???:???
白、白、白。
目に見えるものは全て白に覆われていた。
地面も、樹木も、空気さえも白い雪に覆われている。
空を見上げれば空に張り付く星がかすかに見える。
それが、いつか雪となって落ちてきそうに思えるのは気のせいだろうか。
この極寒の地においてはそれもまた幻想の一言で済ませられないのかもしれない。
そう、人は寒さの作り出した夢や幻に連れ去られぬように暖かな暖炉のある家にこもる。
ならば今、この地にいる彼女は何者なのだろうか。
「んふふふふっ、見てなさいベル。あなたの獲物はこの私がもらっちゃうんだから」
かわいらしいと言ってもよいその少女はとても正気とは思えない。
毛皮の代わりにその身を包んでいる東洋風の装束──神道の巫女が着るものだ──は寒風をわずかながらでも防いでくれるものではない。
そのような格好でこの地にいれば風は雪と共に瞬時に彼女の命を奪っていくはずだ。
にもかかわらず彼女の頬は寒さで青ざめるどころか赤みを帯び、その顔には笑みさえ浮かんでいるのだ。
まるで彼女の存在を吹雪が恐れ、逃げているようではないか。
「そうよ、ぜーんぶ超公パール=クールがいただいちゃうんだから」
彼女こそ東方王国のプリンセスを自称するパール=クールである。
その力はかのベール=ゼファーに匹敵、ともすればそれすらも超えるとまで言われる恐るべき大魔王である。
「来た、来た」
その時、彼女が待ちかねていたものがついに現れた。
大魔王が直々に乗り出してくるようなものだ。それもまた常識で計れるようなものではない。
それは蹄を持った四つ足の逞しい獣だ。
瞳を爛々と光らせ、その頭部に歪んだ樹木のようにねじくれた角まで生えている。
だが超公の目的は荒々しい足音を立てて駆けるその獣ではない。
彼女の目的は9頭もの恐るべき獣に引かれているソリ、そしてそれに積まれた荷物なのだ。
「ここに来たらもうおしまい。さあ、やっちゃうわよ」
瞬時にパールの周りの地面が姿を現し、草が燃える。
個体の雪が液体の水を経ずして突如水蒸気に変じたのだ。
それほどの熱量にさらされれば、雪の下で春の到来を待っていた草木が燃えてしまうのも当然と言えるだろう。
それを成したパールの魔力は炎の蛇を姿となし、あらゆるものを飲み込み燃やし尽くす顎を開いた。
「フレイム……」
その呪文を終えれば、蛇は獣どもに絡みつき消し炭と変えてしまう。
そのはずであった。
「え?」
だが、呪文が完成する前に先頭を走る獣の一頭が突如、鮮血のような赤に輝く。
光は線となり、その進路上にある木と雪をはじき飛ばしながら突き進み、立ちはだかるパールに迫った。
「このっ!」
パールが腕を振るう。
炎の蛇はそれに従う。
のたうつ腹で地面をこがし、開いた顎で獣の放つ赤い光に食らいついた。
瞬間、全てが光に包まれる。
暴風が吹き荒れ雪を、木を、岩を吹き飛ばし雷をも生み出した。
それがやんだ時、その場に1人、倒れているものがいた。
東方の衣装に身を包む少女、パール=クール。
大魔王がその場に倒れていた。
彼女は震える手を天に伸ばす。
爆風で雲が飛ばされたのだろう、指の間から何者にも遮られていない星が見えた。
「欲しかったなぁ」
その手もまた地面に落ちる。
やがて空は再び雲に覆い尽くされ、雪を地面へ落とす。
雪は全てを隠してゆく。
大魔王とて例外ではない。
誰かの笑う声が嵐に混じって響いていた。
アンゼロット宮殿:八神はやて
自宅前でフェイトを待って車に乗せてもらって空港へ。
空港で待ち合わせたメンバーが揃ったところで、ちょうど出発の時間になったので本局へ。
さらに本局で残りのメンバーと合流して次元航行艦乗せてもらう。
それでやっとたどり着いたのがファー・ジ・アースだ。
なぜ彼女たちが交流が始まったものの、その特殊性から未だ番号も振られていないこの世界にやって来たかと言えば、この世界の守護者であるアンゼロットから招待状をもらったからだ。
その文面はこうである。
これからする私のお願いにはいかイエスで答えてください。
来る12月25日にクリスマスパーティを開催したいと思います。
24日には来てくださいね。
この日に有休を取るのは本当に大変だった。
招待状が来た日からあまり余裕はなかったし、おまけに年末だったから仕事がもう、おしておして……。
ティアナは次元航行艦に乗っている間ずっと寝ていた。
きっと徹夜してたのだろう。
とにもかくにもやって来たはやて達はアンゼロット宮殿に設定された順路を右に左に曲がりくねり、たどり着いたのがここ司令室である。
「……」
そう、司令室である。
決してパーティをするような場所ではない。
コンソールが並べられ、その一つ一つをコマジメさんを始めとしたオペレーターが機敏に操作をしている。
正面の大きいモニターには世界地図があり、そこに表示された情報は刻一刻と変化を続けていた。
「皆さん、ようこそ」
声が振ってくる。
頭上にあるどっかの宇宙戦艦についていそうな指揮官席に座る流れるような銀髪を持つこの少女こそ、宮殿の主にしてファー・ジ・アースの守護者アンゼロットその人である。
「アンゼロットさん。こ、これは?」
「皆様に再会できて私も嬉しく思います。それから……」
そう言いながら、はやて達の元まで降りてきたアンゼロットは続いて姿を現した黒髪で巫女装束の少女に手をやった。
「フェイトさんは面識がありましたね。こちらは過日より世界魔術協会代表代行を勤めていただいている赤羽くれはさんです」
「えーと、どうも。赤羽くれはです。フェイトちゃん、お久しぶりー」
フェイトとの再会を喜ぶくれはを見たはやては目を見張る。
彼女の見開かれた目はくれはに釘付けになった。
赤羽くれはという人物ははやてが今まで見たこともないようなものを持っていたのだ。
「八神はやて言います。よろしく」
「あ、先日はひーらぎがお世話になりました」
「いえいえ」
深々とお辞儀をして顔を上げると、はやては己のすべき事を実行した。
「では、失礼して」
むにゅ
まさに達人の手業。
はやての両手は、当の本人であるくれはにも気付かれることなく彼女の胸部に押し当てられ、これまた練達の技を持ってして滑らかに、優しく、激しくそれを揉みしだいたのである。
「はわ?ちょっと……はやて、さん?」
「む……むむむ……!こ、これは!」
くれはは逃れようにも逃れられない。
蜘蛛の巣のごとくはやての両手が絡みつき、なおも胸を揉み続けるのだった。
アンゼロット宮殿:高町なのは
「あの……あれ……すいません」
一心不乱にくれはの胸を揉み続けるはやてに変わって、なのはが謝る。
だが、それに対してアンゼロットが答えたのは
「かまいません」
だったし、おまけに
「くれはさん、はやてさんのお相手はまかせました」
「はわわわ?そんなっ」
と言ってはやてをくれはに押しつけてしまった。
「そういえば、アンゼロットさん」
「なんでしょう」
「アンゼロットさんは遠い所にこの宮殿ごと出張に行っていると聞いたんですけど、帰ってこられたんですね」
「ええ、今日だけは帰ってきました」
「今日だけ?宮殿ごとですか?」
宮殿を移動させるというのはあまりにも非常識だ。
ただ、アンゼロットならやりかねないという思いもあった。
「いいえ、帰ってきたのは私だけです。持って行った宮殿は向こうに置いたままです」
「じゃあこれは……?」
「予備の宮殿です」
「予備?」
「ええ。元々、宮殿が破壊された時に地下から生えてくるように隠していた予備の宮殿です。今回のために引っ張り出してきました」
なのははさらに質問を続けようとしたが、それは新たに部屋に入ってきた仮面の男に遮られた。
彼は一回であったことがある。
ロンギヌス・コイズミだ。
コイズミの報告を聞いたアンゼロットは、なのは達に向き直り真剣そのものといった表情で語り始めた。
「さて、皆さんに一足早く来ていただいたのは他でもありません」
オペレーター達が少し騒がしくなっている。
何か変化が起こったようだ。
その中でも、アンゼロットはあくまで落ち着いている。
「つい先ほどのことです。ノーラッドによりフィンランドで目標が発見されました」
もしかしたら、また前にような世界の危機なのかも知れない。
そんな予感がしていた。
「ノーラッドは直ちに追跡を開始しましたが振り切られてしまいました。その後、今度は米軍が北米大陸上空で目標を発見。F-22による追跡を開始するもこれも失敗しました」
常識の中、しかも魔法はないとは言え米軍はこの世界最大の戦力である。
なのはの予感はますます強くなった。
「これを持ってして、米軍は自力による目標の追跡を断念。以後は欺瞞情報を流しています。そして、目標の追跡は我がロンギヌスに引き継がれることになりました」
と言うことは、やはり目標とは常識では対応できない存在。
すなわち非常識の存在ということになる。
「目標追跡のために柊蓮司を向かわせましたが、発見と同時に撃墜されています」
一行も書く暇も無くやられたのだ。
「ええっ!」
「柊さんは大丈夫なんですか?」
その非情な知らせにキャロとエリオは不安げな声を上げるが
「だいじょぶだいじょぶ。そのうち戻ってくるから心配ないって。あ、でも帰り遅くなるかも知れないからタッパーにごはん詰めてた方が良いかな……って、はやてさん。まだやるんですか?」
「これは……初めてや。未知や」
「はわーーっ」
くれははのんきなものである。揉まれているのでちょっと切羽詰まっているけど。
「皆さんにはこの目標の追跡に参加していただきます」
「目標、ですか?」
そう、それが大事だ。
この世界の最大戦力に追跡を断念させ、守護者に帰還を強いるような目標。
さらにそれは歴戦の強者、柊蓮司をも撃退したのだ。
「目標は」
アンゼロットは静かに、そしてはっきりと宣言した。
その目標の名を。
「サンタクロースです!」
リリカルなのは クロス ナイトウィザード
白き異界の魔王外伝
リリカル・トラックス・サンタ
追跡!サンタクロース
アンゼロット宮殿:高町なのは
「サンタクロース……ですか?」
「そうです」
なのはには少し思考の整理が必要だった。
サンタの追跡?
なぜ?
さっぱりわからない。
「アンゼロット様!南太平洋に展開中の部隊がサンタクロースを発見しました」
「わかりました。モニターに出しなさい」
南太平洋某空域:???
ロンギヌス、それはアンゼロットにより集められた対エミュレイター戦のエキスパートである。
その構成員はいずれも一騎当千の強者であり、時空管理局の分析では次元世界においてもトップクラスの実力を持つとされているいる。
それほどの実力者が数十名もこの空域に集まっているのである。
「来たぞ」
仮面越しであってもその精鋭達の顔には緊張が見て取れた。
これから迫るサンタクロースとはそれほどの相手なのである。
「総員戦闘準備!」
その号令と共にある者はガンナーズブルームを、ある者は剣を構える。
そしてまたある者は魔法の光をその手に宿した。
──あと少し
誰もがその手に持つ大地を砕き、天を引き裂く力を放とうとしている。
だが次の瞬間。
彼らはサンタの乗るソリの先頭より放たれた赤い光になぎ払われていた。
「うわー、だめだー」
アンゼロット宮殿:高町なのは
どこに設置されているのかよくわからないカメラからの映像はなのはを驚愕させた。
「なー、なー、なー」
サンタのソリを引く先頭トナカイより放たれた赤い光は、迎撃のために待ち構えていたロンギヌスの構成員達のことごとくをなぎ払ったのである。
「ガッデム!まさかこのタイミングであれを使って来るとは!」
「なんですか!あれ!」
思わず叫び声を上げてしまう。
というか、他にどうしろと?
「あなたも知っているでしょう。あれこそサンタのソリを引くトナカイの中でもその先頭走るルドルフの必殺技。ルドルフ・ビームです」
「全然知りませんよ」
まったくだ。
「そんなこと無いですよ。一番有名です」
「有名じゃないです!」
「歌にもなっているでしょ」
「うた?」
少なくともトナカイがビームを放つという歌はしらない。
「赤鼻のトナカイと言う歌はご存じですよね?」
「よく知ってます」
「それの歌詞を思いだしてください」
「えっと……」
よく覚えている。
ありさちゃんと歌いながらサンタさんを待ったこともあったし。
あの時は途中で疲れて寝ちゃったけど。
「暗い夜にはぴかぴかのお前の鼻が役に立つのさ」
「それですよ」
「え?」
「ぴかぴかの鼻、です」
「え?でもそれって、車のヘッドライトみたいに前を照らすと言うことなんじゃないですか?」
「違います!」
アンゼロットは断言する。
「あれは暗い夜からの襲撃者を撃退するのに役に立つぴかぴかのビームを放つと言う意味なのです!ルドルフはその必殺技でサンタにスカウトされたトナカイなのです」
「えええええええええええっ」
あの歌にそんな意味があったなんて!
納得できなかった。したくなかった。
だが現実は冷酷である。
トナカイはビームを放っていた。
アンゼロット宮殿:高町なのは
突如正面モニターが暗くなる。
それが意図されたものでないことはオペレーター達の顔が引き締まる様を見れば明らかだ。
正面モニターに新たな映像が映し出される。
だが、それは機能が回復したのではない。
オペレーター達をざわめかせる新たなる映像、それは
大魔王ベールー=ゼファーだった。
「あら、アンゼロット。戻ってきてたのね。おとなしく田舎に引っ込んでいればいいのに」
ミッドチルダを出発する時、ベルは見送りをしていた。
それなのにここにいる。
やりそうなことではあるけど。
「ベールー・ゼファー、どのような用件ですか?」
「ちょっと、言っておきたいことがあるのよ。アンゼロット、サンタクロースから手を引きなさい」
「どういう事ですか?」
「あれを倒すのは私よ!あなたには渡さないわ」
「それは私の言うことです。クリスマスくらい、裏界に引っ込んでいらしたらいいでしょう」
「引く気はないみたいね」
「あたりまえです。ロンギヌスは総力を挙げてサンタクロースを撃墜します。それを妨害するあなたも同様です」
「そう言うと思ったわ。けどね、この勝負、あなたの負けよ」
「どういうことです!」
「あなたたちがやったのは時間稼ぎに過ぎないって事。じゃね」
ベールー・ゼファーの姿が画面から消える。
モニターは一瞬だけ黒くなったが、すぐに元の情報を映しはじめた。
「アンゼロット様!」
またもオペレーターの報告が届く。
画面の遷移はいっそう激しくなっていた。
「該当空域に多数のエミュレイターが集結しています」
「他の空域の部隊を向かわせなさい」
「……ダメです。エミュレイターとサンタの接触に間に合いません」
「なんてことです!」
南太平洋某空域:???
ロンギヌスは広く、薄く部隊を展開させていた。
これはどこに現れるかわからないサンタクロースの発見を第一としたからだ。
ベール・ゼファー率いるエミュレイター軍団も同様であった。
だが、ベール・ゼファーが探していたのはサンタクロースではない。
サンタクロースとロンギヌスが接触する場所を探していたのだ。
そして、その目論見は当たった。
ロンギヌスとサンタが戦闘を行っている間にベルは戦力を集結。
薄く広い陣形ではなく、狭く厚い陣形を持ってサンタと対することを可能としたのである。
「来なさい。サンタクロース。すりつぶしてあげるわ」
笑みを浮かべる魔王はサンタの接近を待つ。
射程に入れば千を越すエミュレイターの一斉攻撃が開始されるのだ。
かわせるものではない。
必勝を確信するベルの視界の内で変化が起こる。
先頭を走るルドルフが道を空け、その後ろを走るトナカイの胸部が光を放った。
アンゼロット宮殿:ティアナ・ランスター
「スバルあれ!」
「ええ?あれって、ウイングロード?」
トナカイの胸部より放たれる光は平面を作る。
遙か遠くまで伸びるそれは、まさに空中に作られた光の道であった。
南太平洋某空域:???
トナカイたちは光の道に降り立ち、いななきを上げる。
それはこれから行われる恐るべき行為の予告であった。
光の上で数回蹄を鳴らしたトナカイはソリごと瞬時に加速。
それまでの数倍の速度を出したのだ。
エミュレイター達はサンタを打ち倒そうとソリに群がるがそれも無力だ。
圧倒的速度により作られた衝撃波はいかなるエミュレイターもはじき飛ばし、粉みじんに打ち砕く。
「あれも使うなんて……」
驚愕をあらわにするベルの視線は遠ざかるサンタのソリに向けられていた。
アンゼロット宮殿:高町なのは
「あ、あ、あ、あ、あれは?」
慌てふためくなのはに答えるアンゼロットはあくまで落ち着いているように見える。
「サンタは通常新幹線の100倍の速度で移動します。ですが、あのサンタ☆ライト・ウェーブ上を走ることで一時的にその速度を数倍に上げることができるのです。その速度を使った攻撃こそがトナカイのリーダーにして一番の俊足を持つダッシャーの必殺技。グラン・ダッシャーです!その威力は身長57メートル、体重550トン、巨体を唸らせて空も飛ぶスーパーロボットに匹敵するといわれています」
その間もモニターはサンタの動向を映し続けていた。
サンタの行く手を遮ることはエミュレイターにもできない。
速度は微塵も揺るぐことはなく、東南アジア方面へとその進路を移していた。
「では、そろそろ皆さんの出番です」
戦力状況を現すモニター上ではロンギヌスを現す光点とエミュレイターを現す光点が徐々に消えつつあった。
いかなる戦力も、いかなる策もサンタには通用していない。
「サンタの進路を変える必要があります。八神はやてさんあなたの広範囲攻撃魔法でサンタの進路を押さえてください!」
アンゼロット宮殿:八神はやて
その頃はやては
「この胸は……わからん。わからんわ。貧乳のようでいて巨乳。巨乳のようでいて貧乳。タオルのようなメロンパンのような本物のような……ほんとわからん。乳を揉んで揉んでもんどる乳ソムリエの私にもわからん」
「はわっ、はわっ、はわわわっ。はっわーーー」
まだ揉んでいた。
「では、高町なのはさんは?」
アンゼロット宮殿:高町なのは
その頃なのは
「ねえ、ユーノくん。サンタさんはサンタさんだよね。サンタさんでサンタさんなんだよね。じんぐるべーるじんぐるべーる」
「なのは、しっかりしてよ!落ちついてよ!」
壁の前にしゃがみ込んでユーノとお話をしていた。
アンゼロット宮殿:スバル・ナカジマ
「なのはさん大丈夫かな。すごいジェネレーションギャップを受けたみたい」
「カルチャーショックよ!」
アンゼロット宮殿:フェイト・T・ハラオウン
フェイトも通常の精神状態でいられたわけではない。
実際、かなりいろいろ彼女の精神世界もぶっ壊れていたが、なのはが先にあーなってしまったので
「私がしっかりしないと」
と気を取り直すことができただけのことである。
生まれ育った世界の違いかも知れないけど。
「しかたありません。広範囲攻撃力は無くなりますが……フェイトさん。残りの方々と行ってください」
「は、はい」
拒否は多分させてもらえない。
さっきまではなかったはずの壁にあいたシューターに飛び込む。
後から音が聞こえた。
エリオとキャロも飛び込んだみたいだ。
留守番をお願いしておいた方がよかったかもと思ったが、後の祭りである。
海上:フェイト・T・ハラオウン
シューターはすぐに終わり、どこか海の上に放り出された。
「バルディッシュ!お願い」
「yes, sir.」
重力に体が捕まれてしまう前にバリアジャケットを装着して宙に浮く。
すぐに振り向くと何もない空間からエリオとキャロ、次いでスバルとティアナが飛び出してきた。
当然と言うべきか壮麗な宮殿はどこにもない。
「えーーーーーーーーーーーー」
ティアナは不意打ちで放り出されたみたいだ。
おまけに飛行魔法が使えないのでちょっと慌てている。
助けに行く……必要はなかった。
即座にスバルがフォローに入っている。
「フェイトさん、あれ!」
フリードの背中のエリオの指さす方向を見ると、赤く光るサンタのソリが見えた。
さらに右手にはロンギヌスの一団、前方には雲霞のごとく集まっているエミュレイター。
その全てがフェイト達の飛ぶ空域に猛烈なスピードで迫っている。
離脱は不可能だった。
直後、この空域で全ての勢力がぶつかり合ったのである。
海上:ティアナ・ランスター
この乱戦の中、ティアナはとにかく逃げ回っていた。
いきなりでどうすれば良いか分からないというのはある。
と言うかどーしろと言うんだ。
それ以上にエリオやキャロにサンタクロースと戦闘させるのはまずいと言うのもあった。
夢とか希望とかそーゆーものの観点から。
とにかく明確に襲いかかってくるエミュレイターを打ち落としながら右に左にフリードを飛ばしてもらう。
そうしていると突然戦場の中にぽっかり発生した台風の目を思わせる静かな空間に飛び込んだ。
直径10メートルほどの空間の中にはエミュレイターが全く進入していないのだ。
その理由もすぐにわかった。
中心に彼女がいるからだ。
とても不本意だが、近頃は敵としてではなく何かすると分かっていながら同じ職場の管理局員として見慣れてきた彼女。
つまり、ベル・フライことベール・ゼファーがそこにいた。
「ベル!」
「あら、ティアナじゃない。来てたの」
まるで街に遊びに行った時に偶然出会ったみたいだ。
そのくらいの気安さでベール・ゼファーは空中を滑ってくる。
「聞きたいことがあるんだけど」
確認しなければならないことがあった。
それに答えられるのはおそらくこの世界で2人しかいない。
アンゼロット宮殿:柊蓮司
軽快な機械音を立てて司令室の自動扉が開くとウィッチブレードを杖代わりにしたよれよれの冴えない男あり。
人呼んで下がる男、柊蓮司。
「や、やっと戻った」
ラース・フェリアに行ったはずの彼がなぜここにいるか。
そしてなぜ一行も書かれることなく撃墜されたか。
深く考えないでいただきたい。
いいか。考えるなよ。考えるんじゃないぞ。
考えないな。OK
「あら、柊さん。早かったですね」
「まあな」
柊は撃墜されてからここに帰るまでに文庫一冊分になりそうな冒険を終わらせていた。
が、それもいつものことなのでアンゼロットの反応はこんなものである。
「相手が何かも教えずに出しやがって、あんなものと戦わせるつもりだったのかよ」
「もちろんです」
「で、また続いているのか」
「ええ、最終決戦になることでしょう」
おびただしい数のエミュレイター、それと闘うロンギヌス。
そしてその中を突っ走るサンタクロース。
なんという壮絶な光景。
「なあ、聞きたいことがあるんだけどな」
柊がその言葉を口にしたのは、偶然にもティアナと同じ時間であった。
海上:ティアナ・ランスター
「なんでサンタクロースを撃墜しようとしているのよ」
「ああ、それはね」
アンゼロット宮殿:柊蓮司
「なんだってサンタクロースなんてのを撃墜しようとしているんだよ」
「それはですね」
守護者
魔王
世界の存亡を左右する2人は全く同じ時に同じ質問に答えた。
海上:ベール・ゼファー
「サンタクロースにクリスマスプレゼントもらったこと一度もないのよ!」
アンゼロット宮殿:アンゼロット
「サンタクロースにクリスマスプレゼントもらったことって一度もないんです!」
それを聞いた質問者の2人も同じタイミングで意見を述べた。
海上:ティアナ・ランスター
「なによそれっ!!!」
アンゼロット宮殿:柊蓮司
「なんだそりゃ!!!」
海上:ベール・ゼファー
「サンタさんってクリスマスにプレゼントをくれるものでしょ」
アンゼロット宮殿:アンゼロット
「毎年、毎年ベッドの側に靴下つるして待ってるのに……一度も来てくれないんですよ。ひどいと思いません?」
海上:ティアナ・ランスター
「あのね、私もサンタクロースってのを少し調べたから知ってるんだけどサンタさんは」
アンゼロット宮殿:柊蓮司
「よい子のところにプレゼントを持ってきてくれるもんだってのを知ってるか?」
海上:ベール・ゼファー
「当たり前じゃない」
アンゼロット宮殿:アンゼロット
「私はよい子です」
海上:ティアナ・ランスター
「どー考えてもサンタさんより」
アンゼロット宮殿:柊蓮司
「お前の方が年上じゃねーか」
ぱーん
同時に2人が黙って殴られました。
海上:ティアナ・ランスター
くらくらする頭を抱えるティアナの横を風より早く何かが過ぎ去った。
それは何か。
目の焦点が定まってくるに連れてそれはしだいにはっきりと見えてくる。
ベルの正面に立つ9頭のトナカイに引かれたソリに立つ赤い服と白い髭の老人。
間違いない。
あれこそ、あれこそこの戦いの中心にいる人物。
サンタクロースだ。
「な、なによ」
魔王の前に立っているにもかかわらず、その老人はわずかなりとも怯えない。
それどころかベルの方がたじろいでいるようにすら見える。
「だからなんなのよ」
声が震えるベルに老人は両手を突き出し、そして高らかに宣言した。
「メリークリスマーーーーーーース」
サンタの大きな両手が包みこまれるようにしてある綺麗にラッピングした箱。
それを見たベルは満面の笑みを浮かべる。
「プレゼント?私に?」
サンタは髭を揺らしながら大きく頷いた。
「もらっちゃった……プレゼント」
その声は鈴のように美しいものだった。
アンゼロット宮殿:フェイト・T・ハラオウン
モニターでその全てを見ていたアンゼロットの顔は硬直していた。
よく見ると涙目である。
と言うか、既に泣いている。
「な、な、何でですか!!なんであの蝿娘がもらって私がもらえないんですかっ!」
火でも噴きそうな勢いで怒り狂うアンゼロットには誰も近寄れない。
司令室のオペレーター達が避難を始めようとした時、自動扉が開いた。
「アンゼロットさん」
「なんですか!!」
バリアジャケット姿で背中に大きな袋を担いでいるフェイトを見るとアンゼロットは怒りの表情を一時納めた。
その後に続いているスバルが袋を5つくらい担いでいるのを見ると今度は戸惑いの表情を浮かべる。
「それは?」
「あの、これ。サンタさんがアンゼロットさんに、って」
「まあ、わたしに?プレゼントですね」
その時のアンゼロットはあたかも慈愛に満ちた女神のようであった。
これが今年のサンタクロース追跡戦の顛末である。
では、他の方々がどうなったかを見ていこう。
アンゼロット宮殿:高町なのは
宮殿の大ホールでは盛大なパーティが行われていた。
無数のテーブルには様々な料理がこれでもかと並べ立てられ、皆食事に、お喋りにと楽しそうだ。
そんな中、なのはは見知った青年と窓際に立っていた。
「やっぱりサンタさんはサンタさんだったね。ユーノくん」
「うん、よかったね」
いつになくなのはははしゃいでいた。
すごく開放的な気分だったのだ。
「ねえ、私はこれもらったよ。ユーノ君は?」
「僕はこれだよ」
窓の外では景色が雪で化粧をしている。
今日はホワイトクリスマス。
それはなのはにぴったりの色だった。
アンゼロット宮殿:柊蓮司
「ひーらぎー、助けてー、はわー」
かすかに聞こえた声に導かれて暗がりをのぞき込んだ柊蓮司。
彼は今、未知の光景に遭遇していた。
「もうちょっと、もうちょっと試させてほしいんよ」
「はわっ、はわっ」
何度も世界の危機を救った柊蓮司といえども、この状況に遭遇したことは今まで無かった。
「こ、これはっ」
「いーから、たすけてーーー」
アンゼロット宮殿:ティアナ・ランスター
「ねえ、ティアナ。なのはさんに聞いたことがあるんだけど、サンタクロースって普通お父さんが変わりをするんだって」
「それで?」
「じゃあ、ベルちゃんやアンゼロットさんにプレゼント渡したあのサンタクロースってなんなんだろう」
「……」
それは誰も知らない。
???:???
白、白、白。
目に見えるものは全て白に覆われていた。
それを突き破り、起き上がる人影一つ。
「ぶはっ」
パール・クールは辺りを見回すと、拳を握りしめ、そして天に向かって叫んだ。
「次は私がもらってやるんだからーーーーっ」
そして、来年もまた……
最終更新:2008年12月24日 18:43