飛び回るような音が倉庫に駆け巡る。その方向を追うと、太陽の光を逆光にした人型のシルエットが目に飛び込んできた。
それをチャンスと考えたのか男は地面を這い蹲るようにその場から去っていくが、ワームがそれに気を止めることはない。
人影の右手には手の平サイズの何かが握られている。それは右手が左手首に添えられた瞬間だった。
「変身!」
『Hensin』
黒いスーツを見に包んだ赤毛の少年――エリオ・モンディアルの声と共に発せられる電子音声が、倉庫内に鳴り響く。
次の瞬間左手首周辺から順番に、彼の身体は六角形の金属片に包まれる。それが全身に渡る頃には蜂の巣を連想させる銀と黄色のアーマーに形を変えていた。
仮面ライダーザビーへと姿を変えるのと同時に、エリオは男の元へと駆け寄る。それに反応するかのように男の身体が光に包まれ、数秒の時間も使わずにレブラワームへと姿を変えた。
人間を襲うワームへの怒りを力に変換しながら顔面に標準を定めて右腕を突き出す。数トンの威力を持つ拳を受けたレブラワームはほんの僅かだが怯む。
それに続くように攻撃目標を胴体に変えて、その部分に目掛けて拳を振るうがそれがヒットすることはなかった。空振りに終わったことを察知した頃には背中に凄まじい衝撃が走っていた。
そこから流れるかのように正面、両脇腹、頬、肩部と身体の各部分が金槌で殴られたかのような衝撃がザビーを襲う。
「ぐっ……!」
絶え間ない猛攻のあまりに呻き声を漏らしながらも、クロックアップを用いたワームが自身に襲いかかっていることをザビーは瞬時に判断した。
痛みを堪えながらも周囲を見渡すが、敵の軌道が見えるだけで姿形を捉えることは出来ない。そうしている内にまたもや敵の攻撃に襲われてしまう。
このままでは逃げられるとザビーは察知し、ゼクターウイングを反対側に倒す。それに反応するかのようにゼクターからエネルギーが噴出され、全身に駆け巡る。
続くように通った部分を守るアーマーが浮かび出す。両腕、両肩、胸部、頭部――
全ての装甲が浮かび上がることを感じると、その単語を呟いた。
「キャストオフ……!」
『Cast off』
ザビーゼクター本体を百八十度の角度で回転させると、発せられる電子音製と共に白銀の装甲が四方に吹き飛ぶ。
ある装甲はレブラワームに直撃し、強制的にクロックアップの状態が解除させる。またある装甲は周囲のコンテナに衝撃を与えて形を凹ませる。
『Change Wasp』
似たような音声が鳴り響くと、ザビーの両眼が黄色に輝く。
現れたのは先程までの蜂の巣ではなく、巣の中に潜んでいた正真正銘の蜂だった。
ライダーフォームへと姿を変えたザビーと視線を合わせるように、レブラワームは顔を向ける。
相手を迎え撃つかのようにザビーは構えを取り、仮面の下でワームを睨む。
『何故お前は、我々の邪魔をする?』
踏み出そうとしたその瞬間、ワームは疑問混じりの声を出す。
突然の出来事だったのでザビーの足は止まってしまう。
『我々ワームと似たようなお前がどうして我々と戦う?』
「何を言って……」
『プロジェクト・F』
ザビーの言葉を遮るかのようにワームが口にした単語を聞いて、動揺が走る。
忘れるはずがなかった。
それは狂気の科学者――ジェイル・スカリエッティが生み出した悪魔の計画。人間の記憶を転写させる複製技術。
そして、自身はその技術を用いて誕生したエリオ・モンディアルの代用品。
『知っているぞ? お前はその技術によって生まれたエリオ・モンディアルのクローンと……』
「何でそれを……」
『我々ワームは愚かな人間に変わって生きてきた。お前はエリオ・モンディアルの代わりとして生まれてきた……我々とお前とで一体何が違う?』
ワームの言葉によって無意識のうちに拳を握り締めながら小刻みに振るわせるが、何も言えなかった。
矢車達から助けられたあの日、ワームという生物の行為を知った彼は憤っていた。
人間という存在を踏みにじり、記憶、容姿、経験、肉体的特性を略奪し、まるで当たり前のようにその人間に成り代わる。
生命とはたった一つしか存在しない尊い物で、神聖な存在だ。それを蹂躙することは決して許されることではない。
しかし自分はその認識を当然のように破り捨てられて誕生された。禁断の技術によって。
ワームは人間を傷つけて、社会に隠れている。でも自分は大切なパートナーを傷つけて逃げ出した、優しい恩師を裏切って逃げ出した。
『そういえばフェイト・T・ハラオウンといったか……? もう一つの劣化クローン』
唐突に耳に飛び込んできた名前によって、ザビーは我に返る。
それは自己嫌悪に陥ろうとした彼を引き戻すのに充分な効果を持っていた。
『奴もお前と同じで、我々と似たような存在だろう。そんな奴が我々を……』
「違う!」
恩師への冒涜を否定するかのように、ザビーは大声で遮る。
「フェイトさんは違う……! フェイトさんは、僕やお前達とは違う!」
それは自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。自分のような存在がフェイトやキャロと同じであるはずがない。いや同じと見られていいはずがない。
その思いが強くなっていき、次第に顔も強張っていく。
「あの人はキャロとフリードに夢と暖かい光をくれた立派な人間だ! 二人の未来を作ったんだ! 命を弄ぶお前達や逃げ出した僕と同じはずがない!」
『Rider Sting』
激情のままザビーはゼクターのフルスロットルを強く押し込み、怪人に向けて踏み出し始めた。
彼の中で、次第にワームという怪物に対する憎しみで溢れていく。奴らはフェイトとキャロの姿を容姿を利用し、自分勝手な暴挙を繰り広げていた。
それは二人に対する侮辱に他ならない。
ザビーゼクターから噴出される稲妻は腕から全身に流れ込み、緑色の両眼が輝く。ワームに対する怒りを握り締めた拳に込め、渾身の力で胴体に目掛けて突き出す。
突き刺されたニードルから流れるタキオン粒子はレブラワームの全身を駆け巡りながら体内の組織と細胞を容赦なく粉砕させていく。
やがて縦横無尽に踊るエネルギーに耐えられなくなったレブラワームの身体は自らの最後を告げるように、細胞一つ残すことなく爆発四散しては消え果てた。
戦いによって乱れた呼吸を整える。左腕の変身ブレスからザビーゼクターが離れていき、羽を羽ばたかせながら倉庫の外へと向かっていく。
その軌道を目で追いながら足を進める。ワームに襲われていたあの男性はきっと逃げ切っただろう。僅かながらの安堵を感じていると、入り口から二つの人影が現れていることに気付く。
それは矢車想と影山瞬の二人だった。太陽の光に背を向けている彼らを見てエリオは足を止めてしまう。
「兄弟、お前もまだまだだな……」
矢車はエリオの見慣れた暗い表情でその口を開く、まるで叱責の念が込められているような声だった。
「言ったろ? 闇の住民が光を求めるようとすると痛い目を見るって……」
「でも、あの人が襲われそうだったから……」
「清廉潔白ってやつか……良いよなぁ」
その一言を終えた矢車は両腕を組みながら倉庫の外へと向かっていく。
続くように影山がエリオの顔を覗き込んだ。
「言っておくけど、兄貴の言うことには従った方が良いぞ? じゃないと本当にしっぺ返しを喰らうからな」
「どういう意味なんですか」
「俺のようになるってことさ……」
静かに語り終えると、彼もまた矢車と同じように踵を返していく。
彼らの言葉の意味は相変わらず理解出来ないが、考えたところでどうなるというわけでもない。
これ以上この場所にいる理由もないので、エリオは二人の後に付いていった。
――我々は愚かな人間に変わって生きてきた。お前はエリオ・モンディアルの代わりとして生まれてきた……我々とお前とで一体何が違う?――
不意に、先程戦ったあのワームの言葉が蘇ってくる。その通りかもしれない。
本物のエリオ・モンディアルはとっくの昔に死んだはずなのに、自分はその代わりとして生まれてきた。
かつて研究施設から保護施設へと移された時代、人間の模造品である自分はこの世界を呪い、憎んだ挙げ句にその気持ちを他者にぶつけた。
困り果てたような表情を浮かべる者もいれば、まるで害虫でも見るかのような視線で睨み付ける者もいた。だが今になって考えてみれば当然かもしれない。
所詮自分はワームと何も変わらない醜くて卑劣な、汚い存在なのだろうか。
次第に足取りが重くなっていくと、不意に辺りが暗闇に満ちていく。何事かと思いながらエリオは足を止めて頭上の空を見上げる。
そこはまるで夜が訪れたかのように青空は黒く染まっていた。いや空だけでなく、太陽までもが黒く濁っている。
「皆既日食……?」
暗闇によって光を閉ざされた空に向かってぽつりと呟く。
だが特に気にすることはなく、そのまま目を背けた。今の彼にとってはその程度の輝きでも眩しすぎた、まるでそれだけでも全身を焼き尽くされてしまうかのように。
彼は再び足を動かすが重かった。自身の存在を考えれば考えるほど、それは重さを増していった。
ミッドチルダの荒廃しきった廃棄都市区画の一角。見捨てられた瓦礫の山は、皆既日食の影響によって暗闇に包まれている。
風化されて久しいコンクリートで作られた森の間に、異様な気配が風のように押し寄せていた。
やがて地面から数センチ上の所に、黒い球体が浮かび上がる。それは放電を繰り返しながら、ゆっくりと肥大化していった。
その漆黒は人の形を作っていく。シルエットだけで男であること、相当な巨漢であることが分かる。
闇は足下から消えていく。
高級と思われる皮で作られた黒いブーツが最初に現れ、続いて緑色の服に包まれた巨木を思わせる脚、黒いジャケットに身を覆う岩のように厚く、引き締まった巨漢が現れた。
その手首には何かを装着するような形状を持つ穴が空けられているブレスレットが填められ、銀色に輝いている。
風と共に広がった黒髪は肩にまで届いている。
男がゆっくりと顔を上げるのと同時に、辺りの空は輝きを取り戻していく。
彫りの強い深い顔は厳しく引き締まっており、その瞳からは猛獣をも怯ませてしまうような野性味が感じられる。
「ビショップの言っていたゲームのフィールドというのはここのことか……?」
男は口を開くと、すぐ隣の空間に歪みが生じる。それを突き破るかのように彗星の如く彼の相棒は現れた。
それはケンタウルスオオカブトを模した形状を持ち、銅色の全身を太陽に照らせている。
その機械――カブティックゼクターは男の上空を一巡りして、その目前を漂う。
「安心しろ、ゲームの仲間外れにはしない。お前は面白そうだからな」
見る者全てを怯ませてしまうような堅く鋭い視線で笑みを浮かべながら、自身のゼクターに語る。
それを聞いたカブティックゼクターはまるで喜びの感情を表すかのように飛び回り、獲物を見つける為に空の彼方へと消えていった。
自分の為に動く相棒を見守った男はその笑みを保ち、太い喉を鳴らしながら重量感溢れる体を動かしていく。
「もうじき我らの新たなる帝国がキングによって築き上げられる、その為には邪魔者を排除しなければならない……」
男は自身の主を思いながら歩みを進める。
圧倒的かつ世界を滅ぼす力を持つ我らファンガイアの偉大なるキング。
ネイティブという種族と結託し、キバやイクサに匹敵する戦闘力を約束されるマスクドライダーシステムという強大な力を手に入れた。
彼はファンガイア族の中でも上位の力を持つ者にその称号が与えられる、チェックメイト・フォーの一角。
「だが、まず始めることがある……蘇ったこの俺の新しいタイムプレーからだ!」
百獣の王の様に鋭い歯を剥けるその男――ルークは、カブティックゼクターの後を追うようにコンクリートの間を進んでいった――
07 終わり
最終更新:2009年03月03日 19:13