サンタクロース
 それは、誰もが一度は信じた聖夜の奇跡。
 クリスマスの夜に、トナカイが引くそりに乗り、子供達にプレゼントを運ぶ。夢のよう
な存在。
 だが、人はいずれ気付く。それは所詮夢であることに。
 サンタクロースと信じていたものが、或いは親であり、或いは恋人であり、或いは近所
の親しい人物に過ぎないと知り、落胆する。
 しかしまた、それはサンタクロースがいないわけではなく、自分がサンタクロースにな
れるのだと知る。夢が壊れたのではなく、自らが与える存在になるのだと。
 だからこそ、
「君がサンタクロースだ」
 そう言われたとき、あなたは、どう思うのだろうか。


「お断りします」
 それが高町なのはの答えだった。ちなみに、即答である。
 しかし、それも致し方のないことである。
 まず、場所が悪い。
 ここは、夜景が綺麗な展望台でもなければ、月明かりに照らされた海岸でもない。まし
てや、ホテルのスウィートルームなどと言うことはほってもない。
 デパート地下の喫茶店。昼食には遅い時間であるせいで、混んでいると言うほどではな
い。それがここのすべてだ。それ以上でもそれ以下でもない。 そして、タイミングが悪
い。
 そもそも、なのはがここに来たのは、ヴィヴィオへのクリスマスプレゼントを買うつい
でに、遅めの昼食を取るためである。そして、注文したスパゲッティが届いて、さぁ食べ
ようか、という時に、先の台詞である。
 しかも、件の人物は、了解もとらずにいきなり対面の席に座ったのだ。機嫌の良くなる
はずがない。
 何よりも、発言者が悪い。
 これが10年来の親友、ユーノ・スクライアならば、タイミングの悪さをとがめつつも、
二人の中の進展、あわよくば睦言へ、という予感に胸を躍らせたかもしれない。
 或いはクロノ・ハラオウンなら、妻であるエミリィに対する練習台かと、直すべきとこ
ろを指摘したかもしれない。
 ヴァイス・グランセニックなら、どんないたずらを企んでいるのかと問いただしたかも
しれない。
 グリフィス・ロウランなら……このような行動に出ることが想像できない。
 しかし、目の前にいる人物は、その誰とも違った。
 そう、目の前にいる人物は……故レジアス・ゲイツ中将(ネコミミ付)に他ならなかっ
た。


「残念ながら、拒否権はない。つまり、この決定を覆すことはできない、というわけだ」
 カチャリ、とコーヒーカップを戻しながら、レジアスは告げた。「納得しろ」と言わん
ばかりではあるが、言われた方としては、当たり前のことだが、納得できるわけが無い。
そもそも、
「それよりも、確かあの時に亡くなったって聞きましたけど?」
 そう。JS事件の際、レジアスはその命を落としたはずである。にも拘らず、目の前にい
る。
 時折向けられる視線は、そのためだろう。「地上の守護神」とまで言われ、戦いの中に
散ったはずの漢がいるのだ。注目を受けるのは当然のことだ。
「ママー、あのおじさん、頭に変なの付けてるよ~」
「しっ! 指を指しちゃいけません!」
 ……そうだと信じたいなのはである。
「確かに、高町君の疑問ももっともだ。
 ただ、説明するとなると、少々長くなるのだが……」
 そう、チョコレートパフェを口にしながら、レジアスは語り始めた。

 気がつくと、そこは光の中だった。
 これが死後の世界か――そう思ったレジアスだが、ふと気がつけば、目の前で人型の
「何か」がその姿を顕にしていった。
「おぉレジアスよ、●●でしまうとはなにごとだ」
 ……一部音声が消えたことに疑問を抱きつつも、胸を貫かれた人間に対して、それは無
いのではないのか、と思ってしまう。しかし、レジアスが口を開く前に、目の前の人影は
続けた。
「そーいえばわしは、たまたま命をふたつみっつ持っておるから、一個くれてやろう」
「はぁ?!」
 余りに突飛な発言に、さすがのレジアスも唖然とする。だが、そんなレジアスを他所に、
さらに言葉は続いた。
「ただし、条件がある。これからは『マスターサンタ』となり、サンタクロースとして有
能そうな人材を拉t……もとい、スカウトするのだ。
 それでは、行ってこいっ!」
「ちょっと待てぇぇぇぇっ!!」

「……という訳なのだよ」
「……中将にも拒否権は無かったんですね……」
 キャラメルマキアートで一息つくレジアスに、なのはは心の中で涙を流した。
 とは言え、なのはからすれば「それはそれ、これはこれ」である。いくらレジアスに拒
否権が無かったとはいえ、それが自分にも適用されては、たまった物ではない。
「でも中将、私は……」
「高町君」
 だからこそ反論しようとしたなのはだが、レジアスはストロベリーサンデーを食べてい
た手を止め、その言葉を遮った。
「……君が養子として引き取った娘は……確か、『ヴィヴィオ』と言ったね」
「! ……それが、何か」
 突然出てきた娘の名前。何事かと身構えるなのはに、立ち上がったレジアスは紙切れを
差し出しながら告げる。
「彼女の事を思うのならば、今夜、この場所にきたほうがいい。もちろん、誰にも告げる
ことなく、だ。
 もし来なかった場合は……想像できるだろう?」
 立ち去るその背中は、全ての反論を許さなかった。

「……一体……なんだっていうの……?」
 怒りか、恐怖か、悲しみか。身を震わせるなのはの前には、レジアスが差し出した紙切
れと、彼が平らげた大量のスイーツの器が残されていた……


 クラナガンを見下ろす山の中腹。展望台としても使えそうなくらいには夜景が美しい駐
車場に、なのはは1人たたずんでいた。
 普段なら「美しい」と感じる光景も、今だけは、なのはの心を慰めてはくれなかった。
むしろ、美しいが故に、少なからぬ傷を付けていた。
 そもそも、事情が事情なだけに、飛行許可をもらうわけにはいかない。となれば、徒歩
以外の移動手段を持たないなのはには、公共交通機関の無いこのような場所に来るには、
タクシーを使うより他はない。
 では、そのタクシーの運転手は、果たしてどのような目でなのはを見ただろうか。
 第97管理外世界、所謂「地球」から伝えられたクリスマスと言うイベント。何でも、
大切な人と過ごすらしい……と言う事は聞いたことがあるのだろう。そのせいか……どこ
か、哀れみの目を向けていた。
 そんな悲しみを胸に秘め1人佇んでいると、もう一台のタクシーがやってきた。そして
そこから出てきたのは……肩を落としたフェイト・T・ハラオウンであった。
「……って、フェイトちゃんもっ?!」
「……あ……なのはも来てたんだ……」
 そう親友に向けたフェイトの顔は憔悴し、目は死んでいた。
「えっと……なにがあったのか、聞いてもいいのかな?」
「聞かないで。悲しくなるから。
 ……泣いていいよね?」
 多分、自分と同じ目か、それ以上にひどい目にあったんだろうなぁ、となのはは一人納
得する。が、そこである事に気付き、フェイトに尋ねた。
「そう言えば、フェイトちゃんの車って、どうしたの?」
 そう、フェイトには自前の車がある。にも拘らず、ここにはタクシーを使ってきたのだ。
そうでなければ、恐らくここまでひどい目には遭わなかっただろうに。
 だが、フェイトが語った理由は、なのはをさらに混乱に陥れた。
「それが……『ゼスト』って名乗った変な人に盗られちゃって……」
「……は? 『ゼスト』って、確か……」
 二人とも、その名は書類でも知っていたし、シグナムから聞いたこともある。そのシグ
ナムによれば、「素晴らしい武人だった」と言うのだが、フェイトのいう「変な人」と、
なのははどうしてもつながらない。
「……もしかして、ネコミミ付けてた?」
「……なのはも会ったの?」
「いや、私が会ったのはレジアス中将だったけど……」
 二人の空気が一気に重くなる。あまりの理不尽に出会ってしまったのだ。当然と言えば
当然であろう。
 だが、その空気も長くは続かなかった。再び聞こえてきたエンジン音に目を向けると、
今度は大型トレーラーがやってきたのだ。
 そのトレーラーが駐車場に止まると、中から何人かの人影が降りてくる。まるでピット
クルーのごとく、つなぎと揃いのジャケットを着用している中で、たった二人、余りに異
様な服装の者達がいた。なのは達はその二人を見た途端、叫ばずにはいられなかった。
「「ジェイル・スカリエッティとウーノ?!」」
 そう、赤地に白の縁取りをした服の上に白衣を着た、なぜか白い付け髭までしている男
――ジェイル・スカリエッティと、茶色をベースにしたスーツを着た上に、トナカイの角
まで付けた女――ウーノである。
 その声の主に気付いたスカリエッティは、全てわかったと言わんばかりに薄く笑う。
「なるほど、君達が相手と言うわけか。高町なのはにフェイト・テスタロッサ」
「フェイト・テスタロッサ・ハラオウンだ!
 それよりも、なぜあなた達がここにいる!」
 フェイトの疑問ももっともである。なぜなら、この二人はそれぞれ別の軌道拘置所に収
容されているはずである。本来なら、このような場所にいられるはずが無いのだ。
 だが、それに対する答えは、あまりにあっけないものだった。
「なに、レジアスに拉致されただけだよ。大した事じゃない」
「いやいやいや、それ大した事だから!」
「私のところには、騎士ゼストが参りました。
 もっとも、拉致されたと言っても、それ以上のことはされておりませんので、ご安心を」
「それ以上ってなに?!」
 なのはとフェイトのツッコミがむなしく響く中、つなぎ姿の一人が、二人の元へ駆け寄っ
てくる。
「えぇっと、聖(セント)高町様と頭文字(イニシャル)フェイト様ですね?」
「せんと……?」
「いにしゃる……?」
 余りに余りな枕詞である。しかし、呆然とする二人を尻目に、つなぎ姿は続けた。
「本日御使用になる車をお持ちしました。お受け取りください」
 その言葉と共にトレーラーから姿を現したのは、盗られたはずのフェイトの車であった。
自分の車がそんなところから出てきたことに驚き、無事な姿に安堵するフェイト……であっ
たが、その変わり果てた姿に気付き、顔を引きつらせた。
「……どうしたの、フェイトちゃん?」
「なのは……あ……あれ……」
 それ以上は言葉にならない。辛うじて指を指す事が出来たぐらいだ。
 そう、一見何も変わっていないフェイトの車だったが、無くてはならないはずの物が無
くなっており、その代わり、あってはならないはずの物がついていた。具体的に言うと……

 タイヤが無くなっており、ソリがついていた。

「聖スカリエッティ様と頭文字ウーノ様の御使用になる車は、こちらになります」
「あぁ、すまないね。出来れば、私が直接作りたかったのだが」
「いえ、聖スカリエッティ様の近況は聞き及んでおりますので」
 フェイトが硬直し、なのはが呆然とする中、スカリエッティとつなぎ姿は、なぜか談笑
していた。ちなみに、ウーノはなぜか嬉しそうである。
「それでは、我々はこれで」
「ちょっと待ったぁぁぁぁっ!!」
 一仕切り談笑を楽しんだあと、そそくさと帰ろうとするつなぎ姿に、フェイトは思わず
喰らいついた。
「どういう事っ?! ねぇ、これどういう事なのっ?! なんで私の車がこんな風になっ
てるのっ?!」
「ちょ、フェイトちゃん、落ち着いてっ!」
 何とかなだめようとするなのはだが、当然、落ち着くはずも無い。フェイトがあの車を
大切にしている事も知っているなのはからすれば、あんな風にされては落ち着く事が出来
ないであろうことなど、想像がつく。
「いや、ですからっ!」
 胸倉を掴まれ、激しく揺さぶられながら、つなぎ姿は懸命に説明を試みる。
「今夜のために、我々サンタクロース協会がチューンした、特別仕様車です!
 大丈夫ですっ! 元の車と性能は変わりませんからっ!」
「そういう問題じゃないでしょぉぉっ!!」
 あまりに場違いな回答に、フェイトはまたも絶叫した。
「あら、性能が上がったわけじゃないのね」
 などとウーノが残念そうに呟いたような気がしたが、とりあえず無視する。
「大体、私の車をこんな風にされて、明日からどうすればいいって言うのっ!」
「あぁ、その点については大丈夫です。今回の任務が終わり次第、元通りにレストアしま
すので」
 がくがくと揺さぶられる中、つなぎ姿は営業スマイルを浮かべながらなだめる。永劫に
続くかと思われたが、「元に戻す」という言葉が耳に入ったらしく、フェイトは揺さぶる
のをやめ、涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげた。
「……ホント?」
「もちろんですとも」
 にこやかに微笑むつなぎ姿の声に、フェイトはなのはに抱き付き、声をあげた。
「よかった……よかったぁ……!」
「うん、よかったね、フェイトちゃん」
 泣きじゃくるフェイトを、なのはは宥める。そんな二人を見ながら、スカリエッティは
呟いたと言う。
「仲良きことは美しき事哉」


「さて、そろそろ本題に入っても良いかね?」
 そう声をかけてきたのは、いつの間にか展開されえていた空間ディスプレイに映し出さ
れたレジアス・ゲイツである。
「……って、レジアス中将っ! これは一体どういう事ですかっ!」
「そうだな。彼女たちは我々の崇高な使命を理解していないようだ。ちゃんと説明したの
かね?」
 あまりに泰然としたレジアスに、なのはとスカリエッティは尋ねた。とはいえその質問
は、余りにかけ離れた物である。
「高町君、確かに説明したはずだぞ。『君がサンタクロースだ』と」
「いや、ですけど……
 じゃぁ、スカリエッティは……」
 「なにを聞いていたのか」と言わんばかりのレジアスに、なのははたじたじになりなが
らもさらに尋ねる。確かに、本来ならば居てはならない人物がいるのだ。その訳を聞きた
くもなるだろう。
 しかし、それに答えたのはレジアスではなく、スカリエッティだった。
「この衣装を見てわからないのかね? 私もサンタクロースなのだよ」
 呆れたようになのはを見るその目は、「もう少し頭を使ったらどうかね?」と語りかけ
ていた。
「じ、じゃぁ、ウーノは……」
「トナカイです。それ以外のなんだと思ったのですか?」
 何とか気を取り直し、なのはの後を引き継ごうとしたフェイトだが、待っていたのは、
不思議なくらいに蔑んだウーノの視線だった。
「さて、双方状況が理解できたようなので、ここからが本題だ」
 何も始まっていないにも拘らず盛大にダメージを受けたなのはとフェイトを尻目に、レ
ジアスが説明を始める。
「君達には、プレゼントを届けてもらう。そのために、『クロノヒル』を駆け抜けてもら
うわけなのだが……」
 いつの間にか並べられた2台の車。その前に、レジアスの言葉に反応するように、異次
元への入り口が開く。だがそこは、なのは達がよく知るような空間ではなく、曲がりくねっ
た上り坂であり、なぜかガードレールまで設置されたその道は、まさに「峠」といってよ
いものだった。
「協会の意向により、出口を通れるのは一台のみ……もう一台は、自動的にここに戻され
る。
 そして、どちらが通るのかは……闘って決めてもらう」
「はぁ……」
「えっと……」
「なるほど。面白い趣向だ」
「えぇ。腕が鳴ります」
 四者四様の答え。そのテンションの違いは、明らかであった。
 しかし、「闘って」という言葉に、なのは達は一縷の希望を見出した。それも当然とい
うものであろう。
 何せ、方や戦技教導官、方や戦闘を得意とする執務官である。対して、スカリエッティ
はそれなりに出来るが、ウーノは戦闘に関していえば、まったく出来ないといってもいい
ほどだという。勝てない道理は無い。
「……それで、いつ始めるんですか?」
 さっさと終わらせてヴィヴィオの待つ家に帰ろう。そう心に決め、なのははその時をま
とうとした。
 しかし、それをくじいたのは、またもレジアスである。
「うむ。スターターの用意も出来たようだし、そろそろ乗り込んでもらっても構わないか」
「「……スターター……?」」
 ふと異次元――レジアスの言う「クロノヒル」の入り口を見ると、一人のスーツ姿の男
が、並べられた2台の車の前、ちょうど直進を邪魔しない位置に立っていた。その男はレ
ジアスに一礼すると、その場にいた四人に、手で乗車を促した。
「えっと……これはまさか……」
 信じられない物を見るように、フェイトは声を漏らした。出来れば否定してもらいたかっ
た彼女だが、返って来たのは、
「うむ。このクロノヒルを先に駆け抜けたものが、サンタクロースとしてプレゼントを届
けられるわけだ」
 ――あぁ、やっぱり
 フェイトの目に(ついでに、なのはにも)絶望の色が浮かぶ。しかし……
「……まさかと思うが、フェイト執務官。あのような車に乗っていながら、走りに自信が
ない、などと言うのではあるまいな」
 フェイトの肩が、ぴくりと震え、
「まぁ、無理をしないほうがいい。私の配送最速理論とウーノのドライビングテクニック
の前には、敵などいないのだからね」
 曲がっていた背筋が伸び、
「確かに、あなた程度ではドクターの理論を越えるなど無理でしょうね。うじうじと悩ん
でいるほうがお似合いです」
 心に火がついた。
「なのは」
 それは、ここに来てからは一度として聞いた事の無い、凛としたフェイトの声。
「やるよ」
 そういって車に乗り込むフェイトの姿に、なのははいろいろな意味で後戻りが出来ない
事を知った……


「さて、届け先とプレゼントの内容を伝えよう」
 車に乗り込んだなのはたちに、レジアスは告げる。
「届け先は、第97管理外世界」
 それは、なのは達がよく知る世界。
「天正10年6月13日」
「「……え?」」
 なのは達が知らない年号。そもそも、クリスマスで無い事にいぶかしむ間もなく、
「相手は『明智光秀』」
「「えぇっ?!」」
 よく知りはするが、あまりに意外な人物。
「プレゼントは、トランクに詰まれた法衣と、『南光坊天海』の名だ!」
「「ええぇぇぇぇぇぇぇっ?!」」
 想像だにしなかった届け物。
 レジアスの言葉が終わると共に、スターターの男が、ウーノとフェイトを交互に指す。
「……どういう事なんだろ、これ?」
 広げた両手が、「3」を示す。
「わからない。でも……」
 腕は斜めに挙げられ、「2」を示す。
「こうなった以上は……」
 高々と挙げられた両手が、「1」を示し、
「負けない」
 その両手が振り下ろされると同時に、2台が駆け出す!
 一夜の奇跡が、今、始まった。


「200m先、左にヘアピン!」
「了解!」
 ウーノが選んだのは、パワフルな4WD。下手をすれば、スタートダッシュだけで負け
る可能性もあったが、鼻差とはいえ、先行を取ったのはフェイトだった。なのはのナビゲ
ーションがありがたいとはいえ、不安材料は、今、右車線――つまり、アウト側にいると
いうこと。だが、この差を確保できるのであれば、何とかする手段はあった。
 とにかく、今フェイトがやることは、アクセルを踏み込むことである。
「……でも、エンジン音がこれっていうのは……なんかシュールだね」
 なのはが言うのももっともである。何せ、何をどうしたのかは知らないが、踏み込まれ
るアクセルと共に高鳴るのは、エンジンの音ではなく、鈴の音であった。
「……まぁ、世の中には、エンジン音のする電動バイクもあるわけだし、これくらいなら
……」
 そんな事を話しながらも、フェイトはタイミングを見計らっていた。ほんの僅か、もし
ミスをすれば、自分はともかく、なのはを傷つけかねない危険な行為ではある。しかし、
車格を考えるに、ここで良いポジションを取っておかないと、後の挽回は難しくなる。そ
う思ったからこその賭け。
 ヘアピンが近づき、その時が迫る。
「なのは」
「へ?」
 突然のフェイトの呼びかけに、気の抜けた返答をするなのは。次の瞬間、
「ごめん」
 ブレーキを踏む前にハンドルをきり、後輪が流れた瞬間にカウンターを当てる!
 それは、強引と言ってもいいタイミングでのドリフトである。何せ、ヘアピンの遥か手
前から仕掛けたのだから。
「にゃぁぁぁぁっ!」
 車に乗っている者の中で、果たしてどれほどの人間が、目の前の景色が横に流れていく
状況を経験したことがあるだろうか。少なくともなのはは、この時まで「車は前に進むも
の」と信じていた。横に進むなど、あるはずが無い、と
 その常識が壊れる音が、悲鳴と共に聞こえた。


 この強引なブロックはしかし、スカリエッティ達にとっては、予想の範疇にあったこと
だ。
「やるとは思っていたが、少々早すぎではないかね、フェイト・テスタロッサ」
 口元に笑みを浮かべながら、それでも、どこかつまらなそうにスカリエッティは呟く。
そもそも、奇襲は不意を突いてこそ役に立つもの。予想された奇襲など、役に立たない。
 実際、ウーノもブレーキは踏みクラッチを切ったものの、ヒールアンドトーを駆使し、
エンジンの回転数は維持している。だからこそ、
「では、仕掛けますか?」
 その余裕があった。
「あぁ」
 その短い返答に、ウーノは車を外へと寄せた。


 ――アウト・イン・アウト? なら!
 その挙動に、フェイトはさらに後輪のグリップを無くそうとアクセルを踏む。横Gが働
き、ヘアピンが間近となっている今だからこそ、あと少しの旋回を必要としたのだ。
 しかしそれは、フェイトにとって致命的なミスとなった。
 そもそもドリフトと言うのは、スピン寸前の車体をコントロールする技術である。従っ
て、ほんの僅かに力が加わっただけで、コントロール不能になってしまうこともあるほど、
不安定な状態を維持しているのだ。実際には、走っている車に力を加えることはほぼ不可
能であるため、ドリフトをコントロールできるかは、ドライバーの腕に掛かっているわけ
である。
 しかし、その不可能を可能にしたのが、ウーノのテクニックであった。
 フェイトの強引なブロックを攻める事は出来ない。勝算があってのことであるし、何か
を仕掛けられても、回避する自信がフェイトにはあったからだ。
 だがそれも、相手が見えていればこそ。
 フェイトがその衝撃を感じたのは、スカリエッティの車がCピラーの影に消えた瞬間だっ
た。
「にゃぁっ!」
「くっ!」
 ほんの僅かな衝撃。だがそれは、フェイトの車の挙動を制御不能寸前に陥れるには十分
だった。
 アクセルをほんの僅かに緩め、左足でブレーキを軽く踏み、ハンドルを操作し、何とか
挙動を回復させた頃には……
 目の前を、スカリエッティの車が通り過ぎて行った。


「パーフェクトだよ、ウーノ。事故を起こしはしないが、制御不能になる適度な力加減。
さすがとしか言い様が無い」
「いえ、これもドクターの理論のおかげです」
 先ほどの攻防を手放しでほめるスカリエッティに、ウーノは頬を染めながら答える。し
かし、1つの疑問に行きつき、それを尋ねる。
「しかし、完全に潰さなくてもよろしかったのでしょうか?」
「ウーノ、君は1つ忘れている」
 あまりに物騒な問いかけに、呆れながらも優しく答える。
「今の我々はサンタクロースとトナカイ。つまり、世界中の子供たちに夢と希望を届ける
聖者なのだよ。
 そんな夢の使者が、事故を起こさせ、あまつさえ死者を出すなど、あってはならないこ
とだ。だから、わざわざ潰す必要はない」
「……なるほど、私が浅はかでした」
 ……だったらぶつけるのはいいのか、と言う考えには至らなかったらしい。
「さて、距離は十分稼いだが、あれで諦めるとは思えない。ここからも、気を引き締めて
行こう」
「問題ありません。この車と私の技術、何より、ドクターの理論があるのですから」
 今まで浮かべていた微笑が消え、薄闇の全てを見透かすかのごとく、眼光が鋭くなる。
それはまさに、戦士の顔だった。
「何人たりとも、私の前は走らせません」


 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンにとって、「速さ」は絶対のものだった。
 戦闘魔導師として、相手の攻撃を躱し、死角を突き、致命的な一撃を与える。圧倒的な
火力と防御力を持って、正面から打ち砕くスタイルのなのはとは異なり、遊撃手としての
強さこそが、彼女の持ち味であるといってもいい。
 実際、彼女の魔力量をもってすれば、なのはのような戦い方も不可能ではない。だが、
それをあえて拒否した。シグナムとの再戦の際、防御力を削ってまでも速さを追求したよ
うに。
 なぜそこまで「速さ」にこだわるのか。それはただ、価値観の違いでしかない。
 親友の補助に徹するためか。教育係であったリニスの教えによるものか。はてまたテス
タロッサの血によるものか。その理由は、今語られるべき物ではない。
 ただ1ついえる事。それは、フェイトにとっては「速さ」が重要だ、と言うことだ。
 それ故だろう。このようなスポーツカーを買ってしまったのは。
 思えば、この車をみんなに見せたときの表情は苦かった。女だでらにスポーツカー、し
かも、後部座席が増設可能とは言え、2シーターなどという余りに「戦闘向き」の車だか
らだろう、と自分でも思う。みんなと乗る事を考えれば、ワゴンや、せめてセダンという
選択肢はあっただろうに。
 だが、選んだのはこれだ。官能的ながら力強いエンジン音、心さえも揺り動かすかのよ
うな振動、そして、全てを置き去りにするかのような走りの快感。その全てが、フェイト
を捕らえて放さなかった。
 ――この車となら、何処まででも「速く」走れそうな気がする……
 そんな想いから、非番ともなれば山に繰り出し、技術を磨いた。半分以上は独学であっ
たとはいえ、今では一端のつもりであった。
 ……にも拘らず、ラボにこもっていただけのはずであるウーノに抜かれた。
 それは、フェイトの自尊心に傷を付けるには十分であった。
「フェ……フェイトちゃん……」
 いきなりのペースダウンに、さすがのなのはも心配そうに声をかける。だがその答えは、
怒りに満ちたエンジン音だった。
 峠でのバトルはその地理的条件から、細く曲がりくねった道であることが多い。しかも、
路面状況も、決して良好とは言えない。そんな中での極限のバトル。ちょっとしたミスで
互いにぶつかってしまうことも稀にある。
 しかし、ウーノは違った。あれは「ぶつけた」のだ。回避不能なタイミングで。しかも、
一歩間違えばクラッシュすら起こしかねない状況で。
 走り屋としてはあまりに恥知らずな、唾棄すべき行為。駆け引きや技の応酬といった、
バトルの醍醐味の全てを踏みにじる、許されざる技術。
 故に、フェイトは「切れた」。
「なのは、ナビは早めに、且つ、精確にお願い」
 声だけなら、いつものフェイトとさほど変わらない。しかしその目は、いつもの冷静さ
を欠いていた。喩えるなら、某軽自動車に乗ったどこかの婦警のように。
 ――青い炎は一見穏やかだが、赤く燃え盛る炎よりも高温で、より危険である。
 なぜか、なのははそんな事を思い出した。本能で悟ったのだ。逆らわないほうが良い、
と。
「えっと……右、左、右って小さなカーブが続いて……」
「……低速コーナーが3発、か……
 少しはこっちが有利、かな」
 フェイトは軽く笑い、コーナーに向かって、再び車体を滑らせる。
「こんな走りは……」
 短いホイールベースからくる不安定さを感じさせない、FR特有の線をなぞる様なドリ
フト。ノーズとガードレールがこすりかねないほどまで寄せる、卓越したドライビングテ
クニック。それらを駆使し、コーナーの出口と共に横Gが消えた瞬間、
「4WDには無理だろうからね」
 爆発的に加速した。


「しかし、ここまでコーナーが多いとは思わなかったね。次は左への高速コーナーだが、
そのまま中速につながる、複合コーナーになっている」
 あまりのコースレイアウトに、さすがのスカリエッティも少し辟易している。とは言え、
それも当然のことであろう。
 最強と名高い4WDではあるが、その欠点の一つに「曲がりにくさ」がある。前輪に
「駆動」と「制御」という2つの力が掛かるため、「制御」しか掛からない後輪駆動車よ
り曲がりにくいのだ。その上で後輪も駆動するため、前輪に掛かる負担はさらに大きくな
る。ドリフトを仕掛けるにしても、4輪のグリップを失わせ無理矢理に滑らせると言う、
力技にならざるを得ない。グリップのよさが武器の一つである4WDからすれば、その利
点を失わせてまで無理をして使う技ではない。
 結局のところ、4WD最大の持ち味は「悪路での直進性」でしかない。無論、それは舗
装路においても十分な武器となるが、こうもコーナーが多くては、今一つ発揮出来ない。
 それでも十分なマージンを保てるのは、スカリエッティのナビとウーノの技術が見事に
噛み合っているからである。
 「本当に速い奴はコーナーの繋ぎがうまい」とはよく言われることだが、当然のことな
がら、コースレイアウトを把握していない限り、そんな事はなかなか出来るものではない。
把握していたとしても、それを実行できるだけの技術が無くては、まったく無駄である。
 その点、スカリエッティのナビは正確で、ウーノにとっては、喩えようの無い安心感が
ある。また、ウーノも買出しと称しては走らせていたこともあり、技術力には確かなもの
があった。
 3連続低速コーナーをクリアしたウーノは、そのまま道幅をいっぱいに使い、高速コー
ナーを加速する。しかしその途中、ミラーに映るヘッドライトに気付き、
「ほぅ、やはり諦めていなかったか」
「そうですね。だからこそ……潰し甲斐があります」
 二人は微笑んだ。


「見えたっ!」
 前方に浮かぶテールランプに気付き、フェイトは吼える。こうまでコーナーが連続する
コースなら、いくらパワフルな4WD相手とはいえ、十分勝負が出来る。焦って勝負を仕
掛けた自分に恥じ入りながらも、とにかく間合いを詰めれさえすれば、まだまだ勝負は出
来る。そう信じていた。
 だが、コースの状況を見ていたなのはは、この先を確認し、悲鳴を挙げる。
「でもフェイトちゃん、もうすぐカーブがきつくなるよっ! それに……」

「コーナーが多ければ、確かに4WDは辛い。だが……」
 スカリエッティは不敵に笑う。

「このカーブの先……」

「この複合コーナーを抜ければ……」

「ストレートだよっ!」
「ストレートだっ!」


「……確かに、厳しいかもしれないけど、まだ終わりじゃない」
 高速コーナーで稼いだスピードを殺しきらないよう、ドリフトで出口に向かいながら、
フェイトは呟く。
 なるべく滑らせないように走るウーノと違い、派手でスピードも乗っている反面、リス
クが大きい。それでも、近づいてくるテールランプに、反撃のタイミングを計る。
「だから……」

「ここまでが厳しかったですからね。でも、我慢した甲斐がありました」
 道幅をいっぱいに使い、グリップを効かせて、殺してしまったスピードを復活させる。
 ドリフトによって旋回速度をあげるフェイトと違い、地味ではあるが、確実且つ安全に
加速する。そして、近づいてくるヘッドライトに、止めの一撃を加えようとする。
「これで……」

 フェイトは歯を噛み締め、

 ウーノは顔を引き締め、

「諦めないっ!」
「終わりですっ!」


 コーナー出口。ようやくテイル・トゥ・ノーズにまで追い詰めたフェイトだが、コース
の表情が激変した瞬間、その基本性能の違いを実感させられた。
 先ほども述べた通り、4WDの最大の持ち味は「悪路での直進性」である。そして、舗
装路において、その持ち味が最大限に発揮される瞬間、それがこのストレートだ。
 アクセルを床に踏みつけ、オーバーレブ寸前までエンジンを回しているというのに、じ
りじりと離れていくテールランプに、歯がゆさと苛立ちが募っていく。幾つもの「もし」
が頭の中を駆け巡るが、今更それを悔やんでも仕方がない。
「なのはっ!」
 そんな後悔を断ち切るように、フェイトは叫ぶ。
「マシンガンで牽制してっ!」
「りょうか……って、そんなのないからっ!」
 突然のとち狂った要求に、さすがのなのはも叫び返した。その声に正気に戻ったのか、
フェイトは気まずそうに呟く。
「……そうだったね。クロスするゲームを間違えてたよ……」
「いや、何そのメタ発言っ! それはともかくとしてっ!」


「300m先に右へのヘアピン、そのあとは左への低速コーナー、そしてゴール、か。
 このストレートでどれだけ稼ぎ、後をうまくまとめるかが勝負になりそうだね」
 全てを置き去りにするような加速に身を委ねながら、スカリエッティはコースを説明す
る。そこには、後ろからにらみ付けるヘッドライト故に、呆れが含まれていた。
 しかしウーノには、スカリエッティの心情に納得しながらも、フェイトの健闘に喜びを
感じていた。第1コーナーの駆け引きに負け、絶望的ともいうべき差を付けられたはずだ。
にも拘らず、闘志をまったく衰えさせること無く、果敢に攻めてくる。無理をしない走り
に徹したとはいえ、あそこからここまでつめられるとは思わなかった。
 諦めが悪いとは思うが、何処までも自分を楽しませてくれる。ならば……
 それに応え、自分を更なる高みに向かわせるまでである。
 ストレートの終わり、ヘアピンが近づいてくる。左へより、いつものようにグリップに
徹すれば、差は詰められようとも、確実に抜けられる。しかし、
「ドクター」
 ウーノの口元は笑ったままであったが、その目は、困難を打ち砕こうとする挑戦者の目
だった。
「行きます」


 ヘアピンは近づくものの、3車身はある差を埋める事が出来るのか。
 はっきり言ってしまえば、ここから最終コーナーまでの勝負は、フェイトに取っては、
決して確実なものではなかった。しかし、やらなければ、確実に勝ち目は無い。
 なぜここまでするのか。所詮無理矢理押し付けられたサンタクロースとトナカイだ。さっ
さと投げ捨てても良かったはずだ。
 もちろん、自分のミスが招いた苦戦だから、ということもあるだろう。だが、それがあ
るにしても、なぜここまで勝ちにこだわるのか。
 その理由はもはや、きわめて単純なものになっていた。自分の前を行く者がいるから。
それを越えたいから。そう、ただ、負けたく無いから。
 隣で顔を引きつらせているなのはには、悪い事をしていると思う。だが、これはもはや
意地だ。せっかくここまでやったのだ。負けるわけにはいかない。
「いくよ、なのは」
「う、うん、フェイトちゃん!」
 フェイトの呼びかけに、なのはは身構える。ここまでスピードが上がっているのだ。た
だのブレーキだけでは曲がれないだろう。だからこその仕掛け。
 フェイトは再び、ヘアピンの遥か手前からドリフトを仕掛ける。しかしそれは、前回と
は違い、ブロックのためではなく、最小限の減速と最速の旋回を目的としたドリフトへの
前振り。
 直線ドリフト。
 パフォーマンスの1つとして使用される技術をバトルに持ち込むのは、しかも、勝つた
めの振りとして使うのは、かなり勇気のいる事である。しかしそれでも、「使える」だけ
で無く「勝てる」と踏んだからこそ、あえて使った。
 グリップ走行に徹するウーノ相手なら、うまくすれば、ここで勝負を決めれる。よしん
ばここで追い抜けなくても、最終コーナーで差しきるだろう。
「……なっ!」
 そう信じ仕掛けたフェイトだが、相手の挙動を見て戦慄する。ブレーキランプと共に、
「左」に切ったのだから。


 ウーノにとって、ドリフトという物は、基本的にパフォーマンスの域を越える技術では
なかった。だからこそ、ドリフトを意図的に使った事は無い。コーナーからの加速に際し、
横Gに負けて「結果」すべることはあっても、わざわざ自分から仕掛けようという気は起
きなかったのだ。
 なぜなら、本来の進行方向とは違う向きにタイヤを滑らせるため、タイヤダメージは大
きくなるし、すぐに熱だれを起こして加速に影響を与える。元々グリップ力のある4WD
を駆るウーノにとって、そんな技術は無駄以外の何物でもなかった。
 今、この瞬間までは。
 低速区間では、ヘッドライトが見えるか見えないかの距離での切り返しが続いたため、
はっきりとは判らなかったが、エンジン音に隠れながらも聞こえてくるスキール音から、
ドリフトを連発してきたことは予想できた。しかし、追いつけるはずが無いと、高をくくっ
ていた。
 それが、ストレートの前であっさりと追いつかれたのである。
 フェイトの技術力の高さゆえ、ということもあったのだろう。しかし、それを差し引い
ても、認めざるを得なかった。
 速く走るためのドリフトもある、と。
 だからこそ、試したくなった。以前一度だけ見た、奇妙な動き。
 フェイントモーション。
 コーナーの逆側へハンドルを切り、その後に正規の方向へ切り直すことにより、より強
い旋回力を与えるテクニック。急制動と共にコーナーの逆側へハンドルを切るなど、正気
の沙汰ではない。そう思っていた。
 だが、今ならわかる。なぜ、この技術が生まれたのか。
 速く、速く、誰よりも速く。
「まさか、フェイントとはねっ! いつ練習していたんだいっ?!」
 スカリエッティも、驚愕の声をあげる。それもそうだろう。ウーノがこのような走りを
するなど、想像だにし無かったのだから。
 しかしそのウーノも、それに答える余裕が無い。初めて使用した見よう見まねの技術故
に、暴れだそうとする車体を押さえるのに精一杯だった。だが、この危険な賭けをした価
値はあった。


「届かないっ?!」
 ヘアピン出口。先行するウーノの車までの距離に、フェイトは叫んだ。
 あわよくば逆転、最低でも半車身まで詰め寄る気で仕掛けたのだ。にも拘らず、予想外
のフェイントのため、あと僅かが届かない。
「それでもっ!」
 横Gよ、早く消えろ。ただそれだけを念じ、アクセルをコントロールする。そして……


 アウトいっぱいまで膨らまし、グリップを回復させるウーノ。インを突き抜けるかのご
とく、グリップを回復させたフェイト。意表をついたウーノのドリフトのせいで、フェイ
トの目論見ほど詰め寄る事は出来なかった。しかし、
「鼻をねじ込まれたっ?!」
 悔しそうにウーノはうめく。
 インとアウトが入れ替わる最終コーナー。そこに、僅かとはいえアウト側に鼻をねじ込
まれては、完全にクラッシュさせる気でも無い限り、アウトに振る事は出来ない。フェイ
ントなど以ての外。こうなっては、インベタでクリアする以外には無い。
 とは言え、依然有利なのはウーノだ。ブレーキ勝負になっても、勝つ自信はある。
「それでも……」
 コーナーへの突入。一気にブレーキを踏み、荷重が前に移動し、且つ、後ろが滑り出さ
ないタイミングでハンドルを切る。
「私はっ!」


 アウト側にいるからこそ、多少は速く走れる。しかしその分、長く走らなければならず、
総合的に見れば不利になる。だからこそ、
「勝負っ!」
 いつもより遅く、短く、そして強く。一気に荷重が前に移動した瞬間、後ろを振り出す。
「これで……」
 無謀とも思えるスピードで、フェイトはコーナーに飛び込んだ。

「勝ちますっ!」
 グリップが無くなるギリギリの加速。

「終わりだぁぁぁぁぁっ!」
 スキール音と共に鳴り響く金属音。

「ガードレールでスピンを止めただとっ?!」
 スカリエッティの驚愕の声。そのままコースアウトするか、スピンして置いていかれる
か。そのどちらかでしかないスピードだったはずだ。なのに、その理論を越えたところに、
フェイト・テスタロッサ・ハラオウンはいた。

 ゴールは目前。
「早くっ!」

 2台の差は詰まり、
「速くっ!」

「「はやくっ!!」
 そして……


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最終更新:2009年12月25日 01:22