―――――数日前 ミッドチルダ とある研究所
 幾何学な光を放ち、照らす廊下。
その周りには、培養液に浸された女性が入っており、それがずらりと並んでいた。

――その廊下を歩く一つの人影。
 白い衣服を纏い、金色の眼に浮かべるのは、狂気。

―――――男の名前は、ジェイル・スカリエッティといった。

やがて、彼が歩く目の前から、大きなモニターが現れた。
そこに映る女性が、単刀直入に告げる。

「ゼストとルーテシア、活動を再開しました」
「ふむ、」
 スカリエッティは軽く頷き、女性に訊き返す。
「クライアントからの指示は?」
「『彼等に無断での支援や協力は、なるべく控えるように』とメッセージが届いています」
 今度は軽く苦笑しながら続けた。
「自律行動を開始させたガジェット・ドローンは、私の完全制御化というわけじゃないんだ、勝手にレリックの元に集まってしまうのは、大目に見て欲しいねえ」
「お伝えしておきます」
 しばらくの沈黙の後、スカリエッティは続ける。
「彼等が動くならゆっくり、観察させて貰うとするよ。彼等もまた、貴重で大切な、レリックウェポンの実験体なのだからねえ」
 そう言い終えると、彼はモニターを切った。やがて、ゆっくりともと来た道を引き返し始める。

(それと、もう一つ…)
 スカリエッティは、そろそろ着くころであろう未知なるロストロギアについて思いを馳せる。
(そろそろ『アレ』が届くしねえ)
 無意識に浮かぶ表情――それは喜びと狂気。それは誰にでも容易に理解できる。
だが―――その表情の見据える先に何があるのか、それは誰にも理解できないことだろう。

―――――――――それを、人は『狂っている』と呼ぶ。



           魔法死神リリカルBLEACH
           Episode 5 『The Advancement』



 現世への出張から数日 
 ミッドチルダ 機動六課 訓練場

「は~い、じゃあ昼の訓練はここまで」
「あ…ありがとうございました」
 今日もヘトヘトになるまでしごかれたスバル達が、疲労困憊を露わにそう返した。
太陽がやっと真上に上がりかけた所だが、その姿はもうやり切ったようにボロボロである。
――対する教官達は、ボロボロどころか疲労の色さえ見えない。

「じゃあ、一旦休憩上がっていいぞ」
デバイスを戻しながら、ヴィータが皆を見据えてそう言った。
新人達は、疲労の体に鞭打ちながらも、ゆっくりと隊舎に戻ろうとした。
その時、後ろからなのはの声がかかった。

「あ、スバルとティアナは悪いけど、後で部隊長室に来てくれないかな?」
「え?…あ、はい」
 じゃあお願いね、とそう告げてなのはもその場を後にする。
「部隊長室…何だろうね」
「アレでしょ、前の任務についてのことでしょ」
 疑問符を浮かべて訊くスバルに、ティアナは冷静に分析してそう答える。
次の瞬間、スバルの顔が真っ青になった。

「も…もしかして任務失敗したことで説教かな…?」
「…それは無い…とは思うけど」
 ちょっと冷や汗を流しながらも、ティアナはそう返す。

「ホラ、あのレリックと盗って行った人達について訊きたいことでもあるんでしょ」
「ああ…あの人達のことか…」
 そう言いながら、スバルは無意識に空を見つめた。
―――彼の姿が脳裏に蘇ってきたのだ。


―――見かけは怖かったけど、優しそうな眼をした彼
―――巨大な怪物の攻撃から、身を呈して庇ってくれた彼
―――そして、自分に手を差し伸べてくれた彼の手、あの温かみ。


 なのに、自分は彼の名前すら知らない、教えてもらってない。

(あの人、今どうしているんだろう…)
 ただ空を見つめながら、スバルは彼の事を思っていた。


 数分後 機動六課 部隊長室


 改めて制服に着替え、緊張した面持ちで、扉の前に立つスバルとティアナ。
「入ってええよ~」
しばらくして、扉の奥から声がかった。
「「し、失礼します」」
 そう言って扉を開ける二人。
その部屋の奥にいた、はやてが二人に笑いかけて言った。
「そんな畏まらんでもええよ」
「あ、はい!」
 とりあえず説教の類ではないと安心して、はやてに一礼する二人。
そんな二人に苦笑しながら、はやての隣にいたなのはが口を開く。

「説教とかじゃなくて安心した?」
「え?…あの…はい…」
 ―――見透かされていた。…その事実に恥ずかしく思いながらスバルが頷いた。
ティアナも、少し気恥ずかしい顔をしながらも単刀直入に訊いた。
「では、レリックを奪っていった人達について…ですか?」
「まあ、そやね。一回話は聞いたけど、それからあの怪物について資料が届いてな、それと照らし合わせてもっかい話を合わせたいんよ」
「私達も会ったけど、スバル達の方が詳しく知っているみたいだったし、それでね」
 なのはがそう言いながら、モニターのスイッチを押した。
するとスバル達の目の前から、いくつかの画像が姿を現した。

―――写っているのは、それぞれ仮面を被った怪物達。
様々な体躯をしていながら、共通として大きな孔を体に穿っている。
そして、中にはその怪物が可愛く見えるほどの、同じく仮面を被った大きな巨人も写っていた。
しばらく画像に目を通していると、はやてが質問する。

「これらを、虚って呼んでたんよね?」
「え、はいそうですけど…」
「あれ、それはわかったんじゃないんですか?」
 確認するように訊いてくるはやてに、ティアナは疑問を持った。
すると、はやては困ったような顔をして続ける。

「それがな、この怪物について全然、何にもわかってないそうなんや――んなアホな思て無限書庫にも問い合わせてみたんやけど、幾つか発見例があるだけでな、
――それ以上のことは不自然に途切れているらしいんよ」
「ユーノ君も不思議がってたよね、『無限書庫は探せばちゃんと見つかる所』って言ってたのに、その不自然な途切れも言われるまで全然気づかなかったみたいだったし…」
 なのはも首を傾げる。
スバル達は、改めて画像を見やり、その中の一枚、――――虚に立ち向かっていくように見える黒服で刀を持つ人達を指差した。

「じゃ、この人達のことは?」
「それなんかもっと全然や……画像もこれ一枚きり、あとは二人の証言だけや」
 やりきれなさそうに、はやてがため息をついた。

「…この人達なんよね? レリックを取って行ったのって」
「はい、そうです」

 記憶と今の画像を照らし合わせながら、スバルが肯定する。
―――同時に、彼の事も思い返す。

「う~~~~~ん……」
 そう唸って何か黙考するはやてだが、それでなにか進展があるはずも無かった。

「捜査は行き詰まりかぁ……しゃーない、違う方向から考えよ」
 そう言うと、はやては再び黙考を始め、今度はなのはに訊いた。

「この怪物…虚って言うらしいから私等もそう呼ぶことにして、この虚達と、今追っているジェイル・スカリエッティ、何か関係があると思う?」
「ガジェットと一緒にいたから、その線は大きいと思うけど、そっちはどうだった?」
「あ、はい、こっちも徒党を組んで襲ってきました」
 その質問に頷くティアナ。――彼女も、奴等は組んでいるのが妥当と見ていた。

「じゃあ次、虚はスカリエッティが造ったガジェットの新種か何か、これやったら無限書庫に詳細が無いのも納得はできるけど」
「………どうかな…」
 否定気味になのはは返す。確かにはやての言うことも一理あるのだが、彼が造ったようには何故か思えないのだ。
これは理屈とかそう言うのでは無く、実際に戦ったからこそわかる、あの怨嗟の雄叫び。
――あれは造られたとかそういう次元じゃ無い。もっと別の何か―――。
それが何かは分からないのだが、とにかくスカリエッティが造ったのでは無い。それだけは確信にも似たものがあったのだ。

 そして、同じように虚と戦ったスバル達もまた、否定的に捉える。
「…じゃあこれは一先ず置いとくとして」
 三人の顔を窺ったはやてが、再び切り出す。

「最後に、これが一番重要なんやけども――この黒服の人達」
はやては死神達が写っている画像を指差した。――スバルがはっとなる。
「詳細が無いから確定的なことは言えへんけど、この人達が何でレリックを持って行ったか、―――もしかしたら彼等も、スカリエッティの一派か何か――」

「ち…違うと思います!」
 瞬間、スバルは我を忘れてはやての言葉を遮るように叫んでいた。
後になって、はっと気づいて見渡した時には、
あまりの急な事に、目を見張るなのは達の姿があった。

「バカ! でかい声で何言ってんの」
ティアナの叱咤に、しょんぼりするスバル。
今度はなのはが、優しげに訊いてきた。

「違うって、どういうことかな?」
「何かあったん?」
 はやてが続けて質問する。スバルは、悩むようにしばらく黙っていたが、やがてしどろもどろに言い始める。

「あの…なんて言うか、その…――私、その人達の一人に、助けてもらって、だから…」
 頭では、記憶は何度でも鮮明に蘇るのに、それを口で伝えるとなると、それがなかなかどうして難しい。スバルは、上手く語れない自分にもどかしさを覚えつつも続ける。
「あ…もちろん、それだけで決めつけるのはどうかなと自分でも思うんですけど……でも私には、彼らが敵のように見えなくて…ですから……えっと……」
 ここで、相棒の慌てっぷりに、いい加減見てられなくなったティアナが言った。

「――私も、彼等を早々に敵と判断するのはどうかと、虚とガジェットを打倒していましたし、それに結果的には、助けてもらったのも事実ですし」
「…ティア…」
 自分の意見を擁護してくれたことをスバルは嬉しく思いながら、ティアナを見た。
――当の本人は肩を竦めるだけで留まったが。

確かに、自分達は彼等が何者かなのかは知らないし、レリックを盗んだ目的もわかっていない。
 だが、彼等は敵じゃない。―――それだけは同じく理屈ではなくそう『感じた』のだ。
これには、先ほどの、虚の時と同じように、否それ以上の確信にも似た何かがあった。
―――自分の言いたいことは、わかってくれただろうか?
 スバルは、おずおずとなのは達の方を見やった。


(……………――――)
 なのはは、スバルの不安げな眼を見て―――昔の自分を思い出していた。
――何で戦うのか、何が目的でそう動くのか。
もっと早く話し合えば、もっと自分が色々と強かったら、早く分かり合えたはずなのに、今でもそう思う。そうすれば悲しい思いもしなくて済んだはずなのに
―――自分もそんな理不尽な現実とは何度も闘って来たから。
 フェイトにはやて、今でこそかけがえのない大切な親友となったが、そこに辿り着くまでには、何度も衝突があって、―――譲れない、理由があって。
 それが何なのか知りたくて、でもそれは容易にはいかなくて、どうしたら分かり合えるのか、分からない。―――そんな眼。
 今のスバルは、昔の自分と同じ眼をしていたのだ。
(…―――)
 その人が誰なのか、自分は知らない。――だけど放ってはおけない。
そんな人と分かり合うのは、話し合いしか無いのも確かだが、それが容易で無いこともまた確か。
 そんな苦難を知って、知った上で乗り越えてきたなのはは―――スバルの肩にそっと手を置き、優しい声で言った。
「――スバルがそう言うなら、その人達はガジェット達と関係なさそうだね。ね、はやてちゃん?」
「まあ、せやな。ここはDrとは関係ない方向で、彼等は何かのっぴきならない理由でレリックを集めている線でいこか」
 同じように昔を思い起こしていたはやても、そう頷いて返す。
安堵の表情をするスバルだが、今度は厳しい声でなのはは続ける。

「だけど、私達と同じレリックを追っているとなると、いつかはまた衝突することになるよね。そうなったらスバルはどうする?」
「…え、えと…」
 しばらく悩むスバルだったが、やがて一つの答えを導き出す。

「――分かり合えるように努力する!!」
 返ってきたのは、そんな至極アバウトな答え。―――だけどなのはは、それで満足そうな顔をした。
「うん――そうだね」
「せやけど、それは容易なことでは無いんよ?」
 今度は、はやてがそう諭す。
「話を訊いてもらうにしても、戦いながらってのもあるやろうし、もしかしたら全く無視される可能性だってある…それでも分かり合う道を選ぶんか?」
「―――はい!!」
 そう答えるスバルの眼には、今までとは一変強いものがあった。
はやても、その答えに満足そうに頷いた。

「それがわかってるんならええんや。私等も、なるべくそうなれるように頑張ってみるからな―――今日は急な呼び出し、ホンマにゴメンな」
「いえ!…こちらこそそんなに役に立てなくて」
「あの、じゃあ失礼します!」
 そう返して、スバルとティアナは、部隊長室を後にした。



「……どう思う?」
 二人が出て言った後で、改めてはやてはなのはに訊いた。
「あまり情報が無いから、スバル達の言う通りに捜査は進めてくけど…なのはちゃんは?」
「――私も、それでいいと思うよ」
 なのはの答えは変わらなかった。
「現状、決め付けは良くないし、何よりスバルが言ったことだしね」
「せやけど――それやったらスバル達も苦しい道を歩むことになるね」
分かり合えない現実は、はやてもよくわかっている。
なのはは、それでも変わらぬ笑顔で続ける。
「まあ、それは一つの試練だね。でも、あの子なら挫けずに自分の道を進むって私は信じてるから」
「昔の自分が、ああだったから?」
「にゃはは、そうかも」
 苦笑して、ふと窓から空を見やりながら続ける。

「色々悩んで、苦しんで、それでもどうにもならない時には手を差し伸べてあげる。それでいいんじゃないかなあって思うんだ」
「うん、せやね」
 はやても、笑顔でそう返した。

――――今日も空は、変わらぬ快晴だった。




 時は進み、空座町 浦原商店前 深夜零時零分

月夜に照らされ、昼間とは一変、不気味な雰囲気を醸し出す浦原商店
当然、こんな夜遅くに営業しているはずも無く、だがそれゆえに不気味さがより一層際立っていた。
 ――――そして、そんな浦原商店の前に、人影が幾つか。


「わりぃ、遅くなっちまったな」
「ム……問題無い」
「あたし達も、今来たところだから!」
 人影の正体、それは一護、織姫、チャドの姿だった。
あの後、一旦解散して自宅で待機、そして喜助から召集がかかったので、今こうやって集まって来ていたのだ。

「だけどよ…いい加減あの呼び出し方はやめてほしいんだけどな」
 ちなみに今回の召集も、戸魂界の時と同様ダイニングメッセージの様な呼び出し方だったのだ。部屋は散かるし、
家族は驚くだろうしで一護にとっては迷惑極まりないものだった。
「あはは、そうだね」
 少し笑ったような感じで、織姫がそう返す。
――会話はそれきりで、また静寂が訪れた。

――そのしばしの沈黙の中で、一護達は誰彼となくも『待っていた』。
もう一人の仲間の到着を―――。
―――しかし、これ以上人影が近づくような気配はなく、沈黙は続くばかりだった。

しばらくした後、商店から光が灯り、引き戸が開かれた。
「はいどうも、お揃いで」
 無論現れるのは、店主の喜助。
「準備万端整ったみたいで――皆さんお待ちかねですよ」
 そう言って喜助は、一護達を招き入れる。――しかし一護達は、直ぐには入ろうとしなかった。

「どうしました? 皆さん」
「いや…」
 ――できる限り待とうと思ったが、この局面でも来ないということは―――どういう意味か分からないわけでは無かった。

「……なんでもねえ」

諦め、中に入る一護達。
入る最後の最後まで、向こうの道を見やっていたが――。
変わらず静寂と沈黙があるだけで、人の気配はやはり感じなかった。


浦原商店のとある一室
その畳の下――そこには、別世界が広がっていた。
――見渡す限りの広々とした空間。
上には清々しそうな快晴…のペイントが塗られ。
辺りには潤いの為に植えた木々…が一つ残らず枯れている。
 まあ、とにかく、恐ろしく大きな部屋。
それが、一護達が今いる処『勉強部屋』だった。

「相変わらず広いな…」
 周りを見渡してそう呟く一護。今は気持ちを切り替え、これからどうするかを喜助に訊こうとした時――。

「来たか、一護」
「遅えぞ、オイ」
 向こうから声が聞こえてきた。
振り向くと、そこにはルキアと恋次がいた。
「ルキア、恋次、お前等も来るのか?」
「当たり前だ」
「ここまで来たってのに引き下がれるかよ」
 そう返したあと、ふと一人足りないことに気付き、ルキアが訊く。
「……石田がおらぬな、どうした?」
 一瞬、沈黙が流れる、しばらくして一護が答える。

「アイツは…来ねえみたいだ」
 考えてみれば、これから熾烈になるかもしれない戦いに、力のない自分は足手まといにしかならないことくらい、彼もわかっているはずだ。
わかってるはずだった。――だけど、共に死線をくぐり抜けてきた戦友を見捨てたみたいで、いい気になれるはずもなかった。
 再び流れた沈黙。話題変えにと、今度は一護が訊いた。

「そういや、そっちの隊長達ってのも、もう来てんのか?」
「ん? ああ」
「……何人来ているんだ?」
 次にチャドがそう訊く。
その答えに、恋次が答える。

「三人……隊長が副官付きで来ているぜ」
「三人!? 誰と誰と誰だ?」
 一護がそう訊こうとした時、―――上から声が聞こえた。



「遅いぞ、黒崎一護」
 次の瞬間には、声の主は崖から飛び降り、一護達の許へ着地する。
「集合時間はとっくに過ぎている…何をやっていた?」

やや詰問気味に、一護にそう訊くのは、―――銀色の髪をした少年。
『十』の数字の羽織を着、その上に長身の刀を背負っている。
一護と同じように不機嫌そうに歪んだ表情には、見かけとは裏腹にクールな印象を受ける。

――十番隊隊長 日番谷冬獅郎

 史上最年少で護挺十三隊の隊長にまで上り詰めた神童である。

「冬獅郎、お前も来るのか?」
「話をそらすな、――あと日番谷隊長だ」
 話をスルーした一護に対し、決まり文句を返す冬獅郎。
そんなところに、今度は陽気な声が響いた。
「いちご~~~ おりひめ~~~ おっひさ~~」
 そう言ってやってくるのは、これまたグラマラスな体躯をした美女だった。
――十番隊副隊長 松本乱菊 これでも冬獅郎のサポートを務める歴戦の女死神。
…ではあるのだが、普段はそんな風には見えないくらいに、おちゃらけた性格をしていた。

「まま、隊長 いいじゃないですか、ちゃんと来たんだし」
「松本……」
 冬獅郎は、しばらく乱菊を睨みつけた後、疑問に思った風に訊いた。
「お前、やけに嬉しそうな感じだが、何かあったのか?」
「そんな~ないですよ~そんなこと」
「大方、これから行く魔法とやらの世界に、あらぬ幻想でも抱いてんじゃねえだろうな?」
「えっ……」
 見え見えの下心をあっさりと見抜かれ、一瞬言葉を失う乱菊。
それで確信した冬獅郎が、額にうっすらと血管を浮かべる。
「松本、俺達は遊びに行くんじゃないんだぞ、――遠足気分かお前は」
「いいじゃないですか、どんな所か想像するくらい」
 たじろいたのは最初だけ、口調こそ敬語だが、語気は強くそう反論する。
それにより、冬獅郎の眉間のしわがますます寄った。

「松本…、まったくお前はいつもいつも……そんなんで藍染を追いつめられると思ってるのか?」
「大丈夫ですよ!! 隊長は優秀ですから、簡単ですって! ホント私はいい上司に恵まれて幸せだな~」
「…話をそらすな!!」
 ついに、やんややんやの口喧嘩が始まってしまい、それを遠巻きに見ている一護達。



「…まあ、とにかく一人目は日番谷隊長だ」
 ルキアがとりあえず、といった感じで補足する。
「それで二人目が―――」
 その時、急に一護の目の前は真っ暗になった。
顔に、何かがへばり付いてきたのだ。

「いっち~~~~~~~~!!! 久しぶり~~~~~!!!」
 一護の顔についた何かが、明るい声でそう言った。
一護は、慌てて顔から引きはがし、声の主を見た。
「急に顔にくっつくなよ!! やちる!!」
一護が今掴んでいるのは、冬獅郎よりもう一回り小さな少女。
彼女――十一番隊副隊長 草鹿やちるは、一護に掴まれている状況にも関わらず、笑顔で続ける。
「いっちーが帰っちゃってから、みんな寂しそうにしてたよ!!」
「…お前だけってことはねえよな……一角達も来てんのか?」
「うん!! つるりん達もみんな来ているよ!」

「誰がつるりんじゃ!!! 誰が!!!!」
 今度は遠くで、そんな怒号が飛んできた。
声の主は、見事に剃られた頭を光らせながら、一護の方にまでやって来る。

「…一角!! 弓親!!」
「よう一護!! 元気そうじゃねえか!」
「全く、相も変わらず、派手な髪をしているね」
 続いて、一角の隣にいる男がそう言った。

彼等は、十一番隊それぞれ、第三席斑目一角と、第五席綾瀬川弓親。
護挺十三隊、最強の戦闘集団と呼ばれる十一番隊の中でも特に、席官に甘んじているのが不思議なくらいの実力者達である。
 一護は、やちるを放して一角達の方に向き直った。

「お前等も来るのか!?」
「当然だろ!! こんな楽しそうな事を、テメエ一人だけに横取りさせてたまるかよ!!」
 一角は、獰猛な笑みを浮かべてそう言った。――戦闘が生きがいの十一番隊である彼もまた、根っからの戦い好きなのであった。
「同感だね、僕なんか、どんなものが待ち受けているのか、楽しみで仕方がないくらいさ!」
 無駄に自分の美しさを演出しながら、続ける弓親。


「…な、なあ…」
ここで、何かに気づいた一護が改めて一角達を見回し……何故か冷や汗を流しながら一角に訊いた。

「…お前等……だけだよな……アイツは…来てねえよな……?」
 ―――できれば、そうであって欲しい。そんな希望があっての確認だったが…
しかし、一角の言葉は、そんな希望をあっさりと打ち壊した。

「隊長のことか? あの人が来てねえと思ってんのか?」
「もちろん、隊長も一緒さ」
「剣ちゃん、いっちーにすごく会いたがってたよ!!」
 それぞれの返答に、一護は嫌な予感を覚える――次の瞬間、形容しがたいほどの殺気を、一護は後ろから感じた。
―――あれ、何だろう…すっごいデジャブ……。

「よう、やっぱテメエも来てたんだな、一護」

 一護は、ゆっくり、…ゆっくりと後ろを振り返った。
そこに立っているのは、一護に凄まじい殺気を放ちながら笑いかけている大男。
眼帯と、方方に伸びた髪に鈴をつけているという、奇妙な髪形をした彼。
それよりなにより、体格、霊圧共に圧倒的かつ異様な存在感を放っている。

 彼こそ、護挺隊最強と恐れられる十一番隊を束ねる隊長。
――――十一番隊隊長、更木剣八その人だった。

「会いたかったぜえ、テメエにはまだ借りを返してねえからなあ」
 そう言って、ニヤリと笑う剣八。――何かもう、気づいたら背中からグッサリと刺されてもおかしくない……そんな空気が流れていた。

「お……おう、剣八…」
 しどろもどろになりながらも、一護は、取り合えず体裁を整える。
「さ、先に言っとくけどな…俺は今回味方だからな、味方だからな!!! わかってるか!? そこんとこ…」
 必死に敵では無いことをアピールする一護。変な気分ではあったが、そうでもしないと向こうに行っても戦いを挑んできてもおかしくない。
―――あんな死闘は、できれば今後一切ご免こうむりたかったのだ。

「心配すんな、テメエとは向こうで後で決着をつけてやるよ」
 全然わかってない…。一護は少し涙目になりながらも、剣八の言葉の意味に疑問を持った。

「……『後で』?」
「ああ、」
 そう言う剣八は、さらに凄惨な笑みになって続ける。

「聞いたぜ、今回の奴等、相当出来るって噂じゃねえか。俺としては、是非とも真っ先にそいつらと戦ってみたくてなあ……斬ってみてえのさ」
 舌なめずりしながらそう言う剣八。
誰から聞いたんだ、そんな噂。そう問いたかったが、今の剣八には、質問すること自体が憚られた。
「きっとすっごいつよいんだよ!! 剣ちゃん!」
 いつの間にか、隣の肩にやちるが乗ってそんな事を言う。それにより、剣八の妄想がさらに加速する。
「楽しみじゃねえか…どんな奴なのか、わくわくするな」
 近寄ることが出来ないほどの凄まじいオーラを出して、剣八はそう言った。
――その言葉を、その笑みで言われてしまっては、たとえ鬼神だろうが阿修羅だろうが涙して逃げ出すことだろう。

(こ…コイツとやる相手は気の毒すぎるな……)
 一護は味方でありながら、これから剣八と戦うだろう相手への同情を禁じ得なかった。



「で、二人目が更木隊長だ」
 今度は恋次が、一護達にそう告げる。
「大丈夫かよ……」
 一護は、一人悦に入っている剣八を見て、不安を吐露した。
―――あの調子じゃ、目的も何もわかってないだろう…ただ強い奴と戦い合いたい。それだけの
「さ…さあな……」
 剣八の元部下である恋次も、何とも言えない表情で剣八を見ていた。




「で? 三人っつたよな、最後の一人は?」
 その言葉に、少し間を置いてからルキアが、少し頬を赤らめて言った。
「……兄様だ」
「え!? 白哉も来るのか!!?」
 一護は、少し驚いたようだった。
「…どうかしたか?」
「いや、アイツってさ、結構凄い金持ちのボンボンなんだろ?…正直言ってさ、こういう任務は人任せにさせとくんじゃないかって思ってたんだけどな…
そうか来るのか、意外だな」

「い……一護……」
「う…後ろ………」
「――――――え?――…」
 途端、恋次とルキアが真っ青になって、震える指で一護の背後を指す。


―――もう遅かった。
凄まじい殺気、剣八とはまた違う圧倒的な気迫が、一護を襲った。
一護は、冷や汗を流しながら、またゆっくりと後ろを振り返る。

 白い羽織の上に、美白の布を首に巻き、『牽星箝』で整えた前髪。
表情こそ、あくまで冷静を務めているようだが、内心穏やかでないのは、感じる霊圧から容易に察せられた。
  阿散井恋次の直属の上司であり、朽木ルキアの義兄。

―――――六番隊隊長 朽木白哉は、何も言わずに、ただじっと一護を睨みつけていた。

「よ…よう、白哉…」
 剣八と同様、少しどもった感じで一護が言った。
――しかし白哉は、何も返そうとしない。
やはりただじっと、一護を射殺すように睨むだけだった。

(―――怒ってんだよな? 聞いてたんだよな?)
 でなければ、こうまで殺気を自分に向けたりしないだろう。
非があるのはやはり自分の方なんだし…と、とりあえず一護は謝罪する。

「あ…悪かったよ、あんなこと言って」
 そう言った後また、しばらく沈黙が訪れた。
――ある程度時間が経った後、白哉はゆっくりと口を開いた。

「―――黒崎一護」
 呟くような声―――しかし重く響くような声で、こう続ける。
「―――呉々も軽挙は、慎んでもらおう」
 それだけ告げて、白哉は一護の所から去って行った。



「はあ……怖かった」
 心底安堵の表情を浮かべる一護。しかし間髪入れず、ルキアの叱咤が飛んだ。
「莫迦者!!! 兄様が寛容だからよかったものの…全く貴様という奴は」
「ああ…そうだな」
 今の一護には、いちいち答えを返す気力がもう無かった。まだ始まってもいないのに。

「それにしても……」
 一護は改めて周囲を見渡した。




「大丈夫ですって! 私だって公私の区別ぐらい付きますよ」
「…その言葉に、俺は今まで何度騙されたことか」
端には、未だ乱菊と何か口論している冬獅郎。

「楽しみだなあ…早く戦ってみてえもんだ…」
目の前には、凄まじい笑みを変わらず浮かべている剣八。

「――――――………」
そして遠巻きに、いまだ殺意の目で自分を見ている白哉。




―――よくもまあ、協調性の欠片も無い奴等ばかり集まったものだ。
「……こんなんでホントに大丈夫か?」
 一護は、心底そう思い、またそう口にした。




「は~~~~い!! 皆さん、こっちに注も~~~く!!」
 しばらくして、喜助の陽気な声が辺りに響いた。
「驚かないでくださいよ~~~」
 そう言って、喜助は指を鳴らした。
――次の瞬間、喜助の隣から、四角いだけの簡易な門が姿を現した。

 門が完全に出来上がったところで、喜助は説明を始める。
「もうわかっているとは思いますが、これから皆さんには、レリックを集めてもらって、そこから藍染に繋がる手がかりを見つけてもらいます。――彼が関わる以上、今まで以上の熾烈な戦いとなるでしょう」
「儂等は、命あるまで待機じゃ。いつまでも儂等に頼るほど、お主らは子供ではあるまい――じゃがそれゆえに、一つ言わせて貰うぞ」
 そう言って、猫姿の夜一は――ゆっくりと前に出て続けた。

「今回は喜助も言うた通り、『あの時』以上に過激になるやもしれん…確かに任務が第一じゃし、避けられぬ戦いもあろう…じゃが、各々命は一つしか無いことを忘れるな、引く時は引けば良い。
――くれぐれも、命は大事にな」

「…夜一さん……」
 一護は内心驚いていた。――夜一が、ここまで言うとは。
彼女も、今回の戦いには、自分達が余程心配と見えた。

一護は、ここにきて漸く、事の重大さを知った。
――しかし、自分達は遊びに来てるわけじゃないのはわかっている。
余計な心配は無用――そのことを、夜一に言おうとした時――。


「――兄の無用な心配に水を差すようだが、」
まず最初に、白哉が口火を切っていた。
「兄は、戦いで追い詰められ、退かねばならぬ状況に、この私が追いやられるとでも?」

「…言うようになったの、白哉坊」
 白哉の言葉に、夜一がニヤリと笑う。――考えてみれば、こいつ等が素直に退くタマではないだろう。
 危なっかしくて、時々見てられない時もあるが、ちゃんと自分の進む道はわかっている。
――それさえあれば、どんな困難な状況でも必ず生き延びられる。―――しかもそれは、『あの時』で実証済みだった筈だ。
 気づけば、皆も同じ顔をして頷いている。――どいつもこいつも、これから先の苦難なんか想像してなんかしていないだろう。――けど迷いは無い。そんな顔。
―――どうやら、自分の心配は無用そうだった。


「熾烈な戦い!? 上等じゃねえか!! こちとらそれを楽しみに来てんだ!!」
「――ここに集まった時点で、俺は皆覚悟があって来たのだと思ったのだが?」
 剣八と冬獅郎も、それぞれ夜一にそう返す。

 一護は、それに無意識に頷いていた。

――冬獅郎の言う通りだ、皆覚悟があってここに来ている。
――剣八の言う通りだ、熾烈な戦いになることは、寧ろ望むところだ。
――白哉の言う通りだ、追い詰められる状況を作るほど、自分達は子供じゃないつもりだ。

「――そうさ」
 一護は、皆に、自分自身に言うように告げる。

「ここに集まった時点で、俺達は覚悟を決めてんだ!」
 夜一は、一護の眼――あの時と同じ、迷いは一切無いその眼を見て、確認するように尋ねる。

「――わかっておるのか? 敗ければもう、ここにも帰ってこれぬのだぞ」
だが、一護の答えは変わらなかった。
「――前と同じだ、」
 拳を握りしめ、――そして言う。

「勝ちゃあいいだけの話だ!!!」
「――その通りじゃ」

 その時、喜助が造った扉に、光が生じた。
やがて、その光は大きくなり、別世界の道が出来上がる。
「――覚悟は、よろしいですね?」
最後に――喜助は訊く。
それを、皆は頷くことで答えた。

 そして、死神達は門をくぐる。――これからどんな戦いになるのかも知れずに。
最後に、門をくぐろうとした一護は、安心させるように言った。

「ちゃんと藍染ぶっ倒してくるから心配すんなよ――だから」
 一護は、門の方に振り返って、今度は喜助に頼んだ。
「そっちの事は、頼んだぜ」
「――任せてください」

 その言葉に、一護は頷くようなそぶりを見せた後、皆と同じように門をくぐった。
彼もまた、門の光の彼方へと消え、別世界に旅立つ。

「―――――…」
喜助は、暫くの間、光る門を見つめていた。
――思えば、自分がまいた種だというのに。
それを彼等に任せたきりで、本当に申し訳が立たない。
が、事は既に自分一人じゃ解決できないレベルになってきている。

――であるからこそ、喜助は、彼等の無事を強く祈っていた。

「―――頼みましたよ、皆さん」





――――――――――――――――――――――――――――To be continued

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最終更新:2009年03月19日 21:11