ニュータイプの力と魔法には、共通点がある。
両方とも、高まればその分科学との区別が曖昧になることだ。
―Q・V



テレビの向こうから来た男~ヅダ黙示録~

クラナガンでその事件は起きた。
昼下がりの市街地で、突如巨大な人型の機械が飛来。
街中に着地し、動きを止めた。
非番のため偶然現場に居合わせていたギンガ・ナカジマ(当時は陸士第108部隊所属。その後特進と同時に同隊を離れ、別の隊の隊長になっている)がその場で対応。
人型の機械はコックピットと思われる部位のハッチを開き、そこから乗員を取り出しそっと地面に降ろした。
驚くべきことに乗員は意識を失っており、この事実からこの機械が自力で動いていたことが後の調査で判明するも、原因自体は不明のまま調査は打ち切り。
保護された乗員はまだ少年であり、保護の際に居合わせた八神はやての証言から「カミーユ・ビダン」であることが判明するも、何故彼女が少年の名を知っているかに関しては未だ不明である。
なお、その時彼女は非常に動揺していたこともここに記しておく。
その後地上本部で行われた事情聴取の際に、カミーユ少年はあの機械の名前が「Ζ(ゼータ)ガンダム」であり、「モビルスーツ」と言う兵器の一種であることを教えてくれた。
また、事情聴取に当たったゲンヤ・ナカジマ三佐の人徳に触れたのか、終始協力的で素直だったとの証言が残っている。
ゲンヤ三佐の提案で行われた試験運転の際、Ζガンダムはその飛行性能と、並外れた機動性を発揮しており、武装を使わずともその力を誇示して見せる。
偶然とはいえ、あの「ガンダム」の名を関しているだけの事はあり、再開された事情聴取でそれを言われたカミーユ少年もどこか嬉しそうだった。
しかし、試験運転の際にΖガンダムの性能を目の当たりにし、意地でもこちら側に加えようとしたレジアス・ゲイズ中将の行動により、事態が一変。
恫喝まがいの方法で無理やりこちら側に加えようとする、中将の態度に反発したカミーユ少年は協力の是非の回答を保留。
その後は激しい罵り合いに発展し、結局カミーユ少年は本人の意思とこの一件を知った教会の干渉によりΖガンダムごと本局側に身柄を預けられることとなるが、それを聞いた本人は大変喜んでいたと言う。
だからあれほど物扱いは慎むようにと注意したのに……。
近年の中将の行動は血縁者である私の目にも余っており、早期の対策が必要と思われる。
ただ、ギンガ・ナカジマの証言に非常に気になる言葉があったので、この報告書の最後にそれを添えておく。
「ゲイズ中将のことに関して、『何か内側に仕舞い込んでいる様に感じた。それも凄く醜い何かを』と言っていました。中将の話にあそこまで拒絶反応を見せたのと、何か関係があるのかもしれません」
――――オーリス・ゲイズ


カミーユとレジアスの激しい罵倒合戦から約一ヶ月後、機動六課。
慣れない事務作業を終え、カミーユは一息ついていた。
立ち上げられたばかりの機動六課では、前線に出る者どころか、後方の事務員まで不足しており、前線メンバーが時折事務作業に狩り出されることもある。
特に軍組織に身を置いた経験があり、立場上いつも暇人なカミーユは、多忙なはやてたちの代わりにこなすことが多い。
もっとも、今回だけは自分から買って出たのだが。

「地上本部に持って行く分はこれで全部。後は……」

ミッドチルダに漂流してから約一ヶ月。
結局、「陸に回されるよりははるかにマシだから」と言う理由で臨時採用の特務局員、と言う形で本局側につき、起動六課設立と同時に配属されたカミーユは、これと言った事件に出くわすこともないまま暇な日々を過ごしていた。
無論、Ζガンダムごと。
この決定に反発する声は、驚くほど少なかった。
地上本部に懸念を抱いている者が海に多かったのと、何より「レジアス・ゲイズ相手に罵倒合戦をしてのけた」ことでカミーユ自身が一目置かれてしまったからである。

「あの戦い……、『グリプス戦役』がアニメになっている世界から来た、か……。なんだろう、ずっと前に一度なのはに会った気が……デジャブか?」

メタっぽい呟きを口から出しながらくつろぐカミーユ。
実はミッドチルダでは、何者かの経由で第97管理外世界から「機動戦士ガンダム」が伝わっていたのである。
無論、はやてがカミーユの名を知っていたのも、彼女が「機動戦士Ζガンダム」(こちらはミッドには伝わっていない)を見ていたから。
結局、気は乗らなかったが、渋々自分で持って行くことにした。



「タクシーが迎えに来るまで、後1分くらいか……」

時間を合わせ、隊舎の玄関で待つカミーユ。
同時に、タイミングよくライトニング分隊の訓練が終わったのか、エリオが戻ってきた。
そして、エリオが声をかける。

「カミーユさん、外出ですか?」
「エリオか。向こうの注文の品が出来たから、これから届けに行くところだよ」
「……同伴、しましょうか?」

エリオのその言葉の意味をすぐに理解するカミーユ。
苦笑するしかない。
歓迎会でレジアスとの罵倒合戦の一部始終を嬉々として説明した自分が地上本部へ行くといえば、心配の余りそう言いたくなると分かるから。

「神父憎ければ教会も憎い、と言うけど、レジアスとは違って俺はそこまで落ちぶれちゃいないさ」
「ゲイズ中将に出くわしても、ケンカはしないでくださいね。八神部隊長に迷惑がかかりますから」
「了解。……ちょうどタクシーが来たな。行って来ます」


地上本部。
カミーユは、もって来た書類を渡すべき人物を見つけ、その人目掛けて走り出す。
書類を渡すべき相手、それはオーリス・ゲイズであった。

「オーリスさん!」
「カミーユ君、一体どうしたの? 中将のこと、『見たくもない』って言っていたほど嫌っているのに」
「いえ、例のヤツを持って来たんです。それと、レジアスが嫌いな人は地上本部も嫌い、なんて公式は成り立ちませんよ、オーリス・ゲイズさん」

持ってきた封筒をオーリスに手渡すカミーユ。
その封筒に入っている書類、それは「あの時行われたΖガンダムの試験運転データ」である。

「いいの? わざわざ貴重なデータをこっちに渡すなんて」
「オーリスさんは、あの偏屈漢とは違って信頼できる人です。それに、あの時はフルパワーは出さなかったし、操縦も手を抜いていました。書類に書いてある数値もあの時測ったヤツより低くしてあります」
「なるほど……。道理でこちらの難癖に反発しなかったと思ったら。悪い子ね」

試験運転の際にカミーユは、わざと「低く評価されるため」に意図的に手を抜いたのである。
こちらの手の内を完全に明かすのは良くないと判断したからだ(それでも向こうが感心するほどのパワーを発揮してしまったが)。
実はちゃんとデータは採られたものの担当したラッドの独断で、データ自体はカミーユに譲渡され、六課の方に秘匿されたのである。
このデータがわざわざ地上本部へ提出されることになったのは、地上本部がデータの提出を108部隊に強要し、ラッドがバカ正直に「カミーユに渡した」と答えた結果。
1ヶ月も経ってから言い出したのは、ラッド曰く「こっちの偉いのが、中将の怪我でパニックになってたせいでど忘れしたせいかもしれない」とのこと。
直感でレジアスが黒幕と気付いたカミーユは、自らデータをまとめた書類を作成したのだ。
……改ざんしたデータと、レジアスへの嫌がらせの一言を書いた紙切れを向こうに送り付けたいがために。
罵倒合戦の結果、レジアスにかなり悪い印象を抱いてはいるが、彼とは対照的に冷静で空気を読めるオーリスには好意的なカミーユであった。

「それはどうも。後、お父さんへのプレゼントも同梱してありますから」
「……本当に悪い子ね。…………!!??」

呆れた直後、オーリスの視界に、緑のフィルターが付けられたかのような感覚が襲う。
だがそれは、オーリスだけでなく、周りにいた他の局員たち、更にカミーユにまで起きていた。
そして、彼らは見えてしまう。
カミーユのすぐ隣にいる、宙に浮いた不気味な女の姿に。

「貴方は……誰!?」
「私? 彼を、ベン・バーバリーを追ってここまで来ただけの女よ。でも、この子も意外と惹かれるものを持っているようね」

女は、隣にいるカミーユに興味を示したのか、彼の髪にそっと手を添える。

「! カミーユ君、その女……いいえ、その死神から離れるのよ!!」

オーリスの絶叫に我に帰ったカミーユは慌ててその場を飛び退く。
死神は少しだけ残念そうな顔をしながらも、言葉を紡ぐ。

「カミーユ……、素敵な名前ね。お前から感じるわ、死んだ人たちの思いを背負うことで強くなる力を。……その力、何処に行くのかしら?」

そう言い残し、死神が消えるのと同時に、その場にいた全員の視界が元に戻った。
呆然となる一同。
その場の空気を入れ替えるかのごとく、「グランガイツ・クルセイダーズ」と呼ばれる、ギンガ・ナカジマ率いる陸士新生64部隊が報告のためにやって来た。
それもわざわざ隊員総出で。
彼らを見て、瞬時にオーリスは思い出す、「ベン・バーバリー」と言う名前の男を知っていることを。
よりによって、ギンガの部隊の隊員であることを。

「バーバリー二尉、貴方に会いたがっていた人がついさっきまでここにいたわ」
「自分に? 一体誰ですか?」
「死神よ。とーっても綺麗な」

その言葉に、ベンは一気に青ざめる。
そして、腰を抜かして倒れた。
それを見ていたカミーユは、オーリスの耳元で囁く。

「あの死神と面識があったみたいですよ」
「リアクションを見る限り、そうみたいね……」


地上本部前。
書類を届け終え、帰りのタクシーを待つカミーユ。
とそこに、携帯電話が鳴る。
液晶を確認してから、カミーユは電話に出た。

「カミーユ・ビダン。どうした? エリオ。帰ってきたら部隊長室に? はやてがΖガンダムの事で話したいことがあるって? わかった」

電話を切り、タクシーを待ちながら考える。
タクシーが来たのはそれから数分後であった。


機動六課隊舎、部隊長室。
はやてとカミーユがいる。
疾風の口から告げられたことは、カミーユにとって驚くべきものであった。

「改造する!? Ζガンダムをデバイスに!?」
「そうや。Ζガンダムはこの世界で言えば質量兵器。今更やけど、このままやと、向こうがうるさいのよ」
「デバイスじゃなくても、エンジンや武器周りを魔力式に換装すれば済むと思うけどな」

もっともなことを言うカミーユ。
だが、はやては首を横に振る。

「カミーユ君にリンカーコアが無かったらそれでいこうと思ったんやけど……」
「……待ってくれよ、あの時の検査じゃ魔力資質は無いって、シャマルさんからお墨付きもらったぞ」
「あん時はな。でも私も妙に気になってたし、最近なのはちゃんが『魔力資質が無いんじゃなくて、目覚めていないだけかもしれない』って言い出したから、こっそりシャマルに調べてもらったんよ」

はやては、シャマルから提出された一枚の紙を、カミーユに手渡す。
その紙に書かれていたデータを見たカミーユは己の眼を疑った。
シャマルがこっそり行った検査は、数日に渡る物であり、日が経つにつれ検出された自分の魔力資質が高くなっていたのだ。

「1週間前はB-、今日に入ってからAAA+!? 異常だ! なのはでもランク一個上げるのにどれほど時間がかかったと……」

感情が高ぶるカミーユ。
しかし、はやてはあくまでも冷静に、落ち着いていた。

「その魔力、Ζガンダムの武器とエンジンを魔力式に変えただけじゃ活用できんし、それ以前にニュータイプの力だけで戦ったら、また押し潰されるかもしれんよ。サイズがサイズやから、改造はここやなくて本局の設備で行う。以上」
「発狂しないためにも魔法の力でもΖガンダムを動かせと言うのかよ。で、いつ行けばいいんだ?」
「……話はつけてあるから、明日になったらΖガンダムごと転送魔法で本局に送るよ」
「了解」

少し疲れを見せながら、了承するカミーユ。
軽く敬礼してから、彼は部隊長室を後にした。
それを見計らい、はやてはシャマルから提出された「もう一枚」に目を通す。
それは、何故か「高町なのは」についてのものであった。

「ひょっとしたらニュータイプ能力が、なのはちゃんの魔力と共鳴したせいかもな、カミーユ君のリンカーコアが覚醒したんは。なのはちゃんの方も……」

その呟きを聞いたのは、はやてのスカートの中に隠れて一部始終を聞いていたリインフォースIIだけであった。


夕方。
定時になり、カミーユは一足先に帰宅。
その身を預かっているのはあくまでも本局の方だが、何処に住まわせようか? で揉めてしまい、その場にいたはやての提案でナカジマ家に居候することになったのである。
ゲンヤとギンガは帰らない日が多く、スバルは六課の寮にいるため、必然的に家の守りを任される形になっていた。
そのため自炊する気になれず、食事はもっぱら外食や買ってきた物か、デリバリー任せ
今週は任務の都合上ゲンヤとギンガは帰らないため、一週間同じ店の違う種類のピザで済ませようかと思っていた矢先に携帯電話が鳴る。
液晶には、ゲンヤ・ナカジマの名が映し出されていた。

「もしもし」
「ゲンヤだ。カミーユ、今何処にいる?」
「家に着いたところですけど」

ゲンヤからの電話。
訝しく思うカミーユだが、それをおくびに出さずに応対する。

「ああ、ちょうどギンガと、アイツの部隊の連中と一緒に晩飯食いに行くことになってな。せっかくだからスバルとお前も誘うことにしたんだ。スバルにはもう連絡してある」
「いいんですか?」
「どうせ俺たちが帰ってこないと飯作らないんだろ? いつも出来合いばかりじゃ野菜不足になるぞ。家にタクシー呼ぶからそれに乗れ」

その一言を最後に、ゲンヤからの電話は切れる。
行動パターンがしっかり読まれていることに、少しげんなりするカミーユ。
それと同時に、今日になってようやく気付いた疑問を口にする。

「料理教室にでも行こうかな? そう言えば、試験運転の時、どうしてΖガンダムは前より楽に飛べた上に推進剤が殆ど減らなかったんだ? 本局に行った時にそれも調べてもらうか」

……君のニュータイプの力が、バイオセンサー経由で空気抵抗と燃費を抑えているからだよ、変形しなくても楽に飛べるのと推進剤が中々減らない点に関しては。


都内某所の居酒屋。
ナカジマ親子に新生64部隊、そしてカミーユで店は貸切同然の状態であった。
ギンガとバーバリー副長に、No.3のルイス以外は「バカ」だらけの新生64部隊はとにかくはしゃぐ。
みんないい気分で楽しんでいる時、突如として店の戸が激しく開けられる。
そこにいるのはどこか疲れた顔をした中年の男。

「赤い彗星……、赤い彗星! 俺は赤い彗星のシャアだ! ジオン復興のため、俺は立ち上がる! ジークジオン!! ジオン・ダイクン、ばんざーい!!」

中年はそう叫び、走り去っていく。
後に残された者の内、唖然としていたのはカミーユだけであり、他はみんなどこか達観していた。
ゲンヤはそっと口を開く。

「ガンダムシンドローム。数年前、こっちに『機動戦士ガンダム』が知られてから発見された新種の精神疾患だ。陸と海の確執を見て心が疲れた局員、特に陸所属で『ガンダム』に夢中になったヤツが陥りやすいとさ」
「……嫌な話ですね。今のを本物が見たらなんて言うか……」
「最近のレジアスを見てると、『むしろもっと増えてくれ』って思う俺がいる……。そのたびに自分が嫌になるんだ」

どこか寂しげな顔で酒を飲むゲンヤ。
ギンガやバーバリーたちもやるせない表情になる。
それを見て意を決したカミーユは、焼き鳥の串を手に持ち、ゲンヤの口に突っ込んだ。
驚いたギンガは慌ててカミーユを諌める。

「カミーユさん!」
「……忘れましょう。今の人の事は。今だけは全部忘れて、バカ騒ぎして」

それが合図であった。
お返しとばかりに、ゲンヤはカミーユにヘッドロックをかける。
それを見て騒ぎ出す新生64部隊の連中に、慌てて止めるナカジマ姉妹。
とりあえず、さっきの「ガンダムシンドロームの男」のことを忘れさせることに成功したカミーユではあった。


時空管理局本局。
六課で保管されていたΖガンダムごと転送させられたカミーユを、デバイスマイスターたちが総出で出迎えた。
しかも全員が異様に興奮しており、端から見ると不気味以外の言葉が当てられない。
カミーユは愚痴るように呟くが、それを聞いた局員の一人がそっと訳を説明する。

「大げさだな……」
「ガンダムを弄れますからね」
「けどこいつはみんなが知っているRX-78じゃ……」
「それでも、『ガンダム』が実在していたと言う証拠の一つです」

彼らは知らないが、「機動戦士ガンダム」には続編がある(カミーユはちゃんと知っている)。
こちらに来る前のカミーユの活躍を描いた「機動戦士Ζガンダム」、精神疾患が完治するまでに起きた第一次ネオ・ジオン抗争を描いた「機動戦士ガンダムΖΖ」、これから起きる未来の出来事と思われる「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」。
それ以降も第97管理外世界では「ガンダム」の名を冠した作品が多く創られた。
幾つもの歪みと確執、そして「御大」の情念を背負いながら。

「俺は『エンジンと武器を改造するだけでいいんじゃないか?』と言ったんだけど、聞き入れれてもらえなかった」
「ガンダムですからね。エンジンと武器換えた位じゃ向こうは黙りませんよ」
「デバイスに改造しても、レジアスの信者は言い続けると思う」

サラリと流し、カミーユは約一ヶ月前の出来事を思い出す。
忘れもしない、事情聴取が終わり、ゲンヤから「俺たちのところで働かないか?」と誘われた時のことを。

事情聴取に立ち会ってくれたギンガとはやても勧めてくれたので、「それもいいかも?」と思い始めていた。
どう答えようかと迷っている時に、いきなり部屋に入って来た威圧的な態度の男の姿が脳裏に鮮明に映し出される。
有無を言わさず、その男、レジアス・ゲイズはいきなり我々の側につけといってきたのだ。
その態度にムッと来たカミーユは、まだ「ゲンヤさんの下でなら働いてもいいかな?」と考えていたため、その時は「考えさせてください」と答えたのである。
が、直後にレジアスは声を荒げ、「質量兵器は禁止されているんだぞ!」と怒鳴ったため、短気なカミーユも一気に声を荒げた。

「うるさいな! それが次元漂流者に接する態度かよ! それでよくゲンヤさんの上司が出来るな!?」
「言わせて置けば……! 質量兵器に乗っていきなり市街地に着陸しておいて権利を主張するんじゃない!」
「こっちはその質量兵器に拉致されたせいで、ここに来てしまったんだぞ! それ以前に、文句をつけたきゃ、まずその性格を矯正しろよ!」

互いにヒートアップしており、もはや他の者の声が聞こえているかも怪しい。
掴み合いになりそうになった瞬間、ゲンヤが慌てて間に入る。

「落ち着いてください、中将! カミーユ、お前も熱くなるんじゃない!」
「上官に逆らう気か貴様!!」
「どいてください! この馬鹿の唾がかかりますよ!!」

流石に見かねたのか、ギンガとはやても二人を止めに入る。
カミーユの方は、ギンガにまで止められたせいか、ようやく大人しくなり始めた。
しかし、はやてが止めに入ったレジアスの方は……。

「犯罪者が正義であるワシに触るな!!」

そう言って、はやてを振り払い、はやては床に倒れた。
更に倒れたはやての顔を蹴ろうとした直後、レジアスは肩を掴まれ、引っ張られる。
肩を掴んだのはカミーユであった。

「お前、自分が何をしかけたのか分かっているのか!? それは『正義』がすることじゃないんだぞ!!」
「貴様、犯罪者を庇う気かー!」

レジアスはそう叫び、肩を掴むカミーユに手を振り解く。
そしてその勢いを利用してカミーユの顔を殴る。
それを見たゲンヤはついに怒号を上げた。

「自分が何をしたのか分かっているのですか、あなたは!!」
「犯罪者を庇う奴を殴って何が悪いと言う! あの犯罪者に師と仰がれる貴様は口出しするな!」

ゲンヤも遂にレジアスに意見する。
レジアスの答えは、怒号と鉄拳。
ゲンヤが殴られたのを見たカミーユは完全に、「キレ」た。
レジアスの股間に狙いを定め、一気に蹴り上げる。

「ぐご、が……!?」

悶絶するレジアスに容赦することなく、カミーユは叫ぶ。

「そっちが殴ったからだぞー!!」

渾身の力を込めて、レジアスの顔に強烈な回し蹴りを食らわせるカミーユ。
蹴られた勢いで、レジアスの顔面は見事に壁に叩きつけられる。
そのまま倒れこんだレジアスを、カミーユは踏みつけた。

「俺は『手』を上げてはいないからな!!」

更にもう一撃足で食らわせようとした直後、突然物凄い力で羽交い絞めにされる。
騎士甲冑をまとったはやてがカミーユを羽交い絞めにしているのだ。

「ええかげんにし! やり過ぎや! おちつくんや、ホラ、深呼吸」

はやてに言われ、深呼吸し始めるカミーユ。
気のせいか、少しづつ昂った感情が沈静化していく。
レジアスの方も、秘書であるオーリスに起こされる。
が、なおもカミーユの方を睨み、吠え立てた。

「貴様、よくもワシを蹴ったな!」
「俺だけじゃなくてゲンヤさんまで殴っておいてその言い草かよ! 正当防衛、って言葉を辞書で調べてから言え!!」

片や蹴られたダメージで動けず、片やはやてに羽交い絞めにされて動けない。
当然、また舌戦になる。
結局、この舌戦はレジアスがオーリスに引っ張られる形で退場させられるまで続いた。
この時の罵倒合戦(とケンカ)が原因で、レジアスとカミーユはお互いを徹底的に嫌い合うようになったのである。

「カミーユさん、どうしました!? 鬼みたいな顔で明後日の方を睨んで」
「……! ごめん、あのバカとの一件を思い出したら、勝手に怒りがこみ上げてきた……」

呼びかける局員の声で我に帰るカミーユ。
一方、局員の方はカミーユの言葉から、何を思い出したのかを瞬時に悟る。

「……アレですね。ゲイズ中将相手の罵倒合戦。それのせいで、向こうから移ってきた人たちの間じゃ、結構人気者ですよ、カミーユさんは」
「無理やりこっちに移された人たちの間で?」
「……向こうからこっちに移った人材全部が、強引に引き抜かれたわけじゃありませんよ。引き抜きを拒否するケースだって少なからずあります。中には引き抜かれて心底喜ぶ人までいますし」

局員の説明に、呆然となるカミーユ。
引き抜かれて喜ぶ?
目が点になった彼を見て、苦笑しながら職員は続ける。

「最初から引き抜かれるつもりで陸に入る人もいれば、志を持って陸に入ってゲイズ中将の偏屈さに失望して引き抜きに応じる人もいる、ってことですよ」
「後者に当てはまる人たちと一緒に食べるご飯は、とても美味しくなるだろうな」
「ハッキリと言いますね。と、私はこれで持ち場に戻りますね」

そう言って、局員はその場を去る。
カミーユも、Ζガンダムが運ばれていった、工房の方へと向かおうとしたが、直後に携帯電話が鳴る。
液晶を確認すると、「ミゼット・クローベル」と出ていた。

「カミーユ・ビダンです。どうしたんですか? ……そんな理由ですぐに来い? ミゼットさん、ちょっと待って……、切られた」


一時間後、ミゼットの執務室から解放されたカミーユは、ようやく工房にたどり着いた。
工房内では、マイスターたちが一心不乱かつ、異様なまでに手早くΖガンダムを分解し、部品を換えたり、組み込んだりしている。
幾らなんでも手際が良すぎる、と感じたカミーユの後に、いつの間にかミゼットが立っていた。
それに気付き、カミーユは思わず飛び退くが、ミゼットは笑う。

「手際が良すぎる、だろう? ここに流れ着いたガンダムは、Ζ嬢やが初めてだが、モビルスーツ自体はずっと前からこっちに来ていた。今Ζ嬢やをいじっている子達はそれに触れ、知る者達に教えを請うことで知識を得て、それを活かしている」

ミゼットの説明に驚愕するカミーユ。
更にミゼットは、何故今までそれが知られていなかったについても、話し始める。

「ミッドチルダで『機動戦士ガンダム』が知られる以前から、宇宙世紀世界からの漂流者は存在し、MSもまたその姿を現した。もし『MSがある世界』の実在が発覚すれば、MSを欲しがる連中は絶対に出てくる。レジー坊やと最高評議会はその筆頭かも知れない」

ミゼットは、レジアスだけでなく、最高評議会にもある種の不信を抱いているようだ。
カミーユは表情だけでそれを読み取る。

「MSとそれに関わる者達は、この世界における質量兵器禁止の理由も考慮し、『MSの兵器としての攻撃力と汎用性の高さ』という危険性を証明することでこちらの協力を得て、MS諸共自分たちの存在を隠した。後になって『機動戦士ガンダム』を見たときは驚いたよ」
「けれど、Ζガンダムが市街地に降り立った事で、モビルスーツが実在していることを、隠し通せなくなったと?」
「そう。ひょっとしたら、Ζ嬢やはそれが目的だったのかもしれない」
「Ζガンダムに意思がある。その意思がモビルスーツの実在を世論に教えた。怪談ですね。ところで、改造にはどれ位かかるんですか?」

カミーユの問いに、ミゼットは黙って指一本を立てる。
それを見て、カミーユは考える。
一日で終わるなら、「明日には終わる」と言うはずだから。
瞬時に気付く、「一日」では終わりそうに無いことに。

「1週間、ですか。何でそんなにかかるんですか?」
「……複雑すぎるのよ、Ζ嬢やの体は。複製自体は異常なまでに容易だが、変形の仕方と構造が複雑すぎる。更にコストパフォーマンスと整備性も最悪。加えて、あの子たちには他のデバイスの整備や製作の仕事もある。みんな本来の仕事の合間にΖ嬢やを改造しているのさ」

思わず納得するカミーユ。
構造と変形シークエンスが複雑すぎるのと、整備性の劣悪さは、そしてコストパフォーマンスの酷さは設計にかかわりメインパイロットも務めた彼が一番良く知っている。

「一週間という日数は、あの最悪極まるコストパフォーマンスと整備性の改善に必要な時間を入れた分。デバイスに改造するだけなら『2日』で済むわ。それと、その間こっちにいてもらうよ。あの子達は君の意見を欲しがっているからね」


ミゼットの説明を聞いていたカミーユは、ふとΖガンダムの方に目をやり、異変に気付く。
マイスターたちが作業を止めて一斉にコックピットに群がっていたのだ。
それを見たカミーユとミゼットは、何事かとΖガンダムに近づき、作業中のマイスターたちに話しかける。

「どうした?」
「幕僚長。いえ、さっきデバイス用データを入れたんですが、システム音声だけが書き換えられたんです」
「何だと!?」

驚いて顔を見合わせるカミーユとミゼット。
マイスターの一人が、何故かΖガンダムに入っていたシステム音声を再生する。
≪Set up≫ 二人にとって聞きなれた声が再生された。 

「なのはの声じゃないか……」
「……ひょっとしたら、これはあの子のじゃなくて、Ζ嬢やの声かもしれないよ」


それから時が過ぎ、Ζガンダムのデバイス化は順調に進んでいた。
時に、元々入っているデータやフレームの構造に関してカミーユからの助言を受けながらも、マイスターたちは作業を進める。
作業開始から三日目、デバイス化自体は終わり、コストパフォーマンスと整備性の改善作業に入った。
割り当てられた部屋で、『機動戦士ガンダム』関連の書籍を読んでいたカミーユは、何気なしにテレビのスイッチを入れる。
どうも臨時ニュースをやっているようだ。
カミーユは、映っていた物を見て愕然とする。
「MS-06 ZAKU II」、それがガジェットに攻撃している光景がテレビに映っていたのだ。
更にテロップを見て、目を見開く。

「『これは生中継です』だって!? ミゼットさんに知らせないと!」

慌てて携帯電話を操作し、カミーユはミゼットに電話する。
すぐにミゼットは出た。

「カミーユ・ビダンです! ミゼットさん! ニュースで他のモビルスーツがガジェットと戦っているのが中継されています!」
「さっき政府の方から聞いた!」
「何をやっているんだ! あいつらは!」
「Ζ嬢やのせいで『モビルスーツの実在』が証明され、隠れる理由が無くなった……。今までスカリエッティと水面下で火花を散らしていた彼らは、開き直ってここぞとばかりに大手を振ってきたようだね」

カミーユが電話でミゼットと話す最中も、ザクはガジェットを攻撃する。
電話に集中していたカミーユは気付かなかったが、ザク・マシンガンから飛び出る弾は鮮やかな色をしていた。
見る人によっては、実弾に「魔力素」がコーティングされた特殊弾であることに気付いたはずである。
元の数が少なかったせいか、ガジェットはすぐに全滅、何故かザクは喜び勇んで小躍りしだした。
中継が、ヘリから地上のスタッフに移る。
ザクの足元で危険を顧みず、陸士新生64部隊も一緒に小躍りしている光景が映し出された。
よく見ると、ザクの足元には、ガジェットの残骸が転がっており、総数は明らかにザクが破壊した数を上回っている。

『元ザクハンターとしてどうかと思うが、さすがに今回は感謝するぜ、そこのザク!』

新生64部隊のNo3、パパ・シドニー・ルイスがザクに礼を言う。
ザク(に乗っている奴)の方も嬉しいのか、口元を掻く様な動作をし、さらにマニュピレーターを頭部に置くなど、コミカルな動きを見せる。
『照れるなー』と言う意味のジェスチャーだろう。
更に、ギンガがザクに話しかけている。
やたら大人しく、そのまま新生64部隊に連れられ、ザクが去っていく。

「ザクがギンガの部隊に保護されました」
「こっちも確認した。あのザク坊やのせいで今から緊急会議だ。切るよ」

ミゼットの方から電話が切られる。
カミーユはザクが人間に連れられて歩く姿が中継されているのを見て、不覚にもテレビに映るザクの姿を可愛く感じていたが、同時に市街地の心配もする。

「アレが歩いても道路は大丈夫かな?」

……道路以外にも心配する点が色々あるでしょうが。


作業開始から4日目の朝。
何故かクロノ・ハラオウン提督がいきなり現れた。
フェイトから借りたビデオで『機動戦士Ζガンダム』を見たことがあるクロノは、一目カミーユの姿を見ようとスケジュールの合間を「突いて」わざわざ来たのである。
ちなみに、カミーユはフェイトに見せてもらった写真でクロノを知ってはいた。
カミーユに当てられた部屋に、クロノは入り、とりあえず挨拶する。

「おはよう、カミーユ・ビダン君。よく眠れた……」
「も、もう朝なのか……? 出来ればノックはして欲しかったな」

クロノが目にしたのは、目が充血しながらも、プレイヤー内のDVDを交換しようとしていたカミーユであった。
手にしているDVDのパッケージイラスト見て、クロノは頭痛を覚える。

「一晩かけて『機動戦士ガンダム』を見たのか、君は?」
「いや、これから『めぐりあい・宇宙編』を見ようとしてたところさ」
「……身支度を整えて、朝食をとった後でもいいだろうに。DVDはリアルタイムと違って置いてきぼりにはしないぞ。今日の夜はちゃんと寝ろよ」

そう言い残し、クロノはそっと部屋を出る。
カミーユはプレイヤーとテレビのスイッチを切り、時間を確認。
後30分もすれば食堂は局員たちでごった返すだろう。
とりあえず、歯を磨きシャワーを浴び、着替える。
そこまでが終わったところで、さっき会いに来た男が、フェイトの義兄、クロノ・ハラオウンであることにやっと気付く。

「そういえば、フェイトに写真を見せてもらったな。アレがお兄さんか。……名乗りもしないでいなくなるなんて、少し失礼な人だな」

徹夜のせいで頭が回っていないらしく、普段のようにカッとなることが無かった。


作業終了当日。
工房についたカミーユは、そのまま安置されているΖガンダムに乗り込み、起動させる。
久しぶりにΖガンダムを動かすが、その動きは全く衰えていない。
気のせいだろうか、乗っている間は体が軽くなったような感じに包まれる。
そこに、ミゼットから通信が入った。

「クラナガン市内にガジェット群が出現。六課が迎撃に出た。あの子達以外でアレを圧倒できるのは君とΖ嬢やだけだ。頼めるかい?」
「了解。転送魔法の準備をお願いします!」

カミーユが了承すると同時に、転送魔法が作動。
そのままミッドチルダへと、カミーユを乗せたままΖガンダムは戻っていく。
転送される直前、カミーユは掛け声を出した。

「カミーユ・ビダン、Ζガンダム、行きます!」


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年03月10日 20:27