輸送ヘリが管理局内の敷地に降り立ち、
出迎えるように制服を着た一人の女性が姿をあらわす。
「はやてちゃん、ただいま~」
「お、ご苦労さんなのはちゃん。後ろにいる人が現場にいた人なん?」
「そうなんだけど…名前以外何にも喋ってくれないんだよね」
「そうなん? 無口な人なんかな?」

そして目の前のやり取りをよそに管理局の建物を興味深そうに眺めるジルグ。
「はじめまして、うちは時空管理局、本局古代遺物管理部所属二等陸佐の八神はやてや。
しばらくジルグさんを預かっていろいろ聞いたりすることになると思うからよろしゅうな」
「わかった、こちらも情報がほしい。
一応確認しておきたいが…ここはアテネス領ではないな?」
なんではやてちゃんには普通に喋るのー!
というなのはの抗議を無視しつつはやては答える。
「ん~アテネス? 聞き覚えは無いなぁ…
あー、あくまで参考人扱いやから別にとって食ったりせえへんから安心しといてな?
「聞き覚えが…無い?」
それはどういう意味だ? という言葉をジルグは飲み込む。

空を飛ぶ女性や乗り物、見たことも無い造りの建物。
これまで表情にこそ出さなかったが、さしものの彼もかなり混乱した状態であった。
なのはと話さなかったのも余計な情報を相手に与えない為でもあったが
もう半分は混乱している内心を悟られない為である。

今のやりとりからすると目の前にいる『八神はやて』なる女性は二等陸佐と名乗った
二等というのが微妙だと思ったが佐官であるならある程度の地位がある人物のようだ。
若すぎる、とも思ったが地位など出自などでどうにでもなる、
ということをジルグは身をもってよく知っていた。
ここはおとなしく聴取を受け、状況の確認と整理をするべきだろう。
そう考えたジルグであったが……

「違う世界…だと?」
「ん~、まぁそういうこっちゃな」
ジルグの反応をまるで当然のように受け取るはやて。
「そんな話が信じられるとでも?」
「別に信じなくてもええけど事実は変わらんで?」
管理局の一室、そこでジルグは聴取を受けていた。
実際は聴取と言うより、まずははやてからこの世界の説明をされたわけなのだが。
「少なくとも今のジルグさんの反応は今まで飛ばされてきた人たちと同じやで」
かなり落ち着いてるほうやけどな、と付け足しお茶を口にする。
ジルグは、というと無言で考え込んでいる。
考えてみれば目が覚めてから色々と自分の常識では起こり得ないことが連続して起こっている。
というより起こりすぎだ。
そもそも自分がこうして生きていることが本来有り得ない。
確かに『ここは魔法の異世界です♪』なんて結論をあっさり受け入れられれば
今まで起こったことは説明できる。
だがそんな説明をあっさり受け入れられるのは小さな子供くらいである。
そしてライガットに「おまえはガキだ」と言われたジルグではあったが
理性と言う点に関しては幸か不幸か大人のほうに属する。

「なのはちゃんの話だとバインド掛けられたときは驚いとったようやし
ジルグさんのいた世界には魔法はなかったんちがう?
この世界にはある、それが結論や」
なんやったらまたバインドかけてみよか?
そう言って笑うはやて。
「とりあえず……そういうことにしておく」
そもそも自分がこうして息をしている事が本来有り得ないのだ。
今更異世界だからと言って驚いても仕方あるまい。
無理やり結論を下したジルグにはやては本題を切り出した。
「そんなら聴取、はじめよか?」

聴取の内容は主にジルグのいた世界に関する情報、及びジルグ個人の情報である。
万が一時空震を発生させられるような科学力、または魔力を所有する世界の出身で
ジルグがその関係者だとすれば、重要参考人として『協力』してもらうことになる。
だが、はやての危惧は幸いにも外れたようだ。

少なくともジルグのいた世界、クルゾン大陸にはそのようなレベルの科学は存在していない。
当然はやてからすればジルグが隠しているという可能性もあるが、
今のところそれを確かめる術もないし、話を聞きだすことに集中する。

ジルグの話すところによると、
文明レベル的にははやてやなのはが生まれた世界で言うところの中世あたりだろう。
ただ一つ、魔導兵器ゴゥレムの存在を除いては…
「つまりジルグさんのいた世界では人は石英を動かす『魔力』を持っていて
生活用品から兵器まで、全部石英を使った生活をしとる、と」
「そうだ、ただ稀に全く魔力を持たないものも生まれるらしいな」
あの能無しのことをふと思い出す。
自分が死んだ後、奴はどうしているのだろうか。
あのお人よしの事だ
慙愧の念に駆られているのだろうか?
それとも復讐心に身を委ねているのだろうか?
まぁあちらで『死んだ』自分が何を思っても意味が無い。
「そういう人はどうやって生活するん?」
「昔は間引きされていたらしいな」
「まっ、間引き!?」
「今は魔導器具を使わずに生活しているようだな」
他人事のような顔でしれっと語る。
「そ、そうか…それならええんやけど」

ジルグの話の中ではやてが注目したのは『化石燃料が枯渇した世界』というワードだった。
それはつまりジルグが未来世界の地球人だという事だろうか?
だとすると面倒なことになる。
平行世界ならば探し出して送り返すことも出来るが、
過去や未来の世界に行く技術は管理局には無いのだ。
ただ、どちらにせよジルグの住んでいた世界の探索は
管理局の時空捜査部門に委ねることになるので
情報を引き出す以上の事ははやてにはできない。
世界特定に必要な情報の聴取は一通り終わり、話はジルグ個人に移っていった。

「んで、ジルグさん自身についての事なんやけど」
「さっき話したクリシュナ王国の重騎士でゴゥレム乗り、以上」
「それだけ?」
「それだけ」
「ん~」とはやては首を捻って唸る。
「もっと…こう、なんかあらへん? 趣味とか好きな女性のタイプとか」

女性の興味と言うものは万国共通どころか異世界感でも共通らしい。
しかしいくらなんでもこれはひどい、聴取する以前にプライバシーの侵害だ
「……特になし…ということで」
「え~」とはやては不満げな声をあげるが、
この場合は本当に特にないのだから仕方が無い

興味を持ったものはたいていある程度やれば極めて飽きてしまう程の才能の持ち主であり
女性関係に関して言えば、ジルグの場合クリシュナ内では
言ってしまえば『ものすごい有名人の子供で容姿端麗頭脳明晰、成績は全てにおいて常にトップ』
のようなある意味有り得ない存在であったため、そもそも人気が出ないわけが無い。
逆にいえばジルグが女性に求めるもの自体が無い為、やはり好みなど特に無いのである。
はやては執拗に色々と聞き出そうとしてきたが
他に自身のことに関して言えばジルグはクリシュナ一の名将であるバルド将軍の息子であるが
ジルグ自身そのことを話題に出そうとも思わないし、必要性も感じなかった。
結局『別の世界でゴゥレムに乗って戦ってた一兵士』としてしか話しようが無いのだ。
「イライラしたんで味方殺しました」という話もあるにはあるが
普通に考えてそんなことを初対面の人間に話すはずも無い。

そして話題は次に移る。
「で、結論から言えば元の世界に帰るには
まず元の世界を特定することから始めなあかんのよ。
その後手続きとかもあるからすぐに帰れるっちゅうわけにはいかんの。
…納得してもらえる?」
「ああ」
「え?」
「ん?」
「ええの?」
「ああ」
「話聞くとジルグさんの住んどる国、戦争とかしてて大変みたいなんやけど」
「ああ」
「『いつまでもこんなところにいられるか!
俺は早くみんなのところに戻らなくちゃいけないんだ!』とかないん?」
「別に」
「え…」
「一つ聞きたいんだが、死んだ人間が元の世界に戻った場合どうなる?」
「いや、死んでたら帰られへんやん?」
「俺はもう死んでいる」
「いや、足あるやん」
「ここで目覚める前、俺はアテネスに捕縛されて見せしめとして処刑された。
頭部を撃たれたところまでは覚えている。
なぜこうしているのかわからないが、帰ったら悪い意味で大騒ぎだろう」
絶句するはやて。
「いや…それだと…う~ん…」
そんなのは例が無い。
万が一、撃たれた瞬間に次元震に巻き込まれてミッドチルダに飛ばされた
という都合のいい仮定を想定してみようと思ったが
話を聞く限り身に付けていたものにも変化があるらしいし(メガネとかメガネとかメガネとか)
「…とりあえずその話は保留っちゅうことでええかな?」
「ああ」
「話をまとめると『気が付いたら知らない場所にいました
どうやってここに来たかはわかりません
特に帰りたいわけでもありません』
…ちゅうことでOK?」
「OK」
「そ…そか」
めまぐるしく表情が変わるはやてとは対照的に終始涼しい顔を崩さないジルグ。
これではどちらが聴取されているのかわからない。
結果としては特に問題ないが、なんだか納得がいかない。
なんとなくなのはの気持ちがわかった気がするはやてだった。

「なんにしてもしばらくはここにいることになるから、住む場所とか世話せなあかんね」
気を取り直してはやてが言う。

「実のところ、ジルグさんみたいな境遇の人はそれなりにおるんよ
時空漂流者っていうてな
そういう人を保護するのも管理局の仕事やから
その辺は心配せんでもええよ」

聴取を終えた後、これからどうすればいいかと尋ねて来たジルグに告げる。
「そうか、ならあてにさせてもらえばいいか」
そういってジルグは部屋を出て行った。
後は外で待っていた案内員が今日泊まる為の仮の部屋まで連れて行くだろう。

「…なんや変わった人やなぁ」
黙ってれば結構カッコえぇのにと一人ごちた後、はやても聴取室を出て行った。

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最終更新:2010年08月31日 02:15