シャーリーとグレンが信号の解析に夢中になっている頃。
ゲラー長官は本局ビル999階の執務室にて、鹿を思わせる四本の角とに筋肉質の上半身と、ケンタウロスの下半身の次元部局長
ベイラム大将及び、ギョロっとした単眼と岩のような体に六本の触手と少し脚が出ている、陸上部局長パイラスベルグ大将と共に、
オーリス秘書官からセギノール基地の生き残りに関する報告を受けていた。
「生存者はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官及び、機動5課の空戦魔導師2名と3課の陸戦魔導師4名。
執務官と陸戦魔導師1名が重傷のため、ドロップシップ内で応急治療を行った後、次元航行艦に収容する予定です。
基地を襲撃した者に関しての聞き取り調査は、艦内にて―――」
秘書官が空間モニターを見つめながら説明をしていた時、突然ドアが開いて棘だらけの顔中に無数の眼と牙の生えた口と、逆間接
の脚をしたアタッチメント状の手を持つ少将の階級章を付けた将官が入ってきた。
少将は敬礼すると、空間モニターを開いて報告を始めた。
「お話中失礼します! 次元部局所属の技官1名が、クラッキング信号を違法コピーしました。
当該技官は本局及びタイコンデロガには居らず、データを外部に持ち出したものと見られます」
それを聞いたベイラム大将の表情が、思わず後ずさりしたくなる程に険しくなる。
「何だと!? 持ち出したのは誰か分かってるのか?」
長官はベイラム大将を手で制して言った。
「当ててみせよう。シャリオ・フィニーノ三等陸曹だろう?」
名前と階級をあっさり言い当てた事に、少将は驚いた顔で答える。
「は…はい、その通りです」
「ご存知で?」
パイラスベルグ大将が長官に尋ねると、長官は笑って答えた。
「私も稀少技能(レアスキル)を持ってるのだよ。管理局長官だけが持てる…な。
既に適切な手は打ったのだな?」
長官の質問に、少将は頷いて報告する。
「はい、機密漏洩防止のマニュアルに従っております。
長官への報告も、その一環であります」
長官は頷くと、次の指示を出した。
「よろしい、今後も随時報告を入れてくれ。それから射殺は控えるように、直接話をしたい」
39:29
シャーリーはタイマーの残り時間を確認すると、急かしたい気持ちを堪えてグレンの解析作業を見守っている。
彼は自分の机の上に空間モニターをいくつか表示させて、同じ信号をそれぞれ異なる方向から分析を行っていた。
「信号強度が桁外れだな。こりゃあ宇宙どころか次元空間まで届いてるぞ」
グレンはモニターからシャーリーに視線を向ける。
「何の信号だったっけ?」
「管理局のネットワークに、10秒足らずで侵入してきた正体不明の敵の信号よ」
それを聞いたグレンの顔に、驚きの表情が浮かんだ。
「嘘だろ? そんな話聞いた事がない」
シャーリーも頷いて先を続ける。
「私も聞いた事がないし、本局や無限書庫の技官も同じよ。
でも、これは実際にそれをやったの、一体どこの技術かしら?」
グレンは、顎に手を当てて信号を食い入るように見つめながら、しばらく考え込む。
「“アルハザード”…かな?」
「ふざけないでよ、古代ベルカじゃないんだから」
呆れたように言うシャーリーに対し、グレンは首を振って話し続ける。
「いや、アルハザードさ」
そこで一端言葉を切り、今度はシャーリーのほうを振り向く。
「要するに、何でも有り得るって事。このアセンブリコードを見ろよ」
そう言って、グレンはモザイク状に拡がる数字の塊が表示されたモニターを指差す。
「一見、何の変哲もないアルゴリズム変数のように見えるが、実際は全然違う。
これは何と言うか…一種の言語だ。こんな複雑な代物、多分誰も見た事がない」
グレンがそう言うと、シャーリーは指を鳴らして笑顔で言う。
「その言葉を待ってたのよ。
あんたも、これは私達が知らない次元世界からのモノだって思うって事でしょ?」
シャーリーの言葉に、グレンも力強く頷く。
「5000億も次元世界があるって言われてるんだ。
俺達とはまったく別の異質な次元世界があったとしても、全然不思議じゃないさ」
グレンの話が終わるのを待っていたかのように、空間モニターからチャイム音が鳴って信号データが幾つかピックアップされる。
「信号の中に、何かデータが埋め込まれているようだな。」
グレンの言葉に、反復再生されているデータを眺めていたシャーリーは、何か思いついたようにグレンの方を向く。
「ねぇ、信号自体の解析は無理でも、埋め込まれたデータがミッドのものなら、アクセスは出来るんじゃない?」
「なるほどな。それならこの俺様の魔法の手でチョチョイのチョイ…っと」
そう言いながら、グレンはキーボードを叩いてデータへのアクセスルートを探り始める。
タイマーが25分を切った時、再びチャイム音が鳴って、データベース内の情報が次々とモニター上に表示される。
「…何だこりゃ?」
最初に現れた“一般民用普通学校高等科一年(日本で言うところの高等学校一年)社会科教科書 ミッドチルダ略史”という表示に、
グレンは素っ頓狂な声を上げる。
「まだ続きがあるわ。その辺は飛ばして」
シャーリーの言葉にグレンは頷くと、空間モニターに指を伸ばして、更に奥へと検索を続行する。
奥へ入ってすぐに、情報の機密度が上がり始めた事に、二人とも気付いた。
曰く…。
“PT事件 最高法院審判記録 被告:フェイト・テスタロッサ 被告弁護人:クロノ・ハラオウン 証人:ユーノ・スクライア 許可を受けた
者以外の閲覧を禁ず”
“闇の書事件 元老院証人喚問記録 証人:ギル・グレアム、八神はやて、盾の守護騎士四名 元老院議員及び管理局幹部以外の閲覧を禁ず”
etcetc…。
「スゲェ…機密情報の宝庫だ」
目の前を流れる膨大な情報を前に、グレンは歓喜の表情でそれらを見入っている。
「どうやら、“敵”は私達の世界に関するあらゆる情報を収集しているみたいね」
シャーリーの表情は、グレンと対照的に険しいものだった。
最高度のセキュリティシステムで守られている機密情報が総てダダ漏れになっているという事は、敵は管理局の技術力を遥かに上回るそれ
を持っているという事を示しているからだ。
シャーリーの足取りを追っていた機動一課 第18師団 陸士136隊 08小隊は、市街の交差点に設置されている監視用ボールの映像記録を
虱潰しに調べた結果、シャーリーが43区へ“運び屋”の馬に乗って行った事を突き止めた。
当該の馬と騎手は直ちに身柄を拘束され、数分の尋問の後、彼女がイトゥメヌゥ通りで降りた事が分る。
通り及び近辺の店舗での聞き込み調査の結果、行き先は43区奥にあるグレン・ホイットマンの家を特定。
ただちに“特別治安部隊”の魔導師28名が、シャーリーとグレン逮捕の為に出動した。
“銀の魔神”
推定発見年:先史元年(約8000年前)
第一発見者:聖王
警告:国家最高機密。聖王教会法王、ミッドチルダ元老院大法官、<セクター7>関係者のみ閲覧可
「……銀の魔神!?」
「“セクター7”?
」シャーリーはRPGのラスボスじみたファイル名に、グレンは国のトップ二名と併記された組織名に違和感を感じた。
二人が、このファイルについて議論を始めようとした時、グレンより更に大きな体格の、紫のターバンに同色のローブを羽織った老婆が
部屋のドアに立ってグレンとシャーリーに怒鳴りつける。
「また、あんた達はゲームをやって―――」
グレンの祖母が言いかけたその時、シャーリーのタイマーがアラーム音を発する。
それと同時に、黒いフルフェイスヘルメットとプロテクトアーマー型のバリアジャケットで身を固めた魔導師たちが、家の玄関を突き
破って一斉に雪崩れ込んで来た。
「時空管理局だ、動くな!!」
魔導師たちはそう叫びながら、まず近くに居たグレンの友達を押さえ付けた。
市街における戦闘や容疑者の検挙に特化した訓練を受けた彼等らしく、テキパキと屋内を捜索する。
シャーリーたちが居る部屋にもアッという間に魔導師たちが突入し、グレンの祖母とシャーリーがたちまち取り押さえられる。
ところが、グレンは局員が部屋に突入するのと同時に、肺の空気を総動員したかの様な世にも凄まじい絶叫を上げると、その巨体からは
想像し得ない勢いで跳び上がり、窓ガラスを突き破って外へ躍り出た。
外とは言っても、家と家の距離はほとんどないに等しいので、グレンは家の外へ出るのと同時に、隣家の窓に再び突っ込む事となる。
ベッドの上で組んずほぐれつしていた人間型生物のカップルは、突然窓ガラスを突き破って大柄な黒人男が部屋の中に飛込んで来たのに
驚き、悲鳴をあげて飛び上がった。
「管理局だ、 管理局が来るぅ!」
パニックに陥っているグレンは、そんな事お構いなしに大声で叫びながら、ドアを体当たりで開けて廊下へと駆け出して行った。
カップルが呆気に取られていると、今度は管理局の魔導師四名が次々と窓から入って来る。
「容疑者一名が逃走! 繰り返す、容疑者一名が逃走!」
魔導師たちも毛布に繰るまって震え上がるカップルには目もくれず、外に居る部隊に連絡を取りながら部屋を出ていった。
グレンはまたも玄関のドアを、体当たりで突き破る。
その時、連絡を受けて外から鋏打ちしようと隣家の玄関にやって来た魔導師二名が、いきなり倒れてきたドア越しにグレンの巨体の下敷となった。
バリアジャケットで防護されているとは言え、130キロのボディプレスをまともに受けてはたまったものではない。二人とも潰れた蛙の様な声を上げる。
局員を二名も倒した事に気付かぬまま、グレンは悲鳴を上げながら裏通りを駆け出した。
後から出てきた魔導師たちは、ドアの下で半死半生で倒れている仲間の姿に、一瞬呆気に取られる。
「向こうへ…逃げた…!」
一人が息も絶え絶えにグレンの逃げた方を指差すと、気を取り直した魔導師たちは、倒れている二人に付いた一名を除いた三名で、グレンの追跡を再開した。
最終更新:2009年01月09日 23:33