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極彩色の次元の海に浮かぶ、二隻の艦船があった。
一隻は白銀、長大な艦体を持つXV級の次元航行艦。
もう一方は空を切り出したように蒼く、短剣に似たシルエットを持つ小型艦だ。
二隻は交戦していた。
火力と装甲で押す銀に対し、蒼はその加速力と小回りだけで対抗している。
蒼は高速でロールを打って追尾弾を振り払い更に加速。銀が放つ弾幕の隙間を掻い潜って接近し、先端の力場放出器から光剣を発現させた。
大型艦の防衛火器には可動角度の制限がある。格闘戦の間合いに入られればなすすべも無く両断されるのみ。
だが、艦橋の屋根に立つ人影が一つ。
黒いバリアジャケットを纏った影が、切断力の前に立ち塞がっている。

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男は蒼の掛かった黒髪に風を受け、鋭く前を見据えていた。
手首までが袖に隠れた右腕は、青銅色の金属に覆われた義腕だ。
槍じみた杖を提げている鋼の手が強く握られ、声が放たれる。

「最後に得た自由とはこれか、八神はやて」

その意思を受け、僅かに杖が鼓動した。先端の蒼い結晶体が明滅する。
蒼の機体が、両の剣を左右に振り上げた。
応じ、彼もまた、杖を前へと突き出すように振る。
くそ、と歯噛みし、だが強い声がそれを打ち消した。

「なら私が、僕がこの手で引導を渡す……!」

放たれたのは、通常のデバイスから発せられる電子音声ではない。
意思そのものを伝えるような、大気ではなく世界を震わせる音律だ。
《英雄とは打ち勝つもの》
穂先から放たれる蒼い光が、空間を切り裂いた。
光剣と左の翼がその断絶に巻き込まれ、折れ飛ぶ。切断面から塵と化し消滅。
隻翼となった蒼は、慌てたように急加速。杖の射程から逃れ、瞬く間に姿を消した。

「逃げられた、か」

ち、と舌打ち一つ。
同時に、屋根の上へと上る人影があった。

「艦長! クロノ提督!」

クルーの一人。杖を脇に挟んだ老兵が駆け寄り一礼。杖を体の脇に立て、

「あの機体……『疾風(シルフィード)』は七時方向三十度にて航行中と予測されますが……追跡は不可能であります。申し訳有りません」
「仕留め切れなかったのは私だ。気に病むことはない」
「しかし、上層部にとっても予想外だったでしょうな。
 釣り上げる為の囮としてロストロギアの複数同時移送を行っていたというのに、帰還中で何の積荷も無いこの艦が襲われるとは」
「上はあの艦を確保したがっているようだが……到底、出来るものではないようだな」
「より強力な索敵装置の開発に乗り出したとの報告を受けていますが?」
「無駄だろう。半秒と掛からず目視可能圏から逃れるあの速度……製作者の名だが、『疾風』とはよくいったものだ。
 特一級のロストロギアをベースとして作り出され、今も尚製作者の意思の下にロストロギアを狩る高速次元航行艦……
 慣性制御による次元間での高速戦闘と、自律的な再生進化さえ行うあの艦の価値は計り知れないが、な」
「……騎士カリムの予言。その解釈によっては、世界を救う手掛かりとなる艦でもあります」
「王の骸より生まれ出でし竜こそが、滅びを止め得る鍵である、か?
 だが王と称される竜召喚士は歴史上に数多くいた。『竜』が比喩表現……『力』や『武器』であるのなら尚更だ。
 何にしろ―――私達は、己が任務を果たすだけだ。違うか?」
「……出過ぎた真似を致しました」

「……提督?」
「あ……すまない、少し気が抜けていた。
 今ブリッジに戻る。第一種警戒態勢を解除、通常航行に移行。
 記録は取っていたな? オペレータ二名で解析だ。ミッドまで八時間、その間に奴のスペックを割り出しておけ」
「了解しました!」

小走りに駆けていく老兵の後をゆっくりと歩きながら、彼は口を開いた。

「……二年前、いや、十一年前からの因縁、か」

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ミッドチルダの首都部、しっかりと舗装された道路を歩く人影があった。
漆黒の戦闘用長衣に覆われた体は起伏に富んでいる。
女だ。長い金髪が歩調に合わせて揺れた。
しかし、摩擦音を聞いたその歩みが止まる。
見れば、通りに止まったトラックの荷台から、白のバリアジャケットに身を包んだ男が六人ほど降りてきた。
対する女はあからさまに眉をひそめ、
「……何なんですか?」
「時空管理局のものだ。フェイト・T・ハラオウンだな?」
「すいません人違いです。私は謎のインチキ独逸人の―――」
「これより貴様を広域次元犯罪の容疑で連行する」
「人の言葉をしれっと……」
「黙れ、重ねて言うぞ。貴様を連行する」
男達は一歩、包囲の環を縮める。
だが、道路でブレーキ音が響いた。トラックの後ろに停車したのは銀の乗用車で、運転席には橙の髪を左右で括った少女がいた。
助手席のドアが開き、一人の男が降り立つ。それも低い声と共に、だ。

「済まないが、連行を少々待ってもらいたい。彼女に話がある。それも早急に、だ」
「貴方は……そのバリアジャケットは……」
「時空管理局次元間航行部隊所属、クロノ・ハラオウン提督……二年ぶりだね、兄さん」

傍の空家に入ったクロノが、開口一番こう告げた。
「逃げないでくれ。外には僕の副官がいる……去年、試験に合格し執務官となった彼女が。
 恐らく、君に対しては欠片の容赦もしない。それを聞いても逃げようとするなら……僕が止める」
クロノが義腕の袖口から一枚のカードを振り出した。硬質の素材をベースに蒼い結晶を配したそれが旋回、光を放って長杖へと変じる。
視線を向けたフェイトが、
「そのデバイス……名前は?」
「『デュランダル』だ。知っているだろう?」
「違うよ。外見はいじってないけど、強臓式開発術(ハイオーガンクラフト)で改造してるよね?
 デバイスとしてのじゃなくて、武器としての名前を教えて」
「……『英雄(デア・ヘルト)』だ」
「ユニゾンデバイスの亜種、ハイオーガン・デバイスは言実化能力と引き換えに使用者の一部を材料とする……か。
 生の右腕と……広域Sランク魔導師を犠牲にしただけの価値はあった?」
「……君が先々週、南部で逐電の為にダムを破壊した件についてだが」
「壊したんじゃなくて壊れたの。ちゃんと反省文も送ったよ? 陸のトップ宛てに」
「残念だがレジアス中将はその反省文を読み、君の名前を指名手配帳簿の頂点に入れようとした……するまでもなく既に入っていたが」
「相変わらず頭が固いみたいだね……」
「……話を戻そう。
 君の下に一つの依頼が来た筈だ……君の今の本業、逃がし屋としての依頼が」
「……狙いはエリオ・モンディアル?」
「そうだ……まだ来ていないのか?」
「……蒸し暑いね。窓、開けて良い?」
「動かないでくれ。世界で二番と自負する逃げ足の速さが気になる……少しでも魔力を出した瞬間、撃つ」
金属音を立て、デュランダルが構えられる。穂先に光を溜め発動待機中だ。

それを見たフェイトは、しかし薄く笑った。
「私が逃げるより早いだろうね、それなら。
 ……でも、散々AMFに苦しめられた私が、魔力に頼らない武器を持っているとは思わないの?」
言い、コートの袖を強く振った。黒い球体が二つ、床に転がる。
「まさか―――」
クロノの驚愕。

その直後、手榴弾が炸裂した。

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最終更新:2007年12月10日 00:00