ホテル・アグスタの警護を滞りなく果たした六課は、主催者側からの賛辞を得てまた通常の任務に戻っていった。
ホテルでの一件は、参加していた六課の人員に強い影響を残していた。
簡単な検査を行った後、六課はゼスト・グランガイツの遺体を引き渡したが、彼と取り逃がしたルーテシアについて詳細な調査を行った。
その結果、幾つか六課にとって驚くべきことが判明していた。
ゼストは、管理局局員で既に死んだはずの男だった。
ルーテシアは、ゼストと共に全滅した部隊にいた局員の娘で、全滅後暫くしてから消息を絶っていた。
命令が行く前にゼスト達が行動を起こした為、ゼストの部隊が全滅する直前に調査任務を解かれていたことは記録に残っておらず六課は知ることは出来無かった。
だが、レジアス中将の親友だった事は判明しており、個人的に顔を合わせる機会のあるRXが詳しい話を聞くことになっている。
ゼストについては、結果的に再び殺してしまったRXのショックが大きかったようだが、他の皆はスカリエッティに対する義憤を燃やすことで、気持ちの整理をつけるのは(簡単にとはいかないが)不可能では無かった。
戦闘機人事件を追って殉死した局員が改造を施されまだ生きていたことは許しがたいが、まだ対処できる問題だった。
だが遺族、それもまだ年端もいかない子供が、行方不明となり全く接点の無かったはずの犯罪者に従っている。
恐らくはなんらかの改造も施されているというのは、自分達の所属する組織に対する信頼を揺るがしていた。
自分に何かあった時…家族が自分を殺した犯罪者に引き渡され、犠牲になるかもしれない組織にこれまでと変らない態度で勤務を続けられる程、六課に集められた人員はタフではなかった。
陸のボス『レジアス・ゲイズ』がスポンサーの一人なのだから何を今更という話だが、実はそのこと自体がまだ六課の殆どの人間には知らされていない。
最終的には上へ報告され、レジアスは職を辞する事になるだろう。
だが、現状その事を利用しているし、何より六課の『本当の設立理由』を果たす為にはレジアスの能力があった方が対処しやすいからだ。
有体に言ってしまえば、レジアスの事を教えられた者達にとって今レジアスがいなくなるのは困るのだ。
話を戻そう。
レジアスのことは教えられたRXからクロノやはやてら数名が教えられ、そう判断したがゼスト達のことは六課の殆どの人間が知っており、皆関心を払っていた。
結果、調査結果は六課の隊員達に瞬く間に伝わったのだった。
将来有望で、才能溢れる若きエリートが集められた六課だからこそ強く作用しているのかも知れない。
世界を救った経験はそこそこに積んでいるからこそ、彼らはまだ理想を持って仕事をこなしていた。
だからこそ彼らはその結末の悪い例を見せられ、強く動揺していた。
だがそんな彼らの中で最も若い人員が集まる前線部隊は、それとは別の「…だから強くなりたいんです!!」
「少し、頭冷やそうか…」
低く抑えた声の直後、なのはの腕に光弾が6発生まれ、その一発がティアナへ撃ち出される。
ティアナが何時も使っていたクロスファイアシュート…それもティアナのベストデータと同じものに調整されたものが直撃する。
爆発の中に消えるティアナの名を、スバルが悲痛な声で呼んだ。
新人達4人のチームリーダーを務めるティアナが、煙の中から現れる…
また彼女自身が常日頃使っているのと同じ魔法は、後5発分用意されている。
だがティアナが複数の誘導弾を放つ所をなのはは1つに集めた。
そうして砲撃のようにして撃ちだすことで生み出された、同じ魔法とは思えない威力がティアナを襲った。
「ティアナアァァァァッ!!」
前線部隊は、また別の問題を抱えているようだ。
「エ、エリオ・モンディアルですが、職場のふいんきが最悪です」
なのはのお仕置きを受けて意識を失ったティアナは、医務室へ運ばれていく。
このまま残しておいても身が入りそうにないスバルとお仕置きをしたなのはも、一緒に医務室へと歩いていく。
なのはは、模擬戦の途中でデバイスを解除し、手に傷を負ったのでその治療を行うためでもあった。
容赦のない落とし方に呼吸するのも忘れていたエリオの肩に手が置かれた。
肩を叩かれて、我に返ったエリオは自分の肩に手を置いたRXを見上げる。
腕組をし、厳しい表情のヴィータや、心配そうになのはを見るフェイトを背景に見上げたRXの顔からは、何も読み取る事が出来なかった。
*
通常の勤務に戻った新人達は、また訓練漬けの日々に戻っていた。
その日もまた訓練の成果を見るために行った午前中最後の模擬戦。
新人4人の内、先ずティアナとスバルの2人が模擬戦を行った。
2人はその中で、訓練中には全く使用しなかった(恐らくは二人で特訓して編み出したのだろう)戦法を見せた。
その何がなのはの逆鱗に触れたのかエリオ達にはわからなかったが、なのははデバイスを解除し、その状態で二人を完膚なきまでに叩き潰した。
「次はエリオ達の番だ」
「は、はい…! ティアナさんのことは」
「心配ない。なのはちゃんは教え子を傷つけたりしないさ」
なのはの腕を信頼しているらしく、RXの声は自信に満ちていた。
「そうだよエリオ、キャロ。ちょっと派手に倒されちゃったから心配するのも分かるけど、ティアナのことは大丈夫。今は自分達の事をしっかりやらないとダメだよ」
「わ、わかりました…!」
「フェイトさん…はい!」
二人に言われ、これまでのきつい訓練のことを思い出したエリオ達は素直に返事を返し、模擬戦に挑みに行く。
RX・フェイト・ヴィータの3人が残され、模擬戦の場所へ向かう二人が扉を閉める音が響いた。
「ティアナちゃんも心配だけど、なのはちゃんは大丈夫なのか? 3人は上手くいってると思ってたのに」
ティアナを撃墜するなのはの様子が普段とは違っていたせいかRXが言う。
「はい…なのはの事は、私が後でフォローしておきます」
「頼んだぜ。なのはの奴、訓練が終わった後も夜遅くまであいつ等の為になんかやってたからな」
ヴィータの言葉にフェイトは頷いて、デバイスを起動した。
「じゃあなのはの代わりに私が二人の模擬戦をやりますね」
フェイトが空へと浮かび、直ぐにエリオ達の模擬戦が始まった。
「ティアナも昔ちょっとあってさ。なのはに何も言わずにあんなことやったのは、多分そのせいだな」
「そうか…」
ティアナは天涯孤独の身だ。両親は彼女がごく幼い頃に事故死し、以降は管理局の局員だった兄ティーダに育てられてきた。
だが、ティアナが10歳の頃彼もまた職務中に殉死してしまう。
その際、兄が所属していた部隊の上官から無能扱いされた事をきっかけに、「兄の魔法は役立たずではない」と証明するため、ティアナは管理局入りを志したのだ。
だからティアナは、強くなるため、証明するためには無茶をすることがあり、なのは達はそれを気にかけていた。
本人以外が軽々しく話すような事情ではないのだろうと、RXはその内容について尋ねはしなかった。
「……なぁ、お前はアレ、どう思った?」
「ティアナちゃんのことかい?」
「ああ」
「…俺は専門家じゃないから良くわからない「お前の意見も聞いときたいんだ。いいからはっきり言えよ」……よくわからないんだ」
模擬戦の行方を見ながら、RXは言う。
「何のつもりで特攻したのか、俺にはわからない」
ヴィータがRXの方を向くと、少し口篭りながらRXは付け加えた。
二人が最後に見せた作戦は恐らくこうだ。
スバルが突撃し敵に食らいついて撹乱を行い、足止めされた敵を更にティアナが近接戦に突入し、スバルのブレイクとティアナのダガーの同時攻撃により敵の防御を破壊し制圧する、というものだ。
撹乱するだけでなく、ティアナが幻術を使うことで敵に正確な位置を悟らせないよう工夫されており、接近戦用にティアナは新しくデバイスの先に刃(ダガー)を形成する魔法も習得していた。
「そういえばあの魔法、(俺は初めて見たんだが、)前から使ってたのか?」
考えている内に気付いたのか、RXはヴィータに尋ねた。
「いや、あたしもはじめて見た。ヴァイスから最近訓練の後個人的に特訓してるって報告が上がってたから、多分それで覚えたんだろ」
「そうだったのか…なのはちゃんには基礎をやるようなことを聞いていたから、精度を上げたりする為の特訓をしてると思ってたんだが」
だが、スバルに空中に浮く敵までの足場を用意させてティアナが接近戦に突入する理由はRXにはわからなかった。
彼女等が相手にする相手には、補助魔法もかかっていないティアナが割り込む余地などない。
何より、RXもティアナの気持ちを把握していなかった。
「………現場では絶対に使って欲しくないな」
「そだな…陸で普段扱ってた事件なら使い所もあるのかもしれねーけど。あの馬鹿…焦ったせいで、六課で求められてるのがもっと上のレベルだってこと、忘れてんじゃないか?」
エリオとキャロの動きをチェックしながら、ヴィータが悩ましげに言う。
近接魔法を覚えたのは、将来はフェイトと同じ執務官を目指しているためかも知れない。
それにもし警備の一件があった後からあの魔法を覚えたのなら賞賛に値する。
だが、それは個人的に見せればいいもので、模擬戦に持ち込むとなると当然のことながら評価の基準は大きく変る。
もう素人ではないのだから、恐らくティアナはその上で本気で最低限の水準にはあると判断したのだろう、とヴィータは考えた。
だが六課が想定している相手は、例えばスカリエッティの一味、ガジェットや戦闘機人だ。
スバルやエリオに近いレベルで接近戦を行うスキルがあるのなら話は別だが、今のティアナのスキルでは自殺行為に等しい。
模擬戦ででも、選択肢に入るようなものではない。
まして、高速で空中を自由に飛び回っているなのは相手に、スバルにそこまでの足場をわざわざ作らせてまで行うなど正気の沙汰ではない。
「…まさかティアナの奴、模擬戦を自分の能力をアピールする機会と勘違いしてんのか?」
「え?」
RXに返事を返さず、ヴィータは顔をしかめた。
手塩にかけて育てようとしている教え子に(本人にそのつもりはなかっただろうが)、突然捨て身で接近戦を挑まれたなのはが受けたショックの大きさを考えていた。
捨て身など、なのは達は全く教えた覚えがない。
二人は、模擬戦が終わるまで一言も口を利かなかった。
先の二人があんな形で撃墜された事が尾を引いているのだろう。
最初は動揺が見られたが、悪くない出来だった。
「もう終わりだな…RX、悪いけど」
「気にしないでくれ。二人の様子がわかったら俺にも教えてくれ」
「ああ。サンキュー。ちょっとなのはと話すから、終わってもあいつ等は連れてくんなよ」
RXと別れたヴィータは、医務室へ向かって床を蹴る。
心配から自然と急いでしまうヴィータは、元から然程距離の離れていない医務室までの距離をものの1,2分で移動し、治療を受けたなのはと知らせを聞いて様子を見に来たシグナムの二人と鉢合わせた。
ヴィータの姿に気付いた二人が話しを止める。二人に言われて先に上がらされたのか、スバルの姿はそこには見えなかった。
「ヴィータ、訓練はどうした?」
「あれヴィータちゃんどうしたの?」
「お前らの様子を見に来たんじゃねぇか」
「大げさだなぁヴィータちゃんは。怪我って言ってもこれだけだよ? ティアナは疲れててまだ目が覚めないけど心配する事なんて」
そう言ってなのはは絆創膏の貼られた手を見せる。
「そっちじゃねぇ!! ティアナのことだ」
「ティアナは、ちょっと頑張りすぎちゃっただけだよ。今は疲れで眠っちゃってるから、起きたらお話ししないと」
「頑張ってじゃねーだろ。あの馬鹿、混乱してるだけじゃねーか」
「ヴィータちゃん…そうじゃないよ。ティアナは、短期間で戦力を増やそうとして」
「ふざけんな。お前だってわかってんだろ…お前の足が止まって、しかもお前は幻術で一時的にティアナの位置を見失ってた。もしリスクの高い接近戦なんか挑まないで、普段通りクロスファイアシュートを使ってても確実に当てられたはずだ!!」
なのはのティアナを庇おうとする態度に苛立ったのか、ヴィータが声を荒げた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「無茶して味方を撃っちまったから、近接魔法覚えましたって射撃型魔導師が、どんな風に見られると思ってんだ!? あたしが指揮官ならそんな奴怖くて使えねーぞ!!」
ティアナに求められているのは、センターガード。
このポジションは、チームの中央で誰よりも早く中・長距離戦を制する役目であり、同時に他のポジションへの指示を含んだ前線での戦術レベルの指揮能力も求められる。
あらゆる相手に正確な弾丸を選んで命中させる判断速度と命中精度は必須だ。
そのセンターガードが、味方に誤射を繰り返せば…無論必須となる判断速度と命中精度が低く、他のポジションを把握しているかが疑わしくなる。
だが別に、なのは達はホテルでの誤射は問題視していなかった。
しかし、自分の命を無意味に危険に晒すような戦術を選ぶような者…
それも事情を知る人間から見れば、生い立ちから射撃に拘っていたティアナが、射撃に自信を失くしたとも取れる選択をしたことは大きな失点だった。
「私も、基本的にはヴィータの意見には賛成だ…これでまだ駄々を捏ねるようなら、一度甘ったれた根性を叩き直してやらねばならん」
シグナムまでヴィータの辛辣な意見に同意する。
なのはの表情が一瞬曇る。そんな彼女等の背に声がかかった。
「そこまでや二人とも」
「はやてちゃん」
二人の事を聞いて様子を見に来たらしいはやては、なのはの元気そうな様子を見て安堵した様子だった。
特に、はやてと共にやってきたシャーリーの様子は大げさな程だった。
「模擬戦中トラブルがあったって聞いて来たけど、なんや。思ったより深刻みたいやな」
「大丈夫だよ…私に任せて!!」
なのはが殊更明るい笑顔で言う。
はやてもにっこりと笑ってそれに応じた。
話しを聞いていたのか、ティアナの様子については尋ねなかった。
「勿論や!! ティアナは六課の期待の新人なんやから。頼むで、なのは教導官」
「はい、はやて大隊長!!」
その様子にヴィータ達も矛先を納めたのか、困ったような顔で笑う。
和らごうとした雰囲気に水を差すように、シャーリーが口を開いた。
「でも、どうしてティアナちゃんは、なのはさんに相談しなかったんでしょう?」
「ん~…それもそうやなぁ。それがわからんと今後同じことが起きる原因になるかもしれんし」
医務室の前で皆暫くティアナの事を考えて見たが、どうしてなのは達に一言の相談もせずにこんな真似をしたのか思い至る者はいなかった。
誤射した事をティアナが大きなミスと考えていることも、他の隊員達と自分を比べて自分には才能がないと劣等感を感じていることもなのは達の誰一人として気付いてはいなかった。
「ま、ここでずっと考えてても仕方ないし、お昼にしよか」
理由がどうであれ、全てはティアナが起きてからと彼女等はそれぞれの仕事に戻る為食堂に向かっていった。
「あ、そうだ。アイツラにも教えてやらないとな」
その途中、ヴィータは模擬戦の評価をしているであろうフェイトらにティアナの容態を連絡をした。
ティアナがまだ目覚めるには時間がかかると教えられた新人達は心配そうな顔をしていた。
昼休憩に食堂の雰囲気を悪くするテーブルが一つ増えるのは確実だろう。
なのは達が連れ立って食堂に到着すると、食堂の中は案の定これまでにない憂鬱な空気を漂わせていた。
一緒に訓練を上がった後、4人はいつも共に食事をしている。
都合がつけば隊長達がその近くのテーブルで食べ始め、皆で談笑しながら食べる事になる。
なのはにお仕置きされ、ティアナもいない三人のテーブルはそんな光景を見慣れた人間には、物寂しく映った。
他にも何組か食堂の雰囲気を悪くしている者達がいたが、はやてはゼストの件については特に心配はしていないし、彼女の方から何かするつもりもなかった。
六課の隊員達は相談する相手も持っていれば、時間さえあれば自分自身で折り合いをつける強さも持っているという自信がはやてにはあった。
それに六課のムードを作り出すのは、結局の所隊長達。そして今雛鳥から脱しようとしている新人達だ。
彼女等はこの問題では全くぶれない。
隊長達は言うまでもないし、新人達もそれぞれ故人やなのはやフェイトといった人物への思慕が強いからだ。
だからはやてとしては、六課は放っておいても徐々に調子を取り戻すだろうと確信していた。
だがそれと手塩にかけて結成した部隊をかき乱されて気分がいいかというのはまた別の問題で、はやてはなんとなく恋人の唇を奪われた紳士のような気分でぼやきながら食堂へと入っていった。
「スカリエッティ…あんたがこうなることを狙ってたんならそれは予想以上の効果を挙げたで」
100倍返しにしてやることを誓いながら、表面的にははやては笑顔を浮かべ続けた。
はやてが六課を良い方向に向かわせると期待している新人達の一人が目覚めたのは、日が完全に落ちてからのことだった。
*
日が落ちた六課のヘリポートで、幾つもライトが点けられる。
前線部隊の輸送用に六課に配備されたヘリが闇に浮かび上がる。
六課の隊長達、目覚めたばかりのティアナも含めた新人4名が駆け足でヘリの傍に集合していく。
「今回は空戦だから、出撃は私とフェイト隊長、ヴィータ副隊長の三人」
先ほど東部海上にガジェット・ドローン2型が多数確認されたことを受けて、彼女等に出動命令が下ったのだ。
確認されたガジェット2型は以前確認されたものよりも格段に性能を増しているという報告が上がっていたが、それでも三名で容易く蹴散らす事が出来ると彼女等は判断していた。
「皆はロビーで、出動待機ね」
「そっちの指揮はシグナムだ。留守を頼むぞ」
集まった彼女等は新人達は緊張していたが、隊長達は笑みさえ浮かべリラックスしており、午前中の騒動などなかったような様子だった。
だがティアナに顔を向けたなのはの顔に気遣うような色が浮かぶ。
「ああ…それからティアナ。ティアナは、出動待機からはずれとこうか」
「その方がいいな、そうしとけ」
皆が色を変える中、逸早くヴィータが同意を示した。
ティアナが俯くのを見て、なのはがまた口を開き理由を付け加える。
「今夜は体調も魔力もベストじゃないだろうし」
「言う事を聞かない奴は、使えないって…事ですか?」
俯いたままティアナが沈んだ声を出す。
その言い草に、なのはが眉を吊り上げて厳しい声で言う。
「自分で言ってて分からない?当たり前の事だよ、それ」
反発するようにティアナの顔が上がり、焦りに満ちた目がなのはに向けられる。
「現場での指示や命令は聞いてます。教導だってちゃんとサボらずやってます。それ以外の場所での努力まで、教えられた通りじゃないと駄目なんですか?」
目に涙を浮かべて言うティアナに、ヴィータがムッとした顔で詰め寄ろうとする。
だが二人の間をなのはの腕が遮り、ヴィータは足を止めた。
物言いたげにヴィータは、なのはの横顔を見る。なのははただ悲しげに、ティアナの目を真正面から見返していた。
他の者達も皆、ティアナの感じていた想いをジッと聞こうとしていた。最も近くにいた新人達さえ、意外そうな顔をしていた。
「私は!なのはさん達みたいなエリートじゃないし、スバルやエリオみたいな才能も、キャロみたいなレアスキルもない。少し位無茶したって、死ぬ気でやらなきゃ強くなれないじゃないですか!?」
横合いからティアナの胸倉が掴まれ、顔に拳が叩き込まれる。
ティアナがそんな風に考えていたとは思いもよらなかったのか、皆反応が一瞬遅れていた。
「「シグナムさん!?」」
「心配するな、加減はした。駄々をこねるだけの馬鹿はなまじ付き合ってやるからつけあがる」
ただ一人、特に変った様子もないシグナムはそう言って、ヘリを横目で見る。
「ヴァイス。もう出られるな?」
「乗り込んでいただければ、すぐにでも」
ヘリのパイロットを務めるヴァイス曹長が窓から顔をだし笑顔で答えた。
緩やかにヘリのプロペラが回り始める。
殴り飛ばされ、倒れたティアナをスバルが駆け寄って抱き起こした。
だがティアナはすぐに立ち上がろうとしない。
そんな様子を心配そうに見遣ったものの、フェイトがヘリに乗り込んでいく。
「ティアナ!! 思いつめてるみたいだけど、戻ってきたらゆっくり話そう!!」
「だから、付き合うなってのに」
なのはの腕を引いて、ヴィータが連れて行く。
ヘリの窓から顔を見せながら、フェイトが念話でエリオ達に言う。
"エリオ、キャロ。ごめん、そっちのフォローお願い"
"は、はい""頑張ります"
半ば反射的に、返事を返したものの二人の子供は自分から何か動き出す事は出来なかった。
3人を乗せたヘリが飛び立ち、ヘリポートにはシグナムと新人達が残された。
見送りを終えたシグナムの厳しい視線が、ティアナに向けられる。
「目障りだ。いつまでも甘ったれてないで。さっさと部屋に戻れ」
フェイトに後を頼まれた幼い二人が、慌ててシグナムとティアナの間に入り、この場を収めようとする。
だがティアナを抱き起こしていたスバルが眉間に皺を寄せ立ち上がった。
「シグナム副隊長」
「なんだ?」
威圧感を感じてか、これから言おうとする事に対する答えを恐れてか、スバルは暫し口を噤んだ。
「命令違反は、絶対駄目だし、さっきのティアのものいいとか、それを止められなかった私も駄目だったと思います」
立ち上がろうとしていなかったティアナが顔をあげ、スバルを見た。
声を震えさせながら、スバルはシグナムへ言う。
「だけど、自分なりに強くなろうとか!!きつい状況でも、何とかしようと頑張るのってそんなにいけないことなんでしょうか!? 自分なりの努力とか、そういうこともやっちゃいけないんでしょうか!?」
徐々に体まで震えさせながら答えを欲しがるスバルにシグナムは表情を変えず、直ぐに答えることもなかった。
「自首練習はいいことだし、強くなるための努力も凄くいいことだよ」
代わりに、暗がりから返事が返される。ライトが照らし出すスバル達の所へと出てきたのは、オペレーターをしているはずのシャーリーだった。
「シャーリーさん…」
「持ち場はどうした?」
「メインオペレートはリィン曹長がいてくれますから」
「なんかもう、皆不器用で、見てられなくて…皆、ちょっとロビーに集まって。私が説明するから、なのはさんのこととなのはさんの教導の、意味」
いつになく張り詰めた表情で、シャーリーは言った。
後ろを振り返らずにロビーへと向かうシャーリーの後に、待機を命じられた全員がゆっくりと着いていった。
手の空いている者を皆ロビーに集めたシャーリーは、なのはの過去を語り始めた。
魔法を覚え、フェイトと出会った事件から始まり、なのはが重傷を負い、リハビリに励む映像迄シャーリーは新人達に見せた。
その間にフェイトが執務官試験を二度落ち、今でもそれを言われると凹む程気にしていたが、それには触れなかった。
「もう飛べなくなるかも、とか。立って歩く事さえ出来なくなるかもって聞かされて、どんな思いだったか」
「無茶をしても。命を懸けても譲れぬ戦いの場は確かにある。 だが、お前がミスショットをしたあの場面は、自分の仲間の安全や命を懸けてでも、どうしても撃たねばならぬ状況だったか?」
腕を組んだシグナムは落ち着いた声で、いつの間にか俯いていたティアナに言う。
「訓練中のあの技は一体誰のための、何のための技だ」
「なのはさん。皆にさ。自分と同じ思いさせたくないんだよ。だから、無茶なんかしなくてもいいようにぜったいぜったい、皆が元気に帰ってこれるようにって。本当に丁寧に、一生懸命頑張って教えてくれてるんだよ」
微かに潤んだ声でシャーリーが言い、彼女等は暫く誰も動きを見せなかった。
陸の手伝いを終えて六課に戻ってきたRXが、ロビーに漂う湿った空気に足を止めるまで誰も。
RXが戻ってきた事に気付いたザフィーラの合図で、シグナム達もRXに気付き席を立つ。
俯いて何か考えているらしいティアナへ時折顔を向けながら、RXは合図をして自分を呼ぶシグナムの元へと歩いていった。
二人は彼女等の目に入らない通路まで歩いていく。
適当な所まで移動し、シグナムは後ろからついてくるRXに言う。
「RX。お前は何も言うな」
「ど、どうしてだ?」
戸惑うRXは、早足でシグナムに追いつく。
「余り褒められた手ではないが、シャーリーが上手くやった。後はなのはがなんとかするだろう」
「どういうことだ?」
言いながら、RXが腕を掴んで、シグナムの足を止めさせた。
覗き込むように上半身を屈めてRXは顔を近づける…
「褒められた手ではないって言うだけじゃさっぱりわからない。教えてくれてもいいだろ」
「……あ、あぁ…いや、いいから。今は放っておけ。どうしても知りたければなのはに許可を貰えたら教えてやる」
腕を放させ、さっきより足早に歩き出すシグナムの態度に釈然としないものはあったが、RXは一先ず頷いておいた。
少し離れたシグナムが振り向く。彼女は早口にRXに言い放って、また歩いていく。
「わかったな? わかったら、今は任務中だ。待機していろ。いいな」
「わかった」
自分がシグナムにしたことに何か問題があったのか考えているらしく、RXは離れていくシグナムの背中に顔を向け直ぐには動かなかった。
30cm弱もの身長差があるとはいえ、シグナムはそんなことで怯むような人ではない。
考えても仕方ないと思い至ったのか、RXは一応自分が待機する場所として定められている場所へと向かった。
*
同じ頃、スカリエッティの研究所の一部が爆発を起こし、そこから放たれた矢のように一筋の光が外へと飛び出していた。
尾を引いていた光が収まり、進行方向をそれに備え付けられたライトが照らす。
今はまだ見えない家へ向けて、バイクを走らせていたのはセッテ。
姉に従いスカリエッティの元へ戻った彼女は、成り行きではあったが、目的を果たしたこともあり一足先に戻る事を決めた。
彼女がスカリエッティの元へと戻ったのは己の力不足を感じたゆえのこと。
暮らしていく間に親密になっていたが、それでもセッテは時折壁を感じることがあった。
その壁の一枚をセッテは実力不足のせいだと考えていた。
光太郎が見ていたムービーの中で、特訓を行うことでより強い力を得るという方法も見つけることは出来たが、突然現れた創造主がより手っ取り早い手段を彼女に示した。
自分の記憶や人格にまで手を入れられないか不安もあったが、ウーノを始めとする姉妹達がそれを阻むだろうと予想して、セッテは姉と共に光太郎の下から去り、創造主の実験に手を貸す賭けに出た。
だからこそ、姉妹の一人を死なせることになったクアットロの行いをセッテは到底許す事が出来なかった。
一歩間違えればセッテが対象だったかもしれないし、何よりスカリエッティ以外の、よりにもよって姉妹からこれまでより残虐な実験が成された事が衝撃だった。
にも関わらず、クアットロは相変わらず茶化すような態度で再改造を終えたセッテの前に現れたので……セッテはその顔を思いっきり殴りつけた。
壁にクアットロがめり込むなり、即座にアラームが研究所内に鳴り響き、モニターが開く。
「ウーノ姉さま」
『セッテ!! 貴女何やってるのよ!?』
「思わずカッとなって…」
『こ、光太郎の悪い所ばかり真似して…』
「お兄様は色々とアレなエピソードには事欠きませんが、こんなことはしませんよ」
呆れてものが言えなくなったのか、ウーノは無言でセッテの目の前に脱出経路が描かれた別のモニターを開く。
描かれているものが何かすぐに理解したセッテは、確認しながら走り出す。
変身するまでもなく、蹴り飛ばされた扉が壁にめり込み、彼女はアラームが鳴り響く廊下を駆けていった。
「ありがとうございます。お礼にお兄様とあったらフォローしておきますね」
『それは誤解よ。ドゥーエじゃあるまいし私は』
地図に従い水槽の並ぶ通路を通り抜けたセッテは、足を止めた。
一瞬の間を置いて、セッテは振り返り、水槽の並ぶ通路へと戻る。
そこには紫色の髪を伸ばした少女が水槽を見上げていた。
「おいお前!! このアラームは何なんだよ!?」
その肩に掌サイズの少女(…聞いた話では確か融合型デバイスらしい)もいて、セッテに状況を尋ねてくる。
二人の事は、クアットロから聞かされていた。
ルーテシアはアラームや、セッテの事を気にも留めずに一つの水槽を見上げていた。
水槽の中には彼女の母メガーヌが眠っている。地図を表示したモニターに向かって、セッテは言う。
「ウーノ姉さま。ルーテシアとメガーヌも連れ出します」
『ちょっとセッテ!? 貴方何を言って』
「出来なくはないはずですね。後でメガーヌを目覚めさせる方法を教えてください」
そう言って、セッテは無防備なルーテシアに拳を叩き込む。ルーテシアから引き離そうと融合型デバイスが炎を作り出すが、ブーメランブレードをぶつけてそちらも気絶させる。
モニターの向こう側でウーノがどんな顔をしているか…見ないようにしてセッテは両肩に荷物を背負って脱出ルートへと戻っていった。
片方には少女と融合型デバイスを、逆の肩には鞄を背負うように母親が入ったままの水槽を。
水槽の方は見た目には無茶もいい所だが、肉体を強化されているセッテには余裕で持ち運べる程度の重量でしかない。
荷物を背負いながら通路を駆け抜けたセッテは、通路の先にある扉を蹴破って、置かれていたバイクを見つけて笑みを浮かべた。
戻って以来、久しぶりに見る愛車は以前より少しばかり棘棘しい外観になっていたが、構わずに彼女はバイクに飛び乗る。
セッテの意志によってエンジンにすぐ火がついた。
どれ程注意を払っても片手で持ったままではメガーヌが水槽の中でちょっとばかりシェイクされてしまうかもしれないので、セッテはバインドを使ってブーメランブレードに水槽を括りつけた。
強化を施された彼女の武器は、デバイスあるいはガジェットに使っている技術を搭載しているのか水槽を括りつけられたまま宙に浮かび、セッテの意志に従って動き始めた。
気絶させたルーテシアと彼女の肩に乗っていた融合型デバイスをバイクの腹に乗せ、愛車が走り出す。
愛車の改造は既に終わっているのか、以前よりも更に彼女に馴染んだ。グリップ一つとっても、実に良く馴染む。
スカリエッティの手腕にゾッとしながらも、ウーノの指示した通りの道を使い、セッテは施設から脱出していった。
車体が生み出す熱、肌にぶつかっていく風を感じて気分が落ち着いたせいか、衝動的に動きすぎている自分にセッテは少し違和感を覚えた。恐らく改造を施された影響による一時的なものだろうか?
無計画過ぎて、クアットロが死んだかどうかも確認できなかったし…姉であるクアットロを殴りつけたことを後悔していないが、スカリエッティの考えで動いているのではとは思いたくなかった。
クアットロにも強化がされていない限り、再改造でよりパワフルになったセッテに殴られて生きてはいないだろうが。
…そんなことを考えながら荒野を走り続けて暫く、セッテは後ろを気にするのを止めた。
ルーテシアまで連れ出したのに追っ手が来ない。妙だが、ウーノが上手くやったのだろうか?
彼女は呟いた。
「変身…!!」
甲冑が彼女の肌の上を覆い隠し、RXのデザインをスカリエッティの解釈で再現した姿へと、彼女の愛車もセッテに合わせて姿を変えた。
更に速度を増して、バイクは荒野を駆け抜けていく。音速を超え、音の壁を貫いて進む彼女の下腹部…ベルトのバックルが光り輝き、連動してバイクもその光を放つ。
ミッドチルダでは何度か確認されたレリックの光が、前面に備わったライトよりも明るく闇夜を照らした。
まだ同居していた頃に使っていた通信画面が起動し、RXの姿が映し出される。
年端も行かない子供(新人達やシャーリー)と草むらの影から妙齢の女性二人(なのはとティアナ)をストーキング(見守っていた)するRXにセッテは咎めるような目を向けた。
『セッテ…!? これは、いやそれより何故セッテが』
「…メガーヌ・アルピーノとルーテシア・アルピーノを確保してドクターの所から脱出してきました。メガーヌの回収をお願いできませんか?」
モニターの向こう側で、RXが力強く頷く。
何かを感じたセッテの体が総毛だつのは、その直後の事だった。
最終更新:2010年05月29日 02:50