セッテがRXと再会した翌日から、調査は開始された。

六課は捜査対象のスカリエッティの情報を欲しており、スカリエッティの所から脱出してきたセッテは情報を期待されていた。
セッテの扱いをRXの兄妹分とするか、スカリエッティの生み出した戦闘機人とするか……意見が分かれていることについてもどの程度協力的であるかで大きく変わる事になるだろう。

予定されていた時間より少し早く、RXの部屋になのはが入ってくる。
セッテでなければ他の人間が行うのだが、AMFの影響を受けないISと強化された肉体を持つ戦闘機人が相手では、六課の施設ではなのは達しか適任者がいないと判断されたからだった。
と言っても、なのは自身にはセッテを危険視する気持ちは全くないのかバリアジャケットさえ身につけていなかったが。

セッテは、自分の実力にそれ程自信があるのだと取って微かにスカリエッティの面影を感じさせる薄笑いを見せた。
『流石管理局のエースオブエース。そこにシビれる憧れるッ!!』とスバルがいたら拳を握ってくれたことだろう。

ちなみにフェイトも担当候補には上がっていたが、RXとの関係を考慮して止められた。

セッテより余程緊張した様子の光太郎がなのはを迎え入れ、セッテに飲み物を出させて……その後すぐに事件が発生したことを知ってそわそわとする。
なのはとセッテはそれを見て揃って出撃を勧めた。

「慌しい人だよね」

ゲルが完全に室内からなくなったのを見届けてからなのはが笑いかけると、セッテも釣られるように笑みを見せた。

「それで何をお話しすればいいでしょうか?」
「うん、まずはどうして私達に協力してくれる気になったか教えて欲しいの」

その雰囲気のままセッテは尋ねられたことに答え始めた。

「お兄様が協力されているからです。私はこれからも仕事を手伝っていきますから」
「そっか……信じるよ。じゃあセッテ。貴方が知ってることを『お話して欲しいの』」

満面の笑みを浮かべるなのはになんとなく圧迫感を感じたもののセッテは口を開いた。

「ええっと……何から話せばいいんでしょうか……?」

一番最初に浮かんだのは、六課のメンバーは凄いんだよと言っていた話で、『私もまだお目にかかったことはないが、なんでも彼女は1秒間に10回もSLBを連射しつつ『お話して欲しいの』発言が出来るらしい』だったが。
無論セッテも暫く光太郎やウーノと暮らした身。なのはの清らかな笑顔を見て思ったことをそのまま口にするのはグッと堪える位には人生経験を積んでいた。

「知ってることはなんでも教えて欲しいの。セッテにとって当たり前のことが私達にとっては重要なこともあるから……」

なのはの説明に、セッテは困ったような顔をするとなのはは子供を相手にするようにセッテに尋ねた。

「じゃあ、スカリエッティの目的や、計画。現在の居場所とかについて知ってることはある?」
「それなら。ドクターの目的や、計画していることの一部や、再改造された場所についてはお教えできます」
「本当!! ぜひ教えて」
「ウーノ姉さまから聞いた話になりますが、ドクターの目的は自由になることです。どうやってそれを実現するかについては私は教えられていません」
「え……ごめん。ちょっと気になったんだけど、今も自由にやってるよね?」
「スポンサーが煩わしい……だったような」
「そ、そんなことで!? 「え? はい」……それが誰かわかる?」
「いいえ。確か、ご老人方と呼んでいるのを何度か聞きましたがそれが誰かは……」
「ふ~ん……」

考え込むなのはに構わずセッテは言う。

「ドクターの計画の一部と再改造を施された場所ですが」
「あ、うん。じゃあ、先に場所を教えて……ありがとう。ちょっと待ってね」

求められるままセッテは知っていることを書き出し、なのははそれをはやて達に伝える。
同じ戦闘機人の姉妹や、作成者のスカリエッティを売るような行為は躊躇うかと思っていたはやて達は少し拍子抜けしていた。

その場所は直ぐに手のつけようのない発光するゲルに襲われるだろう。何か残って入ればの話だが。
情報を伝え終わったなのははモニターを切って再びセッテに尋ねた。

「お待たせ」
「私が聞いたのは、今後スバル・ナカジマかギンガ・ナカジマを確保するために私を投入するつもりだということです」
「スバルを!? ど、どうして……」
「それは私には……念のためにと言っていたくらいです」
「そう………………」
「お役に立てず申し訳ありません」
「ううん。すっごく助かるよ。あ、そうだ。セッテ。後、スカリエッティはRXさんに拘ってるようなところがあるけど、それはどうしてかわかる? 
コレまでスカリエッティが関わっていた事件から自己顕示欲が強いのは知ってるけど、最近はRXさんに興味津々だよね」
「私もそれについてはあまり詳しくは……機能に好奇心を持っているのは確かですが、姉さまによると今は本人に親近感を持っているとか」
「どういうことか、詳しく話してくれる?」
「…………お兄様の経歴がドクターの目的と重なっている、と考えているのかも……? とか。すいません、適当な事を言って。忘れてください」

自分でもあまり信じられないようなことなのか、途切れ途切れにセッテは言う。

「ううん……でも、RXさんはスカリエッティの事を敵だと思ってるのに、どうしてそう思ったのかな?」
「? ドクターはお兄様と復縁可能だと思っていますよ」

申し訳なさそうにしていたセッテが、そこだけは不思議そうに言った。
今度はなのはが困惑したように眉を寄せる。

「それは……どうしてなの?」
「私達が曲がりなりにもお兄様に受け入れられているからです。ドクターにとっては、本人がどう仰るかは分かりませんが、私達はドクターの一部ですから」

なのはが意味が理解できていないらしいことを見て取ったセッテが考えながら言う。

「ドクターは、……自分の作品が認められる事が自分が認められることだと思っている節があります。他に手段がないからだろうと姉さまは言ってましたが。
ですからドクターの作品である私達をお兄様が受け入れている限り、ドクターはお兄様が口ではどう言っても『自分のことは幾らか認められている』と考えるらしい、です」

他の情報と同じく、セッテ本人の考えではないようだが、これまでの内容を信じるなら同じくある程度信用出来る話になるのだろう。
なのはは、スカリエッティがそんな風に考えているとは思っても見なかったし、常識的に言えばなんとも嘘くさい理由だとしても。

「勿論そういう意味では、プロジェクトFの残影を使っている管理局に対しても同じような事を考えている節がありますが」

セッテの話を聞いたなのはは、それ以上の質問は止めた。
ちょうどはやてから連絡が入り、他の施設で検査を行う手続きができたことが伝えられる。
なのはは手続きが早すぎると感じたものの、セッテを誘って部屋を出た。

セッテは姉から聞いた話でしかスカリエッティについて知らないようだ……
その姉が最もスカリエッティについて知っているのかもしれないが、本当なのだろうか?

外へ連れ出すと、おかしなことに陸の方から手配された車がわざわざ迎えに来ていた。
ゆったりとした車に乗った快適な状態でセッテは移動し、施設ではいつもギンガとスバルを担当している者達と今回陸の方から追加で派遣された人員と機材が、セッテの到着を待っていた。
昨日依頼したばかりだというのに、人員も機材も揃いすぎていた。
同行していたフェイトが、気味が悪く感じる位に協力的な体勢が用意されていた。

 *

同じ頃、機動六課課長の八神はやて二等陸佐は108部隊の部隊長ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐と顔をつき合わせていた。
ミッドチルダ北部に所在する、陸士108部隊。その部隊長室で、二人は応接用のソファーに座って向かい合っていた。

「新部隊、中々調子いいみたいじゃねぇか」

自分の部隊を褒められたはやては、嬉しそうに微笑み謙遜してみせた。
以前ゲンヤの元で研修を行った際に親しくしていた二人は師弟関係のような間柄だった。

「RXのヤツもいるって噂だが、そこんとこどうなんだ?」
「ふふっ。師匠のことやから知ってるんとちゃいます?」
「さあな、あの野郎最近俺のとこにあんまり顔ださねぇからな」
「お! 師匠が時々会ってるって噂は本当やったんですか」
「まあな……、娘たちには内緒ってことにしといてくれよ」

思った以上に食いつくはやてに微苦笑を返して、ゲンヤは尋ねた。

「しかし、今日はどうした? 古巣の様子を見にわざわざ来るほど、暇な身でもねぇだろうに」
「愛弟子から師匠への、ちょっとしたお願いです」

そこで来室を知らせるブザーが鳴る。
ゲンヤが砕けた姿勢でソファにもたれかかったまま返事をすると、扉が開きはやてのデバイスでもあるリィン曹長が顔を出した。
次いで、急須と湯飲みを載せたお盆を持って、ロングヘアに大きな紫色のリボンをつけた少女が入ってくる。
部下のスバルと良く似た容貌を持つ彼女とは顔見知りの間柄であるはやてが嬉しそうに名を呼んだ。

「ギンガ!!」
「八神二佐、お久しぶりです」

ゲンヤの娘でスバルの姉、ギンガ・ナカジマ一等陸士。
ギンガは挨拶とお茶汲みを終えると、ゲンヤとはやての話の邪魔にならないよう、すぐに退室していく。
扉が閉められるとはやては直ぐに要件に入った。

「メガーヌ・アルビーノって言う人のこと知ってはります?」
「……うちのカミさんの同僚だったからな、よく知ってるぜ。彼女がどうかしたのか?」
「はい。実は先日、メガーヌさんとその娘さんをうちで保護することができたんです」
「ほぉ、詳しく教えてくれや」

ソファから身を乗り出したゲンヤに、はやてはメガーヌを保護することになった経緯を説明した。
その間に落ち着きを取り戻したゲンヤはまたソファにもたれかかり、神妙な顔つきで口を閉じた。

「そのセッテって子には礼を言わないといけねぇな」
「彼女の身柄は、陸の方へ移送されることになってます。それでなんですけど、師匠にお願いしたいことの一つ目は」
「二人のことか」
「はい」

ゲンヤは陸に身柄を移すことになった経緯は尋ねなかった。
陸で保護しているはずのメガーヌのことを頼まれる理由も含め、なんとなく察しはつく。

「八神の仲間が調べてるって件か……いいだろ。彼女らのことは引き受けた」
「それと………………私としてはこっちが本命というか、とても言いづらいことなんですけど」
「なんでぇ?」
「今朝、機動六課にスカリエッティがスバルとギンガを捕まえようとしているっていう情報が入ったんです」

メガーヌのことを快く引き受けたゲンヤも、それにはすぐに反応を返すことが出来なかった。
シワの刻まれた顔、ソファに食い込んだ指には汗がにじみ出ていた。

「…………あの子たちの元になった技術を生み出した野郎だったな」
「はい」

スバルとギンガの二人が戦闘機人であることをゲンヤははやてに話したことはない。
恐らく捜査の途中で戦闘機人について調べる内に自然と耳に入っていたのだろう。

「で、お願いしたいことって言うのはなんだ?」
「私がお願いしたいんは、密輸物のルート捜査なんです」
「お前んとこで扱ってる、ロストロギアか」

言いながらはやてが表示させたモニターには、ロストロギア・レリックが大きく映し出されていた。
ゲンヤは湯気の立ち上るお茶をちびちび飲みながら、データに目を通してゆく。

「それが通る可能性の高いルートが、いくつかあるんです。詳しくはリインがデータを持ってきてますので、後でお渡ししますが」
「ま、ウチの捜査部を使ってもらうのは構わねえし、密輸調査はウチの本業っちゃあ本業だ。頼まれねぇ事はねえんだが……」
「お願いします」

ゲンヤは言葉を続ける。

「八神よぅ。今になって、他の機動部隊や本局捜査部じゃなくてわざわざウチに来るのは、苦しくねぇか?」
「密輸ルートの捜査自体は彼らにも依頼しているんですが、地上のことは、やっぱり地上部隊が一番よく知ってますから」

滞りなく答えるはやてに、ゲンヤはデータを見つつ一時考え込む。
実のところをいうと、ゲンヤの率いる108部隊の管轄は既に上の指示で調査を行っている。
この10年足らずで二度もレリックの暴走による災害が起きたためだ。だが……要請内容自体に問題はない。
はやてのお願いしたいことというのは、この捜査協力を承諾することだったらしい。

「ま、筋は通ってるな。いいだろ、引き受けた。捜査主任はカルタスで、ギンガがその副官だ」
「はい。うちの方は、フェイトちゃんが捜査主任になりますから、ギンガもやりやすいんじゃないかと」
「はやて……頼んだぜ」
「任せてください。なのはちゃんもやる気でしたし、ギンガ用の新デバイスもスバル用に作ったのと同型機を調整して用意しますから」

複雑な表情で二人は視線を交わした。
お茶を出した後、はやてを待ち続けるリィンから出向の話を聞かされたギンガは歓声を挙げるのを堪えて声を抑えた。

「これは、凄く頑張らないといけませんね……RXさんもいるし!」

嬉しそうに付け加えるギンガに、リィンは彼女を真似して声量を抑える。

「はい!! あ、そうだ!! 捜査協力に当たって、六課からギンガに、デバイスを一機プレゼントするですよ」
「え? デバイスを?」

壁に張ってある数年前の、自分達が助けられた事件に関する記事の切り抜きを見つめていたギンガが、我に返ってリィンを見る。
費用対効果的に言って、陸では殆どの人間が安価なデバイスを支給されている。
そのため、スバルとほぼ同じタイプの魔道士であるギンガは、スバルと同じように母親の形見で、元々は両手用で1対2個だったリボルバーナックルの左手用と自前のデバイスを使っている。
(母の死後、スバルは右手用を使用している)

近代ベルカ式・陸戦Aランクの認定を受けているギンガでもそうなのだから、推して知るべしである。

「スバル用に作ったのと同型機で、ちゃんとギンガ用に調整するです」
「それはあの、凄く嬉しいんですけど……いいんでしょうか」

周囲に対して申し訳なさそうにギンガはリィンに尋ねた。
スバルがローラーブーツが壊れたのを機に、ローラーブーツ型のインテリジェントデバイス「マッハキャリバー」を受領したとメールで聞かされた際に少し羨ましく思っていたが、同僚を見ると素直には喜べなかった。

「だーいじょうぶです!! フェイトさんと一緒に走り回れるように立派な機体にするですよ」
「ありがとうございます。リィン曹長」

 *

「戻っていたのか」

事件を解決して宿舎に戻ってきたRXは、通路でシグナムに呼び止められて足を止めた。
部屋に戻ろうとしていた所だったが、RXの方にも彼女に尋ねたいことがあった。

「ああ。シグナムはセッテの処遇がどうなったか聞いてるかい?」
「うむ。主はやての話ではお前と同じような扱いにする予定だ。ただ……外部の動きに不審な点があるらしい」
「?」
「機動六課は突っ込み所がありすぎるからな」
「そうなのか?」
「ああ。陸にこれだけの戦力を貼り付けておくなんてことはないが、何より各部隊で保有できる戦力の合計は決まっている。本来なら主達が同じ部隊にいることさえできん」
「ちょっと待ってくれ。それだと、どうやって六課が出来たんだ?」

一つの部隊で沢山の優秀な魔道師を保有したい場合は、そこに上手く収まるよう魔力の出力リミッターをかけるのだとシグナムは言う。
はやて4ランク、隊長はだいたい2ランク程ダウンさせているとのことで、話を聞いたRXは理解はしたようで頷いた。
だが時折自分もフェイトの仕事を手伝っていたことを考えると、納得しがたいものはあるようだった。

レジアスから陸に戦力が足りないということも聞いている。
そしてミッドチルダは第一世界とされているのだが、レジアスが辣腕を振るう以前は現在よりずっと治安も悪かったという。
そんな状況があったにも関わらず今聞かされた裏技が認められているということは、管理局は既に活動範囲を大きくしすぎて処理能力の限界を超え破綻しかかっているのではないのかと感じられるのだ。

「"こんなことをしてるから陸の戦力が足りないんだ"か?」

考えていることそのままとは行かないが、かなり近いことを言われ返答に窮するRXにシグナムは笑いかけた。

「一応は私も陸の所属だからな。私の口からは言えんが、もちろんこんなことが許されるのにはそれなりの訳がある。それで、だ」

身振りで促しながら、シグナムは歩き出す。
方角が一致していたのでRXは黙って共に歩き出した。
理由について気にならないわけではなかったが、尋ねなかった。

今言ったことだけではなく、他にも突っ込みどころがある部隊にはそれだけの後ろ盾もついている。
そのお陰で面白く思っていない者たちも公然と非難できないようにしてあるのだが、その後見人はRXも知っているクロノ提督とリンディ総務統括官。
フェイトの家族である彼らは、同時に過去に難事件を何度も解決して管理局内でも影響力のある派閥でもある。
それに聖王教会の騎士カリムと、他にも非公式に何名か協力を約束してくれている方がいるらしい。
RXはカリムも他の非公式の人物も全く想像できないでいた。
RXより幾つも年若い彼らは、年数においてはRXの何倍も働いていることを実感させられる。

ちなみにRXは喫茶店を任されたり、叔父の会社でパイロットをした経験しかない。
こちらに来てからはバイトのみだった。

後見人の事についての知識がないものと思ったのか、シグナムは聖王教会について歩きがてらRXに教えてやった。

「だが陸の方はあまり伝手がなかった。何せレジアス中将閣下が主を嫌っているのだからな」

それなのに今回セッテの処遇に寛容的な態度を見せている。
検査などについても協力的で、六課が申請するつもりだった事が優先して処理されているらしい。

「レジアスが気を回してくれたんじゃないか?」
「(お前にはまだ教えてなかったことだが、)近く六課に陸の査察が行われる予定があったが、それも取り消されてな。流石に主達も気味悪がっていた」

そう言われるとRXも返す言葉がなかった。
レジアスがはやてを嫌っており、六課にもいい感情を持っていないのは間違いないのだ。
それがまさか『元々粗捜しだし嫁に脅されたから取り下げることにした』などと言うことになっているとは思いもよらなかった。
返答に困るRXに気づいて、シグナムは苦笑する。

「すまない。お前に言っても仕方ないことだったな」
「……確かにレジアスらしくはないな。わかった。今度会ったら俺からも聞いておくよ」
「頼む」

シグナムはそう言って足を止めた。
話し込んでいる間に二人はRXの部屋の近くへ着いていた。

「ではまたな。ああそうだ……いい忘れていたが、先程アルビーノ親子の件についても連絡が届いた。二人とも意識が戻ったらしい……身柄は陸の方に預けられることになったそうだ」
「そっか……」

短く言葉をかわして、二人は別れた。
部屋に戻ると、セッテはもう戻っていて部屋を片付けているようだった。

RXは変身を解いて自分がいなくなった後の尋問の様子や、検査の結果を尋ねた。
セッテは何を尋ねられたか素直に伝えたが、検査結果については言葉を濁した。

「ご相談したい事があるのですが、お時間いただけますか?」
「勿論さ」

遠慮がちに言うセッテに水臭いと思いつつ、光太郎は頷いて話を聞こうとした。

「実は、今日検査を受ける事が出来たのですが……今後段階的に変身が出来なくなっていくかもしれません」

訝しむRXにセッテは説明する。
光太郎はそれをベッドにもたれかかりながら聞いた。

今日検査を行ったのは陸で戦闘機人についての知識・経験の深い人物で、諸々の事情で管理局の戦闘機人計画が頓挫している今局内ではこの分野については間違いなくトップにいる。
その理由に、スバルとその姉ギンガが関係しているであろうことは過去に二人を救助した際、二人が戦闘機人であることに気付いた光太郎には察しがついたが、口は挟まなかった。

生命活動については何の問題もないことはすぐに分かった。
だが同時にセッテに組み込まれた変身機能・再改造で新たに埋め込まれたレリックと思しき超高エネルギー結晶体は確認はされたものの、現状手の施しようがないことも分かった。

他のエネルギー結晶体ならまだ幾つかの方法を試して対策を練られるのだが、レリックが大規模な災害を起こした第一級捜索指定ロストロギアであるため、対処はより困難になっている。

その為、今確かだと言えることは、セッテが普通に暮らしていくことに何の問題もないということ。
変身についてはよくわからないし、レリックについてはもっとよくわからないので、セッテの同意の下に研究するしかないということ。
レリックのエネルギーを利用する能力については衰えていくだろうということの三つだ。

基本的な性能も向上しているが、再改造されたセッテの最も大きな違いは体内に埋め込まれたレリックのエネルギーを利用することが出来るという点だ。
だがその能力については調整を行わなければ徐々に衰えていくだろうと予想されている。

この調整を行うことが出来る者は現在の管理局にはいない。
戦闘機人について表立って研究を行うことが出来ない管理局は、戦闘機人が持つISについてさえ十分なデータを持っておらず、RXのデータから生まれた変身の機能や体内に超高エネルギー結晶体を埋め込み、そこからエネルギーを供給するという方法も今まで考えられていなかった。
変身する種も戦艦の魔力炉から魔力供給を受ける魔導師も存在しているが、魔力を使わず人体に機能として埋め込むという手法は他に同じような効果を生み出す手段が既に存在している為存在しないのだ。

「話はわかったが、セッテの体は本当に大丈夫なのか?」
「勿論です。この話も殆どの人間には伝えられていません」

セッテ自体を危険に考える人間が出てくる可能性も当然あるが、その最有力であるレジアス中将が動いておらず情報は理解のある関係者の間だけに留まっている。
話を聞いたRXは少し考えて、「解決策にはならないが、『バイタルチャージ』っていうやり方がある」と言った。

「キングストーンの力を引き出すための動きがあるんだ。スイッチがついていれば楽なんだけどね……スカリエッティが俺を元にセッテの機能を考え付いたのなら同じような事ができるかもしれない」

光太郎の話を聞いて、セッテは納得したように頷いた。
脱出してトーレに襲われた時自然と使おうとしていたが、確かに力を引き出すための動きがあった。
スカリエッティは力を引き出すための動きをセッテに覚えさせている。

「あ!! それです。心当たりあります」

セッテがその動きを頭に思い描いているとそこにフェイトから通信が入った。
モニターが空中に開き、フェイトの顔が映る。背後には彼女の部屋と何らかのフィルターが掛かっているのか内容の見えないモニターが一つ開いていた。

「光太郎さんいますか?」
「ああ。どうしたんだい?」
「あ、こんにちわセッテ」
「こんにちわ」

セッテにも挨拶をしたフェイトは、彼女の周囲に開かれているモニターと光太郎の顔を交互に見ながら、躊躇いがちに口を開いた。

「ええっと……私も先程確認したばかりなんですけど、光太郎さんの所にも母から連絡が来てませんか?」
「ああそのことか!! アクロバッターを持ってきてくれるって話だろ?」
「はい。そのことなんですが、当日ヴィヴィオも一緒に来るみたいなんです」
「ヴィヴィオが!?」

それを聞いて、光太郎は困ったような顔を見せた。
予想していたのか、フェイトは驚きもせずに釘を指すように言う。

「……光太郎さん。楽しみにしてるみたいだから、会ってあげてくださいね」
「…………分かった」

暫く返答に迷った末に、光太郎は了承した。
その際に他の局員にも人間の姿を見せることになるのかもしれないが、共に行動するうちに警戒心が弱まったのかもしれなかった。
ヴィヴィオのことをよく知らないセッテが言う。

「ヴィヴィオというのは誰の事ですか?」
「ああそうか。ヴィヴィオは昔俺が助けた子だよ。フェイトの家に引き取られて元気にしてるらしい」

光太郎は助けた時のことを思い返して、つらつらとセッテに話していった。
その時にフェイトとも知りあったのだと言う光太郎がフェイトと一瞬目を合わせるのをセッテはじっと眺めていた。

「フェイトさん」

話が終わる頃に、セッテが口を開いた。
不意に呼ばれたフェイトは瞬きをしながらセッテに苦笑を返す。

「(前から思ってたんだけど、)呼び捨てにしてもらっていいよ」
「フェイトさん。少しお聞きしたい事があるのですが、後でお伺いしても構いませんか?」
「え、ええ。今日はこの後特に用事もないから、いつでもいいですよ」

すぐにフェイトの部屋に行こうとするセッテは、同じく立ち上がろうとしていた光太郎を手で制した。

「あ、私だけで。お兄様がいると話しづらいことですから」

一旦動きを止めていた光太郎は頷くと飲み物を取りに行くためにまた動き出した。
セッテはそれを少し見ていたが、部屋を出てフェイトのところへと向かっていった。
フェイトの部屋と光太郎の部屋はかなり近い場所に配置されていて、スカリエッティの手によって宿舎の詳細なデータも持っているセッテはすぐにそこへたどり着いた。

扉には鍵がかかっておらず、光太郎の部屋と全く同じように開いてセッテを迎え入れた。
フェイトは上着を脱いだだけの姿で二人分の飲み物を用意してセッテを待っていた。

「いらっしゃい。適当に座って」
「ありがとうございます」

促されるままにセッテは床に置かれたクッションの上に座る。
程なくお盆にクッキーと紅茶を載せてやってきたフェイトはその隣に腰掛けた。

「ちょうど良かった。私も聞いておきたいことがあったの」
「なんでしょう?」
「協力してくれたことにお礼がいいたかったし、セッテがどうしたいか聞いておきたくって。私達は出来る限り貴方の意向に沿う形になるように協力したいの」
「……以前と同じように活動したいと思っています」

そう言うと、クッキーを一かじりしてフェイトが言う。

「そうなんだ。じゃあ近くに泊まる所、早めに用意するね」

同じクッキーを一口で食べてしまいながら、セッテはそっけなく答えた。

「お構いなく。お兄様と同じ部屋を使いますから」
「それは、あそこは一人部屋だし、難しいんじゃないかな。ベッドだって一つしかないでしょ」
「はい。今度ソファベッドを探してきます」
「でも、ちょっと問題があるんじゃない? 光太郎さんはいつでも出かけちゃうし……」
「私もそれについていくつもりですから」

子供に言い聞かせるように言うフェイトに少し険のある顔をしてセッテは答えた。
今日も、検査などで拘束されていなければ共に向かうつもりだったのだと。

「そ、そうなんだ」

あまり強く言うつもりがないらしいことを感じたセッテは、自分の要件を言う。

「私の用件ですが、貴方とお兄様の関係について聞かせてもらえますか?」
「え? どうしてわかっちゃったのかな? わ、私と光太郎さんは……そ、そのお、お付き合いすることになったの」

照れながら言うフェイトの様子をセッテは紅茶を飲みながら観察する。
そのせいで少し間を開けたものの、先ほどと同じ調子でセッテは言う。

「そうでしたか。私も妹分として見守らせていただきますね」
「う、うん。よろしく……何か困ったことがあったら私にも相談してくれると嬉しいな」
「はい。フェイトさん」


それから他愛ない話を少ししてから、セッテはフェイトの部屋を後にした。
扉が閉まり、部屋から離れてからセッテは小さな声で呟く。

「ドゥーエ姉様の情報どおりですね」

今日の検査を行った人員のうち、陸から新たに回された人間の一人はISで姿を変えたドゥーエだった。
ドゥーエはうまく二人きりになる時間を作り、セッテにどうするつもりなのかと尋ねた。

セッテが生まれた時には既にドゥーエの任務は始まっていて、直接顔を合わせる機会は殆どなかった。
それにドゥーエは……先日殴り倒してきた誰かとは姉妹の中で一番縁が深い。

『トーレから機械的過ぎるなんて言われてたあのセッテがこんなことするなんて、皆驚いていたわよ』
『申し訳ありません』
『いいことじゃない。今度暇ができたら遊ぶ場所色々教えてあげるわ』
『……それは、ウーノ姉様に止められていますので』
『クアットロは私が教育係をしてたんだけど』

セッテの言葉を遮ったドゥーエの横顔をセッテは見た。
それは姉を見る目ではなく、必要なら排除することも躊躇わない強い意志を宿していた。
向けられたドゥーエはどこかスカリエッティやクアットロと似た笑みを浮かべた。
姉の表情を伺う妹が、突如として戦士の顔つきをしていた。

『そう。今レジーと暮らしてるのよね』

唐突に男女関係を明らかにする姉に、セッテは戸惑いを見せた。

『?』
『彼に頼んで、貴方達にとっても都合が良さそうな場所にセカンドハウスを用意してもらっちゃった。その時にその部屋も教えてあげようと思ったんだけど』
『ウーノ姉様には秘密ですよ』

姉の差し出した餌にあっさり食いつく妹の髪をドゥーエは撫でた。

『もちろんよ』
『そうだ。話は変わるけど今RXとフェイト・T・ハラオウンが付き合ってるらしいわ』
『……そうですか』
『…………? んん……まさか、セッテ………………』

ドゥーエから視線をはずし、少し険のある顔をするセッテをドゥーエは面白そうに眺めた。

『セッテ、ハラオウンは放っておきなさい』
『私には彼女に何かする予定はありませんが』
『彼女って積極的なのか奥手なのかよくわからないけど、どうせ海所属の執務官でしょ。ドクターを捕まえたら半年もせずに別の世界に行ってしまうわ』
『なるほど……ですが』
『RXは基本的にこっちにいるんだから、勝手にいなくなるもの。陸所属の人間の方が後々面倒よ』

部屋へと向かい歩き出していたセッテは、前方に長い赤髪を見つけて回想から立ち戻った。
RXの部屋はもう当の昔に通り過ぎている。
引き返そうと足を止めたセッテは、前方の赤髪の人物が自分を見つめている視線に気づき、見つめ返した。

「セッテか。こんなところでどうした?」
「部屋に戻るつもりだったのですが、考え事をしているうちに通り過ぎてしまったようです」
「そうか。それなら、私と模擬戦をしていかないか?」

何がそれならなのかバトルジャンキーではないセッテにはわからなかったが、もう少し行くと訓練施設があることはセッテもデータで知っていた。
しかもたった今シグナムがそちらからやってきたこともなんとなく察したが、セッテは頷いた。
シグナムは実に嬉しそうに笑いながら元来た道を戻り始める。

「シグナムさんは最近もお兄様と訓練をされているのですか?」
「うむ。奴はああだし、私も仕事で機会が減ってしまっているがな」

残念そうに語るシグナムに、セッテは何度も頷きながら言う。

「そうですか。よろしければ今度から私もご一緒して構いませんか?」
「勿論だ」
「よろしくお願いします」
「ああ」

セッテはそうして、シグナムと手合せをするようになった。
記念すべき一回目から、バトルジャンキーという褒められているとは言えないあだ名をつけられるシグナムと、直情的な所のあるセッテは上手く噛み合いすぎて熱くなり過ぎるほどで、セッテが持っている情報が六課に吸い出され、セッテが自由に六課内で過ごすようになるとその回数は少しずつ増え、内容の濃さも深くなっていくことになる。

つまり、何回目かには『どうしてこうなるまで放っておいたんだ……!!』と強盗や傷害、殺人犯達を精神的肉体的に後遺症が残りかねない程ぶん殴って帰宅したRXが言いだし、反省した六課の隊長達はそんな二人を程々で止める人手が必要とする羽目になり、手の空いていて二人に比する実力を持つという条件を満たす誰かが求められることになるのは早速必然だった。

もう少し率直な言い方をするならRXを轢く簡単なお仕事から解放された座敷犬が一匹監督につけられ体を張る羽目になるのだが、そうなるだろうなと容易に想像がつく第一回戦を見た者達は、教育に悪いから新人達の目には入れないようにしようとしか思わなかった。
手続きを終え、陸士108部隊から合流したギンガが、自分を歓迎する人々の中に一人包帯を巻いているザフィーラを見て、六課も日々危険な任務に身を投じているのだと心で理解して気を引き締めるのもまた誰も気にしなかった。

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最終更新:2010年04月20日 06:41