フェイトは思う。
出来る事なら、普通の女の娘として暮らしたかったと。
世界中にたった一人しか居ない、誰よりも大切な母親と、ここまで自分を育ててくれた恩師。
それから、幼い頃から苦楽を共にした、姉妹同然の使い魔と――本物の姉妹である、姉と。
皆が揃って、平和な毎日を送れて居たなら、どんなに幸せだっただろう。
自分の意思で空を飛んで、使い魔と共に魔法の訓練に励んで、それが終わったら、美味しい料理を作って待ってくれている母親。
一緒に食卓を囲む家族が居て、家族皆で笑い合える、幸せな生活。
だけど、それを叶える事は未来永劫不可能であった。
姉は……アリシアは、生まれる前に死んでしまった。
それが原因で母も狂い……虚数空間へと消えてしまった。
育ての親である師は姿を消して、残っているのは使い魔だけ。
だが、それでも今の日々が辛いなんて思った事は無かった。
何故なら、自分の事を大切に思ってくれる友達が、一緒に居るからだ。
だからフェイトは、過去の辛い境遇にも耐えられる。
だけど……もし、死んだと思っていた母が、生きて居たとしたら。
生きて居た母が、またしても悪事に手を染めようとしていたなら。
自分は、最後に残った娘として、一体何をしてあげられるだろう。
“どうすれば、母さんを救えるのだろう”
EPISODE.21 母子
次元空間航行艦船アースラ、会議室―――11:02 a.m.
未確認生命体第42号の撃破から、既に一日が経過していた。
今回の議題は他でも無い、昨日クウガが撃破した42号について、だ。
それぞれがテーブルに向かい合わせに座るという形は、既に何度と無く見なれた光景だった。
「――で、この傀儡兵についてだが」
と、話を続けるのはクロノ・ハラオウン。
クロノは神妙な面持ちで、言葉を続ける。
「前回の戦闘で破壊された傀儡兵の残骸を調べてみたところ」
フェイトが僅かに俯いた。
その様をちらりと横目で見たクロノが、その先を告げる事を一瞬躊躇ったかのように見えた。
きっとそれは、見間違いでは無かったのだろう。
「プレシア・テスタロッサが時の庭園で使用していた物と、完全に一致した」
声のトーンを落として、結論が述べられた。
結論を聞いたフェイトは何も言わずに、その表情を曇らせた。
予想通り、というか、やっぱりか、というか。そんな表情であった。
一方で、未だ状況を飲み込めて居ない者が一人。
雄介が、神妙な空気を破る様に、声を発した。
「あの~……時の庭園とか、傀儡兵って、何なんですかね……?
戦ってみた感じ、何かロボットっていうか、人形みたいな印象でしたけど」
雄介はまだ、プレシアに関する事実を知らない。
必要が無ければ、フェイトのトラウマとも言えるこの話をしないのは、当然と言えた。
さて、そんな雄介に、「私が説明します」とフェイト。
十数分の説明の後に、雄介は事のあらましを大体ではあったが、理解した。
プレシアには、アリシアという娘が居た事。アリシアは不幸な事故で死んでしまった事。
その代わりに生み出されたのが、フェイトである事。そして、そんなフェイトを、プレシアは愛さなかった事。
それがきっかけで起こった、なのは達が魔法と出会う事になった事件――PT事件。
以上の話を全て聞き終えた雄介は、言葉を失った。
「でもね、五代さん。勘違いしないで欲しいの。
彼女は……プレシアは、本当は優しいお母さんだったと思うの」
「はい……俺もそう思います」
苦々しげに告げるリンディの言葉を、雄介は肯定した。
きっとプレシアは、本当は優しい母親だったんだと思う。
だから狂おしいまでに一人娘を愛して……愛が故に、本当に狂ってしまった。
だけど……娘への愛の為にそんな事件を起こしてしまった事は、本当に悲しい事だと思う。
そしてもしも、そのプレシアが生きて居て、未確認事件と何らかの関連性も持っているのなら……。
「もしもプレシアが未確認事件の黒幕だったなら……極刑は免れないだろうな」
「……次元犯罪だけでなく、大量虐殺の罪まで付いちゃう訳だからね……」
「でも、まだプレシアさんが黒幕だって決まった訳じゃないんですよ……ね?」
神妙な面持ちで告げるエイミィに、質問するのは雄介。
そうだ。まだプレシア本人が、自分の意思で未確認と関わっているとは限らない。
プレシアがかつて使っていた“道具”が現れたからと言って、それが直接プレシアが黒幕という結果に繋がるとは限らないのだから。
「まあ、その件については一旦保留にしましょう。現状では憶測の域を出ませんから」とリンディ。
そうですね、と言いながら、表情を切り替えるフェイト。
本当の意味で本心から気持ちを切り替える事はまだ出来ないだろうが……
それでも、今は伝えねばならない事がある。
「42号が言ってたんです。アリサの持ってる“バックルのかけら”を返せ……って」
「バックルのかけら……?」
「うん、それを返せば命だけは助けてくれるって……
その時は、42号の口車に乗せられちゃいけないと思って耳を貸さなかったけど」
それに、42号の言葉はフェイトの心をも抉るようなものだった。
そんな言葉を深く考えて聞こうと思わないのも仕方の無い事と言える。
だけど、翌々考えてみれば42号は重要なヒントを教えてくれていたのだ。
「バックルのかけら……ね」
「あのー……それについては心当たりがあるんです」
「心当たり?」
「あ、はい。前にも言ったと思うんですけど、クウガと未確認の身体って、ほとんど同じらしいんですよね。
未確認にも俺のアマダムと同じような霊石があって、多分42号が言ってたのはそれの事じゃないかと思うんです」
察しのいいクロノは、その説明だけで雄介の言わんとする事を理解した。
クウガとしての雄介の身体の中枢を担っているのは、腹部のアマダムだ。
それがベルトとして顕在し、そこから全身へと神経状の組織が繋がっている。
「つまり、クウガのベルトと同じようなベルトが未確認にもあって、その欠片を42号が求めて居た……と、そういう事か」
果たして、その通りであった。
42号は何らかの未確認生命体が本来身に付けて居たバックルの欠片を求めて居た。
そして、それを所有しているのがアリサ……という可能性が高い。
だけど、これに関してもアリサ本人に確認を取らない事には何とも言えない。故に、現状で話せるのはここまでだ。
この事に関しては、後ほどアリサから話を聞くという事で、話がまとまった。
次の話題を出したのは、雄介であった。
伝えなければならない事が、最後に一つだけ残っているのだ。
一同に説明したのは「未確認に、電撃攻撃は御法度」という事。
どういう事かと尋ねる一同に、雄介は説明を続ける。
「クウガがビリビリ……金の力でパワーアップするって事は前にも話したと思うんですけど、
それと同じように、身体が殆ど同じ未確認もやっぱりパワーアップしちゃうんですよね」
非常に解りやすい説明であった。
電撃でパワーアップする未確認に対して、電撃による攻撃は無意味。
現に45号が金の力に力に目覚めつつあった事も併せて説明する。
だけど、その為に42号との戦いでフェイト達を退かせた、とは言わない。
フェイト達とは、決して短くはない時間を共に過ごしたのだ。
戦いの場で「電気の力は役立たずだから下ってくれ」だなんて、遠回しにも言える訳が無かった。
されど、そこまで説明してしまえば、やはり遠回しに一つの結論が導き出されてしまう。
「つまり……私は戦っちゃいけないって事、だね」
只でさえ沈んでいたフェイトが、苦々しげに呟いた。
この事件には母親が絡んでいるかもしれない。だけど、自分が戦う事は許されない。
誰よりも真相を知りたい筈のフェイトが、未確認との戦闘においては事実上“役立たず”。
そんな事実を突き付けられたフェイトの心中はやはり、穏やかでは無かった。
だが、そんな空気を破るのは五代雄介だ。
「ううん……フェイトちゃんだけじゃない。出来れば俺は、なのはちゃんにもクロノくんにも、未確認とは戦って欲しくないんだ」
「五代さん……僕達の身を案じてくれるのは嬉しいが、そんな心配は――」
「クロノ君、未確認には42号や45号とは比べ物にならない程、強くて、惨い奴が居るんだ」
雄介にしては珍しく、相手の言葉を遮って言葉を続けた。
46号や、0号。もしもあんな奴らが出てきたら、なのはちゃん達には絶対に前線に立たせる訳には行かない。
たった一つしかない命を、こんな下らない戦いで散らして欲しくはないのだ。
それを伝える雄介の表情も、ただならぬ神妙さを帯びて居た。
「そんな奴らが出てきたら、もしかしたら怪我じゃ済まなくなるかも知れない。」
「でも……、それは五代さんだって――」
「俺は大丈夫だよ。だって俺は、クウガだから」
今度はなのはの言葉を遮って、雄介が言った。
雄介の言葉には、どういう訳か安心してしまう妙な気迫があった。
なのはやクロノはまだ何か言おうとしていたようだが、今度はそれをリンディが遮る。
「解りました……今後未確認生命体との戦闘で、魔道師組が前線に出ることを禁じます」
「ありがとうございます、リンディ艦長」
果たして、リンディの艦長としての判断は正しいものと言える。
何も魔道師組に出来るのは、戦闘だけではない。42号との戦いの様に、どうしたって魔道師のサポートが必要になる時もある。
今後はそういった局面でのサポートに重きを置いて、未確認事件の解決に挑む。
そして何よりも、大きな理由がもう一つ。
本局からの辞令が下れば、リンディは艦長を引退する事になっている。
皆にはまだ言っていないが、既に艦長引退の旨は本局に伝えているのだ。
しかし、引退まであと僅かという時に未確認事件が起こってしまった。
あと僅かの間だけでも、自分は艦長を務めねばならない。だからこそ尚更、最後まで誰にも命を落として欲しくは無いのだ。
当然、クウガとして戦う雄介が危機に陥れば手段を選ばずに救出するつもりだし、死人を出すつもりは無い。
それを踏まえた上での判断であった。
◆
42号が起こした小学生連続殺人事件から、既に一週間が経過していた。
未だに世間は42号の連続殺人事件の話題で持ちきりで、ワイドショーでは毎日の様に報道されていた。
それを見る度に胸を痛める事になるのは、仕方の無い事だったし、それはもうどうにもならない。
雄介やなのは達に出来るのは、今後こんな被害を出さない様に、もっと早く行動に出る事くらいだ。
この事件に係わった皆が皆、そんな決意を固めて、束の間の平和を享受していたある日の事。
「フェイト……?」
ハラオウン一家が暮らす部屋のリビング、その食卓での出来事。
声を掛けたのは、穏やかな面持で昼食を口へと運ぶリンディ。
声を掛けられたのは、リンディと向かい合って座るフェイト。
他には誰も居ない、二人きりの昼下がりであった。
「どうかしたの、母さん?」
「大した用事じゃないんだけど、少し話がしたくて」
くすっ、と笑うリンディに、フェイトも釣られて笑みを浮かべた。
42号が起こした社会的混乱は相当な物で、未だに臨時休校は続いていた。
だからフェイトが家に居て、クロノは何らかの用事で本局に向かっている。
母親と娘が二人きりになれるのは、本当に久しぶりなのであった。
「やっぱりプレシアさんの事、気になるわよね」
「え……いきなり何を……」
「最近の貴女、少し元気が無かったから」
「ううん、そんな事ないよ。私は今でも十分幸せだし……」
今の家庭が幸せだと、フェイトは微笑みを浮かべた。恐らくそれは本当の事だろう。
だけど、だからこそフェイトは気を使って、プレシアの話題を出そうとしない。
母親として接するリンディが居ながら、前の母親の話をする事はリンディに失礼だ、なんて思っているのだろう。
心優しいフェイトであるからして、仮にも母親を勤めるリンディには、それが手に取る様に解るのであった。
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……無理はして欲しくないわ」
「だから、私、無理だなんて……」
「生き別れになった本当のお母さんが、もしかしたら生きて居るかも知れない……
もしも私がフェイトの立場だったら、きっと夜も眠れないくらい気になると思うんだけど」
フェイトの、食器を動かす手が止まった。
果たして、リンディの言った事は正解であった。
ここ数日というもの、フェイトはろくに寝付けていない。
「もしフェイトがそうやって悩んでいるのなら、母親としてはとても心配なの」
「……ごめん、なさい」
居心地悪そうに、フェイトが呟いた。
苦笑いと一緒に溜息を漏らして、リンディが続ける。
「いい、フェイト? どんな理由があれ、私は貴女の母親で、貴女は私の娘なの。
困ってる事とか、相談したい事とか、遠慮せずに話してくれないと、私はとっても心配してしまうの」
「でも……プレシア母さんだって本当に生きているのか解らないし、今はどうしようもないから……」
「だからって、一人で抱え込んでちゃ余計に寂しくなるだけよ?」
果たして、リンディの言う事は正しかった。
事実として、フェイトの悩みは誰にも相談出来る筈も無い。
それと言うのも、誰かに心配をかけたくないというフェイトの優しさからのもの。
だからリンディも、その優しさを責めるつもりはない。娘を心配する母親の面持ちで、フェイトを見詰めた。
そんなリンディに多少心を許したのか、フェイトが苦々しげに口を開いた。
「プレシア母さんも気になるけど……私はもう、戦闘でも役に立たないし……
そう考えたら、何だか苦しくなって……母さんを助けたいのに、何も出来なくって」
「フェイト……」
助ける、というのは恐らく精神的な面で、という事だろう。
もしもプレシアが生きているのなら、今度こそその心の闇から救い出したい。そう考えているのだろう。
「何も出来ないなんて、とんでもないわ。貴女は優秀な魔道師で、貴女にしか出来ない仕事だってあるわ」
「私にしか出来ない仕事……?」
「ええ……魔道師として、アルフやなのはさん達と一緒に五代さんのサポートをしたり、それに――」
「それに……?」
一旦言葉を止めた。
それから、意を決した様に告げる。
「それに……もしもプレシアさんが生きていたら、もう一度彼女と対話が出来るのはきっと、貴女だけよ」
「私に、出来るかな……」
「出来るわ。きっと、貴女なら」
「でも、プレシア母さんは私を愛してないから……私は、アリシアじゃないから……」
「フェイト……」
それから、リンディはおもむろに立ち上がった。
テーブルを挟んで向かい側に座るフェイトの右隣へと歩み寄った。
脅える様な瞳で、何事かと見上げるフェイト。リンディは黙ったまま、その腕を伸ばした。
「――ッ!?」
フェイトの、声にならない呻き声が漏れた。
リンディが、その腕に、その胸に、フェイトの頭を抱いたのだ。
豊満な胸に頭を埋め、ぎゅっと強く抱き締める。
「確かに貴女はアリシアじゃない……ううん、アリシアである必要なんかないのよ。貴女はフェイトなんだから」
「でも……、私はアリシアじゃないから、プレシア母さんに愛されなかった……私は嫌われてるから……」
「貴女は嫌われてなんかいないわ。現に私は貴女を愛しているもの。世界中の皆が貴女を嫌っても、私は貴女を愛し続けるわ。
私の娘のフェイト。この世界にたった一人しか居ない、大切な大切な私の娘のフェイト・T・ハラオウン」
「リンディ……母、さん……」
震える声で、母の名を呼んだ。
大きな腕に抱かれながら、フェイトは小刻みに震えて居た。
気付けばフェイトの瞳からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちていた。
「プレシア母さんも……昔はこうして抱いてくれた……
家事を手伝って、褒めて貰った時……一緒にピクニックに行った時……何かあれば、いつだって優しく抱き締めてくれた……
……でもそれは、本当は私の記憶じゃなくて、アリシアの記憶で……ひっく」
「ごめんなさいね、フェイト……昔の事、思い出させちゃったかしら」
困ったような表情を浮かべて、リンディはそっとフェイトの頭をかき抱いた。
だけど、フェイトの涙は止まらない。優しく撫でれば撫でる程、涙はぽろぽろと流れ続ける。
一拍の間を置いてから、フェイトが震える声で言った。
「ごめんなさい……リンディ母さんは、悪くないから……
だから、出来れば……もう暫くこのまま……」
リンディは、慈愛に満ちた笑みを浮かべて、フェイトを強く抱いた。
思えば、フェイトが涙を流す姿を直接見たのは初めてではなかろうか。
周囲に心配を掛けまいと、フェイトはいつだって自分の心の中にしまい込んできた。
悲しみや、寂しさを、ずっとしまい込んで来た、閉ざされたままの心の扉。
そんな心の扉を開ける為の鍵になったのが、リンディであった。
「ええ……泣きたいときは、泣けばいいのよ。いつも強がってばかりじゃ、誰だって身が持たなくなるわ」
「私……なのはやはやてに、心配をかけたくなかったから……」
「なのはさんもはやてさんも、それを迷惑だなんて思わないわ。あの子達は真剣にフェイトの話を聞いてくれる
それは、フェイト自身が一番良く解っている筈よ。違って?」
何も違いはしない。
なのはもはやても、クロノやアルフだって、フェイトの事を本気で心配してくれる。
親友が悩んでいるとあらば、なのはなんかは他をほっぽり出してでも話をしようとするだろう。
はやて達だって同じだ。やり方は違えど、フェイトを思う心はなのはと何も変わらない。
フェイト自身もそれを理解しているからこそ、答える事が出来なかった。
「いい、フェイト? 絶対に諦めちゃ駄目よ。もしもプレシアさんが生きていたなら、もう一度ちゃんと話をするの。
今の貴女なら、今度はきっと大丈夫。きっと、プレシアさんを助けられる。ううん……絶対にプレシアさんを救い出せる。私はそう思うわ」
力強い眼差しで、リンディはそう告げた。
気付けばフェイトは、心の中に温かい何かが満ち満ちているような感覚を覚えていた。
こうしてリンディに抱き締められて、力強い眼差しでこう言われれば、頑張ろうと思えてくるのだ。
プレシアが生きている保証は何処にも無いが……もしも生きているのなら、もう一度話をしよう。
一度は諦めた筈なのに、不思議なものだな、とフェイトは思った。
「アースラ艦長として一緒に居られる時間はあと少ししかないけれど……
それでも私は、貴女の母親として、貴女を信じて応援し続けるから……だから、絶対に諦めないで」
「え……え? アースラ艦長としてって……どういう……」
「あ、ああ……まだ言って無かったわね」
胸から頭を持ち上げ、そっと見上げれば、リンディは気まずそうに苦笑いを浮かべて居た。
それからややあって、フェイトはリンディから事のあらましを聞いた。
聞けばリンディは、元々艦長を引退するつもりだったらしい。
未確認事件が始まる少し前に、本局にその旨を伝えていた事。
アースラ次艦長として、クロノを推薦しておいた事。
そして、今日はクロノが新艦長就任に関する案件で本局に赴いている事。
この話はまだ必要最低限の人員……クロノとエイミィにしか知らされておらず、他は誰も知らない事。
全ての話を聞き終えて、フェイトは何処か感慨深い思いに駆られた。
「じゃあ、母さんと一緒に仕事が出来るのは、あと少しだけなんだ……」
「そういう事に、なっちゃうわね……でも、あなた達の母親って事に変わりは無いから、安心してね?」
「あ、そっか……リンディ母さん、専業主婦になっちゃうんだ……」
艦長を辞めるという事は、つまりはそういう事だ。
正確には本局の仕事も少なからずあるだろうし、専業主婦という訳ではないのだが……。
だけど、炊事洗濯などの家事に専念するリンディを想像すれば、どういう訳か可笑しくなってくる。
気付けばフェイトはくすりと笑っていた。
「そうね、それにこれからはもっとフェイトと一緒に居られるわ。貴女だって本当ならもっと母親に甘えていたい年頃でしょうし」
「もう、母さんったら……」
悪戯っぽく笑うリンディに、フェイトは僅かに頬を赤らめた。
リンディの言う通り、フェイトはまだ10歳で、小学4年生の女の子。
普通ならまだ親に甘えている年齢だし、フェイトの様な人格の人間の方が珍しいのだ。
暫しの談笑を続けた後に、フェイトが口を開いた。
「あの、リンディ母さん……」
「ん? 何かしら、フェイト?」
「私、母さんに愛してるって言われて、凄く嬉しかった……
これからもリンディ母さんと一緒にいられるなら、私は本当に、本当に嬉しい……」
少しばかり恥ずかしそうに、顔を俯かせる。
伝えなければならない事がある。言わなければならない事がある。
恥ずかしくても、照れくさくても、自分はそれをリンディに伝えなければならない。
だからフェイトは意を決して……心からの声を絞り出した。
「あの、だから……その……
私のお母さんになってくれて――本当に、ありがとう」
何処までも幸せそうな、年相応の少女の笑顔が、そこに輝いていた。
最終更新:2011年01月23日 21:35