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「もしもこの世界が、幾度も滅びていると聞いたら信じますか?
滅びるたびに二百年余りの時を遡り、それを何度も繰り返しているのだと。
騎士カリムの予言とは、その過去の世界を詠む能力だと」
赤毛の青年は、私にそう言った。
「そして―――管理局システムが、その『破滅の転輪』を保つためのものだと聞けば―――信じますか?」
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ずっと、その人に憧れていた。
重い前科を背負いながらも執務官の職を得た、かつては世界を救った本物の英雄。
ジェイル・スカリエッティを筆頭に、特級の時空犯罪者を幾人も逮捕した腕利き。
フェイト・T・ハラオウン。
それが、私の憧れていた人の名前だった。
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破裂音。同時に、空き家の窓から炎が噴出した。倒壊する建材が、濛々と粉塵を巻き上げる。
出入り口を塞いでいた局員達が一斉に突入。だが、黒い影は金髪をたなびかせ炎に紛れて路地に駆け込んでいた。
それを捉えていた視線が一組。
「フェイト・テスタロッサ……!」
憎悪を煮詰めたような声は、乗用車の助手席に座った少女のものだ。
ドアを蹴り開ける。軍服の腰から硬質素材のカードを取り出し疾走。自分の上司に念話を飛ばす。建物の倒壊に巻き込まれた程度で死ぬような人ではない。
『フェイト・テスタロッサを確認しました! 追撃します!』
『……待て、非殺傷設定を』
念話を切断。非殺傷設定は切っている。
「行くわよ、クロスミラージュ―――」
《魔弾の射手は覚醒する》
『Standby, ready―――SetUp』
待機状態のデバイスが光を放ち、白を基調に赤と橙を配した二丁拳銃へと変形。バリアジャケットを展開する。
「―――オプティックハイド」
《魔弾の射手とは姿を見せぬものなり》
空間を伝う音律は、強臓式デバイス最大の特徴である可変定型呪文、言実詞(エアリアルワード)。
魔法の効果を限定化し研ぎ澄ます力の詞(テクスト)が、迷彩魔法の効果時間を引き伸ばす。
影を消し姿を消し、ティアナ・ランスターは路地裏へと飛び込んだ。
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ミッドチルダ中央から東、その海上に、一人の青年が浮かんでいた。
潮風を受ける強い赤色の髪に鋼色の双眸。赤の軽装に白の外套を合わせたバリアジャケット。
左手に無造作に提げているのは、蒼と銀で組まれた長槍だ。
「僕とヴィータ副……ヴィータさんの役割は陽動……と。東西からなるべく派手に魔力反応を撒き散らして下さい、か。
―――カートリッジロード」
排気音と共に槍がコッキング。カートリッジ内の圧縮魔力を開放、穂先に充填。
青年の足元、宙に展開されたのは雷色の魔法陣。相転する三角形がその回転速度を上げ、魔力を物理力へと変換する。
海面へと狙いを定めた青年の独白。
「……『前回』とは、違う……強臓式デバイスなんてものはあの時には無かった。
スカリエッティが数年以上早くに逮捕されている……それが全ての原因なのか?
僕が二年遅れているのも、キャロがルシエの里に留まっているのも……三人が、管理局の真実を知ってしまったのも」
紫電を纏った穂先が、臨界を迎えた。解き放たれたのは、雷の属性を持つ砲撃魔法。
高熱が海水を沸騰させ、水蒸気爆発を引き起こす。上がった水柱は数十メートル。確実に、警備隊には発見されている。
「―――永遠なんて、あってはならないんだ。たとえそれが、世界を保つ為だとしても」
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背中が疼く。手榴弾の爆風を利用して跳躍した時の打撲だろう。
肩で留めているのは耐熱性と防刃、防弾を兼ね備えた戦闘用のコートだが、衝撃を弾けるわけではない。ある程度拡散するだけでダメージは入る。
脚から伝わる振動が痛みを走らせるが、無視。路地のより入り組んだ方へと走る。
ミッドチルダ首都部の地図は頭に叩き込んである。エリオ・モンディアルとの合流場所―――セーフハウスまで
あと100m強。
直角の曲がり角を踊るようにステップワーク。
追っ手が来る頃合だが、空を飛んだところで入り組んだ路地裏は見通せない。陽動の方に多くの戦力が回されている筈。
追ってくるすれば、陸戦魔導師の足を使った追跡だ。
だから不意打ちで歩調を乱す。躓いたように見せ掛け、一定のリズムを刻んでいた足音を変化。
足音が一つ、余分に聞こえた。位置は五時方向三メートル。
疾走の勢いで身を回し、右袖から振り出した自動拳銃を構え射撃。質量兵器は基本的に禁制品だ。これでまた罪状が一つ追加。
音速超過で飛翔した鉄弾が、不可視の何かを確実に打撃した。
空間を走るのは緑の掛かったノイズエフェクト、光学迷彩が強制解除された反動だろう。
その下から現れたのは―――
「貴女も……二年ぶりだったかな?
―――久しぶりだね、ティアナ」
橙の髪を左右で括り、二丁拳銃を手にしたかつての教え子。
両眼は憎憎しげにこちらを睨みつけ、その銃口も同様だ。
「……動けば撃ちます。武器を捨てて投降しなさい。一秒だけ待ちます」
「悪いけど、私もここで立ち止まるわけにはいかないよ……」
《魔弾の射手は敵を討つ―――》
一秒どころか一瞬と待たずに引き金を引いてきた。橙色の魔力弾が髪を掠めて壁を穿つ。
「管理局もクロノさんも騎士カリムも私も、皆を裏切ったあなたがそんなことを……!」
「私が裏切った? それは違うよティアナ、ティアナ・ランスター。
まず、管理局が私達を裏切ったんだ。ジェイル・スカリエッティから得たデータを使って、人造魔導師計画に手を出した」
あの『事故』で冷静さを失っていた私となのはが暴走してしまったのが拙かった。
止めに入ったシグナムに対して、全力の砲撃を放ったなのはは―――
「……いや、それよりも、貴女も知ったんだよね? 管理局システムの設立理由を」
「……それでも私は、管理局の人間です……五年前からそう決めていたんだ!
ランスターの姓は弾丸を任ずる! 意志すら持たずに敵を貫く、それだけの力で構わない!
それこそが、それだけが、ティアナ・ランスターの在り方だ……!」
《魔弾とは敵を穿つ一矢なり!》
叫びに重なる言実詞。速度を倍は増した魔力弾が飛んだ。
曲線軌道と直線射撃の乱れ撃ち。一発二発、三四五と連射されるそれを身を捻って回避。
《群れ成す猟犬は魔弾の射手に追従す》
だがそれは布石。言実詞と共に浮かんだ魔力弾の数は二十四。
距離は離れ、左右を壁に挟まれている以上、その一斉射撃を避け切る術は無い。
そこまで読んでなお、顔に浮かべるのは薄い笑みだ。
「―――シュート!」
弧を描き迫る弾丸は、数を以って空間を制圧する。前方は無論、背後や上空さえ完全に塞がれた。
着弾する。
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完璧に制御された二十四発の魔力弾。その余波だけで壁や地面が削れ、舞い上がった塵が光を遮り、路地裏に影を落とす。
背中を向けて逃げていればまだ生き残る可能性もあった。だが全方位から囲まれては、最早それも不可能だ。
だから、彼女はそれを解き放つ。
《我が―――》
あらゆる死を覆す、力の詞を。
《我が運命は未だ死を告げず》
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「嘘だ……」
ティアナ・ランスターの驚愕は、当然のものだった。
言実詞によって威力を底上げされた魔力弾は、Bランク相当の障壁なら容易く打ち抜ける。
直撃弾、二十四発―――それを、あの一瞬で展開された半球状の結界が、小揺るぎもせずに受け止めていた。
その中心に立つ斧型のデバイスを構えた黒衣の女は、困ったような笑みを浮かべ口を開いた。
「ティアナには、まだ見せたことが無かったね。強臓化を施したバルディッシュ・アサルト―――」
二年前―――あの事件の後に改造された雷神の戦斧。
主の一部を構成要素として取り込み、より強い繋がりを与えるユニゾンデバイスの亜種、強臓式(ハイオーガン)・デバイス。
その二つ名は、使い手たるフェイト・T・ハラオウンの名と同じ意を持った―――
「―――『運命(ゲレーゲンハイト)』」
一度だけ、爬虫類の瞳じみた金色の結晶体が煌いた。
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最終更新:2007年12月10日 00:01