―――――――――――――戸魂界(ソウル・ソサエティ)。
生あるものが死後行き着くとされる、亡者が支配する世界。
その戸魂界の中心部に位置する『瀞霊挺』(せいれいてい)。
選ばれた貴族や死神が住むとされる、戸魂界の中でも特に住み良い場所である。
瀞霊挺 一番隊舎
霊界と現世の平和を守り、それを脅かす悪しき者共を駆逐する霊界の正義。
――――――名を『護挺十三隊』。
その陣頭指揮を務める一番隊舎に今、それぞれの隊をまとめる隊長達が集まり始めていた。
――ある者はゆったりと
――またある者は悠然と
――またある者は音もなく
――またある者は面倒そうに
歩き方に差異はあれど、皆隊長の証である白い羽織と、それぞれに任せられた数字をその背に負い、隊舎に集っていた。
やがて集った隊長達は、それぞれの番号に向き合うように並び始め、総隊長の到着を待つ。その並びは、まさに圧巻の一言につきた。
――――とある事情により今は数人が欠けて久しいが、それでもその凄まじさは微塵も薄れない。
しばらくして――、一番隊舎の巨大な扉が、ゆっくりと開いた。
入ってくるのは、長い髭を蓄えた老人。その外見の傷跡には、元々長く生きている死神の中でも、さらに長い年月、戦いに身を置いてきた事を感じさせる。
「急な収集に、よく集まってくれたの諸君」
やがて、その老人――、一番隊隊長にして、護挺十三隊総隊長 山本元柳斎重國が、
深い双眸を広げ、重い口を開いた。
「それではこれより、隊首会を執り行う」
魔法死神リリカルBLEACH
Episode 4 『Actors gather』
海鳴市 戦闘終了後 午後二時五分
「あ~~くそっ」
空を覆っていた結界も消え、再び人と活気が訪れた海鳴市。
その外れの方――いまだ死神姿のままの一護が、不機嫌を露わに歩いていた。
「結局何だったんだよ! 一体」
そう言う彼は、今は一人だった。
道行く人々は、黒い着物に大刀という、あまりにも目立つ出で立ちの彼を、しかし誰も気づかず通って行く。――とりあえず、チャド達の許へと帰る途中だったのだ。
「黒崎く~~~ん!!!」
すると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
一護が顔をあげると、チャドと織姫、そして一護の代役を務めていたコンが、一護の許へとやって来ていた。
「不穏な気配を感じてきたんだけど…何かあったの?」
開口一番に織姫が訊いた。
「あ~~あったさ…ったく」
不機嫌を隠さずにそう返す一護。すると今度は織姫への態度が気にくわなかったのか、コンが一護を指差し、こう言う。
「やいやいやいテメエコラ一護!!! 井上さんに対してその態度は無いんじゃないのォ!!」
「うっせーな! どう返そうが俺の勝手だろ!!」
ただでさえ深い眉間のしわを、さらに深くしながら一護はコンと睨みあう。
「なんだとぅ!? せっかくテメーが心配で見に来てやった俺にもそんな態度か!」
「テメエは俺じゃなくて井上に付いてきただけじゃねえのか?」
「……あったりまえよ!!!」
隠すどころか悪びれもせず、コンは胸を張って宣言した。
「俺は誓ったんだ……巨にゅ…井上さんの為になら、俺はたとえ火の中水の中……」
「あーそういやルキアに会ったなあ」
その言葉を聞くなり、コンは急に辺りを見わたし始めた
「――んマジィで!!? 姐さ~~~」
「もういねえけどな」
一護が冷淡にそう告げた後、無様に固まるコンを見て――鼻で笑った。
「『火の中水の中』ねぇ……フッ」
「……シャラァァッップ!!!!!!」
空しい叫び声を上げた後、コンは捲し立てるように一護に食ってかかった。
「大体テメエはいままで何やってたんだよ!! アレか、虚退治なんて言っておいて実は姐さんと―――」
そう言いかけたところで、コン――もとい一護の額に、代行証が投げられていた。
口からコンの元――義魂丸が飛び出し、それを一護がキャッチする。
再び一護の体は、ぐったりと倒れて動かなくなった。
「朽木さんに会ったの!? 黒崎くん」
チャドに手伝ってもらいながらも、自分の体に入っていく一護に、織姫はそう訊いた。
「ああ、会ったさ」
一護は、そう返した。
「何があったか、教えてくれるか?」
今度はチャドが訊いてきた。とりあえず一護は、ガジェットの事、二人の少女に会った事、ルキアと恋次が現れたこと――
――そして『その後』の事を話し始めた。
「一体何なんだ!! 何で逃げたんだよ!?」
一護がそう叫んだ。けっこう大きい声にも関わらず、周りの人々は聞こえないかのように彼の言葉を無視した。
しばらくして、ルキアが返す。
「急なことで済まなかったな、だが奴等が管理局だと知れた以上、こっちのことはなるべく悟られてはならぬのだ」
「それに目標物も手に入れたしな、あちらさんも同じように、これが目的ともわかったんだから、あそこに残る方がどうかしてるだろ」
続けて恋次がそう続ける。その二人の真顔な返答に、一護は頭が混乱してきた。
「じゃあ何か? あいつ等は本当は悪い奴だったのか!?」
一護がそう言った。
――しかしレリックのような危険物を処理する、と言ったスバルの眼を見たとき、あれは人を騙すような眼ではないと思ったのだが…
またしばらく間をおいて、ルキアが返す。
「別に悪い奴らではあるまい、奴等もまた、己の正義の為に動いているのであろう」
「??? じゃあ何で? 何で逃げたんだ!?」
一護は、頭がこんがらがってきた。
相手は悪人ではないとわかって、しかし逃げ出した理由がわからない。
一護は問い詰めるように訊いていた。――今度は返答に時間がかかった。
「……済まぬな、一度に全てを話すとなると、時間がかかり過ぎてしまう」
少し困ったように、ルキアはそう答えた。
「詳しいことは、浦原の家で話すことにしよう。私達も、コイツを調べてもらうついででな」
そう言い、一護の持つレリックを指差す。
一護は納得いかなかったが、ルキアの言い分も一理あるのでしぶしぶ承諾した。
「…わーったよ、じゃあ浦原さん家で話してくれんだな?」
「ああ、井上や茶度、石田も来ているのだろう? あ奴等にも上手く伝えてくれ――それと」
ルキアは次の瞬間、一護の持つレリックをひったくった。
「あっ、てめ…」
「言っただろう、コイツを調べてもらうと。色々聞いてはいたが、世界規模の破壊力を有しているみたいだしな」
レリックを翳しながら見るルキアを後に、恋次は続ける。
「じゃ、俺達は一足先に行ってるぜ。早く来いよ」
そう言い終えると、ルキアと恋次はその場から去って行った。
「あっコラ!! ちょっと待て…」
一護が言った時には既に、彼等の姿は微塵も無かった。
「ったく 何なんだチクショー」
「―――ってなわけだ」
啓吾達の所へ向かって歩いていく途中に、一護は話を一通り終えた。
「……そんなことがあったんだ」
話を聞き終えたところで、織姫がそう漏らす。
「……で、これからどうするんだ? 一護」
今度はチャドが訊く。だが、一護の腹は決まっていた。
「決まってんだろ? これから浦原さん家に行って、ナニがドーなってんのか訊きに行く!」
「あれ? でもそれって…」
「うお~~い!! 一護~~~!!!」
織姫が言いかけた時、遠くから一護を呼ぶ声が聞こえた。
啓吾と水色、そしてたつきだ。
「何やってんだよ!? これから楽しいイベントが始まるって時に!!」
「ケイゴ、まだ僕達それらしいイベントに突入してないよ?」
「うるせぃ!! これから始まるところなんでぃ!!」
啓吾と水色の会話は置いといて、たつきが改めて訊いてきた。
「で? あんた等いままで何してたの? トイレにしちゃ長くない?」
「ああ…まあ色々あってな」
「いいじゃねえか! いいじゃねえか!!」
啓吾が割って入ってきた。聞いてもいないのに彼は、勝手に喋りまくる。
「これから旅館に行って、ポロリありの露天風呂へ入った後、肝試しをしてワーキャーってなって、それからそれから―――」
「ああ、ワリィ。済まねえけど、俺もう帰るわ」
一護のその言葉に、一瞬啓吾が固まった。
「――――――――――――――――――」
しばらくの沈黙の後、
「――ハァ!!!????」
啓吾が鬼のような形相で叫んだ。
「うおっ 時間差!?」
やっぱりちょっとたじろきながらも、一護は答えを変えない。
「ちょっと外せねー用事ができちまってな。後は俺抜きでやってくれ」
「あっ!!! ちょっと一――――」
しかし啓吾の声は届かず、既に一護は遠くの方へ走って行ってしまった。
「イチゴォォォォォォォォォォォォ!!!! カァムバァァァァッックゥゥゥ!!!!!!」
啓吾はちょっと涙目になりながらも、皆の方を振り向いた。
「もうこーなったら一護抜きで楽しんでやろうぜ!!! アイツが悔しくて地団駄踏むぐらいはじけてやろうぜ!!!!」
笑顔をなんとか保ちながらそう言うが、織姫とチャドは、一護が行ってしまった方角をずっと見つめていた。
――――啓吾は嫌な予感がした。
「あのーー、井上さん? チャド?」
恐る恐るそう聞く啓吾。次の瞬間、織姫とチャドも啓吾の方を振り向き言った。
「ゴメンね!! あたしも急に用事を思い出しちゃったかなあって」
「……ム、スマン。俺も…何か大事な用があった気がする」
「あ、あの!? ちょっとお二人とも―――」
無論啓吾の制止が利くはずもなく、二人も一護と同じように走り始めていた。
「あ! ちょっと織姫ェ!!!」
そう言いながら、たつきも一緒にその場を後にする。
結局、その場には啓吾と水色しか残らなくなってしまった。
「……ケイゴ、僕ももう帰っていい?」
放心状態の啓吾に向って、水色はそう言うが、今の彼に、答えを返す力は残ってなかった。
「オーイ、ケイゴ?」
「……………」
こうして、浅野啓吾のドキドキツアーは幕を閉じた。
海鳴市 午後二時三分 とある建物内
「ええっ!!? 任務失敗!!?」
モニター越しに、機動六課の部隊長、八神はやての驚いた声が響いた。
「うん…ごめんね」
「悪い、はやて」
至極申し訳なさそうに返すのは、なのはとヴィータ。
――あの後、急に怪物達が引き返し始めたので、急いでスバル達の許へ向かった時には、レリックは取られ、犯人も見失った後だった。
「…せやけど、なのはちゃんとヴィータ、シャマルもおったんよな?…それでもどうにもならなかったん?」
責める風ではなく、疑問に思う風にはやてが言った。長い付き合いゆえに彼女達の実力も知っているからこそ、なおのこと不思議だったのだ。
「うーん…まあ、アンノウンがさ…現われてさ…」
「? ガジェットの新種か何かか?」
「いや、そうじゃなくて…何て言ったらいいんだろ…」
ヴィータが説明しづらそうに、そう言が、はやての疑問符は増えるばかり。
それにガジェットの新種が現れたところで、そうそうなのは達を抑えられるものなのか?
―――それでも相当な数呼び寄せなくてはならないだろうし、レリック一つの為にそんな体それた数出てくるなら最初からそうしたはずだろうし――。
「まあ、一気に説明は出来ないから、そのアンノウンの画像をそっちに送ったところだし、詳しいことは帰ってから話すよ」
なのはが、そう説明する。はやてもそれに頷いた。
「わかった。せやったら直ぐにでも帰――」
一瞬そう言いかけ、急に済まなさそうに続けた。
「――ごめんな、せっかく帰ってこれたのに、またこんなこと言いだして」
「ううん、仕方ないよ。それに、はやてちゃんやフェイトちゃんを差し置いて私だけってのも何だかなって思ってたし」
「せやけど……」
「大丈夫!! 私は大丈夫だから」
笑顔を繕い、そう言うなのは。はやては、本当に申し訳なさそうに謝った。
「――ごめんな、なのはちゃん」
「何ではやてちゃんが謝るの? 私はホントに大丈夫だから―――じゃあね」
そう言い、通信を切るなのは。
しばらくして、今度はヴィータが訊いてきた。
「なあ、なのは…ホントにこれでいいのか?」
「――え?」
「だから、なのはの家族とか、アリサやすずかに挨拶してかなくていいのかってことだよ!!?」
ヴィータが声を荒げた。――ただでさえ人員不足である時空管理局。そこで有名である分、中々休みも取ることはできない。
そのうえ元の世界に帰れることなど、滅多なことではありえないことだった。
―――今逃したらまた、いつ会えるかどうか。
しかし、なのはは静かに首を振った。
「…しょうがないよ…すぐ帰らなきゃならなくなったし――それに…」
少し間を置いて、続ける。
「それだったら、いっその事会わない方が、みんな忙しいだろうし…ね」
――正直、会いたくない。というと嘘になる。
けど、みんなはみんなの都合があるだろうし、もう帰ってしまう自分の為に、予定を割いて来てもらう程でもないはずだ。
――だったらいっそ会わない方が、妙な後腐れはなくてすむ。
それでも、ヴィータは納得いかないようだった。
「けどよ…なのははそれで―――」
「ヴィータちゃん、私は大丈夫だから」
しかし、なのはは皆まで言わせなかった。纏めた荷物を持って、部屋を出る。
「行こ、みんな待ってる」
ヴィータも、渋々といった感じで部屋を出た。しかし、前を歩くなのはの後ろ姿には、やはりどこか寂しそうに見えた。
空座町 浦原商店前 午後四時三十二分
空座町のとある一角、そこに昭和の感じを醸し出す駄菓子屋があった。
名前を『浦原商店』。
子供には大人気のお菓子から、大人には口では言えないような物も売っている何でも屋であるが、それは世間を欺くためのカモフラージュに過ぎない。
――今、その浦原商店の前で、二人の子供が掃除をしていた。
「四番バッター、花刈ジン太 豪快なフォームから…」
しかしその内の一人は、掃除などそっちのけで箒をバット代わりにして遊んでいた。
「殺人シュート!!! 打った大きい!!!」
「ジン太くん……何やっているの?」
もう一人の大人しそうな女の子が、不思議そうにジン太という少年に訊いた。
「何って、ドッチボールに決まってんだろ。雨(ウルル)!! 男は黙ってドッチボールだぜ!!」
「でもそのボール……サッカーボールじゃなかったっけ?」
雨と呼ばれた少女は、ジン太の持っているボール――先ほどのスイングを空ぶったボールは、確かにどこからどう見てもサッカーボールだった。
――サッカーボールでドッチボール。しかも手に持っている箒は明らかにバットにしていた……。
「なんか……色々混ざってるよ、ジン太くん」
やんわりとつっこむ雨を見て、ジン太は顔を真っ赤にして叫んだ。
「うっ…うるせえ!!! これは俺が考えた新しいゲームだ!! 文句あるか!!?」
そう言って、雨をいじめ始めるジン太。しかしこれはいつもの光景だった。
「い…痛い! 痛いよ…ジン太くん!!」
「大体そう言うことは早く言えよ!! チクショーお前のせいだぞ!!」
「酷い! 酷いよ…ジン太くん!」
しばらくの間、雨の頭をグリグリするジン太。
しかし次の瞬間、ジン太の体は何故か2メートル近くまで飛び上がった。
「何をしておいでかな? ジン太殿」
「うおわっ!! テッサイ!!……さん」
テッサイと呼ばれた、チャドと同じ2メートルはある巨人につままれ、慌てふためくジン太。――これもいつもの光景だった。
そんなところに、近づいてくる足音が幾つか。
「……これはこれは、お待ちしてましたよ」
足音の主を確認するなり、テッサイがそう言った。
――そこには一護と織姫、そしてチャドがいた
「浦原さんいるか?」
「いらっしゃ~~~い」
テッサイに案内され、店の居間辺りまで来たとき、そんな声が聞こえた。
入ってみると、テーブルを囲んだ奥に男が座って待っていた。
「しばらくぶりですね、黒崎サン」
見慣れた服に見慣れた帽子。相変わらずといった飄々ぶりを見せながら、彼――浦原商店店長 浦原喜助が挨拶した。
と、隣にいたルキアと恋次が、今度は不平を洩らした
「遅いぞ、一護」
「モタモタすんなって言ったろうが」
「うるせーよ、そんなに早く来れるか!」
鬱屈そうにそう返す一護。――すると別の声が聞こえた。
「いや、それにしても遅すぎだろ。一体何してたんだ?」
「…石田、来てたのか?」
「…来ていちゃ悪いのかい? 黒崎」
血管を浮かべながらそう言うのは石田雨竜。一護のクラスメイトでもあり、200年以上前に絶滅した退魔の眷属。
『滅却師(クインシー)』の末裔でもあった。
(しかし今はとある事情により、その滅却師の力は無くしている。)
「まったく、いちいちカンに障る言い方しかできないのか?」
溜息をつきながらそう続ける雨竜。今度は一護の顔に血管が浮き出たが、しばらく睨みあっただけで丸く治まった。
「こっちだって色々あるんだっての…」
そう呟きながらも、一護はその場に座った。織姫とチャドも後に続いて座る。
「うむ…皆揃ったようじゃな」
今度はテーブルに座っている、小さな黒猫がそう告げた。
「夜一さん、『そっち』の姿になってんだな」
「まあ、気分じゃ」
「ハイハイでは皆さん、ちゅ~~も~~く」
そう声掛けて、喜助は懐から何か取り出した。――レリックだ。
「危ないんで、色々な封印をかけときました。余程のことがない限り安全ですよん」
そう言って皆に見えるようにテーブルに置き、続ける。
「さて、まず黒崎サン達は何が知りたいんですか?」
一護の目を覗き込むようにして、喜助が訊いた。一護はしばらく押し黙って、やがて言った。
「じゃあ、時空ナンたらについて…」
「ハイでは朽木サン、朽木サン達がここまでに至った経緯をどうぞ!」
明らかに一護の質問を無視し、ルキアに振る喜助。――――だったら訊くんじゃねえよ。
そう言いたいが、自分もいい大人、彼のこの態度も知らないわけじゃないんだから、と必死に血圧を下げる一護。
そうする間に、ルキアの説明は始まっていた。
「……ここ最近、虚の動きがどうもおかしくなっているようなのだ」
どう説明するか考えながら、ルキアは話を続ける。
「一護、貴様も感づいているとは思うが、近頃の虚は、どうも集団行動が多くなってきている」
「え?……あ…ああ!! そうだな!…」
慌ててそう繕う一護。―――――気づいてなかったな、そんな空気が流れた。
ルキアは一回咳払いをして続けた。
「…まあともかく、虚というのは元々、個々で強い魂魄を求めて途方もなく彷徨うものなのだ。それが最近、普通の虚同士ではしないような、連携的な動きを見せてきている
――その中心にいつもあったのが『コレ』だ」
そう言って、ルキアはレリックを指差し、さらにこう続ける。
「どうやら虚共は、コレを必死になって探しているらしい。コレを見つけた虚達は、己の命を顧みずに守ろうとする
…中にはコレを手に入れた虚が逃げている間、他の虚が囮となって阻んだという報告も受けている
――相当に大事なものだと見るのが妥当だろう」
「ですが…問題はそこだけじゃない」
今度は喜助が、ルキアの言葉をとって続けた。
「確かにコイツについて、まだまだ知らないことがたくさんありますが…それよりコイツを求めて動いている虚達もまた、よっぽどの統制が執れていることなんですよ。
――それこそ生半可なものではないくらいに」
「………つまり、どういうことだ?」
一護が、疑問符を浮かべて訊く。話が遠回りすぎてよく分からなかったのだ。
「つまりですね……」
喜助が、帽子の中にあった眼を覗かせながら、今度はかみ砕いて説明する。
「アタシ達は、コイツを探す虚達の裏に、大きな影が動いてるのでは無いかと疑っているわけですよ…ここまでくればもうお分かりでしょう?」
「裏?……影……――」
しばらく考え込む一護だったが、やがて彼の脳裏に、ある光景がよぎった。
――――――血塗れのまま倒れている自分。
――――――それを遥か高みから見下ろす3つの人影。
――――――どうにもすることができず、ただ奴等を見上げることしかできなかった自分。
―――やがて彼等は、虚達に導かれ、霊界を去って行った。
忘れもしない、あの光景―――
「―――――あ!!」
気づけば、一護はそう叫んでいた。他の皆も、同じわかった顔でお互いを見合わせる。
「そう…この裏には、あの男」
喜助が、続けて言った。
「…藍染惣右介……彼が絡んでいるのではないかとね」
――――しばらくの間、沈黙が訪れた。
―――数週間前、霊界 戸魂界にて、ある事件が起こった。
―――霊界を守る護挺十三隊――その数人の隊長達が、反逆の狼煙を上げたのだ。
ことの発端は、朽木ルキアの処刑からだった。
現世にて魂魄保護の命を受けたルキアは、途中で黒崎一護と出会い、そのまま虚に遭遇、最悪な展開に陥ってしまったため、やむを得ず死神の力を一護に渡してしまったのだ。
戸魂界は、これを『勝手な死神の力の譲渡』という重度の違反と判断、処刑が決まってしまった。――ルキア自身もこれを受け入れてしまい、彼女は戸魂界にて裁きを待つ身になった。
ただその処刑に納得がいかなかったのが一人いた―――。
――――黒崎一護だ。
彼は浦原喜助、四楓院夜一らの先導のもと、そして茶度泰虎、井上織姫、石田雨竜らと共にルキア奪還を決心。戸魂界に乗り込んだ。
協力者の力を借りてなんとか瀞霊挺に進出したものの、皆とは離れ離れに。そこからは先は、護挺十三隊を相手に、個々による激しい戦いが繰り広げられた。
何度も傷つき、倒れながらも、抱いた意志を強く持ち、何度も立ち上がり、そしてまた戦う。
――そして遂に、まさに処刑寸前に、ルキアを助け出すことができた。――それで終わるはずだった。
―――――だが、これには別の真実があった。
―――――この処刑そのものが仕組まれたものだったと。
五番隊隊長 藍染惣右介
彼は、この戦いで死んだと見せかけて、処刑をめぐる戦いの裏で暗躍していたのだ。
彼の狙いは、死神と虚の境界を取り払い、更なる存在を生み出すと言われる、戸魂界で最も危険な物質『崩玉』。
製作者である浦原喜助は、この崩玉の存在を危険に感じ、仕方なく魂魄の中に埋め込んで隠すという方法を取った。―――その白羽の矢が立ったのがルキアだった。
それを知った藍染は、戸魂界の上層部である中央四十六室を殺害。あたかも処刑が上層部の決定であることを見せかけ、自身は死んだと偽って影で戦いを様子見、
――そして処刑を行うことで、ルキアの中にある崩玉を取り出す計画を立てていたのだ。
―――――そして、戸魂界がこの真実に気づいた時は、既に遅かった。
――結果、ルキアは死を免れたものの、黒幕は取り逃がし、崩玉も奪われてしまった。
そして戸魂界は深い傷跡を残し、藍染と数人の共犯者――二人の隊長達は、虚達の力を借りて虚園へと去って行った―――――。
「――――――あいつか………」
ずっと続くかと思われた長い沈黙を、一護が破った。あの惨状は、ある程度時間が経った今でも鮮明に覚えている。
「―――確証は?」
今度は雨竜が喜助に訊いた。
「まあ100%とは言いませんが、その可能性は大ですよ」
そう言う喜助だが、彼は絶対と確信しているようだった。
今度はルキアが説明を続ける。
「当初戸魂界は、藍染が動くまでは静観する手はずだったのだが、これ以上好き放題させていたら、これから対処するにつれてますます不利になる
―――ということで今、戸魂界から二つの命が下ったのだ」
「二つの……命?」
「ああ」
そう言ってルキアは指で二の文字を作り、一つの指を折り曲げて言った。
「一つは、レリックを確保するために私と恋次を現世に派遣すること――もう一つは」
ルキアが二つ目の指を折り、続ける。
「数名の隊長格と共に、レリックが多く密集しているという世界に赴き、そこから藍染の跡を辿ることだ」
「……つまり?」
まだ疑問符を浮かべる一護の問いに、ルキアが簡単に言いかえる。
「時空管理局…貴様が会ったあの女達の住む世界へ直に行き、あ奴等よりいち早くレリックを回収する―――そう言うことだ」
「何で崩玉を持つ藍染が、いまさらこんなモンなんか狙ってるか知らねえが、とりあえず奴が求めているモンを俺達も探していけば、奴の尻尾ぐらい掴めるかも知んねーだろ」
「……それってもう決まったことなのか?」
今度はチャドがそう質問する。
「ああ、決まったなら早ぇ方がいいだろ? いまごろあっちじゃ、どの隊長を派遣するか決めているとこなんじゃねえのか?」
「……あれ?」
ここで織姫が、不思議そうな顔をして言った。
「だったらその管理局…って人達にも協力してもらえばいいのに、その言い方じゃまるでどっちが早く取るか競争!!…するみたいだよ」
「……確かにそうだ」
最初に訊きたかった質問に戻ったことで、また一護が詰め寄る。
「あいつ等何者なんだ? 時空管理局って何なんだ!?」
この質問には、何故か返答が遅かった。やがて喜助が、どう言ったらいいか悩みながらも答えた。
「時空管理局…ねえ……」
しばらくして、喜助の口から衝撃の言葉が出た。
「……アタシ達も、よく知らないんすよ」
「―――――ハァ!!?」
あんまりの返答に呆然する一護達を、喜助が慌てて遮る。
「あ、いや!…全く知らないってわけじゃあ無いんですけど…信用できるかどうかとなると…って意味ですよ」
そう前置きし、喜助は説明しだした。
「まあ、平たく言えば…時空管理局ってのは、黒崎サン達のような霊力の強い人達が集まってできた警察のようなものって聞いてます
――――いわば滅却師の親戚みたいなものですね」
「…じゃあ死神と同じじゃん。何で信用してないんだ?」
不思議そうにそう言う一護。わからぬ、とルキアは返した。
「死神になるとき、我らの存在は管理局には絶対に悟られてはならぬ、と教えられたが…その理由となると…」
「…二の舞を避けるためっスよ」
しばらくの間を置いて、喜助が静かにそう言った。
「聞いた話なんですけどね…もし我々死神の存在が、管理局の連中に知られたらどうなるか、虚の事を知ったらどうなるか」
ここで少し間を置いて、さらに続ける。
「もし虚の真実を知った管理局の一部…例えば黒崎サンのような正義感の強い人間達が、じゃあ自分達も虚を討つことにしようって事になったら、どうなると思います?
―――奴等は好んで人間を襲うと、死神と違って滅却することしかできない彼等が知ったらどうなると思います?」
「世界の崩壊を防ぐために、滅却師殲滅のようなものがまた起きる…ってことですか?」
この答には、当事者の末裔である筈の雨竜が答えた。
喜助は、彼がきっぱり答えたことに意外そうながらも頷いた。
「……あんなことがあった以上それを恐れた戸魂界は、同じ轍を踏まないようにと距離を置くことにしたんでしょうね
―――真実を知らない限り、少なくとも彼等は虚のことは数ある魔法生物の一つぐらいにしか考えてないみたいですしね」
「―――けどよ…」
一護は、まだ納得がいかない様子だった。
「それこそちゃんとお互いを知って話し合っていれば…今回のことだってこんな遠回りにならずに協力してもらえたはずだろ?」
一護の言うことに、皆は頷く姿勢を見せるが……しかし喜助はただ静かに首を振るだけだった。
「…まあ、お偉いさんの考えることは、アタシ達にはよくわかなんないッスからねえ――怖くて信用できなかったんでしょう」
「それに…たとえ知っていたとしても、今となっては協力なぞ望めぬじゃろう」
今度は夜一が、厳粛な声でそう告げた。
「…どういうことだよ?」
夜一に向き直って尋ねる一護。しばらくの間を置いて、夜一は続けた。
「先にも言うた通り、今度の敵は藍染の可能性が高い――あ奴はずっと前から…それこそお主達の祖先がまだ赤ん坊だったそのずっと前からの永い永い間…我ら護挺十三隊を…戸魂界を謀ってきた男じゃ。
―――そんな奴が管理局の連中に何も手を加えていないと思うのか?」
夜一のその言葉に、一護ははっとする。
「あ奴のことじゃ、管理局の一部を既に抱き込んでいるかもしれんし…いやもしかしたら、管理局全体が藍染の手下となりさがっとるかもしれん―――それぐらいのこと、平気であ奴はするじゃろう」
「………」
しばらく押し黙っていた一護だったが、突然彼の脳裏に、スバルとティアナの姿が過ぎった。―――彼女達も自分を騙そうとしていたのだろうか?…いや、そんなはずは――
しかし、夜一は反論を許さぬ口調で続ける。
「無論全員が、というわけでもないだろうが、それでもその位の考えがなければ…その位に疑ってかからねば…あ奴には届かないじゃろう」
一護は、その言葉に何も返せないでいた。藍染の恐ろしさは…自分も心身共に身をもって知っていたからだ。
今度は恋次が口を開いた。
「現世に来る時、総隊長が言っていたことがある……『味方と思うのは自分達だけ、周りは全て敵と思え』って……そうしないと勝ち目はねぇ…ってな」
「で、黒崎サン達はどうするんですか?」
ここで喜助が一護に訊いてきた。
「え…どういうことだ?」
「言葉通りの意味ですよ。戸魂界は既に方針を決め、行動を開始している…派遣する人員が決まったら、直ぐにでも向こうに行くつもりでしょう―――黒崎サンも、当然行きますよね?」
急な事に一瞬戸惑う一護だったが、確かに行くな、と言われても自分で行くことにするだろう。―――その時また、スバルの姿が浮かんだ。
(―――あいつとまた会ったら、今度は戦わなきゃならねえのか……)
いまだ、彼女達と敵対するのに、若干の抵抗が――そして、本当にこれでいいのかという、一抹の不安も覚える。
――だが、ここまで知っていまさら立ち止まるなんてできないし、藍染の策略ならなおさら阻止しなければ、今度はいままで以上の血と犠牲が出るかもしれない。
――それだけは有ってはならない。
一護は、無意識に拳を握り締めていた。
「――行かせてもらうぜ」
周りの皆も、その言葉に頷いた。
暗い暗い闇―――そして唸る砂嵐。
常に夜が空を覆う完全な闇に、小さく光る三日月。
下界には、ただっ広い砂漠に葉も無い枯れた木が疎らにあるだけ、他には何も無い、それだけの世界。
――その砂漠に蠢くは、虚の影―――
死神は、この世界を『虚園(ウェコムンド)』と呼んでいた。
その虚園、とある場所に、大きな大きな宮殿が建っていた。
周りの木が米粒に見えるくらいの、圧倒的な存在感を持つそれ―――。
『虚夜宮(ラス・ノーチェス)』
藍染惣右介を頂点に置く、虚からさらに進化した存在、『破面(アランカル)』が潜む、彼の根城だった。
虚夜宮 とある廊下
白と黒で彩られた大きな廊下は今、歩く音で響き渡っていた。
聞こえる足音は一つ。その足音の主は、響き返る自分の足音にも気にも留めず、黙々と目的地に向かって進んでいた。
その男――彼は面妖な出で立ちをしていた。
まず身に纏う服は、全てが真白。腰には刀を帯刀している。
全身の肌も同じように白がかっていたが、髪は黒く、その左上には、かつての虚であった頃の名残か、仮面の破片のようなものがついている。
その瞳には、喜怒哀楽どの感情にも浮かんではなく、感情そのものがあるのかさえ疑問に思う眼をしていた。
やがて―――歩き続ける彼の前には、大きな扉へと辿り着いた。
そこで立ち止まり、彼はしばし聳える扉を見上げた。
「ウルキオラかい? 入っていいよ」
暫くして、扉の奥から声が響いた。
彼はゆっくりと扉を開け、中へと入った。
「急な呼び出し、済まなかったね」
ウルキオラと呼ばれた彼の目の前には、後ろを向いた質素な椅子、それだけしか無かった。やがて椅子が前へと向きなおり、座っている者の姿が見える様になる。
「藍染様、御要件は何ですか?」
ウルキオラは軽く一礼し、単刀直入にそう訊いた。
しばらくして、藍染は不敵な笑みをしたまま答える。
「君に、ある物を届けて欲しいんだ」
「……ある物?」
「そう、ある物だ」
そう言って愛染は指を鳴らした。
次の瞬間、ウルキオラのすぐ下の地面から、小さな円柱が伸び出てきた。
円柱はある程度まで伸びた後、今度は上部から螺旋状に分かれ始めた。
――それもある程度まで分かれた時、ウルキオラの前には小さな玉が現れていた。
――小さくも中で何かが激しく渦巻いているように見える『それ』
周囲には、危険だと判断された浦原喜助の手で封印された結界が張ってある『それ』
それでもなお、見る者にとてつもない何かを感じさせる『それ』
浦原喜助が創り出した、死神と虚の境界線を取り払い、さらなる存在を生み出す『それ』
―――それの名を『崩玉』と言った。
「偽物では無い、正真正銘の本物だ」
崩玉を手に取るウルキオラに、藍染は変わらぬ笑みを讃えて言った。
「これを、ある男に届けて――そしてしばらくの間は、その男の言う通りに動いて欲しいんだ」
そしてしばらく間を置き、こう続ける。
「そして、その男の言う通りに動く裏で、君には極秘にあることをしてもらいたい。そのあることとは―――――」
「…わかりました」
説明を聞き終えたウルキオラは、しばしの黙考の後、静かにそう答えた。
この任務について、疑問に思うことは数あれど、それを藍染に問おうとは思わなかった。
――自分にとって藍染は絶対、藍染がそうしろと言うならば、自分はその通りに動くだけだ。
「頼んだよ、ウルキオラ」
藍染はそう言い終える頃には既に、ウルキオラは『黒腔(ガルガンタ)』を開いていた。
「では、直ぐにでも」
「ああ、」
藍染は最後に、ウルキオラに目的地を伝えた。
「場所は、魔法の地ミッドチルダ。男の名はジェイル・スカリエッティだ」
役者は集う―――彼の地ミッドチルダに―――。
―――――――――――――――――――――――――――――――To be continued
最終更新:2009年03月13日 16:35