第1話 『フォールド事故 たどり着いたのは魔法の世界』
キャンパスに戻ると待っていたのは、最近彼女ができたという2つ年下のルカ・アンジェローニだった。
「またカタパルトの無断使用ですか?先生に怒られるのは先輩だけじゃないんです。もう少し気をつけてくださいよ」
彼はミシェル亡き今、アルトに注意できる唯一のチーム構成員となっていた。
しかしアルトは約束を守らない悪ガキのような笑みを浮かべると
「あぁ、すまんな」
と答え、奥のロッカーへと向かっていく。
ルカは
「ミシェル先輩がいればな・・・・・・」
と小さく呟くが、結局どうにもならないと結論づけたのか、
「ああ、もう!アルト先輩待ってくださいよ~!」
と呼び掛けつつ彼の後を追った。
そんな彼らは3時間後、〝機上〟の人となっていた。
乗っているのはさっきのEXギアとは出力が1万倍以上も違う人型可変戦闘機VF-25Fメサイアバルキリーだ。
今バルキリーにはFASTパック(人型可変戦闘機用の拡張装備。追加ブースターや追加武装、燃料タンクなどで構成される。「スーパーパック」とも呼ばれる)とフロンティアの大企業『L.A.I社』の開発したスーパーフォールドブースターが装備されていた。
しかし何よりサブシート(後部座席)には、無骨な戦闘機にはあまり似つかわしくない、力を入れれば簡単に折れてしまいそうな体格をした少女が乗り込んでいた。
彼女は現在相方のシェリル・ノームと『娘(ニャン)フロ』というデュエットを組んで人気爆発中の時の人、ランカ・リーだ。
今彼女とアルトは、地球のマクロスシティで行われる第一次星間戦争終結50周年コンサートで歌うためにそこへ向かおうとする最中であった。
しかしなぜわざわざ軍用機であるVF-25で行くのだろうか?
無論それには理由がある。実はランカのコンサートの登場時に、かつてガリア4行われた暴徒鎮圧を、演出として再現するのだ。そのためバルキリーのパイロン(翼下に懸架型装備を装着するためのステーション)にはあの時と同様、合計4個の大型フォールドスピーカーが装備されている。
またアルト機の他にも、ランカの登場演出の直後にフロンティア船団へのバジュラの襲撃と相方のシェリルの登場を演出するために彼女を乗せたマクロスクォーター。そしてクラン大尉指揮するピクシー小隊など 多数のSMSの機体が護衛している。しかし特筆すべきはバジュラ達も演出兼護衛としてこれに参加していることだった。
(*)
アルトは機体に乗ってからめっきり静かになった友人に、声を掛けることにした。
「どうしたんだランカ?肩が固くなってるみたいだが・・・・・・まさか今頃緊張か?」
その問いに彼女はバックミラーの中で首を振った。
「ううん。ただ、みんなと飛んでるとあの時のことを思い出しちゃって・・・・・・」
ランカは右側を並進するルカのRVF-25と、その隣の成虫バジュラ(赤い大きなバジュラのこと)を順番に眺めると続けた。
「・・・・・・みんな私のこと誉めてくれるけど、私、そんなすごいことしたのかなぁ、って―――――」
「大丈夫だ。おまえはそれだけのことをしたんだ。誇っていいぞ」
はっきり言ってやると、彼女の顔がみるみる笑顔に変わっていく。そして
「うん!ありがとう。アルトくん!」
と、元気いっぱいに礼を言った。
しかし更に話を続けようとした時、マクロスクォーターのオペレーター、キャシーことキャサリン・グラス中尉から通信が入った。 回線を開くと、まもなく惑星フロンティアの重力圏を抜けフォールド予定宙域に到達する。とのことだった。
「スカル〝2〟、了解」
応えると同時に、目の前の多目的ディスプレイにもう1つ通信ウインドウが開いた。
画面に映った人物は〝ふぁり〟と、貫禄たっぷりに美しいストロベリーブロンドの髪をかき揚げて、言い放った。
『アルト、しっかり付いてきなさいよ!』
銀河の妖精ことシェリル・ノームの激励を受け、アイツは変わらないな。と思いつつ「りょうかい!」と、多少くだけた返事を返した。続いて後ろに呼び掛ける。
「ランカ、もうすぐ地球までの超長距離スーパーフォールド(フォールドを阻害する次元断層というものを無視したフォールド航法)に入るから、安全のため簡易コールドスリープ(人体を低温状態に保ち、目的地に着くまで眠ってもらう技術)に入ってもらうが、大丈夫か?」
「うん!」
思いの外元気な声が返ってくることに安心したアルトは、彼女の宇宙服にアクセス。そして後部座席のベルトの固定を画面で再確認すると、宇宙服の設定をコールドスリープへと変更した。
「おやすみ」
呼びかけにはもう応答はなかった。彼は気を取り直すと、スーパーフォールドブースターの電源を入れて、そのシステムを活性化させた。
眼前に迫る七色に光り輝くフォールドゲート。マクロスクォーターを始めとする僚機が突入していく中、ランカとアルトを乗せたバルキリーもためらうことなく突入して行った。
(*)
ミッドチルダ
そこは魔法文明の発達した国だ。しかしその街はそうとは思えないほど機能美にあふれ、まるで近未来都市を連想させる建物で埋めつくされている。
―――――(補足)
しかしここは〝我々〟の知る時空のミッドチルダとは違うものだ。
いつから異なる過程に進んでしまったのか、それとも元々違ったのか、それは分からない。だが〝伝説の3提督〟や〝最高評議会〟など存在しないし、組織や魔法のシステムの構成も少し異なっている。また、そこに住む人の性格も多少異なっているかもしれない。
しかしこの時空にも「時空管理局」は確かに存在するし、業務も〝我々〟の知るものに近い。
以後この事を記述するつもりはないが、あきらめずに読んでいくことができれば、いつか必ずこの疑問が解決される日が来る。とだけ言っておこう。
―――――(補足終わり)
そのミッドチルダの首都である『クラナガン』の中央。〝時空管理局〟と呼ばれる国営組織の入っている超高層ビルの周囲ではデモが起こっていた。方やデモ隊である時空管理局の地上部隊所属の隊員(陸士と空戦魔導士)。
方やデモ反対の地上部隊隊員と軽装備治安維持部隊(実状は日本の警察に近い)である治安隊。
デモの理由は本局の人材確保と予算配分。そしてそれに対する政府の対応だった。
本局は次元の海と呼ばれるさまざまな世界が偏在する次元宇宙の秩序を守るため次元航行部隊(護衛艦隊と機動課)を有し、維持費などで自然と大量の予算が必要になる。そして起こり得る様々な事態に対応するため人材も良いものを集めている。
しかし、地上部隊は弓状列島の国であるミッドチルダ本土を守るために作られた軍組織で、規模も本局の4分の1程しかない。そのため地上部隊の予算は議会によって概算要求からガリガリ削られ、毎年成績の優秀な学生達も本局に狩られていき、相対的に質が低下していた。
地上部隊としても、限られた予算では人件費すら削減するしかないため、地上部隊配属者はひもじい生活を強いられている。
この傾向は特に、非キャリア組(リンカーコア<魔力資質>が、クラスA未満からそれを待たない非魔力資質保有者を指す代名詞)の多い陸士部隊に顕著だ。陸士部隊は重労働で知られるが、有事や災害救助などで管理局の庇護の下にあるミッドチルダ国民を第一に守る、直接的で大切な役職だ。
しかし給与水準はミッドチルダの平均所得より少なく『本当にここは公務員か!?』という見出しが新聞、雑誌に載ってしまうところまで来ていた。
そんな地上部隊に世論は同情の声を投げかけ、ミッドチルダの企業団が自分達のイメージアップを狙って出資を申し出てきた。 それは管理局の老朽化した施設の改修や新設などに民間の介入を許すことを条件に、仕事の増大によって非魔力資質保有者の雇用増大にも役立つという魅力的なプランだった。
だが政府は軍事費の増大による各世界の批判、何より100年前の大戦争の教訓である軍事費増大による軍部の拡大と暴走を恐れており、それを退けた。
そのプランの却下によって最後の希望を絶たれた地上部隊の一部は遂に頭に血が登り、最終手段であるデモを全国一斉に展開。
クラナガンに駐屯する部隊はそのまま時空管理局本部ビルに殴り込み(デモ行進)を開始し、今に至るのだ。
現在、クラナガンに駐屯する地上部隊の5割がデモに参加しており、その怒りがうかがい知れる。
非常線はデモ隊が占拠する時空管理局本部ビルの周囲に張られている。なぜ国会など他の行政府機関でないかと言えば、地上部隊と本局、そして治安隊のトップが政府の首相を相手取りこのビルで最後の説得を試みているからだった。
予想ではさすがにあのプランまでは無理かも知れないが、ここまでやってしまった以上少しでも譲歩しなければ地上部隊を解体せねば事態を収拾出来ない。そのため、予算配分を何とかするなど少なくとも譲歩には持ち込めるだろうという見通しではあった。
だが時空管理局本部ビルでは、もしものデモ隊の暴動に備え魔導士ランク(最低のCランクから始まり、Sランク+αを最上位とするもので、その者の能力をリンカーコアのクラス、戦闘技術などで総合的にランクづけしたもの。)がオーバーSの魔導士3人の非殺傷設定による砲撃で強制鎮圧する用意があった。
(*)
時空管理局本部ビル内部
「ああ、ウチの力が足りんかったばっかりに・・・・・・」
呼び出されたオーバーSランク魔導士の1人、時空管理局地上部隊所属の八神はやて二等陸佐は下界で睨み合うデモ隊と防衛隊とを見て頭を抱えていた。
そんな自分を見かねてか、1人の金髪の友人が肩に手を乗せて言い聞かせるように言う。
「はやてのせいじゃないよ。はやては頑張ってあのプランを実現可能って所まで持って行ったんだから」
と、本局機動課(ロストロギアと呼ばれる今では失われた技術で製造された物品があり、次元世界にあるそれを探索・封印することを主任務にする部隊)所属のフェイト・T(テスタロッサ)・ハラオウン執務官(一等海尉)。
確かに自分は1年前、地上部隊の資金問題について考え、ある案を思い付いた。
それから聖王教会のカリムを始め様々な知り合いを通じた幅広い人脈をフルに駆使して主な企業が名を連ねる企業団に時空管理局を企業のイメージアップ戦略の道具や商品とするプレゼンテーションを展開するように時空管理局内に波を起こしたのだ。
そうした行動と様々な人の手を借りて企業団側のOKを取り付けた。そんな八神印の乾坤一擲のプランだった。
(でも結局―――――)
「そうだよ!それにはやてちゃんの所属する部隊は参加してないんだから」
負の連鎖に入りかけた自分をフェイトに同調する事で止めたのは地上部隊所属の空戦魔導士、高町なのは一等空尉。
確かに自分の所属する第108陸士部隊、そして彼女が所属する第4空戦魔導士教導隊は説得で事なきを得ていた。(ちなみにこの3人は、士官である以上にオーバーSランクという超キャリア組であるためそれなりの高給取りだ。)
しかし、この3人の内自分を含めて2人は地上部隊の中にあって、彼らの鎮圧のために来ていた。
「できればだれも吹き飛ばしとうないんやけどなぁ・・・・・・」
そう呟く。
政府が悪いなら簡単だった。次の選挙で変えればよい。
しかし現実では自分達も政府も悪いわけではなかった。
政府は世論にも負けず信念を持って軍事費の増大を拒んでいる。
それは100年前の大戦争の教訓。一度タガが外れれば軍部を制御出来なくなるかも知れない。
彼らはそれを十二分に恐れていた。
また、今の首相が問題だった。
問題がある訳ではない。つまり、問題がないことが問題なのだ。
彼は外交手腕に秀で、人を惹き付けるカリスマを持ち、尊い大切な信念を世論の逆風があろうと貫き続ける人物であった。このような人物は今では稀有であり、加えて今まで他の政策では文句の出ないような功績を残しており、正に首相たる適格者であった。
彼を首相から降ろすなど、この立場になろうと少なくとも自分には考えられなかった。
またそれゆえに、目の前の友人2人やデモ隊は譲歩するだろうと楽観視しているようだが、彼が信念を曲げてまで譲歩するとは思えなかった。
しかしそれと同時に、なぜあの彼がここまで事態を悪くしたのだろうと疑問を持っていた。
彼は議会で「軍事費のGNP10%枠は堅持する。そして本局の予算は絶対に削らせない!」と答弁していた。だがこのまま本局の予算を削るなどの譲歩もしないようだと地上部隊は黙っていない。長期のストライキに突入したり、地上部隊を辞める人が大量に出るのは必至だった。
(ミッドチルダには地上部隊が必要な筈なのに、どうしてこんなことを・・・・・・?)
彼の実力を認めているからこそ発生する言い知れぬ不安。
いつの間にか目頭を挟むようにしていた指先を退け、目の前の扉を仰ぎ見る。そこは先ほどから説得が行われている会議室だ。
彼女は最早祈りに似た気持ちで彼が考えを変えることを願った。
するとちょうど会議が終わったようだ。扉が開く。そして地上部隊で最高位の武官であるレジアス・ゲイズ中将が書類を手に近づいてきた。
それに反射的に立ち上がると、彼に詰め寄る。
「レジアス中将、結果は!?」
「・・・・・・残念ながら会議で、君のプランを改めて却下。譲歩すらしないことが決定された」
その一言に3人の顔が青ざめる。
「本当に・・・・・・すまなく思う・・・・・・」
彼は3人に深々と頭をさげると、紙を渡した。そこにはこう書かれていた。
特別命令書
発、時空管理局局長 浜本健二
宛、地上部隊 八神はやて二等陸佐
同 高町なのは一等空尉
本局 機動課 フェイト・T・ハラオウン一等海尉
上記3名は可及的速やかにデモ隊を説得、もしくは実力で鎮圧して解散させよ。
また鎮圧のため、魔力の限定解除、ならびに使用の全制限を解除する。
以上。
心臓が止まるかと思った。
首相であり時空管理局局長(2つの役職は自動的に兼任する)である彼はやはり本気だった。
非殺傷設定とはいえ、自分達のようなクラスSのリンカーコアを持つ者の本気の魔力砲撃は当たれば打ち身程度では済まない。長時間照射されれば深刻な魔力火傷の症状が出て最悪死に至る。
だが、逆に威力を抑えた砲撃をすると今度は彼らが展開するであろう魔力障壁(シールド)を破る事が出来ない。
その場合周囲が民家のため、明日の新聞に『跳ね返った砲撃が民家を直撃!』という見出しが載ることになるだろう。
つまり、撃つなら全力でなければならないのだ。
でも問題はそこではない。
(どうしてこれほど徹底的に地上部隊を怒らせようと・・・・・・?)
どうやら顔に出てしまったようだ。自分の疑問にレジアスが心を読むように答える。
「浜本首相は以前から秘密裏に地上部隊不要論を暖めてきたらしい。このデモすら、正に地上部隊解体のデモンストレーションとする腹積もりのようだ」
地上部隊不要論とは、軍事的要素が強くそれなりの多額の金を要する地上部隊を解体し、軽装備の治安隊を強化してミッドチルダの警察組織の一本化を図ろうという考えである。
しかしそれでは次元宇宙で暗躍する次元海賊をはじめとした敵対組織が、ミッドチルダに攻撃してきたとき対応出来ないという理由でさして広まってはいない考えだが、次元宇宙で活躍する本局をその分強化するのなら話は別になる。
「策士だな」
レジアスはそう吐き捨てる。
今デモに参加している者達は時空管理局局員という公務員である。そして今は午後2時。通常勤務の時間帯である。つまりこれはストライキ、労働争議とも呼べる行為であり、公務員のそれを禁止した法律が存在するためもちろん違法だ。
彼らは帰れば等しく懲戒免職の4文字あるのみ。
となれば大人しく彼らが帰るはずがなく、まず間違いなく暴徒化する。
その模様をマスコミが報道すれば世論も同情から「やはり軍隊は危険だ!」と恐怖に変り、結果として不要論に傾く。
デモ隊は「自分達は必要とされている」「まさか政府が辞めさせるわけない」と思い込んでいたため、このような強行手段を取った。
普通なら地上部隊をわざわざ解体させるリスクを負いたくないと地上部隊不要論を捨てるが、あの首相は覚悟とその権限を持ち、事実世論を味方につけるためこの芝居をうったのだ。
彼はこの交渉で譲歩するつもりなどまるでなく、最初から地上部隊を潰すつもりだったのだ。
はやては彼の策略に戦慄するが、正式な命令書があるからには私情を捨て、自分達は従わなければならない。
ずっと命令書を凝視するようにしていたためか、こちらの様子を伺う様にしていたなのはとフェイトに決意を示すようにアイコンタクトするとレジアスに敬礼し
「了解。八神はやて二佐以下2名、これより任務に入ります」
と告げた。
レジアスはもう一度憔悴した顔で
「すまない・・・・・・」
と深く頭を下げ、会議室に戻って行った。
それから彼女らは外に出るまで一口も口を聞けなかった。
最終更新:2010年09月21日 17:20