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「……い……いいのか…? …これで……」
アテネス兵に銃身で殴られた口から血を滴らせつつ
自分と同じく捕縛されたミレニル部隊の隊員であるロギンが問う。
「……ああ」
「……将軍に……伝えておくことが……あるか…?」
「無い」
微かな笑みを浮かべると、先程自分を止めようとしてロギンに殴られ
気絶しているであろう隣の男を見つめる。
「―――だが そいつには伝えておいてくれ もう意識が無いようだからな」
そこでいったん言葉を区切る。
「……おまえの言うとおりだ…
何でも出来ると思ってるし それは今も変わらない」
―――だが、とさらに言葉を続ける。
「ひとつだけどうしても出来ない事があるとわかった
おまえなら簡単に出来る事なんだろうが…俺には度し難い」
「……なんだそれは…?」
ロギンの問いに皮肉気な笑みを浮かべると青年は答えた。
「――――――だ!」
ロギンが目を見開く。
そんなロギンを見ておかしそうに笑い
「……ま 冗談だ…。飽きたから先に逝く!」
「―――じゃあな」と踵を返し、
古代ゴゥレムの搭乗士を処刑しようと待ち受けるアテネスの敵将
ボルキュスに向かって歩き出す。
自分が身代わりになったくすんだ金髪の男、
本当の古代ゴゥレムの搭乗士であるライガット・アローが
朧げに意識を保ち、自分の言葉を聞いていることには気づかずに…

そしてボルキュスがプレスガンを目の前に突きつける。
プレスガンの発射音 額に弾丸の当たる感触と共に視界は暗転し意識は途切れた。

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自分は死んだはずだ…。
大の字になったまま青い空を見つめながら、眼鏡を掛けた赤い長髪の青年は考える。

彼は神など信じていない。
信仰深い宗教大国オーランドの民ならば、
この状況を彼らの言う「天国」と認識し喜ぶのかもしれない。
だがあいにく彼は信心深くもなく、この理解できない状況を無邪気に喜ぶほど純粋でもなかった。

(どこだここは?)
当然の疑問が彼の頭をよぎる。
その場所は彼が地に倒れ伏したであろう荒野ではなく。
見覚えのない小さな草原だった。
彼が生まれ育ったクリシュナ王国の首都ビノンテンには
他国を見ても類を見ない大オアシスがあり
それなりに豊かな草木も存在していた。
だがこんな、空以外はあたり一面草木だらけの風景など
彼が存在『していた』クルゾン大陸にはあるはずがない。
あの大地は千年以上前に化石燃料が枯渇し荒廃した大地が広がる世界だ。

もしかしたらどこかの農場なのか?
だが、万に一つあの状況で命が助かり移送されていたとしても
こんな場所に放置されるなどありえない。
撃たれたであろう額に手をやるが傷の跡は見られない。
半身を起こし、自分の状態を確認する。
処刑された時に身に付けていたクリシュナの騎士の証であるコートは羽織られていない。
プレスガンもない(捕虜にされた時点で取り上げられていたので当然だが)
なのになぜか戦闘で壊れたはずのメガネはついている
黒のシャツと軍装のズボンとブーツ、所持品は特に無し。

ふっと息をつき立ち上がる。
このまま考え込んでいても仕方がない、
理解できない状況であろうと自分が呼吸しているのであることは確かなようだ。
身体にも特に異常はなさそうである。
ならば今は考え込むより行動し、現状を把握するべきだろう。
そう結論を下して一歩目を踏み出そうとした瞬間

「動かないでください!」
声とほぼ同時に足元に桃色の光弾が着弾した。
視線を動かし声の主を見つけて思わず目を見開く。
なんとその声の持ち主は宙に浮いていたのだ。

白を基調とした服に茶色のツインテール。
そして手にはこちらを撃った銃だろうか? 長い獲物を持っている。
その女性は顔に微かな警戒の色を浮かべ、こちらに獲物を突きつけている。
相手は女性だがこちらは丸腰、しかも現在の状況がまるでつかめていない。
ならば取る行動など一つしかない、
無抵抗の証として両手を上げる。
そういえばアテネス軍に捕虜にされたときにもとった行動だ。
思い出して苦笑する。
もっとも今は相手は銃(?)を構えた女性一人。
前はアテネスの本隊である100台強のゴゥレムに囲まれた状況という違いはあったが…

こちらの意図を察したのか女性は高度を下げ、多少の距離を保って地に降り立つ。
銃に見えたものはどうやら杖のようであり、それはこちらに突きつけられたままだ。
そして女性は口を開いた。
「時空管理局です、あなたを拘束します」
「了解した」
「…へっ?」
即答すると女性はポカンと口をあけてあっけに取られたような顔になった。
「どうかしたのか?」
尋ねると女性は考え込むような顔をしてこちらに問い掛けてきた。
「あの…一応確認しますけど、ミッドチルダの方じゃないですよね?」
ミッドチルダ? 地名だろうか? 少なくとも記憶の中にそんな単語は無い。
「地名か? 聞き覚えは無い」
そう答えると女性はますます難しい顔をして尋ねてきた。
「いきなり『拘束します』なんて言われたら普通戸惑うと思うんだけど…」

ああ、そういうことか。
「こちらは丸腰でここかどこかも、なぜこんなところにいるのかもわからない。
そんな状態で武器を突きつけられて抵抗するなと言われれば選択の余地など無い、違うか?」
涼しい顔をして答えると女性は「うっ…」と言葉に詰まる。
「それは確かにそうなんだけど…う~ん、まぁいっか
え~と、改めまして。私は時空管理局所属の高町なのはです。
この付近で起こった時空震の参考人としてあなたを拘束します」
「わかった」
「…えっとぉ~、何回も聞くようですけど本当にこの付近に住んでたりする方じゃないですよね?
時空震ってわかりますか?」
「なんだそれは?」

その女性―――高町なのはは戸惑っていた。
ある日、ミッドチルダでそれなりに大規模な時空震が発生した。
調査のため現場に急行したところ、一人の男が時空震が起こったであろう現場の中心に倒れていた。
起こしたのか巻き込まれたのか、どちらにせよ彼が関係していることには違いないだろう。
起こした側なら逃亡や何かしらの抵抗をするだろう。
巻き込まれた側ならば当惑し、こちらの登場に何らかのリアクションをするだろう。
だがそのどちらでもなく、飄々とした態度のままこちらの指示に従ってくれた。
ありがたい事はありがたいのだが、どことなく釈然としないものが残る。
両手にバインドを掛けた時は驚いた様子があるので恐らくは時空震に巻き込まれた側の人間だろう。
輸送ヘリの到着時「へぇ…」という感嘆の声が聞こえたような気がしたが移送中も涼しい顔を崩さないままだった。
なのはの任務は現場の状況確認及び関係者と見られる人物がいれば確保
または保護することであって尋問ではない。
だが、彼女は性格的に敵対相手であってもとにかく話をしたがる人物である。
当然色々と話し掛けては見るのだが…
「えっと、あなたはどこから来たのかな?」
「……」
「眼鏡つけてるけど目、悪いの?」
「……」
彼は他愛ない話を振っても目を閉じ薄く笑みを浮かべたまま答える事は無い。
どうやら状況が把握できるまで完全黙秘を貫くつもりのようだ。
ハァ…とため息をつき、もう一度なのはは男に話し掛けた。

「喋るつもりが無いのはわかったけど…
この先ちゃんとした事情聴取もあるんだし名前くらいは教えてほしいな」
すると男は目を開け、ヘリに乗ってから初めて言葉を発した
「ジルグ」
「ジルグさんかぁ。私はさっきも名乗ったからわかってると思うけど『高町なのは』
この後管理局で聴取があると思うけど…また会う機会もあるかしれないから
その時はちゃんとお話してほしいな」
「……」
また黙秘。
むぅと頬を膨らませるがまったく気にした様子も無い。
これが管理局のエースオブエースと異世界のゴゥレムの搭乗士ジルグとの
何の面白みのかけらも無い初対面であった。

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最終更新:2010年09月03日 20:15