陸士108部隊訓練場において始まったジルグ捜索騒動は
結果から言うと3時間以上をかけた徒労に終わり
ジルグを除いた面々は街のバイキングレストランでの食事会に移行していた。
豊富な料理のバリエーションと、お手軽な料金が魅力なギンガ行きつけの店である
この場所を選んだのは「溜まったフラストレーションは食べることで発散する」という
女性の多い面子と、そもそも食べる量の多いギンガを含めると
いくらなんでも財布が持たないと言うゲンヤの懇願によるものであった。
「それにしても…モグモグ…なんやね
どうみても内気ってわけやなさそうやし、人見知りするタイプにも見えへんしなぁ…ゴクン」
「主はやて、そういう時は喋るか食べるかのどちらかに集中したほうがよろしいかと
あまりみっとも良いものではありません」
「固いこと言いっこなしやでシグナム。
見られて困る人たちやないやないか」
「それは……そうですが」
「そうですよぉ~、『食事の恥は掻き捨て』って諺があるじゃないですぅ~」
「リインフォース、それを言うなら『旅の恥は掻き捨て』だ」
「どっちでもいーじゃねーか、結局来なかったアイツの分まで食っちまおーぜ」
興味の対象が完全に食事に移っているヴィータを眺めつつ、フェイトがポツリと呟く。
「でも、なのはやはやてちゃんの魔の手から逃れるって……
ある意味ジルグさんってすごいわね」
なのはとはやて、この二人の悪く言ってしまえば「善意の押し付け行動力」は凄まじく
向けられた人間はほぼ例外なく捕まり、その餌食となるのだ。
例えばそれがスイーツの有名店だったりパンフレットに載っている旅行先だったり
今回の訓練見学も、そもそも発端ははやての提案だ。
「宿舎にいるはずの時も滅多にみかけねぇし、見かけるのはそれこそ食事のときくらいだな。
それもさっさと食って食い終わったらすぐ出て行っちまうし」
黙々と胃袋に料理を放り込み続けるギンガを横目に
ゲンヤが普段のジルグの様子を語る。
「でもそれってやっぱり良くないよ。
管理局に入るんだったら誰かとコンビを組んだり部隊で行動したりするんだし
みんなと色々お話したりして仲良くなっておかないと」
他人から見れば些か過剰なコミュニケーション押し付け症ななのはだが、
言っていること自体はこの場合あながち的外れではない。
任務において最も重要となるのは連携である。
個人で行う行動であれば本人の能力が最重要になるが
部隊単位で行動する場合、同じ1+1の戦力でも連携次第によっては3にも4にもなる。
連携の出来ていない部隊は、実戦の現場であれば各個撃破されるだけだ。
ジルグの語るところでは彼は元軍人である。
一人で動く機会の多い傭兵なのであれば
他者との接触を避け気味になると言うのも理解できるのだが
軍に入っていた以上、縦、横の両方の繋がりの重要さは知っているはずだ。
言動を見る限り性格も理性的なようだし
ゲンヤ達からしてみれば、なぜ他者と接触しようとしないのか
と言うのはイマイチ理解に苦しむところであった。
ただ、この3日間の行動を見る限りでは
あからさまに他者との接触を嫌がっているというわけではなく
隊員から挨拶をされれば笑顔で挨拶を返すし
話を振られればきちんと反応は返す。
そういう場面も目撃しているので、
ゲンヤとしてはわざわざジルグに対してコミュニケーションを強要したり
隊員達に含んだりすることも出来ないでいる状態だった。
「いやぁ、あれでも普段は話し掛けられりゃ普通に反応はしてるんだがな」
「う~ん……じゃあなんで今回は逃げちゃったんだろ?」
(大方察しがつくなぁ)
となのはとはやて以外の面々は考える。
要するに必要な分は対応するが
過度に接触されるのを嫌うタイプなのだろう。
とギンガあたりは見当をつけている。
行動を見ていてもあからさまに嫌そうな顔やしかめっ面は見たことがない
常に涼しい顔が能面のように張り付いていて
初対面なら誰もが人当たりのよさそうなタイプと思うだろう。
事実、物腰自体は柔らかい。
「そういやアイツこれからどーすんだ?」
「しばらくうちの隊員を相手に訓練させようと思ってる。
今日は射撃型デバイスだけだったが接近された時の対処法なんかは
どのくらい出来るかわからねぇからな」
「そやな、そんである程度能力が把握できたらジルグさん用にデバイスも作らなあかんし」
ゲンヤの言葉を聞いたはやてが小皿から取ったシュークリームを片手に話す。
「なんだ、もう引き抜きは確定か?」
「引き抜く以前に別にゲンヤさんとこに入隊したわけやないやん」
訓練はしてもらうけど、とずうずうしくも言うはやてに苦笑するゲンヤ。
「わーったわーった、んじゃ当面の目標はBクラスの試験か?」
「あの調子ならある程度慣れれば案外簡単に合格しちゃうかもね」
スープの入った皿をスプーンでかき混ぜながら言うフェイトの言葉にシグナムが同意する。
「そうだな、元々戦いには慣れているようだ。
実地のテスト程度はあっさり突破できるだろう」
「残念だなー、どうせなら私が鍛えてあげようと思ってたのに」
なのはの笑顔から目を逸らすフェイトとはやて。
うわぁ……この人絶対訓練の名目でジルグさん潰す気だよ
とでも考えているのだろうか?
「んじゃそのうちジルグさん借りにくるで。
どんなデバイスがいいかシャーリーも交えて話さなあかんし」
「わかった、事前に連絡くれればあいつには伝えておく」
消費量を聞いたら店の経営者が悲鳴を上げるような食事会が終わり、
帰途につくゲンヤと話すはやて。
ジルグの存在などすでに忘れたかのような他の面々。
ギンガも満腹になった様で、満足そうな顔をしている。
「そんじゃまたなー」
「おう、またな」
「お土産ありがとうねー」
一同は店の前で解散し、はやて達はそれぞれ自分達の住居に
ゲンヤとギンガは部隊舎に戻っていった。
休日に仕事をしている隊員達へのお土産を届けるためである。
最終更新:2010年07月31日 21:28