「ふぃーっ。なんだかんだ歩いてるうちに、こんなとこまで来ちゃったんだ」
潮風が茶色の髪を撫でる。なのはは臨海の公園へ来ていた。
時刻は午後5時を少し過ぎたところ。空には薄っすらとオレンジが混ざりつつある。
「海かぁ・・・・そういえば、海には色々と思い出があるかも」

魔法を知って間もない頃、ユーノと色々なことについて話し合った。
ジュエルシードを巡ってフェイトと戦い、そこへクロノが止めに割って入り、
時空管理局の存在を知ることになった。
P・T事件後、裁判のためミッドチルダに渡るフェイトに初めて名前を呼んでもらった。
数ヶ月前の出来事。闇の書の『闇』と戦い、仲間たちと協同戦線の末に消滅させた。

わずか2年足らずの間なのに、この場所にこんなに関わりがあるとは思わなかった。
静かに揺れる波を眺めながらそんなことを考えていると、
「あれ、電話だ・・・・えっと、管理局から?」
ポケットからピンク色の携帯電話を取り出し、着信相手を確認する。
いつもならば、ほとんどの連絡事項はメールで伝えられるため、
わざわざ直接の音声電話をかけてくるということは、余程の緊急事態時のようだ。

『あ、なのはちゃん!? こんな時間にごめんね。ちょっと急ぎの用を頼みたいの!』
「え、どうしたんですか?エイミィさん。そんなに慌てて」
『それがね、別次元の砂漠地帯で急に時空の歪みが発見されちゃって。
あいにく別の用件でクロノくんとフェイトちゃん、局員もほとんど出払ってて・・・・』
そこまで聞いて、なのはは理解した。つまり、自分が行く必要がある、と。
「分かりました。今のところは特に用事もありませんから、大丈夫ですよ」
『あ~りがとうっなのはちゃん!!待ってて、すぐに転送の用意するから!』
「了解。・・・・はぁ、もうそろそろ夜ご飯だったんだけどなぁ」
少し残念そうにお腹をさするなのは。
それから数十秒後、臨海の公園にいたはずの少女は、光とともに姿を消した。

「・・・・ぅ、暑っちぃ・・・・」
四方八方から、刺すような熱を感じる。
わずかに手を動かすと、『ジャリッ』とした乾いた感触が神経に障る。
今まで感じたことのない暑さと手の感覚に、否応なく意識を引き戻された。
ゆっくりとイッキは身を起こし、周りを見渡す。そこは、
「な・・・・何だよ、ここ?」

どこまでも同じ光景が広がっていた。
テレビや学校の教科書などでしか見たことのなかった、ベージュ一色の大地。
人はおろか、動植物一つの気配すらも感じられない。周囲360度の砂漠だった。
その360度の中に――
「メ、タビー?・・・・メタビー!!」
明銅色の相棒が、うつ伏せになって倒れていた。
「メタビー起きろ!俺たち大変なことになっちまっ・・・・」
急いでメタビーを仰向けにしたイッキは、そこで言葉を失った。

メタビーの目には、光が灯っていなかった。
まるで『人形』のように。

「おい、起きろよ・・・・下手な冗談やっても面白くねぇぞ・・・・」
軽く揺さぶりながら声をかけるが、横たわる相棒から返事はない。
「くそっ!起きろってば!!おい、メタビー!!」
今度は乱暴に揺さぶってみる。しかし、やはり返事が返ってくることはなかった。
「おいっ!!!――くそ、どうしちまったんだよ・・・・」
やがて動きを止め、力なく腰を落とすイッキ。

「・・・・とにかく、ここから動かないと」
しばらくしてから気を取り直し、移動するべく立ち上がる。が、
「痛っ」
全身から鈍痛を感じ、再び地に腰を落としてしまった。
なんで?どうしてこんなに体中が痛いんだ? あ。そうだ・・・
「感電して、爆発に巻き込まれたんだっけ・・・?」
今になって初めて気付いたことに自分でも驚いてしまう。
そういえば、錯乱状態になったメタビーが反応弾を撃ったのを見たような気が。
そいつが運悪く電撃で引火して、派手な地上花火を打ち上げたのだろう。
これじゃ泣きっ面にハチだ、などと心の中で嘆くイッキ。

ゴゴゴゴゴゴ・・・・
「・・・・っ?」
鈍く響く音がする。嫌な予感がしたイッキは、ぐるりと周囲を見回した。
しかし、ベージュ色の景色には何ら変化はない。と、突然――

 ギ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ア ! !
砂を舞い上げ、巨大な生物が奇声をあげて地面から飛び出してきた。
『ミミズを1000倍くらい凶悪にした』といった感じ(?)のワーム状の怪物。
そのスーパーミミズ(仮)は、
「うわっ!!」
牙を剥き出しにしながら真っすぐ獲物へ向かって飛びかかった。
とっさにメタビーを抱きかかえ、ダイビングで間一髪回避するイッキ。
が、慣れないことをしたのがマズかった。
したたかに体を地面に打ちつけ、起き上がるまでに大きなスキができてしまう。
そこへ『待ってました』とばかりに触手を伸ばすスーパーミミズ(仮)。
「うあぁぁぁ!」
無意識にメタビーをかばうようにうずくまり、イッキは固く目を閉じた。

『Protection』
妙に機械的な音声が聞こえた。あれ、天使の声って意外と素っ気無いんだな・・・・
死を覚悟していたイッキはそんなことを考えた。と、
 グ ゥ ゥ ゥ ゥ ア ゥ ?
スーパーミミズ(仮)の困惑したような鳴き声が聞こえる。見上げてみると、
「な、何だ・・・・これ」
自分の周りを半透明のドームが覆っている。ほのかに桜色のバリア状のものだ。
「ふぅ~、間に合ったぁ」
場違いな女の子の声が響く。

夢だと思った。いや、夢だと思いたかった。
イッキは、その光景を現実のものと受け入れることができなかった。
白い服を着た、自分と同い年くらいの女の子が、空に浮かんでいる。
「は?」
おめでとう少年よ。君はまだ正常な意識を保っているようだ。いやそうではなく、
「そこのキミ!危ないから、その中でじっとしててね!」
まだ幼いながらも緊張感を伴った声で、女の子が言った。
「え・・・・あ、うん」
めくるめく『意味不明』の連続でワケが分からないイッキは生返事をするしかない。

「とにかく、アレを倒すか撃退しないと。レイジングハート!」
『All right. Accel shooter』
レイジングハートの先端付近に、5,6個の魔力弾が形成される。
「あのウネウネはちょっと厄介だからね、まずはそれを・・・・
 アクセルシューター、シ ュ ー ト ! ! 」
合図と同時に、魔力弾はスーパーミミズ(仮)へ向けて一斉に突撃。
そのまま加速し、体側面から生えている触手を片っ端から薙ぎ払っていく。
 ギ ア ア ァ ァ ア ! !
自分の手足(?)を断絶され、さすがの怪物も悲鳴をあげた。
怒り心頭で、なのはにボディアタックを敢行する。が、
『Accel Fin』
「おっとぉ、危ない危ない!」
両足で思いきり空を蹴り、難なく攻撃をかわすなのは。
『Buster mode』
音叉状の砲撃重視型にレイジングハートを変化させ、カートリッジ2発をロード。
魔方陣を展開し、怪物へ照準を合わせようとした、その時――

ギ ァ ァ ァ ァ ァ ア ア ! !
突如として、もう一匹の巨大ミミズが砂の中から姿を現した。
「ふええぇ!まだいたの~!?」
ミミズ第2号の出現になのはは驚くが、
よくよく考えてみれば、『1匹しかいない』などと誰も言っていないわけで。
その2号は近くにいたイッキに気付き、結界へ触手攻撃を始める。
「うわっ、何だよコイツ!」
「マズいっ・・・・!」
数発のアクセルシューターで2匹目を牽制し、結界から引き離す。が、
その間に1匹目が再びなのはへ攻撃を仕掛ける。

上空に逃げれば2匹同時に攻撃できるが、
その間に怪物の攻撃対象は要救助者に移り、結界を破られる可能性が高い。
かと言って、それを破られないように近づいて戦えば、
2匹同時に相手をするのが難しくなる。
二つの苦しい選択肢のうち、なのはは後者を選んだ。
無論、2体の攻撃をかわしながら要救助者を守るため、苦戦するのは言うまでもない。
「うぅっ、一体どうすれば・・・・」
打開策を見出せず、なのはは歯噛みする。

「・・・・どうすればいいんだよ」
目の前で謎の少女が2匹の怪物相手に苦戦している。自分を守るためにだ。
さっきからわけが分からないが、良い状況でないことだけははっきりしている。
そんなときに自分は何ができる? 何もできない、見ているだけ。
「くっそぉ、何かできないのかよ!?」
何もできない苛立ちが募るイッキの視線の端に、相棒が映る。
(せめてコイツが動けば、何かできるかもしれないのに・・・・!)
最後の望みをかけて、イッキはもう一度メタビーを揺さぶる。
体のオーケストラが鈍痛曲を演奏し始めるが、そんなの気にしていられない。
「おい、メタビー!よく分かんねぇけど今大変なことになってんだぞ!
起きろ!!」
しかし、やはりメタビーから反応はなかった。
その間にも、なのははミミズ1号2号に苦戦を強いられている。
イッキの心に激しい無力感と苛立ちが煮え返った。
「くそっ、こんな大事にときに・・・・なんでお前は寝てんだよ・・・・」
無力感と、物言わぬ相棒への憤りは沸々と温度を上げる。そして、

「くっそぉおおー!!
動 け よ っ ! こ の ポ ン コ ツ メ ダ ロ ッ ト ぉ ! !」
臨界温度に達した――


「――何 だ と ぉ ー ー ! !
やいイッキ!お前またオレをポンコツ呼ばわりしやがったな!?」
突如、ブラックアウトしていたモニターに緑色の双眸が灯り、
メタビーは起き抜け一番、イッキに向かって声を張り上げた。
「メタビー!起きたんだな/ジャキッ!」
イッキの目の前に、鈍く光る黒い筒が突きつけられた。
「って危ねぇからリボルバー向けんな!話は後だ、後ろを見てみろよ!」
「うるせぇ話を反ら・・・・のわー!何じゃこりゃ~!!?」
絶叫するメタビー。
まぁでっかいミミズが2匹もいれば驚くのが普通なわけで。
「こいつらとあの白い服の子が戦ってる。あの子を援護するんだ!!」
イッキは空に浮かぶ少女に視線を向ける。
「誰だあれ?それに、何で飛んでんの?」
「俺にも分からん!」ドガシャッ
言い切った。盛大にコケるメタビー。
「何だよそれは!」
要するに横の相棒も状況を飲み込めていないらしい。

声が聞こえた。
「え?あれは・・・・」
見ると、要救助者の少年が結界内から出てしまっている。
「ちょっとキミ!!出たら危な――」
「サブマシンガン!!」
「お り ゃ あ あ ぁ あ あ ! ! !」 ズガガガガガガガッ!
弾丸の嵐。予期せぬ攻撃に巨体のミミズがわずかに動きを止める。
「おい!えーと・・・・そこの人!
俺たちが援護する。そのスキにこいつらを何とかしてくれ!!」
「・・・・え?え?」
援護する、と突然言われても・・・・となのはは思ったが、
「ん~とぉ・・・分かった、でも!ムチャなことはしないでねっ」
先ほどの射撃を見る限り、多少の援護は期待できると判断したのだろう、
「レイジングハート、バスターで一気に片付けるよ」
『All right』
空を蹴って上昇し、魔方陣を展開する。
「キミ!デカいのやっちゃうから離れて!」
杖の先端に魔力を充填しながら、少年へ叫ぶ。
「で、デカいの??」
見る見るうちに膨れ上がる魔力の塊。なるほど、確かにデカそうだ。
「メタビー!あいつらに反応弾、全部ぶつけるんだ。それから緊急退避!!」
「簡単に言うなよ~!」
ありったけのミサイルをミミズの足元に発射し、急いで退避行動をとるメタビー。
イッキはというと、指示を出しながらすでに走り出していた。

「退避を確認。よぉし、全力全開っ・・・は危ないから出力60%でいくよ!!」
『Alright. Output control 60%』
反応弾の爆煙で視界を塞がれキョロキョロしているミミズ2匹は、
「ディバイィィン・・・バ ス タ ぁ ー ー ! ! !」『Extension』
情け無用の一撃――桜色の巨大な光に飲み込まれた。

「・・・・よく分かんないけどぶっ飛ばしすぎだろ・・・・」
「あれ、ホントに女の子か?人間技じゃないな・・・・」

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最終更新:2007年08月14日 16:55