第97管理外世界、海鳴市―――08:34 p.m.
五代がこの見知らぬ街を歩くのは、今日で二度目である。
一度目は海鳴に訪れたばかりで、初めての土地に迷いながら。
二度目は現在、八神はやてという出会ったばかりの少女と一緒に歩きながら。
人生で初めて見る、異世界の街。それはやはり、五代にとっても非常に興味があるものだった。
アースラと呼ばれる戦艦から五代達が転移されたのが、街の臨海公園。
五代はそこからの道のりを、はやて達と雑談をしながらもしっかりと頭に叩き込む。
それは、これからしばらく滞在することになるこの街を、少しでも早く覚えるために。
そして見えて来たのは、周囲の一般的な民家よりも少しばかり大きな一軒家。
はやてはその家を指差し、あそこが自分の家だと五代に告げた。
「へぇ~、結構大きい家なんだね。掃除とか大変じゃない?」
「ん~……まぁ、それはそうやねんけど……我が家には頼れる家族がいるから、その辺は大丈夫やな」
「さっきも言ってた、ヴォルケンリッター……の皆さんだっけ?」
「そうそう、ここにおるシャマルと、シグナムにザフィーラにヴィータ。
四人とも凄く頼りになる、私の大切な家族や」
微笑みながら言うはやてに、五代もまた微笑みを返す。
ここに来るまでの道中ではやてから八神家の事は一通り聞いてはいる。
訳あって幼い頃から両親が居ないという事。ヴォルケンリッターと呼ばれる騎士達が今の家族だという事。
あまり深く掘り下げて話を聞いた訳では無い為に詳しい関係についてはまだ聞いてはいないが、
それでもはやての話しぶりからして、その騎士達はきっと優しい家族なんだろうな、と五代は考えていた。
五代自身も幼い頃から親と一緒に過ごせる時間はほんの筈かで、寧ろ一緒に過ごせない時の方が多かったのだ。
それ故に五代にははやての苦労が、幼い頃の自分に重なるようで、痛いほどによくわかる。
といっても、はやても五代も、親の代わりに一緒に居てくれる人は居た。故に生活に不満があった訳ではない。
だから五代も、きっと素晴らしい家族であろう騎士達に会う事を少し楽しみにしていた。
「あ……でも、いきなり俺が一緒に帰ってきたら皆驚かない?」
「その辺については大丈夫、きちんとシャマルが皆に連絡しといてくれたから!」
シャマルに向き直たはやては、なぁシャマル、と微笑みかける。
はやての問いに答えるようにええと頷きながら、シャマルもまたにこやかに微笑みで返した。
その後で、五代に一瞬振り向いたシャマルは、少し苦笑いをしながら視線を反らした。
どうしたのかと五代は小首を傾げるが、特に気にすることではないのだろう。
深く考えることはせず、五代は八神家の敷居を跨いだ。
玄関の扉を開け、一番にはやてが家に入る。
続いてシャマル。そして五代と、順番に門を潜っていく。
五代は声を少し大きくし、「お邪魔しまーす」と告げるが、その声は一人の少女の声によって掻き消された。
「おかえり、はやてー!」
「あはは、ただいまヴィータ」
五代の声よりも遥かに元気よく飛びこんで来たのは、小さな少女。
赤い髪の毛を三つ編みに束ねた少女は、はやてからヴィータと呼ばれた。
それは五代も先ほど聞いたばかりの名前。この子が騎士の一人か、などと考え、五代は小さく頷いた。
続いて、リビングと思しき部屋からピンクの髪の若い女性と、青い犬が姿を現す。
それぞれがはやてにおかえりなさいと告げ、暖かい微笑みを向けた。
一連のお出迎えを見届けた五代は、靴を脱ぐ前に一言挨拶をしようと、口を開いた。
「あの~、はじめまして! 今日から暫くここに停めてもらう事になった、五代雄介って言います」
その言葉に帰って来たのは、僅かな沈黙。
騎士と呼ばれる皆さんはどういう訳か、五代を睨むように怪訝な表情を浮かべていた。
何か悪いことでもしたのかと一瞬不安になるが、それもほんの僅かの間のみ。
沈黙を破るように騎士一同が口を開いた。
「シグナムだ。こちらこそ宜しく」
「あたしはヴィータ……まぁ、宜しくな」
「ザフィーラだ。宜しく頼む」
「はい! よろしくお願いします!」
三人の挨拶に、五代はすぐに笑顔を取り戻した。
はやてもシャマルも靴を脱ぎ、廊下を歩いて行く。
それに付いて行くように、五代もまた靴を脱ぎ、廊下に上がろうとした。
そうすると、シャマルがほんの少しだけ苦笑いを浮かべながら五代に振り返っているのに気付く。
シャマルは、声を少し小さくしながら、五代に話しかけてきた。
「……打ち解けるまでしばらく警戒されるかもしれませんけど、頑張って下さいね」
「あ、はい……ありがとうございます」
五代は今、シャマルの先ほどの苦笑いと、シグナム達の視線の理由を理解した。
そりゃあ仲のいい家族の間にいきなり入って行ったらこうなるのも可笑しくない。
しかしそれはどこの家族だって同じもの。次第に打ち解けていければそれでいい。
五代もまた、シャマルに合わせるように声を殺して返事を返した。
EPISODE.05 家族
ややあって、五代は真っ先に自己紹介をするべく、騎士一同に名刺を手渡した。
はやて達に渡したものと同じ、五代を紹介するには欠かせない名刺である。
リビングのソファに座りながら、一同は名刺をじっと見詰めている。
「じゃあ、改めて……俺は夢を追う男、五代雄介っていいます」
「へぇ……この2000の技ってのは何なんだ?」
「それは、そこに書いてる通り、2000の技を習得してるって事だよ」
「ほう……それは凄いな。例えばどんな技が使えるんだ?」
問われた五代は、すぐにその笑顔をシグナムへと向ける。
シグナムは何をするのかとじっと五代を見詰める。
が、五代は別段何をするつもりも無かった。ただ笑っただけである。
「一つ目の技、笑顔です」
「笑顔が、技……?」
「はい、そうですよ」
問い返すシグナムに、五代は屈託のない微笑みを向け続ける。
シグナムは「そうか」と一言返すと、そのままその話を終わらせる。
技というからにはシグナムの紫電一閃のような必殺技系の物かと思ったが、あまり期待はしない方が良さそうだ。
それよりも気になるのは、五代雄介という男がここに来るに至った経緯なのだろう。
「ところで五代……お前は別の世界から迷い込んできたらしいな?」
「あ、はい、そうなんですよ~。俺もビックリしちゃって……
気付いたらこの街の海岸に倒れてたんですよね」
「そうそう、私も今朝学校行く途中、砂浜で倒れてるとこ見かけてんよ」
五代の話を聞いて、思い出したとばかりにはやてが口を開く。
今朝シャマルと一緒に学校に向かう途中で、砂浜に寝そべる男がいた事を思い出したのだろう。
翌々考えれば、こんな境遇に逢っている人物がそうそういるとも思えないし、
あの時見かけたコートの男と、先ほどまで五代が羽織っていたコートも同じだったような気がする。
そう言う訳で、あれはこっちの世界に流れ着いたばかりの五代だったのだろうという解釈に結びついた。
それならそれで声くらい掛けてくれても良かったのに。と五代は一瞬思ったが、朝学校に行く途中の子供が
どう見ても行き倒れにしか見えない男にわざわざ声を掛けるのも不自然かと、一人で納得する。
それから五代達はしばらくの間、簡単な自己紹介を続けた。
その中で、五代は自分の持てる2000の技の中に、「料理」という特技が存在することを話した。
五代は料理を作る事においても結構な自信を持っており、実際ポレポレでもよくカレーを作っていた。
それ故に、八神家に泊めてもらう間は、料理も自分が出来る限り手伝うと申し出たのだ。
勿論はやてはそれを快く承諾し、早速五代をキッチンへと引っ張り込んだ。
「――と、言う訳で今日の晩御飯はカレーや!」
「おぉっ、カレーかぁ~……俺、カレー作るのには自信あるんだよね」
「よっしゃ、じゃあ問題はないな! 五代君の技、私らに見せて貰おか!」
と、そこまで言ったところで、はやては何かに気づいたように言葉を止めた。
何事かとはやての顔を覗き込むと、はやては何かを考えるように表情をしかめている。
「どうかしたの? はやてちゃん」
「うーん……一時的とはいえ、家族に対して五代君はよそよそしいやんな」
「そう言われれば確かに……暫く俺はここで暮らす訳だもんね」
はやての言い分に気付いたのか、五代もまた考えるように腕を組んだ。
五代は今までも色んな国の色んな土地を冒険してきた。
そんな冒険の中では、勿論ホームステイすることも度々あった。
ホームステイ先の家族はいつも五代を家族だと認めてくれた。いつも笑顔で受け入れてくれた。
この八神家も、そういった人たちと一緒で、一つ屋根の下で暮らす以上、五代の大切な家族だ。
特に幼い頃に親を失った五代は、こういう人々の温かみを一番よく理解していた。
それ故に、出来れば一番楽な呼び方で呼んでもらいたい。
五代はすぐに腕を解くと、人差し指を立てて、はやてに向き直った。
「じゃあさ、はやてちゃんが一番呼びやすい方法で呼んでよ。それが俺も一番楽だからさ」
「……そうやなぁ……うん、じゃあもう決まりやな!」
「おぉ、もう決まったんだ。なになに?」
「うん……これからは五代君やなくて、雄介君って呼ぶことにする。
それが一番家族らしいし、気楽やし……ま、よろしくな、雄介君!」
そう言って、はやては微笑んだ。
その笑顔に、雄介からも自然に笑顔が零れる。
単純に名前で呼ばれた事が嬉しいのだ。だから雄介は、笑顔を浮かべて親指を立てる。
対するはやても、それに返すようにサムズアップ。
一連の会話を終えた二人は、それじゃあ始めようかと、そのまま食材へと向き直った。
さて、それから少しの時間を置いて。
この日の夕飯に出たカレーは、雄介スペシャルと呼ばれる調理方で作られた。
日々ポレポレで磨かれた雄介の腕前は、八神家の一員を頷かせるには十分。
それはレストランで出される料理と比べても見劣りしない出来だったとか。
どうやらこの日から当面の間、八神家での料理担当ははやてと雄介の二人になることが決まったらしい。
最終更新:2009年01月12日 02:40