フロウウェンは幸せだった。
草原のど真ん中で、右には愛弟子が、左には養子が、それぞれ笑っている。
もう一生見ることができないと思っていた表情である。
そしてそれが幻想であるとも知っていた。
神様が最後に見せる夢。
しかし夢だと知っていても、その笑顔の前にはそんなこと、どうでもよく思えた。

―――起きて

ふとそんなことが聞こえた気がした。
もはや寝るしかできない体なのに。
だがこの声には聞き覚えがある。

―――起きて

ああ、なるほど。
この声はリコの声だな?
何故なら右から聞こえるからだ。

―――起きて

この声はアリシアか。
左から聞こえる。
間違ってるものか。

―――起きて

だけど、どうやって?
もう限界が近い。
目をつむれば寝てしまいそうだ。

―――起きて

手を握られると、そのまま立たされた。
気づいたら倒れ込んでいたようだ。
すると、自分に纏わり付いてた眠気が消え去った。

―――起きて

わかったわかった。
だからそんな手を引っ張らないでくれ。
もう子供じゃないんだろう?

―――起きて

目の前に一筋の光が見えた。
光に近づくと、不意に両手から手の感触が消えた。
後ろを向くと、彼女達が手を振っていた。

―――起きて

手を振って

手を振っている時の顔も笑顔だった。
今まで気がつかなかったが、今立っている場所には綺麗な花が咲いていた。
赤と白の花だった。

―――起きて

光に吸い込まれていくと、視界から白以外が消えていく。
花の赤、草原の緑、空の青、全部だ。
そして白一色となると、最後に今までよりもずっと小さい声でこう聞こえた。

―――起きて

まったく仕方がない奴だ・・・。
お前達はゆっくり眠れ。
オレにはまだやれることがある。



―――起きる

第二話『Hero get an identity.』

フロウウェンは目を覚ました。
目覚めたフロウウェンは何故か極めて冷静だった。
夢に出てきたリコとアリシアのおかげだろうか?
ただ、そうやって考えることが、自分が生きているということを実感させた。

とにかく現状の確認をした。


最初に自分についてである。
まず手を見れた。人の手である。
手を握ると触った感触が伝わった。
外から薬品を運んでる音が聞こえるし、薬品っぽい臭いも嗅げる。
口の中も、かさかさしているのがわかった。

人の体に戻っている。

『アレ』から来る不快感もない。
ここから出てくる疑問はどう考えても解決できなさそうなので後回しにした。
人になってるならそれだけでましである。


次に今いる場所である。
小さな医院みたいだ。
寝ているベッドも病棟にありそうな白いものだ。
だが、材質が違った。
ラグオルではほとんどない天然物の生地だ。
こんな高価な物を病棟のベッドになど使うわけがない。
というより、部屋の中を見渡してもフォトンの技術が使われている様子すらない。
コーラルやラグオルではないのは確実だろう。
これに関する問題もまだ山積みだが、後回しにした。


フロウウェンが考えていると、そこに目が覚めたと連絡を受けたシャマルが入ってきた。
「おはようございます」
シャマルはフロウウェンからの視線に気づくと、笑顔でこう言った。
(旧コーラル語?何故この言語が・・・いや、そんなことはどうでもいい)
「・・・ここはどこだ?」
「機動六課の医務室ですよ、フロウウェンさん」
何故名前を知っているのかと思ったが、腰に手を置くとあるものがないことに気がついた。
そう、彼のアイテムパックである。
形はバックパックとそこまで変わらないが、フォトンを変質させずに保存する技術が施されている。
「バックパックからか・・・」
「そや、これは返しとくで」
いつの間にか現れたはやてがフロウウェンにアイテムパックを渡した。
アイテムパックの裏を見てみると、やはりフロウウェンの名前が書いてあった。
(そういえばミヤマが発注してたな・・・アイツは旧コーラル語をよく使っていた)
「それと、ちょっとついて来てくれんか?」
はやてがフロウウェンに手招きをした。
怪しいとは思ったが、まだ情報があまりにも少ないので、素直に随うことにした。

「ここなら盗聴とかまず無いわ。さっきもチェックしたし」
そういって連れていかれた場所は、はやての私室である。
他の隊員の部屋よりちょっとでかいぐらいで、置かれた棚には本がぎっしり詰まっていた。
「で、そこまで他人に秘密にしてまで聞きたいこととはなんだ?」
はやての向かいの椅子に座ったフロウウェンが尋ねた。
「あのな、これはアンタの処遇に深く関わってくるんやで。真面目に答えてや」
そう言うとはやては質問を開始した。
「まず初めに、アンタは一体何者なんや?」

――――――――――――――

「あれ?おかしいな・・・」
スカリエッティがモニターに向けてリモコンのボタンを押しているが、一向に画面が現れる気配がない。
だがカメラは起動してるようだ、まだ壊れたアラートが出ていない。
「失礼します」
長い紫の髪を携えた女性、ウーノが入ってきた。
「ウーノか・・・ちょうどいい、セインに管理局に仕掛けた盗聴器とカメラのメモリーを取りに行くように言ってくれないか?
遠隔操作ができなくなってるようで、この様だ。ドゥーエに修理させるのも手だが、今は違う命令を下してるんだよ」
「わかりました。それと、ウェンディの件なんですが・・・」
それを聞いたスカリエッティは狂気の笑みを浮かべながらウーノに尋ねた。
「今はどうなっている?」
「・・・侵食が肩まで広がりました。露出した骨格は鋭利な刃物の形をとり、巨大化しています」
「剣か・・・侵食元の影響か?ククク・・・」
「それと、精神波が不安定になっています。ドクター・・・ウェンディに何があったのです?」
「ただ"汚れただけ"だよ」
スカリエッティがコンソールに近づくと、再びあの物体を相手にしだした。
こうなると誰もスカリエッティを邪魔できない。
ウーノは溜息をつくと、そのまま静かに部屋から出ていった。

「ウーノ姉!」
ウーノが部屋から出ると、そこではセインが待っていた。
言ってくる質問は大体わかる。
「ウェンディは!?ウェンディは治るの!?」
セインはこの質問をスカリエッティの部屋から出てくるナンバーズの全てに聞いたが、誰も、わからない、と一言言っただけだった。
それしか言えなかった。
ウーノも同じだった。

「わからない・・・ドクターが治す気があるのかどうかも」
「そ、そっか・・・」
セインはショックだった。
ウェンディが調整槽に入れられてから、その変わり様を見てきたのは他ならぬセインだったからだ。
あの報告も、ウーノがセインに聞いたことをそのまま言っただけである。
というよりセイン以外は誰も今のウェンディの姿を見ていない。
今のウェンディを見ると何かが狂う、そんな風にしか思えなかった。
もちろんナンバーズ同士の絆が深くないわけがない。姉妹の仲以上のものがある。
だが最初に彼女の姿を見た瞬間、ナンバーズの皆は言いようのない感覚に見舞われた。
そう、覗かれる感覚である。
もちろん体ではない、内側にあるもの全てである。
そしてその感覚は全力で忌避すべきものだと本能で認識させられた。
その後から頭の中でウェンディに会いに行こうと思っても、体がそうは動かなくなった。セインを除いては。
暇な時は常にウェンディの様子を見にいった。
他のナンバーズにとってはそれが不気味に思えた。
(あれは平気なのか?)
他のメンバーは皆そう思ったが、いつものセインとウェンディの仲と、姉妹とも言える
ウェンディを、自分から避けていることを考えると、自責の念しか生まれなかった。

「うぅ・・・ウェンディ~・・・」
セインが泣きそうになっている。
こんな状態では任務の遂行なんて出来ないだろう。
そこで、ウーノはこう言った。
「次の任務次第ではウェンディを助けれるかも」
「えっ?」
「ウェンディのあの状態について知っているかも知れない人物が管理局にいるの。
今盗聴器が仕掛けてあるんだけど、遠隔操作が出来なくなってるみたい。
そのメモリーにもしかしたら何かわかるかも・・・・・・もう出ていったわね」
ウーノが言い終える前にセインがどこか行ってしまった。
もちろんウーノはそれが目的で言ったのだが。
「・・・元に戻るわけないのにね」
ウーノは憂鬱とした顔でそう言った。
皮膚どころか骨格にまで影響を及ぼすなど、とても考えられないような代物だ。
そんな所まで寄生しているならば、既に動力炉まで侵されているだろう。
そうなってしまってるのは、もう助けられない。成り行きを見届けるだけである。
だが自分はそれを隠して、セインに希望を持たせた。
それが何より悲しかった。

―――――――――――――――

「俺が何者か、だと?オレはそっちが言う通り、フロウウェンであってるぞ」
「そういう意味やないんやわ」
はやてが苛々しながら答えた。
シャマルは心配そうにフロウウェンとはやてを見ている。
「アンタの体内の血液から人では考えられんような遺伝子配置をしていたと報告があったんや。
一体どういうことなんや?」
それを聞くとフロウウェンは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに何かを諦めたような顔をした。
はやてはその意味がよくわからなかったが、フロウウェンが口を開けた為、それを聞くことにした。

「・・・D型寄生細胞というのがあってだな、オレはそれに侵食された"はず"なんだ」
「D型寄生細胞?なんやそれ?」
「D因子からなる生体細胞だ。これは生物だろうが機械だろうがなんでも取り付いて侵食し、融合してしまう。
それの結果がこれだ」
「めちゃくちゃやなそれ・・・」
「確かにな。普通は信じないだろうが、オレにはこれしか言えない」
フロウウェンがそう言い終えた瞬間


{北西の再開発地区にて小数のガジェット反応があります!}


「こんな時にやと!?」
はやてが椅子から立ち上がると、部屋から飛ぶように出ていった。
残されたフロウウェンとシャマルはしばらくポカンとした顔をしていた。
「・・・あのー」
シャマルがフロウウェンに声をかける。
「なんだ?」
「しばらくは帰ってこないと思うので、空き部屋へ移動しませんか?」
今フロウウェン達がいるのははやての部屋であり、もちろん彼女の私物もあるわけだ。
部屋の主がいない部屋で待っているというのは流石にいけないのでは?というシャマルの考えから言ったことである。
「別にいいが、待ってる間にこの中の点検をしていいか?」
そう言って掲げたのはアイテムパックである。
「別にいいですよ、私達はもう調べ終えましたし」
そう言うとシャマルはフロウウェンを別の部屋へと連れていった。

*
30分後
*

「そんな技術があるんですか」
「ああ、今では常識となっているけどな」
フロウウェンが話しているのはフォトンについてである。
フォトンの性質、歴史、応用性などをフロウウェンは話した。
元はシャマルがアイテムパックから剣を取り出した時に、その原理を聞いたのが始まりである。
アイテムパックには、人の時にフロウウェンが愛用していた剣が入っていた。
それ以外には特に入ってなかったが、愛剣はフロウウェンに安心感を与えた。

そこに、はやてが飛び込んできた。
その顔は何やら申し訳なさそうな表情である。
「・・・ちょっと来てくれんか?」
再びフロウウェンは、はやてについていった。


「これは・・・!」

そこには見るも忌まわしい『アレ』があった。

「フェイトちゃんが倒したガジェット群の残骸の一つでな、どうにもアンタが言ってたのと性質が酷似してるんや。
ガジェットってのは兵器みたいなもんや。で、それには魔力回路が使われてるんやけど、これがその代わりになっとるみたいやで」
それはD型寄生細胞に侵食された飛行型ガジェットであった。
装甲が剥がれ落ちた場所からあの黒い物体がはみ出していた。
「調べてみても魔力反応なんてないし、おまけにフェイトちゃんが異形の存在とそっくりだと言ってるんや」
フロウウェンは『アレ』に釘付けになっていた。
―――何故あれがここに!?
来た時に紛れ込んだのか?と思った。
「あの二人組がこれを狙ってたというのもわかるし・・・あ、そういえば聞くの忘れてたわ」
はやてがフロウウェンの方を向くと、フロウウェンにとって聞かれたくない質問がはやての口から出された。
「フェイトちゃんが言ってた巨人とアンタは一体どういう関係や?」


「あれは・・・たぶんオレだ」
「「え・・・えぇ!?」」
シャマルとはやてが同時に言った。

フロウウェンはまだ話してない成り行きを話した。
D亜生命体に傷を負わされたことまでは前に話したので、実験体にされて破棄されたことから、倒されたことまでを話した。
ここではやては疑問に思ったことがあった。
「なら、なんで今は人としておるんや?あんなのになってから復活なんてどうにもおかしいで」
「それがオレにもわからんことの一つだ。だが、あの状態でいるよりはいいだろうな。こうやって自分の意識を制御できる」
「そういえば、実験体にされた時はどんな感じだったんですか?」
「狂えば楽、といえばわかるか?」
「わからへんけど、とにかくひどいってことやな」
「ああ、どんな理由であれ、再びこの姿で歩けるのが今のところ一番の幸いだな。
だが、遺伝子が人のそれじゃないとするなら、まだ『アレ』に汚染されているということになる。
だとしたら、いつかはまた『アレ』が暴走するかもな・・・」
フロウウェンが溜息を吐きながらそう言うと、はやてがこう言った。
「なら、私達の六課に入らへんか?」

「六課?」
「そや、正確には古代遺物管理部 機動六課。ロストロギア――ああ、強い力を持ったなんかって覚えておけばいいわ。
それが暴走したり、悪用されないために管理する課や」
「そこに何故オレを?」
フロウウェンは疑問に思った。
何故ロストロギアなど一切知らないのに、それ担当の課に入れるのかを。
「もうアンタがロストロギアとして認められる程に危険ということや」
はやては真剣な顔をしてフロウウェンに答えた。
「だって、いつまた危険な存在になるのか自分にもわからんのやろ?ならその被害を最小限に抑えるのが私達六課の役割や。
それに関してはわかってくれるな?せやけど、アンタも今は人や。ずっと閉じ込められるのも嫌やろ。
ならば六課の隊員と一緒にいた方がすぐに対応できる。どうや?」
はやてはフロウウェンにその是非を問いた。
だがその是非を答える前に、ある者の介入でそれが潰れた。

「はやて!どうしてそんなわけのわからん野郎を六課に!」

現れたのは鉄槌の騎士 ヴィータである。

10分前 *


シグナムとヴィータは廊下を歩いていた。
「なぁシグナム」
ヴィータがシグナムに話しかけた。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも、はやてが心配じゃねえのかよ。あのわけのわからん野郎に何かされたらどうするんだ?」
「確かに不安だが、私にはどうにも危険な人物には見えんな。それに――」
「何だ?」
「相手の体調が万全になったら、一度手合わせ願いたい」
「・・・お前は本っ当にバトルマニアだな。おまけに相手はじじいだぜ?」
「とてもじゃないが、あれはじじいで済まされるような体じゃないな」
ヴィータはシグナムにちょっとだけ呆れると同時に、聞く相手を間違えたと反省した。
「はぁ・・・もういい」
そう言うとヴィータは回れ右をしてシグナムと反対側に進んだ。
「おい、どこに行くつもりだ?」
「こっそり会話を聴きに行ってくる」
それを聞いたシグナムはヴィータに近づいてこう言った。
「・・・変な騒動は起こすなよ?」
「じじいを殴る趣味はねえよ」
ヴィータはそう言うとはやてのいる場所へと向かった。

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最終更新:2009年06月17日 16:49