”~プロローグ


『皆様、日○航空をご利用いただき有難うございます。当機は間も無く・・・』

目的地への到着を告げるアナウンスの音声が穏やかに響き、”ポーン♪”という心地よ
いチャイムの音とともに”シートベルト着用”のランプが点灯する。
あっちこっちから欠伸をする声や溜息が聞こえ始める中、ビジネスクラスの客席で一人
の少し年配だが美しい女性が一人、やや地味なビジネススーツ姿で携帯端末を見つめ
ていた。
…年の頃は四十代半ばだろうか、ブルネットの長髪を後ろで纏めたポニーテルの髪
型にグレーの瞳、美しく整った顔立ちからか何となく少女のような印象のある彼女は
今、携帯端末の画面に映し出されるデータ一つ一つに目を通していた。

「あの、お客様。まもなく着陸体制に入りますのでシートベルトを・・・」

にこやかに話しかけるフライトアテンダントに微笑み返すと彼女は、一度ゆっくりと背筋
を伸ばした後、彼女の横・・・窓側の席で眠っていた少女の肩を軽く揺すった。

「おはよう、ウェンディ♪」
「・・・ん、んぁ?あ、おはよ~っス、姐さん・・・もう到着っスか?」
「もぉ~その姐さんってのは止めてって」

まるで寝起きの子供のような仕草で目を擦りながら起きた少女=ウェンディの返事に、
”姐さん”と呼ばれた女性は少し呆れたような表情で苦笑いを浮かべた。
マリアージュ事件から、どれくらいの月日が経ったことだろうか・・・幾つもの更生プログ
ラムを経た所謂”戦闘機人”とよばれる少女たちは、先の事件での活躍を買われてか、
それぞれ”社会貢献”の名目の元で時空管理局の各部署へと配属されていた。
そしてウェンディは他の姉たち数名とともに現在の引き取り先・・・ナカジマ家の長女で
あるギンガと同じ陸士108部隊へ捜査官として配属されていた。
そして今日は彼女が捜査官となって、ちょうど一年目・・・

「あぁ~もぉ、とうとう最後まで直してくれなかったわね。その呼び方・・・」
「はは、申し訳ないッス。注意してはいるんスけど」
「ウソ仰い、もぉ一回で良いから”アイーシャさん”とか”先輩”って呼んで欲しかったわ。
 それも私が現場に居る間に・・・」

そういうと彼女=アイーシャは着陸に備え、携帯端末を片付けながら”やれやれ”と言
いた気な表情で何度目かのため息を付いた。

「でも本当っスか?その・・・今回で現場を引退するって。」
「えぇ、そろそろ現場の仕事もキツくなってきたし、ちょうど良い潮時だと思ってね。それ
 に貴女だって、もうこんなオバサンなんかとコンビ組まなくっても・・・」
「止して下さい~、もう何でそんな事いうんスか・・・」

彼女の言葉に困ったような表情を浮かべるウェンディの顔を面白そうに眺めながらアイ
ーシャは、更に話を続けた。

「それにね、今回の目的地は昔・・・私にとって色々と思い出深い所なの。だから何となく
 、何となくだけど最後の仕事に相応しいかなって。」
「へぇ~、そうなんっスか・・・」
「えぇ、窓を開けて御覧なさい。今ちょうど目的地の真上だから。」

彼女の言葉を聞いてウェンディが覚束ない手を窓の方へと伸ばし、降ろされていたシェー
ドを開くと、そこから明け方の日差しが薄暗い機内にオレンジ色の光を投げかけて来た。

「いかが?第一印象は・・・」
「う~ん、なんか分かんないっス。なんかこう、モヤってるというか・・・ごちゃごちゃしてる
 っていうかその・・・」

「ミッド地上本部陸士108部隊所属ウェンディ・ナカジマ捜査官ドノ♪」
「な、なんッスかいきなり!気持ち悪いッス(汗)」

改まった調子で話す彼女の言葉を聞き、ウェンディが思わずどぎまぎした表情で驚いた時
、その様子を楽しげに見ながらアイーシャは静かに窓の外を指差し、その眼下に広がる街
の名を口にする・・・後々になって捜査官としてのウェンディの人生を大きく方向付ける事と
なる街の名を・・・

 「・・・・ようこそ”OSAKA”へ」


   走る少女・・・ACT.1「 Stranger's in the Osaka 」


<え~59号車、59号車、こちら本部。事故の状況を報告してください・・・>

警察無線から事故の状況を知らせる音声が響く中、事故現場となった高架下で”立入禁止”の文
字が大きくプリントされた黄色いテープが張り巡らされ、その中を制服姿の警官や事故の痕跡を
、それこそどんな些細なものでも見逃すまいと探して回る鑑識の調査員たちがせわしなく動き回
っていた。

事故が起きてから、どの位の時間が経っただろうか・・・外を見れば日は静かに傾き始め、陽光
もかすかにオレンジ色を帯び始めていた。

他の警察車両とともに現場付近に停められた救急車の中には事故の被害者と思しき女性・・・担
架に腰を下したまま救急隊員に応急処置を受けている異国人の女性と、その横で頭に白い包帯を
巻いて座る赤毛の少女・・・見た目だが年齢は15,6歳位だろうか、髪留めで後ろに纏めた文
字通り燃える様に真っ赤な長髪と輝くような金色の瞳を持ち、そのラフな服装と子供っぽい振舞
から、まるで少年の様な印象を持つ少女の姿が・・・

「なに暗い顔してるの?まるで11月の空模様みたいよ。」

手当てを受けながら異国人の女性は、落ち込んだような表情で頭を抱え俯いていた少女に声をか
けた。

「あんまり落ち込んでばかりいると、見てるこっちまで辛くなるでしょ。」
「・・・それは、そうッスけど・・・」
「けど・・・なあに?」

少しでも心配を和らげようとしてか自身の怪我を気に留めることなく、笑顔を交えながら話しか
けてくる女性の言葉に幾分か口ごもりながらも少女は、ゆっくりと口を開き始める。

「・・・けど何か、スッゲぇ悔しいッス。」
「悔しい、って?」
「何にも・・・いきなりだったとはいえ何にも出来なくって、それに姐さんの事も・・・」
「何言ってるのウェンディ。貴女はちゃんと職務を果たしたじゃない。」

その言葉通り悔しげに言葉を噛み締める様にして話す少女ウェンディ。
そんな彼女の顔を見ながら異国の”姐さん”はウェンディを落ち込ませまいと話を続けた。

「あの時、あの事故の後で貴女は潰された車の中から、怪我して動けなくなった私達と護送中だ
 った陸士の男(ひと)を必死になって助け出してくれたじゃ・・・」
「でも!でも、その後・・・その後で」

いきなり大声を出して顔を上げたかと思うと再び口ごもりながら俯き加減になるウェンディ、当
然である。
彼女が二人を助け出した直後に目前で人が殺されたにも関わらず、自分は動く事もできず、それ
どころか犯人を逃してまったのだから。
その時の事を思い出してか下唇を噛みながら悔しげな表情を浮かべるウェンディ・・・っが悔し
いのは彼女だけでは、いや正確にはウェンディ以上に悔しい思いをしているのは、そんな彼女の
姿を見つめる”姐さん”の方だったのかも知れない。

そう、まさかここで・・・この街で”あの男”とまた出会う事になろうとは・・・

そう話は事故から数時間前に遡る・・・。


その日の昼前、関西空港で現地の管理局滞在員と合流した二人は関西一円の治安を司る治安機関
…すなわち大阪府警本部を訪れていた。
受付の係りが二人の訪問を問い合わせている時、待合の席でアイーシャは何年ぶりかの訪問とあ
ってか何処か懐かしげに、そして彼女の横に座るウェンディはというと初めてという事もあって
か少し鼻の下を延ばしながら物珍しげに署内の風景を眺めていた。

「アイーシャさん、アイーシャ・マクディードさん?」

受付からの声を聞いたアイーシャとウェンディ、そして彼女達の横に座っていた学生風の青年が
カウンターの前へと来るのを確認すると、受付担当の男性は顔を上げて三人を見た。

「えぇ~確認します、”国際警察機構”のアイーシャ・マクディードさんとウェンディ・ナカジ
 マさん、それと駐在員のミハエル・ペーターゼンさんに間違いありませんね?」

「えぇ、そうです。」
「そうっス♪」
「間違いありません。」

担当者からの質問に各々返事をする三人。彼女たちの肩書が”国際警察(インターポール)”となって
いるのは本来の身分をカモフラージュする為・・・。
この世界が未だ”管理外”となっている現状を考えれば当然の対応であり、そんな三人が今”管
理外”世界の一都市”大阪”を訪れたのは、以前より管理局内で犯罪組織との繋がりが噂されて
いた陸士が一人、地元警察に別件で逮捕されたとの情報が滞在員ミハエルを通じて府警内の”協
力者”から送られて来た為である。
そして受付窓口での手続きを済ませると三人は、若い婦人警官の案内により”協力者”の待つ部
署へと長い廊下を歩いて行った。
その途中で忙しなく行きかう制服警官たちに混じり、彼女達の前方から鷹の様に鋭い眼をした私
服の男性が歩いてくるのが見えた時、何を思ったのかアイーシャが彼に声を掛けようとするが、
その男性は彼女の顔を一瞥するや少し俯き加減で目を伏せるようにして擦違うと無言のまま少し
足早に彼女達の横を通り過ぎた。

「・・・マサったら・・・あのバカ・・・」

皆が先へと進んでいく中でアイーシャは一人、遠ざかっていく男性の背中を切なげに見つめなが
ら他の二人に気付かれぬよう小声でボソっと呟いていた。

「なんと言うか正直な話、こちらとしても対処に困ってるんですわホント。」

だだっ広い・・・ただそれだけの殺風景な会議室でアイーシャ達三人を前に大阪府警組織犯罪対
策課の本部長にして三人の”協力者”である大橋警視は、その幾分か薄くなった頭をポリポリと
掻きながら渋い面持ちで事件当時の状況を皆に説明していた。

「心斎橋の派出所から外国人の男が派手に暴れているとの連絡が入り、それで本署の警官達が現
 場に出向いたんですが・・・」

彼の説明によれば捕まった陸士は、たまたま通りがかったチンピラに突然殴りかかり、それが更
には近くにあるホストクラブの呼込みの若者達までをも巻き込んでの大乱闘に発展した末、現場
に駆け付けた警察官たちによって現行犯で逮捕されたのだという。
だが当の陸士は本署へと連行された時、落ち込むどころか寧ろ、どこかホッとした表情を浮かべ
ていたという。
そんな様子から彼自身わざと逮捕される為に派手な騒ぎを起こした様に見え、そして取り調べを
行った際に、どうやら彼が何者かから追われている事が明かになってきたのだが、その何者かに
ついて質問をする度に当の陸士はダンマリを決め込んで一言も喋ろうとせず、そればかりか仕舞
には”ここでは話せない”または”一刻も早く街を出たい”といった言葉を繰り返すようになっ
た為、取調を行った刑事達は頭を抱える羽目になってしまったのだと言う。

「彼の所持品の中に時空管理局のIDが有ったんで、それで何とか身元が分かったんですわ。」

「な、なんか無茶苦茶ッスね、そいつ。」
「いや君が言ってもね~ウェンディ、説得力がその・・・」

説明を聞いていたウェンディの少し(?)トボけた返事に、その隣でメモを取っていたミハエル
がすかさずツッコミを入れた。

「では移送に必要な書類は全部揃えてあるんで、あとは皆さんの方で目を通して頂けますか?」

ひと通り話を終えた警視が座っていた席からゆっくりと腰を上げ、収監された陸士の送還手続き
に関して簡単に説明すると隣に座っていた部下に引き渡しの手続きに関する内容を再度確認し、
そして収監中の陸士の元へ案内するように指示を出した。


皆が席を立つ中でアイーシャは他の二人に犯罪者の引き渡し手続きを済ませるように伝え、皆を
先に行かせて自身は後に残った。

「あれから、もう二十年にもなるんか。長かったような・・・」

がらんとした会議室で後に残ったアイーシャと二人だけになると、しみじみとした表情で警視が
話し始めた。

「えぇ・・・でも気がついたら、アッという間だったような。」
「お互い老けたし。あぁ~いや、もちろん君は今でも・・・」
「良いんですよ警部さん。って今は本部長さんでしたわね♪」

かつて大阪で過した経験のあるアイーシャにとって当時、親しい友人の一人だった大橋警視との
再会・・・昔の思い出を語り合う内に、二人の顔は自然とほころんでいた。

「ところでアイーシャ。もう”彼”には逢ったのかね?」
「さっき廊下で、でも・・・何か忙しかったみたいで・・・」

明るい雰囲気を崩すまいと笑顔を見せる彼女だったが、その瞳は何となく淋しげに見えた。
それを見た警視は大きく溜め息を付き、ゆっくりと椅子の背にもたれ掛り話を続けた。

「ったくもうアイツときたら、昔っから不器用というか何と言うか・・・」

気がつけば二人だけの会議室の中に、しんみりとした空気が流れていた。

   ****************************

「や、やっとかよ・・・ったく待ってる間タマんなかったぜオイ。」

その男は留置場を出てから長い廊下を行く中で、ガッシリと手錠を掛けられた手で無精髭が伸び
た顎をポリポリと掻きながらブツブツと文句を呟いた。
両脇を固める警官達二人に連れられ、皺くちゃになったシャツの上からヨレヨレの上着を羽織っ
た姿で問題の陸士は廊下の先で、移送の際の手順やスケジュールを確認していたアイーシャ達三
人の前に姿を見せた。

「確認します。貴方は地上本部・・・」

「ま、前置きはどうでも良い!とにかく先にIDを見せろ。」

手元の書類を見ながらアイーシャが身元確認を行おうとした時、その言葉を遮る様にして陸士が
声を少し震わせながら彼女に向って口を開いた。

「あなた口の利き方に気を・・・」

「良いから見せろ!でないと梃子でもここを動かんぞ俺は!!」

かなり怯えた様子で声を荒げ、身元確認をしようと話しかけたアイーシャに向かって怒鳴る陸士
の様子に、その側で見ていたウェンディは思わずムッとした表情で彼を睨みつけた。

「何様ですかコイツ・・・もう何か凄っげぇムカつくッス。」
「落ち着いてウェンディ。怯えてるのよ彼・・・」

今にも暴れそうなウェンディを抑えつつアイーシャは、上着のポケットから取り出した時空管理
局のIDを彼に見せ、続いてミハエルそして納得のいかぬ様子のままウェンディが各々のIDを
陸士に向かって見せた。

「確かに、三人とも本物だ。」

皆のIDを確認した陸士が大きく溜息を吐く様子を見てアイーシャは、自身のIDをポケットに
仕舞うと手元の書類を見ながら再び質問を始めた。

「ではもう一度、最初から始めます。あなたはミッド地上本部所属の陸士モーリス・アレクサン
 ドル=ベジャールですか?」

「・・・あぁ、そうだ間違いない。」

彼女が書類に記載された内容にそって質問を始めると、その一つ一つに対し答えながらも彼モー
リスは時々後ろを振り向いたり、また三人の背後や周囲に注意を払いながら何かに警戒するかの
様な奇妙な素振りを見せ、そんな彼の態度をアイーシャの横で見ていたウェンディは少し・・・
いや、かなりの苛立ちを覚えていた。

  **************************************

「ほ、ホントに大丈夫なんだろうな!?もし途中で・・・」

「ったくクドいっス!もぉ~、何べん”大丈夫”って言わせれば気が済むんスか!!」
「ちょ、ちょっと声大きいって。」

いつまでも疑り深いモーリスに腹を立て思わず大声で怒鳴るウェンディと、そんな彼女を何とか
落ち着かせようと苦労するミハエル。
犯罪者の引き渡しに関する手順を全てクリアし引き取った犯罪者の身柄を移送する為、皆が玄関
へと向う中、何かと周りの様子に文句を言うモーリスの態度に腹を立てるウェンディだけでは無
く、普段は大人しいと云うミハエルまでもが彼に苛立ちを覚えていた。

「さぁ!Mrベジャール。空港まで(溜息)・・・お送りしましょう。」

皆が正面玄関を出るとミハエルが少し嫌味っぽく言葉を掛けると、そこで待っていた黒塗りのセ
ダン・・・大橋警視が手配してくれた覆面パトカーの後部ドアを開けた。
廊下を歩いていた時よりも更に周囲へと注意を払いながらモーリスが車に乗り込み、その後から
ムッとした表情のままウェンディが乗り込むのを、そして車の反対側に回り込んだアイーシャが
既に乗っているのを確認するとミハエルは後部ドアを手早く閉め、そのまま車の後ろから足早に
助手席側へと回り込んだ。
彼が乗り込むと誰かがアイーシャの座る席の窓をコツコツと叩く音が聞こえ、それに気付いた彼
女が外へと目を向けると、そこには部下とともに皆を見送りに来た大橋警視の姿が・・・

「・・・本部長・・・さん?」
「もっと色々、話したい事が有ったんだけどな・・・君に。」

ウインドウを下げてアイーシャが話しかけると大橋警視は、彼女に向って少し淋しげな笑みを見
せながら言葉を返した。

「でも時間が・・・」
「大丈夫ですよ本部長さん。また時間を見つけて遊びに来ますから♪」

そう言うとアイーシャは静かに微笑み、自分達を見送る警視に軽く手を振ってお別れを言った。


そうして皆を乗せた車が正面ゲートを出て空港に向かうのを見送る二人だったが、彼らが署内に
戻ろうとした時、何かに気付いたのか大橋警視が急に立ち止まるや怪訝な面持で振り返り、アイ
ーシャ達を乗せた車が走り去った方向をジッと見つめた。

「・・・どうかしましたか?」
「いや私が彼女等を送るよう運転を頼んだのは、確か高口君だった筈なんだが・・・」

部下からの質問に大橋警視は、どうも腑に落ちないと云う様子で話を続けた。

「でもさっき見た時、運転席に居たのは平松君だったような・・・」
「平松って、風俗取締課の?」
「そうそう、その彼だったよ。でも何故・・・」

しばらく玄関前で考え込んだ後、運転手が違った事に関して確認をとる為に大橋警視は、一緒
に居た部下とともに署内へと足早に戻って行く。

だが、その時・・・警視達は気付いてはいなかった。

アイーシャ達を乗せた車が大阪府警を出た時、道路を挟んだ向い側の歩道で黒いバイクに跨っ
たまま様子を伺っている男がいる事に・・・。

「”標的”が今出発した。確かだ・・・奴が乗ってるが見えた。」

携帯に向って話しながら彼は、遠ざかっていく”標的”を不気味に見つめていた。

  ****************************

「おい若造、ちょっと聞いて良いか?」

「若造じゃなくてペーターゼンです!僕の名はミハエル・ペーター・・・」

「っんな事はぁどーーでも良いんだよっ!!」

うんざりした口調で返事をする助手席のミハエルに腹を立てたのか、後部座席の中央に座るモー
リスが怒鳴る大声が空港へと向かう車中に響いた。
その聞くに堪えない悪態を聞いて・・・いや聞かされていたウェンディが更に大声で彼を怒鳴り
つけた。

「いぃぃー加減にしろよオッサン!!いま自分の置かれてる立場考えろッス!!!」

「っるせぇなぁ~、テメェにゃ聞いて無ェーーよ小娘がっ!!!」

「ムッカぁー!!!もォォー勘弁なら無ぇーッス!!!!」
「ちょ、ちょっと二人とも待って!!」

大阪府警を出てからも疑り深い小言を言い続けるモーリスに対し、とうとう我慢の限界を超えた
のか向って左隣りに座るウェンデイが彼に掴み掛り、それを見て右隣に座っていたアイーシャが
大慌てで止めに入った。

「待ってったら!!もぉ~、いつものウェンディは何所へ行ったの?それにミハエルも・・・」
「だってだって姐さ~ん、こいつマジ頭に来るッス。」
「んもぉ分ったから落ち着いて。彼とは私が話すから、それで良いでしょ?」

そう言ってアイーシャは何とか少し涙目になったウェンディと、そして助手席でムクれるミハエル
を説き伏せると”ヤレヤレ”と言いたげな雰囲気でモーリスに話しかけた。

「Mrベジャール、まだ何か・・・」
「・・・モーリスで良い。」
「分りました。ではMrモーリス、まだ何か確認したいことでも?」

ようやく皆が落ち着いたところで改めて語りかけるアイーシャの言葉を聞きモーリスは、やや躊
躇いがちな様子で話し始めた。

「さっき若造が・・・空港へ行くって言うのを聞いたが。」
「えぇ、それが何か?」
「・・・このまま今すぐミッドへ行くんじゃ無ェのか?それとも空港からミッドへ・・・」
「いいえ、空港からは旅客機と車を乗り継いで海鳴市まで行きます。」

彼の質問を聞いたアイーシャは小さく溜め息を吐くとモーリスの目を見ながら、やや疲れたよう
な口調で話を続けた。

「待てよオイ!何だそりゃ海鳴市ィっ!?」

「そ~です!どう行ったルートを通って貴方が、この第97管轄外世界に来たかは分りません
 が今現在でも、この世界へ入るには・・・・」

っと彼女が未だ納得のいかない顔をするモーリス相手に、移送先へのルートを説明し始めた時、
それまで助手席でムクれていたミハエルが急に声を上げた。

「お話の途中スイマセンが皆さん。今この車な~んか高速の入口を通り過ぎた見たいなんですが
 ・・・コレって何かの対策?」

運転席でハンドルを握る刑事を睨みながら話すミハエルの言葉を聞き、すぐさまウィンドウから
外へと目を向けるアイーシャとウェンディ・・・
気が付けば街並みは疎らになり、皆を乗せた車は人通りの少ない郊外へと向かい始めていた。

「あの刑事さん、これは一体どういう事?」

「・・・」

その目線を車内へと戻したアイーシャからの問い掛けに、運転席でハンドルを握る平松刑事は無
言のまま車を走らせる。

「ねぇ答えて、この今の道じゃあ名神(高速)どころか空港にも行けないんじゃない!?」

「・・・」

今度は幾分か強い口調でアイーシャが詰め寄るも平松刑事は、それでも無言のまま真っ直ぐ前方
に目線を向け黙々と運転を続ける。

「おいオッサンっ!黙ってないで何とか言うっス!!」
「(小声で)ちょっとウェンディ!」

「・・・すまんがなァ・・・」

やや荒っぽい口調でウェンディが詰め寄るや、ようやく少し口を開き始めた平松刑事だったが、
その口から出た言葉は思いも寄らぬ・・・いや二人の間で顔を強張らせるモーリスにとっては予
想通りとも云えるものだった。

「・・・す、すまんが今は、何も・・・」

「何も?”何も”ってどういう事?」

「こ、こうするしか・・・今はこうするしか無いんや!あ、アンタ等には悪けどな・・・」

襟元に染みが出来る程にびっしょりと冷汗を掻き、声を震わせながら答える刑事の言葉に皆の間
に言いようの無い不安と緊張が走った。

「ほら見ろ!俺の言った通り、さっきから俺が言ってたのはコレさ!!」

「黙るっス!!今はオッサンの文句を聞いてる場合じゃ・・・」

「違う文句じゃ無い!きっと奴等だ、奴等が手を回しやがった!!もう俺達、俺達・・・」

突如として異常な事態に陥った車内でモーリスが騒ぎ始める中、車は国道からも離れ片側一車線
の道路へと入っていく。
他の車はおろか人通りすら少なくなっていく様子を見てミハエルが、助手席から一段と強い口調
で刑事に詰め寄る。

「車を止めるんです刑事さん!さぁ今すぐ!!さも無いと・・・」

「・・・さも無いと?どうする・・・えぇ!ど、どうするつもりやっ!?」

「うだうだ言ってないでサッサと車を停めるっス!!!」

ミハエルが詰め寄るだけでなくウェンディまでもが運転席の後ろから平松刑事に掴み掛ろうとす
る中、そんな二人の動きを牽制するかの様に彼はアクセルを思いっきり踏み込んだ。

「・・・やって見ろや、えぇ!今ここで俺に手ェ出したらどうなる!?こ、ここで手ェ掛けたら
 車は事故ってドカン!乗ってる皆はお仕舞いやでっ!!」

「貴っ様ァァァァーーーッ!!!!」
「待ちなさいウェンディ!それにミハエルも、彼の言う通りよ・・・」

アイーシャの言葉に促され二人が外へと目を向けるや車の速度は一段と上がり、ウィンドウから
の景色が正に跳ぶ様に流れていくのが見て取れた。
平松刑事が言った通り今ウェンディとミハエルが行動を起こし、運転席でハンドルを握る彼を押
え込もうとすれば刑事は必ず運転を誤るだろうし、そうなれば車は皆を乗せたままバランスを崩
して横転し大事故を引き起こす事になる。

「まさか・・・本部長さんが・・・」

「本部長は、大橋さんは関係ない!これは俺の問題なんや・・・」

冷静さを装いながらも不安を隠せずにいるアイーシャからの問いかけに、平松刑事が吐き捨てる
様にして言葉を返す中、猛スピードで暴走する車は、やがて道路を上から跨ぐ様にして横切るJR
線の高架下へと差し掛かる。

…っと、その時

「・・・前マエ前!前ェェェーーッ!!!」

車内を震わせる様にしてミハエルの叫び声が上がった瞬間!前方から走ってきた大型ダンプが突
如センターラインを越え、皆の乗る覆面パトカーに向かって来るのが見えたかと思うと・・・

響き渡る急ブレーキ音、突然の衝撃・・・そして・・・



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年01月10日 15:03