訓練が終わり、訓練場の待機室に戻ってくるジルグ。
そこには観戦していた面々も含めた全員が揃っていた。
「いや、たいしたもんだなオイ!」
いたって普通にジルグを労うゲンヤと対照的に
狸にでも化かされたような顔をしたギンガがジルグに問う。
「どんなトリックを使ったんですか?
射程は同じだって開始前に説明しましたよね?」
ここにいる全員が知りたいと思っている疑問だろう。

だが、当のジルグは別段なんともなさげな顔をして答える。
「別に大したことはしてない。
最初の交戦でこの銃の射程と
”敵が弾の魔力が100%発揮できる位置に近づかなければ撃ってこない”
というのを確かめた。
後は間合いを保って引き撃ちした」
それだけだ、というジルグの台詞に全員目を丸くする。

かいつまんで言えば、ジルグが使用していたデバイスと
オートスフィアが搭載していたライフルにはどちらにも有効射程がある。
だが、だからといって有効射程を過ぎれば魔力弾が即消滅するわけではない。
距離を進むごとに威力が弱まり消滅する。
魔力弾はその性質上実弾と違い
距離を進むごとに重力に引かれ高度が下がっていくわけではないので
相手に当てること自体はジルグの技量を持ってすれば大したことではない。
もちろん威力の落ちた魔力弾では一撃でオートスフィアを落とす事はできない。
だが正確な照準を保ったまま連射を重ねれば、累積したダメージでいずれ破壊される。

オートスフィアの思考パターンは”魔力弾の威力が設定されている有効射程距離”まで
距離を詰め、その後射撃を開始するというものだ。
そしてジルグが後方に下がりながら発射しているのに対して
オートスフィアは思考パターン通り有効射程圏内に距離を詰めようと行動する。
当然魔力弾とオートスフィアの相対距離は縮まり
ジルグにとっては僅かだが魔力弾の威力の向上と、逃げるための時間を稼ぐことが出来る。

まとめてしまえば簡単な事ではあるが、たった一回の交戦で射程距離を見切り
上記の戦法を実行し続けるというのは尋常な技量ではない。
「人間相手の戦闘なら簡単に対処されて終わりだな」
と他人事のようにジルグが言う。
結局のところ、意思を持たずパターン化された動きしかしないオートスフィア相手の戦闘など
遊びのようなものだったということなのだろう。

クリシュナ軍内では本来「遠距離狙撃手(ロングガンナー)」だったジルグは
間合いの重要さというものを知り尽くしている。
それは遠距離射撃戦だけではなく、中近距離での射撃戦、ひいては格闘戦にも応用できるものだ。

クリシュナが捕獲したアテネスの新型ゴゥレム「エルテーミス」に搭乗した後の
縦横無尽の働きに隠れがちだが
それも戦闘における間合いというものを完全に知り尽くし、支配したからこその結果なのである。

「なるほど…だが例えば相手が遠中近距離の全てに対応した布陣で来た場合はどうする?」
と聞くのはシグナム。
「さっさと逃げる」
すました顔をしてあっさり答えるジルグにずっこけるシグナム以外全員。
「なるほど、合理的な考えではあるな」
真面目な顔のままうなずくシグナム。
「味方の援護が有るか無いか、戦場がどういう地形になっていて相手の技量はどの程度なのか」
具体的にわからなければ実際は答えようもないな」
「確かにな」

例えば自分が砲撃のエキスパートであるなのは、スピードにおいては自分を凌駕し得るフェイト。
この両名と同時に戦う状況になった場合。
”絶対に撤退が許されない”という前提がないならば
自分とて他のヴォルケンリッターと合流するか、速やかに撤退するだろう。
撤退自体は負けではない。
明らかに不利な状況で複数の選択肢がある状況で猪突猛進するのはただの蛮勇である。
(技量は確か、戦術眼にも優れ戦士としては一流といったところか)
だが……
(この男からは何故か危険なにおいを感じる……主はやてに仇なす存在とならねば良いが……)
なんの根拠はない、だがどこかしらに漂う不穏な空気を纏っている感じがする。
シグナムの戦士としての勘が、ジルグに対し警鐘を鳴らそうとした矢先……

「ともかく訓練終了だ、今日は仕事ってわけでもねぇし
この後みんなで何か食いにでも行くか!」
陽気なゲンヤの声がシグナムの思考を遮った。
「ええなぁ!もちろんゲンヤさんのおごりやろ?」
「わ~、楽しみだねフェイトちゃん!」
「もう…なのはったら。いいんですか?」
「いいんじゃない?お父さんなら他にお金使うようなことないから余ってるだろうし」
「どこいくんだ? 食い放題か!? 寿司か!?」
完全にその気になってはしゃぐヴィータ。
「ヴィータ、人の好意だぞ。あまりがっつくな、みっもない」
「ザフィーラさんはその姿で食べにいけない場所に行くのが嫌なんですねぇ~?」
「ねぇねぇところで~」
と皆がすっかりこの後の食事会の話題に夢中になっているところでシャマルが口を開いた。
「どうしたシャマル?」
「肝心のジルグさんはどこにいったのかしら?」

……………………「「「「「「「「あれ?」」」」」」」」

「ジルグならもう部屋を出て行ってだいぶ経つが……」
ハモった面々に答えるシグナム。
「そうなんか~……って、見とったんなら言わんかー!!」
「い、いやしかし……主も皆も話に夢中の様子でしたし
私が見た時は既にドアから出て行くところでした」
「あああああ!もう、気のきかんやっちゃなー! みんなジルグさんを捕縛もとい探し出すで!
大体今日の主賓が逃げるとかありえへん!!」
はやての目が爛々と輝きだす。
あ、スイッチ入った。何を言ってもダメだこりゃ
と既にあきらめるヴォルケンリッター。
「そうだよね! せっかくみんなと仲良くなる機会なんだし
一人でどっかいっちゃうなんて絶対ダメだよ!」
はやてと同じく瞳を輝かせるなのはを見て、ヴォルケンリッターと同じ表情になるフェイト。
こうなったら絶対にあきらめないのがこの二人の特徴である。

「なぁギンガ……」
「……なに」
「……あいつ見つけられると思うか?」
「無理……じゃないかな」
「おごらずに済むとか?」
「たぶん見つからなかった腹いせで普通より多く払うことになると思う」
「だよなぁ……」

ジルグに致命的に足りないのは
その一見温和そうな見た目と態度からは全く持って想像できない協調性の無さである、
という事をこの一週間でよく知っている二人はハァ…とため息をついた。

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最終更新:2010年08月01日 22:24