第1話 「異界の飛行隊」


「敵戦闘攻撃機の全滅を確認」
 AWACSから敵機全滅の報を受け、ようやく一息つくことができた。今日のイーグリン海峡は酷く視界が悪く、通
常なら問題無くこなせる筈の空戦も、今日は勝手が違うと強く感じた。戦闘空域全体が厚い雲で覆れ、昼間だと
いうのに薄暗く、向こう何マイルにも渡って薄く霧が出ているかのようだ。
 空の色は海面のそれに限りなく近く、少し遠くを見れば空と海面の識別が曖昧になっている。そのことが、空に
いながら奇妙な閉塞感を味わう原因となっていた。このような状態での突然の敵機来襲は、自分を含め友軍を多
少なりとも混乱させるには十分だった。だが、先日の奇襲攻撃で心理的に構える用意ができていたのか、今回は
素早く態勢を立て直し、敵攻撃隊の撃退に成功した。
「何とかなったな。そっちはどうだ?ブービー」
 機体を水平に戻しつつ、ブービーと呼ばれた男、ブレイズは、おしゃべりな僚機からの通信に耳を傾けた。
「ああ、こっちは問題無しだ。ナガセ、グリム、無事だな?」
 彼は僚機からの問いかけに自らの無事を伝えつつ、他の僚機にも同じ質問を投げかける。
「ええ、私も機体も異常はないわ」
「こっちも問題ありません。無事に飛べてます」
 僚機からのある種当然とも言える返答に、思わず笑みを浮かべた。ユークトバニア連邦共和国が、オーシア連邦
に対して宣戦布告を行い、セントヒューレット軍港への奇襲によって端を発した今回の戦争。開戦からまだ三日ほ
どしか経っていないが、その過程は決して穏やかな物ではなかった。セントヒューレット軍港では護衛対象を守り
きることはできたが、湾内の施設は壊滅的な被害を受け、停泊していた多くの艦艇は反撃もままならぬまま、沈没
の憂き目を見た。その日の夕刻には、ブレイズ達が配属されている基地、サンド島に対してユークトバニア軍は爆
撃機を含む攻撃隊を差し向けてきた。開戦以来、彼らは常に最前線にいた。それは、文字通り死と隣り合わせであ
ると言えるだろう。いつどこで、誰が命を落としてもおかしくなかった。こうして四機が揃って無事であることは
幸運であり、奇跡でもある。今日もこうして無事に帰ることができる、そのことがブレイズには何より嬉しく思えた。
「それにしても、だ。あいも変わらずシケた天気だぜまったく。もう少しシャキッとしやがれってんだ」
「そう言うなよチョッパー。あんまり無駄口叩いてるとまたどやされるぞ」
「けどよぉ、こう冴えないとこっちの気分までブルーになるぜ」
 チョッパーが更に何かを言いかけた時、『雷』が落ちた。
「こちらサンダーヘッド。ダヴェンポート少尉、私語は慎め」
 ほら来た、とブレイズは内心で呟く。この堅物なAWACSとは開戦よりさらに前、国籍不明機もといユークトバニア
軍機の領空侵犯時からの付き合いだが、五日以上経った今でもこの有り様だ。無線を使用しての私語は許さないとい
うのは、規律を重んじているのであろう彼にとっては至極当然のことなのだろう。だが、現場にいる者としては雑談
の一つでもしなければ気が参ってしまいそうだ。などと言う意見を述べてみたいが、心の内に留めておくことにして
いる。言ったところで一蹴されるのは目に見えているからだ。それでも、今日もチョッパーは諦めずに食い下がる。
「もう終わったんだから良いだろ。それよりガソリンスタンドはどうした?基地まで泳いで帰れってか?」
「私語をやめろと言っている。ウォードッグ隊、空母ケストレル上空で空中給油機を待て」
 空中給油機という言葉を聞いて、ブレイズは改めて燃料計に目をやり、残燃料を確認した。ブレイズ達が搭乗して
いる機体、F-14Bトムキャットは本来艦上戦闘機として運用される機体だ。主翼には可変後退翼を採用し、F-110タ
ーボファンエンジンを二基搭載している。可変後退翼のおかげで、F-14はその大柄な外観に反して良好な機動性を発
揮できていた。この機体の本来の任務は、機首に搭載されている強力なAN/AWG-9レーダーで敵機を遥か遠方から探知、
迎撃することにある。しかし、ひとたび空戦になればF-14は可変後退翼を状況に応じて最適な角度に調整、敵機との
格闘戦も難なくこなすことができる。
 このように高い性能を持つ機体であるため、ブレイズ達のように空軍でありながら海軍機であるF-14を運用するこ
とはそれほど珍しいことではなかった。だが、もともとが海軍仕様の機体であるため、陸上で運用する空軍機と比べ
て見劣りする部分も存在する。燃料に関する問題はその内の一つである。お世辞にも燃費が良いとは言えないF-14は、
長時間飛行するために膨大な燃料を必要とする。サンド島からここまで飛行するために、ドロップタンク(増槽)を装
備してきたが、到着時には既に使い切っていた上、交戦開始時に投棄したため、今は無い。残燃料を確認した彼は、僅
かに眉を顰める。燃料計はもうすぐ半分を切ろうとしていた。後で給油を受ける手筈になっているとはいえ、片道分の
燃料さえ無いことを知らされるのは、気分の良いものではない。そろそろケストレルの上空へ行かねばならないが、チ
ョッパーはまだサンダーヘッドと揉めている。
「チョッパー、その辺にしておきなさい。給油機が来るまでおとなしく待ってなさい」
「ナガセの言うとおりだ。暇なら目の前の計器と睨めっこしてみたらどうだ?意外に飽きないぞ」
「……忘れようとしていたのに。嫌味かよブービー」
「チョッパー少尉、燃料に余裕はありますか?僕はまだ半分ちょっとありますが」
「いや、あれだ。ほら、俺の機体は実際よりも少なく表示して燃料の無駄遣いを控えさせてるんだな。うん」
「ウォードッグ隊!私語をやめ…、待て」
 私語をやめろと言いかけて、何かあったのだろうか、サンダーヘッドが交信からいなくなった。うるさいお目付け役
の突然の退場に、チョッパーは内心小躍りしていた。あんな堅物の石頭がいては、落ち着いて軽口を叩くことさえでき
やしない。
「さぁ、もういいだろう。ケストレルの上空で給油機が来るのを待とう」
「了解、お行儀良く列に並んで待ってようぜ」
 お前が言うか、とは口に出して言わなかったが、ブレイズは苦笑する。チョッパーのおかげで場の雰囲気が少しでも
和やかになるのは、初対面の頃から確認済みだ。
 眼下では、オーシア国防海軍第三艦隊所属艦艇が悠々と航行していた。太平洋側のセレス海と、オーシアの内海であるベ
ニオン海とを結ぶこのイーグリン海峡には、海峡の最も狭い箇所にランガートラス橋が架けられている。その橋よりや
や内海側、つまり橋を越えたあたりに空母バザードが、さらに前方には空母ヴァルチャーが護衛の艦艇と共に内海を目
指して進んでいた。ブレイズ達の目標、空母ケストレルはようやく橋を越えようかとしている状態だった。その上空で
は、艦載機の一部が引き続き周辺警戒を行っており、次なる脅威に対して睨みを利かせていた。ケストレルの姿が機首
に隠れて見えなくなろうとしていた時、再びサンダーヘッドからの通信が入る。あぁ、さっきの続きで今度はこっちま
で飛び火するだろうなぁ。彼は付近では未だ緊張状態が続いている中、そんな暢気なことを考えて一人気が滅入ってい
た。オーシアの内海付近での敵機来襲、敵の攻撃自体が予想されていなかった場所とタイミングでの脅威は過ぎ去った。
航空攻撃が失敗に終わった今、もはや敵からの攻撃は無い。そう考えた上での、ささやかな心配は杞憂に終わる。サン
ダーヘッドからもたらされた情報は、ブレイズの考えを根底から否定し、最悪の状況に陥ったことを意味するものだった。
「弾道ミサイル接近!」
 一瞬、無線の先にいる相手が何を言ったのか理解できなかったが、数秒後に起こった事態を目の当たりにして完全に
把握した。
「弾道ミサイルって…、一体どこから発射したんだ?」
 グリムが半ば疑うかのように口を開いた直後、遥か上空から一つの光が降って来た。そのまま地上に衝突するのかと
思わせる速度で飛来したその物体は、突如上空で炸裂、破片のように何かが地表に降り注いだ後、消滅した。不発だっ
たのかと思い、状況を確認しようと落下地点に目を向けた瞬間、それは起こった。落下地点を中心に目を覆わんばかり
の大爆発が複数発生、その衝撃は大気を伝い、離れた場所を飛行しているブレイズの機体さえ揺らそうとした。強烈な
光と共に現れた爆風が晴れた時、目を疑いたくなるような信じ難い光景が広がっていた。同じ感情を仲間や友軍も抱い
たらしく、悲鳴、怒号、恐怖、様々な感情のこもった声が引っ切り無しに聞こえてきた。
「味方の編隊が消えた!」
「俺の後ろにいたやつが見えないぞ!墜ちたのか!?」
「やられた!制御不能!」
「太陽でも爆発したのか?すごい衝撃だったぞ!」
「敵の攻撃は終わったんじゃなかったのかよ!?畜生!」
 空と海、両方の無線が錯綜し、もはやどちらのものなのか区別が付かなくなっていた。わかっていることは、弾道ミ
サイルでの攻撃を受け、大混乱に陥っていることだけだった。そんな中、次の通信は空軍海軍の区別無く、はっきり
と理解できた。そして、その内容はこの場にいる全てのオーシア軍将兵にとって絶対に聞きたくないものだった。
「空母が、空母が被弾した!傾斜してゆく!」
 三隻の空母の内、最も前方を航行していたヴァルチャーが、黒煙を噴き上げつつ急速に右へ傾いていく様子が空から
もよく見えた。黒煙を大量に噴き上げ、火災を発生させつつ傾いていくその様は、痛みに悶えて悲鳴を上げているかの
ようだ。
「誰か!一体何が?」
「わからない!だが、さっきの様子を見た限り五千フィート以下のやつがやられたようだ!」
 ナガセからの悲鳴にも似た問いに、ブレイズはHUD(ヘッド・アップ・ディスプレイ)に表示された高度を確認しな
がら答えた。
水平飛行を維持してから現在までの高度は変わらず五千百フィートの筈だ。それを下回る味方機はほとんど見えなくな
って いた。次にどう行動しようか周囲を見回しながら思案していると、サンダーヘッドから更なる凶報がもたらされた。
「ミサイル第二段飛来!」
 攻撃隊全滅に対する報復なのか、あるいは何が何でも空母は沈めるという意思表示なのか、ユークトバニアは更なる
弾道ミサイル攻撃を行ってきた。もう弾着まで時間は無い、友軍機も五千フィート以上が安全圏だと考えたのか、次々
と上昇してきている。
「どうするんだ、ブービー。俺はお前についてゆく」
「隊長!五千フィートってのは確かなんですか?」
 僚機からも、指示を求める声が来ている。五千フィート以上なら安全という確かな根拠など無かった。しかし、今は
それに賭けるしか助かる術が無いことも事実だ。
「大丈夫だ!五千フィート以上なら問題無い!だが、念には念を入れて六千フィートまで上がるぞ!」
 そう告げた後、彼は操縦桿を引き起こしてF-14の機首を上げ上昇を開始する。僚機もそれに従う旨の返答をし、ブレ
イズ機の後を追う形で上昇を始める。
「了解。念には念を、だな」
「了解です!隊長に続きます!」
 六千フィートに到達し、機体を水平に戻し始めていたブレイズの耳に、友軍からの無線が響き渡る。その内容
は混乱に満ちながらも、必死に生き残ろうという意思が伝わって来るものだった。
「五千フィート以上なら助かる保証があるのかよ!?」
「黙ってろ!口を動かしてる暇があるなら操縦桿を引け!さっさと上昇しろ!」
「上がれぇ!とにかく上がるんだ!」 
「出力最大!これが限界だ!」
 もっと角度をつけろ、機体の状態など無視してとにかく上がってこい、早くしろ、もう時間は無い。誰に呼びかける
わけでもなく、彼は心の中で叫ぶ。眼下を進んでいた艦艇も最初の弾着地点から遠ざかるべく、最大戦速で離脱
を図る艦、回頭を行いこの戦域から離脱する艦等様々だった。中には、ダメコンの甲斐無く沈み行く艦、海に投げ
出された味方を救助しようとする艦もあった。そんな友軍の努力を嘲笑うかのような、最悪の状況の発生をサンダー
ヘッドが知らせる。
「弾着まであと十秒、八、七……。」
 数分前に起こった悪夢が、あと十秒もしない内に再現される。下を見れば、未だ五千フィートに到達できていない
機体、離脱が完了していない艦等直視したくないものだった。
「三、二、弾着、今!」
 秒読みが終わると同時に、眼下では二度目の大爆発が起こる。今度はほぼ真下であるため、最初のものより強い
衝撃が機体を揺さぶる。弾着地点を見て、ほんの数分前までそこに在ったものを思い出した。
「あそこにはバザードと護衛の駆逐艦が二隻……!」
「甲板から人がこぼれ落ちている!」
「また一隻沈むぞ!」
 繰り返された友軍への甚大な被害を想像して、胸が締め付けられると共に右手で操縦桿を強く握り締めた。これだけ
のことが起こって、下は今どうなっているのだろうか。あまり見たくは無かったが、確認しない訳にもいかない。     
 スロットルレバーを半分ほどまで引き、操縦桿を左に倒して状況確認に行こうとした時だった。突如、目の前に強烈
な光が現れ、機体が大きく揺さぶられた。
「しま……!」
 六千フィートもの上空へ上がっても無駄だったのか、内心後悔すると同時にこれから自分に訪れるであろう結末が頭
をよぎり、覚悟した。キャノピーが粉々に吹き飛び、主翼は引き千切られ、回転計の数々は振り切れんばかりに針が回
転、目前の計器類から突如炎が噴出し、コクピット内の至る所からもブレイズの身を焼き尽くすかのように炎が溢れ出、
脱出も叶わぬまま空中で爆散する。

  ところが、そのような事態が起こる気配は一向になく、恐る恐る目を開けると、ブレイズを焼き尽くそうとした筈の
計器類からの炎は一つも出ていなかった。回転計の針も狂うことなく正しい値を示し、全ての機器が忙しそうに自らの仕
事を続けていた。
「助かった……?」
 酸素マスクからは変わらず酸素が供給され、パイロットスーツのどこかが破れた感触も無く、彼の身を射出座席に拘
束するハーネスも緩むことなく締め付ける。身体の無事を確認したところで、今度は機体の状況を確認すべく、目の前
の計器類に注視した。HUDも、その下にある四角い画面のVDI(垂直状況指示器)も、その右にある予備姿勢指示器も揃
って水平飛行を続けていることを示していた。
「ブレイズより全機へ、異常は無いか!?」
 助かったのが自分だけだなんて思いたくない、なんとか無事であって欲しい。そんな願いが通じたのか、彼の耳に聞き
たかった声が聞こえてきた。
「機体に異常無し。大丈夫、生きてるわ」
「えと、助かったんでしょうか…?」
 あと一人足りない、まさかと思ったブレイズは大音声で呼びかける。
「チョッパー!無事なのか!?応答しろ!」
「ど、どうなっちまったんだ…?俺は生きてんのか…?」
 彼の心配を余所に、何とも間の抜けたチョッパーの声が聞こえてきた。全員の無事を確認したブレイズは一先ず安堵
する。
「そんなに気になるなら、操縦桿を倒してみろ」
 直後、「おわぁ!」とチョッパーからの悲鳴を聞いて少し呆れたことは本人には黙っておくことにした。
 改めて下界を見渡すと、その風景にブレイズは動揺を覚えた。
「森林地帯…?それに、山…?」
「岩肌の見える箇所もあります。山岳地帯でしょうか…?」
 彼の疑問に対し、グリムがより正確な情報を補足する。そのおかげでますます混乱しそうになった。確かにイーグリ
ン海峡付近にも山はあるが、こんな風景は見たことが無い。まして、見渡す限りの森林地帯など、自らの記憶には存在
しなかった。GPSがあればここがどこなのか直ぐに判るのだが、F-14には搭載されていないので自らの記憶に頼るしか
ない。チョッパーかナガセにも聞いてみようとしたブレイズだが、突然の報告で中止せざるを得なくなった。
「ブレイズ!上を!」
「どうした!ナガ……!!」
 主語も無く、ただ上と言うだけの短い通信に違和感と僅かながらの恐怖を抱いた。常に冷静沈着なナガセが、正確な
情報を伝えること無く交信を終える。それは、何か只ならぬことが起きていると連想するには申し分ない材料だった。
この状況にあって、更なる敵機の襲来か、それとも弾道ミサイルの飛来か、大気圏外から隕石でも落下してきたのか。
考えられる全ての状況を念頭に、ブレイズは 上空を見上げたが、想像を遥かに上回る光景に絶句した。おそらく、最初
にこの光景を見たナガセも同じ感情を抱いたに違いない。他の僚機も、同じく空の異変に気づいたのか、口々に言葉を並
べている。
「この状況、説明できるやつはいるか?」
「………」
「月、にしては数が多い。ユリシーズがああなった、わけでもないですよね」
「何だ何だこの風景は?B級映画にしちゃぁ出来が良過ぎんぞ!」
 彼らが目にした物、それは空に浮かんだ月のような天体。問題はその数が一つではないことだった。地球の周りを周回
する衛星は 月が一つ、そんなことはハイスクールを出ていない者でも分っている常識中の常識だ。だが、目の前の光景は
その常識を粉々に打ち砕いてくれた。これからどうしようかと途方に暮れていた時、天からの助けが舞い降りた。
「こちらサンダーヘッド。ウォードッグ隊、今どこにいる?」
 いつもなら顔を顰めるところだが、こういう状況ともなれば一つでも自分の知る存在が多いと非常に心強く感じるものだ。
「サンダーヘッド!無事だったのか!」
「おお、なつかしい声だぜ!相変わらずの美声だな!」
「私語を慎め、ダヴェンポート少尉。ブレイズ、そちらの位置は分かるか?」
 こんな状況でもこの調子だが、それすら心強く思えてしまう。
「生憎見当もつかない。そもそもここはオーシアなのか?こんな光景見たことがない。そっちではもう見たのか?やたら
と月のような天体があるんだが」
「確認済みだ。衛星その他全ての情報が途絶している。完全に孤立している模様」
 落ち着いた声でそんなことを言わないでくれ、サンダーヘッドの冷静さが恨めしく思えてくる。これで現在位置を把握
するという望みも絶たれてしまった。レーダーでそちらとの距離は掴めている、と付け加えてきたが、あまり慰めにはな
らなかった。肝心の位置が分からなければどこへ飛べば良いかも分からない。
「さて、どうするかな。この分じゃ北へ向かってもハイエルラーク基地は無さそうだ」
「というよりここはどこだ?見渡す限り山、山、山。人口なんてまるでねぇや」
「闇雲に飛ぶ訳にも行かない。だけど…」
「隊長、もっと高度を上げてより遠くを見ませんか?」
「そうだな……」
 高度を上げたところで、何か変わった物が見つかるとも思えないが、やらないよりはマシだろう。操縦桿を緩やかに引
き起こし、上昇を始めようとしたブレイズの視界に、不審な物が入った。
「あれは……?」 
 まだかなり距離があるので、断定はできないが、微かな希望が芽生えてきた。下は鬱蒼とした森林地帯、周辺には岩肌
が露出した山岳地帯、バカンスに来るのは御免被りたいが、野生動物保護区にするにはもってこいな自然の豊かさだ。そ
んな大自然の中、明らかに自然にできた物とは違う存在があった。 
 断崖絶壁に沿うように存在し、辿って行けば森林地帯に消えて行くその存在。明らかに人工物、それも彼はそのような
物と似た施設を知っていた。
「ブレイズより全機へ、二時方向の山の麓に鉄道らしき物を発見!確認を頼む!」
「鉄道だって!?」
「確認しました。人工物であることは間違い無いと思います」
「二時方向…二時方向…。あった!見えました!」
 全員が鉄道らしき施設の存在を確認、これで幻覚でないことは分かった。あれを辿って行けば、何れ開けた場所、つま
り人がいる所へ辿り着ける筈だ。些か楽観的かもしれないが、何の手がかりも無い状態と比べれば遥かに生存の可能性が
上がった。
「サンダーヘッドよりブレイズへ、鉄道というのは確かなのか?」
「ああ、今から確認に行こうと思う。辿って行けば人のいる所が見つかる筈だ」
「了解、十分に注意せよ」
 高度を落とし、鉄道のような施設の確認に向かう。先程までは遠すぎて判然としなかったが、今ははっきりと分かる。
紛れも無く線路だった。ブレイズは、あまり鉄道という物に関して詳しくはなかったが、どこまでも続くレールを見て
それを否定するほど物を知らない人間でもない。徐々に近づくにつれ、線路の構造も明らかになってきた。田舎や発展
途上国で見られるような、木材等で造られた簡素な物ではなく、見るからに頑丈そうな近代的な構造だ。これ一つを以っ
て判断するのは早計だが、少なくとも低くない技術力を持っていることは窺い知れる。
「やはり鉄道だったか」
「ええ、それもかなり発達していそうね」
「どこの誰だか知らねぇが、こんな未開の地のど真ん中に手間の掛かる物造ってご苦労なこった」
「整備の必要がなかったりして」
 などと、この異常事態に遭遇して初めて見つけた人工物に対して、思い思いの感想を述べていく。突然何も無い場所
に放り出され、当ても無く彷徨うことになるのかと思った矢先の嬉しい発見である。つい先ほどまでやや沈んだ調子だ
ったチョッパーも、いつの間にかいつもの軽口を叩き始めていた。そのたびに、サンダーヘッドからお叱りを受けてい
るのは言うまでも無い。そうこうしている内に、線路が新たな山の麓に差し掛かろうとしていた。そちらに目を移そう
とした時、耳を疑いたくなるような情報が入ってきた。
「サンダーヘッドよりウォードッグへ、未確認飛行物体を多数確認!方位〇‐四‐〇、高度千二百、距離三十五マイル!」
 編隊に緊張が走る。鉄道があるくらいだ、航空機のように空を飛ぶ物だってあるのかもしれない。故に敵と決め付け、
攻撃するにはまだ早すぎる。それでもブレイズは万が一に備えて、搭載兵装の残弾の確認を始める。方位〇‐四‐〇、そ
れは線路を辿って行った先、進行方向を意味していた。
「全機、残弾と燃料の残量を確認しておけよ」
「おいおいブービー、流石に敵じゃないだろ。石頭の勘違いかもしれないぜ」
「それを今から見に行くんだろ。どのみちもう迂回を試すだけの燃料は無い」
 燃料計はとうに半分を切り、この先は戦闘を行うことになろうと節約に努めなくてはならなかった。本来ならチョッ
パーに言ったように迂回して安全を確保したいが、残燃料という縛りがそれを許してはくれなかった。更に、相手がど
んな飛行物体なのか解らない。先程までの希望に満ちた雰囲気から一転、張り詰めた空気が編隊内に漂い始めた。
 ブレイズは操縦桿に備えられた兵装選択スイッチを親指で操作、残った兵装をHUDを兼ねた風防に投影していく。最
初に表示されたのは、AIM-7スパロー中距離空対空ミサイルが一発、次にAIM-9サイドワインダー短距離空対空ミサイ
ルが二発、最後にM61A1二十ミリ機関砲が四百六十発だった。これだけあれば、攻撃を仕掛けて隙を突き離脱を図る
ことができる。
 岩肌に沿った線路を慎重に辿っていくと、その先の上空に小さな点のような物を見つけた。情報通りその数はかなり
多く、小型の飛行物体が編隊を組んでいるようだ。
「あー、マジかよ。本当にいやがったぜ」
「遠すぎて判別はできないけど、数が多いわね」
「渡り鳥か何かの群れでしょうか?でも、それにしては様子が変だ。線路に沿っているみたいだけど」
 グリムが口にした『線路に沿って飛ぶ』、それを聞いて一抹の不安がよぎる。目の前の飛行物体が空を飛ぶためにある
のだとして、それならもっと高度を高くとる筈だ。山を掠めるような、徐々にではあるが、高度を下げてまで地上を走る
であろう鉄道に合わせて大編隊を組んで飛ぶ意味は無い。あるとすれば――。
「狙って、いるのか…?」 
 その疑問を裏付けるような、決定的な事態が発生した。
「おい!ありゃ列車じゃないか?」
 山岳地帯を縫うように配された線路の上を、細長い物が移動している。今まで見てきた線路を必要とする列車に違いな
い。ますます人間が存在する可能性が増えて、希望が増すと同時に危惧すべきことも増えた。
「本当だ、このままじゃあの集団と…。」
 接触する。気付いていないのか、それとも脅威ではないのか、眼下を進む列車に止る気配はまるで無い。このまま様子
を見ようか、そう思い始めた直後。
「待って、車両の上面に何かいる。ブレイズ、見えない?」
「ちょっと待ってくれ、確認してくる」
 編隊を離れ、列車上空まで高度を落としていく。確かにナガセの言ったように、何両かの上面に何かがいた。それは車
両の上面はもちろん、その付近でも浮遊しているようだった。一見すると、カプセルのような形状をした奇妙な物体は、
主に先頭車両とその周辺に群がっている。もっと接近して先頭車両の様子を見ようとした瞬間、それらは一斉にブレイズ
の方向を向く。あまりにも突然かつ一瞬の出来事により、思わず怯んでしまった。
「何!?」
 彼へと向いた飛行物体は、その胴体の中央付近が突如発光、時を置かずして無数の青白い光線を発射してきた。操縦桿を
全力で引き起こし、ラダーペダルも思い切り蹴り上げ必死に回避を行う。急激な引き起こしに伴うGで身体が軋むが、それ
すら無視してひたすら機体を上昇させていく。バックミラーを覗きこむと、列車に群がっていた内のいくつかが、光線を連
射しながら追跡してくる姿が見えた。
「ブレイズ!大丈夫なの!?」
「ああ、なんとかな。くそっ、いきなり撃ってきたぞ」
「下だけじゃないみたいだぜ。見ろよ」
 気が付くと、最初に発見した飛行物体の編隊との距離が更に縮まり、列車との接触までもう五分もなかった。あの集団は
おそらく、いやほぼ間違い無く下の列車に群がっている集団と同じ勢力なのだろう。
 このまま飛行を続けて接触することになれば、下の時と同様に攻撃を仕掛けられる可能性がある。奴等の狙いがあの列車
なら、自分達は高度を上げればやり過ごせるかもしれない。しかし……。
「なぁ、ブレイズ。あそこ、人がいたりする、とか考えたか?」
 この問題が残る。列車という交通手段には、多かれ少なかれ人が乗り込む。無人制御の車両もあるにはあるが、こんな人
気のない所を無人走行させるとも考えにくい。仮にあの列車が無人であったとして、先頭車両に群がっていた無人機と思し
き物体の影響で制御不能に陥り、脱線ともなれば大惨事になるのは容易に想像できた。
「こちらサンダーヘッド。ブレイズ、何が起こっている?状況を報告せよ」
「列車の近くまで降りて様子を見てきた。先頭車両付近にカプセル状の小型の無人機を多数確認。その内の
何機かから攻撃を受けた。現在も追撃しようと上昇してきているが、それほど速くはない。例の小型飛行物体
との距離が縮まりつつあるが、大きさからしてあれも無人機だと思う」
 一通り状況報告を終え、彼は再び列車を見下ろす。無人であることを願いたいが、もしそうではなかったとし
たら。このまま放っておいて良いのだろうか。しかし、燃料に余裕は無い上、自分の一存で仲間を戦闘に巻き
込んで良いのだろうか。
「ブレイズ、先に攻撃したのは向こうなのだな?」
「ああ」
 サンダーヘッドからの問いに短く答える。交戦を避け、高度を上げてやり過ごせとでも指示を出すのだろうか。
心の奥底では、そう言ってくれることを願っていたが、その期待は裏切られた。
「了解、判断は任せる。安全確保に最善を尽くせ」
 これでいよいよ追い詰められた。下の列車を守るべきか、それとも交戦を避ける為に高度を上げるべきか。隊長として、
仲間の運命を左右する選択に迫られ、その重圧のため呼吸は荒くなり、動悸が早まる。
「ブレイズ」
 そんなブレイズの苦悩を察したのか、ナガセが呼びかける。こんな状況だというのに、その声はとても落ち着いており、
いくらか冷静さを取り戻すには効果があった。
「どうか迷わないで。隊長、私はどこまでもあなたを援護します」
「俺もだぜ、隊長。大丈夫だ、フォローは任せろ」
「僕もです、隊長。お供します」
 何をすべきかなんて決まってるだろう、さっさと命令しろ。そう語っているかのような、不安を一切感じさせない仲間か
らの言葉に、一瞬思考が止った。まったく、どいつもこいつも命知らずな馬鹿者揃いだ。
 ブレイズは、酸素マスクに覆われた口元に笑みを浮かべると、すぐさま僚機に指示を下す。
「言うと思ったよ!全機、これより我が隊は前方及び列車を襲う無人機に対し攻撃を仕掛ける!だが、燃料に余裕は無い。
十分以内に終わらせるぞ!奴等をこの空域から叩き出す!」
 それを聞いた僚機達は、待ってましたとばかりに、それぞれ交戦開始を宣言する。
「了解!エッジ交戦!」
「了解だ!チョッパー交戦!」
「了解です!アーチャー交戦!」
 最後にブレイズが目前の『敵機』を見据え、交戦開始を宣言した。
「ブレイズ、交戦!」
 交戦開始直後、彼は兵装選択スイッチを操作、最後の一発であるスパローを選択した。それと同時に、HUDに
捕捉範囲を示すASEサークルと、その内側に目標指示ボックスが表示される。誘導方式にセミ・アクティブ・レーダー
ホーミングを採用しているスパローは、発射後命中まで常に目標を捉え続ける必要がある。幸いなことに、前方の無
人機の集団は大きな回避行動をとることもなく、その進路を維持している。こちらのことは眼中に無いのか、それとも
目標達成を優先しているのか、彼には知る由も無い。
「全機へ、まずはスパローで攻撃する。なるべくそれぞれの集団の中心を狙え。目標は小さいが、当たれば簡単に落
とせる筈だ」
 相対する無人機の集団は、相変わらず密集して飛行を続けている。そうプログラムされているのかもしれないが、こち
らとしては好都合だ。ASEサークル内で目標指示ボックスが集団の中心付近と重なり、赤く染まった。ロックオンを確認
したブレイズは、人差し指に力を入れ、トリガーを引く。
「ブレイズ、フォックス1!」
 機体下部に搭載されていたスパローが空中に放たれた直後、ロケットモーターが始動し瞬く間にF-14を抜き去って行
く。それを合図に僚機からも同じくスパローが発射され、四つの白い航跡が無人機の集団目掛けて飛翔して行った。ミサ
イルの接近を感知したのか、無人機が編隊を崩して回避行動を取ろうとしたが――。
「もう遅い」
 一言そう呟くと、ブレイズは集団中心での四つの爆炎を確認した。スパローによる爆風と破片の直撃を受けた無人機は
木っ端微塵に吹き飛ばされ、その近くを飛行していた物も破片により原型を留めない程に破壊された。密集飛行を続けて
いた無人機は、予想通りミサイルでの攻撃によりその数を減らした。運良く生き残った物も二、三機いるが、まだ無人機
の集団は二つ程残っている。加えて列車に群がっている無人機の排除も必要だ。あまりの成功ぶりに、チョッパーが拍子
抜けしたと言わんばかりに声を漏らす。
「何つーか、あれだな。俺ぁこんなに上手いこと当たるたぁ思わなかったんだが」
「同感だな。チョッパー、グリムと一緒に残りの奴の始末を頼む。俺とナガセで下の連中を片付けてくる」
「あいよ、任されたぜ。ちょっくら標的射撃でもしてくらぁ!」
 チョッパーとグリムは残った無人機の集団へと直進、更なる損害を与えようと襲い掛かる。ブレイズとナガセは列車付
近の無人機を排除すべく、機体を反転させ攻撃に向かって行った。




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最終更新:2009年08月21日 22:46