第2話「追憶の地」
「正体不明機、ガジェット航空型と交戦開始!は、早い!」
「正体不明機からの攻撃により、ガジェット反応多数消滅!」
数分前に現れた、ガジェットととは異なる新たな飛行物体。貨物列車のレールを辿るようにして飛行してきた
それは全部で四つ、魔導師はもとよりガジェットととも比べ物にならないくらい大きく、そして圧倒的に速い。
さしずめ個人用航空機と言ったところだろうか。
「正体不明機、二手に分かれます。片方は航空型の掃討へ、もう片方は…。か、貨物列車に!?」
分かれた二機の向かう先に、機動六課ロングアーチスタッフに緊張が走る。攻撃の瞬間を目撃した誰もが、
一瞬息を呑んだ。ガジェットを粉砕したそれは間違いなく質量兵器だった。幸い大量破壊をもたらすほどの威力
は無いようだが、油断はできない。ガジェットととは異なる勢力が、同じくレリックを奪取する為に持ち出して
きた兵器である可能性もある。不明機二機は貨物列車に急速に接近し――
「正体不明機、再度攻撃!対象は・・・、ガジェットⅠ型です!」
「どういうことなんだ?」
不明機の行動に、グリフィスは疑問を抱く。ガジェットを足止めし、レリック奪取を目論んでいるのかと思え
ばその気配は無く、貨物列車へ向かった二機もレールや車両そのものに攻撃する訳でもなく、ひたすらガジェッ
トにのみ攻撃を集中し、むしろ車両に被害が出ないように努めているようだ。現時点においては、正体不明機四
機から貨物列車を襲う意思は見受けられない。
「もしかして…、守ろうとしている?」
「敵じゃ、ない…?」
正体不明機の予想外の行動に、アルトとルキノがそれぞれ呆然とした表情で呟く。こうしている間にも、正体
不明機はガジェットに対して攻撃を続行し、開始五分程度で総数の三分の二は撃墜してしまった。
状況が判明するまでフォワード部隊には待機するように指示を出したが、どうしたものか。早急にレリックの回
収を行いたいが、下手に近づいて敵と認識されてもまずい。グリフィスが今後の対策に頭を悩ませていると、司令
室の自動ドアが開く。
「ごめんな!お待たせ!」
「八神部隊長!」
小走りで入ってきたはやては、そのまま司令官用の席に収まるとグリフィスに状況説明を求める。
「今はどないなってるんかな?フォワード部隊は無事……」
途中まで言いかけて、司令室の大画面モニターを見た彼女は思わず硬直してしまった。ガジェットを示す光点は
次々に消えていく、それは問題無い。モニターに分割して表示された画面、そのうちのいくつかの画面に映った物
体に大きな問題があった。それは本来このミッドチルダに存在しない筈の物。はやてはその方面の知識に対し、決
して明るくはないが、それらを総称して何と呼ぶかぐらいは知っている。
「戦闘機!?」
「戦闘機……?」
驚愕の表情を滲ませるはやてとは対照的に、どこか訝しげにその単語を繰り返すグリフィス。よく見るとあの機
体、TVや雑誌で見た記憶がある。確かアメリカ軍に所属している機体だったか。主翼が前後に動くという非常に印
象的な機体である、見間違いでは無いだろう。改めて、現在の状況についてグリフィスに説明を求めた。
「レリックを含め、現在の状況は?」
「あの正体不明機…戦闘機ですか。あの四機がガジェットに対して攻撃を開始、二手に分かれた後、片方は航空型
に更なる攻撃を。もう片方は貨物列車に殺到しているⅠ型に攻撃を開始、当初は車両に対する攻撃の恐れもありま
したが…。御覧の通り、どういうわけかガジェットにのみ攻撃を集中しています」
「ふぅむ…」
レリックが狙いでないのなら、何らかのルートで次元犯罪者が入手した物でもないようだ。だとすると、次元漂
流者なのだろうか。せめて彼らと話すことができたら――
「シャーリー、無線の傍受ってできるんかな?」
「傍受、ですか?」
「うん。四機もおるんやから連絡取りながら飛んでると思うし、その会話の内容からも目的を推測できると思うん
やけど」
技術的な問題もあり、正直難しい。それでも、何もしないよりは良い結果が得られると信じたい。シャーリーも
その思いを胸に、異界の技術で作られた無線の傍受を試みる。すると――
「やりました!傍受成功!音声出ます!」
シャーリーの歓喜の声の後、戦闘機のパイロットの会話が機動六課の司令室に流れ始める。
『よーしグリム、良い調子じゃねぇか。こんなの軽いもんだろ?』
『ありがとうございます、チョッパー少尉』
『えーっと次はと…。なんだよ、もう売り切れか?』
『少尉!後ろに二機!』
『おわぁ!無人機の癖に!』
『こちらサンダーヘッド。ダヴェンポート少尉、私語を慎め。九時方向上空よりさらに二機』
『チョッパー、今のはサンダーヘッドの言う通りよ。油断しすぎ』
『何だよ何だよ、オイラばっかり。無人機なんか大嫌いだぁ!』
「……どう思われますか?」
「どうって言われてもなぁ…」
どんな殺伐とした内容なのかと思えば、自分達の間でも交わされないような砕けた無線、まさに会話だっ
た。だが、これはこれで収穫があった。
「あそこにおる人らも、人間なんやね」
あの戦闘機に乗って戦っている人達は、自分達と同じ人間なんだ。パイロットがいることなど当たり前だが、
そうではなく、自分達と同じものをあの会話で垣間見た気がした。そして、この次に聞こえた無線が最も聞き
たかった内容であり、彼らの目的を知るものだった。
『チョッパー、そっちの状況はどうだ?』
『問題ないぜブレイズ、そっちにゃ一機も通しゃしねぇよ』
『そうか、ならいいんだ。こっちももうすぐ片付く』
『ところで、列車に被害は無いのか?ここからじゃ遠くていまいちわからん』
『無い、と言いたいが厳しいな。最初の段階で既に無人機が張り付いていた』
『そうなのか…。やっぱ、民間人だよな?』
『…だろうな』
『くそ!どこの馬鹿野郎がやったのか顔を拝んでみたいもんだぜ!』
『まったくだな。だがそれよりも、目の前の敵に集中しよう』
『わかってる、これ以上はやらせねぇ』
『グリムをちゃんとフォローしてやってくれよ』
『そいつも合わせて了解だ』
これではっきりした。彼らは貨物列車に乗っている人を守る為に戦っていた。実際には誰も乗っていない無人
車両なのだが、彼らにそれが分る筈も無い。レリック強奪の意思も、貨物列車に対する攻撃の意思も無いと分った
今、こちらから彼らに対して警戒心を持つ必要は無い。彼らに任せておけば、ガジェットは蹴散らしてくれそうだが――
「フォワード部隊は今どこに?」
「あの四機がガジェットととの交戦を開始した直後に、待機するよう指示しました。フェイト隊長も同様です。」
「それは正解やな。わざわざ出て行って敵と見なされたらひとたまりも無いやろな。隊長達でも、あれの相手すん
のは骨が折れるやろ」
もっとも、そう簡単に撃ってくるとも思えないが。
「では、いかがいたしますか?」
「そうやね、まずは状況が落ち着くまで待とか。それからフォワード部隊を向かわせて、レリックの回収。その後
は…」
はやては、未だ画面の向こう側で戦い続ける四機に視線を送った後、こう付け加える。
「あの人達を追跡、その後保護する」
あのカプセル状の無人機も、もう指で数えられるほどに減ってきた。一時は列車の中からも飛び出して来たが、
その数にも限りがあったようで今は静かなものだ。チョッパーとグリムが上を押さえているおかげで、こっちには
一機も飛んでこない。
「だいたい落ち着いてきたな」
「ええ、あともう少し…。ブレイズ!列車の中央付近で異変が!」
すぐさまそちらに目をやると、車両の天井を突き破って何かが飛び出して来た。ボールのように丸いその物体は、
これまで破壊してきた無人機と比べて二回り以上も大きく、見るからに鈍重そうだ。
「こちらに向かって上昇してきているようね」
「ありきたりな展開だが、あれが親玉…かな」
物言わぬ無人機は、ゆっくりと上昇してくる。あれを仕留める為に残弾を確認したが、既にサイドワインダーも
使い果たし、残っているのは機関砲が百二十発だけだった。
「ブレイズ、残弾は大丈夫?」
ナガセが心配そうに話掛けてくるが、即答する。
「ああ、これだけあれば御釣りが来るよ」
それだけ言うと、新たに現れた無人機の位置を確認し、頭の中で突入する為の機動を思い描く。あれだけ遅い物
体を仕損じることは無いが、機関砲弾は残り少ない。トリガーに一秒以上指を掛ければ、あっという間に使い果た
してしまう。他に攻撃手段が無い以上、チャンスは一度きりだ。スロットルレバーを引き寄せてエンジン出力を絞
り、機体をふらりと右へ落とし込む。右方向へ下降旋回に入ったF-14は、主翼の角度を調整しながら新手の無人機
を正面に捉えるべく空を滑り降りていく。機体と同軸線上に無人機を捉えたところで、使用兵装に機関砲を選択。
HUDの中央にガンレティクルが表示され、鈍重な無人機と重なりかける。
「そのまま…、動くなよ…」
左右のラダーペダルを交互に少しずつ踏み、操縦桿を僅かに動かしながら針路の修正を行う。今のところは
目立った動きを見せていないが、他の無人機と同様に鋭い機動を発揮する可能性もある。慎重に、しかし確実
に未知なる無人機との距離を詰めていく。やがてレティクルの中心点、ピパーと無人機とが合わさり機関砲の
射撃が可能となった。ようやく訪れた攻撃の瞬間を逃さないように、彼はすかさずトリガーを引く。F-14の機首
左側面から轟音と共に発砲炎が流れるように零れ、曳光弾が連なって鞭のように弾道がしなる。光の鞭による
一撃を受けた無人機は、それを構成している二十ミリ砲弾によって無数の風穴を空けられた直後、爆発四散した。
「ナイスキル!ブレイズ!」
敵機撃墜に対してナガセが称賛の声をかける。バックミラーで後方を覗いてみると、数秒前まで球状の無人機が
浮かんでいた所に、薄まりつつある黒煙と地上に落下していく残骸が見えた。
「よし、これくらいでいいだろう。サンダーヘッド、周囲の状況はどうなってる?」
線路の周辺、列車上面、上空と残った敵機が居ないか探しながらAWACSに問い合わせる。目視した限り動く
飛行物体は全て破壊したようだが、視認距離外からさらに向かってこられるとなると面倒だ。弾薬も残り少ない上、
これ以上低空に留まって戦闘を続ければ燃料の消費も無視できなくなる。線路という手掛かりを手に入れたとは
いえ、まだ安全に着陸できる場所を見つけられたわけではない。最悪の場合、燃料温存の為に列車を見捨てなけ
ればならなくなる。そうなったとしても、威嚇ぐらいはするつもりなのだが。
「無人機の反応は全て消失。新たに接近する飛行物体の反応も無し。その空域から一掃された模様」
幸いにも増援が来る様子も無く、列車に対する脅威は消滅したようだ。改めて眼下に目をやると、山岳地帯に敷
設された線路を走行する列車が健在な姿を見せていた。頭上で派手な空中戦が起こったにもかかわらず、一切減速
するそぶりを見せないその走りぶりにはただただ呆れるしかない。だが、それは無事である証拠とも言える。目標
を達成したならこんな所に長居は無用だ。全機に呼びかけ、高度を上げようとした時だった。
「待て!ウォードッグ、一時方向より新たに接近する飛行物体を発見!高度は千七百フィートだ!」
まだ来ると言うのか、サンダーヘッドが更なる飛行物体の接近を知らせてきた。
「また無人機なんですか!?」
「いや、それにしては反応が大きい。戦闘機並みの大きさだ」
あの無人機以上に大きい、それも戦闘機並みとなると間違いなく有人機だろう。単にこの空域を飛行しているだ
けなのか、或いは先程までの無人機と同じ目的なのか。何れにしても今の自分達にそれを確かめる術は無い。無線
で呼びかけようにも周波数がわからないし、そもそも通じるかどうかが怪しい。
「あれじゃないかしら?ヘリのように見えるけど…」
報告にあった方向に一つの飛行物体を見つけた。じわじわと近づいているようだが、空中停止しているようにも
見える。角ばった奇抜な機体に上面の回転翼、ヘリコプターと見てまず間違いない。
「どうするんだ?あれも墜とすのか?」
撃墜する、という選択肢を口にしてはいるが、チョッパーの口ぶりからは『やりたくない』という意思が読み取
れる。その気持ちはブレイズも同じだ。人が乗っていると分かっている物を撃ち落すなど、やらなくて済むならや
りたくない。しかし、あれの目的が列車で、攻撃も辞さない類の人間なら放っておくわけにもいかない。
「落ち着いて、攻撃の意思があるなら既にしているはず。それに無人機で事足りるのに何故人間が来るというの?」
「あの無人機とは違う所属ってことですか?」
「さぁな、ただやりあう気があるなら既に撃ってきてるってのはありだと思う。どうする?ちょっと脅かしてお引取
り願うか?」
ナガセの推測が正しければ、あのヘリは無人機とは違う勢力ということになる。何の目的かは知らないが、
列車に攻撃を仕掛けるほどなのだから、穏やかなものではないだろう。それも遠隔操作なのか自立飛行な
のか判別はできなかったが、無人機を用いてのものだ。ここに至って生身の人間を投入してくる意味など
ブレイズには思い浮かばなかった。無人機の制御という線も考えはしたが、即座に否定する。たった一機の
ヘリであれだけの数の無人機の管制など不可能な上、結局人間が現場に出てくるようでは無人機の意味が
無い。あそこにいるヘリは脅威では無い、彼はそう結論付けた。
「やめておこう、攻撃してこないなら放っておいても問題は無い筈だ」
「いいのか?今は大人しくしているだけで、狙いは奴らと同じかもしれないぞ」
「そうじゃないことを祈るだけさ」
ここは見逃してやる、だから余計なことはしてくれるなよ。相手と話せるならそう言ってやりたい気分だ。見れ
ば見るほど奇抜なデザインをしている。大きさからして大型輸送ヘリに当たるのだろうか、全体的に角張ってい
て、テールローターは見当たらない。擦れ違い様にコクピットやキャビンと思しき箇所にある窓に目を向け、中に
いる人間を見ようとしたが当然そんなことができる筈も無く、一瞬で通り過ぎた。
「やっぱ見えないもんだよなぁ」
「中の人がですか?それはそうですよ、速度差がありすぎて本当に一瞬でしたから」
「そうよチョッパー、いくら近いと言ってもあの距離で中の人間の確認なんてできるわけないじゃない」
「やるだけ無駄、か。すまない、俺がどうかしてたみたいだ」
「………」
「どうしたよブレイズ?さっきから黙りこくって」
無駄、なのだろうか。皆やってると思ったらチョッパーだけで、おまけに無駄だと言い始めた。できないと分か
りつつも、やりたくなるのが人情というものだろう。どうもうちの部隊は物分りが良すぎるらしい。
「全機、これより線路を辿り着陸可能地の捜索を再開する。これ以上の燃料消費を抑える為、次は二万フィート
以上に上げて行う。以上だ」
いくらか機械的な口調になってしまったが、僚機に次の指示を出した後、スロットルレバーを僅かに前に押し込
み、操縦桿を引き起こして遥か上空へと昇っていく。
「な、なぁ待てよ。まだ話を聞いてないぞ」
「こちらエッジ、了解」
「ほら少尉、行きますよ」
「また俺だけか!おいブレイズ!さっきの沈黙は何なんだ!?おいったら!」
「行ってしまいましたね…」
事の成り行きを見守っていたロングアーチ、グリフィスはモニターに表示された戦闘機四機が急速に離脱してい
くのを見て、安堵したように呟く。彼らはガジェットを全滅させ、貨物列車を守ってくれた。機動六課の任務遂行
に対する障害ではないと分かってはいたが、それでもパイロットの一人が『墜とす』と言った時には司令室の空気
が凍りついた。直後に他のパイロットが冷静に状況を判断、以後は全機がそれを支持するように飛行を続け、フォ
ワード部隊が乗るヘリに対しての攻撃は行われなかった。
「まぁ無線の内容を知らせてても、フォワードの子らにはちょっと怖すぎたんとちゃうかな」
「さっきなんてキャロの悲鳴が聞こえてきましたからね~」
そう語るシャーリーはどこか楽しげだ。これがフェイトに知られたら一体どれほど問い詰められることになるの
か。おそらく言い訳も聞いてもらえない勢いだろう。
「でもさっきの戦闘機、ガジェットの新型を一撃で…」
「あれが質量兵器の力、ですか」
貨物列車の中央付近の車両から突如現れた球状のガジェット、今ままで確認されてきた型と比べるとかなり大き
く、攻撃力も高そうだった。あれだけ大きいとなるとAMFの範囲も広くなり、フォワードの新人達なら苦戦を強い
られただろう。そんなガジェットを、あの戦闘機はまるで雑魚を捻り潰すかのように撃墜してしまった。
「さて、そろそろ私らもお仕事再開やで。シャーリー、フォワード部隊にレリックの回収に向かってもらって。た
だし、なるべく高度を下げて行ってもらってな。さっきみたいに見つかったら大変や。アルト、さっきの戦闘機の
追跡を開始、どこへ向かうか予測針路を出して、その先に何があるか探してな。ルキノ、副隊長達に連絡して応援
に来れるかどうか聞いてみてな。どちらか一人でもええんよ。最後に一つ、周辺警戒は忘れたらあかんよ!」
はやてが次々と指示を下し、ロングアーチスタッフがそれぞれの役目を果たすべく行動を開始する。数分前まで
の狼狽した雰囲気は消え去り、与えられた仕事をこなす為黙々と作業を行っていく。
「副隊長を呼び出すのですか?」
グリフィスが意外とでも言いたげな口調で尋ねる。
「なのは隊長とフェイト隊長には、レリックの回収が済み次第別任務に就いて貰いたいんよ。リインもついてるし、
フォワードの子らだけでも大丈夫とは思うんやけど、一応な」
「別任務ってもしかして…」
ここまでくれば、はやてが何をするつもりなのかグリフィスにも理解できた。レリックの護送に隊長達を充てず、
他の任務を任せるとしたら一つしかない。
「そう、あの人らの追跡をやってもらいたいんや。フォワード部隊にも、レリックの護送が完了次第そっちに回っ
てもらう。ちょっと時間かかるかもしれんけどね」
「しかし、追いつくのは無理ですよ。最も速い時で九百キロもの速度が確認されています」
あの戦闘機と呼ばれる航空機の化け物じみた速度には、魔導師ではとうてい太刀打ちできない。通過したかと
思うと、その時には遥か彼方へと飛び去ってしまっている。機動六課の隊長達は通常の魔導師と比較すれば確か
に速いが、流石にあれに追いすがることは難しいだろう。
「それは分かってるんよ、いくらなんでも戦闘機に追いつけなんて無茶すぎる。そやから予測針路を割り出して、
その先にある着陸できそうな場所を確認ってわけなんや」
「なるほど」
はやてからの説明に納得したグリフィスは、静かに頷いた。それならこちら側で把握しているかぎり、見失うこ
とは無い。さらに隊長達が抜けた部分を副隊長でカバー、正直そこまでする必要は無いように思えるが、不測の事
態に備えておくに越したことは無い。
「フォワード部隊、レリックの回収に成功!列車の停止にも成功したようです!」
「ヴィータ副隊長と連絡がとれました!指示を願います!」
シャーリーとルキノからの報告にはやては満足そうに頷く。これで当初の目的は果たすことができた。列車内の
ガジェットは予期せぬ襲撃者を迎撃する為にそのほとんどが空に上がっていたようで、回収までは順調に進んだ。
ヴィータとの連絡もとれたので戦力をカバーする目処も立った。あとはレリックを護送するだけである。
「じゃあヘリとの合流ポイントを指定せなあかんね、場所は…ここにしよか。ヴィータ副隊長とフォワード部隊に
はここで合流してもらおか。その間、ヘリから周りへの警戒を怠らんように伝えてや。もちろん、こちらからのバ
ックアップもちゃんとしたってな」
「了解です!」
指示を貰ったルキノは再び作業に取り掛かる。
「あとはアルトの方か…。何か分かった?針路上に広い道路でもあったらそういう所に降りる筈やけど。」
「いえ、まだ何とも…。北の方角へ向かっていることは確かなんですが、航空機が降りられそうな場所は今の所あ
りません」
「北…」
はやては一言そう呟くと、目の前の大画面モニターを見つめる。表示された四つの光点は先程までの戦闘機を表
し、それはモニターの上方、つまり北へと向かっているようだ。その光点が通った場所は赤い線が引かれ、光点の
予測針路には黄色い線が引かれている。アルトの仕事はこの黄色い線を辿り、その先に戦闘機が着陸可能な場所が
ないか探すことである。もしそこに道路等があれば、その地域に対して非難勧告を出す手配をする必要がある。着
陸する場所が無ければ、今度は彼らが危機的状況に陥ることとなる。通信の内容を聞いたところによると、どうや
ら燃料の残量を気にしているらしい。
そんな自分達に余裕が無い中で貨物列車を守ろうとしていたなら、少なくとも悪意のある人達ではなさそうだ。
死なせたくない、そんな感情が沸き起こってきた。だが、彼女の意思に反して着陸可能な場所は一向に見つからな
い。実際に操縦している彼らは当然のこと、見守っているはやてもこの状況に焦燥感を覚え始めた。このまま何の
進展もなく終わるのかと思ったが、アルトが自らの仕事の成果を報告してきた。
「ありました!針路上に一箇所、着陸可能な場所があります!今モニターに出します!」
そう言うと、アルトは黄色い線の中のとある部分を強調して表示する。海に近いその場所を見て、はやては安堵
と驚愕の二つの感情を味わうこととなった。もし彼らがこの針路で進んでいなかったら、この場所には辿り着けず、
そのまま海へと抜けて墜落してしまっただろう。もっとも、これはあくまで予測針路であり、彼らがこのまま進むと
は限らないが。それでも、助かる可能性が出てきたことは素直に喜ばしい。
「え…、でも、この場所って…」
一方でシャーリーは愕然とした言葉を漏らす。それこそがはやての抱いたもう一つの感情であり、この場にいる
誰もが程度の差はあれ、同じ思いを共有しただろう。そこは、はやてにとって、いやこの機動六課にとって始まり
の場所と言っても過言ではない。
「感傷に浸るのは後回しやで。アルト、隊長二人にあの人らの位置を伝えてそこへ向かってもらってな。
シャーリー、現地の部隊に連絡して私らが対処するように伝えてな」
「り、了解です!」
「了解、開始します」
部隊長から言い渡された新たな任務を二人揃って対処を始める。皆を落ち着かせる為に平静を装ってはいるが、
内心は驚愕で満ちていた。運命、などといった言葉を信じるつもりなどなかったが、そんな類の
ものを感じずにはいられない気がする。
「……何の因果なんやろうね」
今も北を目指して邁進する戦闘機へと語りかけているのか、はやてはモニターに表示された光点の行方を見守り
ながら、消え入るような声でぽつりと呟いた。
線路が見えなくなってどれくらい経つのだろうか、下を見ればそこにはもう森林地帯も山岳地帯も無かった。
今見えるのはブレイズ達が探し求めていたもの、市街地だ。線路が大きく西へと曲がり始め、それに合わせて機
体の向きを変えようとした時に目に写ったのが眼下に点在する都市だ。一瞬どちらへ行くべきか迷った
が、都市の規模等を見てそのまま北へ向かうことに決めた。この目論見は当たったようで、眼下の都市郡はその数
と規模が叙叙に増えていく。見知らぬ土地であるにもかかわらず、ブレイズは不思議な安心感を覚えた。
「うわぁ…。結構大きい都市ですね」
「やっとロックに合う風景になってきたな!都会っ子の俺様には待ち遠しかったぜぃ!」
「ふふ、そうね」
「サンダーヘッドよりダヴェンポート少尉。私語は控えろ」
相変わらずの調子にチョッパーが不平を漏らすが、『控えろ』と言うあたりが彼なりの配慮なのだろうか。事実
その口調もいつもと比べれば少し柔らかい気がする。テンションが上がってきたチョッパーに雷を落とされるのを
阻止する為にも次なる発見が欲しいところだが、それが見つからないでいた。
「下は一面市街地だ。こんなところでベイルアウトはできないな」
脱出すれば助かるかもしれないが、墜落した機体によって無関係な市民に死傷者を出しては意味が無い。やるに
しても、もっと広い場所が必要となる。そう考えていたブレイズに更なる追い討ちがかけられる。
「くそ!もう先がないじゃないか!」
都市よりもさらに先を見渡せば、そこはもう海だった。早く着陸できる場所を探さないと、時速百キロを超える
絶叫マシンを堪能した後で、海水浴に興じる羽目になる。何とか降りられそうな広い土地がないか、下界を見回し
ていた彼に待望の情報が入ってきた。
「隊長!十時方向の沿岸に飛行場らしき施設が見えます!」
ここからそれほど遠くない位置に、グリムが見つけた飛行場のような施設があった。すぐさま高度を落として確
認に向かうと、ブレイズはその大きさに感嘆を覚えた。
「規模の大きい施設だな。これは飛行場というよりも空港だろう。まったく、今日は運が良いんだか悪いんだか」
「こういう時はプラスに考えようぜ。今日はついてるってな!」
チョッパーが舞い上がらんばかりに声を上げる。ブレイズとしてもこれだけ規模の大きい空港を見つけたのだか
ら、その考えには賛成したいところだが疑問も残る。
「…空港施設に航空機が見当たらない。離陸しようとする機がいなければ、着陸しようとする機さえ見えないわ」
空港上空をフライパスする時に下を確認したが、航空機が一切いない。よく見れば人が移動している気配がなか
った。空から見れば人は小さく見えるが、全く見えない訳ではない。動けば当然把握することができるし、空港と
もなれば人波になる。だが、眼下の空港には何十人かの集団さえいない、文字通り無人だ。嫌な予感がしてきたが、
それはこちらの状況も同じだった。
「もう燃料が無い、か」
燃料計は既に最小値を示しており、三十分と飛んでいられないことを訴えていた。迷っている時間は無い。
空港側からの誘導は期待できない為、全て自力でやるしかない。
「全機へ、あの空港へ着陸するぞ。誘導は期待できないからそのつもりでいろ。俺が最初に着陸を試みるからその
後に続け。間隔は十分に空けておけよ」
僚機の道標となる為、ブレイズは空港への着陸を試みる。スロットルレバーを限界まで引き込んでエンジン出力
を下げ、旋回も加えて速度を落としていく。HUD中央のベロシティ・ベクターと滑走路が重なったところで操縦桿
を戻し、機体を水平にする。ここでエア・ブレーキも展開してさらに減速を行う。速度が二百五十ノットを下回っ
た時点で降着装置を左手で下ろし、ギアを出す。ここまでは順調だ。
「頼むぞ、無事に地上へ帰してくれよ」
祈るように愛機へと語りかけた彼は、着陸の最終段階へと入る。F-14の主翼は限界まで前進しており、余分な
揚力を捨てる為にスポイラーも全開になっている。時折VDIへも目を落とし、機体の姿勢と進入角度を確実なもの
とする。風の影響は特に無いようだが、針路を維持する為に微妙な修正をしなければならなかった。やがて滑走路
の先端が機首に隠れると、ゆっくりと操縦桿を引き、機体後部から接地することを意識する。それから五秒と経た
ないうちに、機体の後部から衝撃が伝わり、次の瞬間には前からも来た。
「や、やった!」
着陸成功。彼は異界における自らの偉業に歓喜した。教本通りの着陸を見せたF-14は、そのまま滑走路を走りな
がら速度を緩やかに落としていく。ここで彼は周りを見る余裕を取り戻し、眼前にそびえ立つ二つの高層建造物が目
に入った。上空を通過した時には気にならなかったが、改めて見るとその高さに圧倒されそうだ。空港に高層ビルが
必要だとは思わないが、あれがここの管制塔なのだろうか。右足のラダーペダルを軽く踏んで、機体を『車線変更』
させる。周りを見れば、本当に航空機、というよりも人間がいる気配が全くしなかった。ところどころに何かが放置
されていて、まるで人が一切訪れなくなっているようだ。
「何なんだここは……?」
まさか、放棄された施設なのでは、と馬鹿な考えが頭をよぎる。どこの世界に空港施設を丸ごと放棄するような事
情が起こるというのだ。彼は機体を空港入り口付近まで進めると、完全に停止させた。機体が停止したことを確認す
ると、エンジンを停止させキャノピーを開く。ハーネスと酸素マスクも無造作に取り去り、ヘルメットもとる。
ようやく帰れた地上の空気を吸うために、深く深呼吸する。人工的に作られた酸素とは違う、新鮮な空気が肺を、
身体を満たしていく。後に続いてきた僚機も彼と同じように停止し、全員が似たような行動をとっていた。
「で、どうするんだブービー?」
唐突にチョッパーが話しかけてくる。
「どうすると言っても、できることなんて少ないだろう。あるとすれば…」
彼はちらり、と横目で空港入り口に目をやる。
「ここの様子を見てくるか、この場で待機してサンダーヘッドを呼ぶかぐらいだな」
「よし!俺は居残り組を志願する!」
まだやるかどうかも決めていないのに、チョッパーは自らの希望を高らかに宣言する。
「はぁ…、言うと思ったよ。じゃあナガセ?」
「わかったわ。行きましょう」
うんざりした、とでも言いたげな口調に聞こえたが付き合ってくれるようだ。やはり頼りになる。
何とかして地面に降り立ったところで、グリムにも指示を出す。
「グリム、無線でサンダーヘッドにこの場所を知らせてくれ。向こうも俺達の位置を把握しているだろうが、滑走路
の状況も含めて詳しい情報を伝えて欲しい」
「了解しました!」
さっそくグリムは通信を開始し、サンダーヘッドへと情報を送る。これほど長い滑走路ならAWACSも降りられる筈
だ。機体の周りでうろついていると、ナガセが拳銃を携えて歩いてきた。
「そんなもの要るかなぁ?」
「何が起こるか分からないでしょう?さぁ、行きましょう」
ナガセに促され、空港の入り口へと足を踏み入れた。
そこは外の状況と比較しても酷いものだった。空港としての施設は一応あったのだろう、あちこちに何かの機械や、
崩れた瓦礫が山積みになっているなど凄惨たるものだ。一体この場所で何があったのだろうか。照明が無いので、奥
へ行けば行くほど視界が悪い。さすがにそんなところまで行く必要は無い上、危険を冒してまで行く気も無い。
「酷いなこれは…。火災でもあったのか?」
「どうやらそのようね。ここの壁を見て、熱に耐えられなくて崩れかけているわ」
他にもそんな場所はいくつもあった。この空港全体が火災に見舞われたというのだろうか。だとしたらなんて規模
だ。消火が間に合わなかったのか、消火する暇もなく燃え広がってしまったのか。
「ここで火災があったのなら、あまり奥へ行くべきじゃないな。突然壁が崩れてきたりしたら厄介だ」
「ええ、できるだけ入り口に近い範囲で調査しましょう」
奥へ向かうことを断念し、入り口付近へと戻る。すると、新たな発見があった。
「上の階への階段か…」
「じゃあ二手に別れましょう。ブレイズは上の階を、私はこのままこの階を見るわ。なるべくこの場所から離れ
ないこと、足元には十分注意すること。いい?」
「わかった、それでいこう」
ナガセと別れ、上の階へと向かう為に階段を上り始める。正直別れたくなかったが、こんな所に何かいるとも思え
ない。護身用の拳銃を構え、一歩ずつ階段に足を乗せていく。そのたびに、足音のみが反響しこの場所に何も無いこ
とを教えてくれる。階段を上りきり、上の階に辿り着いた彼はその場で周辺を見回す。左右を見れば等間隔で窓があ
り、そこから眩い日差しが差し込んでいる。彼はそのまま右の通路を警戒しながら歩いていくことにした。階段から
数十メートル離れたところで引き返そうとしたが、不審な音が聞こえてくる。
「風…?だが、さっきまでは…」
聞こえていなかった。それにこの階も損傷が激しいとはいえ、耳に聞こえてくるほどの鋭い風が吹き込むような
場所は無い。しかし、信じられないことにその音は近づいてきている。彼はすかさず隣の通路に飛び込み、壁に
背中をつけて様子を窺う。その音は、階段の方向から接近してきているようだ。何も無いこの空間では、僅かな風の
音さえよく聞こえてくる。
「…やはり別れるべきじゃなかったか…!」
なんとかここを切り抜け、ナガセと合流して機体へ戻らなければならない。そのためにはまず、この音の原因を突
き止める必要がある。額から汗が吹き出、心臓が高鳴ってくる。拳銃がいつでも撃てる状態であることを確認し、再
度向かってくる音に集中する。突然、音が消えた。そして、次に聞こえてきた音に鈍器で殴られたような衝撃が走る。
「足音……!?」
ナガセではない、それだけは瞬時に理解できた。コツ、コツ、とその足音はブレイズの方へと近づいてくる。彼は
慎重に足音のする方向を覗き込んだ。確かに人がいる、それも何かを探すように辺りを見回しながら歩いていた。あ
んなところに陣取られては、階段へと向かえない。なんとかできないか、頭脳を総動員して解決策を模索していた彼は、
足元に瓦礫の欠片が落ちていることに気付く。素早くそれを手に取り、気付かれないように左の通路の方向へ放り投げ
た。投げられた欠片は通路の闇の中へと吸い込まれていき、何かにぶつかったことによる反響音によって返事を返して
きた。瞬間、その人物はびくりと身体を震わせ、音が返ってきた方向へ向く。
「よしいい子だ…。そのまま確認しに行ってくれよ…」
あの人物が音のした方向に気をとられ、左の通路へと歩いていけば道は開ける。その隙に階段へと忍び寄り、足音を
殺しつつ下の階へと逃げる、これがブレイズの作戦だ。彼の思惑通り、階段への道を占拠していた人物は左の通路へ歩
いていこうとする。もう少し、もう少し向こうへ行ってくれれば動くことができる。だがここで、その人物が発した耳
を疑うような言葉により、作戦に変更を求められた。
「ブレイズさん…?」
何故自分のコールサインを知っているんだ。最初に浮かんだ疑問はそれだった。言葉が通じていることも十分驚愕に
値するが、見知らぬ土地で自分の名を呼ばれた衝撃はそれ以上だ。無音の通路に問いかけたその言葉はブレイズの内心と
施設内の空気を乱したものの、余韻が薄れていくと共に効力を失った。そしてその人物は変化の無い通路に諦めてしまっ
たのか、そのまま歩き去って行こうとしている。
「探し物は俺か……」
心の内でそう呟くと、彼は行動に出る。声からして敵意は無さそうだが、一応拳銃を忍ばせておく。声や背格好を見
るに女性のようだが、一人だけらしい。油断するつもりなど微塵も無いが、この距離ならなんとか無力化できるかもし
れない。意を決して、こちらからも呼びかけることにした。
「探し物かな?」
「!!」
「それとも人を探しているのかい?」
呼びかけはしたが、まだ姿は見せない。相手の出方を窺い、少しでも自分のペースに以って行きたかった。
「ブレイズさんですか?」
「だとしたら?」
「あなたを保護します」
保護とは一体何のことだ。公的機関か何かの所属なのだろうか。とりあえず敵意が無いことは分かったので、ゆっく
りと通路から出る。そこに立っていたのは栗色の髪をした、白いドレスのような服装の女性だった。手にはなにやら物
騒な物が握られているが、それが彼に向けられることはなかった。
「ブレイズさんですね?私は時空管理局機動六課所属の高町なのはです。あなたとあなたの仲間の身の安全は
私達が保障します。…ちょっと探しちゃいましたよ」
高町なのはと名乗った女性は、柔らかな笑顔を浮かべつつ手を差し伸べてくる。時空管理局と言う名の部署など
聞いたことがなかったが、彼女の言葉に嘘偽りは無さそうだ。所属と名前を名乗られたので、ブレイズもそれに応える。
「オーシア国防空軍第108戦術戦闘飛行隊サンド島分遣隊ウォードッグ所属、ブレイズだ。感謝するよ」
後に彼は、この場所についての詳細を知らされる。四年前に起こった大火災により空港を丸ごと閉鎖されたこと、こ
の場所で起こったその事件こそ、彼らを保護した機動六課設立の要因の一つであること。『臨海第8空港』、それがかつ
てこの場所が空港として賑わっていた頃の呼び名だという。そしてこの場所が、新たなる『悪魔の伝説』の始まりの地で
もあった。
最終更新:2009年09月16日 01:55