第四話「ハラオウン家(後編)」
『ご馳走様でした』
やがて夕食が済み、空になった皿に手を合わせる一同。
食後のお茶(もちろんアレ)を飲んでいたリンディ。
ホッと一息ついて椅子から立ち上がると、
「さてと、お腹もいっぱいになったし。フェイトさん、お風呂いただきましょうか」
「え?」
言われた意味をよく理解できないフェイトは首を傾げる。
「だ・か・ら。一緒に入りましょう♪」
ニコニコ顔のリンディさん。明らかに『娘とのスキンシップ』を楽しみにしている。
(これは・・・断れる状況じゃないかな・・・?)
彼女の表情と無言の呼びかけにそう判断したフェイトは、
「ご、ご一緒します・・・」
顔を朱色にしながら同意した。
正式にハラオウン家の仲間入りしたものの、本人としてはまだ恥ずかしいらしい。
「ふふっ、それじゃ行きましょうか♪」
いかにも上機嫌で浴室へ向かうリンディ。
それにしてもこの艦長さん、ノリノリである!
「母さん、食器の片付けはどうするんです?」
未だに食卓に並んでいる皿・・・後々は洗い物になるであろう食器類を見て
クロノが問う。
まさか風呂を済ませたあとに洗おうなどと考えているのでは、と不安になる。
「あら?クロノ。あなたレディに上げ膳据え膳させるつもり?」
「な!?」
「今どき家事の一つもできないと、男としてやっていけないわよ?」
色々な意味で衝撃的な言葉を放つ母に絶句するクロノ。
男として否定されたような気分になり、おもわず1、2歩ほど後ずさった。
「リンディさん。その単語、使い方が間違ってるんじゃ・・・」
それを言うなら下げ膳ですよ、とフェイトが真面目に訂正を入れる。
リンディの言い放った単語だと微妙に妖しいことになってしまうのだが、
人一倍に無垢な心と知識を持つ彼女は、まだ恥じらいを覚えなかった。
その後、洗い物お願いね~と言い残し、リンディはフェイトと共に浴室へ。
やや広いリビングには男性陣のみが残された。
しばらく沈黙が続く。
「で、どうすんだよ?」
沈黙に耐え切れなくなったのはイッキだった。
腕を組み考えるクロノ。といっても、やるべきことは一つしかない。
「・・・片付けるしかないだろう。キミも手伝え」
「はぁ!? なんで俺が~!」
「やっかいになっている身だろ、それぐらいはしてもらわないとね」
「ちぇ・・・」
正論を言われたため、不満げながらもイッキは食器を運び始めた。
「ん~。メダロットがいない他は、オレたちの世界とちっとも変わんないな」
「ん?」
パサリ
「なになに・・・27時間テレビ?『今回のテーマはなまか』か、面白そ~」
「おぃ、メタビー」
パサリ
「あれ?この記事はさっき読んだっけ・・・」
パサ 「こらーー!!お前も手伝え!」
ガツンッ!! 「ふんぎゃっ!?」
脳天への一撃。
頭を抱えてうずくまったメタビーはすぐさま拳を振り上げる。
「おい!人が新聞読んでるのに殴るやつがあるかっ!」
「うるさいな。お前ばっかり楽させられるかってんだ、ほら」
イッキは目で食卓を示す。
4人分の食器類はけっこうな量がある。それをイッキはせっせと運んでいた。
「えー?やっぱりオレもやるの?」
椅子の上で足をプラプラさえてメタビーがぼやく。すると今度はクロノが、
「イッキと同様、キミもやっかいになってるんだ。少しは手伝ってくれ」
エプロンを着け、泡のついたスポンジで皿を洗いつつ背中ごしに言った。
「ったく仕方ねーな」
これも義理だと言いながらイッキに倣い、流しまで食器を運ぶメタビー。
ちなみに、エプロンをつけたクロノの姿に違和感を覚えたメタビーだったが、
そのエプロンはリンディのもの(明らかに女性モノ)だったからなわけで。
「ふぅ~」
白く曇った空間のなかでフェイトは息を吐いた。その音にエコーがかかって響く。
やっぱりお風呂はいい。一日の疲れが暖かいお湯に吸い込まれていく感じだ。
はやてが言ってたっけ、シグナムはお風呂大好きやねんっ!って。
今ならその気持ちがよく分かる。いつまでも入っていたいって思う・・・
湯船に身をゆだねてそんなことを考えていたため、気付けなかった。
「フェイトさん?」
「え?は、はい!」
リンディが自分を呼んでいることにようやく気付き、慌てて返事を返すフェイト。
「もう、今日はよっぽど疲れてたようね」
「あ、いえ。ちょっとボーっとしてて・・・」
呼ばれているとき自分はどんな顔をしてたんだろうと考え、少し顔が赤くなる。
「ところで」
リンディは小さい椅子に腰掛け、体を洗っている。
泡でよく見えないが、ラインのはっきりした彼女の肢体を眺めていたフェイトは
「あ、何ですか?」
視線をリンディの顔に戻した。
いつかは私もあんな風になれたら、などと頭の隅で想像する。
まぁ、結果として将来は・・・みなさんもご存知のように成長するのだが。
「クロノとあの子たち、ちゃんとやってるかしらね?」
「イッキたちのことですか? うーん、なんだか仲悪いみたいでしたけど」
「そうなのよねぇ・・・」
アースラで話をしてから今までのやりとりを思い返す。
見る限り、彼らはちっとも噛み合っていない。互いにケンカをふっかけてばかりだ。
そんな2人、いや3人を残して正解だったのだろうか。
「でも、イッキもメタビーも根はいい子だし、きっと大丈夫ですよ」
食事中に色々と話をしたが、二人とも素直に喋ってくれていた。
そのことを思い出し、リンディの不安顔を見るフェイト。
それにクロノももう15歳なんだし、と付け足す。
「そうねぇ、まぁリビングに行けば分かることよね」
と言ってリンディは再び体を洗い始めた。
「あ、そうだわ!フェイトさん背中流しっこしましょうか!」
「え・・・あ、あの、それは・・・」
一方、話題の元である彼らのいるキッチン。
流しの前に3人で並び、洗い物をする野郎たちがいた。
誰が喋るわけでもなく、ただカチャカチャと食器のぶつかる音だけがしている。
クロノとイッキが食器を洗い、乾いた分からメタビーが戸棚にしまっていく。
それを数回ほど繰り返したとき、クロノが口を開いた。
「そういえばイッキ、一つ言いたいことがあったんだが」
「何だよ?」
また嫌味でも言うつもりか、と身構えるが返答はなかなか来ない。
「だから~、なんなんだよ言いたいことって!」
イッキがイライラしながら催促すると、クロノは彼の目を見据えた。
「キミ、フェイトと自己紹介をしたとき、鼻の下を伸ばしていただろう」
「な!? 伸ばしてねぇよ!」
本人としては自覚はないらしい。ただ「可愛いな」と思っていただけなのだが、
「いーや、確かに伸ばしてたぜ? オレも見た」
相棒が追い討ちをかけてきた。
「ほら、証人もいる。正直に言わせてもらうと、こちらは非常に不愉快だった」
「なんだよ!人の顔見て失礼なこと言いやがって!」
「いや、キミがどんな顔をしようと別に構わない。ただ・・・」
と、いったん言葉を切るクロノ。そして訝しがるイッキをジッと睨み、
「妹の前でああいう顔をされたのが、非常に不愉快だということだ!」
グイと顔を近づけて言い放った。その迫力にイッキは思わず気押される。
彼はそれを追うように更に口を開く。
「もし今度ああいうことをしたら・・・覚 悟 し て も ら お う」
完全に迫力に負け、カクカクと頷くイッキ。しかし、
(あれ? こいつもしかして・・・)
一つの思考が頭をよぎる。もしかしてこれは――
「妹が心配だ、とか?」
「なにっ!?」
バッと顔が赤くなるクロノ。見るからに「図星です」と言っているようなものだ。
それを確信したイッキはニマーっと顔をニヤつかせる。
「そうかそうか~! ただの固いやつだと思ってたけど、いいとこあるじゃん!」
バシバシと彼の背中を叩くイッキ。
「や、やめろ! 別にそういう意味で言ったんじゃないっ!」
「いいっていいって! 妹思いのいい兄貴じゃねーか、オレは気に入ったぜ!」
真っ赤になったままイッキを振りほどくが、今度はメタビーが肩に手を乗せる。
急に馴れ馴れしくなった二人に、彼は動揺を隠せない。
(くっ、こいつら!)
何とか状況を打開しようと考えるが、
「まぁ心配すんなって。こいつが変なことしようとしたらオレが止めるからさ」
「おいメタビー、なんだよ変なことって?」
「そりゃお前、ストーカーしたり、こっそり覗きをしたりだな・・・」
「俺がそんなことするわけないだろ~!!」
元の話題から脱線してギャアギャア言い合う二人。
そんな彼らを見て、クロノは自分が無意識に彼らを警戒していたことに気付く。
(なんだ、僕のとり越し苦労か)
何に対してこんなに気を張っていたのか分からないが、フッと息を吐く。
おそらく、フェイトに変な虫が付くのを防ごうとしていたんだろう。
「あいつらの言う通り、僕はいつからこんな妹思いになってしまったんだか・・・」
クロノは自嘲気味に呟く。そして軽く咳払いして、
「イッキ、メタビー。母さんたちが来るまでに終わらせないと大変だぞ?」
「あ、そうだった洗い物の途中だ。メタビー急ぐぞ!」
「あたぼうよ!」
仕事を再開する3人。ちょっと前までのギスギスした空気は消え失せていた。
その光景をリビング入り口の壁から傍観する者が2人。
「うまくいってるみたいですね」
気付かれないように少しだけ顔を出して様子を窺うフェイト。
その横でリンディも満足げに頷く。
「よかったわ。でもフェイトさんも幸せよね、あんなに妹思いの兄さんがいるんだから」
「えと・・・はい」
そう言われたフェイトも、どことなく嬉しそうだった。
その後、タイミングを見計らって女性陣がリビングへ入ると同時に
4人分の洗い物は無事終了した。
リンディからクロノと一緒にお風呂に入るよう勧められたイッキは躊躇ったが、
以外にも彼の方から誘ってきた。そして2人で浴槽に浸かることに。
「そういえばクロノって何歳なんだ?」
「いきなり呼び捨てか・・・まぁいい、僕は今15歳だが」
「えーー!!?」
「なんだその驚きは? 15歳じゃ何かおかしいのか?」
「い、いや・・・身長とか見た目とか・・・」
「な!? やっぱりキミは信用できない・・・覚 悟 ぉ ! !」
「わーっ! やめろって風呂の中で!」
「うるさい! 人が気にしてることをーー!!」
バッシャン! ドバーッ!!
「なんだよアイツら、風呂なのにうるっせーなぁ」
「お湯でもかけ合って遊んでるのかな? クロノにしては珍しいけど」
「ま、なんでもいいさ」 パサリ
「ところでメタビー、なんで一週間分の新聞読んでるの?」
「いやぁ、4コマ漫画が面白くてな」
数分後。
リンディが様子を見に行くと、入浴前より薄汚れたイッキとクロノが発見された。
翌朝、カーテンの隙間からの日差しでイッキは目を覚ました。
昨日は空き部屋に布団を用意してもらい、風呂から上がったあとすぐに寝てしまった。
パジャマはクロノのお下がりを貸してもらったが、貸した本人は微妙な表情だった。
起き上がると、体のあちこちがズキズキする。
「ったくクロノのやつ・・・」
痛む体を引きずってリビングへ行くと、すでに人がいた。
「あ、おはようイッキ。顔洗ってきてね、朝ご飯あるから」
「お前なぁ、相変わらず起きるの遅ぇぞ」
フェイトはトーストを用意している。
メタビーは朝刊を広げていた。相変わらずなのはお前もだぞ、メタビー。
そして、
「おはよイッキくん、寝グセ立ってるよ?」
椅子に座りお茶を飲んでいたのは、昨日の白い服の子。なのはだ。
「ん~、あれ?なんでなのはが居るの? ふぁ~」
未だ眠そうにアクビをするイッキ。チョンマゲもなんだか元気がない。
「うん、ちょうどお休みだからみんなに紹介しておこうと思って」
「紹介する? 誰を、誰に?」
寝ぼけ眼をこすりながらイッキが聞くと、キッチンにいたリンディが出てきた。
「あなたたちの世界なんだけど、見つかるまでしばらく時間がかかりそうなの。
だから、八神家やなのはさんのお友達にも紹介しておこうと思ってね」
あなたたちのことをね、とリンディは言うが、その『八神家』というものが
分からないイッキとメタビーは「はぁ」と応えるしかない。
朝食を終え、昨日の服に着替えたイッキ。一張羅なのでこれしかない。
「はい!ここが八神家、はやてちゃんの家だよ」
なのはたちについて行くことしばらく、表札に「八神」と書かれた家に着いた。
珍しい名字だなと思っていると、フェイトがインターホンを押す。
ピンポーン 「はーい、今開けます~」
「ナダ子?」
なまりの入った独特の喋り方。
ふと、カネハチを相棒に日本一のたこ焼き屋を目指す少女が頭に浮かんだ。
自分の知っている関西弁を話す人といえば、彼女一人だけだ。
しかし、彼女がここにいるはずがない。
(いったいどんな子なんだ?)
と、玄関が開きショートカットの女の子が出てきた。
「おはよう、はやて。朝早くにごめんね」
「構へんよ。なのはちゃんもおはよ~」
「うん、おはよ! あ、そうそう昨日言ってた二人も一緒だよ」
ほら、と言ってイッキとメタビーの背中を押すなのは。
あれ? 昨日もこんなことがあったような気がする。
「あんさんらが、なのはちゃんの言うてた子たちやね?
八神はやてです、よろしゅう頼むわ」
小学生にしては落ち着いた雰囲気で、はやてはニコッと笑った。
最終更新:2007年08月14日 16:58