『マクロスなのは』第10話その2


(*)


1週間後国営テレビ放送

『─────現在〝35人〟もの尊い犠牲者を出してしまいました。それはガジェットと呼ばれる─────』

テレビは本部ビル前の仮設会場を写し出している。そこではレジアス中将が記者会見を行っており、その内容は管理局に殉職者が出たというものだった。しかし─────

『─────しかし皆さん、我々はこの事態を止める時が、止めることのできる時が来ました!すでに我々にはその手段があるのです!』

レジアスがいままでの悲しい表情から一転、力強い顔と口調に変わる。

「・・・・・・始まったな」

食堂で昼飯を食べていたアルトが呟く。今ここには隊長、副隊長陣を含め、フォワード4人組やその他職員が昼飯をつついている。しかし、皆レジアスの豹変にテレビに釘付けだった。

『・・・・・・私は時空管理局、ひいてはこの世界の存亡をかけた最後の防衛策として、〝ヴァリアブル・ファイター(VF)〟の導入、運用をここに宣言します!』

一斉に焚かれるフラッシュ。
そして一呼吸置くと、会見場に超大型のホロディスプレイが出現した。テレビはそのままホロディスプレイの映像に切り替わる。

『ヴァリアブル・ファイター配備計画とは、現在ミッドチルダの持つ工業力を最大限使って行われる、空戦魔導士部隊の大規模装備改変計画です。ヴァリアブル・ファイター、略して〝V(ブイ)〟〝F(エフ)〟とは─────』

ナレーターには落ちついた女性の声が当てられ、モニターにはVF-25を初め、VF-1やVF-11の映像が流れる。

「隊長達はご存知だったんですか!?」

自らの上官達が驚かないことに気づいたティアナが席を離れ、こちらに詰め寄る。

「こんな質量兵器紛いの物を─────!」

「ティアナ、」

なのはの射るような声が届く。いつもと違う教官の様子にティアナは即座に黙らされた。

「私達は確かに聞いた。でもね、その時の殉職者は〝12人〟だったの。1週間前よ。これがどういう事か、わかるよね?」

現在の殉職者数と、たった1週間前の殉職者数。その行き着く結論にティアナは

「すみません!」

と頭を下げ、自らの席に戻っていった。
このやり取りのおかげで事態の緊迫性を理解した他全員は沈黙を守った。

『─────現在ヴァリアブル・ファイター、通称〝バルキリー〟は、汎用人型可変戦闘機としてVF-1『ワルキューレ』。多用途人型可変戦闘機としてVF-11『サンダーホーク』の採用が予定されています。このうちVF-11については用途によって搭載機器を、指揮特化型や量産型、そして重武装型などにそれぞれ特化して運用する予定です。』

(設計だけじゃなく名称までもじってやがる。こりゃああっちの世界の開発元が聞いたら著作権で怒るだろうな。設計図を提供したL.A.I社の研究員は大丈夫かよ・・・・・・)

アルトはそんな事を考えていた。そうしている内に映像が終わり、会見会場にカメラが戻った。

『皆さん、先ほどの映像からこの計画の概要を理解していただけたかと思います。しかし皆さんは「理念違反だ!」と反対されるでしょう。私も最初、この計画は考えてはいても、実行しようとはまったく考えませんでした。しかし私は、ある人物の遺言に心動かされてしまったのです。それは─────』

ホロディスプレイの映像が差し変わり、そのある人物の写真が映った。それはツーショットで、彼女と一緒に写っているのは〝なのは〟らしかった。
まだ部隊に入りたての頃の写真のようだ。2人とも青白の教導官の制服はパリパリで新しく、まるでリクルートスーツを着ているような初々(ういうい)しさが漂っていた。
目の前にいたなのはは俯く。とても正視出来ないのだろう。

『この向かって右側の彼女は殉職者の1人、宮島栞二等空尉です。栞空尉はリンカーコア出力がクラスAAという非凡な才能を生かし、4年ほど前から空戦魔導士の教導隊の一員として業務に就いていました。しかし2週間前、海上で彼女の所属する教導隊が新人の訓練を行っていた時にガジェットに襲われたのです』

プレーヤーが再生される。どうやら襲撃時の通信記録らしかった。

――――――――――

『メイデイ!メイデイ!こちら第4空戦魔導士教導隊、至急救援を乞う!・・・・・・ダメだ!ジャミングで妨害されてる!』

『新人どもをどこかに逃がせ!邪魔だ』

『逃がせってここは海上なんだぞ!』

『おい、ショーン・バノン二等空曹!なにやってる!?』

『じ、自分達も戦います!』

『バカ野郎!お前らヒヨッコはバリア張って身を守ってればいいんだ!頭出すな!わかったか!?』

『はっ、はい!』

『吉沢隊長、』

『ああ、栞二尉、助かる。私は右端から落としていくから、君は左端から頼む』

『了解。・・・・・・しかし隊長、このままではじり貧です。大規模転送魔法で安全圏への退避を』

『だが我々だけならともかく、新人はそう簡単に動けないぞ!』

『私が囮になります!その間に退避を』

『しかしそれでは―――――』

『こちら左翼!防衛ラインの維持は限界です!至急新人どもを退避させてください!』

『隊長!お願いします。やらせてください!』

『・・・・・・わかった』

――――――――――

爆音と喧騒混じりに聞こえる無線達。それらは本気の戦場の模様を写し出していた。

『この後、部隊のほとんどが彼女のおかげで無事に戦域から脱出しました。しかし囮になった彼女には逃げる隙がありませんでした。そんな彼女は最期に遺言を遺しています。今それを公開したいと思います・・・・・・』

再びレコーダーが再生される。彼女の遺言は、その〝全て〟が公開された。


そしてその放送は世界を沈黙させた。


彼女を知らなくても、同じ人間としてその無念さと理性を失う程の死への恐怖を痛感し、彼女を知る者は泣き崩れた。
なのはなど最後の方にあった自分の名が呼ばれるところでは、席から突然離れ、飛び出して行ってしまった。
再生が終わるとレジアスは続ける。

『私はもうこのような犠牲者を出したくない・・・・・・それに、彼女達の仇をとってやりたい!彼ら殉職者達の遺影の前に立ったとき、「仇はとったぞ!」と言ってあげたいのです!どうか、皆さんのご理解をいただきたいと思います・・・・・・』

映像と会見は深く頭を下げたレジアスを映して終了した。
しかし食堂の誰もが動けなかった。それほどの衝撃をあの遺言は与えていた。
15分が経ち、なのはが帰ってきた。彼女はまたしても気丈に振る舞っているが、その目は痛ましいほどに泣き腫らしていた。


プ、プ、プ、プーン―――――


『こんにちは。午後1時のMHK(ミッドチルダ・放送・局)ニュースです。先ほど行われた記者会見の緊急世論調査の結果は、もうまもなく集計が完了する予定です』

時報と共に始まったニュースは各地の反響を伝える。
号外が配られる街頭を歩くビジネスマンや、会見をテレビで見たレストランの客など。それぞれ賛成、反対などの意見を語っていた。

『―――――今のは首都クラナガンの中央駅前からでした。次に、記者会見で名前の出た時空管理局地上部隊所属だった宮島栞、元二等空尉の実家と中継がつながっています。現場にはロバート・ユレスキー記者がいます。・・・・・・ユレスキーさん?』

ニュースキャスターの呼び掛けに、現場へとカメラが飛んだ。

「―――――はい。こちらは先ほどの記者会見で名前の出た宮島栞、元二等空尉の実家前です。」

『ユレスキーさん、何か動きがあったそうなんですが、ご家族の方が記者会見について何か言われたのでしょうか?』

「はい。ちょうど5分ほど前に家族の方が帰って来られ、家に入って行きました」

映像が中継から録画された映像に切り替わる。
その家の玄関に乗り入れてきた車に殺到する記者逹。そして車から出てきた2人の男女に記者逹のフラッシュと質問が殺到する。どうやら彼女の両親らしかった。
2人は記者の質問に応えず、無表情を保っていた。しかし母親はついに耐えかねたのか、とうとうその場で座り込み、泣き出してしまった。

「どうして家(うち)の子が・・・・・・あんなにいい子だったのに・・・・・・どうしてなの!?」

父親が彼女をなだめて立たせる。しかし彼女は何を思ったのか、おもむろに記者逹が回すカメラのうち1台をひっつかむと、こう懇願した。

「もう理念とか関係ありません!管理局の皆さん!なんでもいいから、家の大事な1人娘の仇をとってください!」

それだけ言うと、父親に半ば運ばれるように連れられた彼女はおろおろと泣きながら家の中に消えていった。
カメラが戻り、再びユレスキー記者を撮す。

「その後こちらではまだ動きはありません。以上、実家前からでした」

心なしかユレスキー記者の顔色は良くなかった。
この事件の加害者であるガジェットは、民間人にも容赦をしない。つまりこの事態は〝もしもの覚悟〟ができている自分自身だけでなく、明日には何の罪もない自分の家族や大切な人に起こるかもしれないのだ。そう思うと平静でいられないのが人間というものだった。
アルトが見回すと、六課の隊長・副隊長陣は、瞳に焼き付けるようにテレビ画面をじっと見つめながら毅然とした態度を維持。前線の4人や他の職員逹も絶句しながらその放送に耳を傾けていた。
そして自分達の前にあるコーヒー、紅茶はすでに室温になっていた。

『ユレスキーさんありがとうございました。・・・・・・はい』

ニュースキャスターに画面下から紙が回された。彼はそれを一読すると目を見開くが、国営放送の報道者として中立を守るというプロ根性が辛勝したのだろう。なんとか無表情を保った。

『先ほどから行われていた記者会見の緊急世論調査の速報が出ました』

ニュースキャスターが、この世論調査の形態を『コンピュータで無作為に発生させた電話番号で―――――』などと説明すると、大きな見出しと3つの選択肢が現れた。

『まず、対応の遅れによって出してしまった殉職者について。〝憤りを感じる〟〝仕方ないと思う〟そして〝どちらとも言えない〟の3回答の結果は―――――』

画面が円グラフに切り替わり、赤と青、そして緑による色分けがなされる。しかし、青と緑は小さく、赤が圧倒的で8割以上を占めた。

『赤が〝憤りを感じる〟で81%。青は〝仕方ないと思う〟で10%。緑の〝どちらとも言えない〟という解答は9%に止まりました。続いて、ヴァリアブル・ファイター配備計画について。〝賛成〟〝反対〟〝どちらともいえない〟の3回答の結果は―――――』

ここはアルト達にも緊張の一瞬だった。なぜならこれを元に今後の方針が決まるからだ。仮に反対多数なら、レジアスは職を追われるかもしれない。
果たして、3色に染まった円グラフは、赤がが半分以上を占め、次に緑。5分の1ほどが青かった。

『赤が賛成で58%。青が反対で18%。緑はどちらともいえないで24%でした。・・・・・・今、時空管理局の歴史について詳しい、ミッドチルダ大学の山本信雄教授におこしいただいております。よろしくお願いします』

『いえ、こちらこそ』

『・・・・・・それでは早速ですが、これはどういうことでしょうか?』

ニュースキャスターの単刀直入な問いに、山本教授は苦い顔をして一言言い放った。

『う~ん・・・・・・〝時代は変わった〟ということなのでしょう』

その言葉は後の世が、これからのミッドチルダの変革を思い出す時の原点となるセリフだった。

(*)

賛成多数が決まった直後、はやての携帯端末にコールが入った。

「はい、はやてです。・・・・・・レジアスおじさん!? ちょっ、どうし―――――」

そこから先は声が小さく、アルトには聞こえなかった。そして周囲が心配の視線を向ける中、はやては携帯端末を畳む。

「アルトくん、ちょっと来てな」

「は?オレ?」

しかし、はやてはそれだけ言って構わず行ってしまうため、追わざるをえない。
彼女は食堂を出て、廊下を抜け、着いた場所は部隊長室のデスクだった。

「どうしたんだよ?」

しかしはやてはその質問には答えず、1枚の紙とペンを差し出してきた。なぜかその顔には笑みが浮かんでいる。

(いい話・・・・・・なのか?)

怪訝に思いつつもそれを一読してみた。

「・・・・・・オイ、はやて、これはどういう事だ?」

その紙にはこう書いてある。『退職届け』と。

「俺は〝クビ〟って事か?」

はやては不敵な笑みを見せると、首を縦に振った。

「お、おいおい!ちょっと待て!どうしてなんだ!? 俺が何をした!?」

「自分の胸に聞いてみ」

「・・・・・・」

何も浮かばなかった。

「やっぱりわからん。それに退職届けってことは、俺がサインしなければ―――――」

「それがダメなんや。もう上が決定したことやから、ウチでも撤回はでけへん。せめてものよしみで、退職金が多い自主退職にしてあげようと思っただけや。もうあと12時間ぐらいで正式な辞令が下りるはずやで」

―――――どうやら根回しは済んでいるらしかった。

(どうして今さらこんな仕打ちを―――――!)

泣く泣くアルトはサインし、毅然と振る舞って虚勢を張ってみせる。

「おまえのこと、友達だと思ってたんだがな・・・・・・」

せめてもの抵抗に紙を放ってやる。しかし彼女は気を悪くした風もなくそれを受け取った。

「人間て非情になるもんやな。今度はこっちや」

アルトは渡された紙に小さく悪態をつきながら、どうせ「お前クビ」と遠回しに書かれているだけだろうから文面も読まずサインし、また放ってやった。

「よし。これで早乙女アルトは、本日付けで晴れて〝本局〟からクビになる訳や」

彼女はそう言って2枚目をFAXする。
そして10秒待たずに送られて来た返信に彼女はサッと目を通すと、アルトに差し出した。

「? なんだ?」

「読んでみ」

さっきとは違って今度は慈愛に満ちた笑み。
アルトは先ほどのレジアス以上のはやての豹変に戸惑いながらその紙を受け取り、目を通す。

―――――どうやらはやてに1杯食わされたらしい。

そこにはこう書かれていた。



入隊許可証
時空管理局 地上部隊 試作航空中隊司令 レジアス・ゲイズ中将
我が中隊は、優秀なパイロットである早乙女アルトの入隊を許可し、階級を一等空尉とする。
なお、明日の1200時をもって本局の籍は剥奪される。それまでに貴官は人型可変戦闘機VF-25に搭乗の上、『時空管理局 地上部隊 技術開発研究所』に出頭すること。
また貴官の今後の任務は、我が試験中隊の実戦教官。及び、本局との連携強化のため、機動六課との連絡役とする。



―――――つまりメインが変わるだけで六課にも自由に出入り出来るし、なんら不利なところはない。おそらくこれは、はやての手回しの成果だろう。六課に残ることになるランカにいつでも会えるように。という配慮だ。

「なんだよ。驚かせやがって・・・」

呟きながら顔を上げたアルトの目に最初に入ったのは、満面の笑顔だった。

「昇進おめでとう、アルトくん!」

いつもの人の良い友人、八神はやてがそこにいた。



次回予告

アルトに迫る砲撃。しかし彼には友軍はいなかった。
果たして地上部隊に勃発した争いとは・・・・・・
次回マクロスなのは、第11話『地上部隊は誰がために・・・』
「それがな、今度アルトくん達とは〝敵対〟関係になることになったんや・・・・・・」





タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年11月05日 20:35