目覚めると、そこはベッドの上だった。
「……え、あれ?」
周りを見渡す。ここは――病院?
視界に入ったのは白い天井とたくさんの機械。多分、医療器具だと思う。清潔な白い天井が、そんな印象を与えた。
「ここ、は」
「機動六課隊舎の医務室よ」
「うわ!」
いきなり声が聞こえた。慌てて左側に目を向ける。そこには優しげな目と絹のように白い肌が特徴の、淡い金髪ショートヘアの女性が座っていた。
彼女がこちらの悲鳴を聞き、顔をしかめる。
「そこまで驚くことないんじゃない? こんな美人を見て」
今度はにっこりと笑うが目が笑っていない。
彼女を怒らせるのは、避けた方が良さそうだ。
「で、私の名前はシャマルよ。ここで医務官をしているの。貴方の名前は?」
そこで、自分の名前すら“思い出せない”ことを思い出した。何の救いもないことだが。
「あんた俺の名前は何か、知らないか?」
「……は?」
分かっている。自分でも馬鹿げたことを言っていることくらい。でもこっちも必死なんだ!
「何でもいいんだ。俺のことで何か、俺が誰なのか、教えてくれ!」
「待って落ち着いて。――貴方はもしかして、記憶喪失、なの?」
「……ああ。多分な」
そこで彼女が顎に手を当て、悩みだす。何か心当たりがあるのか。
そうして体を上げようとして気付いた。俺の体が、ベッドに拘束されていることに。
リリカル×ライダー
第二話『カズマ』
「現状を説明すれば、現在貴方は管理局によって拘束されているの。貴方がこちらに対し攻撃を仕掛けてきたから。私達はその理由を、貴方から聞きたいの」
俺に鋭い目を向けつつ、穏やかな口調で語りかける女性。こちらも金髪だが、もっとはっきりした色で、ロングヘアーだ。先端を黒のリボンで纏めている。
ちなみに彼女はフェイトと言う名前らしく、シャマルと名乗った女性が呼んだ人物だ。
「攻撃……ああ、あれか。あれは、その、俺がやったんじゃないんだ」
彼女が目を細める。言い訳に聞こえたからだろう。俺でも、そう聞こえる。だからこそ、言葉を繋げた。
「いや、その、体が勝手に動いたっていうか、自分の意思で動かせなかったというか」
「……分かりました。ではあのデバイスは?」
彼女がため息を吐いて質問を変えた。嘘ではないが、嘘っぽいのは事実だろう。
ただ、デバイスって何のことだ?
「デバイスって、何のことだ?」
思わず口から出た俺の発言に、彼女が初めて表情を変えた。
「へ? デバイスが分からない?」
「デバイスってパソコンの周辺機器だろ? 俺はそんなもの持ってなかったと思うが」
「そっちじゃない!」
彼女がベッドを叩く。ぼふ、という音しか出ない辺りが可愛らしい。
「まぁまぁ、フェイトちゃん。彼は記憶喪失なのよ?」
「嘘かもしれない」
「脳波の検査結果から記憶喪失の可能性は高いわ。それにポリグラフでは嘘じゃないと出てるけど?」
うぅ、と唸って黙るフェイト。彼女はなかなか可愛らしい性格をしているらしい。あんまり尋問には向かないと思うのだが。
「まぁ、リンカーコアも無かったし、魔法は使えないみたいだから」
「でも彼は魔法使ってたよ?」
彼女の台詞から飛び出した魔法という単語。それには流石に引っ掛かりを覚えた。
「おい、魔法ってなんだ?」
一瞬で集まる視線。俺はそんな可笑しなことを言ったか? むしろそっちの台詞の方が可笑しかった気がするが。
「貴方、魔法を知らないの?」
「いや、MP使って火球出すアレだろ。俺は、何でそんなゲームの話をしているのかを聞きたいんだが」
フェイトとシャマルさんが目を合わせる。そして同時に視線がこちらに向いた。
「……もしかして、次元漂流者なの?」
「……何だ、それ?」
聞き慣れない言葉に眉を潜める。次元漂流者って、ただの漂流者とは違うのか?
「シャマル、それは早計だと思う。彼が記憶喪失なら魔法のことも忘れてるだけかもしれないし。だって彼は、魔法でなのはを傷付けたんだよ!?」
いきなり怒り出すフェイト。ん、待てよ。なのはとは、もしや――
「なのはって、あの茶髪の子か!?」
「な、何っ?」
「無事だったのか? 怪我は? 死んではないよな? 俺は殺したりはしてないよな!?」
彼女に詰め寄ろうとして、失敗する。バンドで縛られているのを忘れていた。
「貴方が傷付けたんで――」
「なのはちゃんは無事よ。今部屋で休んでいるわ」
「そう、か。良かった……」
激昂しかけたフェイトを止めたのはシャマルさんだった。彼女の言葉に、ようやく肩の力が抜けた。
「あなたがなのはちゃんを攻撃したアレが魔法よ。正確には魔法で腕力や脚力を強化してるって感じだったけど」
シャマルさんの台詞で思い出す、あの姿。既視感と違和感を同時に覚えたアレが、魔法? まだ科学と言った方が納得出来るような気がするが。
「あの、もしかして俺が使ってた変な四角い機械がデバイス、ですか?」
「そうね。ちょっと特殊みたいだったけど」
シャマルさんが頷く。多分、魔法なんて聞き慣れないものが使えたのはアレのせいだろう。記憶が無いので自信はないが。
「で、貴方はあのデバイスも自分が使用した魔法も心当たりが無かった。それを信じるとしても、何故なのはを攻撃したかが説明出来ませんが」
フェイトがこちらを睨み付けながら詰問する。視線だけで人が殺せる――ような目が出来る質ではなさそうだが。
「なんか体が勝手に、というか何かに操られているような感じがした。破壊衝動とか闘争本能とか、そんなイメージだった」
あの時、心の中に浮かんでいた栗毛の女性を粉砕するイメージ。あれを拭い去ろうとして、ようやく体の制御を取り戻したのだ。
「本能、かぁ。もしかしたら記憶操作とかを受けている可能性もあるわね」
そこで新たな意見を提示するシャマルさん。
記憶操作って、催眠術とかか? いや、魔法なんてものがあるならそれぐらい出来そうだ。
「でも記憶操作はかなり高度な技術だよ?」
「そうなのよね。出来るとしたらスカリエッティみたいな高度な魔法技術研究者
か何らかの組織、又は優秀な魔導師となるわね」
さっぱり話についていけなくなってきた。
「組織って、エリオをさらった奴らのような――」
「――なぁ、俺にも分かるように説明してくれないか?」
そこでようやく俺の存在を思い出したらしい。二人が驚いた表情でこちらを見ていた。
「ごめんなさい、忘れてたわ」
本当に忘れていたのか……? にっこり笑顔で言ってくるシャマルさんが益々苦手になっていく。
「シャマル、はやてを呼ぼう。こうなったら彼の身元調査から始める。それまで六課に置いてもらえるよう説明しなきゃ」
「はやてちゃんの説得は任せて。フェイトちゃんは心配しなくていいから」
「うん、ありがとう」
そう言って、出ていくフェイト。結局最後まで話が理解出来なかった。
・・・
「これは面白いデバイスですよ~、フェイトさん!」
ストレートに流した茶色のロングヘアーを揺らしながらシャーリーが振り向く。
ここはデバイスのメンテナンスを行う部屋。今は私、フェイトと目の前に座っている女性、シャーリーだけがいる。
「シャーリー、それはストレージデバイスなのかな?」
「ちっちっちっ、そんな普通のデバイスとは訳が違うんですよ~」
眼鏡の端を上げながら、何時になく楽しそうに笑うシャーリー。彼女は私の補佐官をしていたけど、どうも機械弄りをしている時だけは苦手だった。いや、今も苦手だけど。
ちなみに彼女の元を訪れたのは、手掛かりである彼のデバイスの情報が欲しかったからだ。
「じゃあ、インテリジェントデバイス?」
「だからフェイトさん、そんな普通の分類が出来ないから凄いんですって」
にこにこ笑いながら箱形のデバイスを弄る彼女。見ていてシュールだ。
けど、今は彼女の台詞の方が気になった。
「分類出来ないって、どういうこと?」
「これはインテリジェントデバイスともストレージデバイスともブーストデバイスとも呼べない代物なんです。もちろんアームドデバイスではないですし、見た通りユニゾンデバイスでもありません」
今彼女が述べたのはデバイスの分類名だ。デバイスは魔法行使を補助するための道具だけど、使う魔法は人それぞれ。だから種類もたくさんある。
簡単に言えば、インテリジェントデバイスが疑似人格によって主人をサポートしてくれるデバイス。
ストレージデバイスは疑似人格を搭載していない一般的なデバイス全般のこと。
ブーストデバイスは補助魔法の使用をサポートする専門的なデバイス。
アームドデバイスはベルカ式という特殊な魔法の使用を補助し、さらには名前通り武器としても使われるデバイス。ちなみに一般的にはミッドチルダ式魔法が使われる。
最後のユニゾンデバイスは魔導師とユニゾンして本人の能力を底上げするデバイス。普段は人の姿を取っている。
「これはですね、ある意味夢のデバイスですよ。何せリンカーコアを持たない人間が魔法を使えるようになる奇跡のデバイスですからね!」
その言葉に、私の思考は止まった。
「待って。じゃあ彼が魔法を使えたのは……」
「このデバイスのお陰ですね!」
シャーリーは満面の笑みで答えた。
「でもどうやって?」
「簡単な話です。このデバイスにはリンカーコアと同様の魔力精製器官が存在するからですよ!」
リンカーコア。それは特定の人物しか持たない魔導師の証だ。あらゆる場所に存在する魔力素を取り込み、魔力に変換する器官。数多の研究者が解明に挑み、しかし未だに多くの謎を抱えている器官だ。
それを、複製出来た人間がいるというのか。
「シャーリー、そんなこと有り得るの?」
「まぁ、目の前にある以上は事実ですから。私だって驚きましたよ?」
シャーリーが眼鏡の端を上げながら小首を傾げる。
確かに、従来のカテゴリーに填められないデバイスだ。
「それってあのスカリエッティでも無理だよね?」
シャーリーが僅かに顔をしかめる。私もあの悪逆非道科学者のことは大嫌いだけど、彼女は別の点で嫌いなのだ。
そう。あの男が、自らよりもずっと研究者として優れていることが。
「彼の専攻は生体工学ですからね。多分無理だと思います。ただ、彼がもしデバイス工学やリンカーコア研究を専攻していたなら、或いは作れたかもしれませんけどね」
口調を固くしながら、でもぎこちなく笑いながら説明する彼女に申し訳ない思いだった。彼の名前を出したのは明らかに私の失敗だ。
「ご、ごめんね、シャーリー。あの男の名前なんか出して」
「気にしないでください。むしろフェイトさんの方が彼の名前出すのは辛いでしょう?」
そう、あの男は私の憎き相手だった。私やエリオのような人を生み出すきっかけを作った男。母さんや多くの人の人生を狂わせた犯罪者。
けど、今ではむしろ感謝していた。
「そうだけど、今は少し違うかな? だって彼がいなきゃ私もエリオも生まれてなかった筈だから」
そう、忌々しいが、彼の人造魔導士技術が私とエリオを生み出してくれたのだ。だから憎んではいるが、同時に感謝もしている。
「……フェイトさんは強いですねぇ。私にはまだ到達出来ない境地ですよ」
呆れ半分、感心半分といった面持ちで、シャーリーは何度も首を縦に振っていた。
・・・
ジェイル・スカリエッティ事件。略称、JS事件。
今から一ヶ月前に起こった大規模テロ事件の名前だそうだ。
正しく使われていれば歴史に名を残すほどと言われた頭脳を持つ天才科学者ジェイル・スカリエッティが、彼の作品である無人戦闘機械ガジェット・ドローンや戦闘機人などを使ってミッドチルダ首都クラナガンに甚大な被害を出し、果てはミッドチルダを支配しようとした事件である、らしい。
「ちなみにウチらが事件を解決に導いたんやで?」
目の前の、ショートヘアに×印の前髪止めが特徴の女性がそう言った。
先程尋問が終わった俺は、次元世界や魔法、時空管理局などについて習っている所だ。何も覚えていないのか、何も知らなかったのかは分からないが、どちらにしろ知らないなら知っておくべきだと言われて講義を受けている。
ちなみに講義はシャマルさんと目の前の女性がやってくれている。名前は八神はやてと言うらしい。
「そんなテロ事件があったのか……」
「今はクラナガンの復興作業真っ最中や。人手不足やから六課も手伝ってるんよ」
彼女はどうやらこの機動六課とやらの部隊長らしく、自分の正体が割れるまで保護する算段を付けてくれるらしい。
「せやから訓練とかも思うように出来へんから困っとるんよ」
眉を寄せ、表情を曇らせるはやて。どうやら部隊長という職は気苦労が多いらしい。
「もしかしてあの時やってたのが訓練か?」
「なのはちゃん退院祝いでな、何がやりたいって聞いたら訓練やりたい言い出したんよ。あん時はおもろかったわ~」
クスクス楽しそうに笑うはやて。確かに退院祝いに訓練をやりたいなんて言い出したら笑うしかないだろう。下手したら病院に逆戻りだ。
「ま、その結果落とされてベッド送りになっとるけどな」
まるで俺の心を読んだかのような台詞を吐かれ、あまつさえジト目で見られる羽目になった。これは苛めか?
「あれはやりたくてやったわけじゃ――」
「ふふふ、そんな真面目に取らなくてもええやん」
突然態度を翻し、笑い出すはやて。――シャマルさんに続き、彼女も苦手になりそうだった。
「ああ、くそっ! で、講義はそれだけか?」
自分は短気らしい。自分の反応を見てそう思った。
おそらく俺と同じように思ったのだろう。笑みを引っ込め、はやてが申し訳なさそうな表情をした。
「そんなん、怒らんでもええやん。ウチはただ、仲良く話したかっただけなのに……」
「お、怒ってない! これは、その」
そうしてこちらが慌てふためいた途端、はやてが笑い出した。
「ふふ、やっぱおもろいなぁ」
「……おい」
やはり苦手だった。ある意味シャマルさん以上に。
「ん、何?」
「……何でもありません」
ダメだ、やっぱりシャマルさんも苦手だ。
そんな無駄話を幾つかした後、ふと疑問が沸いた。
「なぁ、俺はこれからどうなるんだ?」
そう、それが不安だった。
勿論しばらくは保護してもらえるらしいが、何時までかは分からない。何も持たない、名前さえもない自分には、やはり不安だった。
「うーん、今は次元漂流者扱いで保護しとるんやけどな」
次元漂流者。
先程習ったが、世界には次元世界という形で世界がいくつも存在するらしい。はやてやなのはも第97管理外世界というところから、ここミッドチルダがある次元世界に来たらしい。
そして次元漂流者というのが、元いた世界とは別の次元世界へ意図せず飛ばされた人のことを言うのだそうだ。
「俺は結局、その次元漂流者だったのか?」
「それなんやけど、調べてみたら確かに長距離転送魔法の痕跡はあったんよ。ただ元を辿れんやったし、前におった世界について聞こうにも記憶がないんやもんなぁ……」
記憶が無いというのは厄介だ。
自分の名前も経歴も住所も分からない。知り合いなども探せない。いや、知り合いがいるかどうかすら分からないのだ。ここミッドチルダに住んでいたかどうかすら分からない以上、次元漂流者かどうかすら分からない。
所持品がほとんどないことが、それに拍車を掛けていた。
「ただ所持品の中にドッグタグがあったから、それをシャーリーに調べてもらっとる。名前とかも分かるかもしれへんから、或いは思い出す糸口になるかもしれんよ」
「名前、か。今は何よりもまず、それが知りたい」
名前がないのがこれほど不安だとは、流石の記憶を失う前の自分も知らなかっただろう。
「ところで――」
はやてが口を開こうとしたちょうどその時、彼女の首に掛けられている十字を模した金色のネックレスから電子音が発された。
「ちょっと待ってな?」
はやてが十字架をなぞると、突然彼女の前に画面らしきものが現れる。裏側からなので何が写っているかは見えないが。こういうのはホログラムとでも言うのだろうか?
「……わかった。ありがとな、シャーリー」
彼女が何らかの会話を終えて空間に浮かぶ画面に触れると、途端に画面が消えた。テレビ電話、みたいなものか? 相手の声が聞こえなかった所から、音漏れ対策までしているらしい。
「じゃあカズマ君でええ?」
「……は?」
カズマ? 聞き覚えがある響きだが――
「それって俺の名前か!?」
「シャーリーがさっき解析が終わったって。じゃあ改めて、これからカズマ君でええ?」
「あ、ああ」
カズマ、か。ただ、何か肝心な所が欠けてる気がする。カズマの上に何かつくはず――
「――そうだ! 俺の名字は?」
俺の質問に、はやては首を横に振ることで答えた。
「そう、か」
「ま、ええやん。で、ウチの話の続きしてええか?」
それに首を縦に振って答える。正直、名字のことで頭が一杯だったが、今後の生活を考えれば聞くしかない。
「カズマ君、機動六課に入らん?」
俺の名字、俺の名字……って、え?
「機動六課、だって?」
「はやてちゃん、それは流石に――」
「シャマル、ここはウチに任せて」
反論の声を上げるシャマルさんを黙らせるはやて。
機動六課。
確か正式名称は古代遺失物管理部機動六課だったはずだ。
目的は様々な次元世界で既に滅んだ文明が生み出した、極めて大きな力を持つ古代遺失物――ロストロギアを確保する部隊だったはずだ。ただし本当はJS事件の調査、阻止が目的だったらしいが。
「機動六課、入ってくれん?」
これが、俺の新たなる始まりとなった。
・・・
彼女との会話。隊員との触れあい。そして、魔法。
仮面の戦士の新たな生活が始まる。
次回『機動六課』
Revive Brave Heart
最終更新:2009年04月11日 02:28