なのはが目覚めると、そこは、満天の星空だった。
「ん……あれっ?!」
 車窓から外を見渡せば、そこはあのクロノヒルではなかった。連なる山の上を、車ごと
飛んでいる。所々に見える明かりは、ここがクラナガンで無い事を教えてくれた。
「あ、なのは、気付いた?」
 なのはの様子に気付き、フェイトが微笑みかける。バトルの興奮が冷め遣らぬのか、頬
を紅潮させたままだ。
「えっと……どうなっちゃったの?」
 あの勝負、ヘアピンで気を失ってしまった事を思い出し、気まずそうに尋ねる。そんな
なのはに一瞬目を丸くするが、フェイトはすぐに微笑んだ。
「勝ったよ。だから……今は、目的の時間のちょっと前、かな」
 そう言って、カーステレオを操作する。そこから流れてくるアナウンスが、現状を教え
てくれた。
「天正10年6月13日、山崎の戦に敗れた光秀は、小来栖の竹林にて首を取られる。
 今回のその時まで、あと、僅か3時間」
「……え?」
 ここからその小来栖までどれだけ掛かるかはわからない。だが、急がないといけないの
では?
 顔が引きつっていくなのはとは対照的に、フェイトはくすくすと悪戯っぽく笑っている。
「どうします、サンタさん?」
 その笑顔に、心が癒されていく。
 あぁ、そうだ。今の私には、最速のトナカイさんがいるじゃないか。
 そんな不思議な安心感が、なのはを包みこむ。
「そうだね。サンタさんなんだから、プレゼントはちゃんと届けないとね」
 自然と、顔がほころんでいく。
「わかったよ。
 じゃ、しっかりつかまっててね」
 二人の心にある、一つの確信。
「りょーかい。お任せします」
 絶対、大丈夫。


「殿……逃げませい!」
 数騎の騎兵の前に、一人の少年が立ちふさがる。その少年に刀を振り降ろしながら、騎
兵の一人が叫んだ。
 殿と呼ばれた男は、少年の目に怯みながらも、その脇を駆け抜ける。それを横目で追い
ながら、少年は振り下ろされた刀を、
「なっ!」
 掴んだ。
 常人離れしたその行為に、一瞬、騎兵達の動きが止まる。
 ――逃げるのか……光秀。
 このような状況にあって、少年の目にはただ一騎しか映っていない。逃げ行く男、明智
光秀のみである。
 ――それも似合いか。
 口元に浮かぶは自嘲の笑み。それと共に、両腕に力を込め……
「なっ……」
 折った。
 「折れず曲がらず、鉄をも断つ」と称される刀も、横からの衝撃には弱い。しかしそう
は言えども、決して素手で折れるようなものでもない。
 あまりの出来事に、刀を折られた騎兵の動きが止まる。
「なんの! わしが!」
 その騎兵を庇うかのように、別の騎兵が刀を振るう。しかしその刀は少年に掠ることす
らなく、地面に突き刺さる。
「え……」
「あ……!」
 呆気に取られる騎兵達を他所に、大きく飛び退った少年は、他の騎兵に目もくれず、逃
げ出した一騎のみの背を追う。
 ――光秀……お前にではなく……オレに……な
 常識で考えれば、人の足で馬に追いつくなどありえない。しかし、いかなる脚力の持ち
主か、その差は徐々に縮まる。
 ――オレの手は汚れている……正面からではなく……後ろからが似合いだ……
 少年の身体が、宙を舞う。馬上の人よりも高く跳ぶなど、尋常の脚では考えられぬこと
だ。しかし、少年はそれを可能にし、その脚をもって光秀に蹴りを……
『Round Shield』
 入れられなかった。
 突如として現れた桃色の障壁が、その一撃を防ぐ。
「くぅっ!」
「がっ!」
 しかし、その衝撃を殺しきる事は出来なかったらしく、光秀ごと、障壁を生み出した者
は吹き飛ばされた。
 突然の、常軌を逸した乱入者に、少年の顔が曇る。
「何者だ……貴様」
 あと少しで殺る事が出来た仇敵。それを邪魔した者とその力に、少年は苛立ちを隠せな
いでいた。
 だが、そんな少年の心を他所に、乱入者――高町なのはは、光秀を庇うように立ちなが
ら、告げた。
「……サンタクロースです。光秀さんを助けに来ました」


「さんた……くろおす……だと?」
 呆然としたのは、落馬した光秀だけではない。本来ならば、光秀を守るためにいるはず
の騎兵達でさえ、あまりの事態に動けないでいる。
 それも当然であろう。いくら主君を救ったとは言え、何処からともなく現れた者が、不
可思議な術を使ったのだ。しかもその者の格好ときたら、赤字に白の縁取りをした、なん
とも怪しげな服装である。
 その上で、聞き慣れない名前。これで不審に思わないほうがおかしい。
「……なるほどな」
 しかし、目の前の少年だけは、何かを納得したように呟く。
「信長に鬼が付いたように、光秀には妖が付く、か」
「あ……妖って……」
 確かに、そう思われても仕方がないかもしれない、と思いつつも、なのはは肩を落とし
てしまう。しかし、気を抜く暇はなかった。
「だからと言って……」
 少年から吹きつける殺気が、一段と強くなる。
「見逃すと思ったかっ!」
 少年が駆ける。あまりの速さに、なのはは目を見開くが、光秀を守りながら時間を稼げ
ば良い事を思い出し、気を引き締める。今、フェイトが駐車できる場所を探して、こちら
に迎えに来てくれるはずだ。要は、それまで守ればいい。
 少年の姿がぶれる。それを目で追い、右に視線が流れ……左からきた殺気に、反応が遅
れる。
『Round Shield』
 再び張られた障壁。少年からすれば、厄介なことこの上ない。蹴った際の感触でわかる。
あれを破るのは至難の業だ。吹き飛ばすことなら出来るようだが、今度はそれすら出来な
かった事を考えると、ちゃんと構えられるとどうにもならないらしい。
 左足の跳び後ろ回しに変わり、追撃の右を放とうとしたが、この調子では無駄にしかな
らない。身体から離れている以上、鎧すら無視するような技を用いても、本体には届かな
いだろう。
 ならば、無視して光秀をまず殺すか? 宙に浮いた足を地につけながら、自問する。し
かし、このような妖術を扱うものに背を向けるなど、出来る物ではない。その瞬間に、何
をされるかわかったものではない。
 何より……この化物と闘える事を、自分の中の血が喜んでいる。これほどの者に背を向
けるなど、もったいない。
 今の攻防でわかった事。この妖は些か「遅い」。そこを衝けば、勝つことも……殺す事
も不可能ではないだろう。
 少々分の悪い賭けになるかもしれないが……試してみても良いだろう。もしダメだった
のならば、それまでだと言うことだ。
 ほんの一瞬の思考。そこから再び駆けようとする少年を止めたのは、なのはの呼びかけ
だった。
「ねぇ、君。ここは、見逃してもらえないかな?」
 ――何を言っているのだ、こいつは……?
 少年が訝しむ。だが、なのはとしては、わざわざ闘う気がなかったのだ。なぜなら、時
間を稼げればよいのだから。
 とは言え、拒否されることは予想済みである。問題はその後。駆ける速さはフェイトほ
どではないとは言え、目で追うには辛い。しかも、移動から攻撃に転ずる速さは、並外れ
ている。一度読み違えれば、その瞬間に終わるだろう。今はレイジングハートが守ってく
れているが、それでもギリギリなのだ。これ以上速くなれば、命に関わる。
 だからこそ、相手の出方を予想し、それに対するシミュレートを行い、タイミングを読
むための仕掛けが必要だった。フェイトを待つためと、仕掛けのための、二重の時間稼ぎ。
「くだらん」
 だが、そんな時間稼ぎも、たった一言で潰された。
「オレに見逃す気は」
 ほんの僅かに身体が沈み、
「ないっ!」
 再び、少年が駆ける。その身体がさらに沈み、なのはの目が追いかけ、
「ラウンドシールド!」
 天に掲げた右手が、光の盾を生み出す。果たしてそこには、中空から右の踵を降り下ろ
した少年がいた。
 だが、止められた少年も、このことは予測済みである。そのまま左足で光の盾を踏みし
め、なのはの背後へと降り立つ。
「アクセルシューター」
 しかし、なのはも止まらない。防いだと同時にカードリッジを撃発、即座に光弾を生み
出し、
「おぉぉっ!」
 着地の反動を生かし、その拳の力と変え、
「シュートッ!」
 光弾を、己の背後に飛ばす。
 一瞬の交錯。そして、
「かはっ!」
「くっ!」
 少年が膝を落とし、なのはが吹き飛ばされ……否、自らの力で跳ぶ。
 痛み分け。そう言ってよいだろう。
 光弾から身を守るために固めた筋肉と、それを予測して相手が跳んだために、その拳は
致命打を与えられなかった。
 少年が生み出した筋肉の鎧と、相手が見えない背後に打ち込んだために、アクセルシュー
ターは意識を刈り取る事が出来なかった。
 振り出しに戻った……そう思われた状況だが、幾つかの違いがあった。
 軽いとはいえ、今までにない初めての衝撃に戸惑う少年と、予想を越える衝撃に脂汗を
流すなのは。
 距離が離れたため、三度駆けねばならない少年と、アクセルシューターの残弾が残って
いるなのは。
 そして……駆けるべき時を計る少年と、守るべき対象から離れ、内心焦るなのは。
 場は膠着する。そしてこの膠着は、なのはにとってありがたい物となった。
「プラズマランサー」
 それは、待ち望んだ声。
「ファイア!」
 掛け声と共に、雷の礫が、少年の周りに降り注ぐ。
「なのは! こっちの準備は出来たよ!」
 そう言って現れたのは、茶色を基調とした服にトナカイの角を付けた親友、フェイト・
T・ハラオウン。
「OK! フェイトちゃん!」
 待ち望んだ援軍の到着に、なのはは顔を綻ばせる。
「二匹目の妖か!」
 そう、少年はなのはから意識を逸らす。その隙を衝き、少年と光秀の間に、なのはは割
り込んだ。
「え……と、トナカイです」
 そんな少年に、フェイトは申し訳なさそうに答える。
「光秀さん! 逃げますよっ!」
「なっ! 何をするっ!」
 そんな二人を尻目に、なのはは光秀を抱える。あまりに常軌を逸した事の成り行きに、
呆然としていた光秀だったが、突然か変えられたことにより、慌て始める。
「ちぃっ! 逃がすか!」
 それを認め、少年は駆けだそうとするが、
「シュートッ!」
 なのはが、残っていたアクセルシューターを撃ち出し、牽制する。
 少年の周りに撃ち込まれた光弾は、土煙をあげ視界を遮る。そして、それが晴れる頃に
は……
 3人の姿は、跡形もなくなっていた。


「一体なんだと言うのだっ! おぬしらもこの箱も空を飛んでおるしっ!
 大体、おぬしらは何者だっ! わしに何をする気だっ!」
 フェイトの車の後部座席で、光秀は喚く。だが、それも無理からぬことだろう。何せ、
超常の存在がすぐそこにいるのだ。不安にならないほうがおかしい。
「え~と、説明すると長くなるんですけど……とりあえず、落ち着いていただけるとあり
がたいです」
 助手席のなのはが説明しようとするが、どうにも納まってくれない。まぁ、何も知らな
い状態で、あんなものを見せ付けられれば仕方がないだろう。
「簡単に言うと、あなたを助けるようにと、ある人から言われたんです」
 そう、フェイトが簡潔に伝える。
「ただ、このまま武将として復帰することは、ほぼ不可能でしょうから……」
「だろうなっ! この有様では、再び天下を取るなど……」
 たかが三日とは言え、天下人になったのだ。しかし今や、全てを失った身である。その
悔しさは、相当のものであろう。
「ですので、『明智光秀は死んだ』ということにしては如何でしょう」
「……なんだと?」
 なのはの突然の提案に、光秀は訝しむ。
「そのための準備もしてあります。そこの包みの中にある法衣。それがあなたへの届け物
の1つです」
「な……」
 その言葉に光秀は、そばにあった包みを開ける。その中に、確かに法衣がある事を確認
すると、
「わしに……わしに坊主になれと言うかっ!」
 恫喝。しかしそれはなのは達にとって、余りに弱々しいものだった。
「もはや、『武』をもって天下人になることは、難しいでしょう。でしたら、『法』を持っ
て天下人の支えとなっては如何でしょう」
「信長公の下で辣腕を振るった貴方なら、出来るはずです」
 なのはの言葉に、フェイトが続ける。
「それに、比叡山の方々と話をすでに付けてあります。今なら、『南光坊天海』として受
け入れてくれる手はずになっていますよ」
 そう、救出がギリギリになった理由は、そこにある。いくら法衣と名前だけ渡しても、
受け入れてくれる寺がなくては意味がない。そう思い、「この付近で隠れやすくて有名な
お寺って何処だろ?」「……比叡山でいいんじゃない」と言うノリで話を付けておいたの
だ。
「……つまり、この先、わしが生き残るには、それしかない、と言う事か」
 どこか憑き物が落ちたように、光秀は呟く。
「他にも方法はあるかもしれませんが、『明智光秀』として生きると、また、あの子が襲っ
てくる可能性がありますよ? その時には、私達が助けに来れるかどうかわかりません」
「他の名前にするにしても、手を回している時間がありません。それを考えれば、最良の
手段だと思います」
 なのはとフェイトは説得を続ける。そして、その理、その熱意に折れたのか、
「……わかった」
 光秀がうなずいた時には、比叡山も間近となっていた。


 後に、天海は家康・秀忠・家光の元でその腕を振るう事になる。
 また、陰陽道・風水に基づいた江戸鎮護を構想するが、そのような都市造りのきっかけ
がなんだったのか、それは不明である。


「お疲れ様だね、フェイトちゃん」
「なのはこそ、お疲れ様。怪我は大丈夫?」
 クラナガン都市部。そこを走るフェイトの車(タイヤへの換装済み)の中で、二人は、
今夜の事を振り返っていた。
 余りにいろいろありすぎて、気の抜けない夜だった。だからこそ、今はゆっくりとした
い。そんな想いを抱きながら、二人は隊舎を目指す。
 とは言え、今日はクリスマス。まだやる事が残っている。
 今度は、二人が共にサンタクロースになるのだ。ヴィヴィオやエリオ、キャロのために。
スバルやティアナには、ちょっと遅いかもしれないが。
 そんな事を話しながら、車を駐車場に止め、暗くなった隊舎へと戻る。そして……
 出向かえたのは、クラッカーの音だった。
「「「「「「「「「メリークリスマス! なのは(さん、ちゃん)、フェイト(さん、ちゃん)!」」」」」」」」」」
「「……え?」」
 二人は、目を丸くする。今の今まで暗かったはずのホールには、待ち構えたかのように
明かりが灯された。そして、そこで待っていたのは、はやてをはじめとした六課の主要メ
ンバー。
「いやぁ、心配したんやで? 緊急の任務や、なんていって、陸士隊の方に引っ張り出さ
れた、って聞いたときは」
「ま、その苦労をついでにねぎらおう、ってことで、こういうパーティーにしたって訳だ。
 驚いただろ?」
 悪戯が成功したような、何処となく嬉しそうな顔で、はやてとヴィータが説明する。そ
こにいる誰もが楽しそうで、「してやったり」という顔をしている。
 そして、
「メリークリスマス! なのはママ! フェイトママ!」
 駆け寄ってくるヴィヴィオを受け止め、なのはとフェイトは顔を見合わせた。
 現状が頭の中に染み渡り、唖然としていた二人に、笑顔が浮かぶ。
 そう、聖夜は始まったばかりなのだ。

「「メリークリスマス! みんな!」」


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最終更新:2009年12月25日 01:18