それは暗い暗い夜だった、深い深い闇だった―――。
漆黒と静寂が支配する夜の世界。昼間の活気が嘘のような静けさだ。
人気どころか、生き物の存在すら感じられない、そんな世界に「奴」はいた。
――誰にも気づかれず、ひっそりと、だが確実に―――。
「奴」が、いた――。
「イル……シニガミ………チカクニイル……」
「奴」はそう呟きながらまた静寂の世界を歩いて行く。
―――誰にも気づかれず、ゆっくりと……。
そしてまた、世界は何事も無かった様に過ぎていく。
―――誰もそのことは知らず、ゆっくりと………。
―――――斯くて刃は振り下ろされる
魔法死神リリカルBLEACH
Episord 1 『Death&Magical girl』
空座町 午前七時四十五分 金曜日
夜が支配し続けていたここ空座町にも朝が来た。
人々は長い眠りから覚め、町は静かに活気を取り戻し始める。通学路からも、
徐々にだが学校に通う学生達で賑わい始めていた。
そんな、いつも通りの、何気ない日常が始まろうとしている中――。
「なんだとテメェ!! もっぺんぬかしてみやがれ!!!」
ある通学路の一角で、そんな怒号が飛んできた。
その場所には――髪を染め、制服をだらしなく着こなした『いかにも不良』
というような男達が、一人の男を取り囲んでいた。
「イキナリ出てきて新ちゃん蹴倒しておいて、その上俺達にココどけだぁ!! フザケてんのか
テメェ! いっぺん死ぬか!? あァ!」
不良の一人がそう声高に叫んだ。しかしその声にはどこか恐れが混じっているようにも
聞こえた。事実その叫んだ不良を始め、他の取り巻き達も、たった一人の男に中々飛び掛らず、
様子を見るように睨みつけるだけだった。
―――しかし、
「何とか言え! この…」
ついに痺れを切らしたのか、最初に叫んだ不良が男に向かって飛びかかっていった。
だが男――彼は臆する様子もなく、飛びかかってきた不良の拳を避け、その流れで不良の顔面に
俊足の蹴りを見舞った。
不良はそのままもんどりを打って倒れ、安らかな顔で気絶した。
「トッシーがやられた!」
「う…ウソだろ! あの暴れん坊のトッシーが!?」
不良達は、今起きた出来事が信じられないといったような顔で立っていた。
無理もなかった。彼等の仲間が倒されたというところではなく、傷一つ負わせられず、なおかつ一撃で
仲間内で暴れん坊と言われた男を倒したのだ。その並外れた暴力に対し、周りの不良達は戦慄を覚える。
さらに追い打ちをかけるように、一人の不良が恐怖を露わに叫んだ。
「お…思い出した!! アイツアレだ! 馬芝中の黒崎だ!」
「な…何だって!? あ…あの札付きのワルかよ!!」
「ひぃ…な…何でそんな奴が俺達の所なんかに……!」
ここにきてようやく彼等は、とんでもない相手に喧嘩を売ってしまったことに気づいた。
もはや最初の威圧的な態度をとる者は一人もいなくなり、ただただ体を震わせながら
今度は彼を化け物でも見るかのような目で立ち竦んでいた。
「ガタガタうるせぇ!!」
と、ここで黒崎と呼ばれた彼は、そろって震えながら何か騒いでいる不良達にがなり
立てた。ひぃ…と竦み上がりながらも言われた通り押し黙る不良達。もはや最初の頃の
面影は全く見えなかった。
「テメェら全員アレを見ろ!!」
そう叫びながら、彼は電柱の方を指差した。その電柱の下には、一輪の花が添えられている一本の小瓶が
倒れていた。―――それが?というような顔で不良達はしばらくの間倒れた小瓶を見続けていた。
「問1!! アレは一体なんでしょうか? ハイそこのオマエ!!」
「ェ…俺……?」
急な問答にたじろきながらも、彼に指差された男は答える。
「えと……誰かへの供え物…」
「大正解!!」
「タケチーーーン!!」
ご褒美とばかりに、彼はその男に向かってハイキックをプレゼントした。
彼もまた先に倒れた仲間の後を追うように気絶していった。
「問2!!」
助け起こそうとする仲間を無視して彼はすかさず叫ぶ。
「じゃあ何であの花瓶は倒れてるんでしょうか?」
「え…そ……それは………」
この問答には不良達も一瞬黙りこくってしまった。理由は簡単だった。そうなってしまった過程
を作ったのは、他ならぬ自分たちなのだから。
「俺達が…ただなんとなく…そいつを……蹴っ飛ばしちゃったから……」
それでもなんとか返答を返す不良達。最も、最後の方は呟くような小さな声だったが。
そして彼等は最後の審判を待った。
「ほう……そうか…」
倒れていた花瓶を立て直しながら、彼はゆっくりとそう呟いた。
その後ろ姿でも恐ろしいくらいの気迫を感じた不良達は、歯をガチガチ鳴らし、ただただ
立ち尽くすだけだった。
さらに他にも―――何だろう、ただならぬ寒気を感じるのだ。
彼からではない。かといって自分達の他には誰もいない。
―――だけど感じるのだ。
――――――――――――――――他に誰かいる―――――。
そんな…感覚が……。
「それじゃ……」
彼等は次の瞬間自分の目を疑った。そうでなかったらそう読み込む自分達の頭を疑った。
何せここには自分達と倒れている仲間、そして彼しかいないはずだった。
こんな喧噪もあったために他に人が通るはずもない……………はずが……ないのだ…。
―――なのに―――
そいつは……まるでさっきから居たように……。
彼もまた……そいつが居たのが当たり前だったかのように……。
「コイツに謝んなきゃなァ!!!」
そう叫んで、そいつ――全身血だるまになっている少年を指差した。
「イヤアァァァァァァァァァァァッァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
「す……すす……すすすすいませんでしたァァァァァ!!!」
そう悲鳴を上げながら倒れている仲間を担ぎ上げ、自分達が持てるすべての力を総動員してここから逃げ出した。
「ふぅ……ったく」
「お兄ちゃん、ありがとう」
「ん…ああ……気にすんな こんだけ脅しときゃもう来ねぇだろ」
そう言い、彼は立て直した小瓶を見つめた。元には戻したつもりだったが、添えられてる花は無残にも踏み散らされていた。
「ワリィな、今度新しいの持ってくっから」
「ありがとうお兄ちゃん。ポチの仇討ってくれて」
「?…これオマエのじゃねぇのか?」
「うん、これは僕がポチに添えてあげたんだ」
血まみれの少年と至極当たり前のように、彼は言葉を交わしていた。この風景、傍から見れば彼が電柱に向かって何か話しこんでいるようにしか見えないだろう。しかし彼には物心ついた時からこの世にいないはずの人々、俗に言う『ユウレイ』が見えていたのだ。
だから朝から幽霊の子供と会話するなど彼から見れば日常茶飯事の一つだった。
「僕のせいなんだ…」
ふと、少年はうつむきながらそう呟いた。
「僕があの時…調子に乗らなかったら……ポチは…」
どうやら飼い犬を死なせてしまった原因は自分にあるらしい。よく見ると少年の胸には鎖のようなものが付いており、それが電柱に巻きついていた。
彼はこの少年が、この場所に未練がある自縛霊の一種だと思った。話から推測するに、ここで愛犬を失ってしまったのだろう。
(………………)
兎にも角にも、このままこの子を放っておけば、いずれは人を襲うようになる。彼はそっと、少年の肩に手を差し伸べた。
「まあなんにせよだ、こんなトコロにいたってポチには会えねーよ。」
彼は出来るだけ少年の『この世への未練』を無くそうとした。その方が「魂葬」の時も早くなる
「失ったモンは戻らねぇし、亡くしたモンはどうやっても取り戻せねぇ。けどよ、ここで愚痴愚痴したって何にも始まらねぇんだ。だから、」
彼は、その曇った顔に穏やかな笑みを浮かべてこう言った。
「まずは自分から一歩踏み出してみな、そうすりゃ俺も楽になるし、何より、向こうでポチにあえるかもしれねぇぜ。」
「……ポチに会えるの!?」
「ああ、約束だ。」
少年は、それを聞くと満面の笑みを浮かべた。と同時に少し疑問に思ったりもした。
――なんで僕に優しくしてくれるのだろう?
ポチに添えた花を踏み散らした不良達を一瞬で追い払い、そして血だらけの自分に怖がらず接してくれるこの人―――最初は正直怖かった。
現に彼は不良達のときには、派手な髪と不機嫌そうな顔から、どっちが悪い人なのか分からないほどだった。だけど今の彼の微笑みと彼の紡ぐ言葉には…何かを感じさせるのだ。
――――――この人は信用できる――――――と
「あの……」
「ん?」
「何で僕にそこまで―――――
そう言いかけた時だった。
ズシンと大きな地響きとともに何やら巨大なものが突如上から舞い降りた。
全身が白く、胸に大きな穴があき、顔に巨大な仮面をつけた全長10メートルはある文字通りの「怪物」。それが今、自分達の目の前に現れたのだ。
「……シニガミ!!…ドコダ!…」
「あ……ああぁ……」
いきなり起きた予想できるはずもない出来事に少年はただただ立ち尽くすだけだった。
(……殺されるッ……)
そう思った時だった。
「大丈夫だ」
彼が自分に向ってそう言うのが聞こえた。
彼はゆっくりと少年の前に立ち、さらにこう言った。
「すぐ終わるさ」
そして彼は怪物の前に立ちはだかった。
―――なぜだろう?――――
出会って間もない、話したことすらない。なのに何でこうもこの人を信用できるのだろう?
―――この人なら何とかしてくれる―――
なぜそう思えるのだろう?
「シニガミィ!!!」
「るっせーな、言われなくてもわかってらぁ!!」
この状況だってそうだ―――
普通の人なら怯えて逃げ出すのが当たり前なのに。
まるで、『こんなこと』を何度も繰り返ししてきたかのような―――
――――刹那、爆音が轟いた。
あの怪物が巨腕を彼に向けて思いきり叩きつけたのだ。
普通の人間なら、死んでもおかしくないと思うなか、少年は見た。
―――怪物が腕を振り下げるとき、『彼』から『彼』が出てくるのを
「…………!!」
―――黒い着物を纏い手に大刀を掲げ、怪物の攻撃を受けきっている彼の姿を―――
名前/黒崎一護
「ガァァッ!!!」
そのまま怪物は押し潰そうと手に力を込めた。が、いくら力を込めても彼を押し潰すどころか手に持つ大刀一つ微動だにしなかった。
「終わりか? 次はこっちから行くぜ」
言った瞬間に怪物の腕は宙を舞っていた。突然の腕の喪失に怪物が呻く中、彼はもう片方の腕に乗り怪物の顔を覆う仮面目がけて走った。
年齢/16歳
気づいた怪物は腕を振り払い、彼を振り落とす。そして残った腕でまた押し潰そうと腕を振り上げた。
彼は今度は受けず、攻撃を避ける。
髪の色/オレンジ
怪物の攻撃を避け続ける中、ふと彼は巨大な力を感じた。
見れば怪物の口から大きな光が集まっていた――。
次の瞬間にはその光は彼に向けて放たれていた。 砂塵は渦巻き爆音が轟く。
瞳の色/ブラウン
「ウオオオオオォォォォァァァァァ!!!」
完全に倒したと思ったのか、怪物が歓喜の雄叫びを上げる。
だが揺らめく砂煙の中に黒い人影が一つ、
「ウォ??」
怪物がその姿を認識した時には既に、自分の視界は両断させられていた。
職業/高校生兼――――
「ガギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」
仮面を真っ二つに割られた怪物は凄絶な雄叫びを最後に徐々に塵となって完全に消えてしまった。―――あんなことがあったにも拘らず周りは何事もなかったように平然としていた。
――後には沈黙だけが残った。
「……………」
少年は、ただぼんやりと黒服になった彼を見ていた。今起こった出来事に頭がついていけてないのだ。
「ア…アナタは…いったい…?」
唖然とした表情で少年は聞いた。――彼は胸を張るようにこう言った。
「死神代行 黒崎一護!」
――――――――死神代行
この世には死してなお未練を残し、現世にとどまる『幽霊』がいる。大抵は人畜無害で余程のことがない限り人を襲うことはない。だが長年とどまり続けると亡くした魂を埋めようと人を襲い魂を喰らうようになる、「虚(ホロウ)」と呼ばれる悪霊になる。
その虚を駆逐し、また同時にこの世を彷徨う幽霊を導く者達
――あの世の人々は、その者達を「死神」と呼んだ。
これは、死神代行として日常を送る一護とその仲間たちと、異世界で出会った魔法少女達との出会いと戦いを描いた物語である―――――
―――――――――――――――――――――――――――To be continued
最終更新:2009年05月29日 01:35