ミッドチルダ・首都クラナガンの廃棄された都市の一角。
連なる古ぼけた廃墟/ひび割れたアスファルト――銃撃を交わす二人の怪物=男と少女。
一方の男の手にはたった一丁で最悪の重圧を生み出す化け物じみた巨大さの拳銃。
かつての異名=“徘徊者(ワンダー)”――四肢に埋め込まれた機械によって発生する重力(フロート)によって壁面を移動。
もう一方の少女は両手に銃型のデバイス/白いスーツ――“万能道具存在(ユニバーサルアイテム)”による限りない武器の供給。
クラナガン・ヴェロシティ 00:虚無
「戦闘の度に未知数に成長するお前のその能力。その力を、封じさせてもらう」
イースターが甦らせた標的の少女。これまでボイルドが戦ってきた中で、最も若く、優秀な、類まれなる同胞。
その能力=特殊な金属によって構成される人工皮膚を通して周囲を精密に感覚し、電子機器を《操作(スナーク)》する。
その力を封じるために手の中の黒い球を放る。
それは小さく澄んだ音を立てて地面に落ち、その途端少女がのけぞった。
ADW――活動抑止兵器。特殊な電磁波によって人間の皮膚に痛みを生じさせるだけの殺傷能力の無い質量兵器。
だが、人工皮膚による通常の人間には無い感覚を持つ少女にとっては殺傷能力が無くとも致命的な効力を発揮。
激痛に苛まれる少女――ウフコックの声にも返答できず、首を振る。
その隙に重力(フロート)によって少女の真上へ。
「来るぞ! 真上だ!」
ウフコックのフォローによって動いた少女の両手がシールドを展開――ボイルドの放った銃弾を防御。
次の瞬間には、少女の全身を白い防護膜が卵のように覆う。
手の届きそうな位置の壁上から銃撃。防護膜が砕けきった瞬間、立ち上がった少女の両腕に握られたデバイスがこちらを向いた。
少女の右腕のデバイスから十数発の、魔力の弾丸を一瞬で射撃。
同時に少女の“電子攪乱(スナーク)”の牙がボイルドの左足に食らいつく/体を覆う重力(フロート)の統一をかき乱す。
乱れた重力(フロート)の隙間から弾丸がボイルドの腕や肩を貫き――左足の大腿部からは血と火花が噴出した。
ボイルドの巨体が壁に立ち続ける力を失い、ふらりと少女にむかって落ちる。――フェイント。
少女が左のデバイスを撃つタイミングを一瞬の内に探る。
大口径による反動を支えるために、スーツの左袖がぐにゃりと変身(ターン)し鉄細工となって腕を支えた。――フェイントに掛かる。
ボイルドの両足が壁面を踏む。空気の唸りを上げながら、銃底を少女の頭に向かって薙ぎ払う。
しかし、鉄槌のような一撃を少女は頭を傾けて回避――皮膚を裂くに留まった。
逆に少女がボイルドのわずかな隙をつき、攻撃を行なう。
先ほどと同じように“電子攪乱(スナーク)”の牙を重力(フロート)の壁に突きたてる/その隙間を狙い少女の左腕が弾丸を吐き出す。
弾丸はボイルドの左の大腿部を穿ち、ボイルドの体に移植された重力(フロート)を生み出す装置の一つを確実に破壊した。
制御を失った重力(フロート)によって、ボイルドの左脚が風船のように膨らみ、破裂した。
血/肉/骨が赤と白の雨のように撒き散らされる。
だが、次の瞬間ボイルドは膝上から失った左脚を“振るい”少女を胸元から“蹴り飛ばした”。
ボイルドは残った装置を操り、見えない左脚を作り出す/傷口を止血。
吹き飛んだ少女を追い壁から歩道へと歩く。
「手足を吹き飛ばしたくらいでは、俺は止まらない」
ボイルドは低く囁き、少女に向かって突進する。
少女の反撃――重力(フロート)が弾丸を逸らすが左脚の装置の分、完全ではない。
何発かが体を掠める。
だが、ボイルドは止まらない。右腕を振りかぶり、重力(フロート)の塊を少女に叩き込んだ。
吹き飛んだ少女は通りの反対のビルの窓に突っ込んだ。
少女を包むように周囲の空間を重力(フロート)によって圧迫/走り寄りながら銃撃。
少女は砕け散ったガラスの中から飛び出し、こちらを見もせずただ“存在”を感知し右手の銃を立て続けに撃ち放つ。
ボイルドは跳躍し砕けた窓の上の壁面へ着地/少女へ弾丸を放つ。
弾丸は展開されたシールドに逸らされながらも、少女の肩を轟然と掠めスーツを引き裂く/衝撃吸収材を宙に舞わせる。
ボイルドと少女は向き合った。
「好奇心(キュリオス)――。俺はただ――お前たちとこうしていたかった」
暴虐に満ちた笑顔を浮かべる。
少女のスーツの左の銃がワイヤーカッターに変身(ターン)。
ワイヤーの束がボイルドを襲う/同時に一本だけ別に伸ばされたワイヤーによって、
少女の体が宙に浮き上がる。
ボイルドの遥か高い位置に躍り出た少女が壁を蹴る/ボイルドが引き金を絞る。
ボイルドの弾丸と少女の弾丸が交錯/正面から激突し、火花を散らす。
その輝きの中、弾丸を通すために空いた重力(フロート)の隙間を感知した少女は、
その隙間目掛け、いつの間にか右手のデバイスの銃口から伸びた魔力光に輝くナイフを薙ぎ払った。
銃を持つ左腕を庇うため身を捻り右腕を犠牲に――切断――右腕の落下/少女の着地。
少女のスーツがクッションに変身(ターン)――地面に柔らかく着地し、ボイルドを見上げる。
ちっぽけなネズミに与えられた魂を嗅ぎ取る力。眼前の少女=意思を持つ道具存在がついに嗅ぎ当てた最高の使い手。
(ウフコックは俺を超える使い手を見つけ出すのだろうか?)
不意に甦る過去。
甦る追憶――多くの者たちの思い/声/顔=仲間/味方/敵。
遠い昔、自分が生み出した哀れな生存者に対する後悔と――恍惚。
祈りの叫び。
おお、炸裂よ――!
望み続けてきた軌道――爆心地/約束の地――ここがそうだという思い。
装置の五分の二を失い、体を垂直に保てなくなる。上という有利な位置を放棄し少女へ飛び込む。
少女を繭のように覆うスーツ=ウフコック――かつての武器/友人/相棒にめがけて。
爆撃するように重力(フロート)の塊が白い繭に激突――アスファルトが砕け、めくれ上がる。
濛々とした砂煙の中――ボイルドの血が繭を濡らす。
(いたぁ……い、の? な……ぜ?)
遠い過去――喋る小さなネズミ――その澄んだ声が脳裏に響き渡る。
初めてその小さな金色の生き物を手で包み込んだ温もりが甦る。
ボイルドは泣いていると思った。だが、涙など一滴たりとも流れてはいない。
「何も……痛くはない」
(あた……たかい)
優しい声――魂の最後の一かけら。
ボイルドは少女の頭がある辺りに銃口を向ける/ゆっくりと撃鉄を起こし
「俺という虚無を……止めてみせろ」引き金=力を込める。
刹那――繭が弾けた。確かな意思=少女の刃がボイルドが狙い定めた一瞬を狙い。
六四口径のリボルバー――最後に残された魂が両断された。弾丸の火薬が炸裂し、鋼鉄の塊がバラバラに砕け散る。
少女の左手のデバイスがボイルドの額に。
《これがあなたの“充実した人生(サニーサイドアップ)”……?》悲しみに満ちた少女の瞳。
ボイルドは一度だけ銃を握り締め、魂の残骸――それを手放す。
(道具存在が自由意志を持つことだ)
全ての始まり――過去から響く声。
「よせ、ボイルド――」ウフコックの叫び。
ボイルドは少女の左腕に目を向け――いきなり少女の左手の銃をつかむ。
重力(フロート)――少女を繭から引きずり出す。
その腕から銃を奪い少女を壁に叩き付ける/銃の中にいるはずの存在をつかむ。
(あた……たかい)
取り戻したと思った。金色のネズミを手にした温もり/魂の最後の破片。
だが、相手は逃れた。
感じるのはネズミがそこにいたという感触/構えた銃の冷たさ/道具存在が自由意志を獲得したという確信。
冷たい引き金に力をこめる。その果ての炸裂を夢見て/ともに吹き飛べという心――ネズミが嗅ぎ取った。
死に抗う少女の意思に応えた道具自身の跳躍――守るべき者のために。
スーツに覆われた腕が跳ね上がる――手にした銃、それ自身が引き金を引く。
銃声――何かを祈るような残響。
ボイルドの弾丸――少女が背にする壁の遥か頭上を穿つ。
少女の弾丸――ボイルドの胸を貫いた。
少女の驚いた顔。ボイルドの手が下がり、銃を落とす。
「ウフコック……」
温もりの名を呼びながら、命が零れ出す胸の穴に触れようとする
重力(フロート)が消失した。見えない左脚を失い膝をつく。
右腕/左脚/背と胸の穴からホースのように血が噴き出す――動くことをやめる。
失われていく光――それは何年も昔に失った感覚に似ていた。
歩み寄った少女へただ口にする。
感謝――そして抱き続けてきた願い。
少女が何を受け継ごうと、もはや関係なかった。
ボイルドから光が失われ、音が失われ、深い安堵とともに、記憶が迎え火となってやってくる。
去り行く魂は、甦る記憶の中を通り抜け、
(おお、炸裂よ――)
全人生に等しい時間を追憶した。
失ったものと、決して失われなかったもの――多くのものを心に抱いて
最終更新:2009年01月07日 23:32