「兄は今別件で出かけています。だからこそ私がこうして…」
「それが気に入らんというのだ!!」
怒声をあげたレジアスに、セッテは仮面の下でため息をつく。
怒りたいのは彼女も同じであった。
何故犯罪者を捕らえて連れてきたにも関わらずキレた中年の相手をしなければならないのか、意味がわからない。
何より光太郎が今ここにいない、という事が彼女の神経を尖らせていた。
「BLACKが他の管理世界で海の連中と一緒にいることが確認された。奴も私の誘いを断って、海に着いたということか!?」
「それは違います。兄も事情が…本当は余り関わりたくない様子でした」
「フンッ、本当に違うというのなら、奴の口から直接聞きたいものだな!」
吐き棄てたレジアスは足元に転がる犯罪者を蹴りつける。
八つ当たりで蹴りをいれられた犯罪者は気絶させられたままうめき声をあげたが、セッテは止めなかった。
光太郎なら止めたかも知れないが、セッテは犯罪者に対して寛容ではなかった。
「BLACKは空港で起きた二度のレリックの暴走に巻き込まれている」
前後の説明を抜きにして理由を言われたレジアスは、怪訝そうな顔を見せた。
「ほう、それは本当だろうな? 現場で彼を見たという証言があったが、ただの偶然ではないということか…?」
「はい。二度目は明らかに兄を狙っていました。あれほどの災害を引き起こす代物を兄は放っておけなくなったようです」
レジアスの舌打ちが耳に入り、セッテも居心地悪そうに姿勢を崩した。
二人が怒る原因となっている光太郎は、今ミッドチルダを離れている。
二度目のレリックの爆発に巻き込まれた光太郎は、海からの、正確にはハラオウン家からのレリックとスカリエッティに関する依頼を断れなくなっていた。
月に何度か、今回も先週から光太郎はフェイト・T・ハラオウンの任務に同行中だ。
スーツ姿の光太郎と空港から出て行くフェイトの姿が思い出される上にそんな不愉快なことを説明しなければならないセッテも舌打ちしたい気分だった。
女性誌から得た情報でははしたないことだから我慢していたが。
相棒としてなら自分が。情報収集ならばウーノもいるというのにドクターがずっと以前に関わった計画『プロジェクトF』の遺産であるフェイトという魔導師を頼るかのように行動を共にするのは気に入らない。
口ではうまく説明できないが…考えるほど苛立ちが募った。
「…そういうことであれば、地上で起きるテロ行為を未然に防ぐため、と言っても間違いではないか」
レジアスはそう言うと、考え込むように腕を組み唸り始めたのでセッテは付き合いきれずにその場を後にした。
セッテは家に帰り、その事を姉のウーノに相談したのだがウーノは何故か、「貴方も好きだったの? 悪い事は言わないから止めておきなさい」と言った。
「確かに顔も能力も悪くないけど、仕事しないわよ? そういう意味ではドクター以下ね」
「そこまで酷いとは思いませんが…私達の素性だけ見れば一緒に住んでいるのが不思議なくらいですよ」
「サボテン枯らすような男だし、食事の味付けは濃すぎるわ。それに頑固で融通利かないところはあるし、空気読めないし、ヘタレだし、雰囲気も作れないし」
……「セッテ、もういい」
レジアスと一人で会った翌日、姉が街に出てくる度に集まっているカフェで、セッテは不満げに唇を尖らせた。
会うなり鬱憤が溜まっていることを見抜いたチンクがセッテにここまで話させたのだった。
なのに何故、とセッテは口を開いた。
「チンク姉さま? 酷いのはココから1時間分くらいなんですが…」
「もう十分だ。ウーノを殴りたくなってきたからな」
「そうですが…」
もっと愚痴を零したかったところだが、このチンクの様子では無理だろうとセッテは思った。
心地よい日差しの差すカフェの空気を一人でどんよりと曇ったものに変えかねない程の何かを、チンクは発していた。
「ドクター以下? なら交換してもらいたいな…」
ぽつりと零したチンクは非常に疲れた顔をしていた。
同席していたドゥーエが苦笑しながら先を促す。
「今度は何をやったの」
「…用途不明金が増えていてな。調べたら車が出てきた。隠れて何をやっているのか問いただしてみたら、大陸横断レースに参加しながら古代ベルカの聖人の遺体を集めてくるとか言い出したよ。どこまで冗談なのか本当にわからない」
心底疲れた様子でコーヒーをかき混ぜるチンクをどこか楽しそうにドゥーエは見ている。
セッテはどんな顔をすればいいのか迷った挙句、苦笑を浮かべた。
「……お疲れさま」
労わるようにドゥーエが言い、甘いものでも勧めようとメニューを取る。
苦笑を浮かべていたセッテは表情を一瞬硬直させると、席から立ち上がった。
「すいませんチンク姉様。犯罪が起こったようです」
言うなり走り出したセッテをドゥーエは手を振って送り出す。
セッテの背中には何か、スカリエッティの所にいた頃には見られなかった凛としたものが見受けられた。
バイクに跨り、あっという間にセッテが去っていった後……コーヒーを未だにかき混ぜるもう一人の妹を見てドゥーエは頬を引きつらせた。
「セッテったら逃げたわけじゃないでしょうね…」
愛車に跨り走り出したセッテの背中に姉の声が聞こえたが、セッテ自身にそのようなつもりはなかった。
エンジンが回転数を上げていく、それに連れ彼女の精神は研ぎ澄まされ、不満はどこかへと追いやられた。
スカリエッティがアクロバッターをモデルに生み出したバイクは、驚くほど静かに加速していく。
製作者の趣味で地球の物が用いられたメーターは直ぐに百をこえ二百を越える。
風を切って進む感覚に薄く笑みを浮かべた。
微かに起こる車体の震えをしなやかな筋肉に覆われた下半身でしっかりと押さえ込み、彼女は僅かな車と車の隙間に見える道や鋭いカーブを強引に曲がっていく。
人気がなく、陽射しと建物が作り出す陰の中で変身が遂げられる。
光の中へと出でて、道路を走る彼女の感覚は彼女が過ぎ去った道にいた市民達が大小様々に見せる声援を逃さなかった。
微かに口の端を持ち上げたり、手を振ったり、声をだしたり…何時の頃からかセッテに影響を与えるようになったそれらの先で、彼女の敵が待ち受けていた。
人間以上の視覚に捉えられた犯人の数は二六名。陸士達の数と配置。人質の数、位置は周囲にいる人々の声から把握していく。
「2箇所同時…!?」
周囲で零れる声を拾い上げたセッテは思わず呟いた。
この場所だけではない。別のもう一箇所を犯人の仲間が押さえ、連絡を取り合っている……セッテは、一瞬逡巡し突入を決意した。
彼女だけのIS、スローターアームズを起動させたセッテは六本のブーメランブレードを空中に投げた。
空中に浮かび上がったブーメランブレードは目にも留まらぬ速さで上空へと消えていく。
ミッドチルダの治安は光太郎が現れてから改善された。
だが、同時に光太郎に対抗する為に犯罪者達もより強い能力や異常性を持つ者が現れていた。
その者達を相手取るには、セッテの能力では完全に対抗するには十分とはいえない。
それどころか光太郎の能力を持ってしてもそれは手に余っていた。
数が多すぎるのだ。
一対一なら何の問題もないのだが、今回のように人数が多い場合は…
どうしても同じ場所にいる陸士達の力を借りる必要がある。
現場に駆けつけたセッテは、そのまま勢いを削がずにその集団の中心と思われる一人へとバイクで突っ込んだ。
セッテが現れたことは既に情報として流れていたのだろう、間髪入れずに援護射撃が入る。
セッテは犯人を追いかける。
陸士達はそのセッテ達を形だけ追いかけ、犯人を捕まえる。
それがセッテと光太郎、二人のライダーと陸士達の関係だった。
勿論、レジアス達は時々思い出したようにライダーを非難したり捕らえると公言している。
壁を走り、バイクを持ち上げたセッテはそのまま飛行を開始する。
バイクの勢いに自分の飛行能力をプラスした一瞬の加速は、ようやく気付いた犯人が驚愕から立ち直る暇を与えず、魔導師を紙くずのように弾いた。
くの字に折れた犯人の体が地面と並行に飛んでいくのを、セッテの意識は残りの犯人達へと移っていた。
バイクから飛び降りた彼女の視界に、リーダーと思われる犯人の周囲を固めていた5人の姿が入る。
彼等は早速的でしかない。ここに向かう途中上空へと投げていた五本のブーメランブレードがセッテの意思に従って上空から降り注ぎ、彼等を叩き伏せる。
今回は運悪く、セッテ自身を囮とした不意打ちから逃れたのが一人だけいた。
ブーメランブレードを避けた男のデバイスの形からベルカ式の魔導師だということをセッテは悟り、仮面の下で嘆息した。
光太郎が共に行動しているフェイト・T・ハラオウンは高速戦闘を行うミッドチルダ式の魔導師。
決して他意はないが防御魔法を使い、バリアブレイクの機能を備えたブーメランブレードの餌食となる魔導師よりはマシとはいえ…決して他意はないのだが。
不意打ちから逃れた犯人が、人質に向かって魔法を撃つ。
恐らくはセッテの動揺、あるいは人質を助けに行くのを期待してのことだろう。
光太郎…ライダーは人質を何より優先させる傾向があることは彼等に知られている。
だが、それはセッテも承知している。人質の目の前に残り一つのブーメランブレードが突き刺さり、それを防いだ。
一瞬でも稼げるとでも思ったのか、魔力を一時的に倍増させるカートリッジをデバイス内で炸裂させていた犯人が驚愕の表情を浮かべた瞬間、陸士隊の狙撃が犯人のデバイスを持った手を撃ち抜いた。
デバイスを落とし、魔法の補助を失った犯人に、セッテは一歩踏み込み、正拳突きを打ち込んだ。
人間を遥かに超えた筋力を与えられたセッテの一撃は容易く犯人の背骨までを砕いていく。
「自業自得だな」
柔らかい筋肉と貧弱な骨が砕ける感触がほんの少しだけ手に残った。
周囲を見渡すとセッテの突撃に一瞬遅れて行動を開始した陸士達が犯人達に砲撃を開始している。
犯人数名を叩き倒したブーメランブレードを拾い上げ投げつけ、セッテは残りの犯人へと突撃していく。
目にも留まらぬ速さで距離を詰めるセッテに犯人の誰か何か言おうとしたが、セッテは構わず腕を振り上げた。
「銀行に立てこもった仲間が…」
体にブーメランブレードを食い込ませ、痛みで気絶する魔導師を見下ろしたセッテの表情には心配の色はない。
残りの敵を確認しながら、彼女は姉に連絡を取った。
「ウーノ姉さま。銀行らしいですが、どうなりました?」
『既に光太郎に解決してもらったわ。本当、来るのは遅いくせに解決するのだけは早いんだから…』
「なるほど。流石お兄様ですね」
『しかもハラオウン執務官とご一緒だそうよ』
「なるほど…」
犯人に対する慈悲は元々余りないセッテであるが…
その日は普段よりも更に速やかに残りを片付け、その場から去っていった。
*
残りの犯罪者を片付けたセッテはバイクに乗り、遠回りして自宅へと帰っていく。
犯罪者を倒しているとはいえセッテも光太郎も管理局にとっては犯罪者。
彼等を狙う犯罪者は勿論だが、管理局にも彼女は後を付けられる立場にあった。
住居自体廃棄都市区画の傍にあるのだが、セッテはそこを通り過ぎて廃棄都市の中でも荒れた場所を通りぬけ安全を確認してから変身を解き、自宅に戻った。
光太郎はもう戻っていて、セッテが戻ってくるのに気付いていたらしくセッテがいつもバイクを止めている辺りに立ち、彼女を待っていた。
柔らかい笑みを浮かべ、出迎えるその隣には何故か執務官の服を着た女がいたが。
「おかえり、何かあったのか?」
普段と変わらない態度のつもりだったセッテは心配そうに尋ねる光太郎に素っ気無く返す。
停めているうちにタイヤの後がついた場所へとバイクを止めながら、セッテは無遠慮な視線をフェイトに向けた。
「ただいま戻りました。……で、その女がフェイトさんですか?」
「? ああ、今レリック探しを手伝わせてもらってる」
セッテの態度に違和感を感じながらも光太郎は答える。
場を和ませるように愛想笑いを浮かべ、フェイトはお辞儀をした。
「初めまして。貴女がセッテさんですか?」
「私を知って…話したんですか?」
「あ、ああ。別に隠すような事でもないだろ?」
セッテが怒っていると思ったのか戸惑ったように返す光太郎を見かねてフェイトが慌ててフォローに入ってくる。
「ご、ごめんなさい。私が聞いたんです。光太郎さんがどんな暮らしをされてるのか気になったから…」
それが気に入らず、セッテは少し挑発的な口調で恐らくはフェイトに伝えられていない事実を教えてやった。
「…私達がジェイル・スカリエッティの手で生み出された戦闘機人だということも話されたのですか?」
「え…」
やはり教えていなかったらしく、驚いた様子を見せるフェイトにセッテは自分でもわからない内に軽く笑みを浮かべる。
光太郎は慌てて笑みを消して、咎めるような目を一瞬セッテに向けてからフェイトに弁解を始めた。
「……すまん!! 君がスカ「プロジェクトFの遺産である貴女と、まぁ同じようなものです」
「…プロジェクトF?」
「ドクターの研究を基に生み出された貴女にとってもドクターは父親のようなもの」
「違うッ!! あの男はただの犯罪者だッ!!」
一瞬青ざめたフェイトが硬い声で怒鳴った。
噛み締めた歯を剥きだし、怒りを見せるフェイトと挑発的な態度を崩そうとしないセッテの間で、混乱し始めた光太郎は声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 俺にもわかるように説明してくれないか?」
「それは…」
「お兄様。ヴィヴィオを預けた方のご家族とはいえ所詮は他人。込み入った話をするような仲ではないのですから、無理強いするのは止めておいたほうが…」
「どうしてそうなるんですか!! …~~っ、わかりました。お話します。隠すような事でもありませんから…!! よければ貴女方の事も聞かせてください。光太郎さんがどんな方達と同居されているのかとっても気になります」
強い語気で言うフェイトにセッテの表情が険しさを増す。
一人事態が飲み込めない光太郎がおろおろしていて、騒がしさに気付いて部屋の外へ出たウーノは影でため息をついていた。
「戦う時以外ももっとスマートになれないのかしら?」
長い話になるからと部屋に移動してフェイトが光太郎にかいつまんで話したのは、彼女の生まれる以前から今まで…彼女の人生の殆どに及んだ。
フェイトが人の手で生み出された存在で、DVを受けながら行った事やハラオウン家に引き取られてからのこと。
語りながら、彼女がヴィヴィオを気にする反面、同じようにDVをしてしまうのではないかと不安になることもあると洩らすのを光太郎は何も言わず静かに聴いていた。
その隣で面白くなさそうにしていたセッテも、話を聞き終えてからフェイトに自分の素性を話した。
自分がスカリエッティに生み出された戦闘機人であり、恐らくは光太郎に自慢するために送られたのではという程度しか情報を持っていないと語るのを、夕飯の用意をしながら耳を傾けていたウーノは否定も肯定もしなかった。
ウーノはセッテが知っている以上のことを知っている。
スカリエッティの秘書を長年勤め、自身をスカリエッティの研究施設のCPUと直結し、その機能を管制していたこともあるウーノならスカリエッティの行動を少しは予測できるだろう。
だが……ウーノは料理に専念し会話に参加しようともしなかった。
フェイトが話し終えて部屋を後にする頃には、日はとっぷりと暮れていた。
セッテ達の素性を聞かされてか、自分の素性に対する反応を伺っているのかベスパで送り届ける間フェイトは口を開こうとしなかった。
光太郎も難しい顔を作って黙っていたが、アパートから走り出してから4度目の停車をし、信号の色が変わるのを待つ間に口を開いた。
エンジン音に紛れそうになる、ヘルメットの中から発せられるちょっとくぐもった声にフェイトは耳を傾けた。
「ごめん。こんなことになって悪かった」
謝る光太郎にフェイトは慌てて口を開いた。
「いいえ。私も、ヴィヴィオのことを預かる時にちゃんとお話しておいた方が良かったかもしれません……お義母さんが見てくれるからって言っても、私が、その…いつか暴力を振るって台無しにしてしまうかもしれないんですから」
「……話を聞いてヴィヴィオをクロノに預けて良かったと思ったよ。フェイトの思いもわかったし親友のなのはちゃんだっけ? その子とも今度会わせてくれないか」
「今度紹介します」
ベスパが走り出す瞬間フェイトはタイミングを合わせて腰に回していた腕に力を込めた。
ミッドチルダのメーカーが出しているバイクに比べて地球製のバイクは密着度が高いせいだろうか?
そうしているとメットや服越しに脈打つ鼓動が聞こえてくるような気がした。
そうしていると、自身のそれも心地よい速さで鳴っているように感じる。
なのはにこの事を話してみようと考えながら、フェイトは付け加えた。
「まだ詳しくお話できませんけど…なのはも準備の為に地上に来る機会が増えると思いますから」
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その数日後、光太郎はフェイトから突然の連絡を受けて三つボタンのスーツに袖を通していた。
ジャケットだけでなくベストまで一番上のボタンを段帰りにして、遠目には二つボタンのように見えるそのスーツはスカリエッティのところにいる頃に注文し、彼と袂を別ってから光太郎の下へ届いた一着だった。
アパートを借りてすぐの頃だった。
どこから聞きつけたのか、職人から連絡が届き光太郎が顔を出すと注文を放って逃げた事を罵られた後何度か仮縫いをして完成したスーツだ。
他にも何着かこんなスーツがタンスの中には入っている。
光太郎の収入を照らし合わせると不釣合いな値段の品だが、スカリエッティにはいつかこの借りも返さなければならないと光太郎は考えていた。
スカリエッティは、光太郎が実験に付き合った報酬としては安すぎる位だと考えているのでセッテを通して返さなくていいからと伝えてきていたが、少しずつお金も貯めて合計金額をウーノに作ってもらった口座に貯金してある。
ウーノの弛まない調教によってジャケットはおろかズボンの裾の皺まで鏡の前でチェックし、納得のいくまで何度かネクタイを結びなおしてから光太郎はやっと鏡の前から抜ける。
「じゃあ出かけてくるよ」
「いってらっしゃい。多分ドクターの新しい情報はないわよ」
着替え終えた光太郎が、そう言って靴を履いているとウーノの声が背中に掛けられた。
肩越しに一度振り向くと、ソファに腰掛たまま後頭部だけが見えた。
コーヒーの良い香りが微かに漂っているのが常人以上の嗅覚を備えた光太郎にはわかった。
彼女の言うとおり、フェイトと共に行動している理由の大半はスカリエッティを探すためだったが、新しい情報は殆どなく掴んだとしても空振りも多かった。
ウーノに頼めばもっと正確な情報が得られるかもしれないが、この街の犯罪者を捕らえることについては協力できても、スカリエッティを捕まえるために協力してもらえないのだから仕方がない。
「(ウーノが言うならそうなのかもしれないけど、)もしもってこともあるからな。セッテは?」
無理やり吐かせることも光太郎の性格的に向いていない。
それをわかっているのかウーノは光太郎が探し始めてからもずっと堂々としていた。
もし無理やり吐かせようとしても、光太郎の限界が先に来る事を見越しているのかもしれないが。
「パトロールですって。もうちょっと構ってあげないとあの子拗ねてしまうわよ」
「ちょうどいいのさ。セッテには早く一人前になってもらいたいからな」
「稼動年数は短いんだから、グレるわよ」
その言葉に光太郎は眉を寄せた。
セッテは、まだ感情表現が下手だがとても真面目でそんな風には見えない。
だが姉妹であるウーノが言う事を、まさか、と一笑に付すことも出来ず光太郎はもう一度肩越しに振り向いた。
それを予測してか、光太郎に見えるように空中に一つウィンドウが開かれていた。
けばけばしい化粧をした10代後半から20代前半位の年頃の女性の写真が写っている。
その髪は天を突いていた。
下手な生け花?
いや、ドリルか何かのようでもあり、Dr,スランプのイガグリ先生のように見えなくも無い。
「昇天ペガサスMIX盛りよ。こうなってからじゃ遅いの」
……意味がわからない。
「……わかった」
若干精神的に疲れながら靴を履き終えた光太郎が零した言葉に、ウーノがまだ物言いたげな視線を向けて来る。
だが光太郎はあえてそれには触れずに家を出た。
ベスパに乗って、待ち合わせ場所に向かう。
走ったり、あるいはそこからフェイトの車に乗った方が早いのだが光太郎のわがままでベスパに乗って移動をしていた。
アクロバッターではないから不満は多々あるし、皺がよってると同居人に駄目だしされる事になっても、それでも光太郎はバイクが好きだった。
夕日に照らされ、少し肌寒い位の風に吹かれながら走るのはとても心地が良い。
そうして気分良く待ち合わせ先に着くと、まだ待ち合わせの時間には早いがフェイトはもう到着して光太郎を待っていた。
出会った頃よりいくらか成長した彼女は、人目を集めながら光太郎に手を振ってきた。
「おはよう。待たせてごめん」
「いいい、いえ!! と、突然お呼びだてしてすいません!!」
不意に何故か、光太郎は嫌な予感がした。
スカリエッティ絡みの、あるいはレリック絡みの任務の手伝いを頼まれるようにはなった。
その時フェイトは、決まって執務官の制服を着ている。
今日は淡い暖色系のワンピースで、光太郎の同居人達には呆れられている服のセンスから言うとミニのスカートは短すぎる気がしたけれど。
「あの…へ、変でしょうか?」
「えっ!? いや……仕事の時と違ってあんまり可愛い服だから言葉が出なかったんだ。き、綺麗な色だね」
何度も呆れられたり反論して黙らされてきた結果、今の光太郎はそんなことを一言も言わずに口下手なりにフェイトの服装を褒めるようによく訓練された光太郎だったが。
「あ、ありがとうございます。すずかちゃんやアリサちゃんと一緒に買ったお気に入りなんです…」
「今日はどうしたんだい? 突然のことだったからまた仕事の話かと思ったんだが……」
「す、すいません…!! あ、あの…じ、実は」
また頭を下げて謝る挙動不審なフェイトを見て、光太郎の嫌な予感は強まる。
もう少しで何か浮かび上がりそうなのだが…そんな時間は与えられるはずもなく、フェイトが続きを言う。
「あの、…す、ちゅ、好きです!! もも、もしよりゅしければ付き合ってください!!」
「…え?」
告白し、頭を下げたフェイトを前に…衆人観衆の中から光太郎の超感覚は正確に目を輝かせてガッツポーズを取る女性を見つける。
光太郎の中でフェイトとその女性が、稲妻のような鮮烈な一本の線で繋がった。
(なのはの仕業か…ッ!! …なのは?)
思わず心の中で叫んだ名前に光太郎は内心首を傾げた。
ゴルゴム時代から何かの事件に巻き込まれた際、それがゴルゴムやクライシス帝国の仕業だった場合は光太郎の脳裏にははっきりと彼等の名が浮かんだ。
理由は光太郎自身も説明できないのだが、何故かはっきりと断言できるのだ。
それは天才的な数学者が簡単な数学の問題を見た瞬間答えが頭に浮かび説明できないような。
探偵が常人が気付かぬ些細な手がかりから犯人を推測するような。
未だ使いこなす事が出来ない未知の部分。
怪人の能力によって導き出される予知能力染みた洞察力なのだ。
と言ってもこの場合、それも必要なかったのかもしれない。
光太郎がそちらに耳を澄ませてみれば、その女性の声が聞こえてくる。
『フェイトちゃんやったね!!』
『な、なのは…もしかして突然呼び出したのって……』
『うん!!フェイトちゃんから相談を受けたのっ!! 間違いなく恋だと思ったから朝からかかってやっと説得したんだよ!!』
『そ、そうなんだ。えーっと……今日こそ家に溜まった洗濯物を片付けるはずだったんだけどな』
『え、? 何か言った?』
『い、いや!! いいんだ。うん…』
『苦労したんだからっ、フェイトちゃんったら絶対言わなかったら気付かなかったと思うの』
『いや…もしかしたらそれ、なのはの勘違いじゃあないかな?』
疲れたような声を最後に、意識的に耳を傾けるのをやめた光太郎はなのはに呼び出された哀れな青年に同情の念を抱きつつ同意する。
「俺もそう思う…」
フェイトから向けられていた感情は恋愛感情とは少し違うものだったはず…
光太郎とフェイトは光太郎の記憶違いでなければ7~9歳位の年の差はある。
90年代の日本で暮らしていた光太郎の感覚から言うと、そうした関係を結ぶには少し年が離れているように思える。
今目の前に確かにいる、親友に焚きつけられてしまったフェイトにそれを聞いても否定するだろうが。
「だ、駄目ですか? やっぱりう、ウーノさん達と」
「い、いや、!! それは違うんだけど…」
フェイトの美貌だけで人目についていたのが、告白によって更に観客を呼び寄せていることに興奮しているフェイトは気付いていないようだった。
慣れていない光太郎が羞恥心を刺激されて視線を泳がせようとする度に、フェイトは泣きそうな顔をする。
点り始めた街灯の光に照らされ、目尻に光るものを見つけてしまった光太郎は目を逸らす事も出来なかった。
『そんなことないのっ!! 私だって、…そういう気持ち、わかるから』
『なのは………ッ、なのは、その、き、聞いてもらいたい事があるんだ』
『え? う、うん』
ちょ、ちょっと待て貴様ら。
動揺し、汗をかきながら光太郎は頬を引きつらせた。
その間にも衆人観衆からは、本当に厳しい突き刺さるような視線が美女に告白された色男に向けられている。
カップルも多いらしく、雰囲気は光太郎にとって悪化していくばかり…そんな中、光太郎は一言だけ搾り出した。
「す、少し…考えさせてもらえないか?」
コクン、と小さく頷いたフェイトに光太郎の動揺はますます深まっていった。
最終更新:2009年06月07日 23:32