ブレイクブレイド StrikeS
第11話「反逆再来」
機動六課の設立は順調に進んでいた。
拠点となる庁舎内の施設もほぼ完成し
人事関連もはやての事前の根回しが功を奏し
ほぼ要望通りの陣容が整えらていれる。
管理局屈指の魔術師であると同時にはやての親友である
高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの配属が認められた。
元々はやてが所持する闇の書の守護プログラムである
ヴォルケンリッターはもともとはやての直属のようなものであり無問題。
そして六課に新たに迎え入れる
ティアナ・ランスター
スバル・ナカジマ
エリオ・モンディアル
キャロ・ル・ルシエ
の4人の新人隊員に加え、
先の次元震時に管理局の保護扱いとなった時空漂流者である
ジルグの配属願いも受理され、
まさに順風満帆で六課の開設を待つばかり。
──だが
そんなはやてにとって寝耳に水の報がもたらされたのは
設立が一週間を切ったある日のことであった。
第一報を受けたはやての顔は、普段一番そばにいる時間が多いであろう
リインフォースですら滅多に見ない類の顔だった。
「……ホンマに?」
「……本当だ、こんな嘘ついてどうする」
通信の相手は陸士第108部隊の長、ゲンヤ・ナカジマだった。
こちらはも顔一杯に渋面を浮かべている。
「アイツはランク試験に合格したとはいえ
まだ正式な辞令の出てない管理局の保護扱いだ。
それにうちの宿舎を提供しちゃいるがうちの隊員でもない。
一応緘口令は布いてあるが……」
ゲンヤの言葉を聞きながら、とりあえず深呼吸して気を落ち着ける。
「……申し訳ないけど、もう1回最初から説明してくれへん?」
ああ、とゲンヤが頷く。
「ここしばらく、やっこさんはうちの隊員に混じらせて訓練を受けさせていた。
飲み込みもとんでもなく早かった」
そして一息つくと言葉を続ける。
「で、事件がおきたのは昨日だ。
普段と大して変わらん小隊同士の5対5の戦闘訓練中だった。
アイツは突然味方の一人を滅多撃ちにし、念話も遮断し身を隠した。
もともとうちの隊の人間じゃないし親しい人間を作ろうとしていた様子もない。
加えてあの戦闘力だ、嫉妬心が出る奴もいるだろう。
その時の小隊長二人は言ってみりゃ『反乱分子制圧』の為に
合流してジルグとの交戦に入った。
だが結果として残りの8人も次々と落とされ
ジルグはかすり傷ひとつ負わなかった。
全てが終わった後、奴は自らデバイスを解除して投降して来た」
これが概要だ、とゲンヤは告げた。
陸士第108部隊は地上部隊の中でも
かなりレベルの高い隊として知られている。
その隊員8名相手に自ら喧嘩を売って勝利した。
それは改めてジルグの戦闘センスの高さを再確認できるものだろう。
だが問題はそこではない。
はやてが紹介し、面倒をみたゲンヤの部隊で
規則違反どころか反乱まがいの行為を行った。
単純に処罰できれば良いが、事はそう簡単ではない。
事が公に出れば、当然はやてとゲンヤの面目は丸つぶれになる。
高い魔力を持つ漂流者を自部隊の戦力増強の為に
存在を隠蔽していた事は、当然地上部隊から大きな非難を浴びるだろう。
そのことに協力して、あげく不祥事を起こされたゲンヤの立場も危うくなる。
第108部隊も8人がかりでまだ魔法を覚えて間もない漂流者一人に負けた
となればゲンヤ自身もそうだが隊員達への周りからの評価も
「能無し」のレッテルを貼られかねない。
まさに恩を仇で返すと言うのはこの事であろう。
「ジルグさんはどうしてるん?」
「一応独房に入れて尋問をしちゃいるんだが……」
ゲンヤの顔がさらに渋くなる。
「時折宙を見つめたり嘲笑したりするだけで
事件に関しては完全に黙秘を貫いている」
はやてが顔をしかめる。
「その調子だと絶対喋らんやろな…
なんか変わったこととかなかったん?
その9人のうち誰かと諍い起こしてたとか?」
「いや、最初にやられた奴は
そもそもジルグと話したこと自体なかったらしい。
残りの8人も他の隊員からの事情聴取では
ジルグとはなんの因果関係もなかった」
わからん……とゲンヤがため息をつく。
なぜこのようなことを起こしたのか?
後、数日もすれば六課が新設されて精鋭部隊の一員、
いわばエリートとして管理局に迎え入れられる。
専用デバイスもほぼ完成し、配属後にジルグ本人が使用しつつ
調整する予定になっている。
自分が直接聴取に向かうという事も考えたが、
今は設立に向けての最後の追い込みで時間が取れない。
「ゲンヤさん、あとどのくらい預かれる?」
「後数日は大丈夫だろうが、うちの隊員もからも不満の声が上がっている。
特に直接やられた連中はかなり殺気立ってるし、
いつまでも預かってるわけにもいかん。
このままだと隊員達による私刑等のトラブルも起こりかねん。
ここに置き続けたら表沙汰になるのは時間の問題だ……どうする?」
ゲンヤの問いは『事実を明るみにして管理局の裁きを仰ぐ』か
『事実を揉み消して予定通り六課に配属させるか』
の二通りの選択肢をはやてに迫るものであった。
自分達個人の問題ならば二人とも前者を選ぶであろう。
だが今回の場合、自分達の周囲に及ぼす影響が大きすぎる。
「ごめん、明日まで待ってもらえへんかな?
たぶん今はうちも冷静な判断が下せるとは思えへんし
なのはちゃん達とも相談したい」
「わかった、だが早めに頼む」
そのゲンヤの言葉を最後に通信は切れた。
ハァ……と大きなため息をつくと
はやてはリインにスケジュールの確認と
なのはやフェイトへの繋ぎを頼むのだった。
なのはとフェイトがはやて達と合流できたのは
午後10時を回ったあたりである。
はやてはもちろん二人とも現在は暇な立場ではない。
いつぞやのように偶然休日が重なるでもなければ
なかなか直接顔を合わせることは珍しい。
「こんな遅い時間に来てもらってごめんな」
と詫びるはやてに
「全然かまわないよ、直接呼ぶなんて大事な話なんでしょ?」
「それにしても何があったの? 通信やメールだとまずいこと?」
「うん、それがな……
その前にこれから話すことは絶対に口外しないでほしいんやけど」
そして陸士第108部隊でジルグが起こした「事件」について二人に説明するはやて。
直接そばで聞いていたリイン以外のヴォルケンリッターにも
今回の事について意見を聞いておきたかった。
流石に絶句する面々
「えっと…本当に理由がわからないの?」
「うちらよりある意味付き合いの長いゲンヤさんにも喋らんくらいやし
聞き出すのは難しいやろね」
フェイトに応えるはやて。
「はやてちゃんとしてはどうしようと思ってるの?」
難しい顔をして考えていたなのはがはやてに聞く。
「そやね、もちろん最終的な結論は
ここにいるみんなの意見を聞いて決めようと思っとるんよ。
せやけど、私としてはジルグさんを六課に引き取ろうと思っとる」
「オイオイ、味方を撃つような奴なんて信用できないぜ」
「私もヴィータと同意見です、
確かにジルグは戦士としては優秀でしょう。
ですが背中を預けられるかと言うのは別問題です」
ヴィータに同意するシグナム。
「だが主はやてには何か考えがあっての事なのだろう?」
「そうね、はやてちゃんはどうしてジルグさんを引き取ろうと思ってるの?」
ザフィーラとシャマルの問いにはやては少し間を置いて説明する。
「そやね、ヴィータやシグナムの意見は当然やと思う。
これからチームとして任務に当たる六課に
それを台無しにしかねない爆弾を置くっちゅうんは確かに危険やと思っとる」
ただ、と言葉を続ける。
「今回のことが公になった場合、
うちらだけならともかく預けたゲンヤさん達にえらい迷惑がかかる。
これは局内の立場とかそういう話になるから
直接任務をこなす事になるみんなには本当なら関係ない事やし
負担を増やしてしまう事を悪いと思う」
フェイトやシグナムは腑に落ちた顔をするが
やはりヴィータあたりはどうも納得のいかない顔だ。
「それにな」と言葉を続けるはやて。
「うぬぼれかもしれんけど、ジルグさんをうまいこと御して
戦力として扱えるんは六課しかないと思うんよ」
「それはなにかあっても戦力的に対抗できる、と言う意味ですか?」
ザフィーラに顔を向けて頷くはやて
「それもある。
うちには優秀な戦闘教導官もおるしな」
と悪戯っぽい目でなのはを見るはやて。
「むー、確かに部隊の教導は私の担当だけど……」
「いつものなのはちゃんらしく”お話”でぶつかれば何とかなるかもしれんで?」
「それはどういう意味かな?」
言外の意味を察知してドス黒いオーラを纏いそうになるなのは。
「冗談や冗談、せやけど実際のところジルグさんが何を考え望んどるのか
そういうのはやっぱり話し合わなきゃわからんと思うんよ」
「ジルグさんが別の部隊に配属された場合
……多分ないとは思うけど今回の一件が公になる可能性もあるし
もし管理局の手を離れたら、と考えると確かに妥当かもしれないわね」
戦闘力もそうだが、あの何を考えているのかわからない男は恐らく頭も相当にキレる。
万が一にも犯罪組織と結びついたりしたら、相当厄介な事になるのは火を見るより明らかだ。
ならば自分達が監視しつつ戦力として有用に扱えればそれに越したことはない。
そうはやては考えたのだろうとフェイトは思案する。
「でもリインとしてはやっぱり不安です~。
はやてちゃん達のそばにそんな危ない男を置いとくのは本当に本当に不安ですよ~!」
リインフォースは抗議の声をあげるが
はやての思惑をそれぞれに考えた面々ははやてと同じ結論に落ち着きつつあった。
自分達が保護して預けたジルグがこのような事件を起こした以上
六課の設立をスムーズに進める為、
ゲンヤ個人や彼の部隊の面子を守る為には他に手がないのである。
「決まり、かな?」
とこの場にいる面々を代表して言うなのは。
「ごめんな、多分皆には苦労掛けてしまうやろと思うけど」
「いえ、主はやてが決められた事ならば我等は全力を持って事に当たるのみです」
「そうだぜ、アイツがなんか悪さしたらあたしがぶっ飛ばしてやるから安心しろって!」
「ヴィータの言うとおりです。彼の動向には私が目を光らせましょう。
主はご自分のなすべきことに御注力下さい」
謝るはやてを励ますヴォルケンリッター。
「じゃあこれで解散かな? それじゃ次に直接会うときは立ち上げの時だね」
「うん、みんな遅くまでありがとな」
解散する一同。
「でも本当に大丈夫かな?」
「大丈夫よ、何かあったとしてもジルグさんより魔力の高い魔術師は六課には沢山いるんだし
決まったんなら後はなるようになれ、よ」
一抹の不安を抱えて呟くなのはに同様の不安を抱えつつも
それを打ち消すように励ますフェイト。
果たしてはやての判断は吉と出るのか凶と出るのか?
今はそれに応えられるものはおらず
夜の帳はただ静寂を保っていた。
最終更新:2010年08月03日 22:12