ミッドチルダ とある地下道

「―――――――」

不気味なまでに静寂の中を、一人の少女が歩いている。
腕には鎖が絡みついており、その先には正方形の形をした箱が二つ、繋がれていた。

「―――はぁ、はぁ」

 おぼつきの悪い足取りで、少女は暗闇を進んでいく。
目的も、行く先もわからない。ただひたすらに前を見ては、疲労の身体に鞭を打つ。
そして、当てもなく孤独の世界をさ迷い続けている……何時までも何時までも。


 ―――新たな交錯の引き金は、この少女から始まる


      魔法死神リリカルBLEACH
      Episoade 6『Certain holiday of six mobile divisions』



 魔法世界ミッドチルダ AM 0:13


「――――――――…。」
門をくぐり抜け、光の先に見えた場所――それは、新緑の森だった。
全体的に暗い所を見ると、どうやら今は夜らしい。一護は改めて辺りを見る。
しかし、何処を見ても覆い囲むような木々が広がっているだけだった。

――ここが、魔法の世界なのか?
一護は早速疑問をぶつける。

「オイ、本当に此処で合ってんのか?」
「…座軸は間違いないはずだが…」
 そう返すルキアも、どこか自信なさげだった。
しばらくすると、今度はチャドの驚きに満ちた声が聞こえてきた。
「おい…こっちを見てみろ」
 チャドが指差す方向――少し高い丘より、下から見える光景――。


――そこに広がるのは、未来都市のような街並み。
眩い月光の下に曝け出されるその都は、どこか現世とは違うものを感じさせる。
そして中央には、巨大な塔のようなものが、幾つか聳え立つように並んでいた。

 彼等は間違いなく、魔法の地ミッドチルダに来ていたのだ。


「……すっげえな」
一護が、驚き半分にそう呟いた。
「だが……現世とはどこか似ているな…街並みとか」
同じく驚いた様子で、チャドもそう言った。
「なあんだ、あたしが想像してたのとは全然違うなあ」
 ちょっと残念そうに、織姫が眼下の街並みを見る。
――何を想像してたんだろう…ちょっと気になるところではあるが、発想が宇宙レベルの織姫に、どんな答えが返ってくるかわからないのでやめとく事にした。

「…そんな事はどうでもいいはずだ」
 一護達の後ろで、そんな冷めた声が聞こえた。
振り向くと、冬獅郎達が自分そっくりの人形みたいなのを取り出していた。
「それ、義骸か?」
「ああ、霊圧を遮断する特殊な奴らしいが…」
死神が現世で活動する際、周りの人達に違和感がないように動けるよう作られた、擬似的な肉体。――それが『義骸』である。
――で、あるのだが…。

「オイ、松本…これは何だ?」

 自分の仮の体を見、若干怒りで震えるような声で、乱菊に訊く冬獅郎。
見てくれはどこからどう見ても自分そっくりであるのだが、彼の問題は一緒に来ている服装だった。
 今、彼の義骸の服装は、薄手の白いワイシャツに、簡素な半ズボンという出で立ち。
しかも頭には、可愛い麦わら帽子を被っていた。
――簡単にいえば、昭和の子供が着ていそうな服をしていたのだ。

「どうです? 隊長には何が似合うか一生懸命に考えたんですよ」
 しかし、本人は何の悪びれもせず、寧ろ誇るように乱菊はそう言ってのける。
ギロリ、冬獅郎は乱菊を一睨み。

「…隊長の健康管理云々は考えてくれなかったんだな、どう考えても寒いだろコレ…」
 確かに、段々と冷えるこの時期、そのうえ今は夜だ、いくら寒さに強い冬獅郎でも、寒いものは寒い。
 しかし、乱菊は有無を言わせなかった。
「まま、隊長 ものは試しですって ちょっとでいいから着てみてくださいよ!」
「おい! やめろ馬鹿――」
 皆まで言わせず、無理やり冬獅郎を義骸の中に押し込む乱菊。
そんな二人の漫才じみたやり取りを、一護達は遠巻きに見ていた。

「なあ冬獅郎、これからどうすんだ?」
「…既に本拠地は決めてある。これからそこに向かうぞ」
 重い口調でそう言う冬獅郎だが、今の格好だと威厳すら感じられなかった。
これで今の時期が夏なら、背後に『少年時代』が流れていることだろう。
正直、一護達は笑いを堪えるのに精一杯だった。
「う~ん、やっぱり虫かごとかあった方が良かったかな?」
「松本……殴っていいか?」



「…それより、斑目達はどうした?」
 ふと気づいたように、辺りを見回す冬獅郎。
「あれ? そういやいねえな」
随分静かだと思ったら、あの戦闘集団十一番隊の姿が影も形も無かったのだ。
本格的にどこに行ったか探し始める一護達。
「あいつ等何してんだ!?」

「…ム……」
「こっちにもいないよ!」

「…一護…」
「そういや、白哉もいねーぞ!」

「…ちょっといいか?…」
「何だよ!? チャド」
 先程から肩を叩くチャドに焦れるように、一護が振り返る。
次の瞬間、彼の口からとんでもない言葉が出てきた。



「彼等なら、『俺達は勝手にすっから後はよろしく』…とか言って此処を離れていったぞ」



「「「「「「…ハァ!!!?」」」」」」
 あまりの出来事に、一護達はただただ素っ頓狂な声を上げるだけだった。
「な、何で止めねーんだよ!!?」
「と…止めようとした時には、もういなくなってた」
「ど、どうします? 隊長」
 冬獅郎は、不機嫌そうに頭をガシガシと掻き毟って言った。

「…仕方ない、放っておけ」
 いまさら止めようとした処で、素直に言う事を聞く輩では無いということは、それなりに長い付き合いなのでわかっている。
本音を言えば、あまり管理局の連中に事を知られるようなことは避けたいのだが、彼等ならそう易々と捕まりもしないだろう。

――それに、大体こうなることは、行く前からすでに予想できたことでもあった。

「あいつ等なら、戦いの時にでも来るだろ」
「白哉は?」
「…あいつとは元々別行動だ」
 冬獅郎はそれだけ答えると、とりあえず今いる面子の確認をした。
白哉はともかく、敵の戦力が分からない今、十一番隊の連中がいないのは少し痛い感じもするが、まあ大丈夫だろう――とりあえず今はそう思うしか無かった。

「とりあえず、一旦降りるぞ。いつまでもここにいても仕方ないからな」
 一護達もそれに頷き、山を降りる。

  しかし、戦いの時は、直ぐそこまで迫っていた。




     翌日 機動六課 訓練場にて


「……はぁ」
今日もまた、散々としごかれた新人達。
やっとのことで、朝の訓練が一段落し、なのはからの労いの言葉が掛けられた。
「みんな、お疲れ様。――でね、実は何気に、今日の模擬戦が第二段階クリアかの見極めテストだったんだけど」
「…え?」
 咄嗟のことでついていけない新人達をよそに、なのはは一緒に教えていたヴィータと、長い親友の一人、フェイト・T・ハラオウンに訊く。

「二人はどうでした?」
「――合格」
「早っ!」
「ま、こんだけミッチリやってて、問題あるようなら大変だってこった」
 当たり前だ、という調子でヴィータは言った。
二人の返答に、なのはも頷く。

「私も、みんな良い線行っていると思うし、じゃあこれにて二段階終了!」
「やったーー!!」
 喜びに立ち上がるスバル達。どうやら先程までの疲労などすっかり忘れてしまったようである。

「デバイスリミッターも、一段階解除するから、後でシャーリーの所へ行ってきてね」
「明日っからはセカンドモードを基本形にして訓練すっからな」
「――え、明日?」
 疑問符を浮かべるキャロに、ヴィータが答える。

「ああ、訓練再開は明日からだ」
「今日は私達も、隊舎で待機する予定だし」
「みんな、入隊日からずーっと訓練漬けだったしね」
 あまりに簡単に放られた言葉。それを理解するのに、少し時間がかかったが。
その意味が、ゆっくりと分かり始めたときには、皆の顔は無意識に嬉しさに満ち満ちていた。

「――ま、そんなわけで」
「今日はみんな、一日お休みです! 街にでも出かけて遊んでくるといいよ!」
「はーーーい!」
元気いっぱいの新人達の声が、六課の訓練所内に響いた。




 ミッドチルダ 首都クラナガンのとある建物。
見かけこそは他に立ち並ぶビルと何ら変わりはないものの、中を覗くと中々に異様な光景が広がっていた。――少なくとも、この地の人々はそう感じるだろう。
木で造られた廊下、階段。襖の扉や畳の部屋。いわゆる和式の造りだった。

その一つ、『執務室』と描かれた部屋にて、乱菊は頭を抱え込んで何やら唸っていた。
――悩む彼女の前には、山のような書類の数々が散乱している。

「う~~、どうしよう…」
「松本…唸る暇があったら早くやれ」

隣の一際大きい隊長机で、冬獅郎の声が飛んできた。
彼の机にも、乱菊と同じ…否、その倍はあろうかという紙の束で覆われていたが、乱菊と違ってテキパキとこなす為、その減りはすごく早い。

「そんなこと言ったって…この数はないですよ!」
「早くしないと陽が暮れるぞ」
「…わかりましたよ」
 渋々一枚の書類に手をつけるが、数秒も経たないうちにまた唸り始める。さっきからずっとこれの繰り返しだった。

乱菊のこのような態度には、理由がある。


――それは数分前のこと。


「とりあえず、これからの方針を決めるぞ」
 朝に行われた、ミーティングの時だった。
「繰り返しになるが、俺達がここに来た目的は、また何か企図している藍染の足取りを、少しでも多く掴むこと。
その鍵となるのが、奴の狙っているレリックという代物、これが藍染に渡る前に俺達がいち早く回収し、そこから――ここまではいいよな?」
 冬獅郎は一旦区切って、皆がついてきているかどうかを見た。
簡単に確認すると、冬獅郎はまた続ける。

「だが、ここは異世界。勝手な行動はできねぇし、『少しでも』目立つものなら管理局の連中が即動き出して来るだろう、そうなるとますますやりずらくなる」

無駄に『少しでも』、を強調して、一護を睨む冬獅郎。
この態度には、一護もカチンときたようだ。
「じゃ、これからどうすんだよ!」
 声を荒げて一護は、冬獅郎に喰ってかかる。冬獅郎は、一泊間を置いてから続ける。

「とりあえず問題なのは、この辺の地理だ。知ると知らないとでは、大きな差が出る…簡単には見つからないよう、結界を張ってはいるが、この場所自体安全の保証は無いからな。――だから、お前等に最初にやってもらうのは、その辺も含めた捜査だ」
 冬獅郎は、そう言って皆を見渡した。

「怪しいところ、脱出の際に逃げ口になりそうなところ、――何でもいい、それを調べてくれ。無論何か進展があったら、すぐに連絡しろ。後で報告してもらうからな。」

「さっすが隊長!!」
 ここで、乱菊が自分のことのように、嬉しそうに言った。

「ここまで考えてるなんて、やっぱりできる人は違いますね!」
「…メンバーを選出するぞ」
 冬獅郎は、大して取り合わずに続ける。

「ペアに分かれて、黒埼・朽木、阿散井・茶度、あと井上だ。黒埼、朽木、阿散井は、既に素性がばれているかも知れないから、特に注意を払っておけ」
「…あれ?」
 おかしいぞ、というような声を上げたのは、無論乱菊だった。

「隊長、あたしは?」
「テメエと俺は待機だ――当たり前だろ」
「え…えぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」
 本人にとって予想外の展開に、乱菊は戸惑いを隠せない。
早速、冬獅郎に詰め寄る乱菊。

「な…何でですか!!?」
「理由は二つある、一つは、この世界は戸魂界よりも現世に近い。なら、現世に住む黒埼達の方が、俺達が見落としそうな事に気づく可能性があるだろ。――後もう一つ」
 今度は、あえて乱菊と正面から向かいあい、ギラリと見据えて言った。

「――テメエが行ったら、仕事をしねえじゃねえか!」
 考えてみれば、至極当然の判断といえた。
ただでさえ行くときに、任務より『そちら』の方に現を抜かしていたのだ。そうしない方がどうかしているといえよう。
 しかし、乱菊は納得がいかないようだった。

「で、でもさっき地理の把握は重要って言ったじゃないですか!? だったら人手は一人でも多い方が…」
「待機する役も重要だろうが ――安心しろ、暇つぶしの物はちゃんと用意してある」
 そう言って冬獅郎は、後ろの隊長机にある書類の山を指差した。


―――すなわち、イッツ、デスクワーク。


 瞬間、乱菊の血の気が一気に引いた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!! な…何なんですかあの数!??」
「当然だろ、今回の任務についての報告書と確認書、それから十番隊の業務云々……まあ、あそこまで溜まったのは、いままでテメエが何かしら理由をつけてはさぼってきた所為なんだけどな。まあ自業自得という奴だ」
 いい迷惑だ、と言わんばかりに冬獅郎はため息をついた。
異世界まで来ておいて、まさか見慣れた書類が出てくるとは、乱菊にとっては思いもよらないことであっただろう。

「まあ、アレが全部片付いたら、考えてやらんでもないけどな」
「た、隊長、何も今日やらなくても、明日やりますから!!」
「駄目だ テメエの『明日』は信用できねえ」
 その後も、何とか自分も捜査したいことを抗議すること数十分、だが結局、冬獅郎は首を縦に振ってはくれなかった。

 ――こうなったら最後の手段。

「隊長~~オ、ネ、ガ、イ♪」
遂には、色仕掛け作戦を使い始めたのだ。
この効果は、思わず一護達が赤面するほどのものではあったが、
『子供』+『長い付き合い』である冬獅郎に、通用するはずがなかった。

「いいから、や・れ」





 そんなこんなで、軽く数時間が経過していた。
しかし未だに書類の山は、彼女を嘲笑うかのようにその場に鎮座している。

「隊長…もう無理ですぅ…」
「愚痴を零すぐらいだったら筆を動かせって何度も言ってるだろ!」

ただでさえ書類整備が苦手な乱菊。その上早く片付けようと逸る気持ちが全て空回りしているおかげで、どうしても集中する所は自然と書類の山の方へと言ってしまうのだった。
 数分掛けて一枚仕上げては、未だに積もる書類を見て挫折に数十分―――この負の連鎖が、始まりから今までずっと続いていたのだった。

「隊長~~~」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないじゃないですか!」
「言いたいことならわかる、仕事を名目に遊びに行きたいんだろ?」
 この口論自体、もう何度目になるだろうか…。
しかし、同じ結果になるとはわかりつつも、乱菊は諦めきれないようだった。


「そんな、あたしだって、今回はあそっ…仕事の気持ちでちゃんと来ているんですよ!」
「遅えよ、今ホンネが聞こえたぞ。己の欲すら隠せない奴をどう信じろっていうんだ?」
「隊長は部下を信じるところから始まるんですよ?」
「だったらより信用されるようにもっと行動で示せ」
 さらに三十分ほどの時間を要して、この口論にも決着がついた。
結局乱菊は、重い溜息と共に再び席に戻る。
そしてまた、目の前の宿敵と目を向けることとなった。

「―――隊長のケチ」
明らかに聞こえるように放られたその言葉、聞こえたか聞こえなかったか、しかし冬獅郎は先ほどの口論なんかまるで無かったかのように仕事の続きを始めていた。
乱菊も、渋々仕事に取り掛かる。


しかし、やはり同じことの繰り返し。
そして無駄に時間は流れていく。


「はぁ…………」
 おもむろにつくため息。――冬獅郎の筆の動きが鈍った。



「はぁ~~~ぁ」
 やるせなさそうに書類を見下ろし、またため息。――冬獅郎の筆が止まった。



「はぁ~~~あ~~~あ」
 三度のため息。――冬獅郎の筆が震えだす。



「はぁ~~~~~~~あああ~~~~~~~~~あ~~~~~~あ」
 今度はもはやため息ではないだろ と思えるくらいに長いため息。
―――バキッと冬獅郎の筆が真っ二つに折れた。


「いい加減にしやがれ、ため息ばかりつきやがって!!!!!」
 遂に堪忍袋の緒が切れた冬獅郎、机を思い切り叩いて乱菊に怒鳴りこんだ。
同時に、せっかく整理した書類が幾つか宙に舞い散る。
しかし、乱菊の態度は変わらない。

「だってぇ…本当にわかんないんですもん」
 文字通り手を上げて降参の素振りをする乱菊。
そのあっさりとした態度に、冬獅郎は苛立ちを隠せない。

「……勝手にしろ!」
 そう吐き捨て、再び仕事に戻る冬獅郎。
乱菊も、大して取り合わずにまた大きなため息をつき始める。
「はぁ…………」

―――そんな状態が、さらに長い間続いた。



 しばらくして、おもむろに冬獅郎が呟くように言った。

「……けよ」
「え、?」
「とっとと何処か行っちまえって言ってんだ!」
 半ばキレ気味に冬獅郎は言い放つ。
――瞬間、乱菊の表情がいきなりガラリと変わった。

「隊長……」
「仕事しねえで四六時中そんなウザッてぇため息ばかりしやがって…こっちまで集中できなくなっちまう…もういい、今回だけは見逃してやる。」
「た…たいちょ~~~~!!」
 先程の鬱そうな顔はどこへやら、喜色満面の表情で乱菊は冬獅郎に抱きついた。
二人の背丈からして、丁度冬獅郎の顔は乱菊の神々の谷間にすっぽりと収まる形になる。

「隊長、ホントッ、大好きですよ!!」
「分かったっ…分かったから早く行け!!」
「は~~~い」
 小気味良い返事をして、早速支度にとりかかる乱菊。
やっと谷間から解放された冬獅郎は、どこかやるせない表情で乱菊の机の書類を見る。


 ――――今日中に終わるだろうか?


「準備完了っと」
「早っ!!!」
 次に冬獅郎が乱菊を見たときには、既に万端整った彼女の姿が。
―――この速さを髪の毛一本でもいいから仕事に回してはくれないのか?

最後に乱菊は、冬獅郎の方へ向いてニッコリ微笑んだ。
「じゃあ遊びに…じゃなかった……遊びに行ってきますね!!」
「ああ………? ってオイ!! 結局遊びに行くのが目的かぁ!!!」
冬獅郎が叫んだときには、乱菊の姿が影も形も無かった。

「……あンの野郎ォォォ!!!!!」
 冬獅郎の空しい声が、部屋全体に響いた。
だが、乱菊には聞こえなかったようだ。
今の彼女の頭には、もはや『仕事』の二文字は消えていた。
「もしもし、織姫? あたしなんだけどさ、ちょっと付き合ってよ!? え、仕事? いいじゃないそんなの!」




 人々が賑わう町の中で、当てもなくうろつく少女が二人。
高い街道の上で、久々の休日を満喫していたティアナが、おもむろに口を開いた。

「でもホント、こんなにのんびりするの、久しぶり」
「……だね……」

空を見つめながらそう返すスバル。同じく休みを楽しんでいる筈の彼女の瞳は、しかし心ここに非ずと言ったように虚ろだった。
その相棒の、何を聞いても上の空のような顔を見てティアナはやれやれ、と肩を竦める。

「あの子達のこと、考えてんでしょ?」
「…え!!! それは…」
「とぼけないの、何年アンタとコンビ組んでると思ってるの? それぐらいお見通しよ」
 ズバリ的中されたことで大いに慌てるスバル。
 ――そんな顔されたら誰だってわかるっての。ティアナは胸中でそう呟く。

「なのはさん達の手前、何とかするとか大見え切ったのはいいけど、その顔だと何にも考えて無いようね」
「……うん」
 今度はしょぼくれた様にスバルは頷いた。
ティアナは、今までの人生の中でも、最も大きいだろうため息をつく。

「アンタさぁ、いい加減その場のノリとかでもの言うのやめなよね」
「別に、ノリとかそうわけじゃないけど…」
 視線を再び空に上げて、そして心から思う。
――本当にただ、仲良くなれたらと。

「できれば、このまま何も起ってなきゃいいんだけど」





そう願うスバルの知らない所で、事態は動き出す。





 ――場所は変わり、研究施設。

「レリック反応を追跡していた、ドローンⅠ型6機、すべて破壊されています」
「ほう…」
 モニター越しに女性と会話をするのは、白衣の男――ジェイル・スカリエッティ。
別に映し出されたガジェットの残骸を見、至極興味深そうな表情をした。

「破壊したのは局の魔導師か…それとも、アタリを引いたか?」
「確定はできませんが、どうやら後者のようです」
「すばらしい、早速追跡をかけるとしよう」
底冷えするような冷笑を湛えてそう言うスカリエッティ。
と、そこにコツコツとこちらへと来る足音が一つ。

「ねえ、Dr。それなら、アタシも出たいんだけど」
「ノーヴェ、君か?」
「駄目よノーヴェ、貴女の武装は、まだ調整中なんだし」
「今回出てきたのがアタリなら、自分の目で見てみたい」
 どこかぞんざいな口調で頼む、ノーヴェと呼ばれた少女。
しかしスカリエッティは、ゆっくりと首を振った。

「別に焦らずとも、アレはいずれ必ず、ここにやってくる事になるわけだがね……まあ、落ち着いて待っていて欲しいね、いいかい?」
「……わかった」
 渋々納得したかのように、ノーヴェは引き下がった。
その間にも、彼等は事も無げに話を進める。

「ドローンの出撃は、状況を見てからにしましょう。妹達の中から、適任者を選んで出します」
「ああ、頼むよ」
そう言って頷くスカリエッティの視線は、もう片方のモニターに映し出された、何者かに破壊されたガジェットの詳細の方に移っていた。



「…俺の手が必要か?」
 不意に、スカリエッティの後ろから声が聞こえてきた。
ノーヴェとは違い、音も無く彼の背後を取る男。

男は、面妖な出で立ちをしていた。
全てが白く染まった様な、死覇装にも似た服を着こなし、頭部には虚の欠片と思しき物が付いている。そして精密機械を思わせるような感情の起伏が見られない顔。
その冷徹な表情で、彼は睨むように訊ねていた。


「君の出番はここじゃあ無いよ」
しかし後ろを取られにも関わらず、スカリエッティの声は平坦そのもので返した。

「『破面』の力というのが、どれ程のものか、確かに見てみたいところだが、ここで使うにはいささか早計というもの……当面君には別の場所で働いてもらうとしよう、頼むよ、ウルキオラ」
 その言葉に、男――ウルキオラは特に異議を唱えることはしなかったが、いま一つ、確認するように訊く。

「別に構わないが、藍染様との契約を、忘れてはいないだろうな?」
「わかっているさ、私と君の主とは、少なからない仲でもあるのだからねえ――約束はちゃんと守るよ」
 彼の謹直さに苦笑いを呈しながらも、スカリエッティは頷いた。

―――ならいい、とそれだけ確認するとウルキオラもその場を後に去って行く。

「……後は」
 そしてスカリエッティは再び視線をモニターに戻し、そこに映る高台――を感慨も無く見下ろす少女を見て呟いた。
「愛すべきもう一人の友人にも、頼んでおくとしよう」




「あ~~買った買った!」
 大手を振って歩く二人の女性がいた。
道行く人が十人いれば十人、振り返ること間違いなしの美女二人が、両手に買い物袋を抱えて歩いている。
「あの…いいんですか? こんなに買っちゃって」
 隣の巨乳美女、織姫が手荷物を見て恐る恐る訊くが、しかし乱菊はどうってことなさそうに返す。
「いいのよ! ちゃあんと経費から落としてきたし!」
「それ、いいんですか? 勝手に使っちゃったら日番谷君怒るんじゃ…」
「大丈夫、うちの隊長は懐が大きいから!」
 にっこり微笑んで言い切る乱菊。―――冬獅郎の苦労はまだまだ絶えない。
アハハ、と織姫が苦笑いを呈しながら、何気なく道を歩いていたその時。


「……?」
 ふと、何か気付いたように織姫が立ち止った。

「どうしたの織姫?」
「え、と…今何か聞こえませんでしたか?」
 周りを見渡して、聞き耳を立てる織姫。
乱菊もそれに倣うが、特に怪しい音は聞こえてこない。

「別に何も―――」



    カコン




く低い音が、乱菊の耳にも響いた。
聞き間違いじゃない、確かに何かが…こっちに来ている。

「こっちです!!」
 織姫が、角の路地裏に回った。
乱菊も織姫の後を追って角を曲がる。

 次の瞬間、二人は驚きに目を見張った。

「乱菊さん…これは……」
今、織姫たちの目の前には、重度の怪我を負った、少女が倒れていた。
だが、乱菊が目を向けたのはそこだけではなかった。

「……この子…」
 乱菊が彼女を介抱しながら、少女の腕に繋がれているケースを見た。
―――それは、レリックのケースに他ならなかった。


「とにかく、隊長に報告しなきゃ」
 彼女の瞳には、いつもの楽天的な表情が微塵にも消えていた。





 仮本拠地内 執務室にて

「…………終わった……」
 今しがた最後の生類整備を終え、やっとぐったりと机に項垂れる冬獅郎。
―――結局、乱菊の分までやってしまった。
先刻ほどに乱菊が出て行った時は、目も当てられないほどに雑多だった副隊長机も、今や自分の机と同じように綺麗に整っている。

 しかし、今広がる光景とは裏腹に、冬獅郎の心はストレスで曇りに曇っていた。

(やっぱり俺はお人好しか?)

 自己嫌悪で悶絶する冬獅郎。こんな調子では本当にこれからが思いやられる。
――もし、こんな時に何かありでもしたら。



「ん、何だ?」
 それを告げるかのように突然、懐にある伝令神機から、連絡が来た。
嫌な予感がすると分かりつつも、冬獅郎は渋々電話に出る。

「――十番隊 日番谷だが」
「隊長ですか? あたしです!」
「……何だよお前か」
 ただでさえ深い眉間をさらに寄せて、不機嫌を露わに訊く。

「一体今度は何があったんだ?」
「単刀直入に言います、路地裏で少女が大怪我で見つかったんです!!」
そらきた。
また新たに増えた厄介事に、冬獅郎は大きなため息を吐く。

「オイ…テメエまさか、それも俺の手が必要とか抜かすんじゃねえだろうな? それくらいの状況判断ぐらい自分でしやがれ―――」
「少女の持っていた物の中に、レリックと思しき物も見つかりました」


「!!!」
 瞬間、冬獅郎の目が驚きに開かれた。
まさかこんなにむ早く見つかるとは―――。
どうやら、状況というものは、いつもやってきてほしくない時にこそ、起こってしまうものらしい。
冬獅郎は再び大きなため息をつくと、改まった声で訊き直した。

「…場所は何処だ?」





「あ、ここです! 隊長」
 数分後、乱菊達の処に、えらくクールな、昭和風の少年服を着た冬獅郎が路地裏へと行き着いた。
「隊長…その服で来たんですか?」
 勇気があるなあ、という目と、それはないだろう、という珍妙な目で冬獅郎を見る乱菊。
―――どうやら自分がこれを着せたことは遥か遠い記憶の中に置いてきてしまったらしい。

「松本…テメエ後で覚えてろよ」
 そう吐き捨てから、改めて織姫の結界術で治療中の少女と―――隣の鎖に巻かれたケースを見やった。

「………封印は?」
「一応、しときました」
「――そうか」
 冬獅郎の視線は、レリックから再びケースへと移る。
正確には、ケースに繋がれている鎖に注目しているようだった。


「…これは……」
――切れている鎖の先端。
冬獅郎がそこから答えを導き出すのに、そう時間はかからなかった。


「レリックはもう一つある」
「――え?」
「直ぐに動くぞ、松本、準備をしろ」
 あまりの事についていけない乱菊を余所に、冬獅郎はすぐさま懐から丸い丸薬――もとい義魂丸を取り出し、口に入れた。

仮初の肉体から、彼の本来の姿が現れる。
黒い着物『死覇装』を身に纏い、さらにその上、護挺隊の頂点に立つ者のみ着用が許される『隊首羽織』そこに書かれている『十』の数字の白い羽織をなびかせ、そこに長身の愛刀を担ぐ。
同時に、先程まで不機嫌で歪んでいた顔も、威厳のあるものへと変わっていた。

「はぁ…仕方ないか」
 渋々といった感じで、乱菊も冬獅郎の後に続き、義魂丸を口にする。
同じように身体から魂が引き剥がされ、冬獅郎と同じ死神装束の彼女が現れ出る。


その頃には、冬獅郎がレリックをケースから取り出し、先程までの自分の義骸に指示を出していた。
「とりあえず、お前達は拠点にまでこのレリックを届けてくれ」
冬獅郎の身体に入った義骸は、大仰な敬礼を取って答える。

「わかりました! 70%の確率で届けます!」
「100%の確率で届けろバカ!!」
 多少の不安は残しながらも、冬獅郎と乱菊の義骸達は素直に指示を受け取り、速やかにその場を去って行った。冬獅郎は素早く乱菊に向き直る。

「松本、お前はまず今のこの状況を黒埼達に伝えろ。それが終わり次第、残りのレリック探索を始めるぞ」
「え~~~! 地下水の中を探し回るんですかあ?」
乱菊も開けられた地下道を見、不服そうな声を出す。
しかし、冬獅郎は有無を言わせない。


「松本、束の間の休息はもう堪能しただろ?」
 その口調は、先程までの不機嫌が醸し出したようなものでは無かった。怒鳴るでもなく諭すでもない、ただただ静かで、そして重みのある声。

「こっから先はマジで取り組め―――でねえと、死ぬぞ」
「…わかってますよ」
面倒そうに返しながらも、もう彼女の瞳からは、いままでのお茶らけた感じは消えていた。

「あの、日番谷君…あたしはどうしたら…」
「お前は、そのガキをある程度治療したら保護しろ―その後は命があるまで待機だ。わかったな」
「え、でも―――」

その眼には、「自分も戦いたい」という意味が容易に察せられた。
だが危害を加えられない彼女の性分では足手まといになることは分かり切っているし、第一状況が状況、個人の我儘に付き合うほど、今は暇でも無かった。

「言ったろ、待機する役も重要だってな――だから大人しく待っていろ」
「大丈夫よ、直ぐに終わらせてくるから」
「…わかりました」
 乱菊のその言葉に、織姫はただ頷くしかなかった。
そして、二人は再び地下水の入口の方に向き直る。

「準備はいいな、松本」
「何時でも」
 簡素な返答――だが、それだけでお互いの準備ができたことが、長年培ってきた信頼でわかっていた。
「日番谷君、乱菊さん」
織姫は、二人が消える最後の最後まで、冬獅郎達を見送っていた。

「―――気をつけて」
「ん、ああ」
「これが終わったら、またショッピングの続きでもしようね」
二人は、それぞれ織姫にそう返すと、暗い地下水の穴の中へと消えていった。





「―――それにしてもこの子、どっから来たんだろう?」
 目を覚ますまでの間、その場で治療することにした織姫は、改めて酷く傷ついた少女を見やった。着てる服や、痣だらけの身体を見ても、ただ地下水を歩いてきたにしてはおかしい位ボロボロだった。無論、レリックのケースを何故運んで来たのかも大きな疑問の一つ――なのだが……。

(…何だろう、この子…)

 それ以上に織姫の疑問を抱かせているのが、少女から感じる『霊圧』だった。
決して大きくは無い、むしろ小さい部類に入るくらいものではあるのだが、――どこか違う、織姫は理屈ではなく感覚でそう感じた。
 死神のものでも虚のものでも無く、だが自分達ともどこかかけ離れているような…この感覚は一体……。


「ウオオオオオオオオオオオオオァァァァァァ!!!!!!」


今度は路地裏の奥で、地獄から聞こえてくるような、重く、響くような唸り声が聞こえてきた。
織姫は、一旦手を休め、恐る恐る向こう角で蠢く影を見た。


 ――腕が、脚が。


人体の形相を留め得ないその姿態を見たとき、織姫の神経に戦慄が走った。

(虚だ……!! 何でここに?)

新たに湧き出る疑問。
虚は、自分に気づかず、その場から消えていく。
 ―――このまま野放しにはできない。

「ゴメンね、直ぐ帰ってくるから」
 織姫は少女に結界術を張ったまま、急いで虚の後を追いかけた。
角を曲がり、細道を通り、人気の無い路地裏を突き進み―――そして、見つけた。
長い時間を掛けてしまったが、漸く虚の影がその眼に視認することができた。

(せめて、これぐらいはみんなの役に立たなきゃ!!)
 そう意に決し、攻撃準備を整え、虚に向かって行こうとして―――不意に止めた。

「―――ガッ!!!?」
「……え?」
 突然虚は、頭を抱え込んで苦しみだした。
それと同時に、虚の身体がみるみるうちに溶けだし始める。
鱗のようなもので覆われた皮膚は、不気味な音を立てながらドロドロに落ちて、その上から蒸気が立ち込める。

「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
そして次の瞬間、原形すら留めずに、虚は字義通り蒸発して、消えた―――。

「……どうなってるの……?」
 織姫は、わけがわからず、ただそこで立ち竦むだけだった。


そして、その同じ頃。


「―――あれ?」
「どうしたの、エリオ君?」
 同じく束の間の休暇を楽しんでいたエリオとキャロは、ある街路地で足を止めた。

「いや、何か叫び声のようなものが聞こえたような――」
 エリオは不審げに辺りを見回し、そしてすぐ角にある細道に目を向けると、そこに一目散へと駆け出した。

「あ、待ってよエリオ君!」
急いで追いかけるキャロを余所に、エリオは角を曲って、そして驚きに立ち止った。
後から来たキャロも、エリオが見ているものを見て、その理由を悟った。

 道端に、不思議な光に包まれている少女が倒れていた。

「お…女の子? 怪我してる!」
「それと…何だろ、この光…?」
 少女に駆け寄り、不思議に光るものにエリオが触れようとした時、それはふっと消えてしまった。

「な、何? 今の」
「と……とにかくスバルさん達に知らせないと!!」
 慌てふためきながらも、少女の介護を始めるエリオとキャロ。
そんな彼等のやり取りを、頭上から遠巻きに見る小さな影が二つ。

「た…大変だ……」
 さっきまで少女の、治療の担当をしていた織姫の分身体ともいえる小人――舜桜が、エリオ達と同じくらいに慌てて言った。

「とにかく、織姫さんに知らせないと…!」




 時は進む、ゆっくりと。
  世界は交わる、再びに。
   そしてそれぞれの思いを胸に、彼等は衝突する。






―――――――――――――――――――――――――――To be continued.

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最終更新:2009年04月30日 19:32