RXに連絡を取った直後、セッテは地面を蹴っていた。
乗っていたバイクごと浮かび上がった体は、更に突風に煽られ若干遠くへと吹き飛ばされる。
空中で体勢を立て直すセッテが見たのは、手足に光る羽をつけた姉だった。
同時に彼女が運んできたのか、もう一人セッテより頭一つ分ほど背が低く、小柄な女も進路上に降り立つ。
セッテはバイクを止めた。
トーレと、恐らくはディード。光太郎の所に行っていたせいでディードとは顔をあわせていなかったが、恐らく間違いない。
セッテ達スカリエッティの生み出した戦闘機人には、動作データの蓄積・継承の機能があり、姉妹達のデータを共有する事で完全な連携や自身の経験蓄積を補うことができた。
それを参照すれば、余り関わりのない姉妹達でも誰か位は判別する事ができる。
「トーレ姉さまと、ディードですか?」
「そうだ。セッテ、事情を聞くのは後だ。今すぐドクターの下へ戻れ」
二人に視線を走らせるセッテに、年長のトーレが口を開いた。
「ドクターの所に戻るつもりはありません。また改良してもらう必要があれば戻るかもしれませんが」
「腕ずくで戻す事になるぞ」
「トーレ姉さま。それよりも何故クアットロやドクターを自由にさせておいたのですか?」
身構える二人に、セッテは尋ねた。
痛いところを突かれたのか、トーレの動きが止まる。
「姉妹にあんな事をさせるなんて、ドゥーエ姉さまもとても怒っていましたよ」
「あの件については弁解の言葉も無い……チンクがドクターに振り回されているのは気付いていたのだが」
時間を少し稼ぐ程度のつもりだったセッテは、トーレの態度に戸惑って思わずディードの方へと目を向けた。
見れば、ディードも俯いてしまっていて、失われたのが誰であるかセッテはなんとなくわかったような気がした。
ブーメランブレードを操作する精度も下がっていたのか、何かに引っかかって水槽を運ばせていた2つが墜落する。
まだセッテの待つ相手はこの場所に現れない……セッテは時間を稼ぐ為に更に二人に言う。
どういう風に話せば話を長引かせられるかは検討もつかないが、RXらの救援を待ってルーテシアとメガーヌを引き渡すのが優先事項だった。
「ドクターもクアットロも必要なら姉妹達にあんな真似をするのにどうして協力を続けられるんですか!?」
二人の性能について、セッテは知っている。
トーレの身体能力は以前のセッテの1ランク上。
頑強な素体構築と全身の加速機能によって成される飛行を含む超高速機動能力。
そして固有装備である手足に生えた8枚の羽のようなエネルギーの刃で敵を切り裂く。
ディードの身体能力は以前のセッテの2ランク下。
能力は自身のエネルギーを使用して実体化、固定した双剣だ。
以前ならディード相手なら兎も角、トーレには勝てなかっただろう。
だが今の再改造を受けたセッテの性能なら、二人相手でもどうとでもなる。
しかし、セッテが再改造を施されたように、彼女等も同じ改造を受けていないとは言い切れなかった。
判断するには、データの更新時期が若干古い。
「お前こそどういうつもりだ!! 何故、クアットロに暴行を加えて脱走した!? 怒る気持ちは分かるが、やりすぎだ」
「それは……」
怒鳴りつけられたセッテは答えに困った。
ウーノに言ったように「カッとなってやった。反省はしていない」などとトーレにいえば、問答無用で連行される事になるのは目に見えている。
セッテが返答に窮していると、説得をするためディードも口を開いた。
「トーレ姉さま。クアットロの件はどうでもいいですが、このままでは生みの親であるドクターを裏切ることになります。それはどうかと思いますよ」
「ディード、口を慎め。同じ姉妹だぞ」
口を挟んだディードは、感情的に腕を振るいトーレに言う。
「クアットロのやったことは許せません!! オットーをあんなものに…!!」
「口を慎めと言ったぞ。それについてはもうペナルティが加えられたはずだ」
「どこがですか!? ドクターの決めたことでも、あれじゃあ余りに…」
「黙っていろ!! 今はセッテを連れて帰るのが先だ」
渋々ディードが黙りこむと、トーレはセッテに向き直った。だがセッテの方は、むしろ黙らされたディードの方へ意識を傾けて言う。
「姉妹にあんなことが起きるようなところに戻りたくないって言うのは当然でしょう? むしろ二人も一度私と来ませんか?」
「馬鹿な事を言うな。無理の無いローテーションを組むには、人数は減らせん」
「そんなはずありません。ディード、貴方はどう思います?」
「私ですか? 私は……」
「答えなくていい」
答えようとするディードをトーレが睨みつけた。
「二人とも、ドクターがお待ちだ。戻るぞ」
「ディード、ドクターの所にいても良い稼動データを取る機会も少ない。貴方にそのつもりがあるのなら、私のように強化できる」
「……トーレ姉さま!! 私は、セッテ姉さまの言う事も一理あると思います」
現在の状況に不満があったのだろう、ディードはセッテの申し出にあっさりと乗り同調を示した。だがトーレは、セッテの言葉を聴いて殺気だっていた。眉間に皺を寄せたトーレがセッテを睨みつける。
「そのつもりがあるのなら!! セッテ。お前にその気はあるんだろうな。…それなら妹達のことを考えよう」
セッテはディードを一瞥し、一呼吸置いてから答えた。
「私はドクターの下へ戻るつもりはありません。戻るとすれば、ドクターを利用するか捕らえる時になるでしょう」
「ドクターは生みの親だぞ!? 光太郎に何を吹き込まれたのか知らないが、それを裏切るのか!!」
凄むトーレの手足についたエネルギー翼が輝きを増した。
多少疑問くらいは持っているのかもしれないが、ドクターに対して忠誠心を持っているのはディードも同じらしく咎めるような目をして双剣を構えようとしていた。
「兄様は何も。全く関係ないことです!! これは、私の意志です」
「そういうことか……!!」
舌打ちしたトーレがあらぬ方向を見る。ディードの後方、かなり遠くから何かが近づいてくる音が彼女等の耳に届いた。
飛行している音だが魔導師達のものとは若干音が異なっている。トーレとセッテの脳裏に浮かんだのはバッタに似た怪人の姿だった。
「もういい、お前も黙っていろ。お前は毒されている。ウーノといい、どうしてこうも簡単に敵に惑わされる」
苛立ち、ぼやくトーレが四肢に力を込めた。徐々に大きくなっていく音に、話し合う時間はもうほぼ無くなってしまっていた。
何かのきっかけを待つ時間も無く、ディードが加速を開始し瞬時に双剣を振り上げてセッテの背後に回り込む。
背後に回ったディードが剣を振り下ろし、セッテは横に跳んで逃れる。同時に、トーレは手の届く範囲まで踏み込んで妹に拳を叩き込んだ。
セッテは冷静に、空中で光る羽をつけた腕を掴んで止めた。威力で流れていく体を地面に足を着けて固定する。
トーレを援護しようとするディードへは、進行を阻むようにブーメランブレードを飛び回らせた。
ISによって更に加速していくトーレに押されながら、セッテは腕に力を込めていった。
乾いた土を削りながら押し込まれていく四肢が薄っすら光る。腹部に埋め込まれたレリックのエネルギーが体内を巡り、拳を輝かせていた。
打ち込もうとする気配を感じたトーレがセッテの体を蹴って強引に離脱する。
蹴り飛ばされたセッテは、勢いに逆らわず土煙をあげながら地面を滑っていった。
一旦離れたトーレが空中で方向を変えて、再びセッテに襲い掛かる。セッテは素早く握り締めていた手を開き姉に向けた。
拳に留まっていた光が、桃色の光線となって撃ち出される。
かわされてしまうことを予想して、周りへも砲撃を放つが、トーレはそれも全てかわしてセッテに接近してくる。
セッテは後方へと退きながら、砲撃を撃ち続けた。
再改造を施されたセッテの脚力、空戦能力は上がっていたが繰り返される砲撃を紙一重でかわし続けながらでさえトーレのスピードはセッテを上回っていた。
荒れた地面に足を取られないように気を払う余裕もセッテにはない。ちょっとした段差や、小石につまづかないことを祈りながら、背後へと跳んでいく。
バイクに追いつかれた時点で分かっていた事だが、改めて見せられたセッテは驚き……そして足を止めた。
足止めにもなっていない砲撃も撃つのを止めたセッテは、再び拳を握りこむと全身に力を込めていった。
スカリエッティは実に凝っていて、セッテが力を引き出すための動作を幾つか用意していた。
その通りに微かに両足を開き、腕を曲げると埋め込まれたレリックが微かに光り、先程を大きく上回る力がセッテの体を巡り片方の足を中心にボウッと光る……
感覚を研ぎ澄ませ獲物を待つセッテを見たトーレは、いつの間にかブーメランブレードを振り切り、再びセッテの背後を取ろうとするディードの腕を掴んだ。
そして二人は離脱していく。セッテは力を溜める為の構えを解いた。
すると直ぐに、空から見覚えのある姿が降りてきた。
「セッテ、無事か!!」
「はい。お久しぶりです」
バッタっぽい顔をした怪人は、何故か今日はボロい真っ赤なマントをつけていた。
ビロードっぽいような気もするが、何で出来ているのかセッテには良くわからなかった。
それに、緑色の稲妻がバッタっぽい体から大気へ流れていく。
その後方から聞こえるメガーヌ達を収容する為のものと思われるヘリの音にセッテは少し耳を傾けた。
音の感じでまだ少し時間がかかると判断したセッテは、乾いた地面に放置されている水槽等に遠慮せずRXに言う。
「暫く見ないうちに、その……イメージチェンジですか? 凄く派手ですが」
「そんなんじゃないっ、スカリエッティが……突然送りつけてきたデバイスなんだ。君達の固有武装に近いらしいが」
セッテを見て、安堵したRXは弁解するような口調で言う。
デバイス?が送られてきたのは少し前のことになる。
ゲル化した戦闘機人を倒した礼として、倒してから数日後には送られてきたのだがそのことを口にするのはRXには戸惑われた。
口調に違和感感じたのかセッテが重ねて尋ねる。
「どうしてゲル化して移動されなかったんですか?」
「それは、歩調をあわせる為だ。今俺は管理局の機動六課と協力してる。彼女等と余り離れすぎるのは良くないだろ?」
「わかりました。申し訳ありません、もしかしてゲルもどきになった姉妹のことで私達に気を使ったのかと思ってしまって……」
軽く頭を下げるセッテに、RXは何も言わなかった。二人とも仮面をつけていて、表情は変りようが無い。
「俺も聞いておきたいことがある」
「なんでしょう」
「どうしてまたスカリエッティの所からこちらに付く気になったんだ?」
「ドクターの所へはパワーアップしてもらう為に戻っただけですから。再改造が終わったので出てきました」
「よく無事だったな……」
「姉妹達は身内を洗脳したりするのは反対しますから、頼んでちゃんと見張っていてもらえば大丈夫ですよ。ウーノ姉さまが戻ったのはまた別の理由があるらしいですが」
「別の理由だって?」
「ええ。その放電もドクターのデザインですか?」
少し茶化すようにセッテが言う。
危険な代物かどうか調査する為に今まで手元に無かったが、今日の昼には調査が終わっていたらしい。
ティアナのことに関心が行っていて、デバイスは忘れられていたのだが、今回はヘリ…
他の六課の隊員達と共に出動するお陰で準備をしている間に運良くRXの手に渡された。
「アレは、俺が無駄に力を使いすぎてるせいらしい」
起動したデバイスは、血を連想するような趣味の悪い赤のマントに変り、RXの体に纏わりついた。
歳月で傷んだような風合いや、傷もあり何か意図されているのだろう。
以前ウーノに聞かせたドゥーエが誑かした男から聞き出した逸話に出てくる魔王をイメージして作ったそのデバイスをスカリエッティ自身は気に入っている。
あいにくスカリエッティが何をイメージしていたのか六課には全く伝わらなかったし、はやてだけは断固として『これは大きなマフラーだ』と言って譲らなかったが。
マントはRXの補助をするように設計されており、RXがまだ使うことは愚か意識すらしていない力の使い方を可能にすることが目的とされているようだった。
ここまではその使っていなかったキングストーンの力、それも新たに手に入れた『月の石』の力を主に使って超常現象に近いことを行ってきたのだ。
今は過剰なエネルギーが漏れ出して放電現象を起こす程度の技能しかないが。
恐らく長じれば、かつてのシャドームーンのように天候を変えたり、空間を移動することも可能になるのだろう。
「……セッテ。後で君の知っている情報を話してくれ」
「わかっています。お兄様が協力しているんですから、それくらいはやりましょう」
だが、と大した情報は持っていないというセッテはRXから簡単な話を聞きながら、バイクの所にいるルーテシアと近くに不時着したメガーヌの水槽の元へと案内する。
ヘリが到着し、荒れた砂地に転がるメガーヌ達が収容されたのは十数分後の事だった。
*
収容されたメガーヌは直ぐに医療施設へと搬送された。
ルーテシアも同施設に収容され、ザフィーラとシャマルが付き添う事になった。
無理やり連行したという経緯を聞かされたはやてが、目覚めた際にもし暴れだしたとしても対応できるようにと負荷の低い人員を回すことに決めた。
セッテだけは戦闘機人ということが判明している為、暫くは六課の宿舎に泊まることになっている。
戦闘機人の研究が禁止されている為、特殊な施設で無ければ精密検査をする事も出来ないらしく、予約も取りづらい。
説明されたRXは恐らくスバルを診ている人間なのだろうと気付いたが口には出さなかった。
以前助けた際にスバルとその姉が戦闘機人だと気付いたが、六課のどれくらいの人間がそれを把握しているのかRXは知らない。
「私達の技術に精通した人間はドクター以外殆どいませんから…検査する必要があるとも思えませんが」
「どうしてですか?」
「問題が見つかっても対処できる程の人間がいるとは思えません。いればドクターは他の分野の研究をしているはずです」
思わず尋ねたエリオは、セッテの返事にどう答えたらいいかわからないようだった。
「で、でも何かわかるかもしれませんし」
「サンプルにされるだけでしょう。何かあった場合は、お兄様に手を下して貰えばいいのです」
一緒にいたキャロがフォローしようとするが、セッテは素っ気無く返す。
返された内容に、その場に居合わせた六課の人間は動揺し、RXが強い口調で言う。
「セッテ。皆を余り驚かせないでくれ。もう少し言い方ってものがあるだろう」
「え……は、はい」
「それに俺は、お前を倒すのなんて真っ平だ」
レリックがセッテの中に埋め込まれていると知っていれば直ぐに行ったのだろう。
だが反応を隠す為の処置が施されており誰も気付きはしなかったし、何よりアルビーノ親子のことに皆の注意は引き付けられていた。
セッテがRXに従っているのでセッテに対する興味は、低くなっていた。
検査の時間までに聞く機会があるしその後も可能なことより、メガーヌの容態が気がかりだった。
そして、とりあえずセッテの一時的な拘留先は、RXの部屋ということになった。
「牢に入れられると思っていました」
「はやてちゃん達はそんなことしないって」
部屋に入り、扉が閉まるなりそう言ったセッテにRXは背中越しに答える。
彼女の好きな飲み物を出そうと冷蔵庫に向かうRXについて行きながら、セッテは部屋の中を物色する。
フェイトが持ち込んだサボテンを眺め、ヘッドギアを外して鉢に立てかけるようにして置く。
ベッドに腰掛けたセッテは光太郎が入居時に貰った枕を掴んだ。
「……こんな趣味でしたっけ?」
冷蔵庫を閉めて、二つコップを用意していたRXはメールに気付いてモニターを開いていた。
その内容を確認し、枕を掴んだセッテへ目を向ける。
「え? ああ、それはフェイトちゃんに……」
「私達がいなくなった途端女を連れ込んだわけですか」
「ば、馬鹿なことを言うなよ。やましいことはないって」
「それは良かった。変身を解かないんですか?」
慌てた様子で答えるRXに、特に気にした風も無くセッテは言う。
指摘されたRXはコップの中に粉をいれ、少量のお湯に溶かしていく。
その間変身を解くのをジッと待つセッテの視線に負けて、RXは変身を解いた。
それを見てから機嫌を良くしたのか少し笑ってからセッテは尋ねた。
「……もしやウーノ姉さまから連絡が来たんですか?」
「いや、友人の母親からだ。今度アクロバッターを持ってきてくれるらしい」
*
RX達がセッテ達と合流した頃、その報告はようやく首都で休んでいた責任者達の下へと流れついていた。
騒がしいアラーム音に邪魔をされ、大柄な人間2,3人は入りそうな布団が動きを止める。
ノロノロとまた動き、顔を出したのはレジアスだった。魔法能力のない彼は、枕元の端末を叩きモニターを表示させる。
「また問題でも起きた?」
「うむ……まぁな」
レジアスが開いたモニターには急を要する報告が短い文章で書かれている。
寝ぼけ顔などを見られないように寝室に入ってからは声のみか、文章で知らせるよう言ってあった。
セッテがスカリエッティの所から脱走した事が書かれており、これを報告した者にとっては兎も角レジアスには然程急を要する用件ではなかった。
布団から裸の腕を伸ばし、安心したレジアスは枕と頭の間に挟んだ。
すぐに内容を言わないレジアスの横に顔を出したドゥーエは頬杖をついた。
裸の肩が布団から一瞬出て、布団が引き上げられてまた隠れる。
「言えないなら」
「いや、そうではない。スカリエッティの所から戦闘機人が一名、アルビーノ親子を連れて脱出したらしい……」
「フーン……誰かしら?」
「恐らくRXと行動を共にしておったセッテだろう。能力的にウーノとは考えられんし、タイミングから言って他の戦闘機人でもない」
「セッテか……今度、会ってみたいわね」
「会っておらんのか?」
「ご老人の世話に、貴方の秘書。他の時間は何処にいるっけ?」
開いたモニターの光で爪を眺めるドゥーエにレジアスは反論はしなかった。
嵌められた指輪が光りを反射していた。
「助けが必要ならワシの方でも調整しておこう」
「ええ」
モニターを閉じたレジアスは、再び灯りの消えた部屋の中で隣を見つめた。
目が慣れて、カーテンの隙間から入る街の灯りで一見興味なさそうな顔のドゥーエが見えるようになってくる。髪を弄るのをレジアスは少しの間見つめた。
秘書に成りすましているのに気付いたのは偶然だった。改造されたドゥーエの妹達の一件がなければ、不自然な所など全く出さなかっただろう。
実際、ドゥーエはご老人……レジアスの飼い主である管理局の最高評議会メンバーの傍に秘書・メンテナンス担当として潜入しているらしい。
「…………ドゥーエ。聞いておきたいことがあるのだが」
「どうしてドクターを裏切ろうとしているのか? それとも、貴方とこうなった理由?」
「まぁ、……そうだ」
今更平凡過ぎる質問だったからか、ドゥーエが鼻で笑う。
「裏切ってるつもりは無いわ。まぁ妹にあそこまでやるようなドクターには愛想が尽きたけど……スマートだから」
「スマート?」
「仕事が。治安の回復にアインヘリヤル?海のエリート達にもここまで出来るのはそうはいないでしょ。っていうか、教導隊は何百いても貴方のタイプは半分もいないでしょ」
「フン……っ、ここまでやれば、誰にでも出来る」
レジアスは最高評議会に従い、汚い仕事に手を染めた自分を嘲笑った。ドゥーエはそんなレジアスに目を向けようともしなかった。
「ゼストの遺体を引き取る事は出来なかった。評議会が、ワシの首により強固な首輪をつける為に利用するつもりなのかもしれん」
「貴方はレジアス・ゲイズ」
不意に口を開いたドゥーエによってレジアスは、弱気に愚痴を零すのを止めた。
「魔法能力が無い地上の守護者。事実上の地上本部総司令……親友が死後も侮辱されようが貴方は職務を投げたりはしない。ミッドチルダをより安全にする」
「うむ……勿論だ」
早口にまくし立てられたレジアスは、威厳たっぷりに頷いた。
その厚い胸板に、ドゥーエが頭を乗せた。薄明かりが細められた瞳にも入って綺麗に見せていた。
「でもセッテや、私の姉妹は大事にしてもらう。だって義理の妹でしょ」
「う……い、いや!!」
思わず頷きかけたレジアスは首を振ろうとして、顎を掴まれた。
肉体を強化されているドゥーエの力は見た目以上に強く、指先で掴まれているだけの頭を振る事も出来ない。
素直に返事をしなかったレジアスを責めるように、ドゥーエの爪が肉に食い込む。
だが大事にというのがどういう意味か悟っていたレジアスは頷くわけにはいかなかった。
「まさか違うって言うのかしら。だとしたら私が勘違いしてた……」
「そうではない。しかしだな。特別扱いするわけにはいかん。むしろゼスト達がああなった以上私も」
「却下。ゼストは友達!! 彼の部下は他人!! 私達の方が大事にされるべきよ!!」
「だが」
「私のISは説明したわよね。それでも?」
「? ああ、うむ……ごほん、ライアーズ・マスクだったな。自身の体を変化させる変身偽装能力だと聞いたが」
「分かってないわね……」
よからぬ事を考えているとしか思えない含みのある笑みがドゥーエの顔に広がり、彼女の能力が使用される。
何故今更顔を変えるのか、レジアスが不思議に思う間もなく、彼女は美女から幼女に変身した。
レジアスは呆気に取られて何度も瞬きをするが、掴んでいる顎の骨を軋ませてドゥーエは正気に戻してやった。
「は?」
「別に体格を変えられないわけじゃあないわ」
「ありえん……」
レジアスは頬の筋肉を引きつらせながら目を逸らした。
「だって、髪の色が自由に変えられるのよ? 身長だって変えられるわ。だからってライダーの研究に感謝したりしないけど」
「意味が分からん!! 何故そんな姿になったかが全く理解できん!!」
変身魔法を使っていかがわしい真似をする空のエリートがいるという話は聞いたことがある。
だが、汚れ仕事をするよりも遥かに罪悪感が腹の底に溜まりそうなそれを自分で試す気はレジアスにはなかった。
「ロリから熟女、髪型体型お望みのまま、演技力も別人になりきれる程完璧」
そう言ってドゥーエは逃れようとするレジアスに強引に唇を重ねた。
「出勤し易いからオーリスとの同居も受け入れたわよね。一緒にトレーニングしてもいいし、ちょっとした犯罪者なら協力してくれれば姉妹達が片付けるようになるわよね……でもゼスト達はこんなことしてくれないわ。ほら!! 私の方が大事にされるべきでしょう?」
「殆どが公の利益になっておらんだろうが!! それに奴は友で、奴の部下達もミッドの治安を守るために手を」
「大事にするなとは言ってないわ、でも!! 私達の方が大事よね? 例えば六課にいるライダーより」
「だからと言ってあからさまに便宜をぐぐ……」
顎を掴む指の力が徐々に強くなっているのか、ぐうの音も出せないレジアスは自分の顎の骨が軋む音を聞かされた。
彼女の髪の色と同じ指輪を嵌めたことをちょっと早まったかもしれんと思ったが、他の誰が聞いてもレジアスを殴りはしても同意してくれないであろうことは明白だった。
とりあえずレジアスは顎の痛みに耐えながらうまくやれば陸の戦力アップに繋がるのだからとか、言い訳を考えることにした。
最終更新:2010年04月19日 22:31